2008年02月03日

【ゴルフ】記憶に残る名ゴルファー~第三回 ジョン・デーリー

私の記憶に残るゴルファーを綴る第三回目は、ジョン・デーリーです。

1987年にプロ入りしたデーリーはその4年後の1991年、米PGAツアーに本格的に参戦し、全米プロでは9番目の補欠だったにも関わらず奇跡の繰り上がり出場。そしてそこでツアー初優勝を果たします。4大タイトルで一番飛距離が求められるという全米プロは、飛距離に自信(1991年~2004年飛距離ランキングトップ3内、平均飛距離タイトル11回獲得)のあるデーリーにマッチした試合であったことが優勝の一番の要因だったと思います。当時のデーリーのドライバーショットは他のゴルファーとは次元が違っており、衝撃を受けました。

ぽっちゃりしたデーリーは最近のアスリート系ゴルファーとは正反対の容姿でしたが、そのキャラクターと鮮烈なデビューで一躍有名選手となりました。

29歳で迎えた1995年全英オープン(セント・アンドリュース)ではロッカとのプレーオフを制し優勝し、全盛期を迎えたかに見えましたがその後はスランプに陥り、2004年2月「ビュイック招待選手権」に優勝するまで実に9年を要しました。しかしこれで成績がコンスタントに向上することはなく、2006年にはシード落ち。その後はスポンサー推薦のみで試合に出場していました。

しかしデーリーの凄いところは、成績やら飛距離だけではないのです。まず酒が大好きです。初優勝後から酒に酔っての暴力事件やらを起こしてしまいます。もう酒好きレベルではなく、アルコール依存症になっていたのでしょう。軽度の時にはTVを通じても「これはシラフじゃないな」という赤ら顔をして試合に参加していることもありました。症状は悪化の一途をたどり、デーリーに関するニュースはアルコール依存症への対処で入院したとか更正施設に入ったなどばかりでした。93年には米PGAツアーから出場禁止処分まで喰らう羽目に…。

酒だけではありません。無類の女好きで結婚・離婚を繰り返し、今の夫人はなんと4人目。しかもその夫人がマネーロンダリングやらで刑務所に入ってしまいます。無事出所しましたがデーリーはその妻と口論の末、フォークで頬を刺されてしまいます。なんという女難の相!!!

酒、オンナときたら大体皆さんも想像つくでしょう。ギャンブルです。ダメ人間三種の神器が揃いました。デーリーは自らの収入以上に賭け事にハマリ、借金は年々膨れ上がっていきます。

更に付け加えるなら話す言葉は粗暴。まさにゴルフ界の荒くれ者、ゴルフ界のジャイアンです。。荒くれ者ぶりはプレーにも現れます。ミスショットした自らのボールを蹴飛ばし、OB杭を引っこ抜く。クラブを思い切り叩きつける。あまりの自らのスコアの悪さに18ホール完了する以前に突然コースを去る…。奇行のオンパレード、奇行のデパートです。

しかし、これだけ粗暴でもデーリーはファンに愛されています。先ほど述べたように2007年はスポンサー推薦のみでの出場でした。普通に考えると出場試合数は激減しそうなものですが、デイリーを推薦する声が逆に殺到し、昨年よりも3試合も多い24試合に出場できたのです。

粗暴で奇行だらけのデーリーがファンに愛される理由は何なのか?私は「純粋さ」だと思います。デーリーは粗暴ではありますが、素直なのです。OB杭を引っこ抜いたときも「そんなルール、知らなかった」、途中でコースを去ったときも普通は怪我したとか腰痛がどうのこうのといった上辺だけの理由をつけますが、デーリーの場合は「スコアが悪かったから」。自らのアルコール依存症を公表し、やめられるものならやめたいと本音を吐露し弱さを何の躊躇もなく見せてしまいます。後に後悔すればきちんと本音で謝罪する。別に普段から不機嫌ではないのでファンからサインを求められれば、嬉しくてサインを書く。

自分の感情の伝え方が不器用でまっすぐすぎるのでしょう。ガキ大将がそのまま大人になってしまったかのような性格です。それをファンは分かっている。だからファンはデーリーを応援し、スポンサーも試合への推薦をするのです。非常に稀有な存在のプレーヤー、それがジョン・デーリーなのです。

posted by dongking |17:52 | ゴルフ 名選手 | コメント(0) | トラックバック(0)
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