2007年11月17日
気になるニュース達。
ボンズを偽証罪などで起訴=禁止薬物使用疑惑で
まず,ボンズさん。いつか来るだろうとはわかっていたことですが,今後どうなるんでしょう。無論,まだ起訴されただけで,有罪だということが決まったわけではないですが,現役続行へのハードルが高くなったことは確かでしょう(日本だったら,ハードルが高くなるどころか,今の時点で間違いなく「自主的な」引退に追い込まれるでしょうね)。果たしてどこの球団に行くことになるのでしょうか・・・。ボンズ選手の「記録」の問題をどうするか,という議論が情勢によっては間違いなく持ち上がってくるでしょうから,今後も注目していきたいところです。
我那覇選手のドーピング問題。予想通り,Jリーグは「処分の対象者ではないので」という苦しい理由で仲裁手続に同意しませんでした。しかし,我那覇選手がここで勇気をもって声をあげたこともあって,事態が動き,政府が乗り出してくることになりました。参院文教科学委員会における元Jリーガーの友近議員の質問が効いたらしいです。政府が乗り出してくることの是非はおいておいて,我那覇選手も納得している,この事件はもう終わったものだ,として処理しようとしたクラブ首脳陣やそれに乗っかろうとしたサポーターはどう思ってるんでしょうか?我那覇選手も,1人で巨大なJリーグと戦うのはさすがに躊躇われるらしく,自ら仲裁を申し立てることはないともいっているようです。こんな時こそクラブやサポーターは,選手をサポートするべきなんじゃないのか,と思いますが,川崎Fはそういうクラブじゃないというなら,まあそれはしょうがないかもしれません。ただ,サポートはしなくてもいいから,せめて「我那覇黙れ」と圧力をかけることだけはして欲しくないですね。
最後にオシムさん。ニュースを聞いたときはビックリしましたが,まあ,後から思えばかなりの高齢に加えて仕事が激務,持病の心臓病に高血圧ということで,いつ倒れてもおかしくないといえばおかしくなかったのかな,と思いますね。早く回復をしてくれることを願いますが,川淵さんの口ぶりだと代表の仕事どころか命さえ危ういということで,命をとりとめたとしても,もう代表の仕事を続けるのは無理でしょうね。次は,誰になるのでしょうか。反町さんが上がってくるのかどうか。ビッグな人を呼んでくると,今までのフットボールも変えざるをえないでしょうけど,それがいいのかどうか。危機管理的な発想からいえば,爆弾を抱えていたオシム後の準備を既に整えてあります,なんてことがあると協会の評価も上がるんでしょうが,まあ,それは期待しすぎというものでしょう。さて,これから協会がどう行動するのか見物ですね。
posted by coladevaca |08:11 |
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2007年11月10日
関東学院大学のラグビー部員2人が大麻取締法違反の現行犯で逮捕された問題で,関東学院大学ラグビー部は活動自粛に追い込まれたそうです。
所属する部員が犯罪を犯した疑いをかけられるなどの不祥事により,部全体が活動停止を余儀なくされるという何とも日本的な光景(?)ともいうべき,いわゆる「連帯責任」論に違和感を感じる方も少なくないはずです。
それでは,その違和感はどのような理由により生じるのでしょうか?本稿ではその理由を考えてみたいと思います。
まず,そもそも責任とはどのような場合に発生することになるのでしょうか?国語の辞書によれば,「責任」とは以下のように定義されます。
/*(1)自分が引き受けて行わなければならない任務。義務。
(2)自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い。
(3)〔法〕 法律上の不利益または制裁を負わされること。狭義では、違法な行為をした者に対する法的な制裁。民事責任と刑事責任とがある。*/
この問題で考えるべきなのは,(2)の意味だということになるでしょう。ラグビー部が全体として不祥事の責任をとるなら,「ラグビー部がかかわった事柄や行為から不祥事が生じた」と評価できなければならない,ということになるわけです。
ここで問題となるのは,この「かかわり」という概念で,これは濃淡,程度を含めて考えるべき概念だといえます。「かかわり」が薄いのであれば,責任をとらなくてよいし(例:同じ日本人でも,見ず知らずの人が起こした不祥事の責任をとる必要はない),「かかわり」が濃いのであれば,責任をとらなければいけない(例:自分自身が起こした不祥事の責任はとらなければならない),というように考えるということです。本件についていえば,確かに,不祥事を起こした個人はラグビー部員という地位にもあるということで,その個人の行為がラグビー部と「かかわり」がないとはいえませんが,それでは,ラグビー部全体として犯罪と疑われるような行為をしたと評価できるまでに密接な「かかわり」がその個人の行為とあるのか,といえばそれは無いでしょう。ラグビー部全体として個人の行為にどこまで「かかわり」があったと評価できるのか,この評価が「連帯責任」となるかどうかの分かれ目になるはずです。
この「かかわり」を考える上で重要だと思うことがあるのですが,それは部員のプライベート(私生活の自由)をどう考えるのか,ということです。
仮に「部員が起こしたあらゆる不祥事の責任を部全体でとる」という立場をとったとしましょう。その場合,必然的に部は部員の私生活にあらゆる点で介入しなければならないことになるでしょう。部員のあらゆる行為の結果の責任を部が負わなければならないのであれば,部員のあらゆる行為が部の行為と評価される程に密接に「かかわり」がなければならないと考えられるためです。平たくいえば,「全体主義ちっく」に部があらゆる面で部員を管理して活動しなければいけないことになるわけです。
つまり,このような事例においてある主体が責任が問われる領域は,その主体の管理領域に重なる部分が多く,したがって,いわゆる「連帯責任」が問われる領域が広がれば広がる程,部が部員を管理しなければならない領域も広がり,部員の私生活の自由は失われていく,と。
ご存知のように,我々の社会は,自由主義,個人主義を「建前」では標榜する社会なわけです。「建前」通りにそのような社会を望ましいと考える人にとっては,学生スポーツで繰り返される「活動自粛」は,事例にもよりますが,どうにも「全体主義ちっく」で違和感を感じることになるのだと思います。自由主義,個人主義を標榜する社会では,責任のとり方も「全体主義ちっく」にではなく「自由主義,個人主義ちっく」にが自然だと思いますが,不祥事というある種の緊急事態が起きると,「建前」を脱ぎ捨てたその社会の「本音」が首をもたげてくるようで怖いですね。
なお,管理領域を超えた広い範囲で責任を問うのは,責任を問う基礎が欠けている領域において責任を追求するという意味で不当な責任追及となると思います。現在の学生スポーツではおそらく,部員の自由を尊重する,つまり,部の部員に対する管理の手を緩める流れがある一方で,部は社会にいわゆる「連帯責任」を広く追求されるというアンバランスな状況にあるのではないか,つまり,結果として社会の責任追及は不当な責任追及ではないか,と思います。公私二分論的にいうなら,通常は,まがりなりにも公/私の線引きがあるのに,不祥事が起きた場合にはその線引きが消滅してしまうかの如く扱われるのはおかしいのではないか,責任の線引きも通常の公/私の線引きに沿って行われるべきだ,ということです。
posted by coladevaca |08:18 |
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2007年11月08日
前回の記事のコメント欄で紹介していただいた記事を参考に,川崎Fのお知らせを読んでみました。で,その感想はタイトル通りです。
/*Jリーグは2007年5月、Jリーグドーピング禁止規程に則って「後藤ドクターが行った我那覇選手への静脈注射は合理的な医療行為とは認められない」と判断し、クラブに制裁金1000万円、我那覇選手に対して出場停止6試合の処分を出しました。
当時の我那覇選手の症状に対し、後藤ドクターが静脈注射を打った行為が医学的見地から合理的なものであったか否かという点については、医学上の高度な専門性を有する評価にかかわる問題であり、専門家の間でも未だ見解の分かれるところです。
以上のような状況において、クラブ及び我那覇選手が仲裁の申し立てを行った場合、どのような結果が出るかを予想することは非常に困難です。現段階において当該静脈注射を打った行為が合理的な医療行為ではなかったという判断が出される可能性を否定できない以上、クラブとしましては我那覇選手を守るためにこれ以上争うことは妥当でないと判断し、最終的にJリーグの処分に従うという結論に達しました。
つまり、仲裁申し立てをなした結果、最終的に静脈注射が合理的な医療行為でないと判断された場合、国際サッカー連盟(FIFA)、世界アンチドーピング機構(WADA)等から我那覇選手に対し、独自の追加処分(出場停止1~2年)が下される可能性を否定することはできません。クラブとしては、我那覇選手の選手生命を脅かす処分が下るかもしれないというリスクは、どのようなことがあっても回避しなければなりません。以上のような事情により、クラブとしては前述した結論に達しました。*/
少し考えてみればわかることなんですが,今の所,Jリーグが川崎F及び我那覇選手に対して出した判断・処分は取り消されていない(だからドクターが争おうとしているわけですが),つまり,平たくいえば今の状態でも川崎Fや我那覇選手は「ドーピング禁止規程違反者=有罪」なのであって,FIFAやWADAが有罪な人に対して追加に処分を下そうというのなら既にやっているはずなわけです。今後仲裁手続きにおいてJリーグの処分が妥当だったという判断がされた場合と客観的には状況は何も変わりません。「我那覇選手の選手生命を脅かす処分が下るかもしれないというリスク」は既に存在しているのであって,JSAAが判断を出すとそのリスクが発生するという関係にはありません。むしろ,後藤医師の仲裁の申し立ては,そのようなリスクを低減するために行われるものだといえます(無罪を勝ち取ろうとしているわけですから)。川崎Fの主張は,「FIFAやWADAは,Jリーグの判断など信用していないので追加に処分を出すことなどないが,Jリーグの判断が妥当だと中立的な第三者が認めた場合にはやっとJリーグの判断を信用して,それだけで追加の処分を出そうとする極めていい加減な組織だ」といってるようなもので,どうにもおかしいです。
そもそも,川崎FはFIFAやWADAの見解を確かめているのでしょうか?報道されている限りにおいては,WADAが今回のケースをドーピング禁止規程違反と考える可能性は低いですし,FIFAのことはよくわかりませんが,ことさらWADAと異なる見解をとるとは考えにくいです。可能性がある/ないという次元でいえば,どんな事態にも可能性があるのであって,問題にすべきはその可能性の高低なはずですし,普通の頭の持ち主なら,それを判断するために調査を行うでしょう。FIFAやWADAの当該規定の解釈はどうなっているのか,過去の同様の事例においてはどう判断されているのか・・・etc。
それに,「当時の我那覇選手の症状に対し、後藤ドクターが静脈注射を打った行為が医学的見地から合理的なものであったか否かという点については、医学上の高度な専門性を有する評価にかかわる問題であり、専門家の間でも未だ見解の分かれる」問題だとは全く思いません。というかこの書き方では誤解を招くと思います。私の考えでは,Jリーグのいう「正当な医療行為」の要件とは,通常の正当な医療行為とされる要件+緊急性+不可欠性(この点に関しては以前の記事を参照してください)ですので,医学的見地から合理的なものであっても(通常の正当な医療行為の要件を充たすものであっても),「正当な医療行為」とされない場合が存在しうるわけです。おそらく,今回の後藤医師の措置が,通常の正当な医療行為とされる要件を欠いているとする者は誰1人としていないのではないか,と思います(青木治人さんもそうはいっていないと思います。緊急性や不可欠性が欠けるからダメだ,といっているように思います。)。
また,100歩譲って,FIFAやWADAが,JSAAが有罪が妥当という判断をした場合に追加処分を出したくなるという理屈を受け入れたとしましょう。しかし,そのような場合にあっても,川崎Fや我那覇選手はJリーグから既に処分を受けていることを考えないわけにはいきません。既に処分を受けた者にさらに追加の処分を出すのは「二重の危険の禁止(わかりやすくは二重処罰の禁止)」という思想にひっかかってハードルは普通高くなるわけですし,我那覇選手や後藤医師の(仮に違反があったとした場合の)規則違反の程度が軽いものであることを考慮すると,FIFAやWADAが追加処分を出す可能性は極めて低いと判断するのが妥当でしょう。
以上のように,私は,川崎Fの見解は意味不明だと思います。
正直に「お上に逆らいたくないので有罪でもかまわないんです」となぜいえないのでしょうか?いえるはずないのはわかりますが(もっとも,その手のメンツにはこだわるが,ドーピングの汚名をかぶってもかまわない,クラブの名誉にこだわりはないという川崎Fの姿勢は私には理解しがたいですが),こういうムチャクチャな主張を読むとそういいたくなりますね。
posted by coladevaca |08:52 |
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2007年11月07日
以前に長々と論じたこの問題。私の結論としては,Jリーグの解釈には無理があるのでは?というものでしたが,この事件に新たな動きがあったようです。
医師が仲裁機構に申し立て 我那覇のドーピング問題で
チームドクターが辞職 我那覇のドーピング問題
/*「申し立てをするなら辞めろと圧力を受けるなど、チームから人間らしい扱いを受けていなかった。これ以上は耐えられないということになった」*/
ちなみに「川崎のドクター」というのは,おそらくこの人。
うーん。上記の報道が事実とするなら,つまり,クラブもJリーグの側について,自分のスタッフに圧力をかけた,ということでしょうか?おそらくは,例のベストメンバー問題なんかもあって,クラブはJリーグとはもう揉めたくないということなんでしょうが,なんだかそういうクラブの姿勢には直感的には疑問を覚えますね。なぜなら,クラブが部下の側に立ってくれない,部下を守らない組織だとするならば,部下はまず自己保身のことを考えるようになりそうですし,そうすると,ある程度の自己犠牲やfor the teamの精神を基礎にクラブが一体として戦わなければならないフットボールにおいては,それに水を差す行動をとる者が出てきそうですから。
/*川崎の広報担当者は「チームとしてドクターを処分していないので、弁護士の発言は意外」と話している。*/
処分≠辞任の圧力なので,反論になってない気が。
クラブの側の理屈としては,「川崎フロンターレおよび我那覇和樹選手に対する制裁の件」をみればわかるように,当事者が処分は甘んじて受け入れるという態度をとってるのに,なぜ処分の当事者ではない,チームドクターという第三者が事件を蒸し返そうとするのか,ということが考えられます。しかし,ドクターの側からすれば,最良の治療を施すという医師の権利ないし義務とそれを受ける選手側の権利とを守らなければならないという意識で戦おうとしているのでしょう。我那覇選手が争おうと思っても,立場上難しいかもしれませんしね。我那覇選手が実際どう思っているのか知りたいところですが,おそらくはノーコメントでしょうね。
日本スポーツ仲裁機構(JSAA)のドーピング紛争に関するスポーツ仲裁規則をみますと,
/*2 この規則による仲裁の申立人には、少なくとも次の者を含む。
一 仲裁申立ての対象となっている決定において対象とされている競技者その他の者
二 仲裁申立ての対象となっている決定がされた事案における関係者(第1 号に掲げる者を除く。)*/
ということで,チームドクターがリーグと戦うのは制度としては想定内というか,チームドクターは処分対象者に準じるものとされている(そう解釈するのが正しいかどうかはよくわかりませんが,そう解釈するのが妥当だと思う)わけで,想定されるクラブ側の理屈は疑問符がつくと思いますが。
さて,今後どうなるかはJリーグの動きにかかってくる,つまり,JSAAの仲裁を受け入れることに合意するかどうかにかかってくるわけですが,どうなりますか。Jリーグの判断の正当性を第三者(仲裁人候補者リストをみると主に法学関係の人のようです)にも証明できる自信があるのだったら,仲裁の場に出てくればいいと思いますが,どうもそれは無さそうなので合意しないんじゃないかな,と予想します。その予想が裏切られればいいのですが,その予想が当たった場合でも,Jリーグ側は何らかの理屈は持ち出すでしょうから,どう言うのか楽しみですね。
posted by coladevaca |17:40 |
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2007年11月05日
ということでベティスに快勝したバルサ。要塞カンプノウでは,めったなことがない限り負けないのは統計的にも明らかなので,この試合は勝利,それも中身の伴った勝利が求められていたバルサですがキッチリ「結果」を出しました。
この試合の勝因は,第一に選手のアグレッシブさ,運動量が戻ったこと。これは精神的なものに起因するのか(珍しくライカーがキレたのが役にたったのか),アンリとアビダルの復帰がきいたのか(個々のプレー内容をみるとあんまりそうとは思えませんが。アンリさん,シュート外しすぎ。),それとも疲労の回復に起因するのか,よくわかりませんがとりあえず,攻撃も守備も「攻撃的」にいく姿勢が戻ったことは喜ばしい限り。ベティスがしょぼかった,というのが最大の原因かもしれないというのはとりあえず置いておいて,デコがいなくてもアグレッシブにやっていけることを次も証明して欲しいところです。
第二にヤヤの復調により,イニエスタが高いポジションで攻撃的なプレーにいく回数が増えたこと。守備的な役割+DFラインからのつなぎをヤヤがかなりの部分を担ってくれたことで,イニが高い位置からの攻撃/突破にかかることが出来,それがアンリの先制点につながったように思います。
第三にザンブロッタが高いポジションをとったこと。今シーズンのバルサは,スペースが空くのを気にしてか左右ラテラルさんはあまりあがらず(従って,失点は少なくなっています(リーガ最小,CL無失点)),結果,どうしてもサイドではメッシーなんかが1人で打開せざるをえなくなり,個人技頼みの攻撃の印象がありましたが,この試合ではザンブロッタが何度かいい攻め上がりを見せていたのがメッシーの負担を減らす+攻撃において選択肢が増えた,ということで効果的だったと思います。
第四にロニーの復調(?)。完全な復調とはいきませんが,少なくともフォームの下落の底をとりあえずは打って回復傾向にある感じはありますね。寄せられてもボールをとられることが少なくなったし(相手の寄せをヒラリとかわした時のカンプノウの賞賛とも驚きともいえる観客の声は何か感慨深いものがありましたた。やっぱり昔の姿に戻ることを期待してるし,それらしいところを見せると感情的に揺さぶられるものがあるのかなー,と。),何度か縦に突破を試みる場面もみられた(もっとも,ゴールを目指して相手を抜きにいく,というよりゴール近くでファールを貰い,FKを蹴るための突破,みたいな感じですが)。昔と比べて唯一レベルが格段に向上したFK(現在,世界最高のようにも思える)は,今ではもっとも安心して見られるようになったわけですが,それからの2得点。それと明らかに変わった守備の意識。あんなにプレッシャーを積極的にかける選手になろうとは(もっとも,周りの反応が今イチで空回りする場面も多いのが悲しいところ)。攻撃に貢献できない分,守備では・・・という意識の変化があったのでしょうが,それは喜ぶべきことなのか,それともある意味悲しむべきことなのか,微妙なところではあります。ちょっと目についたのが,強引な縦へのパスの多さ。ドリブルの回数が減れば,自然とパスの回数が増えるわけですが,少々無理をしてでも・・・みたいなパスが多いです。ドリブルの回数を増やしていくことがパスを効果的にすることにもつながるわけですから,とにかくもっとフィジカルコンディションを上げてドリブルを試みて欲しいところです。
次は,カーサ(ホーム)でのレンジャーズ戦。テストとなるフエラ(アウェー)ではないわけですが,とりあえずレンジャーズのような曲者を力でねじふせることができるのか,良いフットボール,良いイメージを再び見ることができるのか,注目していきたいところです。
心配なのが,調子を上げてきかけたところに,また「FIFAウィルス」の季節がやってくること。バルサ自体のパフォーマンスがおかしくなるのはもちろんのこと,ロニーがまた20分しか持たない体に逆戻りするのではないかと思うとウンザリしますね。
それと選手のバックアップの問題。ライカーはグディを中盤で使うようですが,結局,彼も攻撃的な選手なのでチャビやイニの代わり足り得ても,ヤヤのバックアップ足り得ないのは明らかです。エジミウソンが復帰のメドが立たない中でどうするのでしょうか。補強の話が聞こえてこないのが不安です。1月から2月にかけて1ヶ月はネーションズカップで確実に消えるというのに。また,メッシーのバックアップもどうするのでしょうか。もっと休ませないと終盤にイタい目を見ると思うのですが,右で使うとジョバニは今イチなところで,またイニに頼るのでしょうか。万能型ボージャンをそこにもっと使ってもいい気がするのですが。
posted by coladevaca |17:35 |
バルサ |
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