2009年07月05日
できることならば、気持ちの整理がついてからエントリーしたいところだけど、でも今書かないと後悔するかもしれない。
大分トリニータはジェフ千葉戦に敗れて13連敗を喫した。
今日のトリニータとジェフの差は運動量だった。特に千葉の深井選手の走る姿には憧憬さえ覚えた。ああ、僕達が今季トリニータに求め続けていたのは、きっと深井選手のような姿勢、動きだったんだなぁ、と感じずにはいられなかった。
先取点を奪われたものの、すぐに同点に追いついた時は、「イケる」そう思った。帰宅後、スカパーの録画で、そのシーンだけ観たけれど、高橋大輔のゴールが決まったあとの選手達の表情を見た時、僕は涙が溢れてきて、止まらなくなった。選手みんなが必死の形相で、この試合へ賭ける意気込みが伝わってくる。それだけに結果がわかっている状況で、そんな選手達を観ていると、やりきれなさや儚さが僕の中で渦巻く。
大輔のガッツポーズは、試合後G裏前で長く、そして深く一礼していた大輔の姿を思い出させ、できることならば、大分トリニータに、もう一度7月4日をやり直させてあげられないか、と叶うわけもないことを考えたあと、僕はもうただ膝を抱えるしかない。
シャムスカ監督解任へ。
冷静に考えて、それも不可避なのか、と思わなくもない。交代カードを切る遅さ、メンバーに固執しすぎ柔軟性を欠く。
試合中、僕も「早く、早く、交代のカードを」と何度も願った。頼むからカードを切ってくれ、そうでないとあなたが危ない、お願いだ、交代を。だけど、交代が行なわれたのは後半40分に入ってからだった。
何度も見てきた遅すぎる交代……。シビアにクールに判断し、解任もやむなし、という考えは理解できる。
だけど、だけど、僕はクールに、大分トリニータをサポートしているわけではない。
僕は問いたい。
スタメン発表時、「監督はシャムスカ」のアナウンスにブーイングはあっただろうか。
12連敗して迎えたジェフ戦だってシャムスカに対するブーイングはなかった。僕が見る限り、解任要求の断幕もなかった。
試合終了後、スタンドから起きた拍手に危機感がない、という人がいるかもしれない。でも、僕はあの拍手が信じ続ける力なんだ、と思う。覚悟なんだ、と思う。「もしかしたら、もう……」そんな不安が去来するのを振り払うかのように、拍手とトリニータコールで選手を迎えるのが、僕達トリサポがトリサポたる所以なのだ。
もはや、情である。情で悪いか、と僕は開き直る。
だって、大分トリニータは情のクラブではないか。
情に支えられたクラブ、それが大分トリニータではないか。
J2に降格したらクラブそのものの経営が危うい、トリニータがなくなるかもしれない。その危機感はもちろん僕にもある。生き残るために不可避なのかもしれないけれど、シャムスカを解任することに、僕はどうしてもイエスと言えない。
J1に残留したい。しなければならない。
シャムスカといっしょにいたい。いなければならない。
それはどうしても許されないことなのか。僕のわがままなのか。
日本の小さな地方クラブに、そのホームタウンに情熱を注いでくれた、シャムスカ。 僕達に戦う勇気を与えてくれたシャムスカ、アウエーの試合翌日の小さなイベントにもいつも笑顔で参加していたシャムスカ、国立の夕暮れ時柔和な微笑みを浮かべ暖かい眼差しで選手達を見上げていたシャムスカ、信じ続ける尊さを教えてくれたシャムスカ。
そんな日々の積み重ねは、シャムスカを監督としてだけでなく、一人の人間として、僕達にとってかけがえのない存在にしてくれた。
僕はシャムスカ解任に、やっぱり反対する。
監督が交代して、仮にJ1残留を果たしても完璧な幸せは決して訪れない。
シャムスカが解任されても、大分トリニータを愛する気持ちは変わらない。
だけど、シャムスカが解任されたら、僕はもう、絆なんて言葉を信じない。
内部昇格が根本的に変えることになるのか。
シャムスカ解任が根本的解決になるのか。
僕は、そうは思わない。
posted by きくりん |15:05 |
大分トリニータ |
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