2008年06月07日
【競馬】史上最強の善戦マン ~ロイスアンドロイス・後編~
先日の東京優駿では善戦マンのスマイルジャックがまたもや2着に入りました。勝ったディープスカイの強さが光った一戦でしたが、スマイルジャックは果たしてGIで勝利することは出来るのでしょうか。 それでは今回のエントリーは以前触れた史上最強の善戦マン・ロイスアンドロイスについての後編です。
■待望の2勝目 古馬として迎えた1994年、4ヵ月半の休養を入れたロイスアンドロイスは、5月1500万以下の条件戦(薫風S)にエントリーしてきます。鞍上は未勝利戦で勝利した時の後藤騎手でした。ここでもロイスアンドロイスは2着(4番人気)に入ります。そして中2週で迎えたむらさき賞(1500万円以下)では1番人気を集め人気に応える形で勝利しました。待望の2勝目を飾ったのです。 ■札幌での3勝目 その後中1週でエプソムCに望みます(2番人気)が、人気に応えられず8着に沈みます。少し間を空けて真夏の札幌でのサロベツS(1500万円以下)では後藤騎手から横山典先生に乗り代わりました。1番人気に見事応え3勝目をマークし、やっとオープン馬へ。秋の重賞戦線に向けて楽しみな馬に育ってきた感がありました。 ■秋の重賞戦線 オープン馬として堂々帰京したロイスアンドロイスは早速GIIIのオールカマーへ向かいます。ここで横山典先生は意表をつく逃げを打ってきます。ビワハヤヒデ(岡部)、ウイニングチケット(武豊)という超強力馬とのレースということで策を講じたのかもしれません。しかし4角で2番手につけていたビワハヤヒデに交されると、直線でもウイニングチケットに差されてしまい3着入線に終わります。連に絡めなかったものの、ロイスアンドロイスの自在性を感じることが出来ました。 ■天皇賞(秋) ロイスアンドロイスは、続いて天皇賞(秋)へ進んでいきます。1994年の天皇賞(秋)には、先のオールカマーでも対決したビワハヤヒデやウイニングチケットのほかにも、サクラチトセオーやネーハイシーザーなどの有力馬が参戦していました。さすがにロイスアンドロイスは11番人気と人気薄です。レースでは中団待機で直線勝負の策を取ります。先行したネーハイシーザーが逃げたメルシーステージを捉えるものの他の有力馬は抜け出せない中、ロイスアンドロイスはセキテイリュウオーと同じような位置から抜け出しゴール。惜しくもクビ差で3着(2着セキテイリュウオー)に終わりました。潜在能力の高さは感じましたが、微妙に届かないところにロイスアンドロイスの勝負根性の弱さがまたもや垣間見えてしまったレースでもありました。 ■ジャパンカップ GI制覇に一番近づいた瞬間 天皇賞(秋)3着入線の勢いのまま、ロイスアンドロイスはなんとジャパンカップに歩を進めます。世界の有力馬が回避したとはいえさすがジャパンカップ、ロイスアンドロイスは8番人気と人気薄でした。道中好位をキープし、東京の長い直線で外から鋭い末脚を見せ残り1ハロンで先頭を捉えました。ちょうど現場で観戦していた私の目の前で、ロイスアンドロイスが先頭に踊り出たのです。しかし、そこでパタリと脚が止まってしまい、マーベラスクラウン、パラダイスクリークに交わされて結局3着・・・。GI勝利に、世界に一番近づきながらもはらりと掌からその夢がこぼれてしまったのです。しかし、このレースはロイスアンドロイスがその競走馬人生の中で一番輝いた瞬間でもありました。 ■最後の輝きと儚さ 年が明けの1995年にはGIIの大阪杯で4着、秋のオープン戦富士Sで2着以後はほとんど輝きを見せることなく、1996年腸ねん転にてこの世を去ることになってしまいました。 何回か書いていますが、やはり勝負根性が低かったことが勝ちきれないことに繋がっていたのだと思います。いい末脚をもっていながらも残り1ハロン当たりでパタリと脚が止まってしまう…。勝負根性さえもう少しあれば、歴史に名を残す名馬になれたのかもしれません。 ■参考:【競馬】史上最強の善戦マン ~ロイスアンドロイス・前編~@当ブログ ■ロイスアンドロイス@Yahoo!スポーツ競馬
posted by dongking |01:21 |
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