2008年04月05日

スポーツに潜む公平性の踏み上げはどこまで

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by 徒然フットボール

AFCチャンピオンズリーグの構造改革がようやくなされるようだが、これについてはこちらで書いてます。ここでは、スポーツの中に潜む公平性について短めに。

政治、経済、スポーツであれ、何か問題があれば、改革する必要性を迫られるが、単純に止めるのか、変えるのかでは大きな違いがある。たとえば、コストダウンと節約は似ているようだが、節約は、単純にそれまで進行していたものを減らしたり、ストップさせるだけで、なにも生まないが、コストダウンは、それまで進行していたものを効率化させ、中身を変えることで新たな利益を生み出すことになる。

スポーツにおいて、その改革対象になるのは、大まかに資金問題や観客動員がメインになるが、それ以前に、公平性がネックになる場合がある。たとえば、冒頭の一文で触れているAFCチャンピオンズリーグにしても、参加国リーグには(日本とタイ、韓国とマレーシアなど)実力に大きな開きがあるが、それを無視して公平性を優先し、参加枠を同数にした結果、9-0、10-0という、ゲームとはいえない大味な試合がここ数年、ひとつふたつ生まれている。

先日の鹿島も、ACLのグループリーグで大勝したが、わざわざリーグの途中、タイまで行ってやるような試合ではなかったかもしれない(相手チームからすればいいことかもしれないが)。公平性優先で市場原理から乖離すると、そこに参加している選手、組織になにかしらの皺寄せが行く。結果的に、マイナス面が増し、将来の発展を阻むものになりかねない。これは、ドーピングの世界にも共通するであろう。公平性を重視しすぎてしまう反面、クオリティを台無しにしてしまう。その逆もしかりである。公平性とクオリティはどちらが突出していてもよくない。要は、バランスである。

(最近、薬物問題であれこれ言われている)MLBが面白いのも、これまで、(独自の基準で)ドーピング基準とうまく均衡を保ってきたからである。もし、あの基準を徹底的に厳しくすれば、主催者側はスッキリするであろう。ただし、MLBの迫力や面白みは半減し、質素なアマチュアのスポーツ競技でしかなくなる。お客様からお金を取るプロである以上、エンターテインメントである以上、ある程度(交換条件による)トレードオフは必要になる。杓子定規にドーピングを厳しくすることは、単純に節約しているだけにしか過ぎない。市場を踏まえたコストダウンではないから、なにも生まないであろう。滅亡無くとも、市場衰退の引き金になるかもしれない。

  • 記事は、公平性の否定ではなく、あくまで公平性を前提としたものです。

 
 

posted by FOOTBALL NOTES |11:24 | FOOTBALL・PAHNTOM | トラックバック(0)
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