2007年08月08日

ヨーロッパフットボールには,なぜオールスターゲームが無いのか?

スポナビブログにはオールスターゲームに関する記事がいくつかあり,興味深く拝見させて頂いているのですが,オールスターゲームは現状から改革すべきという意見が多いようです。どのように改革すべきか,は人それぞれみたいですが。なぜ改革すべきか,について桐谷さんは,こうおっしゃってます。

/*オールスターという概念は、サッカーとは異質の『プロ野球文化』から派生した模倣に過ぎないことは間違いないし、僕個人の価値観の中でもその継続にさしたる必然性を感じるものではないが、厳しいスケジュールの中今後も強行してゆくというのであれば、そこに単なる場末の興業とは別の『何らかの意義』が生じて欲しいものと考える。*/

この文を読んで,ふと疑問に思ったのは,フットボールではなぜオールスターゲームという概念が生まれなかったのか?ということです。今回,これを考えてみようと思います。先取りして言えば,分析の道具立て自体は,このブログの過去の記述の焼き直しになります。

まず,パッと思いつく理由としては,オールスター的なものは,いわゆる「代表マッチ」によって代替されているからという理由が考えられます。確かに,そういう面はあると思いますが,これは後述のような理由によって必ずしもバッチリフィットする理由付けとはいえないのではないか,と思っています。

そもそも,オールスターゲームって何でしょうか?オールスターゲームは祭典/祭りであるといわれると思います。祭りとは,大辞林によれば,

/*(1)神や祖先の霊をまつること。
(ア)祭祀(さいし)。祭儀。
(イ)特に、毎年きまった日に人々が神社に集まって行う神をまつる儀式と、それにともなって催される神楽(かぐら)などの諸行事をいう。祭礼。おまつり。
(2)記念・祝賀・宣伝などのために催される行事。
(3)特に、京都賀茂神社の祭り。賀茂祭。葵祭(あおいまつり)。
(4)近世、江戸の二大祭り。日枝(ひえ)山王神社の祭りと神田明神の祭りをいう。
(5)情交。おまつり。*/

とのことですが,ここではオールスターは祭りである,というときに一般的に示唆しているものと思われる(2)の意味,その中の「祝賀」ということに着目したいと思います。つまり,オールスターゲームは何を喜び祝ってるのでしょうか?

オールスターという言葉が使われる時には,大抵その前に修飾語がつきます。例えば,「Jリーグ」オールスターだったり,「NBA」オールスターだったり。これらは喜び祝われる対象を指しているのではないか,ということに気づきます。つまり,「Jリーグ」オールスターだったら,Jリーグの今までの発展と繁栄及びこれからの発展と繁栄を喜び祝ってるといえるでしょう。したがって,オールスターゲームという概念は,各クラブの上位団体である「リーグ」という団体への団体意識,「リーグ」という共同体への共同体意識が基盤となっているといえそうです。

そうだとするならば,アメリカンプロスポーツにはオールスターゲームがあるが,ヨーロッパフットボールにはオールスターゲームが無い,ことも説明がつくような気がします。以前にも述べましたようにアメリカンプロスポーツの場合は,ゲームでは「競争」だけれども,ビジネスでは「共存共栄」ということが強く意識されており,つまり,スポーツで競争はするが,それはリーグを発展させるためである(リーグを発展させれば,その果実に皆が預かれるから),我々はリーグの一員であるという「共同体意識」が強いと思います。だから,オールスターゲームという儀式を執り行って,リーグの発展と繁栄を喜び祝うというわけです。一方,ヨーロッパフットボールには,そのような「共同体意識」は希薄です。バルセロニスタからすれば,マドリーは共に繁栄すべき共同体の仲間では無く,「打ち倒すべき敵」に他なりません。マドリーは,単なるスポーツにおける競争相手ではありません。したがって,そのような「敵」と一緒に「クラブ以上のリーグ」の発展や繁栄を喜び祝おうなどというのは,ファンの立場からしても全然ピンと来ないのが道理でしょう。重要なのは「我がクラブ」,それに比べれば「リーグ」などどうでもいい,つまり,クラブという共同体にのみ関心をそそぐ「クラブ至上主義」がヨーロッパフットボールの哲学となっているといえるでしょう(アメリカンプロスポーツは,それに比べると「リーグ至上主義」といえるでしょう)。

このように考えますと,「代表マッチ」がオールスターゲームの代替とはいえないのではないか,といえる理由もわかると思います。「代表マッチ」は,国家という共同体の共同体意識を基盤として他の共同体の代表と戦うゲームなわけで,リーグという共同体の共同体意識を基盤とするものではないからです。あるいは,オールスターゲームは,基本的に敵/味方の峻別はなく,リーグとして一体であることが強調される一元的世界観において執り行われるもの(オールスターゲームは性質上「真剣勝負であってはならない」ともいえます)ですが,「代表マッチ」は,明確に敵/味方を峻別する二元的世界観において執り行われるものであり,性質が大きく異なるといえます。確かにどちらも豪華な選手が揃えられることは確かであり,また両共同体の構成員が重なることが多いので,「代表マッチ」がオールスターゲームの代替的な役割を果たしてきた面もあるとは思うのですが,理屈としては「代替ではない」というべきでしょう。

なお,チャリティーマッチは,基本的に「慈善」「博愛」のようなある種の普遍的な(あるいは宗教的な)価値観に基づいた自発的な公益増進活動だと思いますので,やはりオールスターゲームとは性質の異なるものと考えます。したがって,オールスターゲームにチャリティー的意義をもたせるという改革案はちょっと筋が違う,と私は思います。

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posted by coladevaca |21:28 | スポーツ文化 | コメント(13) | トラックバック(2)
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2007年08月08日

バルサを見に行ってきました。

バルサブログのはずなのに,脇道にそれまくりで,バルサのことはあんま書いてなかったことに今さらながら気づいた管理人です,こんにちわ。

とまあ今回は書かないわけにはいかない,ということで観戦の感想でも。

フォーメーションは,いつもの4-3-3(4-1-2-2-1)で,先発は,

         ロナウジーニョ
  エトー               アンリ

     チャビ       イニエスタ

          トゥーレ

シウビーニョ ウラゲール テュラム ザンブロッタ

           バルデス

遂に,夢のトリデンテが実現。この遠征のメンバーでは外見的にはほぼベストに近いかと(アビダルがいないだけ)。ライカーは北京で「この遠征中に一緒にプレーすることはないだろう」などと言っていたのですが。適当だなあ。スポンサーの圧力か,それともソシオの多さに配慮したのか。まあ,とにかくうれしいプレゼントでした。最初はね・・・。

詳しい試合経過とかは,映像を見てもらった方が早いんで,それはそっちにまかせます。一言でいえば,まさに親善試合的な,運動量が少ない,まったりした試合でした。後半はラインが伸びきって大味な感じに。前半は,カンプノウだったら間違いなくプーイングを浴びていたと思います。ここではごく私的な感想を。

やっぱ,テレビで普段見ている選手達が,目の前でちょこまかと動き回っている姿には,やはりある種の感動がありました。

で,夢のトリデンテなんですが,これが微妙でした。

フィジカル的に良好な状態にあるのはサミーだけでした。彼は,このままさらにフィットしていけば,レギュラーの座は固いと思います。せっかちな性格は,この暑さでも変わることはないこともあり(?),よく走り,よく守り,よく勝負し,よくシュートを打っていました。

ロニーは,とりあえず「腐ってもロニー」なところは見せていました。視野の広さとパスの技術,細かなボールコントロールはさすがの一言。しかし,ドリブルが攻撃のチョイスから基本的に欠けている今の彼には余り怖さがないことも確かだと思います。イメージ的には,去年の「重いロニー」をひきずってる感じでした。ロニーは怪我をしているといわれていますが,この試合は85分近く出ており,怪我の影響というよりも,フィジカルコンディションが未だまだまだな状態であることが原因のように思います(スポンサー関係の話を考慮しても,怪我してるなら前半でお役御免になったかと)。「本当(昔)のロニー」への道はまだまだ険しそう。試合後のインタビューをした人(中西さん?)が「コンディションは良さそうですね。今日のプレーにもそれが現れてましたね。」みたいな感じの見当違いな質問をロニーにしていたが,何を考えてるのかさっぱり意味がわかりませんでした。ロニーを舐めてるんじゃないの?とりあえず今年は,ジムの主にならないように注意して,必死に練習に励んでください。

ティティは・・・とりあえず,サーっと上がって横パスばっかりしてる彼を見てなんともいえない気分になりました。このままの状態だとREMに割って入るのは困難だろうなあ。今日の状態をみると,ドス・サントスにも負けてしまうかも,とか心配になります。とりあえず,昔の状態に戻るまで,彼にもフィジカルトレーニングにひたすら励んで頂きたいです。それでも,日本人相手とはいえ,空中戦には全く負けなかったのはさすがだと思いました。

シウビーニョは,コンディションが良さそう。アビダルが来て,結果的にバルサはジオをはじき出す形になり,つまり,シウビーニョをバルサは選んだともいえる状況において,かなり張り切ってるのでしょうか。「最近,衰えをみせている」みたいな一部の声を消し去るような彼の今シーズンの活躍を期待しています。

なぜかアビダルは最後まで出てきませんでした。期待してたんだけどなー。

トゥーレはいいですねー。ああいう大きい人が真ん中にドンと構えているとやっぱ安心感があります。今まではちっちゃい人が中盤に多かったので。というか彼はポジショニングがなかなかいいです。攻撃の時から,キチンとボールを奪われた時に備えて動いてます。だから,まず最初にチェックに入れています。一部メディアは,バルサとガラクティコ・マドリーと比較しているようですが,このチームには,ガラクティコに欠けたマケレレというピースに相当するような人材がいますので,ああいう結末にはなりません,と反論できそうな予感があります。今年は「トゥーレのチーム」になるかもしれません。

ジョバニ・ドス・サントスは,このツアーでの好調を反映してなかなかいい動きをしていました。ところで,観戦していた場所の周囲では「誰,あの顔のかわいい子?」とか「あの19番うまいな。誰?ロナウジーニョみたいな感じだけど」みたいな会話が聞こえてきたので,ドス・サントスってあんま知られてないんだと思いました。この試合,見たところ7割ぐらいの入りで,そのうちほとんどはバルサファンだと思ってました。マリノスのユニフォームをほとんど見かけず,バルサのユニフォームだらけだったので。でも,こういう話を聞くと,別にそんなにファンってわけじゃない人も高いチケット代払って見に来てるんだなー,と思いましたね。

後半(といっても半ばを過ぎたあたりからですが),大量に「戦力外な人達(モッタ,エスケーロ,マキシ・ロペス)」が出て来た時には,やっぱライカーはよくわからん,と思いました。モッタなんかCBで使われているし。怪我してるとはいえ,マルク・バリエンテみたいなBチームの若手を出すべきではないんだろうか?

あと,マリノスが攻めてると「マリノス,空気読め」みたいな野次がとんでましたが,それはどうなのか,と思いました。マリノスといえば,マリノスはかなりシュートを打ってたんですけど,遠目からのものが多く,しかも大体打つときのフォームが崩れているので(寄せられた影響もあるだろうけど,単に下手なだけかもしれない),全然怖くは無かったですね。やはり結果をみても枠に行かないものが多かったし。山瀬選手の1本だけかな,いいシュートだったのは。やはり力の差はかなり感じました。

最後に,となりの男が試合中に電話とかしててうざかったです。

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posted by coladevaca |00:58 | バルサ | コメント(5) | トラックバック(3)
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2007年08月06日

ボンズの755号アーチは今後どう「処理」されていくだろうか?

ボンズ、大リーグ本塁打記録タイに

本来ならば手放しで賞賛されるべきところなんでしょうが,どうも記事を読んでいる限り,微妙な空気が流れているようです。引用したAFP通信の記事でも,

/*あと一本でアーロン氏の持つ偉大な記録を上回るが、多くの純粋な野球ファンは、ボンズのつくる記録は全て汚れていると思っている。*/

これは「偉大な記録」に肩を並べた者,そして「偉大な記録」を更新するであろう者に対する言葉としては相当に手厳しいものだと感じます。ボストングローブ紙のニック・カファルド記者の記事でも,

/*ボンズによるこの大リーグ記録は、彼が記録保持者である間は常に疑問視されるものになりそうだ。彼にまつわるステロイド使用疑惑がその理由だが、大リーグ機構によるドーピング検査が開始されて以来、ボンズに陽性反応は出ていない。・・・ ラグジュアリー・ボックスの1室にいた大リーグ機構のバド・セリグ・コミッショナーは、9回に以下のようなコメントを発表した。
「バリー・ボンズ選手が大リーグの本塁打記録に並んだことに祝福の意を表します。この記録をめぐる論議にはいろいろな考えがあるでしょうが、それがいかなるものであれ、ボンズ選手が成し遂げたことは注目に値する偉業です」
 またセリグ・コミッショナーは「先に申し上げたとおり、伝統ある野球と、この記録の重要性に敬意を表し、また有罪と下されるまで、この国では誰もが善良な市民であるという事実に基づいて、私ないしは代わりの者が今後の数試合に同行し、ボンズ選手の本塁打記録の更新を見届ける予定です」ともコメントした。*/

と現地における微妙な空気を反映させている記述になっています。

セリグ・コミッショナーのおっしゃるとおり,刑事裁判における挙証責任に関する「無罪の推定」の原則は大変重要なものであり,その原則の示す精神を誰しもが尊重すべきである,という姿勢には敬意を払いたいと思います。もっとも,「無罪の推定」はあくまで法廷で通用している法原則であり,(メジャーリーグのコミッショナーを含めた)一般人がそれに従わなければならないという道理は厳密にいえばない,ともいえます。したがって,「ボンズ、大偉業目前でもつきまとう暗い影」 にあるような

/*薬物の供給元とされる栄養補助食品会社「BALCO」の研究所の化学者は、テレビ番組のインタビューで、ボンズとゲーリー・シェフィールド(タイガース)がステロイドを使用していたことを告白した。*/

ということをもって,ファンがボンズ氏を「有罪」だと考えるのは,必ずしも間違っていることではないといえます。私が興味があるのは,仮にボンズ氏が偽証罪や詐欺罪で有罪になった場合,つまり「無罪の推定」という理屈さえも打ち破られた場合に,彼が作ったこの「偉大な記録」はどうなっていくのだろう?ということです。仮に起訴されるようなことになり,その裁判の過程でボンズ氏の薬物使用が明らかになり,ボンズ氏が有罪判決を受けた場合に,この記録はどうすべきなのでしょうか?

(以下は,ボンズ氏が薬物を使用したということを仮定して話を進めますが,真実そうであったということを主張するものではありません。)

おそらく明確なルールは無いんだろうな,と思いますけど,おそらく,一方には,「ボンズ、大偉業目前でもつきまとう暗い影」 にあるように,

/*ステロイドを使用することで、本塁打が一夜にして打てるようになるわけがないのは、おそらく誰でも承知しているに違いない。長い歳月の努力の積み重ねまで否定し、ボンズを生贄(いけにえ)にしてしまうような風潮は、決して“ヘルシー”とは言えない。記録達成の瞬間、シンプルに偉業をたたえたいものだ。*/

のような立場,すなわち,ステロイドを使用していても,ホームランが打てるようになるわけではないのだから,ボンズ氏のホームランを打つ技量は,ステロイド使用とは切り離して別個に評価されるべきものであり,したがって,その「偉大な記録」は認められるべきだ,という立場が考えられます。他方,上記記事で紹介されているシリング投手のように,そもそもステロイド使用は「ルール違反」なのであり,野球あるいはスポーツは,ルールが遵守された上で競争・プレーすることが大前提なのであるから,ルール違反の上に築かれた記録など尊重に値しない,という立場が考えられるでしょう。

前者の場合は,本当にステロイド使用と切り離してホームラン数を評価できるのか,すなわち,ステロイドを使用すればホームランが打てるようになるわけでは確かにないが,そうだからといって,ステロイドを使用していなければ,ボンズ氏がこれほどホームランを打っていなかったのではないか,という疑問は否定できるものではない,という反論,あるいは,シリング投手のようなそもそも論による反論が予想され,それが相当の説得力のあるものであることは否めません。後者の場合は,大変明快でわかりやすいのですが,例えば,ボンズ氏が最初からステロイドを使用していたのではなく,途中からステロイドを使用していた場合は,そこまでの記録は認められるべきなのかどうか,それを判断するにあたり,ステロイドを使用し始めた時期は確定的に認定できるのかどうか,など様々な疑問が浮かばないわけではない,といえます。

今のところ,この種の議論は一種の思考実験に他なりませんが,いずれ本当に議論しなければいけない時が来ることになるのでしょうか?

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posted by coladevaca |17:10 | スポーツ文化 | コメント(6) | トラックバック(1)
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2007年08月04日

色々「不可思議な」4カ国トーナメント。

先行き不安な“プレ五輪”

完全アウエーでの収穫 

昨日,テレビでチラっと見ました。試合自体は言及すべき内容がとりたててないつまらないものでしたが,この大会自体はどういう位置づけなのか一見よくわからなくてなかなかおもしろいです。「プレ五輪」といわれてるんですけど,それにしては色々おかしい(?)面が。

まず,明らかに偏っている出場国構成。開催国中国含めてアジア3・アフリカ1ってのはどうなのでしょうか。ヨーロッパや南米から1つも出てないのは(?)。強豪国でなければ出場しようって国もありそうなものですけど。

そして,8月1日から5日までの5日間で3試合(中1日で試合)をするという過密スケジュール。

さらには,1試合で6人まで交代可能というレギュレーション。

そして,批判を浴びているAll 中国人の審判団。

私が「プレ五輪」から連想するものって「プレワールドカップ→コンフェデレーションズカップ」ということで,ああいうタイトルのかかったキチンとした大会を連想するんだけど,結論としては,この大会って一種の「プレシーズンマッチ」「フレンドリーマッチ」なのかな,と思います。今,各地で盛んに行われているプレシーズン大会,例えば,アムステルダムカップとかそういうのと同じようなものかと。「プレ五輪」に色々解釈はあるんでしょうが,大会の運営側にとっては,本当に文字通り「予行演習」で,とりあえず練習なんで本番通りにやらなくてもかまわない,ってことなんでしょうね。All 中国人の審判団が許容されるのもそんな性格からなのかと。例えば,バルサが日本にきたときに,マリノスと親善試合を行うと思いますが,おそらく審判は全て日本人が務めることになるでしょう。所詮はプレシーズンマッチなんで,第三国の審判なんて呼ぶ必要はないんじゃん,ってことですよね。それと同じ感覚なんじゃないかと。このように解釈すると,この大会の運営全般に漂う適当な感じがうまく説明がつくような気がします。

まあ,せっかくやるんだから,できるだけ本番通りにやっといた方が本番に向けて安心できるんじゃないの,って私なんかは思うんですが,そこら辺は感覚が違うんでしょうね。

もっとも,そういう感覚を理解できていないのは,日本にいる人間ばかりではなく,フツウに削りにきた中国の五輪代表チーム(もっとも,彼らはフレンドリーマッチでも削りにくるタイプなのかも)や,完全アウェー仕様で笛を吹いてしまった審判や,熱くなって日本人の観客に罵声を浴びせた一部の中国人の観客などもそうだと思いますので,結局,そのあたりの「ズレ」が問題なんでしょうね。

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posted by coladevaca |15:41 | その他 | コメント(2) | トラックバック(0)
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