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シモン・パジェノーと佐藤琢磨のターン1、あるいはウィル・パワーは開幕の不在によって2016年の主役となる:2016インディカー・シリーズ開幕戦 セント・ピーターズバーグGP

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 2016年の選手権で最初に記録された得点はウィル・パワーの1点だった。2年前の一度だけ佐藤琢磨にその座を譲った蹉跌を除き2010年代の開幕すべてを自らのポールポジションで彩ってきたパワーが今年も飽きることなく予選最速タイムを刻んだのだったが、これはあたかも、観客に対してインディカー・シリーズの変わることない正しいありかたを教えているようにも思えてくる。いわばこれは競争ではなく、そうあるべきものとして執り行われる儀式である。きっと、セント・ピーターズバーグの指定席を短気な童顔のオーストラリア人が予約することによって、はじめてインディカー・シリーズは一年の始まりを迎えるのだ。いつものウィル・パワー、いつものチーム・ペンスキー。予定調和の開会宣言。前のシーズンの終わりから数えて6ヵ月以上もレースのない時間を過ごしてきた観客にとって、そんな儀式めいた繰り返しの出来事は、空白を埋めてふたたびインディカーの営みへと戻っていくのにちょうどよい心地よさを抱かせる。これはわれわれの知っているインディカーなのだと。

 インディカーのさまざまな場所を俯瞰してみれば、当然ながら変わったことばかりだ。セント・ピーターズバーグのポールポジションがほとんど固定され続けた2010年代にしても、たとえばレーシングシートの多くをパワーとエリオ・カストロネベスにしか座らせなかったペンスキーでさえ、2014年に元チャンプカー王者のファン=パブロ・モントーヤを迎え、去年は下位チームだけで通算4勝を挙げたシモン・パジェノーを手に入れている。また反対に、十数年にわたってずっと関係を維持するカストロネベスが、40代を迎えて力の衰えを隠しようもなくなってきた。7年も経てばレーシングドライバーやチームのありようが同じであり続けるわけはないし、それどころかインディカー・シリーズそのものもずいぶん変化に晒され、遠くないうちに否応なく存亡の機を迎えかねない雰囲気が漂うようになった。そこまで変わってしまう物事のなかにあって、変わらないことに安堵したい瞬間があるとしたら、そうしたときに拠り所となるのが、たとえばインディアナポリス500マイルというレース(100回目となる今年、ついに冠スポンサーがついてしまったりはするものの)であったり、今回のようなセント・ピーターズバーグでひたすらに速いパワーであったりするのである。いつでも戻っていける道標。観客とインディカー・シリーズを繋ぐ結節点は、あるいはパワーの揺るぎない速さによって支えられている。

 だというのに、素晴らしい走りで開幕を演出した当のパワーが肝心のスターティング・グリッドに並べなかったのだから、レースとは時にいたずらが過ぎようものだ。彼は初日の練習走行でタイヤバリアに激しく衝突して脳震盪に見舞われており、6度目のポールポジションを獲得したはずの予選後に決勝への出場を医師から止められたのだった。日本にも届けられた映像によると、予選を終えてピットへと戻ってきたパワーは、車を降りるなり頽れるように屈みこみ、ヘルメットも脱げぬままかたわらのコンクリートの壁に体を凭せかけてしまっていた。かような状態でだれよりも速く1周を走りきってみせたのには驚嘆するほかないが、さすがに何十周も走り続けるのを座視するわけにはいかなかっただろう。健康面からは妥当な判断だったと想像するものの、しかしこうしていつもどおりだったはずの開幕戦はその最大の拠り所を失って、まるで相貌の異なるレースへと移り変わっていくのかと思われたのである。

 だが結局、ウィル・パワーのいないストリートレースなどというおよそ気の抜けたソーダにしかならないような状況も、ペンスキーの層の厚さによって安定的な秩序が保たれたまま進んだのだった。パワーに代わって先頭でスタートしたのはパジェノーであり、その後にモントーヤとカストロネベスが続いて、レースは確実に、ペンスキーが席巻するいつもどおりの、もっと言えば去年の再現のようなセント・ピーターズバーグとなった。実際のところ、今年のレースの大筋は去年の「パワー」だった部分を「パジェノー」に書き換えるだけでほとんどなぞることができてしまう。スタートからしばらくはパジェノーが不安のないペースで周回を積み上げ、タイヤがやや怪しくなるスティントの後半にモントーヤが老獪に差を詰めてくる。そして紙一重の差によって2人の順位が入れ替わると、最後には平穏なチェッカー・フラッグに至るのだ。おなじ車に乗るカストロネベスは10秒ほど遅れて優勝争いの蚊帳の外に置かれ、表彰台からも滑り落ちた。2年連続でシリーズ・チャンピオンとインディ500優勝の両方を経験しているドライバーに――すなわち昨年はトニー・カナーンに、今年はライアン・ハンター=レイに――抜かれたのである。ペンスキーの1-2-4、1位モントーヤと4位カストロネベスという結果は、1年前とまったく同じだ。2位のパワーがパジェノーに置き換えられた、それだけの違いだった。レースの途中には、フルコース・コーションを味方につけてあわや新人として初優勝を果たすかと期待を抱かせたコナー・デイリーの快走や、10台以上が巻き込まれて中古車屋のように車が並んだターン4での多重衝突事故があったりしたが、結局それもこれもレースに華を添える彩り以上の意味は持たなかった。というよりその程度のことはインディカーにとって不可避に起こりうる、これもまたいつもどおりの事象であって、特別な驚きに満ちているわけでもないというべきだろう。終わってみればインディカーらしいインディカー、セント・ピーターズバーグのペンスキー、けれどパワーがいないのはちょっと寂しい。このレースを評するとしたらそんなところだろうか。

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