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ジェームズ・ヒンチクリフは自らの完璧さによって敗れた:2016インディカー・シリーズ第9戦 テキサス600

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 スタートコマンドは洒落たもので、Drivers, restart your engines.である。本来6月11日に予定されていたテキサス・ファイアストン600(ところでいきなり余談を挿むと、600と名乗っているにもかかわらず実際のレース距離は583kmで、これは1.5マイルオーバルとして造られたテキサス・モーター・スピードウェイを1998年にIRL時代のインディカーが再計測したところ1周1.455マイルしかないことが判明してトラック距離を変更したのだが、周回数だけは1.5マイル基準のまま決めているからである。1.5マイル×248周で599kmという塩梅だ。なお冗談のような話だが、CARTが行った再計測結果は1周1.482マイルで、NASACARはずっと1.5マイルで通しているので、このコースには3つの距離が存在した)は、前日からの雨が路面に染みこみ、天気が回復してからも後から後から水が湧き出してきてレースを行えずに翌日に順延となったのだった。その順延日も路面を乾かすのに手間取ってスタート時刻が遅れ、どうにかグリーン・フラッグにこぎつけたものの、フルコース・コーション中の71周目に激しい雷雲がコースを覆って万策尽きた。次の週末にル・マン24時間レースへ参戦するドライバーも多く、それ以上の延期は不可能だったのだ。結局72周目以降は8月28日にして消化することが決定し、このたびあらためてエンジンに火が入れられた。76日の中断を挟んだ”re”-startだ。

 中断した時点で先頭に立っていたのはジェームズ・ヒンチクリフだったが、その順位はかならずしも実力を反映したものではなかった。ポールポジションはカルロス・ムニョスで、スタートから最初のスティントを完全に制圧してオーバル初優勝への期待を高めていたものである。ヒンチクリフは予選12番手にとどまり、また特段コース上でライバルを抜くでもなく、ただ最後まで給油を我慢していた41周目にジョセフ・ニューガーデンとコナー・デイリーの危険な事故が起きたおかげで先頭に残ったにすぎない。エド・カーペンターにしてもミカイル・アレシンにしてもおなじことだ。中断時に上位にいたうちの何人かは、あくまで「うまくやった」ドライバーだった。

 事故の処理に時間がかかり、豪雨がやってくる71周目までレースが再開されることなく赤旗となった結果生まれた偽りのリーダー、というと言葉は悪いが、しかし6月12日のままグリーン・フラッグが振られていたらヒンチクリフは即座に後続から追い立てられたはずだ、と考えるのは自然なことだろう。だが長い長い「中断」で、レースは湿った重い空気の下危うい路面を走る昼間から晴れて乾いた夜へと状況を大きく変えた。ここまで条件が変化してしまえばもはやトラックがおなじだけのまるで異なるレースで、それまでの速さはなんの展望ももたらさない。偽りのリーダーだったヒンチクリフはこのレースでもっとも優れたドライバーに変貌し、だれよりも速く、それでいてだれよりも巧みにタイヤを使いこなして長いスティントを乗りこなした。たとえば再開後最初のピットストップは、2番手を走っていたエリオ・カストロネベスより10周も後、ウィル・パワーやスコット・ディクソンと比べても5周後の120周目である。つねにいちばん遅くピットに向かったことによってラップリードは盤石のものになり、162周目には一時的に全車を周回遅れにした。けっして選手権を争えるほど器の大きいドライバーとは思えないのに、ヒンチクリフにはときどきこうした目を離せない瞬間がやってくる。思い出すのはたとえば2013年のアイオワだ。レースの90%以上もラップリードを刻んで信じられないほどの圧勝を見せたあのときと同じように、テキサスでの彼は完璧な勝利を演じようとしていた。

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インディカー
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