2007年08月10日
はじめまして!
はじめまして!DaiDreamと申します! 見よう見まねで、兎に角、参加することに意義があったフランス大会。 規律を重視し、ホームの地の利を活かした日韓大会。 自由を合言葉に、本場欧州の地で果てたドイツ大会。 ワールドカップ3大会連続出場を果たしてくれた日本代表のおかげで、私も3大会連続でスタンドで声を出すことができました。 これまでは、ただ只管、見守り続ける・応援する・愛し続けることが、日本代表サポーターとしてのベストだと思って10数年やってきましたが、イビチャ・オシム著「日本人よ!」を読んで、目覚めました。 日本代表サポーターとして、じっくり観察して、いろんな情報を分析し、自分で考えて、日本代表がもっともっと強くなるよう、世界で通用するよう、叱咤激励していきたいと思います。 日本という国に誇りを持てるように・・・ さて、初回にあたり、私のサポーター遍歴を少々紹介致します。 学生時代、サッカーをクラブ活動でやった経験はありません。 サッカー自体は大変好きで、ダイヤモンドサッカーも見ていましたし、なんせ友達がほとんどサッカー部ばかりでした。 やりたいのは山々だったのですが、当時、長髪→不良のイメージがあったようで、父親が全く理解を示さず、それほど秀でた運動能力もなかったので、結局、体育の授業でやる程度しか経験はありません。 観戦経験も、TVで番組をみるくらいで、全くありませんでした。 1992年、Jリーグ開幕前年の開催されたナビスコカップ準決勝、鹿島アントラーズvsヴェルディ川崎の試合を初めて国立競技場で観たのが、サッカー観戦との出会いです。 まだまだアマチュアでジーコ一人が奮闘する鹿島対、スター軍団のヴェルディ。 構図はジーコvsヴェルディ11人です。 どうみても勝ち目はなさそうなのですが、ジーコがチームメイトを鼓舞し、ヘタだけれどそれに一生懸命応える選手たち。 結局、鹿島アントラーズは敗退してしまうのですが、この試合を見て、サッカーの素晴らしさを改めて認識し、そしてなにより、スタジアムで、目の前で観戦することの凄さを思いしりました。 その後は、93年のドーハの悲劇。 しかし、なななんと、イラク戦を私は見ていないのです。 セントラル方式で開催されたこの大会、初戦のイランに敗れた段階で、「やっぱまだまだ出場なんて無理でしょう!」と、勝手に思っていたのです。今から考えるとお恥ずかしい限りですが・・・ でも、諦めずに、魂で戦う日本代表。 韓国戦に勝利した時は、私もすっかり前言撤回で、「こりゃいける!」と思ったものでした。 そして、あの日、私は当時静岡に住んでいたのですが、出張で東京に出てきていました。夕方から懇親会があり、さらに二次会へと。 すでに試合は始まったのですが、泊まっているホテルへ帰ると言い出せず、結局、タクシーの中で中山選手のゴールを聞いたように記憶しています。 ホテルに戻って、部屋に入り、TVをつけ、ベッドに座ってみていたはずなのですが、、、酔いが完全にまわっており、気がついた時は、サンドストームでした。 さすがに焦りましたネ~ チャンネルを変えても、どの局も砂嵐。結果もわからぬまま、悶々とした状態で再び眠りました。 日本が止まった!あの出来事を全く知らぬまま・・・ この汚点が、私のサポーター人生を大きく変えたと思います。 それからは、一生懸命勉強し、代表の試合はできる限り、スタジアムに足を運び、TV観戦の日は、飲み会どころか、残業もしないスタンスに変りました。 ビデオを撮って、大体2-3回は見直すので、いろんなシーンが頭に残っています。 フランス大会の出場を決めた、ジョホール・バルでのイラン戦は、ゴールネットがオレンジであったことなどなど。。。 少々長くなってきましたので、今回はこの辺で。 しばらくは、私のサポーター遍歴を中心にお送りしますので、これからもよろしくお願い致します。m(__)m
posted by daidream |04:29 |
サポーター遍歴 |
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