2009年09月28日
前回のエントリーで、僕は「無責任な正論というエゴ」と書きました。
開門前のG裏ミーティングで菊地選手のコールをするしないで意見が分かれた件についてです。いや、この言いかたでは語弊がありますね。コールリーダーさんが菊地コールをリードすべきか否かで意見が分かれました。
発言する人の多くは、コールをリードすべきという意見の方々でした。入団したのだから応援すべきだ、というのは正論といえば正論なんだけれど、少々違和感を覚えたことがいくつかあります。
「残留のために今一丸とならないといけない時だから、菊地コールをするべきだ」そんな声がかなりありました。
僕は残留のためにひとつになることと、菊地コールは別問題だと思います。
試合中、全てのコールをしない、応援しないというのなら、まだわかりますが、もちろんそうではありません。
逆にトリサポ以外のJサポの方々から見れば、残留のためなら何をやっても許されるのか、そう思っている人達が少なからずいます。弊ブログにも他サポの方から菊地選手獲得に反対意見をいただきました。ジュビロサポさんからも苦しい胸の内がコメントされていました。
極論かもしれませんが、残留のために菊地選手を獲得したのは、我々大分トリニータのエゴではないか、と思うのです。追い詰められているんです、切羽詰っているんです、降格したらクラブが消滅するかもしれないんです。だから菊地選手を獲得しました。それは、我々の身勝手な言い分でしかないのではないでしょうか。
入団したからには、我が子同然、磐田戦での菊地選手の姿を見て、その後のプレイを見て、トリサポとして僕も正直応援したい気持ちが日に日に高まってきています。だけど、果たしてトリサポの価値観だけで判断していいのか、と僕は言いたいのです。
我々はJサポでもあります。禊は済んでいない、と思われるJサポは多くいます。菊地選手がトリニータに入団したイコールJリーグに復帰したことになります。世間では大分トリニータが甘い、のではなく、Jリーグが甘い、と取られます。それは我々が好むと好まざるとに関わらずにです。残留のために獲得した選手かもしれないけれど、残留のためというのは世間には、仲間である他のJサポのみなさんには関係ありません。
だからこそ、コールリーダーさんはJリーグという言葉を使ったのだと僕は思います。Jリーグが認めたから入団できたのだからいいじゃないか、という声もありました。これも僕には疑問です。常日頃、Jの決定に批判的なのに都合の良い時だけリーグの決定を印籠のごとく持ち出すのはいかがでしょう。
あの時、コールリーダーさんはトリサポだけの視点、価値観だけではなく、Jサポの視点、価値観も鑑みたうえで語られていたのではないでしょうか。
そしてもっと納得いかないのが、何人かの方が、「コールすべきだと思う。自分はリーダーなんてできないから、そちらがしてほしい」という意見です。
ちょっと言葉はきつくなりますが、その発言を聞いた時、丸投げですか?と思いました。様々なことを批判する、だけど先頭を走ってほしいというのは、どうなんでしょうか。
コールはそれぞれの意思に任せます、と言っているのだから、コールをそれぞれの場からすればいいと思います。一人でするのが怖いのなら、何人かで話し合って複数人で音頭を取ればいい。なぜ、コールリーダーのリードにこだわるのか、本当に菊地コールが残留のために必要不可欠であると信じているのなら、自分達ですればいいのではないでしょうか。賛同する人はコールするでしょう。実際にコールされている人達もいました。
もうひとつ、最も腹立たしかったのが、開門後再度集まった時に、女性が「迷っている人もいる。迷う時間が必要です」という意見をおっしゃった時、怒鳴るサポがいました。僕は大切な決して見逃してはいけない意見だと思いました。しかし、自分と異なる意見に対して、怒鳴るという圧力で覆そうとするトリサポがいることに吐き気さえ覚えました。
ミーティングで磐田戦のコールリーダーさんを批判する人がいましたが、いっしょじゃないですか?サポクラが云々かんぬん言うけれど、僕達無所属のトリサポもいっしょじゃないですか。
コールリーダーさんに対して、頑固だとか意見を受け入れないとかいう人がいますが、頑固でも何でもありません。コールすべきという方々の意見を聞いても「そうか、やっぱりコールすべきだよね」と、少なくとも僕は思いませんでした。
話し合いとは、言い負かすことではなく、お互いの意見を汲み取りながら妥協点を見い出すことです。
コールしない=受け入れていないわけではない、コールしたいけど今はできない、菊地コールはリードしない、それぞれの意思に任せる、というサポクラの方針は、まだ菊地選手に対して応援できないというサポ、応援したいというサポ、双方の気持ちを汲み取った立派な妥協点だと思います。だから僕は支持します。
だったらその意見をその場で言えばいいじゃないか、こんなとこでコソコソ言うなよ、とツッコまれそうなので、あえて言います。
僕は、開門前のミーティングで発言させていただきました。
突然喋ることになったので、まとまりのない発言になった気もしますが、
「今日、ここに来ているトリサポの多くは、菊地選手を受け入れてるのかもしれませんが、ここに来ていない、以前のように心からトリニータを応援できなくなったという人達も少なからずいます。その人達の気持ちも汲み取るべきだし、ここでコールリーダーがコールをリードすれば、それはトリサポの総意となる。でも決してそうではない。応援しないんじゃない、コールは今はできない、今は見守るとおっしゃってる。それでいいと思います」のようなことを言わせていただきました。(緊張していたから記憶が曖昧です)
おこがましいですが、ここに来てくれ、僕に想いを吐露してくれた人達の代表のつもりで言わせていただきました。説得力があったかといえば、なかったのかもしれませんが……。
トリサポの価値観だけで語られる無責任な正論は、エゴでしかない。
僕はそう考えています。
柏戦、菊地選手が交代で下がる時、コールリーダーさんがリードしなくても、自然発生的に大きな拍手が起きました。あれでいい、と思うのです。誰かが導くのではなく、強制するのではなく、理屈ではなく、頑張ったねと気持ちが動いて拍手が起きる。今は応援できない人もいずれあの拍手の中に入ってくるかもしれません。その時、僕達はきっとまたかつてのようにひとつになっているのではないでしょうか。
posted by きくりん |21:58 |
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2009年09月27日
残留を賭けた大切な1戦、大分トリニータvs柏レイソルは、0対0というより、-3対-3のような引き分けだった。言いかたとして適切ではないかもしれないけれど、まるで消化ゲームのようだった。
少なくとも残留の崖っぷちに立たされている者の必死さは、伝わってこなかった。前半、素人の僕は暑さを考慮し、抑え気味に入っていると思ったけど、実はそんなことはなく、そう見えるほどチーム全体の動きが悪かった。
台詞を言うのが精一杯で感情表現が全くできていない下手な芝居のようなサッカーだった。
それは何も選手だけではなく、僕自身もそうだったのかもしれない。
春から夏にかけての連敗中、張り裂けそうな気持ちでいたあの緊張感は、柏戦にはなかった。
試合前の菊地選手のコールを巡ってのG裏ミーティング、空席が目立つG裏、どんなに集中しようとしても、声を出していても、意識のある部分は試合以外のことを思考している自分に気づく。
時折上がる歓声や怒号に我に返ることが何度かあった。
試合終了のホイッスルが鳴り、以前のような失望感も落胆もなく、ピッチの選手達を見ていた。あきらめたわけではない、可能性は信じている。だから冷静な自分が腹立たしくもあった。
スタンドに挨拶する選手達の中で西川周作だけが笑顔でトリサポに応えていた。中には負け試合のあとに笑顔でいる周作を批判する人がいるけれど、僕は立派だな、と思う。悔しいのはきっと僕達以上に選手達のはずだ。そんな中で笑顔を浮かべ、サポにありがとう、という姿勢を示す周作。あの笑顔の奥では様々な感情の激流をコントロールしているんだろうな、と考えると胸がしめつけられそうになるし、そんな周作を僕は讃えたい。
不甲斐ない試合だったけど、僕達サポもまた一体感のある応援ができたかといえば、僕にはそうは感じられなかった。それは僕自身の気持ちの問題かもしれない。もしかしたら他のトリサポからはいつもの応援だったかもしれない。
G裏の前で選手達が一礼したあと、トリニータコールで選手を見送った。それにも笑顔で応える周作。失望も落胆もなかったのに、トリニータ、トリニータ、と叫ぶうちに、僕は涙が溢れてとまらなくなった。
悔しかった、いろんなことが。それが試合だけでないのが、よけい悔しかった。
無責任な正論というエゴが僕達の総意ならば、僕はトリサポなんて名乗りたくない。
今季、開幕から狂った歯車は元に戻らぬまま、より狂いを増し、ここまで来てしまった。なのに、その元凶のひとつである芝だけが綺麗に映えて、九石ドームは夕暮れを迎えようとしていた。
溝畑さん、この試合を、スタンドの空席を、試合前のG裏ミーティングの様子を、あなたはどのようにお考えですか。コールリーダーさんは一生懸命、伝えようとしていました。あなたがたFCにこの姿勢があれば、この柏戦、もっと違う形で僕達は選手達をサポートできたかもしれない、僕はそれが悔しくてなりません。
posted by きくりん |01:36 |
2009参戦コラム |
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2009年09月25日
大分トリニータが大分トリニータであるために、僕達が受け入れるべき逆境は、問題ある企業をスポンサーとしてやむを得ず認めてしまい、これから先胸の奥に何かしらモヤモヤしたものを抱え続けながらトリニータをサポートしていくことなのでしょうか。
このエントリーで、もしかしたら僕はブログを書き続けて得てきた(と信じている)ものの多くを失うことになるかもしれない、という緊張感の中でこの文章を書いています。トリサポとしての背任行為、または裏切り者と言われたり、呼ばれたりするんだろうな、と承知の上で、そして僕は僕なりの決意をもって書いていることを、できましたらご理解ください。
先週末、ふたつの記事が出ました。
中傷横幕の波紋 契約暗礁に 大分合同新聞
大分サポ非難横断幕スポンサー激怒撤退も ニッカンスポーツ
僕は、理解しあう努力を、と読むはずもない大分FCへ一方的に呼びかけましたが、どうやら先方にそんな気はさらさらなく、トリサポ世論を味方にしようとマスコミを利用することを選択したようです。
この記事は、
「フォーリーフの契約がないと、トリニータが消滅するんですよ、いいんですか?
嫌でしょ? トリニータが好きでしょ? だったら認めるしかないでしょ?
ほら、ほら、あちらさんスポンサー降りるって言ってますよ。いいんですか?」
と、言っているように僕には思えます。トリサポがトリニータ存続のためなら致し方ないか、と消極的認知へ導こうとしているのではないでしょうか。
実際、僕も一時はそんな気持ちに傾きかけました。しょうがないかな、と。マルハンが今季限りで撤退すると決定した今、フォーリーフを受け入れるしか生き残る道はないんだ、と。
だけど、本当にそれでいいのでしょうか。
僕達はこれまでのような大分トリニータに抱いてきた誇りをそのままにサポートできるでしょうか。
僕には、できません。大分FC、フォーリーフとトリニータを切り離して考えようと努力してみたけれど、結局それは無駄な作業でした。できるわけがない。試合中はまだいい。走り続ける選手達に向かって声を出し続ければ、全ての背景を忘れられます。だけど、試合が終わればすぐにまた現実に引き戻されます。
僕は逆にこのふたつの記事を読んで、やっぱりフォーリーフは認められないと改めて強く思いました。もし、仮に本当に激怒しているとしたら、トリサポ、他のJクラブサポの理解を得る努力をまだ何もしてない状況で激怒するなんて本末転倒でしかありません。大分FCもまたこんな情報をリークする姑息さは、後ろめたさからきた動きでしかありません。胸スポンサー決定時にはそれまで水面下で交渉できていたのに、どうして今回漏らす必要があるのか? どうして大切な試合前日、当日に記事になるのか?
僕達が受け入れるべき逆境は、クラブの経営規模を縮小し、出直す覚悟を決めることではないか、僕はそんなふうに考えています。
「経営規模を縮小してでもクラブは維持する」(ニッカンスポーツ)
多くのものを失うでしょう。そこから這い上がるのは本当につらく長い道のりになるでしょう。長い時間がかかるでしょう。長く大分トリニータに携われた方々は、設立当初からの苦労も知らないくせに何を言ってるんだ、と思われるかもしれません。
でも、大分トリニータが僕達の大分トリニータであるために、大分トリニータが僕達の誇りであり続けるためには、たとえそれがイバラの道でも、経営規模縮小を選択すべきだ、と僕は思います。
フォーリーフ認知か、クラブ消滅かの二者択一ではないはずです。縮小という選択肢もあるはずです。
大分トリニータを愛する理由は何ですか?
強さじゃない、J1にいるからじゃない、そんなものではないはずです。僕達は良い意味でも悪い意味でも戦う集団ではありません。勝利至上主義のクラブではないはずです。喜びも悲しみもつらさも楽しさも、様々な感情を選手達と、サポ同士ともに分かち合える、それが僕達大分トリニータではないでしょうか。時には情を重んじ過ぎて、過ちを犯してしまうくらい、人々の情によって成り立っているクラブだからこそ、僕達は大分トリニータを愛し続けてきました。
今季、本当に多くの試練が訪れました。
そのたびに、僕達は意見が分かれると、ともすれば傷つけあってきました。傷つけあう光景にまた胸を痛める人達がいました。トリニータへの想いが同じであるはずの者達が、傷ついてきました。継続と維持に執着するあまり、僕達は多くのことを、そして自分達自身を見失ってしまいました。
トリサポをやめられたら、どんなに気持ちが楽なことでしょう。こんなに苦しむこともなく、こんなに切なくなることもない。でも、やめられない。やめられるわけがありません。人生の大切な一部なのですから。
だからこそ、原点に回帰すべきです。経営規模を縮小し、捲土重来を期す。それが僕の意見です。
今季奇跡的に残留を果たせても、経営規模を縮小すれば来季はもっと苦しい戦いを強いられるでしょう。一度降格すれば、J1に再昇格するのも至難になるでしょう。今、残留を賭けて戦っている選手の多くはトリニータを去ることでしょう。それでも、大切なものを守るためには、失ったものを取り戻すためには、この道しかありません。
残留を賭けて戦っている今、こんなエントリーをするな、と思われるかもしれません。でも、今声を上げないと機を逸してしまいます。大分FCとフォーリーフに都合の良い情報だけが流され、トリサポに認知されたという既成事実が積み上げられていく、そんな危機感があります。
僕はフォーリーフが胸スポンサーになることに断固「NO」です。
どんなにトリニータを愛していても、資金のことになると、何も出来ない自分の無力さに苛まれながら、新たな胸スポンサーが名乗りを上げてくれることを心のどこかで祈りながら、終わりたいと思います。
posted by きくりん |01:30 |
大分FC |
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2009年09月20日
試合終了直後の静寂が、勝ち点1を分け合ったこのこの結果は、大分トリニータにとってもアルビレックス新潟にとっても勝ち点2を逃した、痛い引分けだったことを物語っていた。
突き落とされるような絶望ではなく、風船から少しずつ空気が漏れてしぼんでいくように、試合が終わって時間が経つにつれ、希望がゆっくり小さくなっていく。
全てを通してとまではいかないけれど、試合ごとに少しずつ試合内容は良くなっている。秋に入って涼しくなり、たぶんトリニータのサッカーはますます良くなるだろう。新潟戦も後半運動量は落ちたけれど、以前ほどではなくなった。今後、走れる時間帯は延びていくだろう。
残留の可能性は限りなくゼロに近づく中で、雑音ばかりが大きくなる中で、試合内容は可能性に広がりを見せ始める。なんだか、とてもやるせない気持ちになる。だからといって、もっと早くこのサッカーを、とは思わない。冬のフィジカル強化の失敗、劣悪な芝、結果はそんなに変わっていなかっただろう。
今のトリニータのメンバーでこのサッカーの完成形を見ることができたら……。新潟戦を観たあと、猛烈にそんな想いがこみ上げてきた。でもその願いはきっと叶わない。叶わぬ願いを想えば想うほど、虚しくなっていく。
だけど、僕は見届けよう、と思う。未完成に終わるかもしれないトリニータのサッカーがどこまでいけるのか。
少なくとも、結末はまだ書かれていないのだから。
posted by きくりん |12:16 |
2009スカパー観戦 |
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2009年09月19日
集中しよう、僕は今自分にそう言い聞かせている。
集中を妨げるのは、不安ではない。怒りである。
でも、試合開始を数時間後に控えた今、僕は怒りを抑え、大分トリニータの試合に集中しよう、と思う。
動揺せずに大分トリニータに集中しよう。
僕達が今しなければならないことは雑音に耳に貸すことではない。不安に慄くことではない。
本当にわずかに残された可能性を信じて、選手達が戦おうとしている。
ビッグスワンに何百人のトリサポが参戦していることだろう。
雑音で不安になるのなら、高橋大輔の試合後のあの表情を思い出そう。
あの時、言葉をひとつひとつ選びながら話してくれたあの表情を、
僕達はまだあきらめていない、と言ったあの言葉で心を埋めよう。
選手を信じること、勝利を願うこと、その想いをひとつにすること。
サポとして当たり前のことだけど、こんな時だからこそ、試合のあるいつもの週末と変わらぬ気持ちで、試合に臨もう。それ以外に何ができないし、する必要もない。
それぞれに左胸を拳で叩き、みんなで頑張りましょう。
posted by きくりん |12:36 |
大分トリニータ |
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2009年09月18日
批判を書き連ねるブログだけにはしたくなかった。
昨年、このブログを始める時、いくつかあった誓いの中のひとつだったけれど、結局そんなブログになってしまった。
勝敗なんて二の次で、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐにピッチを走る選手達だけを見続けて、声を嗄らして応援して、選手達とトリサポといろんな感情を分かちあえていれば、幸せだった。それがたとえつらいことでも悲しいことでもかまわなかった。だから、連敗を続けても、僕の気持ちは揺らぐことはなかった。むしろ負けが込めば込むほど、トリニータへの愛情はより強く、深まっていった。
極論をいえば、トリニータと歩むことに永遠を約束されるのなら、その舞台がJ2でもかまわない。降格しても、選手の流出がなく、大分トリニータが存続できるのあれば、僕はJ1に固執しない。だけど、現実はそうじゃない。降格すれば、これまで築き上げたものの多くが失われてしまう。あるいはクラブそのものが消滅する危険だってある。
J1に残留することが、クラブ存続につながり、それが大切なものを守ることになる。
大分トリニータに関わる人達はみんな、そう思っていたはずだった。なのに結局、J1残留にわずかな望みを、奇跡に託す今、僕達は実に多くのものを失ってしまった。
傷つけあい、罵りあい、まるで報復合戦になってしまい、無期限入場禁止で、誹謗中傷を目的としたバナー掲示禁止で、解決するものは何かあるのだろうか。損なわれたものをそのままにし進んでいけるのだろうか。
僕達は言葉を飲み込んでならない。耳を塞いでならない。目を閉じてはならない。
批判だけに終わらぬように、言葉を選びながら、耳を傾けながら、目をそらさずに語りあわねばならない。あきらめてはいけないんだ、理解しあう努力を怠ってはいけないんだ、と思う。
このままでは悲しすぎる、このままでは寂しすぎる。
大分トリニータは他のクラブとは違うんだ、そんな自負が僕達にはあったはずだ。それはこれまで大分トリニータに関わった人達、一人ひとりが築き上げてくれたもので、ここで途切れさせてはいけないのだ、と思う。
大分FCに呼びかけたい。
本当にこのままでいいのでしょうか。耳を傾けようにも、何も聞こえてこない。目を合わせようにも、目をそらされては話すこともできない。
理解しあう努力を、僕達はしなければならないのではないでしょうか。
昨年、ナビスコ杯準決勝ホーム名古屋戦、国立行きを決めた試合。あの試合の終了間際、ベンチ前で通訳の矢野さんが岡田主審に何度も自分の腕時計を指差し、スタンドは騒然とし、逸る手拍子が九石ドームを包んでいた。試合終了のホイッスルと同時に抱き合うシャムスカとデカモリシ。大歓声とともに誰彼かまわずハイタッチしたり、抱き合うスタンドのトリサポ。
終了後、試合ボールがG裏中央のコールリーダーにウェズレイから渡され、コールリーダーは両手で大きくボールを掲げた。
あの時、僕達はたしかにひとつになっていた。あのような瞬間を取り戻すために僕達は何をすればいいのでしょうか。
僕はもう誰の、どこの批判もしたくない。
一区切りつけて、新潟戦へ全ての気持ちを持っていきます。
posted by きくりん |01:44 |
大分FC |
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2009年09月15日
磐田戦試合前のG裏ミーティングでは新胸スポンサー「フォーリーフ」についても意見交換が行なわれた。コールリーダーさんからは認められない、という答だった。前日に大分FCとフォーリーフの合同記者会見が大分市内で行なわれたし、試合前に新スポンサー挨拶があるかもしれない、その時はブーイングする、と説明があった。
「それはFCにするのか、スポンサーにするのか」という質問には「両方にします」と
「ブーイングはみんなでするのか」という問いに「それぞれの自由です、強要はしません」と説明された。
この件についても、新スポンサーを歓迎しない、とした僕はサポクラの判断を支持する。認められないのはフォーリーフという企業だけではなく、フォーリーフと交渉から決定までのフロントのやり方、三位一体と言いながら実はそうではない大分FCフロントもまた認められないという姿勢を打ち出したように感じた。
その姿勢の一旦が断幕に繋がったのだ、と思う。たしかに「毛なし」は最近髪の毛が細くなり、抜け毛も多くなり頭皮に関しては切実な僕もどうかと思った。仕事場でも「励ます」「テープがはげた」とか聞くと敏感に反応する今日この頃、やはり身体的なことはちょっとイカンのではないか、と。
でも、そのあとの「義理なし」の言葉。その時は意味不明でどういうことなんだろう、と疑問だったけれど、14日夜その言葉の意味が明らかになった。
マルハンが大分トリニータから撤退
たしかに5月末に行なわれたサポカンでもマルハンについて話があったし、今季は韓会長が九石に来ることは一度もなく、まずいなぁ、とは思っていた。費用対効果が得られないから撤収というのも当然あるのだろう。フォーリーフの記者会見が土曜日にあり、日曜日試合を挟んで、今日マルハンの撤退発表となれば、本当に理由は費用対効果それだけだろうか、と勘繰りたくもなる。フォーリーフに胸スポンサーが決まった時、溝畑社長はマルハンの理解も得ている、と発言していたが、疑念を抱かざるを得ない結果となった。
話は元に戻り、断幕について。いつだったか、今季やはり試合前に断幕を出しており、だけどその時は選手に試合に集中してもらうために、とキックオフ前にちゃんと撤収していた。ではなぜ、もう負けは許されない磐田戦でずっとあの断幕出していたのか。
負けが続く今季、どんなふうにすれば選手に想いが伝わるのか、選手達の力になれるのか、いろいろ苦心しながら考えてきたサポクラの人達が、ともすれば選手の集中の妨げになる可能性のある断幕を掲示し続けるという行為を選択せざるを得ないところまで、大分FCは今来ているのではないだろうか。断幕については、G裏ミーティングでは詳しい話はでなかったので、その真意のほどはわからない。
僕は大分FCに問いたい。新スポンサー挨拶は中止になったのか、元々予定もされていなかったのか。どちらにしろ、どうして挨拶をしなかったのか。
菊地選手は、VTRで謝罪し、ピッチで四方に頭を下げた。拍手はしなかったけれど、僕はその姿を立派だと思った。これからの彼を見守ろう、全てはこれから先であると改めて思った。
一方、大分FCは逃げた、と僕は判断した。
本当に何の問題もないスポンサーであるのなら、どれだけブーイングが出ても、胸を張って堂々と紹介すべきだったのではないだろうか。大分トリニータにお金がないのは、みんなわかっている。フォーリーフをスポンサーに迎えたこと、これもまた苦渋の選択だったのかもしれない。ならば、なおさら、これから先を見てほしい、フォーリーフが本当にコンプライアンスを遵守する企業たるのか、地域密着、三位一体の大分トリニータに相応しいスポンサーであるのか、これからを見てほしい、とそう訴えるべきだったのではないだろうか。
もちろん、断幕の文章内容など全面的には賛成できない。けれど、僕の心情はあの断幕に近いものがある。
あの断幕がトリサポの総意ではない、今はもう1敗も許されない危機的な状況下、一丸となるべき時に何をやってるんだ?
ごもっともだと思う。だけど、あの断幕を書いた人も、出した人も楽しくやっている人なんて誰もいないのは自明だと思う。一丸となることを阻害したのではなく、一丸になりたいから出さざるを得なかったのではないか。一丸となることを阻害してきたものはいったい何なのか、誰なのか。
①にも書いたけれど、もう一度言いたい。
その事実だけを捉えて物事を判断しないほうがいいのではないか。
①でいただいたコメントにフロントとサポクラはいっしょではないか、というご意見があった。それは正論なのかもしれない。
でもね、僕の中では違う。情の貯金が違う。
今季いろんなことがあった。様々な出来事が起きる中で、溝畑社長に、FCのフロントに対する情の貯金は、僕の中で既に尽きている。残念ながら、これまであった貯金は使い果たしてしまった。
一方、サポクラに対しては情の貯金がある。もちろん常に正しいわけではないだろう。間違いもあるだろう。だけど、彼らの行動力、トリニータへの献身さは僕にはできないと頭が下がる思いだ。かといって全面的に盲目的に支持するのではない。時には真ん中に向かって声を荒げたこともある。それでも、情の貯金がある。
試合開始ちょっと前、FCの人と思われる人達が断幕を外しにG裏に来ていた。サポクラの人達が拒んでいると、警備員も来た。警備の人達はそこに立っているだけだった。そこでどんな会話が交わされたのか、僕には知る由もない。
あの断幕は許せないし、選手のことを考えるべきで、心情は近いなんていうこのブログの管理者は間違ってる、と思われる方はきっと多いだろう。だけど、僕は正否で物事を判断しない。
断幕を試合中も掲げざるを得なかった背景がきっとあるはずだ。
あとになって、いろんなことがわかるのかもしれない。「義理ナシ」が後日明らかになったように。もしかしたら、この内容は全く筋違いなのかもしれない。僕の見当違いとなるかもしれない。でも、現時点では、僕はこんなふうに考えています。
この場をお借りして、韓会長をはじめ、マルハンの社員・スタッフのみなさん、これまで大分トリニータをご支援いただき、本当にありがとうございました。トリサポはご恩を一生忘れません。できることならば、今季もう一度、韓会長の笑顔を九石で見たかった、そう思います。「いつか、胸にマルハンを」その願いが叶わぬままに終わったことが本当に残念でなりません。
一人、また一人とあの時僕達に向かって、ナビスコのカップを掲げてくれた恩人がトリニータから去っていく。
あれから、まだ1年も経っていないのに。
posted by きくりん |23:19 |
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2009年09月14日
あんなに重い足取りで九石ドームへ向かったのは初めてのことだった。大雨でも降れば今日はスカパー観戦にしようと踏ん切りもついたかもしれないけれど、あいにくの晴れ。行かないわけにもいかないか、と車を走らせた。
菊地選手については「見守る」
フォーリーフについては「歓迎しない」
これがここで僕が表明した意思だ。そしてこのふたつの件(+ホベルトの件)、最も支持できないのが大分FCフロントのやり方だった。
開門前、いつものようにG裏ミーティングが開かれた。今までにも何回かこのミーティングのことを書いてきたけれど、これはサポクラに所属している人達だけのものではない。誰でも参加できる。北口(ホームG裏入り口)のそばにある階段にみんなが腰を下ろし、今日はこんなふうに応援するので頑張りましょう、というミーティングで、今季何度かバクスタで観戦した際も僕は参加した。無所属でなおかつG裏の真ん中には行かない僕でも参加できるミーティングだ。
そのミーティングで、菊地選手についてどう対するべきか、意見のある人はいますか?とコールリーダーさんがみんなに問いかける。60代くらいの方が、そちらはどんなふうにやろうとしているのか、それを聞いてからのほうがいい、と発言し、コールリーダーさんが意向を説明した。
金曜日に菊地選手と直接話したこと。あの事件以後どんなことがあり、どんなふうに考え、そしてこれから先どうあろうとしているのか、話したとのことだった(事件そのものは菊地選手は誰にも語ってはいけないことになっているそうです)。それを踏まえ、コールはしない、彼の今後を見守る、プレイだけではなく、試合以外での活動等も見守ったうえで、これからを考える、ということだった。
さきほど発言したサポさんが、ではこれからって3試合経って、コールしますというのもまたおかしいのではないか、と質問。コールリーダーさんではない、別のサポクラのリーダーさんが、今季はコールせず、しっかり見守ったうえで、新たな気持ちで来季開幕時から、と今は考えている、と説明した。
菊地選手へコールしない、という決断はもちろん賛否両論あるだろけど、僕はこの決断を支持した。だから質問も意見もしなかった。説明を聞き、「見守る」というスタンスがいっしょだったからだ。
決して感情的なものではなく、菊地選手と話をした上で、またジュビロサポの代表の方とも会ったらしいことを今日ブログで知ったけれど、マスコミの情報を鵜呑みにせず、それだけで判断せず、ひとつひとつ確認して至った決断だったようだ。
ここからは僕の考えだけど、菊地選手という存在をどのように受け入れるべきかを判断する時、トリニータの選手とトリサポの関係だけで物事を考えるのではなく、ジュビロサポさんの心情も鑑みる必要があることは以前にも述べたとおりだけれど、JリーガーとJサポ、そんな視点も必要なのではないだろうか。
まだなお多くのJサポが、菊地選手獲得に反対している。僕の周囲のトリサポにも菊地選手入団に不快感を抱いている人は大勢いる。
僕達は、まだいい。コールすべきだ、コールしないでいいだ、個人的意見として語れるから。でも、G裏代表のコール=トリサポの総意、となる。
トリニータの選手になったのだからコールする。それはそれで間違いではないし、G裏の代表としてある意味最も選択しやすい。だけど、それを選ばなかった。
様々な葛藤があったと思う。それはミーティングの時に前に並んだサポクラのリーダー4人の表情を見て、想像に難くない。
それに「G裏は菊地選手を応援しないように」や「拍手しないように」とは言っていない。サポクラは「コールしない」と言っただけで、彼を迎え入れるかどうかは各々の判断に任せたわけで、実際拍手で彼を迎えた人は少なからずいたし、その拍手を遮ろうとする者は誰もいなかった。
コールしないは、「応援しない」のではなく「応援したいけど、コールはまだできない」という選択だったのではないか。僕はそのように考えた。
試合前の選手コールを終えた時、誰かが「菊地コールしないのか」と言った。「したければ勝手にやれ」とコールリーダーさんが怒鳴った。これは良くない行為だ、と思う。僕は離れた場所にいたけれど、ちょっと信じがたかった。直接話したことはないけれど、正月にあったテレビドキュメンタリーや、G裏ミーティングのコールリーダーさんを見ていると、あんな怒鳴り方をする人ではないはずで、何がしか理由があったのではないか、と思う。だけどそれにしても、こういう時だからこそ避けてほしかった。渡辺くんへのコールが素晴らしかっただけに残念な出来事だった。
ただ、僕が言いたいのは、コールしなかった、その事実だけを捉えて感情的に物事を判断しないほうがいいのではないか、ということだ。コールしたほうがよかったと思う人に意見を変えてほしいとも思っていない。
試合終了後、G裏に挨拶に来た選手達の中に途中出場した菊地選手がいた。選手みんなといっしょにトリサポに頭を下げたあと、彼は再度一人でG裏中央に向かって、一礼した。僕達には窺い知れないそれぞれの想い、コールしなかった側、コールされなかった側の気持ちは通じている。僕はそう信じている。
総意と言うならばあの断幕は……そういうご意見がくることをあえて承知で書いています。タイトルに①と打っているように、②をエントリーします。総意と言うならば……は恐らくそちらに該当しますので、②をエントリー後、ご意見を承ります。こちらのエントリーでは菊地選手の件についてのみコメントしていただくようお願いいたします。
また、最近はエントリーの新着記事に公開しない設定にしておりましたが、新着記事公開を行ないます。
posted by きくりん |19:00 |
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2009年09月13日
高橋大輔の決勝ゴールは、決してカッコ良いものではなかった。
というよりシュートでさえなかった。でも、磐田の選手同士が交錯したとはいえ、あそこに大輔が詰めてきていたことが、僕は嬉しい。
僅かに、微かに残された残留へ集中できないこと自体、悲しかったこの3週間ほど、今日もキックオフ前は試合よりもそれ以外のことに神経を使って、何もしていないのに嫌な疲労感があった。
でも、選手達は集中していた。
1失点はしたけれど、なんていうか僕には、シャムスカの遺したサッカーとポポヴィッチの目指すサッカーが融合したような感覚に捉われた。
浦和戦や名古屋戦のような歓喜の勝利と違い、磐田戦の勝利は安堵のそれだった。
良かった、本当に勝てて。ホッとした。
試合前、大分県サッカー協会の会長といっしょにスピーチした渡辺くんは敷戸の少年サッカーチームで代表のGK目指して頑張っている。「今日はロスタイムにトリニータオーレを歌いたいです」と言っていた。トリニータオーレは歌えなかったけど、大分よりの使者が歌えたね。
そんな渡辺くんにスピーチが終わったあとG裏から渡辺コールが飛んだ。トリニータの選手に送られるコールと同様に太鼓の音頭といっしょに。
ああいうエールって素晴らしいと思う。いろんなことがあったけど、あの素晴らしい光景にやっぱりこれからもいたいな、と思う。渡辺くん、頑張ってね。
試合後のインタビューで大輔が「僕達はまだあきらめていない」と言った。
この言葉を選手から聞く限り、やっぱり僕はあきらめるわけにはいかない。
試合以外のことは別エントリーで14日以降書きます。
コメントをいただける方がいらっしゃいましたら、試合内容のみでお願いします。
posted by きくりん |23:31 |
2009参戦コラム |
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2009年09月12日
気持ちの整理がつかないまま時間だけが経ち、大分トリニータは明日ホーム九石で磐田戦を迎える。
トリニータのオフィシャルに菊地選手の言葉がupされた。明日は試合前、大型ヴィジョンに謝罪映像が流され、アップ時にはジュビロサポさん達、トリサポに頭を下げるらしい。
正直言えば、今でもその時を迎えた時、どうすればいいのか、答は出ていない。
彼がベンチ入りし、大型ヴィジョンで名前が呼ばれる時、そのあと手拍子で自分が彼の名をコールするのか、僕にはまだ答が出ていない。
彼を心底歓迎する気持ちにはなれない。
だけど、見守ろうと思う。
受け入れることはまだできないけれど、彼の存在を受け止めようと思う。
彼の言う「つぐないの気持ち」、「恩返しの気持ち」、「信頼回復への思い」は決してプレイだけで表現できることではない。活躍すればいいというものではない。
僕個人の想いを言わせてもらうのなら、明日は我々トリサポよりもジュビロサポのみなさんの全ての気持ちをしっかり受け入れてほしい。彼がいくら言葉を並べても、ジュビロサポさん達の想いは決して彼には想像できないだろう。
だけど、そういった機会を設けることに対しては大分FCと彼を評価したい。
ただ、僕は彼を語る時、まだしばらくは菊地選手と言い続ける。
posted by きくりん |23:06 |
大分トリニータ |
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2009年09月09日
9/13 ジュビロ磐田戦
9/26 柏レイソル戦 動員呼びかけのチラシを配布いたします。
9月11日(金) 17:00~19:00
配布場所:大分駅
9月12日(土) 10:00~12:00
配布場所:大分駅 トキハ本店前
集合場所: 大分駅構内 トリニータ情報ブース前
*開始5分前を目安にお願いします(途中参加も大丈夫です!)
(青い服の人 or のぼりが目印です)
ご協力いただける方がいましたらよろしくお願いします。
活動時間内であれば「5分」でも参加可能です。
当日参加も大歓迎ですが
事前にメールでご連絡頂けると助かります。
お問い合わせはots@k-dsn.comまで、よろしくお願い致します。
Oita TRINITA Supporter's site様より転載
posted by きくり~ん |23:55 |
3万人動員プロジェクト(仮) |
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