2008年04月14日
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by 徒然フットボール
J・LEAGUE第6節の短評はこちらで書いてるが、浦和が開幕を2連敗して、その後、4連勝した。昨日は、首位でリーグ14連勝中だった鹿島を一蹴し、浦和は横浜と同3位につけた。一時は17位だったのだから、これで復活したかといえば、そのように見えるかもしれないが、残念ながらそうではない。
そもそも開幕前、(オジェック前監督は浦和をタレント軍団に見立てたせいか)連携、戦術構築を(準備期間に)怠ったため、現在、リーグの中で試行錯誤を強いられている。現在、浦和は、闘莉王をMFで使っているが、これも付け焼刃でしかない。これが長く続くようでは、Jリーグもその程度のレベルなのかもしれない。とりあえず、今の浦和には、これといった「カタチ」がない。怪我でもないのに、開幕とDF陣がまったく違う段階で、黄色信号は灯ったままである。
具体的には、浦和の中盤はほぼ皆無。しっかりとしたビルドアップからゲームを構築できていない。その原因が、急造のDF陣にある。現在、堤、堀之内を起用しているが、彼らのフォローアップに阿部、鈴木が追われ、なおかつ、サイドの山田、平川、相馬のミスまでケアしなければならない分、従来のパフォーマンスには至っていない。よって、常に押し込まれやすく、後方から出るボールはビルドアップではなく、すべてクリアボールになり、相手に拾われ、反復攻撃を浴び続ける悪循環。その結果、前線は孤立する。運よく前にボールが入れば、あとはそのFWの個に頼るしかないが、生憎、その新戦力FWはポストしたり、パスしたりで、ワシントンではない状態。つまり、チーム全体の「ヤリタイコト」が、まったく統一されていない。また、集中力を欠いたミスも多く、これがチームのリズムを停滞させてしまう。
4連勝も、水物のフットボールが結果として上手く行っているといえるだけであり、内容はまったくといってない。あくまで4連勝はたまたまであり、自分達の意図で攻守を操って勝った試合はひとつもない。今後、運よく連勝していくかもしれないし、ばたばたと連敗してもおかしくはないだろう。
特に、鹿島を敗った事で、変に安堵したりすると、すぐにガタガタと来るであろう。もちろん、このまま安心せず、やっていくとしても、いつかは安心するシーンは来る。それがいつなのか。とりあえず、今の所、浦和サポータは、(納得できるフットボールが展開されるまで)WE ARE REDSのコールをやらないようだが、逆に、それが浦和サポからコールされた時が、浦和の買いサインになるのかもしれない。(いや、売りサインか)
鹿島戦を通過し、今後の日程と対戦順はさして悪くはなく、5月の大阪戦までがひとつの短期スパンになっていくであろう。それ以降は、ポンテ待ちになるが、浦和は1シーズンにチームを二度、三度変えることを強いられるのは間違いない。そこが好調・鹿島や名古屋との大きな違いでもある。
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2008年04月13日
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『TOTOは日本サッカー発展のための道具であるべき存在では』でも書いたが、トトの販売が好調のようだ。だが、トト購入には、ギャンブル感覚より、寄付する感覚がもっと欲しい。販売側(日本スポーツ振興センター)も、もっとアピールすべきであろう。たとえ、トトが外れても、その売り上げからの助成金で日本のサッカー環境がすこしでもよくなるならば、ある程度の慰めというか納得はする。競馬のように問答無用でJRAに回収されるよりは良い。
実際、日本の若年層のサッカー環境はひどいものである。グラウンドはすべて土。ひどいと、野球の打球音のする中で練習したりしている。日本では日常的なそんな風景も、欧州ではあまり考えられない事である。英国のちびっ子サッカー教室でも芝で練習しているのだから、この時点で、日本は欧州には負けているといわざるを得ない。
実際、芝の運営管理、維持費は相当な額が必要になり、フットボールが国技ではない日本では、実際、無理な注文である。だが、すくなくとも、ゴルフ場のように増やす必要はない。質の高いピッチがいくつかあればいいのである。もちろん、プロ、ノンプロですら土の上でボールを蹴っていた大昔に比べれば、数段、環境は良くなっている。だが、それでも欧州の本場からすると、まだまだ距離は遠い。なにより、街の風景の中にピッチが溶け込んでいない。
はたして、日本で芝ピッチが当たり前になる日はくるのだろうか。
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2008年04月12日
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by 徒然フットボール
UEFAチャンピオンズリーグは白熱しているが、AFCチャンピオンズリーグは、まだ、グループリーグであり、イマイチ、盛り上がっていないようだが、今年は、日本のクラブがさらに躍進する年になるかもしれない。現在、UEFAチャンピオンズリーグのベスト4は、プレミアリーグが3クラブ支配しているが、(欧州とはレベル差はあれ)日本の3クラブがAFCチャンピオンズリーグのベスト4に残るのは、あながち夢で無いかもしれない。そのAFCチャンピオンズリーグの第3節全結果の総評はこちらで書いてます。
さて、プレミアリーグやUEFAチャンピオンズリーグで、今、もっとも輝いているのがマンチェスターユナイテッドであろう。昨季、プレミアリーグ優勝、UEFAチャンピオンズリーグベスト4と、ただでさえ、強かったチームに、適度な大補強を施され、今のところ、その補強が当たりに当たっている。新戦力がこれほどチームにフィットした例も珍しいかもしれない。開幕で躓いた日本のどこかのプロ野球球団とは違うようだ。
クリスチャーノ・ロナウド、ルーニーに続き、テベスという第三の攻撃オプションを手に入れたのが大きい。アラン・スミスを放出し、獲得したナニも攻撃の良いアクセントになるし、アンデルソン、ハーグリーブスの運動量も頼もしい。ピケなどの復帰組もチームがターンノーバーしたい時には重要な補完庫となっている。アンリを売った金で買ったダ・シウバを壊されたアーセナルとは明暗が分かれたといえよう。
当然、既存選手の働きも悪くない。自己責任を基本としたプレミアリーグの中でも、もっとも自己責任を重んじるマンチェスターユナイテッドは、やっていること自体、去年とたいして変わらないのだが、人材をこれだけ有効に使えているのも、やはり、今のマンチェスターユナイテッドの象徴ともいえる。とにかく、連動性に、さらに凄みと迫力が増した。すこし前までのバルセロナの連動の「美しさ」に対し、「強さ」「スピード」を置き換えたような、まさに高速ムービング・フットボールである。特に攻撃における縦への突き上げ方は秀逸。
プレミアリーグ、UEFAチャンピオンズリーグともに、このままマンチェスターユナイテッド優勝の本命で行ってしまうのか、それとも…。穴党のわたしとしては、波乱になるか、混戦になってもらいたいが、去年のミランのような対抗馬となるクラブは、正直、いないかもしれない。
ただし、このままマンチェスターユナイテッドが優勝しても、最近は、脂の乗ったピークの賞味期限はかなり短くなっている。あれほど美しく最強だったバルセロナが、ロナウジーニョの放出危機にまで至っている。いかに、絶頂のピークを持続するかは、優勝するより難しいのかもしれない。とりあえず、年末の日本(CWC)では、クリスチャーノ・ロナウド、ルーニーが見れるのかもしれない。
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欧州FOOTBALL |
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2008年04月11日
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こちらでは、最新のFIFAランキング(1位~100位まで)を発表。
かって、「三本の矢は強い」と毛利元就は言ったが、たしかに数は多ければ強い。しかし、フットボールの世界では、数が足りていれば、強い(安心だ)というのは、あくまで日本だけの解釈でしかない。実際、(守備でなく攻撃で)数的優位を前提とした戦術を採る監督など、南米、欧州では皆無である。逆に日本では、守備や攻撃にかかわりなく、数的優位を前提とした戦術を採る傾向が強い。
たしかに数的優位は、フットボールでは大きなウェイトを占める要素だが、実際、局地戦の縮図である。攻撃はさておき、日本人が守備で数的優位を保っていても、相手がクリスチャーノロナウドやカカでは、易々と突破されてしまうだろう。つまるところ、一対一に勝てる前提があって、はじめて数的優位が力を発揮する。一対一に勝てないから数的優位を作るというのでは、本末転倒である。日本における数的優位の現状は、あくまで保険か気休めでしかない。守りの数は足りているのに、ゴールされたり、攻撃の数が多いのにゴール出来ないシーンをよく見かけるが、あれなど、その最たるシーンである。
では、どうすればいいのか?。
答えは意外と単純で、数的優位ではなく、一対一に重きを置けばいい。もちろん、ひどい惨状にあるであろう。それが嫌だから、数的優位に縋る。だが、数的優位で取り繕っても、ごまかせるのは100回に数回くらいであろう。守りの数は足りているのにゴールされたり、攻撃の数が多いのにゴール出来ない数的優位など、意味はない。
フットボールで日本が世界と戦うには、数的優位という安心を一度は捨てるしかないのかもしれない。現在の日本における絶対的な戦術理論と、まったく逆のことを言ってるようだが、結局、いつかは捨てるしかないのである。もちろん、意図して捨てても、われわれ日本人は目的を目的に摩り替えてしまう。つまるところ、捨てざるを得ない状況(試合)をたくさん積むしかない。そもそも数的不利から、ディフェンスしたり、得点したりするのが世界標準である。果たして、日本が数的不利を個で突破する時代はやってくるのであろうか。
- あくまで概念での話であり、数的優位を否定するものではありません。
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2008年04月10日
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by 徒然フットボール
白熱したUEFAチャンピオンズリーグ07-08 準々決勝 2ndの雑感はこちらで書いてます。
どうやら、Jリーグは2年後に、アジア枠導入を目指しているというが、2010年からアジア連盟(AFC)加盟国の選手を外国人扱いから外す方針で、現在の外国人3人枠のほかに、アジア枠1つを設けるようだ。欧州のEU枠をモデルにしているようだが、アジア全体の底上げを目的とするもので、近隣の韓国、中国なども歓迎し、将来的には最初の1人枠から人数制限も撤廃する模様。日本では、J1公式戦に出場できない若手は、出場機会を求めて、J2移籍以外に、韓国、中国、オーストラリアのリーグに移籍できる。つまり、アジアをひとつの受け皿と考える構造である。
日本人の出場機会を考えると、多少、難しい問題だが、アジア全体が成長していく上では、必ず通らなければならないのも事実ではある。たしかに市場流入が激しい方が経済的にも良い。MLBのように外国人が母国選手を応援しに日本へ来るかはわからないが、それなりの国際化も期待はできるであろう。クラブのサイトにも(FIFAサイトのように)英語、韓国語、中国語が必要になるかもしれない。
現行のJリーグでは、北朝鮮などの在日外国人は1枠設けられているが、本質となる実力を見ても、たしかに、ブラジル人と韓国人を同一外国人に見立てるのは、かなり無理がある。アジア枠導入で、おそらく、移籍市場は活性化するであろう。いずれ人数制限撤廃すれば、先々、(母国選手の少ない)アーセナルのような外国人部隊のクラブがひとつふたつ出来る可能性がある。はたして、これがJリーグ市場に受け入れられるかどうかはひとつの関心の的ともいえよう。
また、代表戦で主力が抜けるナビスコ杯グループリーグなど、クラブが日本代表だけではなく、韓国、中国、オーストラリアの代表選手を抱えていたら、チームがほぼ1.5軍から完全な2軍になってしまうことも考えられる。もちろん、天皇杯も、シーズンオフとともに帰国してしまう外国人が大量に出て、大会の質をさらに低下させてしまうかもしれない。
最後に、マイナス面になるのかわからないが、代表戦はやりにくくなるのではないだろうか。プレーする国の現場での生情報がそっくりダイレクトに入手できるため、情報は筒抜けどころではなく、それこそ、選手の性格からPKの蹴り癖の細部まで情報はオープンになるであろう。当然。そういった生情報が有効になるまでアジア全体がレベルアップしなければ、話にはならないが。
なにはともあれ、何かを導入したり、変えたりすれば、それに対する変化はかならず生まれる。単純にゲームを楽しむのではなく、その変化もまた、楽しめるようにもしたい。
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2008年04月09日
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by 徒然フットボール
死の組に入った平成世代のU―19アジア選手権の組み合わせ雑感についてはこちらで書いてます。
サッカーが行われているスタジアムで、試合の後半の30分~40分を過ぎると、席を立って帰りだす人がいるのを見かける。特に満員の試合ほど、それが顕著である(特にバックスタンド)。試合展開によっては、ロスタイムに入ると、ぞろぞろと入口が混み始める。そういった光景は、今も昔も見かけるし、日本ではよくある光景である。
試合が終了していないのに席を立つ。これは日本のみならず欧州でも見られる。ひどいと、試合終了前のわずか数分でスタジアムにいる群集の半分が剥がれ落ちることさえある。
だが、日本と欧州の席を立つ理由はすこし違うようだ。日本は、明日の仕事や学校がある、人混みが好きでない、スムーズに帰りたい、帰宅時間が遅くなりたくない、子供がいる、終電、家庭事情、そういった諸々の事情で各々席を立っていると推測できるが、欧州は、自己都合ではなく、自分のサポートしてるチームが大敗していたり、プレーがふがいないと、一気に席を立つ。これは都市のクラブになればなるほど顕著である。ある種、だらしないクラブへの抗議的な意味合いもあるのだが、逆に日本は(応援してる)クラブが大きく負けていても、さほど席を立つ人は(いるにはいるが)多くは見かけない。
ようするに、日本はゲームとは関係ないところで席を立ち、欧州はゲーム展開に左右されて席を立つといえよう。総じて、日本は、代表であれ、クラブであれ、満員であればあれほど、勝っているにもかかわらず席を立つシーンは必ず見受けられる。欧州では、勝っている場合、席を立つ人はほとんどいない。
日本の場合、それが慣習ともいえる。もともとプロ野球でも、昔から8回の裏、9回に入ると、席を立つ人がいるように、われわれ日本人は、そういった先を考える傾向が顕著である。だからこそ、日本は経済大国を張っていられるのか知らないが、なにも考えず、今、目の前のことを全力で楽しむ無邪気な余裕はないのかもしれない。
ちなみに、わたしはラグビーにおいて、試合途中で席を立つことはあるが、サッカーは何が起こるかわからないので、スコアにかかわらず席を立つことはない。不思議と、ゲーム途中にトイレへ立つと、かならずゴールが生まれ、ゴールシーンを見逃す事が多いのは、いまだに謎であるが。
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2008年04月08日
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by 徒然フットボール
UEFAチャンピオンズリーグ 準々決勝 2ndレグの展望は、こちらで書いてます。こちらでは、フェネルバフチェでUEFAチャンピオンズリーグ・ベスト8(今夜、ベスト4になるやもしれない)ジーコ監督の本質について。
以前、サッカーの代表監督とクラブ監督の違いについて書いたが、監督には、もうひとつ父性と母性という違いがあり、これについて短めに。父性の監督、母性の監督を単刀直入に分けるとすれば、
父性監督は、叱る。
母性監督は、許す。
両者、おおむね、この解釈に落ち着くと思われるが、これはサッカーに限らず、他のスポーツにも共通しているかもしれない。母性監督には、野球では落合監督、星野監督、(次点で野村監督)があげられる。彼らは選手を信頼し、選手を守り、最終的に選手を許す。時として、自滅したり、選手に情が入リ、判断がブレて、結果的に試合に負けてしまうこともある。
かたや、父性監督は、家長といえよう。最近は少ないようだが、昔の星野監督、漫画「巨人の星」の星一徹?などがあげられる。ファイタータイプで情熱や激しさで周囲を引っ張る。よって、ゲンコツもあるし、選手を縛る場合もある。また、選手とは、そりの合う合わないがあり、有能な選手でも、排除する場合がある。その反面、見込んだ選手を不器用に愛したりもする。
ジーコ氏は、一貫して、母性監督といえるだろう。あれほど選手を信じる監督も珍しく、彼の人生哲学には、信じることが基盤になるようだ。(よって、ドイツW杯で体調のよくない中村俊輔を使い続けたのも、彼には必然だったのかもしれない)
日本代表監督をしていた頃より、現在、フェネルバフチェの監督において、その素質は、より開花しているのかもしれない。普段から、人生で一番に大事なのは、サッカーでなく家族であると公言しているように、そもそもファミリーを大事にするラテン社会の典型的な方でもある。チームをファミリーと見立てれば、代表監督より、クラブ監督のほうが一日の長があるだろう。なにより選手達と過ごしている時間が違うため、信頼関係はより厚いのではないか。彼が、このまま母性監督としている限り、大小の失敗を繰り返しながら、緩やかに成長していくのではないだろうか。
また、ジーコ氏には運がある。ドイツW杯では日本代表監督として敗れはしたものの、アジアカップ2004優勝、今回のチャンピオンズリーグの快進撃など、もともと勝ち運のある監督なのかもしれない。もちろん、この勝ち運は、その人が持って生まれたものであるが、能力のある監督でも、この勝ち運があるかないかで、結果も大きく変わってくる。
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2008年04月07日
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Jリーグ第5節の短評はこちらで書いてます。こちらでは、Jリーグで活躍する若き十代について。
今季のJリーグは、比較的、十代の活躍が目につく。すでにほぼレギュラーで活躍している河野、金崎、大竹。(J2の)香川。他にもカタール国際得点王の山崎、高校MVPの大前、アイディアマン柿谷、(怪我の)比嘉と、この世代にタレントはいる。すこし気が早いかもしれないが、来年のU-20W杯(旧ワールドユース)が今から楽しみである。(もちろん、その前にU-19アジア選手権(旧アジア・ユース選手権)でベスト4に入らなければならないのは、言うまでもない)
U-20W杯の2009年大会はエジプトで開催されるが、ちょうどW杯一年前という谷間的な時期の大会のため、2012年ロンドン五輪、2014年W杯を目指した構成要素になるであろう。ベスト8などの過剰な結果は期待していない。彼らが、どういったプロセスを踏んでいくかにのみ興味が行く。安田、内田、梅崎、柏木のいた前回大会の世代にも引けは取らないだろうし、もうひとつ下のカテゴリーから宇佐美も上がってくるであろう。そういった先物の目線で見ると、Jリーグもまた違って見える。
昨今、各スポーツジャンルでは、十代の若い世代による活躍が目立ち、低年齢化が促進している。まさに、「十代」「若さ」がひとつの商品としてマスメディアで扱われているが、日本のサッカー界の低年齢化は(世界のレベルからすれば)遅れていると言わざるを得ない。強豪他国でも、国によっては、19歳~21歳で代表の主軸になっているのだから、たしかに19歳では若いとはいえない。
とはいえ、さらなる低年齢化も必要はない。15歳のスーパーな選手が出れば、それはそれで喜ばしいことであるが、やはり、肉が付いてくる18歳前後の充実が今後の日本飛躍の鍵にもなるであろう。そういう意味でも、今後、このU-20W杯(旧ワールドユース)がひとつの指標として、さらに重要さを増して行くのは間違いない。高校卒業付近あたりで、普通にJリーグでプレーしているようでないと、やはり、世界で闘うには厳しい。もっと言えば、U-20W杯(旧ワールドユース)の舞台が「国際経験のため」のデビューではなく、「腕試し」の舞台に格上げしなければならないだろう。
- 今年の10月31日から11月14日にサウジアラビアで行われるU-19アジア選手権(旧アジア・ユース選手権)で、日本はとんでもない組に入ったようです。『 サウジアラビア、イラン、日本、イエメン 』
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2008年04月06日
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『中村俊輔が帰国するその日』はこちらで書いてます。こちらでは、それに関連して、サッカー選手が海外から帰国するタイミングを短めに。
階段を上るのは険しいが、降りるのは簡単である。スポーツに限らず、なんであれそうである。早々に引退した中田英寿氏も、あれが良かったのか悪かったのかはわからない。ただし、引退ではなく、現役選手として、海外から日本へ帰国するタイミングとなると、引退より難しい場合がある。これまでも大勢の選手が欧州に渡り、帰国しているが、その際、おおむね3つの帰国ケースが考えられる。
①自己都合(不満解消、日本代表になるためなど…)
②実力不足(戦力外)
③他的背景(怪我・家族・事故など)
どこか会社の退社理由に近いものがある。帰国理由として、③他的背景は致し方ないとして、②の実力不足(戦力外)は一見、厳しそうに見えるが、実力不足は相応でなかったのだから、場所を変えれば解決する。実は一番、危ないのが①の自己都合である。自己都合は失敗すると、建て直しが難しい。
あくまで自己都合だから、運も左右するし、必ずしも好転するとは限らない。日本での知名度が抜群に高かったり、海外でそこそこ活躍していたとすると、周囲の期待もおのずと高くなり、プレッシャーも激しくなり、さらに状況は難しくなる。帰国して、自己都合をメインに行動した場合、ほとんど上手く行っていないケースが多い。
ただし、唯一、自己都合で成功の道があるとしたら、帰国後、すべてを捨てることである。驕りもプライドも、すべて捨て、真っ白なスタートラインに経ったならば、道は開けるであろう。日本代表になることを度外視し、チームの縁の下で働くことを覚悟した小笠原のようにチームの黒子に徹するか、もしくは後身のため力を尽くせば、なにかしらの道は開けるはずである。
自己都合である限り、サッカー選手が海外から帰国するタイミングは引退より難しい。本来は、将棋の香車のように、前にしか進めず、後退は一切出来ないのだが、と金にすらなれず、途中、自己都合で帰国すると、あまり良い未来は待っていないのかもしれない。趨勢でも、会社を退社する者はゴマンといるが、ステップアップしていく者は、ほんの一握りの人間でしかない。
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2008年04月05日
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AFCチャンピオンズリーグの構造改革がようやくなされるようだが、これについてはこちらで書いてます。ここでは、スポーツの中に潜む公平性について短めに。
政治、経済、スポーツであれ、何か問題があれば、改革する必要性を迫られるが、単純に止めるのか、変えるのかでは大きな違いがある。たとえば、コストダウンと節約は似ているようだが、節約は、単純にそれまで進行していたものを減らしたり、ストップさせるだけで、なにも生まないが、コストダウンは、それまで進行していたものを効率化させ、中身を変えることで新たな利益を生み出すことになる。
スポーツにおいて、その改革対象になるのは、大まかに資金問題や観客動員がメインになるが、それ以前に、公平性がネックになる場合がある。たとえば、冒頭の一文で触れているAFCチャンピオンズリーグにしても、参加国リーグには(日本とタイ、韓国とマレーシアなど)実力に大きな開きがあるが、それを無視して公平性を優先し、参加枠を同数にした結果、9-0、10-0という、ゲームとはいえない大味な試合がここ数年、ひとつふたつ生まれている。
先日の鹿島も、ACLのグループリーグで大勝したが、わざわざリーグの途中、タイまで行ってやるような試合ではなかったかもしれない(相手チームからすればいいことかもしれないが)。公平性優先で市場原理から乖離すると、そこに参加している選手、組織になにかしらの皺寄せが行く。結果的に、マイナス面が増し、将来の発展を阻むものになりかねない。これは、ドーピングの世界にも共通するであろう。公平性を重視しすぎてしまう反面、クオリティを台無しにしてしまう。その逆もしかりである。公平性とクオリティはどちらが突出していてもよくない。要は、バランスである。
(最近、薬物問題であれこれ言われている)MLBが面白いのも、これまで、(独自の基準で)ドーピング基準とうまく均衡を保ってきたからである。もし、あの基準を徹底的に厳しくすれば、主催者側はスッキリするであろう。ただし、MLBの迫力や面白みは半減し、質素なアマチュアのスポーツ競技でしかなくなる。お客様からお金を取るプロである以上、エンターテインメントである以上、ある程度(交換条件による)トレードオフは必要になる。杓子定規にドーピングを厳しくすることは、単純に節約しているだけにしか過ぎない。市場を踏まえたコストダウンではないから、なにも生まないであろう。滅亡無くとも、市場衰退の引き金になるかもしれない。
- 記事は、公平性の否定ではなく、あくまで公平性を前提としたものです。
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2008年04月04日
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by 徒然フットボール
『UEFA チャンピオンズリーグ 準々決勝1stレグの<雑評>』はこちらで。
さて、今日は主審の話を短めに。といっても、いまさら日本の主審の精度を云々するつもりはない。ゼロックス杯で茶番を演じてしまった家本主審をはじめ、今季のJリーグでも、ゲームを壊してしまうような主審をちらほら見かける。いまさら主審のレベルを上げようと試みても、そもそも主審の成り手が少なく、市場も小さい。主審界の構造そのものが脆弱で、なにかクレームや批判の嵐が趨勢に巻き起これば、主審の業界自体が崩壊してしまう。よって、日本サッカー協会は、主審が同じミスを何度繰り返そうが、なにか不適切な行為をしても、全力で彼らを守るスタンスになってしまう。まさに甘やかしの腐敗体質なのだが、今は、改善において、なすすべはなにもない。
基本的に、日本の主審は、ひとつひとつのジャッジを取ることについては、(一部の方を除き)上手であり、おおむね正しい場合が多い。中には、ナイスジャッジをする主審もいる。一方、ベンチの監督、サポーターによる主審へのクレームも、たいがいは、自分のクラブ、応援するクラブへの不利益に対する不満であることが多い。だから、結果的にクラブが勝ってしまえば、それまで溜めていた主審への文句は洗いざらい流されてしまい、忘却の彼方へ葬られてしまう。
これもどうだろうか。今日のポイントはここである。つまり、サポーター、クラブも主審に対するクレーム、評価は、試合結果で変わってはいけない。クラブの抗議に関する文書提出も、たいていは負けたクラブが出すが、勝ったチームが主審への抗議文書を出せば、前者よりも説得力は増す。おかしいものはおかしいというべきであり、勝った喜びに事の問題を溶かしてはいけない。たとえば、競技は違うが、亀田興毅選手が初タイトル挑戦で判定勝ちした翌日、抗議の電話がテレビ局にあり、敗者のランダエタには激励のメッセージが多数寄せられたという。(ほぼアンチ亀田からの)行動であるのを差し引いても、勝敗にかかわらず、おかしいものはおかしいと言う、あれぐらいが正常なのかもしれない。
いずれにしても、負けたクラブ、負けたサポーターがあれこれ主審について云々言っても、負けた者があれこれ言うのは当然であるし、安易に文句に擦りかえられてしまい、主審への改善の糸口すら、スルーされてしまうのではないだろうか。Jリーグの主審がゲームを壊すのならば、勝った側の人間、中立である人間が声をあげ、動かない限り、なにも変わらないであろう。
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2008年04月03日
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by 徒然フットボール
Jリーグ第4節の短評はこちらで。
たまに、外国メディア(や外国人選手)が日本のサッカーや日本人選手を見て、「非常に技術が高いので驚いた」というニュアンスのコメントを残すことがある。お世辞や社交辞令が多少含まれていたとしても、あれは素直な驚きのトーンを持っている。もちろん、それを受ける我々も、聞いていて悪い気はしない。むしろ、誇らしげに感じたり、日本も世界に比べて、まんざらではないと思うかもしれない。しかし、彼ら外国メディアのほとんどは、日本のサッカーなど、まともに見たことも無ければ、もともと興味も無いため、(東南アジアのような)雑で蹴りあうフットボールを勝手にイメージしている。だから、細かくパスを繋ぐ日本のサッカーに驚くのは、いたって普通のレスポンスなのかもしれない。よって、決して、日本のサッカーのレベルが世界クラスというわけではなく、思っていたより悪くないというニュアンスが本音であろう。
アジアでも、ヨーロッパのようにパスを繋げてやっている国は、日本か北朝鮮くらいだが、実際、スペインのリーガの中堅以下のクラブや二部リーグのクラブと比べると、Jリーグの方がボールを繋ぎ、きちんと丁寧にゲームを作る意識が高い。むしろアジア特有の放り込みやカウンター、パワープレーは得意としないため、外国メディアには日本のほうがとっつきやすい部分もあろう。
選手個々で見てみると、近年、ゲームの進め方だけでなく、日本人選手の一つ一つのプレーそのものは上手くなっている。FK、リフティングなども、その最たる例で、FK、リフティングだけの大会があれば、日本はかなり上位に行くのではないか。ただし、リフティングは、バスケットのボール股間八の字回し、卓球の選手が剣玉のようにラケットのどこでもボールを打てるのと同様、ボールの馴染み感覚と同じで、実際にリフティングの技術そのものは試合には直結しない。FKも接触プレーがない分、中村俊輔が成功しているが、かなり稀な例といえよう。
外国メディアは一様に、日本のサッカーに驚きを示すものの、世界との差は確実にあることも否定しない。経験が足りない、決定力不足、シュートせずにパスしてしまう、接点が弱いなど、いくらでも理由はあるが、最終的には、上手い下手は、強い弱いにはあまり関係ないということである。つまり、上手い選手だけを集めれば、それだけで強いということではなく、下手な選手でも、闘いの上手な選手は、実際、試合で仕事をするものである。局面で仕事をするかしないか、決めるか決めないかは、上手い下手ではなく、その選手の闘う本質に依存するといえる。クレスポ、バティなどは、その最たる選手かもしれない。
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2008年04月02日
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by 徒然フットボール
以下、辛口で書いてますが、こちらでは、息抜きで『日本サッカー界のダメ出しランキング』を作成してます。
さて、ネットが氾濫している趨勢、テレビの視聴率がすべてとはいえないが、視聴率が人気の指標のひとつであるのは否定できない。サッカーのテレビ放送において、特にJリーグの試合の視聴率は総じて悪く、だいたい5%前後で、まず、2桁は行かない。日本代表の試合においても、最近はすこし元気が無く、ワールドカップの最終予選にでもならなければ、大きな数字は取れない。しかし、その反面、芸人を司会に起用するサッカー番組は各局で乱立しており、放送枠まで拡大し、TBSのスーパーサッカーなどは、すでに10年以上の長寿番組になっている。
実際の試合放送が低調にもかかわらず、ダイジェスト番組は息が長いというのも、不思議な現象である。本来はダイジェスト番組が良ければ、試合放送もそこそこ良いはずなのだが…。ただし、今の忙しい趨勢、90分間もだらだらと試合を見せられるより、ダイジェストで結果だけ見ればいいという人が大半である裏返しともいえよう。ダイジェスト番組では、Jリーグのみならず日本代表から海外情報まで網羅し、45分という時間で一週間分のサッカー情報をパッケージしているため、コンビニのようなお手軽さがある。
とにかく、今は実際の試合放送よりダイジェストが主流になってるのが現状で、そんなコンビニ化が齎す影響として、試合結果は知っているが、内容は知らない。選手の名前は知っているが、その選手がどこに所属しているのか知らない。有名選手を知っていても、どのポジションなのか知らないといった現象がちらほら起こっている。さらに踏み込めば、決して多くは無いVTRの中、スーパープレーばかりが取り扱われ、オフザボールの動きはまったく使われない。また、逆説的に、試合を見た人が試合を見てない人を俯瞰するような現象も起こっている。
これらは、時の言葉でいう「ねじれ」とも取れるが、ひとつ確実にいえることは、試合よりダイジェストが主流になることで、試合の中の流れ、リズムを読む力は落ち、結果や有名選手の名前を把握する情報収集にとどまってしまう。(議論などの元となる)ゲームがわかる試合眼は、試合を見れば見るほど、正比例して身につくのだが、それが停滞してしまうと、単純に結果から好き嫌いを撒き散らしたり、的外れな意見が氾濫し、その果ては、フットボール文化の底の浅さを助長する危険性も大いにあるであろう。
posted by FOOTBALL NOTES |11:53 |
FOOTBALL・PAHNTOM |
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2008年04月01日
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by 徒然フットボール
UEFA チャンピオンズリーグ 準々決勝1stレグ<展望> は、こちらで。
さて、こちらでは、チャンピオンズリーグにおけるイングランドの躍進について短く述べてみる。すでにベスト8にイングランドの4クラブがそっくり残っているが、おそらく、今年については、バイエルン・ミュンヘン、ユベントスなど常連が出場していないのも多分に影響しているだろう。ただし、ここ数年は、リバプール、アーセナル、リバプールと、3年連続で決勝にはイングランド勢が進んでいる。
イングランドのフットボールはゲーム展開が速いため、見ていて(イタリアより)面白いのだが、やっているのは、最先端でもなんでもなく、総じて古典的なフットボールである。個人が接点で激しく行くものの、組織でボールを取りに行かず、相手のミスや毀れ球からチャンスメイクしたり、前線へ放り込んでのパワープレーが目立つ。モダンなパスサッカーしてるのは、しいてアーセナル、チェルシーくらいのもので、リバプールなどは力任せの典型的なイングランド・フットボールである。また、日本のように組織で個のミスをカバーする考えは無く、各自にかかる責任、プレッシャーの度合いは他国リーグより遥かに重い。よって、韓国人選手がプレミアリーグにフィットしやすいというのも、この辺の背景が影響しているともいえよう。日本人の得意とする細かい技術は、プレミアリーグでは、あまり必要ない。
そんな古典的なイングランド・フットボールが最強だとは思わないし、むしろ、周辺他国のレベルがやや下降気味と見ることも出来るのではないか。それこそ、レアルマドリードはここ数年はベスト16止まり、ミランは勝ったり、負けたりで、インテル、バレンシアは試合中に乱闘沙汰を起こしてしまう始末。仮に、バルセロナのような美しい完成形、ビッグゲームを作り上げるミランの完璧さなどに、かち合わない限り、イングランド勢が勢いで相手を撃破してしまう。
また、イングランド勢はリーグで4強を形成出来ていることも大きな要因といえよう。他国リーグはどちらかといえば、1強の独走か、2強まで。切磋琢磨できる相手がまるでいないのは問題だし、いるにしても1つよりは2つ3つあった方が、すくなくとも、より密度の高い試合を国内で経験できる。イタリアなどが中途半端な強豪形成をなし、どこか自滅しているのとは好対照である。また、マンチェスター・ユナイテットについては、もはやイングランド云々というレベルを超えているかもしれない。
posted by FOOTBALL NOTES |12:07 |
欧州FOOTBALL |
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