2007年06月22日
中村俊、宮本らを擁し2大会連続の8強入り=1997年マレーシア大会
■97年大会に関する思い出・印象に残った選手について、コメント・トラックバックで大募集! 日本は、グループリーグ1勝1敗1分けの成績で決勝トーナメントへ進出。決勝トーナメントでは1回戦でオーストラリアを撃破し、準々決勝でガーナに延長戦の末敗れたものの、見事に2大会連続の8強入りを成し遂げた。 ・97年マレーシア大会詳細 出場選手プロフィール&総合成績ほか
posted by スポーツナビ編集部 |12:01 |
U-20W杯 |
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Re:中村俊、宮本らを擁し2大会連続の8強入り=1997年マレーシア大会
このチームの快進撃は一人の選手起用に端を発している。
1996年、アジアユースの直前に山本昌邦監督は一人の高校生をチームに加え、いきなり司令塔に起用する。 神奈川県桐光学園の中村俊輔である。 チームの司令塔と考えていた長田(ヴェルディー)がパサーではなく、ドリブラーであり、柳沢、福田、永井、山下のFW陣とのソリが合わなかった。
アジアユースではエースの柳沢が全くの不調で『不発の核弾頭』と揶揄された。 この窮地を救ったのが中村だった。 ギリギリのアジア第四位で世界ユースのキップを確保。 本大会ではエースの柳沢が本来の力を発揮、ベスト8進出の原動力となる。 中村―柳沢のホットラインは見事に機能した。
緒戦のスペインには1-2と敗れたが、ラウルに引けを取らぬ柳沢の活躍だった。 第二戦は六点、第三戦三点と予選リーグ10得点は未だに破られていない大記録である。
『決定力不足』なんてどこ吹く風だった。 やはり、司令塔に中村俊輔を急遽起用した山本監督の英断が光っている。
posted by IXTYS | 2007-07-03 11:00



