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インディカーのために、われわれはチップ・ガナッシを軽蔑する必要がある:2014インディカー・シリーズ第11戦 ポコノ・インディカー500

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 500マイルの長い長いレースで、この日はじめてとなったフルコース・コーションが導入された161周目に、結果としてレースの最多ラップリーダーとなった、つまり多く最速であったターゲット・チップ・ガナッシのトニー・カナーンがピットへと向かった場面は、今シーズンに起きたインディカー・シリーズのどんな事件より不愉快を生じさせた瞬間として記憶されてもいいだろう。チームはそこでとりあえずカナーンのタイヤを新品に交換し給油を済ませると、さらにコーションが明ける直前の164周目にふたたび昨年のインディアナポリス500ウィナーを呼び戻し、わずかに減った燃料をもう一度注ぎ足してタンクの隙間を埋め、200周目まで走り切るように指示してコースへと送り出した。チェッカー・フラッグまでは36周を残している。トライオーバルと呼ばれる特徴的な三角形レイアウトをしたポコノ・レースウェイが、しかしどんな車にも32周のうちに燃料を使い切らせてしまうことは、レース4分の3が終わったこの時点で完全に証明されていたはずだった。チップ・ガナッシは、ゴールまでたった1スティントの間に通常の10%以上も燃料消費量を抑えて長い距離を走り切る賭けに打って出たのである。  そこに無謀な、と修飾語をつけてもよい。実際オッズは9:2だった――つまりこの時点でリードラップに居残っていた11台のうち、カナーンとおなじ作戦を取ったのはわずかにジョゼフ・ニューガーデンだけだったのだ。最終的にチップ・ガナッシの勝負は失敗に塗れることになるが、結果論でなく当初から分の悪い賭けだったことはだれの目にも明らかだったわけである。もちろんストライク/サラ・フィッシャー・ハートマン・レーシングの選択に関してはわからなくもない。ニューガーデンはカナーンと違ってインディ500の優勝者ではなく、という以前にシリーズで一度も勝ったことのないまだ23歳のドライバーで、チームはお世辞にも強豪とはいえないし、なによりこの日も勝機を見出すことなどいっさいできないレースを戦っていた。もとよりリードラップの後方を走っていたのだから、失うものもない。彼らは自らの立ち位置を理解したうえで、ホンダエンジンが優位とされる(かどうかは正直怪しいところだが、そう信じられてはいるようである)燃費や、その後イエロー・フラッグが何度も振られる微かな可能性を頼んで少額のチップを積んだ。それは弱者が取れる数少ない、しかしゆえに尖った戦略として、むしろ賞賛さえされるべき決断といえよう。事実ニューガーデンはコーションでステイアウトした車が給油に向かった188周目から自らの燃料が尽きた194周目までをリードしたことでレースの行く末に波乱の疑念を抱かせるとともに、貴重な1ポイントをも上積みした。そのうえでウィル・パワーが(またしても)ドライブスルー・ペナルティを科された間隙などを突いて得た8位は、まちがいなく作戦が成功したことを証している。優勝とまではいかなくとも彼らにとって悪い賭けではなかったのだ。なすべきことを正しい瞬間になせばレースは報いてくれるとささやかな寓話にすることもできそうなくらい、彼らは能く戦った。  だが8位を最高の果実としたニューガーデンとサラ・フィッシャーの作戦は、同時にそれがどこまでも弱者の戦略でしかなかったことを示してもいる。コーションが長引けば、再スタートの混乱でふたたび事故が起きてイエロー・フラッグになれば、周回遅れを利用して空気抵抗を減らし燃費を通常以上に向上させられれば。彼らが頼んだ展開は通常ではない事象をいくつも掛け算した結果の途方もなく低い確率でしか見つかりえなかったし、実際にそういう卑近な願いをあざ笑って、ごくごく普通の作戦をとったファン=パブロ・モントーヤが優勝したわけである。第9戦のカルロス・ウェルタスのように目をつぶりながら細いロープを落ちることなく渡り切ってしまうような偶然はめったにない。ニューガーデンは弱者の戦いをして、弱者らしく当たり前に敗れた。  弱者がレースのほんのわずかな綻びにしがみついて優勝まで辿りつくには、あらゆる都合のいい仮定を砂上に積み重ねていかなければならない。ほとんどの場合、そんな幻想は強者が無造作にスロットルを開けるだけで霧散するし、また強者は自らの勝利のためにそうする権利が、あるいはモータースポーツという営みの強度を守るために、そうする義務がある(われわれはサイコロを振って出た目だけで決まる競走を見たいわけではない)。レースにおいて、弱者に地位に応じた戦いがあるように、強者にはふさわしいありかたが求められるものなのだ。カナーンへの、チップ・ガナッシへの不愉快とはそういう意味である。2014年は未勝利といっても昨季の、もっと言えばここ6年で5度の選手権を獲得したチームと、インディ500・シリーズチャンピオンの両方を経験しているドライバーのコンビが、多くのラップリードを築いていたにもかかわらず、なお強者としての振る舞いを捨てて矮小な賭けを指向した、それはレースに対する敬意を欠いた裏切りに他ならなかった。昨年このブログでたびたび使った言葉をふたたび持ちだしてもいい――チップ・ガナッシは頽廃的なレースに堕したのだと。  中継の解説を担当した松浦孝亮の推測するところによれば、この日のチップ・ガナッシはライバルのチーム・ペンスキーに対し一貫してピット作業が遅く、最終スティントで先頭に立つことが困難と予想されたために、変則的な作戦を採用したのかもしれないということである。ターンの角度がきつくバンクも浅いポコノでは追い抜きがほぼ不可能で、実際レース中にもほとんど見られなかったから、ひとたび先行を許せば逆転の可能性にさほど希望を持てないことは明白だった。だからコース以外の場所でなんらかの工夫が必要とされたのだろうと、そういうわけだ。  それを受けて実況の村田晴郎は、「勝つための作戦」だとカナーンの変則的なピットストップについて述べたのだが、その表現はおそらく半分正しく、しかし半分は間違っている。たしかにチップ・ガナッシは工夫を凝らし、足りない燃料をなんらかの偶然で埋めてペンスキーを出し抜く賭けに出た。それはたしかに勝利を願った作戦ではあろう。だが同時にそうすることで彼らは、強者としての振る舞いを、最大限の努力でピット作業を短縮し、最高の緊張とともにコース上のバトルを制して勝利しようとする意志を、自らのピットボックスに破り捨てもしたのだ。チップ・ガナッシは奇抜な作戦を選ぶことによって、直接の対決を避けてある意味では安直な勝利を求め、また負けたとき「賭けに失敗しただけだ」と自らを慰めるためのわかりやすい理由を手に入れたように見える。いやむしろ、彼らが選んだのは「勝つため」である以上に、敗因を隠蔽し、自分たちは最善の努力を払ったが報われなかったのだという偽装された満足感を得るための作戦ですらあったのではないか。  ニューガーデンとサラ・フィッシャーの戦いから最善を尽くした麗しい物語を読み取れるとしても、まったくおなじ文章を紡ごうとしたカナーンとチップ・ガナッシに同種の意志を見てはならない。弱者が弱者としてレースに立ち向かうために狭い路地での戦いを求めるのと、強者がそこに逃げることはまったく違うのである。賭けの失敗を慰みにできる傷つかない走りを選び、自らにふさわしい戦いの場から姿を隠したチップ・ガナッシは、レースを形作る一員になる資格すら失った。結局、ポコノでカナーンが本当にペンスキーに勝てなかったのかどうかは永遠の謎となってしまったのだ。ライバルと、さらにはレースそのものと対峙することを忌避し、弱者の路地へと逃げこんだ彼らの振る舞いこそ、この好レースに投げかけられた唯一の失望に他ならなかった。  チップ・ガナッシにいまだ優勝がなく、不調から抜けだせずにいることがしばしば話題になるが、ことここに至ってその理由は明らかになったというべきだろう。だれよりも強者であるべき彼らは、そう振る舞えるはずの場面ですら弱者であることを望んで自分自身をレースから放逐している(このチームがスコット・ディクソンのクラッシュ以外ほとんど目立つ場面がない、ということを連想してもよい)。そんなチームに幸運以外の勝利が訪れるはずもなく、そして弱者を勝たせるほどの幸運はそうそう転がり込んできたりしない、ただそれだけのことだ。しかしチップ・ガナッシは本来まぎれもなく強者であり、そしてまさにこのポコノがそうであったように、強者がレースを恐れる姿など観客にとっては不愉快でしかない。昨年はポイントリーダーの地位を守ろうとするエリオ・カストロネベスの恐れがシーズン中盤から後半を支配し、打ち破るには最終戦を待たなければならなかった。われわれがインディカーの強度を信じ、擁護しようと思うなら、ポコノのレース中盤を支配したことでいまだ強者としての可能性を残していることを示したチップ・ガナッシが、頽廃的な恐れを振り払う姿をこそ求めるべきである。それは車の性能やチーム力と違って、次のレースにでも改めることができる――昨季の最終戦が突如として豹変したようにだ。観客としてはその瞬間を待ちながら、せめてその臆病を冷笑し、軽蔑の眼差しを向けるくらいのことを、しておくべきにちがいない。

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