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優雅な閉幕は優れた資質の証明である:2016インディカー・シリーズ最終戦 ソノマGP

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 2010年代のインディカー・シリーズを振り返ってみると、2015年までのあいだに選手権2位を獲得したドライバーが3人しかいないことがわかる。2010年から2012年の3年連続でウィル・パワー、2013年と2014年のエリオ・カストロネベス、2015年のファン=パブロ・モントーヤである。6年間の3人は共通点を持っている。全員がチーム・ペンスキーに所属していたことには気づきやすいはずだ。この間ペンスキーが王者を輩出した(つまり選手権で1位と2位を独占した)のは2014年にパワーが制した1回きりで、あとはチップ・ガナッシ・レーシングが4度、アンドレッティ・オートスポートが1度だから、近年このチームの勝負弱さは筋金入りである。だが仔細に見れば似通っているのは車ばかりではない。6年間のいずれも、彼ら3人はそれぞれシーズンのうちにポイントリーダーになったことがあった。開幕直後のちょっとした波瀾の結果などではなく、勢力図のじゅうぶん固まりつつある夏場に、けっして短くない期間である。それどころか、6季中4季は最終的に2位だった彼らが「その年もっとも長い期間首位にいたドライバー」で、2014年を除くと「シーズン最終戦または最後から2番目のレース」を迎えた際に選手権をリードしていたのも彼らだった。ようするに3人とも、王者になりうる十分な機会を持っていたにもかかわらず、逆転――いくつかは確実に歴史に残る大逆転――で敗れたのである。

 2010年のパワーは17戦中15戦を首位で過ごしている。ペンスキーのレギュラーシートを獲得したこの年、開幕戦のサンパウロと第2戦のセント・ピーターズバーグを連勝して主導権を握ると、6月5日のテキサスで一度ダリオ・フランキッティに首位を渡したが、続くアイオワですぐさま奪回して第13戦ソノマが終わった時点で513対468とじつに48点のリードを築いた。だが第14戦シカゴランドからケンタッキー、もてぎとことごとくフランキッティを下回って19点差まで詰め寄られ、とどめに最終戦ホームステッドの事故で25位に終わって602対596の6点差で敗れてしまう。勝利数だけならフランキッティの3勝に対しパワーは5勝と圧倒しており、まだオーバルが主流だったころのインディカーでオーバルを苦手としていたゆえの悲劇だった。翌年はフランキッティと目まぐるしい首位争いを演じて圧倒はできなかったものの、それでも16戦中7戦で首位に立っている。東日本大震災の影響でロードコースへと変更になったもてぎを制した後、ポールポジションを獲得したケンタッキーで19位に沈んで逆転を許し、最終戦のラスベガスで再度の逆転に賭けたがレースはダン・ウェルドンの死亡事故で中止された。この年も勝利は6対4で上回りながら、オーバルでの得点が明暗を分けた。

 フォンタナの56周目でスピンすることがなければ、2012年はパワーの悲願が達成された年になっていたかもしれなかった。17点差を巡って選手権を争っていたライアン・ハンター=レイとの13位争いのさなか突如としてスナップオーバーに見舞われ、最高の機会を手放したのだ。車が完全に壊れ、諦めて呆然としていたところチームが必死で修理しているのを知り慌ててレーシングスーツを着直す一幕もあったが、結局24位で12点に終わり、勇気を持って4位まで攻め続けたハンター=レイにわずか3点の逆転を許した。シーズンが深まるにしたがって追い詰められたように表情を険しくしていったこの年、パワーは15戦中11戦を首位で過ごしている。圧倒的な有利を吐き出して、3年連続で「最終戦」での逆転を許したのだった。

 2013年は主役がカストロネベスに替わる。安定して上位でゴールして地道に得点を積み重ね、チップ・ガナッシの不調もあって第10戦アイオワ終了時に92点差をつけていたものの、7月に入ってスコット・ディクソンが3連勝を記録してあっという間に追い込まれた年だ。本人が後に振り返ったとおり、守りに徹するばかりで走りから攻撃性を失ったカストロネベスは少しずつ貯金を切り崩し、第18戦ヒューストン・レース2でついに逆転を許した。その間、ソノマでディクソンがすぐ前にいたペンスキーのピットクルーと接触してペナルティを受ける「疑惑のピット」や、ボルティモアでパワーがディクソンを撃墜する事件がカストロネベスを「援護」したが、頽廃的な走りしかできずに幸運を頼みとするやりかたが長続きするはずもなく、ついにギアボックスの故障というありうべき不運が自らにも降り掛かって万事休したのである。最終戦フォンタナで再逆転を狙った走りは情熱的で、それまでに失っていた熱量を取り戻して余りある美しさを備えていたが、それを見たのはすべて手遅れになった後だ。カストロネベスは19戦中12戦で首位にいながら、第11戦から最終戦までの9レースで、ディクソンの4勝337点に対し0勝2位1回のみの218点に留まり選手権を失った。翌年も中盤まで選手権をリードしたものの、同僚のパワーに逆転を許して2位に終わる。この年以来、カストロネベスは1勝もしていない。

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