2008年10月29日

高橋尚子の引退は遅すぎた?妥当?

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by 徒然フットボール

リーグ「秋春シーズン構想」本格検討については、ここで書いてますが、こちらでは、高橋尚子の引退について。


女子マラソンの高橋尚子が現役引退を発表した。東京、大阪、名古屋の国内3大マラソンを走破するという計画もあったようだが、常にベストを出せるまでの高い維持には至らず、このたび、引退となった。彼女の引退が遅いか早いかといえば、ビジネスで言えば遅いかもしれないが、アスリートとしては、まずまずではないか。とりあえず、「お疲れさま」というところであろう。


昨今、女子ゴルフや女子フィギュアなど、若い女性アスリートがクローズアップされているが、高橋尚子を語る場合、かならず、もう一人の女性アスリート・女子柔道の谷亮子が思い浮かぶ。谷亮子と高橋尚子の二人ほど、ピンポイントで脚光の浴び、明暗を分けたアスリートはいないだろう。両者は共にシドニーで金メダルを取り、大会を終えた直後に国民栄誉賞の話が出た。高橋尚子と谷亮子(旧姓:田村亮子)が候補に挙がった。結果は高橋尚子が国民栄誉賞を受賞し、谷には茶を濁すような総理大臣賞が贈られた。

国民栄誉賞は、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」として福田赳夫内閣時代の1977年8月に創設されたが、最も受賞が疑問視される高橋尚子の受賞については、わたしも、いまだに彼女の受賞は適当でなかったと考える。国民栄誉賞は長島茂男、手塚治(手塚治虫)、藤子・F・不二雄ですら受けていない。他にも人材をさがせば、いくらでもいるであろう。

歴代の受賞者をかいつまんで見ると、千代の富士、衣笠、王、美空ひばり、長谷川町子、黒澤明…

国民栄誉賞は、授賞基準が曖昧だと指摘されることが多いが、こうしてみると、ひとつの傾向がある。すくなくとも、その道一本で最低で20年、平均で30年、40年、長いと50年、60年と、その世界で第一線(王者)を張ってきた者が受賞の対象となっている。ただし、高橋尚子は受賞時において、(陸上暦は長いものの)第一線(王者)での活躍は、5年にも満たない。受賞年齢も28歳で、柔道の山下泰裕(27歳)に次ぐ二番目の若さで、女性としては最年少受賞である。

もちろん、陸上競技での初の金メダルという快挙とタイムリーで、安易に受賞者を出してしまった内閣側のミスであることは明白だが、受けてしまう高橋にも、思慮が足りなかったのではないか。競技引退後ならまだしも、現役で脂の乗った時期に、功労賞のような賞を受けるのは、マイナスにはなってもプラスにはならない。ちなみに、受賞者15人のうち9人は没後の受賞である。ちなみに古関裕而などは、(没後に)授与が内定していたが、親族が辞退をしている。受賞当時、小出監督が傍にいながら、まるで誕生日プレゼントを貰うように軽々と受け取ってしまった高橋の行動はすこし軽率だったといわざるを得ない。(おそらく、彼女自体はなにも深く、重く考えていないかもしれないが)

国民栄誉賞を受けてしまった時、高橋尚子に、あまり良い未来はないとわたしは思った。スポンサー獲得やビジネスという観点からは成功してるかもしれない。惜しまれながら、早期引退すれば、その後の第二の人生は順調だったであろう。しかし、その後、続けた競技生活では、ベルリンで世界新記録をたたき出した以外は、さして良い結果に恵まれていない。アテネ五輪、北京五輪は出場さえ逃した。もはや、国内レースで優勝しても、当たり前と見られてしまう。彼女にとって、国民栄誉賞は(感謝はすれ)目に見えない重い十字架になったのかもしれない。

おそらく、国民栄誉賞が谷亮子であったら、何も問題なかったのではないだろうか。彼女は物心付く前から柔道の道に入り、ずっと負け知らずで第一線(王者)で闘ってきた。幼少期からマスメディアやプレッシャーに晒されてきた分、メディアの対応は日常生活レベルにあり、メンタルも強い。アトランタ、バルセロナでは本命視されながらいずれも決勝では、思わぬ伏兵に敗れ、惜しくも銀メダルに終わったが、生後から2000年までの戦跡で負けたのはその2度のみ。五輪はこれまでで銀、銀、金、金、銅とメダルを順調に獲得している。

おそらく、あの時、国民栄誉賞が谷亮子であれば、高橋尚子の命運もすこしは変わっていたのではないだろうか。内閣の掛けたボタンが微妙に違っただけで、一人の選手の潮流が大きく変わったといえよう。

そもそも金メダリストに国民栄誉賞というレール自体がおかしい。すでに、アテネオリンピックでは大会前より内閣府において金メダリストには紫綬褒章を与えるという方針が既に決められており、どのような形であれ国民栄誉賞は与えないという方針が決められていたようだが、その方針は今後も貫いた方がいいだろう。いちいち、金メダルを取った者に国民栄誉賞を与えていたら、清水、北島、荒川にも与えなければおかしくなる。(清水、荒川は競技初となる金メダルで、北島は二大会連続金2枚獲得)。

また授賞については創設当初から「支持率低迷に悩む、時の内閣の人気取りの道具ではないか」との批判がなされていた。美空ひばりなど没後追贈者が多いことについても「なぜ生きているうちに授与しないのか」との批判は多い。そういう意味では、内閣側の受賞選定は、賭けに近い。高橋尚子の場合は、アテネ五輪で金を取っていれば、何も問題なかったが、完全に目論見ハズレだったといえよう。そして、その内閣(森内閣)はもう今は存在しないのである。なんと無責任なことか。さらに性質の悪いことに、マスメディアは「彼女は国民栄誉賞ですから」と(なにもしなくても)すごいんですという論調に終始しては祭りたて、完全な悪循環を生んでいる。

いずれにしても、国民栄誉賞は、商売道具としては便利な道具だが、アスリートとしては、かならずしもありがたいものではない。イチローが、これまで国民栄誉賞を拒み続けているのも、そういったニュアンス、(満足から来る)モチベーション維持の難しさを物語っているのかもしれない。


posted by FOOTBALL NOTES |12:03 | FOOTBALL・PAHNTOM | トラックバック(0)
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