2008年12月31日

2009年、また共に戦おう

今さらながらだけど、僕はJが好きだ。Jの風景が好きだ。
それぞれのスタジアムでプレイする選手達、サポーターの人々、
この1年起きた様々な出来事を振り返った時、僕は改めて思う。
Jが好きだ、と。

もちろん、幸せなことばかりではない。残念な出来事もあったし、全てのサポーターが
ハッピーエンドでもなかった。僕達は常に残酷と不条理の瀬戸際に立っている。
至福のG裏の向こう側には悲哀のG裏がある。あの最終節はそれらが凝縮された日だった。

両手をつき挙げ、体全体で喜びを表現するサポーター、誰彼かまわずハイタッチしたり、
抱き合うサポーター、止めどなく溢れる涙を拭おうともせず、声を枯らしてコールする
サポーター、タオマフを顔にあてピッチにうなだれる選手を見守るサポーター、受け入
れがたい現実の前に言葉もなく立ち尽くすサポーター。
それぞれの場所でそれぞれの僕達がいた。

全てのクラブサポーターが幸せであってほしい、全てのクラブサポーターの祈りが全て
叶ってほしい、と僕は願わずにいられない。勝敗のあるこの世界では決して成就する
はずもないのに……。

それでも人生はお金が全てではないように、Jも勝敗が僕達の全てではない。大切なのは
愛するクラブとともに歩み続けることなのだろう、と思う。
喜びの瞬間だけ立ち合っても幸せに到達しない。残念ながら勝敗という形では報わ
れないこともある。裏切られても、裏切られても信じ続け、苦しい時もつらい時もどんな
時もクラブといっしょに歩んでいく。だからこそ僕達は至福の瞬間に立ち会える。

大分のナビスコ杯は、まさにそんな瞬間だった。
最終節の千葉もまた、幸せというのは失礼かもしれないけれど、苦しいシーズンをあきら
めずにクラブと共に歩んだサポーターのみなさんだからこそ噛みしめた感情があった、と思う。
どんな言葉を使っても傍観者である僕はやはり、喜びの域は感動まででしかない。だけど、
千葉サポのみなさんは決して感動ではなかったはずだ。当事者にしかない、信じ続けた者の
幸せがあの瞬間にはあったのではないだろうか。

Jはつまらない、と言う人がいる。
海外に比べたらレベルが低い、と言う人がいる。
代表は応援するけど、Jは観ないし興味がない、という人がいる。
もっと言えば、つまらないとも、レベルが低いとも思わない全く無関心の人さえいる。
そんな人達を否定するつもりもないし、Jを観てほしいと懇願しようとも思わない。

ただ、僕達が知っている幸せを一人でも多くの人々に感じてもらいたい。
そのためにも愛するクラブ、同志であるサポーターだけではなく、Jクラブサポーター
みんなで共に歩んでいけたら、と僕は思う。

相対する全てのクラブと選手、そしてサポーターに敬意を抱きつつ、言葉に気をつけながら、
言葉を選びながら、言葉に想いを託しながら、僕はJクラブサポみなさんと歩んでいきたい。

2008年が終わろうとしている。ここで出会えたみなさんに感謝を伝えたい。
トリサポだけではなく、Jクラブサポのみなさんへ。
2009年、また共に戦おう。

posted by きくりん |00:01 | Jリーグ | コメント(10) |
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2008年12月28日

「みぞうゆ」と「かいが」

世の中、言い間違い、読み間違いがあふれている。
僕はこれでも堅い人間で言葉の乱れには厳しい。
例えば、最近TVのテロップで「ゆう」なんて出た日には、イライラしてしかたがない。
他にも「他人事」を「たにんごと」なんて読まれるとカチンとくる。
と思ったら、パソコンも「たにんごと」と入力して変換すると「他人事」って
出るし、携帯電話にいたっては、「ひとごと」では変換できず、「たにんごと」で
変換できてしまう。

そこまで偉そうなこというなら、おまえのブログはどうなんだ? と言われれば、
頭を垂れるしかありません。間違いがある時はどうぞご指摘ください。

前置きが長くなりましたが、今回は今年のトリニータを巡る言い間違いを取り上げます。
と言っても3件しか思い出せなかったのですが、トリサポのみなさんに「ああ、あった、あった」と
思っていただければ幸いです。


①高松大樹、70年ぶりのベンチ入りです。
 
 これはスカパーでの実況。地元ローカル局のアナウンサー(名前は出しません)の
 一言。ちなみに1938年は西川周作の故郷宇佐市が生んだ英雄、双葉山が大相撲連覇
(当時は2場所制)。
 プロ野球ではスタルヒン(巨人)が最多勝利。サッカーは第3回ワールドカップが開催されました。
 世相では国家総動員法は施行されました。事実ならば、その時以来のベンチ入り。古豪復活です。

②ニータくん

 ナビスコ杯決勝でフジテレビ長坂アナウンサーがカメナチオと呼ばれる所以を説明している時の
 一言。その後、お詫びと訂正もなかったことに憤ったトリサポはきっと多い。でも、名前がニータンで
 良かった、と再確認できたから、よしとしましょう。

③柏レイソルズのみなさん

 しかし、そんな大分もお詫びしなければならないことがあります。
 それはホーム開幕、柏戦。さあ今年も始まるぞ、と意気込んでいたら、広瀬大分県知事が試合前の
 挨拶で「柏レイソルズのみなさん」と言ってしまいました。
 遠く大分まで来られた柏サポのみなさん、あの時は本当にすみませんでした。
 この件につきまして心よりお詫びします。申し訳ありませんでした。

他にもあったような気がしますが……、思い出せません。

posted by きくりん |22:10 | 大分トリニータ | コメント(10) |
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2008年12月28日

あの夏の明暗  ~福元洋平と森重真人~

僕は今でも昨季2007年の夏をよく考える。
もう少し正確に言えば、今季大分トリニータに僕の感情を揺り動かす何かが起こるたびに
あの夏に辿り着いてしまう。
あの夏は大分の、多くの選手にとって契機、転機となる季節だった。翻弄されたと言ってもいいかもしれない。
2007年開幕当初から歯車が狂い続けていた大分、不動の左サイド、根本裕一が夏前に負傷した。
思えば、全てはここから何かが動き始めた。
もし、根本の怪我がなければ……、もし、根本がオールスターに出場していれば……。
人生とは常にそんなifに満ちたものだ、と言われればそれまでだけれど、選手達の今季を見ると
いくつものifのひとつでもなかったらどうなっていたのだろうか、と考えてしまう。

契機、転機となった選手の中に二十歳の若者がふたりいた。
このふたりは常に明と暗、一人が輝くと一方が影に回る、そんな印象を僕は持っている。

福元洋平 1987年4月12日生まれ
森重真人 1987年5月21日生まれ

ともに2006年に大分に入団。
もし格というものが選手にあるのなら、少なくとも僕には福元、森重の順番に見えた。
トリニータU-18出身で2005年ユース時代にもJに出場していた福元、広島皆実高校から入団した森重
という馴染み具合も作用していたかもしれない。U-19日本代表でも福元は主将を務めていた。

2006年 J出場試合数 福元14試合 森重2試合
2007年も夏の中断前までは出場試合数はほぼ互角、出場時間は福元のほうが優っていた。

                  スタメン    サブ  途中出場
2007年中断期間前 福元   4(フル4)   7    1
             森重   3(フル1)   8    3

ふたりは、梅崎司とともU-20W杯カナダ大会へ乗り込む。福元はDFレギュラー、主将として。
森重は控えMFとして。
彼らがカナダへ行っている間に、大分はサポーターが試合終了後G裏に2時間居残り、サポカンと
激しく揺れ、中断期間を迎えた。

そしてオールスター。Jリーグ推薦で選出されていた根本が故障のため、三木隆司が代わって出場する
ことになった。チームの不振、根本の故障で動き始めた運命は鈴木慎吾加入だけではなく、ここで
福元、森重をも飲み込んでいく。

そのオールスターで三木も負傷した。
2007年8月11日、J再開。本来であれば、福元が三木の代わりにCBのポジションにつくはずだが、
シャムスカの下した決断は森重だった。
それ以前にも5月26日の第13節横浜FC戦でも既にスタメンSB森重、サブ福元があった。
11節12節15節は福元スタメン、森重サブだった。16節はともにスタメン。ここでシャムスカに決断させる
何かがあったのだろう。それ以降、森重は三木の代役ではなく、大分のCBレギュラーの座を
不動のものにしていく。

               スタメン   サブ   途中出場
2007年再開後  福元    1    6     5
           森重   13    0     0    

残念ながら、数字上では圧倒的な差がついてしまった。福元の途中出場5試合中、4試合は
10分以内の出場時間だ。

シャムスカの決断は当時、トリサポの間ではちょっとした物議を醸した。なぜ、三木を使わない?
なぜ福元でなく森重なのか?
しかし、シャムスカの目利き、閃きが正しいことは今季になって立証された。

僕の想像ではあるが、森重が入団して間もない頃、福元は慣れない大分というチーム、
土地のナビゲーターをしてあげていたかもしれない。
もしかしたらU-20W杯、福元は主将として控えの森重を励ましていたかもしれない。
ふたりで大分のレギュラーを取ろうと誓いあっていたかもしれない。
2008年、森重はMFとしてではなく、DFとして五輪代表に選ばれ、Jリーグ優秀選手賞にも選出された。
福元はガンバへレンタル移籍し、不完全燃焼のままシーズンを終え、来季は千葉へレンタルで行くらしい。

慎吾が左SBのレギュラーになり、チームの精神的支柱として欠かせぬ存在になり、
根本は今季レンタルで千葉へ。そしてシーズン後大分を退団した。
三木も出場機会を求め名古屋へ完全移籍、そして退団した。
根本の故障がなくても、慎吾は加入したかもしれないが、三木のオールスター出場はなかったし、
故障もなかったと思う。もし、そうであったら、福元、森重の2008年はどうなっていたのだろう。
僕はこの不毛な想像をついついしてしまいがちだ。
所詮プロとはそういうものだ、というのは容易い。たしかにそうなのだろう。儚さや虚しさややるせない
想いを抱きつつも、僕達は愛するクラブにこれからも気持ちを込めていく。
だけど、僕は様々な背景を選手に感じるからこそ、時に自分の人生を誰かに重ね、選手を追い続ける。

福元洋平と森重真人がどちらも輝く瞬間を僕は待ちたい。
できることならば、それが代表ではなく、大分トリニータであってほしい。
このふたりが、大分でスタメンに揃って名を連ねたのは、まだ2試合しかない。
3試合目がいつか訪れることを、僕達は信じている。

posted by きくりん |18:25 | トリ戦士コラム | コメント(0) |
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2008年12月24日

いつか、胸にマルハンを

秋の高い青空から夕暮れに変わり、強い西日を受ける国立のホーム側G裏の前では、
大分トリニータの歓喜がいつ果てるともなく続いていた。
はしゃいで飛び回る若手選手達、目を赤くするベテラン選手、メガネをずらしながら
年甲斐もなく有頂天の社長、そんな光景を温かい目で見守る監督。

経営危機に陥りながらもタイトルを手にした地方クラブの躍進は、マスコミの格好の
美談として語られた。官僚という地位を捨て大分に身を捧げた社長の情熱、選手の流出に
苦しみながらも若手を登用し、選手のモチベーションを高めながらチームを育ててきた
監督の手腕、皇甫官育成部長、原強化部長の努力、それらがTVでクローズアップされた。
(ちょっと美化し過ぎな面もあったけれど、それはまた別の話)

でも、僕達トリサポは知っている。もうひとつ、忘れてはいけないものがあることを。
マルハンの支援である。マルハンの支援なくして、国立の大分トリニータはなかったことを
僕達は忘れてはいない。

2005年当時、大分は崖っぷちに立っていた。スポンサー料未払いが発覚、債務超過に陥った。
大分県から融資を受けたが、それでも足りない。クラブ存続の危機に追い込まれた、そんな
窮地を救ったのがマルハンだった。
2006年までの特例期間が終了し、胸スポンサーでいられなくなったあとも支援は変わらず
続いている。

大分県内にマルハンのホール(店舗)は実は3店舗しかない。
広告効果のみを考慮すれば、店舗の多い県にホームを持つ他クラブのほうが費用対効果は
良かったはずにも関わらず、大分トリニータに総額12億円ものサポートし続けてくれている。

マルハンシートをはじめ、マルハンデーには蒼シャツ、特製トレーディングカードの無料配布。
韓会長が九石に観戦にくれば、G裏スタンドまで足を運ぶ。トリサポもマルハンコールで会長を
迎える。僕は参加できなかったけれど、大分クリーンプロジェクトと銘打ち、トリサポ、
マルハン、大分FCの共同企画で清掃活動を行なったりもしている。
大分の象徴である「絆」は選手同士、クラブとサポだけではない。クラブとマルハンだけではない。
マルハンとサポもまた「絆」で結ばれている。その「絆」なくして35万人の署名は集まらなかった、
と思う。35万人の中には、マルハンに拒否反応を示していた人も少なからず、いたのではないだろうか。
マルハンの、韓会長の心意気に触れる中で氷解していった人もいるのではないだろうか。

以前のエントリーでマルハンへの感謝を述べたところ、何人かの方にご批判をいただいた。
ブラックな面を持つパチンコホール業界はJのスポンサーであるべきではない。
そういうご意見をお持ちの方は僕が思っている以上に多いようだった。

マルハンは「世界の子どもにワクチンを」の募金活動をはじめ様々な社会貢献活動を行なっている。
また、大分トリニータ以外のスポンサー活動は
・ 東京フィルハーモニー交響楽団 
・ NOMOベースボールクラブ 
・ 四国リーグ 香川オリーブガイナーズ 
・ プロ野球マスターズリーグ 札幌アンビシャス    (マルハン公式サイトより)
教育・芸術・文化支援活動や寄付、チャリティー活動などは枚挙に暇がない。

パチンコホール業界が語られる時に必ず指摘される経営面のブラック性だが、
マルハンはパチンコ店業界の社会的認知を得るために経営の透明性を高めてきた。
働く社員に誇りが持てるように、入社を希望する時、家族から反対されないように、
世の中のイメージを払拭するために上場企業に優るとも劣らない透明性のある経営を
現在行なっている。

Jリーグは特例期間を終え、マルハンの胸スポンサーを認めない理由として、テレビの放映規制を
挙げていた。
しかし、既に在京キー局のパチンコCMは年2万回近くになっている。ローカル局ではパチンコホール
のCMの依存度はかなり高いと思われる。
パチンコ業界は日本経済の一翼を担っている。パチンコ機器の製造部品には日経ビジネス
によれば、オムロン、シャープ、ヤマハ、東芝という錚々たるメーカーが名を連ね、
パチンコホール業界での雇用数は30万人と言われ、雇用に少なからず寄与している。
好むと好まざるとに関わらず、パチンコは経済、社会に失われてはいけない存在となっている
のが現状だ。

そして、よく言われるのが、乳児の駐車場放置や借金地獄に落ちるというギャンブル性など。
僕は批判覚悟で言う。これはパチンコホール業界というよりもパチンコを行なう者のモラルの
問題だ、と思う。自動車も交通手段として便利なものだが、使う者によっては凶器にもなり、
騒音にもなり、他人に迷惑をかける。使う者のモラル、自己責任であって、サービス提供側の
問題ではない、と言えば言い過ぎだろうか。

僕は業界でスポンサーに規制をかけている現状に反対する。
業界ではなく、企業ごとに精査し、スポンサーとして相応しいかその是非を判断すべきだと思う。
マルハンが長い歳月をかけて行なってきた様々な社会貢献活動、トリニータへのこれまでの
支援、それらの姿勢に対し評価を下し、経営の透明性等、中立な立場の弁護士、公認会計士ら
専門家へ審査を依頼すべきだと思う。

あるいは、大分とマルハンの関係に明確な回答をせず、曖昧にしておくことが、ある意味、
Jリーグの温情であると見る方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、それでいいのだろうか。

このオフ、多くの選手が各クラブを去った。他のスポーツでも廃部、撤退が相次いでいる。
地方で感じることのできなかった好景気は終わり、失われた10年よりも厳しい不況が始まった。
大企業の本社のない地方が親会社を持つことは非常に厳しい。自治体もこれまでのような
支援は難しい状況である。市場原理のもと、潰れるべきクラブは淘汰されていけばいいのだろうか。

繰り返しになるが、ナビスコ杯制覇は地方クラブに希望を与える、少ない資金でもタイトルを
狙えることを示した等、評価を受けた。チェアマンの2008年総括のコメントでは、「地域密着の
努力が実った一つの例」と言われた。
金田喜稔氏は、ナビスコ杯決勝終了後、あれほど選手、スタッフ、サポが一体化した光景は
近年見た記憶がない、と言ってくれた。
それもこれも、マルハンの支援があってこそ、という現実を、Jリーグはどのように受け止めて
いるのだろうか。
大分は2005年に潰れるべきだったのだろうか。消滅すべきだったのだろうか。
国立のあの光景はあるべきではなかったのだろうか。

今もマルハンがスポンサーであることだし、今のままでいいではないか、とは僕は思わない。
一人の無名のトリサポとして、いつかマルハンのロゴを胸に、と願ってやまない。

あの日、溝畑社長に付き添われるように両手でナビスコカップを嬉しそうに掲げる老人がいた。
頬を紅潮させ、何度も何度もカップを上下させていた。その老人が韓会長である。
僕達トリサポはマルハンコールで応えた。
マルハンと僕達トリサポもまた苦楽を共にする家族なのだ。

posted by きくりん |01:07 | 大分トリニータ | コメント(21) |
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2008年12月22日

これでよいのだ[トリニータから選出なし ~Jリーグベストイレブン~]

シーズン中の宿題に取りかかっている。
元来、ひとつのエントリーに3時間くらいかかる遅筆の僕だけど、
土曜日から書き始めて、いまだエントリーできずにいる。

そんなことをしている間にJリーグベストイレブンがJリーグアウォーズで
発表された。
残念ながら、大分トリニータからは選出されなかった。

大分は、他クラブでは控えに回る可能性のある選手ばかりだ。
実際、殆どの選手が多かれ少なかれレギュラー争いに敗れたり、何らかの
挫折、苦渋を味わっている。
森重だって、広島のジュニアユースからユースに上がれず、エジもホベも
戦力外通告を経験している。(まあ、エジは大分からだけど)
慎吾も浦和を解雇され、新潟ではレギュラーを外され、森島もベンチ外だった。
大海はジュビロの4年間でリーグ戦出場は6試合、藤田はジェフで2試合しか出ていない。
コバヒロはJリーガーから北信越1部~JFLを経由して、大分にきた。
高松だって、あの時浦和に行っていたらどうなっていたことか、わからない。
要するに、みんなトリニータにいたから輝きを放ったのだ。

ベストイレブンに選出されればそれはそれで嬉しいとは思う。
でも、大分トリニータから選出なし、僕はこれで良かったと思う。
傑出したプレイヤーがいるわけではないけど、誰一人欠くことはできなかった。
帯に短し、たすきに長し。
一人ひとりはそうだったかもしれない。
でも、誰かの力を得ることによって、誰もが帯にもたすきにもなった。
2008年、大分トリニータはそんなチームだった。

posted by きくりん |22:43 | 大分トリニータ | コメント(14) |
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2008年12月19日

よかったね、雅人~やっと素直に言えました~

2007年9月22日横浜FC戦。当時トリニータのFWだった山崎雅人が
昨年唯一ゴールをきめた日。

あれから1年とちょっと。その雅人がマンU相手にゴールを決めた。
正直言うと(以前も書いたことがあるけど)昨年移籍した選手の中で
雅人だけは、どうも応援する気になれなかった。

性格の悪い僕は、雅人がACLでゴールを決めるたびに
「チッ!今頃、決めやがって」と悪態をついていたこともある。

今年のトリニータの得点力不足は、実は雅人の代わりが最後まで現れなかった
ことに原因していると僕は思っている。
大分にいた当時は、とにかく無駄走りである。
昨シーズン後半戦、ようやくレギュラーを勝ち取り、意味のある無駄走りが
周囲の選手を生かしていた。
周囲を生かす分、自分は生きなかった。1対1でも外すシーンを見たり、
雅人にゴールは期待しなかった。だからこそ、横浜FC戦のゴールは嬉しく、
あの時の九石の拍手が何とも暖かい雰囲気だったのを覚えている。
「やったっー!」ではなく、「おぉ、雅人、よかったねぇ~」という拍手だった。

その雅人が、マンU相手にゴールである。
結局、大分が雅人を生かしきれてなかったのかもしれない。
昨シーズン、大分を離れた選手の多くが満足のいく活躍ができなかった中で、
雅人だけが(少なくとも今シーズンは)飛躍を遂げた。

初めて心から「よかったね、雅人」と祝福できた。「大分を離れてよかったね」と。

海外のサッカーを見慣れた人達にとっては、ガンバ戦のマンUは物足りない出来だった
のかもしれない。言いたい事もたくさんあるのかもしれない。
でも、僕はサッカー素人。素人で良かったな、と思う。素直に面白く楽しめたから。
世界との差云々を語るのは他の方にお任せする。
大分の堅守を誇る僕だけど、今日ばかりは嫉妬せずにはいられなかった。
前へ前へ、パスを繋ぎ、ゴールを目指すガンバを見て、いつかあんなトリニータを
見たい、と思わずにはいられなかった。
そういうガンバのサッカーが雅人には合っていたんだね。
よかったね、雅人。ゴールおめでとう。

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posted by きくりん |00:27 | 元トリ戦士コラム | コメント(10) |
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2008年12月16日

-\800,000

大分トリニータの戦い方から、ある程度は仕方がない、と思うのは
僕がトリサポだからかもしれない。

今日、Jリーグから「アンフェアなプレーに対する反則金」が発表された。
大分は反則ポイント127でJ1 18チーム中16位。お恥ずかしい順位である。

シーズン中もとかくご批判を受けた部分ではあったけれど、結局それは出場
停止という形で我が身に返ってきたわけで、最たる例が、アウェー川崎戦だった。
シャムスカもウェズレイもいなくて、0-3。
ここをもう少し凌いでいたら……と思ってしまう。

さらに上に行くために、得点力不足を解消するのはもちろんだけど、
堅守に磨きをかける=ファールを減らす
これもまた必須だ。

プレイ云々の前に無駄な抗議をやめてほしい。
たしかに「おいおい」と思う審判もいるし、僕にはわからない、いろんな
駆け引きがあるのだろうけれど、トリサポの僕が見ていても、時々みっと
もないと思うことがある。
他クラブ同士の試合をスカパーで観ていて、大分はちょっと多かったと思う。
正直、勝って申し訳ない、と思う試合も僕にはあった。

自衛の意味でも無駄なファール、無駄なカードをもらわないよう、心がけてほしい。
何よりコスト削減にもつながるし。

posted by きくりん |23:59 | 大分トリニータ | コメント(14) |
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2008年12月15日

こうなったら4バックだ

話題が前後してしまったけれど、深谷が来季前半戦絶望とのこと。
夢生、残留で喜びすぎたツケが一挙に回ってきた週末だった。

第32節鹿島戦で深谷が怪我して以降の2試合を零封したけれど、
のっけから堅守ピンチであることは間違いない。
コバヒロをスタメンから使うと控えが薄くなる。
補強があってもフィットするか不安が残る。

そこでサッカー素人の僕はある結論に達した。

4バックしかない。


      ウェズレイ  高松

   夢生           家長
               (清武)

      エジ     ホベ

  慎吾             大輔
       大海   森重 


でも、これまで大分の4バックはあんまり機能したことがない。
家長が残留するとして、夢生と家長のコラボ、両立を考えると
4バックがいいような気がする。夢生と清武のコラボも観たい。
今季終盤戦、サッカーは点を取らないと勝てない、と痛感した大分。
堅守3バックを捨てる勇気を持てるだろうか。
正直、僕にはそんな勇気はない。

まあ、妄想の範囲内だし、それが許される時期ってことで。
こういうことを考えて気を紛らわせるしかないんです。

深谷のメモリアル試合の川崎戦、深谷の退場で今季の戦いかたが
期せずして完成したように災い転じて福と為す。
どのような形であれ、深谷の欠場が大分の新たな一面が見られる
きっかけとなってほしい。

深谷選手、1日も早い快復を祈っています。

posted by きくりん |23:35 | 大きな妄想の木の下で | コメント(9) |
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2008年12月14日

ネモちゃん、またね ~さよならを言えない別れ~

深谷の来季前半戦絶望でショックを受けたけれど、
ジェフとのレンタルが終了した根本、契約を更新せずとのニュースが。

詳細はわからないけれど、これはショックです、本当に。
僕はてっきり来季は大分でプレイするものと思い込んでいた。

今季、根本がジェフへ行ったあと、出場停止や怪我でベストメンバーが組めない
時、根本がいればなぁ、と何度も思った。

思えば、昨シーズン終了後、根本は大分に残るべきか随分悩んでいた。
慎吾が加入、レギュラーとなり、控えに回ることが多くなっていた。
だけど、大分は主力が多く抜け大丈夫だろうかという思いが、残留を決めた要因のひとつ、と
言ってくれた。契約は年を越し、たしか1月終わりまでかかったと記憶している。

そんな根本が大分を去る。
ジェフへレンタル移籍した時もいろんな葛藤があっただろう、と思う。
あの時、11月9日ホーム千葉戦試合前の練習、少しだけ根本の姿が見えた。
僕達は根本の名を聞いて拍手した。

選手それぞれの人生がある。クラブの意向もある。今回の決定がどちらの意思を反映したものか、
今はまだわからない。

だけど、やっぱり寂しい。
根本が大分を去ることももちろんだけど、「さよなら」を言えない別れであることが。

今度、九石で会う時、どんな色のユニフォームを着ていても、僕達はあの時以上の拍手で
根本を迎えたい。今、言えない「さよなら」の代わりに。
ネモちゃん、またね、また会おう。

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posted by きくりん |20:05 | 元トリ戦士コラム | コメント(8) |
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2008年12月12日

闘将 ホベルト

スカパーのJリーグアフターゲームショー08FINALで野々村さんが、
今季のJ1MVPに大分トリニータのエジミウソン、我らがエジを
選んでくれていた。
野々村さんは、大分嫌いと僕は思っていたけれど、ベストイレブンにも
大分から森重、エジ、夢生と3人を選出。
いったい、どうしたんだ? 野々村さんっ!?
というのが今回のテーマではなくて、

Jリーグが今季の優秀選手賞30名を選出した。
大分からは5名選出されているが、その中にホベルトの名が……。

僕の勝手な目安にエジがゴール前に顔を出していれば、
その日の大分はイケる、というのがあった。勝てないまでもチームとして
機能している、と判断していた。
エジがゴール前に現れることができたのは、ホベルトの存在があったから。
昨年、エジと共に大分へやってきたホベルト。
元々トリサポから愛されていたエジの存在もあって、昨年はどちらかというと
エジの影に隠れる形だったが、今季僕達はホベルトの素晴らしさを改めて知ることに
なった。
危険察知能力、献身的守備、ハードワーク、エジに優るとも劣らないホベルト。
エジが輝くのもホベルトがいてこそだと思う。
その逆もしかり。

その熱い闘志は、時に対戦チームにご迷惑をおかけした。自陣G前でもめている
時、必ずそこにはホベルトがいる。さっき大海に落ち着けと叱っていたのに、
その直後激昂しているホベルトがいた。
今回選出したのは、J1の監督、選手達。やっぱり見ている人は見ているのだ。

僕のトリサポ友が、シーズン前にホベルトはもっと評価されるべきだ、と言っていた。
彼はホベルトをゲーフラを掲げ、レプリカユニも背番号3、いっしょに練習見学に
行った時、ホベにサインを頼み、背中を向けた。
ホベは右肩あたりに小さくサインした。背番号3なんだからもっと大きくサインす
ればいいのに……。
きっとトリサポ友の彼も喜んでいることだろう。

僕達にとって、闘将は柱谷さんでも、闘莉王選手でもない。
大分の闘将はホベルト、彼である。

posted by きくりん |23:22 | 大分トリニータ | コメント(2) |
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2008年12月11日

夢生の選択

大分トリニータの金崎夢生が残留する意向のようだ。
いや、よかったです、ほんとうに。

大分にとっても、夢生にとっても残留は良い選択だった、と思う。
これでたぶん、今季の原形は崩れることなく、来季に望めるだろう。
堅守が昨季後半にその土台が形成され、今季の躍進に繋がったように
今季の原形が来季へ引き継がれていく。
補強をどうするのかよりも重要なことだし、フロントがしっかり足元
を固めようとしている姿勢を僕は支持したい。

夢生は慣れた環境で、何の気兼ねもなく、サッカーに打ち込める。
来年2月で二十歳になる夢生には、この1、2年の過ごしかたが、きっと
今後のサッカー人生を大きく左右することになると思う。
大切に、本当に大切に過ごしてほしい。

単年か複数年かは、この際どうでもいい。
夢生がボールを持つたびに高鳴る鼓動を僕達は来季もまた感じることが
できる。
金崎夢生が来季も「俺らの夢生」としてピッチを駆ける。
また1年、夢生といっしょに戦える。
1年後、「やっぱり大分がいいよな、離れられないよ、俺は」って夢生に
思ってもらえるように頑張ろうね、みんな。




シャムスカも夢生も来年までの契約。そのあと大分は大変なことになるぞ、と
思われる方もいらっしゃるだろうが、それはまた1年後考えます。

posted by きくりん |23:42 | 大分トリニータ | コメント(6) |
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2008年12月10日

走れっ! 前俊

今日、西日本スポーツのサイトに
「前田と森島 完全移籍へ」との記事があった。

僕の好きなキャラの二人だし、大変喜ばしいニュースだ。
と思う半面、ちょっと複雑でもある。

前俊、きみは、今の位置づけでいいのか。
夏の覚醒も束の間、森島の加入後、数試合スタメンだったが、森島に
その座を渡し、第28節川崎戦を最後にベンチ入りさえしなくなった。
チームの戦術上、優にベンチ入りさえ奪われているのが現状だ。

ナビスコ杯後、最終節後、どちらのセレモニーもネクタイを締めた
前俊がいた。立場上仕方ないけど、大人しく控えめな前俊だった。

「いいんかいっ!?それで」と僕は言いたい。

その溢れる才能は時代遅れなのか、その故に未完のままなのか。
広島に多くいる前俊ファンも、我々トリサポも前俊はこんなもんじゃない、と
知っている。知っているから、現状が悔しい。

高松、ウェズレイ、森島というFWのメンツ。
前俊ではなく、優がベンチ入りに選ばれていた事実。

答は簡単だ。パンツを腰で履くなっ! いや、違った。

走れっ!前俊。走るしかない。
ウェズレイが、高松が、森島がポストプレイで落とすボールを
走り込んでゴールするのは、前俊、きみだ。
これから補強されるであろう選手ではない。

posted by きくりん |22:15 | 大分トリニータ | コメント(10) |
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2008年12月10日

固唾を呑んで

僕は仕事上、時々幼稚園に行く。
今日、その時々があって、夕方16時過ぎに大分市のある幼稚園に入った。
幼稚園そのものは既に終わり、預かり保育で何人かの児童がいるようで、
奥の部屋からキャッキャッ、声が聞こえていた。
先生と少し話をし、外に出ると、その奥の部屋から
「オ~♪オ♪オ~♪オ~♪オ♪オ~♪オッ大分っ!オッ大分!オッ大分!」
と男の子の声が聞こえてきた。
試合開始前の選手入場時にコールする、あれだった。
いろんなことが上手くいかなくて、少々ヘコみ気味だった僕は、意味もなく
「頑張んなきゃな」と思い、その幼稚園を出た。

幼稚園でコールしていた男の子の記憶に今年のトリニータがずっと残り続ける
だろうか。自分が誰のゴールに喜んだか、覚え続けているだろうか。
おぼろげな記憶が残り続けるかもしれない。父親から事あるごとに聞かされる
かもしれない。
かつて僕が親父から西鉄ライオンズの話を聞かされたように。
同郷別府の英雄、稲尾和久氏の鉄腕ぶりを自慢げに語る親父だった。
その時、福岡にいたライオンズは弱くて弱くて仕方がなくて、僕は何だかとても
悔しい想いをした。
そしてその後、ライオンズは福岡からいなくなった。

できることならば、あの男の子に父親から聞かされる昔話で悔しい想いをして
もらいたくない。
父親が遠い目をして懐かしむのではなく、男の子が成長したその時のトリニータの
強さを、素晴らしさを二人で語り合ってもらいたい。

契約更改が始まった。
来年春、九石ドームのどこかで、あの男の子が「ねえ、○○はいないの?」と父親に尋ねることが
できるだけないように僕は祈りたい。固唾を呑んで見守る僕達である。

posted by きくりん |01:00 | 大分トリニータ | コメント(0) |
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2008年12月07日

ありがとう、僕のトモダチ

「痛い、痛い、痛いっちゃ!」と相方から怒られたのは、
最終戦、名古屋戦の最中だった。

九石ドームにはホームG裏上に電光掲示板があって、そこに他会場の
試合経過が時折流されていた。
つい少し前にチラッと見上げた時には「千葉0-2FC東京」という文字が
右から左へ流れていくのを確認していた僕は、「千葉3-2FC東京」と
出てきた時につい興奮し、隣で試合に集中していた相方の右腕をバシバシッと
叩いてしまい、冒頭のように怒られてしまった。
周囲でも、ちょっとしたどよめきが起きていた。決して相方の形相にではなく、
ジェフ逆転の表示にです。

前々回のエントリーでコメントをいただいたジェフサポさん、ジェフブログを
書いている方々に「おめでとうございます」と書いたけれど、その言葉に僕は
違和感があった。残留を決めたことは安堵であり、めでたいことではないとか、
そういうことではない。僕の伝えたいことは、もっと違う言葉ではないのか。
コメントをいただいた通り雨さんに返信を書いたあとも、ずっと考えていた。

残留を決めた、それも大逆転で。もちろん、僕も嬉しいし、再放送を観て正直泣いて
しまった。だけど、この試合を語れるのは、ジェフサポさんだけだ、と僕は思った。
ジェフを支え続けた人達のみが語る資格を持ち、他クラブサポの自分はその資格を
有していない、と今でも思っている。
それは承知の上で、エントリーすることをどうかご了解ください。

どんな状況でもあきらめてはいけないこと。
どんな状況でも支え続けること。
苦境に追い込まれたチームに僕達サポがすることは罵声を浴びせることではなく、
励まし続けること。

言葉にすると、とても陳腐だけれど、当たり前のことだけれど、なかなかできるものでは
ない、と思う。
磐田と東京Vにそれが欠けていたとは思わない。また比較するものでもないと思う。
開幕序盤のあの状況から、残留まで持ってきた要因のひとつは、僕がジェフに、
ジェフサポさんに魅了されるものと同じような気がする。

これからもJは続く。毎年、必ず3クラブは降格する。残留争いに巻き込まれるのは、
もっと多くのクラブである。
我々トリニータもその渦中にまたいつ巻き込まれるかわからない。
そんな時、2008年のジェフ千葉を思い出すだろう。

あの時の彼らはあきらめなかった。
あの時の彼らはどん底から這い上がった。
あの時のジェフサポのように、僕達も必ず……。

勝者がいれば敗者がいる。その悲しい現実から僕達は逃れることはできない。
全ての願いや祈りが叶うわけでもない。
それでもあの絶望的とも言える状況から生き残ったクラブがある。
それもまた真実だ。

僕は「おめでとう」ではなく、「ありがとう」と伝えたい。
感動を、とかではなく、これからいつか訪れるかもしれない時の励みを与えてくれたことに。
サポとしてではなく、人生の糧としても、大切な教訓を学ばせてくれたことに。

ありがとう、僕のトモダチ。

posted by きくりん |21:55 | Jリーグ | コメント(12) |
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2008年12月07日

答は来季~J1第34節vs名古屋グランパス~

小雪の舞う大分。B駐車場から九石まで歩く道中、秋(夏)-春シーズン制は
やっぱり反対だよな、とかじかむ手に白い息を吹きかけながら考えた。
30,000人越えするかと思われた最終戦だけど、入場客数28,831人。
優勝の可能性がなくなったこともあるけれど、これはやっぱり寒波のせい
ではないだろうか。

いや、ほんとに寒かった。
下川と周作がピッチに現れたあとくらいから、お腹の調子は悪くなるし、
でも最終戦だからしっかりコールしたいし。
何度もトイレに駆け込む際、そのたびに席を横切るのに「ごめんなさい、すみません」
と謝ったけれど、そのたびに嫌な顔せずに足をよけていただいた中学生のお子さんと
幼い女の子、そのお母様、申し訳なかったです。

試合はスコアレスドロー。堅守速攻、そして決定力不足。
良い意味でも悪い意味でも今季を象徴するようなゲームだった。
僕はこの最終戦を迎えるにあたり、自力でのACL出場を目指すべき、と
主張していたが、それは叶わず終わった。
だけど、前半攻めの姿勢が見られたことにACLへの気持ちが出ていたと思う。

相手は優勝の可能性を残す名古屋。その名古屋相手に互角の勝負ができるように
なった大分。
層が薄いと言われつつ、ホベ、深谷、そして周作を欠きながら柏、名古屋と零封
できたことは素晴らしい。それは堅守はさらに進化、成長している証だった。

僕は下川に最大級の賛辞を送りたい。
地元出身で絶大なる人気を誇る周作の控えに甘んじる中、本当によく頑張ってくれた。
彼の奮闘なくして、ナビスコ杯優勝、躍進はなかった。

前半を0-0で終えた時点でシャムスカは、自力のACL出場から4位狙いへ修正したと
語っているが、現実的な判断だった。
ガンバを応援できなくなったけど、天皇杯は名古屋、頑張ってください。

ひとまず、大分トリニータの2008年シーズンは終わった。
僕達にとって、本当に幸せな冒険だった。
こんな幸せってあるんだね、知りませんでした。そんなシーズンだった。

クラブ、選手とともに僕達も成長を求められたシーズンだったが、
僕達が成長したかどうかは来季以降、答が出るのだろう。
これから、決して幸せなことばかりではない。
もっと上へ望むかもしれない。昨年のようなこともあるかもしれない。
その幸せではない時も、僕達は今季のような姿勢で、気持ちで、トリニータと
ともに歩みたい。
僕達は戦う集団である必要はない。厳しさも当然不可避な場合もあるけど、
常に力を与える存在であり続けたい。

試合終了後のセレモニーを待つ間、九石の屋根が開いた。
冬の低い灰色の雲が空にはあった。ホーム開幕柏戦の春の青空が随分昔のように
感じられる。国立の秋の高い空とあの西日はいまだ現実感がないまま、僕の中にある。

選手、スタッフ、フロント、そしてトリサポのみなさん、お疲れ様でした。
そして、ありがとうです。

posted by きくりん |16:26 | 大分トリニータ | コメント(2) |
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