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シモン・パジェノーの初優勝はブリックヤードへと繋がっている:2017インディカー・シリーズ第4戦 フェニックスGP

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 暮れなずむフェニックス・インターナショナル・レースウェイは夜の準備を始めている。砂漠の真ん中に浮かぶオーバルトラックには少しずつ闇が押し寄せ、ヘルメットまで蛍光黄色一色に塗り上げられた1号車はその暗さの底から鮮やかに浮き上がって光り、ひときわ目を引くようになってきていた。際立っていたのは目に痛いほどの明るさばかりではない。追い抜きがきわめて難しいショートオーバルにあって、上位を独占して隊列をなすチーム・ペンスキーの群れの中でもその動きは明らかに優れ、レースの中心としての存在感を放ってもいた。そのうち、70周目のターン1が訪れる。乱気流を怖れず直前のターン4を巧みに立ち上がって12号車の背後についた1号車は、短い直線でドラフティングを利用するまでもなく並びかけ、次のコーナーで黄色い残像とともに主導権を奪い取った。多重事故で始まったレースの序盤に見どころを求めるならこの数秒だったかもしれない。シモン・パジェノーがウィル・パワーを交わした一幕は、固定されて動かない隊列が伸びたこの日、車どうしが交叉する数少ない場面のひとつだった。それは彼がフェニックスではじめて完成させた意味のあるパッシングであり、とある初優勝に、またチャンピオンの立場に大いなる正当性を与えるものだった。少なくともわたしは、まだ4位から3位に上がったにすぎなかったにもかかわらず、とうとうパジェノーにこの時が訪れたのかもしれないと期待を巡らせていた。

 いまさら言うまでもなく、パジェノーは2016年のインディカー・シリーズを制している。優勝5回は近年のチャンピオンが1年間で上げた数としてはもっとも多いもので、その一事だけでも彼の得がたい才能は示唆されるだろう。ただし、その偉業には少しばかり特殊性が伴っている。勝利したサーキットを列挙すると、ロングビーチ、アラバマ、インディアナポリス・ロードコース、ミッドオハイオ、ソノマ――すなわちロードコースで4勝、市街地コースで1勝で、オーバルコースは含まれていない。以前このブログで取り上げたとおり、「インディカー・シリーズ」においてこれは初めてのことだ。1996年に前身のIRLが立ち上がってから2015年に至るまで、シリーズ・チャンピオンは例外なくその年のオーバルで優勝していた。かつてロードの帝王としてオーバルを大の苦手としていたウィル・パワーでさえ、頂点に立った2014年にはミルウォーキーを勝っている。オーバルとインディカーが密接な関係にある中、パジェノーはとうとう楕円と無縁なままに一年を制し、その伝統を断ち切ったドライバーになったのだった。

 ここにたとえば時勢の変化を見て取ることは難しくない。もともとCART時代のインディカーからオーバルが減少していた状況を憂えた勢力によって全戦オーバルを標榜して立ち上がったのがIRL、現在のインディカー・シリーズであり、その王者は当然に楕円の覇者でなければならなかった。だが20年が経つ間に、インディカーはかつてのCARTがそうしたようにオーバルコースをカレンダーから消していき、近年は全体の3分の1程度しか開催していない。別格のイベントであるインディアナポリス500を除けば人気が低迷している以上、オーバルが集客力の高い市街地コースに取って代わられたのは自然な成り行きでもあった。いまのインディカーに、かつてのようなオーバルを「守る」意思はない。インディ500さえ守れるなら、その必要もあまりないのだろう。IRL、インディカーの20年はいわば当初の理念が押し寄せる現実に少しずつ妥協していく過程そのものだった。チャンピオンがオーバルの優勝者だったことは両者の最後の均衡点にも思える。だがそれは半ば偶然的な結末にすぎず、いつまでも続くものではなかった。

 その意味で、楕円を知らない王者は時代の移り変わりの産物だったのだろう。オーバルとチャンピオンが繋がっていたことが偶然なら、それが断絶してしまうのも、レース数からすればむしろ確率の高い偶然だ。だが現実の事情への賢しらな理解とはまったく別にして、そこに僅かながらわだかまりを抱いてしまうのもたしかだった。たとえ数を減らしてもオーバルはIRLの原点であり、インディ500は頂点であるはずだった。その栄光を必要としない王者に対して、どのような視線を向けるべきなのか、答えを見つけられなくなるのだ。もちろんパジェノーの5勝はすべてがすばらしく、どれもインディカーの精神性をこれ以上なく体現していたと確信されるものだと、これまで何度も書いてきた。わたしの愛するフランス人は、疑いなく正当な、そして正統なインディカーの王者だった。ただそこに、具体的なオーバルの輪郭だけが伴っていない。睛の点じられない美しい竜、パジェノーをそう評することもまた可能だったのである。

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