2009年10月31日
明日、大分トリニータはJ2降格決定後最初の試合、ジェフ千葉と天皇杯3回戦を戦う。
天皇杯2回戦はあいにく参戦できなかったが、今回は参戦する。
上司から「降格が決定したのに、まだ行くんか? それに天皇杯やろ?」と言われた。
「降格が決まって最初の試合だから行くんです。行かなければならないんです」と僕は答えた。
トリニータへの情熱を仕事に向ければ、おまえは立派な営業マンになれる、と山形に行った時も京都に行った時も言われた上司の嘆きはちょっと置いといて、明日はやっぱり大切な試合なんだ、と僕は思う。
トリニータを愛するのは勝敗だけじゃない、と僕は言った。
戦う舞台はどこだってかまわない、とも言った。
京都戦、降格が決まった試合終了後、G裏に挨拶に来た選手、スタッフにトリサポはみんな泣きながらトリニータコールをしたけれど、あのコールが本物だってところを明日の千葉戦で示さなきゃいけない。
降格……天皇杯……雨……、明日は観客動員に苦戦するかもしれないけれど、今季のメンバーでできるだけ長く戦い続けるためにも天皇杯を元旦まで勝ち抜いてほしいという願いはもちろん、僕達トリサポの変わらぬ想いを選手達に届けなければならない日でもある。
僕達は何も変わらず、大分トリニータとずっといっしょにいることを、いっしょに戦い続ける意志を伝える大切な試合だ。
告知できず、参加できなかったけど今日10月31日もチラシ配りが行なわれた。チラシ配りされた方々の努力が少しでも動員に繋がれば、と切に願う。
オシム語録にあった言葉を思い出す。
「ぜひ試合を見に来てください。そこではきっと、素晴らしい出来事が待っています」
素晴らしい出来事を見逃さないために1人でも多くの人に九石ドームへ足を運んでほしい。
清水戦、京都戦と掲げられていた断幕「信じて走れ 俺達は最期まで歌う」はまだ終わっていない。
大分トリニータがそこに在り続ける限り、僕達は歌い続ける。
posted by きくりん |22:59 |
大分トリニータ |
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2009年10月28日
前回のエントリーで京都戦関連を終了するのが綺麗な終わりかたとはわかっているけれど、書くべきことがもうひとつある。ただし、サッカーとは、Jとは直接関係ないので、それ以外に興味のない方は読まないほうがいい、と思います。
最後まであきらめずに声を出し続けたこと、試合終了後選手達を温かく迎えたこと、サンガG裏とのエール交換。その裏でというか、そのあとのことを僕は書きます。
それはゴミです。
試合終了後、僕はどちらかというとすぐにスタジアムを出ずに、しばらく席に座っているのですが、京都戦終了後、西京極のビジター席、つまりトリニータG裏は、少なくとも僕の目についた範囲は、席の下に放置されたゴミが数多くありました。九石にしろ、万博にしろ、山形にしろ、こんなにひどくはありませんでした。
持ち込み禁止のはずの空き缶が転がり、ビールや焼酎の紙コップ、あるいはビニールコップが潰され、あるいはたこ焼きか何かが入っていたであろうパックが至るところに放置されていました。
放置して帰ったトリサポがいつもこういうことをしているのか、あるいは降格決定の傷心のせいなのか、僕にはわかりません。どちらにしろ許されるものではありません。
自分達が飲み食いした後始末を誰にやらせようとしているのでしょうか。
スタジアムのスタッフの方々やサポクラのみなさんにさせようというのでしょうか。そう言えば以前、ある人のブログでやっぱりゴミについて書かれていたのをこの時思い出しました。
スタッフのみなさんは忙しいし、サポクラのみなさんは断幕やビッグフラッグの後片付けで大変です。ましてや京都戦、マルハン祭りということで、マルハンへこれまでの感謝の気持ちを伝えようと90本のゲーフラを僕達が掲げられるように準備してくれていました。大変だったと思います。
僕達が戦える準備をしてくれている人達に、ゴミの後始末まで面倒をかけていいのでしょうか。それくらいは自分達でしっかりやりましょう、ということです。サポ云々という問題でもないと思います。
僕と相方は気がついたものは拾ってまわったけど、それは何も善人ぶりたいからではありません。ゴミが散らかされたままなのが不快なだけです。僕達が選手達とともに戦った場所を汚したまま帰りたくないだけです。
昇格して京都とまた戦いね、と僕達が思っていてもスタジアムのスタッフさんに「もういいよ、大分なんて来なくて」などと思われたら悲しいです。
大分トリニータの名前を汚すことにもなります。
いっしょに来ている者同士が声を掛け合いましょう。「ゴミ箱に捨てようよ」と。隣の人が捨て忘れて帰ったなら、自分のゴミじゃないからと見て見ぬふりをせず、自分のゴミといっしょにゴミ箱に捨てましょう。
今回はスポナビ+の趣旨に沿っていませんがご容赦いただければ、と思います。
10.24の最後のエントリーには相応しくない内容だけれど、観戦マナーを守ることも愛するクラブを、Jリーグを育んでいくひとつだと僕は思います。
「お家に帰るまでが応援です」そのように考える次第です。
「お家に帰るまでが応援です」の言葉はにわトリからいただいたメールから拝借しました。
posted by きくりん |08:32 |
Jリーグ |
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2009年10月27日
昨季の入替戦、磐田vs仙台をTV観戦した時のスカパーで実況を担当した倉敷アナウンサーの言葉が印象に残っている。
'日本のサッカーはいいですね。
ギスギスしたリーグが世界にはあります。
だけど自分たちのJリーグというものは、
これでいいんじゃないかな、と思います。
誰もが来て楽しい、ファミリーで来て楽しい、
子供たちと一緒に来られるJリーグ。
もちろん一戦一戦はタフな真剣勝負だと思うし、
そういうところから世界を目指していくというのが
僕らの国のサッカーだと思いますが、
だけど、Jリーグの中で片方が勝ち、片方が敗れるということがあったとしても、
全力を尽くして戦った後に心を通わせる光景があるスタジアムを、いつも期待したいと思います。
今シーズンはサポーター間のトラブルも課題としてあったと思うんですけど、
最後に僕はここのヤマハスタジアムの
幸せなサポーターと選手の交流を見られて良かったと思います。'
「サポティスタ」より
京都戦試合終了後、ピッチの向こう側にあるG裏から聞こえてきたトリニータコール。あの時、悲しみに暮れていたトリサポは一瞬時が止まったように、サンガG裏を見つめた。サンガサポさん達が両手を広げて送ってくれるトリニータコール。ようやく止まりそうだったものがまた溢れてきて、僕達は拍手し、その後京都サンガコールで応えた。サンガサポさん達からも拍手をもらった。
ちょっとシチュエーションが違うけれど、エールの交換が終わって、あぁ僕達は今あの時と同じ空間にいるのだ、と思った。倉敷アナが言った「全力を尽くして戦った後に心を通わせる光景があるスタジアム」に僕達はいるのだ、と。
降格決定そのものは、もちろん悲しい出来事だし、できることならばもう二度と味わいたくないつらいものだ。あれから数日経ったけど、心のどこかにまだ何か重いものがある。だけど、そんな時だからこそ、そんな時にしか触れられない、かけがえのない瞬間がある。
「僕らのJリーグ」
僕の記憶では倉敷アナがこのフレーズを昨季入替戦で使ったような気がするのだけれど、Jリーグを盛り上げるのは選手のプレイだけではない。
仲間とは愛するクラブが同じ者同士だけではない。Jサポみんなが仲間なんだって、改めて教えてくれたのがサンガサポさん達だった。
京都サンガのサポのみなさん、ありがとうございました。
posted by きくりん |08:22 |
Jリーグ |
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2009年10月26日
あの高松大樹が泣いていた。
朴訥で、感情を表に出すタイプではない。以前、僕は背景に人生、人間を感じさせるアスリートに惹かれると言ったことがあるけれど、高松はたぶんその対極に位置する選手かもしれない。あまり気の利いたことは言わないし、取材泣かせの選手ではないだろうか。
もし、トリサポによる好きなトリニータ選手のアンケートがあったら、1位を獲得するのは周作だったり、夢生だったり、エジだったりが多いのかもしれない。だけど、ランキングに得点があって、その総合点ランキングになると高松は1位のような気がする。
主将として、エースとして、J2を知る生抜きとして、様々な想い、覚悟があったことだろう。怪我に泣かされ、ウェズレイが去り、高松の感じるプレッシャーは尋常ではなかったはずだ。
情熱を胸に秘め、戦い続けた高松の涙を、そして高松が日本で一番のサポーターと、僕達に言ってくれたことを、決して忘れない。
昨季、巻選手といっしょに戦えるジェフサポがうらやましい、と僕は書いたことがあるけれど、僕達トリサポには高松大樹がいる。
高松大樹と戦い続けられることを僕達は誇りに思う。
僕達はもう二度と高松にあのような涙を流させない。
上本大海がトリニータに残ると名言した。
「今のサッカーを来季につなげ、もう一度J1のピッチに立つ。プライドをもってサッカーをやるというなら(金は)関係ない」
主将のFW高松が涙を流した姿に「ぐっときたし、自分もショックは大きかった。選手みんなが責任を持って来季J1に上がらないといけない。(高松)大樹さんを支えたい」
(西日本スポーツより)
思えば夏、G裏と選手達が口論になった時、トリサポに訴えかけてくれたのが高松と大海だった。
選手それぞれの人生だから、生涯所得が低いサッカー選手だから、誰かがトリニータを去る決意をしても、僕は笑顔で頑張れよ、という見送るつもりでいる。だけど、やっぱり高松、大海の気持ちは素直に嬉しい。
お金のことは、僕にはどうにもできないけど、残り試合、みんなで今まで以上のサポートをして、「やっぱいいよな、トリサポは」と少しでも選手に思ってもらえるように、僕達トリサポのすべきことはまだ残っている。
posted by きくりん |23:14 |
トリ戦士コラム |
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2009年10月26日
京都戦試合終了後、「来年、上がるぞ」「いっしょに頑張ろう」「高松、泣くな~」とトリサポが自分の悲しみを押し殺し、トリニータを励ましているのに、僕は嗚咽していた。
隣でいっしょに応援してくれていた仲間が「いいチームだ」と僕の背中を叩いてくれたのに、僕は何も言えず、泣きじゃくるしかなかった。
みっともなかったな、俺はサポ失格だな、と今さらながら悔やんでいる。
降格という現実が覆せないのは仕方ないけど、せめて、選手達をしっかりと迎えて、伝えたい言葉を叫ぶべきだった。
でも、サポ失格の僕だけど、おかしな話だけど、京都戦の試合が終わったあと、大分トリニータが本当にいとおしかった。やっと勝った浦和戦よりも奇跡の名古屋戦よりも首位を倒した清水戦よりも去年の国立よりも10月24日の大分トリニータがいとおしかった。
だからあの瞬間を悔やんだまま、僕は今季を終わりたくない。
草刈場とか、流出とか既にそんな言葉が踊っているけれど、リーグ戦はまだ4試合ある。天皇杯もある。
気持ちの切り替えなんて、しなくていい。僕はそう思う。悔しさや悲しさ、絶望、10月24日の感情を全て抱えたまま、僕は戦い続けたい。
僕のトリサポ歴の中で、最もいとおしい今季の大分トリニータはJ2降格が決まったけれど、まだ終わりじゃない。12月5日で終わらせるわけにはいかない。京都戦で会った仲間達と「元旦に会おう」と別れた。
僕は、世界中が土砂降りの雨だろうと、トリニータと叫び続ける。
にわトリ、ウェイツさん、ハカセさん、それぞれのご友人、そしてサンガサポのみなさん、本当にありがとうございました。
posted by きくりん |07:43 |
2009参戦コラム |
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2009年10月23日
九石に通い始めたばかりの頃、隣にいる相方だけが唯一の話し相手でした。席を離れるのはトイレと喫煙する時くらいで、喫煙する時も周囲がトリニータの話題で盛り上がっているのをうらやましく眺めているだけでした。
その後、山形にいっしょに行ったサポ友から始まり、あるご一家と仲良くさせていただき、このブログを始めてから、実際にお会いした人、ここで語らう人、多くの出会いがありました。
清水戦の日、ある出来事がありました。
清水戦の試合前、鳥脳さんとえのきずさんがキャッキャッ言うのを大人の僕が微笑ましく眺めて時間を過ごしたことは、鳥脳さんのブログに書かれていますが、そのあと席に戻り、たぶんピッチ練習に選手が現れ、ひとしきりコールが終わったあとだったかな、その出来事は起きたのです。
通路際の席で立っていた僕の横に男性が来られました。その男性の隣というか段差があるので下には女性がいらっしゃいます。いつも近くの席に陣取ってらっしゃるのでお顔は存じているけど話したことはない方々です。
男性が僕の耳に顔を近づけ、口元に手をやり、おっしゃいました。
「きくりんさんですか?」
「!?」
あんなに一瞬でパニックになったのは、たぶん生まれて初めてのことです。たぶん指名手配された犯人が警察手帳を出されたらこんな感じなんだろうな、というパニックでした。背中に胸に汗が、いや毛穴という毛穴から汗が噴出してきました。
こういう時は「いえ、僕は鳥脳です」というはずだったのに、素直に「はい、そうです」と答えてしまいました。このへんの臨機応変さが欠けているというか機転が利かないというか……反省した次第ですが、まあとにかくその時はその刹那にいろんなことが駆け巡ったわけです。
漫画の吹き出しがあれば5,6個は僕の頭上に浮かんでたと思います。着ていた蒼シャツはところどころ汗が滲んできました。怒られるのかな、と思いました。好き勝手に書きやがって、と。
でも実際はご丁寧なご挨拶をしていただきまして、ブログ書いてて良かった、と元気をいただきました。パニックになってまともにお話できませんでしたが、いただいたお言葉、本当に嬉しく思いました。
この1週間、今季開幕後からこれまでのエントリーといただいたコメントを読み直しました。
正直ブログをやめようかと思ったことは一度や二度ではありませんでした。
春から夏にかけて頑張りましょう、信じましょうばかり書き続けた日々。「またね、頑張りましょう」の挨拶に、泣きながら文章を書いた日。PCの前に何時間座っても1行も書けないことがありました。メールをいただく方に弱音を吐いたこともありました。
それでも、ここまで更新し続けてこられたのは、他サポの方も含め、多くのみなさんのコメント、お言葉でした。またコメントはせずとも読んでいただている方々もいらっしゃることが清水戦のお二人のおかげで改めてわかりました。
本当にありがとうございます。
コメントをいただく1人に、大分から遠く離れた街に住んでいる人がいます。その人は大分に縁もゆかりもない人だけど、大分のサッカーに魅せられて、大分トリニータのサポーターになった人です。まだトリニータの試合に参戦したことのないその人は、来年大分で生活を始めようと考えています。
難しい状況ではあるけれども、できることならその人に、まだ見ぬその友に、J1の舞台で戦うトリニータを観てほしいと願っています。
ポポヴィッチが「魂を伝えたい」とコメントしています。
トリニータの魂を感じ、トリサポの魂を伝えて、大分の魂こがしましょう。
明日京都戦、今季みなさんとここで語らった全ての言葉を、全ての想いを込めて、僕も戦います。感謝の気持ちを叫びに乗せます。
絶対に、絶対に勝ちましょう。
では行ってきます。
posted by きくりん |18:40 |
トリコラム |
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2009年10月22日
最近、参加できていないので心苦しいのですが、チラシ配りのお知らせを転載させていただきます。
11月1日(日)天皇杯3回戦 ジェフユナイテッド千葉戦
11月22日(日)J1第32節 川崎フロンターレ戦
の動員呼びかけのチラシ配りを行います。
10月24日(土) 10:00~12:00
(予定数を配布次第、早期終了となる場合があります)
配布場所:津久見市 (つくみん公園)
第27回津久見市ふるさと振興際 第14回つくみ”活き粋き”フェア 会場
集合場所: お祭り会場駐車場出入り口付近
集合時間:9:30~9:40
(目印として「九石ドームで勝利だ!」的な青いのぼりを立てておきます)
10月24日(土) 13:30~15:30
(予定数を配布次第、早期終了となる場合があります)
配布場所:九州石油ドーム 西口(メイン)ゲート
TOSフリーマーケットスタジアム フリスタ2009会場
集合場所:九州石油ドーム 西口(メイン)ゲート
集合時間:13:20
*途中参加も大丈夫です!
(青い服の人 or のぼりが目印です)
ご協力いただける方がいましたらよろしくお願いします。
活動時間内であれば「5分」でも参加可能です。
今回配布するチラシは、3万人動員プロジェクト実行委員会で用意させて頂きます。
お問い合わせはots@k-dsn.comまで、よろしくお願い致します。
Oita TRINITA Supporter's site様より転載です。
清水戦で「青の道」を作って選手の乗ったバスを出迎えるはずでしたが、実現しませんでした。そのアナウンスがあった時、えのきずさんが「こうなったら川崎戦ですればいいじゃんっ!」と言ってました。天命を待つ部分がありますが、川崎戦で「青の道」を実現できる状況だったら……そう願わずにはいられません。
このチラシ配りのためにえのきずさんは京都行きを断念しました。京都戦に勝利し、横浜へ参戦するえのきずさんに託せたらと思います。
posted by きくりん |22:51 |
3万人動員プロジェクト |
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2009年10月21日
僕が初めてアウエーに参戦したのは7月終わりのガンバ戦だった。その時は大阪ということもあって、大分からの遠征組も多く、話したことはないけど知った顔という人達が大勢いて、風景が違ってもそれほどアウエー感を感じなかった。横でにわトリ彦一がうるさかったから大阪感は感じていたけれど。
そして先日の山形戦。車で走った距離もあったけど、あの時は思いっきりアウエーを感じた。200人対8000人。G裏、G裏と息巻いても、九石では真ん中からは少し離れたところにいる僕は、自分でも気づかないうちに応援を怠けている時もあると思う。僕1人が少し休憩しても……、と思ってはいないけど、ふと我に返ると声を出し忘れている時がある。でも、200人くらいになると、俺が声を出さなきゃどうする?みたいな気持ちになるし、所謂真ん中のみなさんがすぐ間近にいて頑張っている姿を見ると、俺もやるぜ、と奮い立たせられた。
あの時、つくづく思った。いつもホーム九石に参戦できる僕は恵まれていると。
常にホームのサポの大観衆と対峙し、スタメン発表では「オイッ!」のタイミングさえ取りにくく、そのあとの手拍子でのコールも出来ない。僕にとってそんなG裏の光景は非日常だけど、そんなアウエーが日常の人達もいる。スカパーで観ている時、相手ホームサポの声に負けずに歌い続けている人達がいる。
そして、大分トリニータを好きで好きでたまらないけど、地理的問題、あるいは経済的問題で参戦できない人達もいる。
もし、大分が九州にではなく、関西や中部地方にあれば、東京、その近辺にいる人達は帰省し九石に参戦できる回数をもっと増やせるかもしれない。遠征を何回もするなら、そのぶん大分に帰省すればいいじゃないか、と思うかもしれない。直接そんな会話をしたことがないのでわからないけど、きっとそんな人達はホームの大観衆の1人になることよりも、ホーム九石で大歓声に包まれることを思いながらも、それでなくてもトリサポが少ないのに自分が行かなきゃどうする? と山形で僕が声を出し続けた時と同じような気持ちで、アウエーに参戦する回数を選んでいるのではないだろうか。
九石ドームでは、スタジアム内を歩いていればニータンに出くわし、トリニータに関する展示物やイベントがあり、周作が現れれば周作のチャントを大合唱でき、大型ヴィジョンには写真つきでスタメン発表がある。
そんな光景を大分に住む僕達は当たり前のように慣れてしまっているけれど、実は本当にかけがえのないことなんだ、と山形で改めて実感した。
あの日、と言ってもまだ3日前だけど、清水戦でホームのトリサポは歓喜を味わった。幸せな瞬間を過ごした。それは決してあの時九石にいた者だけの力ではない。スカパーを観ながら、ケータイをチェックしながら、PCの更新を何度も繰り返し、祈り続けたトリサポ全員の想いがあった。
今季、大分トリニータはまだアウエーで勝ち星がない。
次節、京都戦はアウエー西京極。きっと東から、西から多くのトリサポが参戦するだろう。
大分トリニータのアウエーを支え続けている人達が「大分よりの使者」が歌えますように。選手達と喜べますように。
今度はホーム大分から祈りと願いを届けよう。
タイトルは室生犀星の有名な詩句ですが、本来の意味と本文の内容とは全くかけ離れております。
posted by きくりん |01:04 |
トリコラム |
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2009年10月20日
大分トリニータが、清水エスパルスに先取点を許した時から、僕はもう涙がとまらなくなった。それは決して負けるんだ、降格するんだ、という悲しみからではなかった。では、何の涙かと問われると、上手く答えられないのだけれど、あえていうなら感情の高ぶりなのかもしれない。絶対にあきらめてたまるか、という気持ちが涙を流す以外に表現できなかったのかもしれない。
清水戦、僕達が願っていたのは、奇跡とかそんな決して大袈裟なものではなく、ただ勝利だった。前日に山形が勝利し、引き分け以下で降格する事実が頭に全然なかったと言えば、嘘になるけれど、とにかくこの試合に勝利すること。それだけだった。
口の悪い人達は、トリニータの選手達が既に移籍の気持ちを固めて云々かんぬん言ったりするけれど、その人達は清水戦のトリニータを見てどんなふうに思っただろう。100%選手を信じる」僕が土曜日夜にそう書いたのは、そんな口の悪い人達に対してのせめてもの抵抗だった。
「一生懸命」
もし、清水戦を一言で表現するならば、僕はこの言葉以外思いつかない。
選手も、サポも、トリニータ全てが一生懸命だった。
監督が代わってもサッカーが変わっても、脈々と流れる源は変わらない。
試合中、特に失点してから、僕は何度も「これがトリニータだ」と思った。
思えば、山形に行った時、いろんな光景がうらやましかった。トリニータが失ったものを向こう側に見た気がした。だけど、僕は間違っていた。
僕達は失ったわけではなかった。忘れていただけだった。
ゴール前にボールが上がるたびに「いけっ!」と何度も叫び、頭を抱え、ピンチに悲鳴を上げ、周作のビッグセーブに絶叫し、高松の逆転ゴールの時、高松のジャンプと同時にみんなが「たっかまつっっっっ!」「うぉぉぉぉ!」という地鳴り。
アディショナルタイム、コールしながら両手を合わせ祈る人、何度も腕時計を見る人、まだ?まだ?と言い続ける人、頼む、頼むと念じる人……。
みんなで歌って踊った、本当の「大分よりの使者」
僕達は再びひとつになれた。
証は刻んだ。
忘れていたものを思い出した。
選手の笑顔が見られた。みんなで分かち合えた。
この幸せをひとつでも多く、できることなら少しでも長く。
だから、そのためにも「信じて走れ 俺達は最期まで歌う」
posted by きくりん |00:52 |
2009参戦コラム |
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2009年10月18日
試合に触れる前にトリニータのオフィシャルに出ていた「トリニータ戦士29+1」の決意です。
九石に来られなかったトリサポのみなさんへ選手達の決意を伝えたかったので、こちらからエントリーしました。
西川周作
坪内秀介
深谷友基
エジミウソン
「リーグ戦 最後まで選手全員で勝利目指して戦いましょう!」
森重真人
西山哲平
金崎夢生
森島康仁
鈴木慎吾
高松大樹
家長昭博
下川誠吾
フェルナンジーニョ
「チャンスある限り戦いましょう!そして今年精一杯戦いましょう!」
住田貴彦
前田俊介
高橋大輔
東慶悟
上本大海
石田良輔
小林宏之
池田達哉
小手川宏基
清武弘嗣
井上裕大
宮沢正史
藤田義明
梅田高志
チェ ジョンハン
菊地直哉
ポポヴィッチ
サインのとこにある「ポポ」はポポヴィッチが自分で書いたのでしょうか?彼のサインはいつもこうなのかな?
おまけ ニータン テーマはピクニックハイキングだそうです
posted by きくりん |19:08 |
大分トリニータ |
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2009年10月17日
大分トリニータの残留を100%信じる、とはさすがにもう言えないけれど、大分トリニータの選手達を100%信じる気持ちは変わりない。
大分トリニータの選手のみなさんへ。
明日の清水戦、証を刻んでください。
大分トリニータが大分トリニータであることの証を刻み込んでください。
人生に無駄はない。
この言葉が真実ならば、僕達が共に歩んだこの年月が決して喪失ばかりでなかったことを刻み込んでください。
明日、勝利しても何かを得るわけではなく、何かから救われるわけでもない。単なる悪あがきなのかもしれない。それでもかまいません。
走り続けてください。泥臭く、いつまでもどこまでも走り続けてください。僕達は、そんなあなた達の美しさを刻み込みます。シーズン開幕と全く変わらない、あるいはそれ以上の想いを明日はあなた達に送り続けます。
勝利のために、ゴールのために暴れ荒れ狂ってください。僕達は叫び歌い続けます。
あなた達の笑顔が見たくて、いっしょに喜びたくて、僕達の願いはそれだけです。
そのために全国のトリサポが想いを結集します。
posted by きくりん |19:14 |
大分トリニータ |
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2009年10月16日
10月18日(日)第29節 清水エスパルス戦。
来期、トリニータの戦う舞台が変わってしまうかもしれない大事な試合。
この大事な試合をホームで迎えるにあたって我々サポーターにできる事はなんだろうと考えました。
そこで我等の気持ちを選手に直接伝えるべく選手がバスでスタジアム入りする際に
盛大に出迎えたいと思います!!
選手は試合の約1時間30分前にスタジアム入りします。
今回は14:00キックオフですので12:30頃に選手バスがスタジアム入りします。
選手出迎えにご賛同、ご参加いただける方で
12:00頃までにスタジアムに入場されてる方。
12:10までに北口ゲート付近(ホームゴール裏、コンコース)
と東口(バックスタンド側グッズ売り場付近)に
シーズンパス or チケットを必ず持参の上、お集まり下さい。
スタジアムに入場されていない方
12:15に北口ゲート(ホームゴール裏)の外側にお集まり下さい。
勝ちたいという思いを選手に届けましょう!
当日はカラーボードで 「青い道」 を作り選手を出迎えようと思っております。
また、選手出迎えの説明を含めいつも通りシーズンパス入場の45分前の10:45頃から
北口ゲート前階段にてゴール裏全体ミーティングを行います。
よろしくお願いします。
~シュトロケッツ日記様より転載です。~
posted by きくりん |21:32 |
その他 |
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2009年10月08日
監督が代われば戦術も変わるし、使われる選手も変わる。
スタメンだった選手がサブになり、サブだった選手がベンチ入りしなくなる。サブだった選手がスタメンになり、ベンチ入りしなかった選手がサブに入る。それぞれの監督の嗜好もあるだろう。
西山哲平、34歳。大分トリニータに来て8年目のチーム最年長選手だ。もしかしたらトリサポ以外の人達にはそれほど馴染みのある選手ではないのかもしれない。
ボランチより上ならどこでもこなせる選手で、シャムスカは彼を重宝していた。いぶし銀的存在で、若い選手達に比べれば華やかさもないし、ここ数年は特筆できる活躍を見せたわけでもない。だけど、シャムスカ時代は毎試合ほぼベンチ入りし、後半になると出場し、ピッチに入ると走りながらシャムスカの指示を選手達にポジションを指差し伝達する姿が恒例だった。
ポルトガル語が堪能な哲平は、通訳なしでシャムスカやブラジル人選手と会話ができ、G裏と選手が話してる時、ウェズレイの横でその成り行きを通訳していたこともある。
昨年のナビスコ杯決勝で、シャムスカは後半ロスタイムに入ってから哲平を投入した。主審の吉田さんがなかなか交代を認めなくて、トリニータ・オーレを歌いながら多くのトリサポが哲平がピッチに入る前に試合が終わるんじゃないか、とやきもきしていた。
実際、哲平がピッチに立てたのは恐らく1分もなかった。でも、あの場面、あの歓喜の瞬間、哲平がピッチにいられたこと、そしていられたことにホッとするサポがいること、それが大分トリニータの大分トリニータたる所以である、と思った。
山形で、大分でJ2を知っている哲平は、今どんな気持ちで試合を観ているだろう。練習場に見学に行けない僕には、哲平が今どんな状況なのか、わからない。折れそうな心を必死に前へ向かせてベンチ入りを狙って頑張っているだろうか。それとも達観した決意を固めているのだろうか。
どうしても若い選手の今後について目が行きがちだけれど、8年間トリニータを支え続けてくれている哲平が、僕は気になってしようがない。
哲平が最後にベンチ入りしたのは、7月12日アウエー磐田戦だった。それはシャムスカ監督最後の試合でもある。
あと6試合、僕達が哲平コールをできる日は、また来るのだろうか。
頑張れっ! テッペイ!
posted by きくりん |22:47 |
トリ戦士コラム |
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2009年10月08日
ニッカンスポーツの「大分日本代表GK西川降格なら退団」が削除されている。
この記事が4日日曜日に出て、実は山形からの帰りの車中、同行したサポ友とちょっとした言い合いになって気まずくなった。お互い疲れていたから気遣いが欠けていた面もあった。それだけに削除されたことが無性に腹立たしい。
サポ友が「これは波紋を呼ぶ、(退団は)悲しい」と言ったので、「周作のサッカー人生を考えると致し方ない。波紋なんてサポのエゴ。だって、あなたもフォーリーフNOなんでしょ? フォーリーフNOとはこういうこと」と僕が答え、まあ気まずい車内になった。彼は波紋という言葉を使い間違えただけだったし、最後は「こんな時期にこんなこと言うかな? 周作が。また言葉尻をつかまえて書かれたガセじゃないの?」ということで収まった。
削除されたということは、やはりガセだったのか、と訝りたくもなる。
そもそもこの1ヶ月と少し、マスコミ、特にニッカンはトリニータ関連記事に何かしら作為的なものを感じてしまう。これだって、サポクラがわざわざ公開質問状を大分FCに提出しますなんて言わないと思うし、では誰がニッカンに言ったんだ?って話になるし、そもそも記事にすべきことかな、と僕は疑問に思う。
ここでワイワイ騒いでしまうと、マスコミの思う壺なのかもしれない。トリニータのオフィシャルに「10月4日 一部スポーツ新聞の報道について」と載った。大分FCがニッカンに正式に抗議したのかもしれないけど、僕は実はそうは思っていない。
それにネットでしか記事を読まないのでわからないけれど、本紙には謝罪文なんて出たのだろうか? たぶん出ていないだろう。こっそり削除しておしまいなんだろう。もし出ていたのなら、このエントリーを削除せずに、しっかり謝罪を行ないます。
試合は熱く、報道は冷静に、僕達は見なければならない。
長距離遠征の帰りは、行きよりも気遣いを見せなければならない、特に二人旅は。
これが今回得た僕の教訓である。
これからますます胸をえぐるような記事が出る、と思う。
前回からの繰り返しになるけど、いろんな報道に振り回されるより、僕達がしなければならないことは、残り6試合最後の最後まで、どんな状況になろうとも、選手達に精一杯の想いを伝え続けることだ。
トリサポの意地と覚悟を見せてやる。
(台風の風が怖くて眠れず、ちょっと勇ましくしめてみました)
posted by きくりん |01:57 |
その他 |
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2009年10月08日
「勝利のために ただ突き進む
俺ら大分 九州の誇り」
いつにも増して何度も歌った「九州の誇り」。‘‘九州’’の言葉が僕の心に重く響いた。
‘‘九州’’ ‘‘大分’’ ‘‘トリニータ’’ とそんな単語を叫ぶたびに気持ちが何度も何度も熱くなった。
Jの他の試合を観ていて、どうしてこんなに簡単にゴールが入るのだろう、と不思議に思う。逆に言えば、どうしてこんなに大分トリニータはゴールできないのだろう、と思う。飛び出しだとかフォローだとか、あるいはシュートの精度とか、たしかに言いたいことはあるけれど、それは他のトリサポにお任せして、サッカー素人の僕は「神様、どうして?」と思わずにいられない。山形のGK清水選手の実力も当然あるけど、この日も神様はトリニータのゴールを許してくれなかった。
あとちょっと、あと少しボールの角度が、方向が違っていたら……。
そのあとちょっと、あと少しの何かを縮めることができずに、大分トリニータはここまで来てしまった。様々な呪縛が選手の気持ちやプレイをがんじがらめにし、そんな中で、選手達はつんのめって、這いつくばって、不様なまでにもがき続けて、あがき続けて、運命に抗ってきた。
選手達はこんなに頑張っているのに、どうしてゴールが、勝利が手にできないのか、僕にはそれが悔しくてならなかった。周囲の人は「せっかく山形にまで行ったのに残念だったね」と言う。でも「行かなきゃよかった」なんて気持ちはこれっぽっちもない。得点を挙げられず、勝利できず、喜びをあのアウエー席にいたトリサポと、隣にいた仲間と分かち合えなかったけれど、「行ってよかった」と心の底から思える。
僕が流した涙は「どうして勝てないんだ?」と悔しさではなく、どうして選手達が報われないんだ、という悔しさだった。
小林亮に拍手を送った時、モンテディオ山形をホーム九石に迎えた時のことを思い出した。あれはJ1第5節4月11日だった。その試合は大分トリニータ創立15周年記念で、メモリアルチケットの配布や大型ヴィジョンではトリニータの15年をまとめた映像が流された。
既に「なんかおかしい」と胸騒ぎのようなものを感じつつも、その後勝利を手にするために2ヶ月以上待たなければならないなんて予想だにしていなかった。
あれから、本当にいろんなことがあった。
あの試合の時、僕はエントリー中にこう書いた。
「僕達大分トリニータのこれからに約束されたものは何ひとつないけれど、それでも未来は僕らの手の中にある」
僕達は思い描いていた未来に、今はいないのかもしれない。それでも僕達の手の中には、大分トリニータの未来がある。その未来のためにも、僕達は残り6試合、目に焼きつけよう、今季、共に戦ってきた選手達の姿を。心に留めよう、全ての感情を。
僕達には、まだあきらめちゃいけないものがあるんだ。
山形の地で、「九州の誇り」の言葉の意味と重さを改めて感じた。
posted by きくりん |00:07 |
2009参戦コラム |
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