2011年10月12日

テレビ放映権,リバプール提案の衝撃。

Liverpool threaten breakaway from Premier League's TV rights deal

What Premier League big clubs must do to increase TV money

リーガのテレビ放映権を議論される際によく比較されるプレミアリーグですが,今回リバプールがいってみれば「リーガ方式」に変えたいと言い出したようです。リーグ一括ではなく,クラブの個別売りにすべきだと。

もっとも全てのテレビ放映権に関してではなく,インターナショナルなものだけ,ドメスティックなものは従来どおりという話のようです(頭打ちの国内分に比べ,海外分はfrom £625m for 2007‑10 to £1.4bn for 2010‑13と急速に伸びているためでしょう)。その理屈はバルサやマドリと同じで,一体どれだけの海外の人間がボルトンのゲームを見ているのかと(ボルトンという名前はリバプールの関係者がこのインタビューで語ったために出しただけで他意はありません)。

プレミア20クラブのうち14クラブが賛成しなければ変わらないため実現は難しいでしょうけどどうなりますか。

アメリカン・スポーツビジネス的な均等配分・戦力均衡って,時に普遍的な理屈のように語られたりしますし,確かにスポーツビジネスの場合,相手がいないと成り立ちませんから普通と同じような議論ができない面は確かにあると思いますが,じゃあかといってテレビ放映権料以外の収入にまでメスを入れて戦力均衡を実現しようという議論はあまり聞かないですよね。

今回アメリカンオーナーのリバプールが言い出しっぺというのが色んな意味で興味深いですよね。

リーガのところでも議論しましたが,リーグ一括で物事を扱うには「リーグ」という共同体意識が不可欠だと思いますが,プレミアリーグは様々なオーナーを迎え入れた結果,共同体意識がもしかしたら揺らいでいるのかもしれませんね。

(追記)

Manchester United and Chelsea refuse to back Liverpool breakaway plan

マンUやチェルシーはリバプールの提案を支持しないそうです。

国内分は成績とか視聴者数で変動する部分がありますが,海外分は今のところ完全な均等配分です。実際の落としどころとしては,それを国内分のように変えるぐらいのところじゃないでしょうか。

posted by coladevaca |19:26 | スポーツビジネス | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年07月16日

プラティニ「18歳以下の選手の移籍は禁止されるべき」/サラリーキャップもついでに。

UEFAのプラティニ会長、未成年の移籍禁止を提案
Michel Platini urges EU to relax inflexible employment law to safeguard youth
Michel Platini leads revolution over transfers

プラティニは,選手は育ったクラブと最初のプロ契約を結ぶべき,という彼にとってはかねてからの理想を実現すべく動いていましたが,今回,EUに対して,スポーツをEU労働法の適用除外とする案のドラフトを出したそうです。

6スポーツ団体は,”競争の完全性”を保つためのセーフガードとして以下の規制を主張しているそうです。

1.クラブごとにホーム・グロウン・プレーヤーズの最小限の枠を設けること
(これは現在,UEFAがUEFAカップやCL出場クラブにそういう枠を設けさせていますが,全てのクラブにそういう規制がかかっているわけではありません)
2.観客動員を向上させるためにテレビの生放送を規制すること
3.選手を借金で買った後に,負債で経営が苦しくなるクラブに対する懲罰のためのライセンス制度を導入すること
4.代理人の規則を改善すること
5.アカデミーの子供達に,選手として成功しなかった時のための,第2の職業教育を行うこと

上記の他に,規制の目玉として,18歳以下の選手の移籍禁止を提案しているというわけです。

「クラブは,地元の選手のトレーニングに投資すべき義務を負っています。」

「それらは単なるビジネスの問題ではないのです。若い選手の売買を停止し,彼らの成長のための具体的な提案が示されていかなければなりません。そうでなければ,若い選手達が人生の余りに早い時期からますます海外に出て行くというリスクが生まれることになります。」

UEFAのスポークスマンであるWilliam Gaillard.はこういいます。

「これは,プレミアのクラブ,または,他のメジャーなリーグのクラブが,アカデミーから選手を否応なしにとっていくことを止めることになるだろう。」

また,これらのルールによって,クラブの財務事情が改善するだろうといいます。

この発言や,プラティニの発言にも現れているとおり,具体的にやり玉に挙がっているのが,近年経済的に力をつけ,他のリーグのクラブとの経済格差が開きつつあるプレミアクラブであることは間違いありません。プレミアクラブの青田買いを禁止することが彼らの一応の目標ということになるでしょう。最近チェルシーや,マンUが15,16歳のイタリアの選手を獲得してちょっとした騒動になっていましたね。

プラティニを後押しするバイエルンの会長でカール・ハインツ・ルンメニゲはこういいます。

「我々バイエルンには,トニ・クロースという,最近行われたU-17世界選手権のベストプレーヤーがいる。そして,そこには20余りの彼に注目するイングランドのスカウトがいたんだ。それは良いことではなく,何かしなければいけないんだよ。」

プラティニと共闘するインターナショナル・ラグビー・ボードの法務部門のトップ,Darren Baileyはこういいます。

「我々のスポーツが著しい危険にさらされているんだよ。EUは,自分自身で決定を下す我々のような連盟を押しとどめ,不確かな法的フレームワークを作成し,スポーツを押さえつけているんだ。」

ラグビーにおいて,外国人選手の流入を食い止めたいといいます。

「我々の主要な関心は,選手達が自分の領域でプレーできることを確かめることだよ。」

「イングランドとフランスには余りに多くの外国人選手がいるんだ。私は,選手が海外へ技術を磨きにいっているという議論を聞いたけど,国内リーグ間が不釣り合いなことになっていなければそういうことは起きないと思うんだよ。」

スパーズに,16歳のジョン・ボストックを70万ポンド(約1億4800万円)で売ったクリスタルパレスのチェアマンSimon Jordanは,この動きを歓迎しているとします。

「ミッシェル・プラティニのやろうとしていることはファンタスティックなことだね。私は選手が自分のホームクラブと最初にプロ契約を結ばなければならないということを全く支持しているよ。なぜなら,そうすることでユースの育成が促進されるからさ。」

「私はちょうど今宝石を失ってしまった,そして,なぜ私がわざわざアカデミーを運営しなければならないのかと思っているよ。しかし,フットボールを例外とするために現行法が変更できると思うかい?他の職業においては,人々は自由に動き回る権利を持っているというのに。」

この動きを推進する勢力は,同床異夢であると思っています。大雑把にいって3つの集団があるだろうと思ってます。

第1は,プレミアクラブからの引き抜きを防ぎたい,バイエルンのような各国屈指のビッグクラブ達。
第2は,プラティニやDarren Baileyのような,フットボール(スポーツ)に国境の壁を再度高く築きたいとするナショナリスト及びそこから利益を得ようとする者達。
第3は,クリスタルパレスのような,国内的にも国際的にも弱小なクラブ達。

第3の集団にとっては,18歳以下の選手の移籍禁止が望ましいはずです。しかし,これは第1の集団にとっては望ましくないはずです。バイエルンのような国内屈指の強豪クラブにとっては,自らの青田買いはやりたい放題なのに,自分達より経済的に強力なプレミアクラブからの青田買いは禁止される,したがって,自分たちの青田買いの成果は維持できるというのが好都合のはずです。第2の集団にとっては,国境の壁を築くことさえできれば良いので必ずしも18歳以下の選手の移籍を禁止する必要性があるわけではありません。

というわけで,第1集団と第2集団にとっては,プレミアクラブを標的として「国境を超えた18歳以下の選手の移籍」だけを禁止すればこと足りるはずです。国内強豪クラブの我田引水とナショナリズムの結合ではEUが認めるはずもありませんから,若手選手の保護と育成クラブのモチベーション維持の名の元,一律の18歳以下の選手の移籍を禁止という旗を掲げているのだろうという推測が立ちますが,そのうち,海外移籍のみを禁止する,という主張がそれに代わって出てくるのではないか,と思ってます。

さて,このルールが導入されるとどうなるでしょうか。

仮に18歳以下の選手の移籍が一律に禁止されるなら,バイエルンが守りたいとするトニ・クロースは,そもそもバイエルンの選手ではないことになります。なぜなら,Greifswalder SC→F.C. Hansa Rostock→Bayern Munichというキャリアを彼が辿っているからで,このルールによればGreifswalder SC(現在,数クラブが統合されてGreifswalder SV 04になっているようです)に留まっていなければならない,ということになるからです。クレの苦い思い出であるところのセスク・ファブレガスも,元々は,CE マタロからバルサが青田買いした選手であることを忘れてはならないでしょう。

ここから,このルールの弊害が明らかになると思います。トニ・クロースは,彼程の才能があっても,18歳までは,Greifswalder SV 04という5部リーグのクラブに留まることを強制され,セスクも16歳でアーセナルでのデビューを飾ることなく,18歳までCE マタロという4部リーグのクラブで過ごさなければならなかったことになります。つまり,若い選手にとっては自分たちの才能を磨く機会を奪われ,それを開花させる道を閉ざされかねないことになるということです。これは選手にとっては決して好ましいことではありません。各記事のコメントに選手のものが無かったように,プラティニの議論には選手の視点が欠けているのは明らかです。

若手選手達はプロフットボーラーに,それも一流のプロフットボーラになるために元々所属していたクラブから離れていっているという現実を見るべきでしょう。彼らにとっては,どこでプロになるかよりも,とにかくプロになること,それも一流のプロになることの方が大事なのです。だからセスクは,チャビやイニエスタなどがいるバルサにはチャンスが乏しいとみてバルサから離れていったのです。彼にとっては,バルサでプロになることより,とにかくどこかで一流のプロになることの方が優先すべきことだったわけです。彼らの移籍は,両親や代理人が経済的利益に眼がくらんだから,という理由だけで起きているわけではありません。

なお,プラティニは,AS Joeufというチームで育ちましたが,プロ契約は育ったクラブとではなく,AS ナンシーと17歳で結んでいます。AS Joeufにはプロチームが無かったのかもしれませんが,彼自身も育成されたチームに18歳まで留まることは無かったようです。


Platini Calls For Salary Cap

ブラッターの「奴隷発言」とは裏腹に,ボスマン判決以降,選手の力は強くなってきており,それを反映して選手のサラリーも上昇を続けているのは周知の事実です。

お馬鹿経営者が多いフットボール界においては,身の程知らずにサラリーを選手に与えたり,移籍金を払ったりで,クラブを経営危機に陥らせることも少なくありません。

そこでサラリーキャップの出番というわけですが,今まではスポーツは特別なので違法なことをさせろとばかり望んでいた遵法精神に欠けるプラティニが,珍しく合法的にアプローチをしようとしています。

前にも出てきたUEFAのコミュニケーション・ディレクターであるWilliam Gaillardはこういいます。

「我々は,個々人にサラリーキャップをかけるのを,EU法の枠内において実施するのは,とても難しいということを知っているよ。しかし,我々は,クラブが,収入の一定割合をサラリーに費やすというキャップをかけることができるか,EC(欧州委員会)と話しあう必要があると思っているんだ。」

つまりは「チームキャップ」を導入したいということらしいです。

「それは55%,60%,65%あたりになりうるね。カール・ハインツ・ルンメニゲ(ECAのチェアマン)は,最近50%から55%でどうかと話していたよ。」

「ミシェル・プラティニは,これはクラブが望むものであり,我々はそれをサポートしようと思うが,一方的に強制することはしないだろう,といっていたよ。」

「チェルシーは,毎週マンチェスター・ユナイテッドとアーセナルを7-0で打ち負かすことを望まないだろう。誰もそんなのは見たくないのと同様にね。」

「彼らは強力な競争を望んでいるんだ・・・しかし,EUの競争法はそれを許さないんだよ。」

強力な競争を望んでいるのに,なんでそれをEUの競争法が許さないのでしょうか。

かなり前にも書いたことがありますが,スポーツとビジネスの2分法でいくと,UEFAのいう競争とは,スポーツ面では競争であるとしても,ビジネス面では非競争なわけですね。カルテルを結び,市場に規制をかけようという発想ですから,EUの競争法に反するということになるわけです。今までのヨーロッパフットボールはスポーツ面だけではなくビジネス面も含め,まさにクラブの存亡をかけた全面的な競争を行ってきたのに,UEFAはアメリカちっくにスポーツ面に競争を限定しようとしているというわけです。表では争うけど,裏では手を結ぶ。これに魅力を感じるかは人それぞれでしょうね。

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posted by coladevaca |08:53 | スポーツビジネス | コメント(8) | トラックバック(0)
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2008年01月30日

パウエル問題・・・両者の言い分を検討する。

パウエル契約で火花 タカ・オリが30日に協議

/*斎藤(ドジャース)や福留(カブス)らの代理人を務める水戸重之弁護士は「本人がサインしていれば写しでも有効。ソフトバンクとオリックスの契約はどちらも有効だが、球界の常識としては契約を先にした方を優先しなければおかしい。統一契約書を重んじなければ、球界は大変なことになる」と話す。*/

という一節がありました。法的には,「写しでも有効」というより,契約成立について契約書へのサインは必要ではなく,両当事者の意思表示の合致があれば契約は成立し,「写し」は,契約成立や契約内容についての証拠になる,という方が適切かと思います。

とすると,今の状況においては,二重契約の疑いがないわけではない,オリックス側と契約を結んだのだとしたらそちらが優先されるべきだ,ということになるでしょう。

ソフトバンク盲点突いた!オリックスからパウエル強奪

ソフトバンクがパウエル強奪 11日に獲得発表

オリックス、連盟に異議申し立て=パウエル問題で-ソフトバンク側は正当性主張

もっとも,上記の記事を読むと,今までの慣例として「写し」にサインすることは仮契約であっても正式契約ではない,とされていたらしいので,「写し」にサインしても契約成立の証拠にはならない,とする主張が当然出てきそうです。

/*「(統一契約書は)写しであり、正式な契約には至っていないという認識だが、その間隙(かんげき)を突かれた。まさに前代未聞」*/

これを読む限りは,契約が成立していないことをオリックス側は自認しているようです。

結局,「仮契約」を結んだことで契約が成立したといえるかどうかは,その段階でどのような合意に至っているのかによるわけです。私の感覚(それはすなわち,フットボール的感覚)でいえば,通常,メディカルチェックにパスするまでは,両当事者が選手契約を締結するという合意をすることは無いと思います。仮にそういう合意に「仮契約」で至っているとすれば,メディカルチェックをパスしなかったことを理由に選手契約を結ばないとした場合,選手側から契約責任を追求される可能性があるからです。

とすると,オリックス側が契約の成立に至っていないと自認するのはある意味当たり前のことだといえます。そうすると,オリックス側の憤りには以下の疑問があります。つまり,オリックス側の主張によれば,オリックス側には「仮契約」を結んでもその選手と契約しなくてよい自由がある(例えば,メディカルチェックにパスしない場合契約しなくてもよい自由がある)と思われるが,パウエル選手にはその自由はない,パウエル選手は「仮契約」を結んだ球団と契約しなければならない,といってるようなものだ,という点です。パウエル選手側からしてみれば,契約が成立するかどうかわからない状況においては,より良い条件を求めて他の球団と交渉し,契約を結ぶのは自由なはずです。それがフェアというものでしょう(なお,法的には,契約交渉段階における責任の問題がないわけではないです)。

仮にソフトバンクが「マナー」違反を犯したとしても,その「マナー」がそもそも選手にとってはアンフェアなものであるとすれば,オリックス側の憤りは正当なものといえるかは疑問です。「村社会」のルール破りが即不当なものであるとはいえないと思います。

なお,野球協約をみると,

/*第52条 (支配下選手) 選手契約を締結した球団は、所属連盟会長に統一契約書を提出し、 
その年度の選手契約の承認を申請しなければならない。 
ただし、次年度の選手契約は、その年度の支配下選手についてはその年の12月1日から、ま 
たその他の選手についてはその年度の連盟選手権試合終了の翌日から、選手契約の承認を申請 
することができる。 
連盟会長が選手契約を承認したときは、契約承認番号を登録し、その選手がその球団の支配下 
選手になったことをただちに公示するとともに、コミッショナーへ通告しなければならない。 

第53条 (契約の効力) 支配下選手の公示手続きを完了したとき、選手契約の効力が発生す 
る。 
また、選手は年度連盟選手権試合およびその他の試合に出場することができる。*/

ということで,野球協約上は,

統一契約書を提出→連盟会長による選手契約の承認→契約承認番号の登録→支配下選手の公示

という一連のプロセスを経て,初めて選手契約の効力が発生するということになるようです。つまり,野球協約上,単に選手契約を締結しただけでは,その選手契約は有効とはいえない,ということになるわけです。

/*「統一契約書に署名、捺印(なついん)を済ませている。日本で正式に支配下選手登録するためには、統一契約書(のサイン)は唯一無二」*/

とソフトバンク側が勝ち誇っているのは,仮にオリックスとの契約が成立していたとしても,選手のサインがある統一契約書を提出できなければ,少なくとも野球協約上はその契約は有効とはいえないと考えているのかもしれません。

いずれにしろ,契約成立には至っていないことを認識しながら,選手獲得を発表してしまったオリックスの脇の甘さは,プロ球団としては批判されるべきところだろうと思います。

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posted by coladevaca |15:05 | スポーツビジネス | コメント(50) | トラックバック(1)
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2007年10月17日

代表は,なぜクラブに「選手のレンタル料」を支払わないのか?

少し前の話ですが,我がバルセロナのラポルタ会長が以下のような発言をしたそうです。波紋を呼ぶバルセロナのラポルタ会長の代表軽視発言から引用すると,

/*バルセロナのラポルタ会長は7日のアトレティコ・マドリー戦後、フランスのテレビ局カナル・プリュスの取材に応じ、代表戦でクラブを離れることになる代表選手に向けて、次のようなメッセージを残した。

「これからまた、代表ウイークでクラブの試合は小休止となる。それはクラブにとってはプラスとなることではない。われわれのクラブの選手は代表でうまく調節して、筋肉の過負荷なく帰ってきてくれることを願いたい」

 ラポルタ会長は9月の代表ウイークの際、代表選手の貸し出しについてFIFA(国際サッカー連盟)やUEFA(欧州サッカー連盟)に金銭的補償を求める発言を行った。いまだクラブが無償で選手を代表に送り出している現状を「恥」とまで言い切った同会長だけに、今回の発言も再び波紋を呼んでいる。*/

だそうです。また,ラポルタ会長「うちの代表選手にはバルサに対する義務がある」では,

/*11日、「代表戦で手を抜くことはない」との反応を示したチャビ、ビクトル・バルデスの発言に対し、ラポルタ会長が「私が言いたいのは、彼らがバルセロナでのプレーを考慮しなければいけないということだ。これはクラブの会長として言わなければいけないことなんだ」との主張を繰り返した。

「前回の中断期間にて、代表戦で怪我をしたためにチームが必要とした選手がプレーできないという事態が起こった。彼らに給料を払っているのはクラブであり、本来選手はクラブのことを考えるべきなんだ」。

 彼は全ての選手が代表に呼ばれたいと望んでいることには理解を示しているものの、一方でバルセロナこそ彼らを起用できなければいけないこと、また選手達も「常にバルセロナでプレーできる準備をしておく必要がある」ことを強調している。*/

代表選手は,クラブに配慮して,代表戦(特に親善試合)では怪我をしないように手を抜くべきかどうか,意見が分かれそうな問題ですが,この発言の背景には上記にもあるように,クラブが無償で選手を代表チームに貸し出すことへの不満があるわけです。ここ2週間ばかりは代表ウィークということで,フットボール界は代表の話題が多くなっていますが,代表を考えるいい機会ともいえるわけで,ここでこの問題について考えてみようと思います。なお,ラポルタ会長の9月の発言は,これです。

選手とクラブの間には雇用契約が存在するため,クラブのために選手が働くのは当然です(労働者は,使用者に対して労働義務を負う(誠実労働義務・職務専念義務を含む))が,代表チームと選手は契約関係にはなく,したがって,選手が代表チームのために働くのは,少なくとも法的には当然ではありません。選手が代表チームのために働きたい,と思っても,選手を雇用しているクラブの側はほとんどの場合そうではありません。そこで,代表マッチを行うために,各国協会の規定などに基づいて「強制的に」「無償で」協会がクラブから選手を借りあげて,選手に働いてもらうことになるわけです。例えば,Jリーグクラブの場合,

/*日本サッカー協会基本規定54条
加盟チームは,所属選手が本協会により代表チームまたは選抜チーム等の一員として招聘された場合,当該選手を参加させる義務を負う。・・・

Jリーグ規約41条2項 
Jクラブは,所属選手が,代表チームまたは選抜チーム等の一員に選出された場合,当該選手をこれに参加させる義務を負う。*/

などの規定に基づいて,クラブは,自己の意思に反して,選手を代表チームにタダで「出向」させなければならないわけです。なお,選手個人についても,代表チームへの参加義務を負っており,代表チームへの参加を拒否することはできません。

/*Jリーグ規約88条
選手は,次の各事項を履行する義務を負う。
(7) 協会から,各カテゴリーの日本代表選手に選出された場合のトレーニング,合宿および試合への参加*/

最近「代表引退」という言葉がよく聞かれるようになりましたが,あれは,協会と選手,両者の合意の上での紳士協定のようなもので,協会があくまで選手を参加させようとすれば,現役生活をやめない限り選手の側が招集を拒否できないようになっているわけです(選手には,「クラブだけ」でプレーする道を選ぶ自由はない)。後述するように,エトーさんは,代表選手を「戦争に向かう兵士」に例えていますが,同じ兵士でもシステムとしては「志願兵」ではなく「徴兵」に近い感じといえます。

世の中には,確かに,ある種の「公益」に基づいて,自己の意思に反して何かを強制されるということがあります。わかりやすい例でいえば,空港を作るために嫌々ながら農家は自分の土地を手放さなければならない,みたいな話のことです。しかし,その場合においても,農家は何らかの損失補償を受けることができる,というのが社会における常識です。例えば,我が憲法29条3項は「私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために用いることができる」としています。公共の利益のために私有財産の剥奪・制限をする際には,正当な補償が必要だ,という理屈の背景には,「公益,つまり,みんなの利益を得るためにかかるコストはみんなで負担すべきである,そうするのが公平だ」という考え方があります。だから,私有財産を剥奪・制限された人に国が補償をし,税金という形で広く国民に負担を転嫁することになるわけです。

代表チームの活動が,ある種の「公益」に基づくものであるとするならば,その活動を行うにあたり生じるコストは本来みんな(フットボール界全体)で負担すべきものといえるでしょう。代表選手が怪我をしたら,その治療費は広くみんなで負担すべきですし,代表の活動時間分の選手の給料は,広くみんなで負担すべきものといえます。また,代表チームの活動が,ある種の「公益」に基づくものだとしても,一方で,FIFAや各国協会などが自己の経済的利益を追求するビジネスでもあることもまた否定しがたいように思います。そうだとすると,そのようなビジネスにかかるコストをなぜクラブが何の見返りも無しに負担しなければならないのか,ということも当然いえるわけです。

このように考えると,ラポルタ会長のいうとおり,FIFAや各国協会などが,代表の活動で生じるクラブの損失を全く負担しないのは,明らかにおかしいと思います。とりあえず原則的には,FIFAや各国協会などは,選手の給料を日割りにして代表の活動日数分の給料を負担すべきであり,さらには,選手が怪我をした場合にはその治療費も負担すべきだといえるでしょう(なぜなら,モノを借りた人は,借りた時と同じ状態で貸した人にモノを返すべきだからです)。

逆に,なぜ補償しなくていいのか,といわれた場合に,どんな理屈があるでしょうか?

「今がそうだから」という理屈にならない理屈を除くと,1つには,代表選手を抱えるクラブは,基本的にはビッグクラブであり,そうだとすると,代表選手を抱えることによる負担が存在することにより,中小クラブとの戦力の格差が縮小するので,リーグの戦力均衡に資する,というものがあるかもしれません(他にも何かありますかね?)。もっとも,それは余り説得的な理由付けとはいえません。戦力均衡を考えるなら,ビッグクラブから中小クラブに直接資金を移転した方が効率が良いはずだからです。

ところで,我らがエトーさんは,この件について以下のように述べています。

/*「万が一僕が代表の試合で故障しても、僕の国や協会がその治療費を出せるとは思えない。その点を考慮して欲しい。アフリカには貧しい国がたくさんあるから、こういう費用を捻出することさえ出来ないんだ」と語るエトー。一番の解決法は、保険をかけることだと提案する。「クラブも代表も満足するためには、保険をかけることが一番いいんじゃないかな」とのことだ。*/

/*エトーは「代表が選手を招集するためにお金を払うなんてやりすぎだよ。みんな自分の国のために戦うんだ。大げさだよ」と反論する。「自分の国のために戦う気持ちにお金なんてかからない。それはフットボールにとって一番美しい感情なんだ。国歌が響いて、何百万人もの人たちを代表して戦うのは、戦争に向かう兵士のようなもの。この気持ちはお金で解決することじゃない」とラポルタ会長に反論している。*/

まず,後半部分からいくと,エトーさんの理屈から抜け落ちているものがあるとしたら,それは「戦争するにはお金がかかる」ということでしょう。確かに,祖国のために戦う兵士は,自分の国を思い,裸一貫で招集に応じるなり志願するなりすればそれで済む話ですが,当然ながら兵士の装備,食料,医薬品,給与・・・etcは誰かが調達して用意しなければ戦争なんてのはできないわけです。ラポルタ会長は,いわば「ある国(=各国協会)が,他の国(=クラブ)の予算から強引に戦費(の一部)を調達して戦争(=代表マッチ)をやっている」から問題にしているわけで,したがって,エトーさんの議論は,ラポルタ会長の議論に対する反論にはなっていないと思います。

前半部分ですが,確かに,アフリカなどの貧しい国の協会は,選手の治療費などを出せない可能性は高いと思います(ディウフ選手によれば,帰国のための飛行機代さえ選手の自腹だとか)。したがって,前述の原則通りに,個々の協会に選手の給料の日割り負担とか,治療費の負担をしてもらうのは普遍的な制度としては困難だと思います。そこで,エトーさん提案の保険というアイディアが出てくるわけですが,フットボール選手の怪我の頻度を考えると,民間の保険会社が請け負ってくれるのかは少々疑問なところもあります。そうすると,国連の分担金のように裕福な国にある協会に多くを負担して貰うことを前提に,代表関連のビジネスからあがった利益の一部を各国の協会にプールして貰って基金を作り,その運用益から治療費や給料支払いにあてる費用を捻出するのはどうだろうか,と思います。

なお,ブラウグラナさんのところの記事によると,この問題について話しあうFIFAの検討委員会が,ラポルタ会長を委員長として設置されることになったそうです。

ブラウグラナさんのところに載っているラポルタ提案のうち(第1の提案は既に議論済み),

●親善試合に関しては、参加の可否を選べる。
●親善試合の数を減らす。

のうち,まず後者については,クラブも一緒に親善試合を削減して(集金ツアーをやめるか,大幅に削減する),選手のフィジカルにキチンと配慮した日程を組むべきだと思います。同時にムダに公式戦を増やすこともやめるべきでしょう(CWCみたいな)。

前者については,なかなか難しい問題ですね。親善試合に関する参加義務を撤廃すると,選手が代表チームに参加しなくなるかどうかはやってみないとよくわからないので。とはいえ,単純に「お金をくれるクラブと,お金をくれない代表チーム,どっちに配慮する?」ということを考えると,前者に配慮する選手が増えそうな気がします。もっとも,クラブの損失が補償されるとなると,クラブの代表チームへの抵抗感が弱まり,クラブが選手に代表不参加の圧力をかけることが少なくなることも予想されます。一方で,義務だからという理由で嫌々参加するようなのであれば,別に参加しなくてよい,といえる気もします。そうすると,参加の可否を選手が選べることにしても別によい気がしますね。

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2007年07月21日

プロ野球選手会がNPBや12球団を提訴へ。・・・遂に「保留制度」の是非が司法の場で問われる時がきた。

プロ野球選手会 NPBや12球団相手に民事訴訟へ
プロ野球選手会が提訴へ FA取得期間短縮など要求

やっと来るべきモノが来たという感じです。

以前,当ブログでプロ野球の裏金問題について色々書いたときにとりあげた「保留制度」(「保留制度」って何?という方は以前書いたこの記事に軽く「保留制度」についての解説を書いたので参考にしてみて下さい)。繰り返しになりますが,「保留制度」というのはプロ野球選手への権利制限の中核的制度というべきもので,これに比べればドラフト制度による権利制限などとるに足らないものです。仮に「保留制度」が司法によって違法と判断された場合には,プロ野球選手と球団との関係が180℃ひっくりかえるといっていいほどのインパクトがあるといえます。しかも,そのインパクトはプロ野球のみならず,他のプロスポーツ,例えば,Jリーグなどについても間違いなく波及するものと思われます。

以下,「保留制度」に関する法的問題について書いてみたいと思います。

従来,この問題を論ずるにあたっては,まずプロ野球選手が,球団に対していかなる法的地位に立つものなのかを論ずることが多かったようです。いわゆる選手契約の法的性質論です。端的にいえば,選手と球団との間の契約は,

「請負契約か,雇用契約か」

という問題です。

請負契約とは,当事者の一方が仕事の完成を約束し,相手方がその仕事の結果に対して報酬を支払うことを約束する契約をいいます(民法632条)。

雇用契約とは,当事者の一方が相手方に対して,労務に服することを約束し,相手方がこれに対してその報酬を支払うことを約束する契約をいいます(民法623条)。

なぜこれを論ずることが多かったのかといえば,これをどう考えるかによって適用される法律が変わってくるといわれきたからで,具体的には,プロ野球選手と球団との関係に独占禁止法の適用があるかないかの分かれ目になるといわれていました。なぜならば,公正取引委員会が,プロ野球選手と球団との契約は,雇用契約であって「取引」とはいえず,したがって,プロ野球の取引慣行については独占禁止法の適用は無いという見解に立っているからです。昭和53年3月2日の参議院法務委員会における戸田嘉徳公正取引委員会事務局長の発言を挙げておきます。

/*○政府委員(戸田嘉徳君) 独占禁止法の第二条第六項で、「取引の相手方を制限する」というふうに規定してございますが、ここに言いますところの「取引」という中には、いわゆる請負契約、これは御承知のように当事者の一方がある事業を完成することを約束しまして、それに対して他の一方がその仕事の結果に対しまして報酬を払う、こういう契約でございますが、かような請負契約は一般的に含まれるものと解されております。しかしながら、雇用契約、これは御承知のように当事者の一方が使用者に対してその使用者の労務に服するということを約しまして、使用者の方がこれに対して給料等の報酬を支払う、こういうことを約する契約でございます。その契約の内容は、まあいわば一定の賃金を得まして一定の雇用条件のもとで労務を供給すると、こういう契約でございます。さらに申しますと、この契約は、非独立的な従属的な状態の時間的に束縛をされた労務を提供すると、かような契約でございます。かような雇用契約は、いわゆる独禁法に申しますところの「取引」には含まれない、かように解されてきております。
 いまお話のございましたところのプロ野球選手契約でございますが、この性格につきましては必ずしも一定した解釈が確立していないようでございますが、私どもといたしましては、これはきわめて雇用契約に類似した契約である、したがいましてこれは独禁法上問題としがたいものと、かように考えて従来運用をいたしてきております。*/

しかし,この問題については,戸田さんもおっしゃっている通り解釈が確立されているとはいえず,例えば,国税当局は,プロ野球選手を所得税法上,事業所得者として扱っており,つまり,プロ野球選手と球団との間には請負契約が結ばれているとみており,公的機関の間でも意見が分かれることになっています。

他方,学説上は,雇用契約説が多数説です。色々理由が挙げられていますが,その中で重要なのは,

1.上記に挙げたように請負契約は,特定の仕事の完成を目的とするものであるのに,プロ野球の場合,何が仕事の完成にあたるのかがよくわからない。それよりも,プレーという労務の提供とその対価たる報酬の支払いの関係とみる方が自然だということ。
2.プロ野球選手は,チーム/球団の一員としての行動を余儀なくされるのが通常で,つまり,非独立的で従属的地位に置かれるのが通常であるから,独立的地位にある事業者とみるのは無理があるということ。

だと思います。私も,基本的には,雇用契約説を支持してよいかと思います。

なお,これらとは別に,労働法上プロ野球選手はどのような存在か,という問題もあり,プロ野球選手は,労働組合法上「労働者」であり,プロ野球選手会は労働組合だとするのが,労働当局の扱いです。しかし,労働基準法上の「労働者」ではなく,したがって,同法の適用は無く,労働基準法と同じ基準で「労働者」かどうか判断される労災保険法等の適用もないとされています。

さて,そうしますと,公正取引委員会の見解に従うならば,「保留制度」には独占禁止法の適用はない,ということになってしまいそうです。

ところで,その理由として雇用契約は独禁法2条6項の「取引」にあたらない,ということがあげられていましたが,これには注意が必要です。というのは,そもそも戸田さんが問題にしていた独禁法2条6項の「対価を決定し,維持し,・・・取引の相手方を制限する等」の部分は,不当な取引制限の行為態様を例示したものだと解されているからです(日本語的にもそう考えるのが素直です)。つまり,その部分は,不当な取引制限に該当するか判断するうえでの要件とは厳密にはいえないということです。

公正取引委員会の見解をもう一度確認しますと,プロ野球選手と球団との間に請負契約が結ばれているならば,つまり,プロ野球選手が事業者であれば,「保留制度」等は,球団(事業者)が,他の球団(他の事業者)と共同してプロ野球選手(事業者)との取引を制限するものとして独禁法の適用対象となりうるが,プロ野球選手は事業者ではなく,球団と雇用契約を結んでいる労働者なので独禁法の適用対象から外れる,というものだと思います。

前述の不当な取引制限の行為態様を例示したものだとするのをふまえて,公正取引委員会の見解は,私見では,独禁法2条6項の「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」の「一定の取引分野」に,プロ野球選手と球団との間で行われる取引は含まれない,もっといってしまえば,いわゆる労働市場はそこには含まれないという見解だと考えます。

独占禁止法の適用対象となるべき「一定の取引分野」≒「市場」(両者は厳密にいえば異なる概念のようですが,とりあえず同じとして扱います)とは何でしょうか?。「一定の取引分野」≒「市場」とは,独禁法2条4項にいう「競争」がおこなわれる場をいいます。2条4項をみますと,色々なことが書いてありますが,ここで注目すべきなのは,やはり事業者という文言があること,つまり「競争」とは事業者が行うものであること,いいかえれば,検討対象となる「市場」における供給者は事業者でなければならないという前提に立っていることです。

そこで,やはりプロ野球選手の事業者性が問題になってくるというわけです。

それでは,事業者とは何か?事業者とは,事業を行う者をいいます(独禁法2条1項)。しかし,これだけでは何をいっているかわからないので,結局,事案ごとに総合的に判断するしかないとされています。

この事業者要件は,独禁法の制定当初は労働者や労働組合を違反主体・規制対象から外そうとする意図もあって置かれたらしいのですが,白石忠志教授によれば,

/*過去においては,事業者という言葉を出発点として演繹的にその解釈が論ぜられていたが,近年においては逆に,弊害要件を満たす可能性のある者はすべて事業者に該当するように事業者の要件を解釈するという帰納的解釈が主流となっている。・・・現在では,後出の芝浦屠場最高裁判決の定式も含め,消費者以外は事業者に該当し得る,という程度の意味しか持たない要件となっている。*/

のだそうです。なお,上記にいう弊害要件とは,「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」または「公正な競争を阻害するおそれ」など市場での弊害を示す条文上の要件をいいます。

上記に挙げられている芝浦屠場最高裁判決(最判平成元年12月14日民集43巻12号2078頁)の定式とは,

/*独占禁止法二条一項は、事業者とは、商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいうと規定しており、この事業はなんらかの経済的利益の供給に対応し反対給付を反覆継続して受ける経済活動を指し、その主体の法的性格は問うところではない*/

という最高裁の判断のことです。この最高裁の判断は,

1.事業者とは,何らかの経済的利益を供給する者である。
2.事業者とは,経済的利益の供給にあたって,反対給付を反復継続的に受ける者である。
3.事業者に該当するか否かを判断するにあたっては,主体の法的性格を問う必要はない。

ということ主としていっているものと思われます。そうしますと,プロ野球選手は,プレーという「商品又は役務」(独禁法2条4項)を供給しているといえるので1.の要件を充たし,そして,球団から年俸を複数年に渡って受け取っているわけですから2.の要件も充たすのではないか,と思われます。3.について,白石忠志教授は,

/*個人も,事案に照らして,事業者に該当するとされる場合がある。・・・労働者は事業者に該当しない,と論ぜられることもあるが,資格者や有名人が労働をした場合には事業者とされるのであって,一律に労働者を事業者から除外することは,整合性の観点からも基準作りの観点からも容易ではない。労働者が労働組合などにおいて団結しても独禁法に違反しないのは,労働者や労働組合が事業者にあたらないからではなく労働関係法令に準拠した行為であるために正当化されるからだ,と説明するほうが,首尾一貫しているように思われる。*/

としています。そうしますと,たとえプロ野球選手が球団と雇用契約を結ぶ労働者であると解釈したとしても,プロ野球選手を独禁法上の「事業者」から排除する理由にはならないのではないか,といえると思います。

事業者性を判断するにあたっては,事案に照らして判断しなければいけないとされますが,この点で参考になるのがアメリカにおける事案の判断です。

アメリカにおいても,日本と同じように,選手は労働者であり,球団と雇用契約を結ぶ存在とされています。アメリカでは,反トラスト法(我が国の独占禁止法に相当)が制定された当初は,労働組合の活動は,労働市場の制限であるとして厳しく制限をうけていました。しかし,労働関係法が整備され,労働組合の活動=労働市場の制限は,反トラスト法の適用から除外されるべきではないか,という議論がおこり,実際に反トラスト法に組合活動が反トラスト法の適用を免れる規定が創設されることになったそうです。

そこで,やはり日本と同じように,労働市場の制限は,反トラスト法の適用を免れるのであるから,労働市場であるところのプロ選手市場の制限においても反トラスト法の適用は無いのではないか,という議論がもちあがりました。これについてもやはり諸説あるのですが,少なくとも,スポーツケースにおいては反トラスト法の適用を司法は肯定しています。その理由についてですが,ようするに労働市場の制限が反トラスト法の適用を免れるのは,組合=被用者の利益を保護するためであり,そこから,労働市場における使用者の取引制限まで反トラスト法の適用を免れると解釈すべき合理的理由が存在しない,というのが大きい理由のようです。つまり,被用者=労働者による労働市場の制限は合理的な理由があり反トラスト法の適用を受けるべきではないが,使用者による労働市場の制限は合理的な理由が無く反トラスト法の適用を受けるべきである,ということです。

我が国においても,確かに,プロ野球選手=労働者やプロ野球選手組合の活動を独占禁止法の適用から除外することに合理的な理由が存在すると思いますが,その理由から,使用者であるところの球団の取引制限までを肯定することは困難であるといえ,プロ野球の取引慣行に対する独占禁止法の適用を除外する理由にはならないと思われます。

以上のように,少なくとも,プロ野球選手は労働者だから,事業者ではないから「保留制度」に独占禁止法の適用はない,とする公正取引委員会の見解は否定されるべきものと考えます。

(次回以降に続きます)

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2007年04月06日

プロ野球裏金問題について・・・裏金を「貰う側」の理屈から見えてくるものがある。

西武球団の調査委員会が中間報告を明らかにし,アマ関係者170人に謝礼を渡していたこと,さらには契約金/報奨金の前渡しを名目とする金銭の授受や契約金の最高標準額を超える支払いがあったことなどが明らかになり,新聞の一面を飾る大ニュースになったのは皆さんご存知のとおりです。衝撃は衝撃ですが,ある意味「想定内」でもあった今の事態。世間的には,

どうせ他の球団もやっているのであり,事実を徹底的に調べて膿みを出すべきだ。「プロ野球が壊滅する」とかいって他の球団が隠蔽することを許すべきではない。

というような意見が主流のように思います。それは真に正論であって,それに対して別に文句をいうところも無いんですが,そう同じような意見ばかり出てもおもしろくないだろう,ということで,今回もまた少しおかしなことを書いてみたいと思います。これを考えるキッカケになったのは,またも日経新聞の記事です。私は,別に日経の回し者というわけじゃありませんが,経済を得意とする新聞だけあって「お金」に関してはなかなかおもしろいところをついています。以下抜粋して紹介します。

これによれば,

/*「育ての親」としての見返りがあるのは当然とするアマチュア側の風潮*/

があるといいます。なぜそういう風潮が生まれるのかといえば,

/*教え子がプロに入った時が,アマ指導者がお金の面で報われる唯一の機会*/

といえるからです。例えば,

/*甲子園で実績を残す名物監督になるほど,社会的地位が高くなり,教え子から冠婚葬祭に招かれる機会も増える。教員給与からひねり出すポケットマネーだけでは,とてもやりくりできない。*/

というような状況に置かれたときに,

/*教え子の契約金の一部は指導者のもの*/

という発想を持つ人が出てくることになります。ルール通りにやったら

/*(お金の面でいうと)高校野球の指導者は割に合わない商売*/

だといいます。また,

/*選手の保護者も,子供の進路の要所で,指導者への謝礼が必要なことは承知している。・・・「複数校から誘いが来る子には無縁の話だが,少し力が落ちる子は中学野球のクラブチームの指導者やオーナーに口利き料を払い,名門校に入れてもらっている様子だった」*/

と元高校球児の父親は証言したそうです。記事は,

/*プロ,アマに限らず,人の動くところ,金がついて回らないことはないという現実を調査報告書は明らかにしているようだ。*/

という言葉で締めくくっています。

さて,これを読んで皆さんどう思われたでしょうか?アマチュア野球的理屈でいえば,「学生野球は,あくまで教育の一貫として行われているのであるから,学生野球の指導者もあくまで"教育者"であって,商売人ではない。高校野球をあたかも"生徒を育て,売り払う場"であるかのように考えるのがそもそもけしからんのだ」ということになるのでしょう。よくある「人身売買」という批判もこれとほぼ同じですね。

しかし,私は,この理屈には違和感を覚えるところがあります。なぜなら,この意見からは

「選手を育てるコストの公平な分担」

という視点が全く欠落しているからです。言い換えれば,

「人身売買うんぬんという批判は,選手育成におけるプロ野球界のフリーライド(タダ乗り)を奨励している」

といえます。つまり,学生野球の指導者が注ぎ込んだ労働力の結晶であるところの「選手」をプロがタダでGetしても何の問題もない,大いにやるべきだ,といってるようなもの,というわけです。確かに,「それでも構わない。学生野球は,あくまで"教育の一貫"であり,したがって,あくまでボランティアでやるべきだ」という意見はありうるでしょう。選手を特別に力を入れて育てなくてもいいじゃないか,「教育の一貫」としてボランティアでできることだけをやればいいじゃないか,という感じで。

その場合どうなるでしょうか?選手育成が須くボランティアな仕事になった場合,これは私の議論の前提でもあり,私の議論の核心でもあるのですが,今の現状に比べて,選手育成のために一生懸命働く指導者の数が減る,したがって,有能な選手が育つ機会が失われ,有能な選手の数が減っていくだろうと思います(私は,誰もがボランティアでも一生懸命働く,という現実離れした楽観的な見解を相手にするつもりはありません)。その場合,困るのは誰でしょう?それは,まず,若年期の選手育成を全てアマ側に投げている「プロ球団」でしょう。有能な選手の数が減っていく結果,プロ野球自体のレベルも下がることも当然考えられます。ファームで育てて帳尻をあわそうとしても,球団数が多くなく,また,選手生命も決して長くない状況においては,長期的にみて地盤沈下が起こるであろうことは疑いのないところだと思います。また,プロ野球のレベルが下がれば,レベルの高い競争状態を楽しむことができなくなる「ファン」にとっても不利益となるでしょう。

なお,「アマチュア球界」にとってはどうかというと,例えば,有能な選手の数が減れば,当然,高校野球界のレベルも下がるでしょうから,最大のドル箱である「甲子園」の魅力も低下するかもしれませんが,そもそも「甲子園」がレベルの高い競争状態を楽しむ場かどうかは疑問もあることから,プロ野球に比べれば影響は限定的でしょう。

このように考えると,世間的に考えられているのとはまた別の側面で,今,野球界は岐路に立っていると思われます。すなわち,

「若年期の選手育成において,アマチュア/学生野球の理屈を貫いて,野球界全体の競技レベルの低下を招くべきかどうか」

ということです。

ドラフトを完全ウェーバー制度にして,全く裏金問題が無くなったと仮定した場合,「誰もがボランティアでも一生懸命働く」という非現実的な前提に立たない限り,学生野球の指導者が,現状よりも選手育成に対するモチベーションを失うことは明らかです。このような問題に対しては,プロ野球界の「戦力均衡」と「学生野球の指導者の選手育成に対するモチベーション維持」の調整を図るために,完全ウェーバー制度をとったうえで,何らかのプロ側からアマ側への育成費支給制度を創設することが解決策として考えられるところですが(といっても,どのようにお金を分配するか,など問題は山積みだと思いますが),これを正面から認めると,もはや「アマチュア」「教育の一貫」というのは看板だけとなってしまうでしょう。つまり,正面から「選手を育てて,売り払う」「人身売買」を認めることになるわけですから。「現実」を追認するだけ,ともいえますが,頭の固い人達からは相当の抵抗が予想されるように思います。まあ,その頭の固い人達にとって,企業スポーツがアマチュアだというなら,「人身売買」もアマチュア/教育だということになっても何の不思議もないように思いますけど。

私は,定められたルールが,あたかも存在しないが如く,恒常的に,プロ側によってもアマ側によっても「脱法」されているのには,それなりに考慮すべき原因があるように思います。今後,その原因をキチンとふまえた上で解決策を打ち出すことが求められているのではないでしょうか。

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posted by coladevaca |19:16 | スポーツビジネス | コメント(11) | トラックバック(0)
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2007年03月20日

フットボール人間が,「NFL」を学ぶ。

最近,スポーツビジネスに関して適当にそれらしきものを語ったが,そこで「NFLの経営をおさえろ」みたいなレスを貰ったので,じゃあ,少しおさえてみるか,と読んだのがこの本。

種子田 穣 『史上最も成功したスポーツビジネス』 毎日新聞社,2002

経営学の先生でもあり,熱狂的なアメリカンフットボールファンであり,プレーヤーでもある1人の変人による渾身の一冊らしいのだが,ご本人が語るとおりNFLの強みの「一部」を伝えるものにとどまっている。正直,中身が薄いうえに,体系だって書いてないので読みにくい。まあ,「アメリカンフットボールとかルールさえよく知らんし」な私がイメージだけでも 掴めたのでまあ値段分の元はとれたと思いますが。

適当におもしろかった点を書いていくと,

まず完璧に初歩的の知識だけど,驚いたのが,NFLのレギュラーシーズンの9月上旬~1月上旬までという短さ,試合数はたった16試合という少なさ。期間の短さは,もともとMLBとの競合を避けるために期間をズラしたからだったらしいけど,試合数の少なさは,アメリカNo,1スポーツとなった今は,1試合の価値を高める戦略をとっているかららしい。

案外プロアメフト自体の歴史が古い。例えば,1899年にカージナルスがプロチームとして誕生したらしいが,これは我がバルサを,カンス・ガンペールが創設したのと同じ年。この頃のバルサは,当然ながらまだプロ選手がプレーするチームではない。バルサ初(それはスペイン初でもあった)のプロ選手,ジョセップ・サミティエールが誕生するのは1918年である。

ピート・ロゼールという28年間もその地位にあったカリスマ(?)コミッショナーにより,NFLの基礎が作られた。メディアの活用や,「NFL」というブランドの管理,AFLとの合併,リプレイスメントでストを乗り越え,年俸の高騰を防ぐ,など。川渕三郎みたいなものである。AFL以外にもNFLには,しばしばライバルである別リーグが登場するのがなかなかおもしろい。

ヘルメット→ファンから顔が見えない→スター選手が生まれにくい→ファンは選手のファンよりチームのファンになりやすい,理論。

NFL運営システム

も参照。

NFLは,長い歴史の中で,経営手法が徐々に洗練されていったわけなんだけど(つまりは,設計主義的にうまくいったわけではない),やはり印象的なのは,NFL・コミッショナーというリーグ組織の有する巨大な権限。私がそれなりに知識のある,欧州のフットボール,Jリーグ,日本のプロ野球,などの場合は,程度の差はあれ,いうなれば「クラブの連合体」という印象なわけだけど(JリーグはもっともNFL寄りだと思うが),NFLの場合は,とにかく「NFL」「NFL」「NFL」という感じで,リーグ組織が一番威張っており,そこが主体となって何でもやるという感じなわけです。例えるなら,前者は,アメリカやドイツのような「連邦制(地方分権型)国家」であるのに対し,後者は,日本やフランスのような「中央集権型国家」という感じでしょうか。欧州型,北米型という分類もありうると思いますが,私は,国家制度に例える方が,(リーグとチームという)組織の力関係がどうなっているか,すぐにイメージできてわかりやすいと思います。

では,NFLと欧州のフットボールの「根本的な差」は何でしょう?

この本によれば,チームとは,「オーナーのものであり,ファンのものであり,地域のものである」とされるけど,私にいわせれば「その前にNFLのものである」ということになると思います。チームは,フランチャイズ権とかいってNFLから許可を貰わないと作れないし,時にはフランチャイズ移転とかいってNFL全体の利益なりオーナーの利益なりで地域から移っちゃうわけで,「ファンのものであり,地域のもの」であるというのは,NFLの意向に沿う限りでそういえるにすぎません。先の国家に例えた話でいうなら,「東京都」が,日本国がそのような行政区分を設けているから存在しているにすぎないのと同じ感じです。所詮は,「地方自治体」にすぎないというわけです。アメリカ合衆国の「独立13州」のような,アメリカ建国前から存在した「独立した国」とは全然重みが違います。そう,「独立した国」のような地位にあるのが,欧州のフットボールクラブだと思います。NFLのチームとは全然重みが違うわけです。「NFLあってこそのチーム」か「クラブあってこそのLFP」か。この認識の違い,「主語」の違いが「根本的な差」だと思います。

NFLの場合,チームはタイトルを目指して戦い,競うけれども,私は全体として「ショー」的要素が強いと思います。チームは,いくら負け越しても,一定の収入は保障され,下部リーグに降格するでもなく,一定の有力選手も自動的に分配される。すなわち,「生存」は保障されています。HPにもあるように,NFLは,「最高のレベルで戦力の均衡したチームが繰り広げる競争状態」により,「リーグ全体が継続的に繁栄しアメリカ全土を熱狂させる」ことが目標,つまり,「NFLとしておもしろいものであること」が目標なのです。「NFL」が「生存」を賭けて戦っているとしたら,それは「MLB」や「NBA」,「NHL」などが相手ということになるでしょう。一般的な日本人が知っている例で,NFLに一番近いのは,ジャンルは全然違うし,チームスポーツでもないけれど「プロレス団体」「総合格闘技団体」だと思います。「新日」や「PRIDE」みたいな。

一方,欧州のフットボールの場合,例えば,我がバルサは,「LFPとしておもしろいものであること」のために戦っているのでしょうか?ほとんどのバルセロニスタはこんな風にいうと思います。「馬鹿いっちゃいけない。俺達は,我らがクラブ/街/カタルーニャの誇りのために,”美しく勝利する”ために,マドリーの連中を打ち負かすために,そして”生き残る”ために戦ってる」のだと。欧州のフットボールの場合,「ショー」的要素はもちろんありますが,NFLと比べて顕著なのは,「競争」要素が極端に強いこと,それはあたかも「生死をかけた”独立した国”同士の戦争」のようです。負け続ければ底なしに落ちていくし,収入は原則として自分達で手に入れるしかないし,選手も自分達で育てるなり買ってくるなりしなければならないし,「生存」競争に打ち勝つのは大変です。我がバルサは「LFP」として戦っているのではなく,「バルサ」として戦っているのです。

前に,スポーツビジネスには2面性がある,ゲームでは「競争」だけれども,ビジネスでは「共存共栄」だ,ということを述べました。NFLがこの定石にしたがって,ゲームとビジネスを明確に分離し,ビジネスにおける「共存共栄」の手法を独自に洗練化させていった結果,ゲームの「競争」のレベルをも高めることができ,質の高い「ショー」として観客を「熱狂」させることに成功しています。一方,欧州のフットボールは,この定石を破って,どちらも同じように「競争」原理を貫いた,その結果,まさに生きるか死ぬかの「戦争」が実現し,観客を「熱狂」させることに成功しています。どちらの「熱狂」がいいかは価値判断の問題でしょうが,前者が「安全で/管理された/理性的な」熱狂であるのに対し,後者は「危険で/混沌とした/本能的な」熱狂である,という感じがしますね。端的にいえば「劇場か,それとも,戦場か」の違いということだろうと思います。

この2つはおそらく両極端にあるモデルだと思うので,ほかのスポーツビジネスは,この両者の中間に位置することになると思われるけれども,そもそもこのような話題をとりあげることになったキッカケである日本のプロ野球の改革についていえば,おそらくはNFLモデルに近づいていくのがいいのだろうと思います(特に「選手」の目線を抜きにすれば)。改革のために打破すべき「既得権益」「抵抗勢力」は色々ありますけど,「中央集権型国家」モデルに,例えば熱狂的だといわれる阪神ファンがどれだけ抵抗感を示すか,といえば,フットボールで考えられるレベルには明らかにないだろし,戦う相手として「Jリーグ」というのもあるわけです。いくらわが国でプロ野球の人気が高かろうとも,球団はわずかに12しかないなど,NFLのようにアメリカで成功しすぎたがゆえにアメリカ市場で飽和状態,マンネリ化を防ぐために外に飛び出さざるをえない,という状況にもないわけですから,「プロ野球」として「Jリーグ」を相手に戦う,というのは悪くない気がします。今の地位からすれば,マジメにやれば,ほぼ勝利を約束されているといってもよい「戦い」なわけですし。もっとも,その「今の地位」というのがクセモノなんでしょうね。

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posted by coladevaca |22:42 | スポーツビジネス | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年03月15日

プロ野球の裏金問題について・・・ドラフト改革の方向性を考える(その2)。

疑問その2・・・ドラフト制度の「必要性」と「妥当性」を分けて議論する必要があるのではないか?というか「保留制度」についての話。

ドラフト改革の方向性を考える,というタイトルにもかかわらず,前回は,ドラフト否定論っぽい中身になってしまいましたし,今回は,おそらくドラフト制度から形式的にはかなり外れたところにもいくことになると思います。

まず前回の内容および皆様方のレスを自分なりに検討した結果をまとめてみたいと思います。ドラフト制度の存在理由(必要性)として,一般的に以下のものがあるといわれています。

1.戦力均衡→ファンにアピールする予測のつかないゲーム→観客増→安定経営という「共存共栄」のサイクルに貢献する。
2.契約金の高騰化を防ぐ。

このうち,1については,前回いろいろ書きましたが,皆様のレスをみてみるとやはり認めざるを得ないところだと思います。自分でも書いていて若干難癖つけている感があるな,と思ってましたし(笑)。

2については,ほとんど皆様のレスが無かったので,判断しかねるところがありますが(議論に値しない程の暴論だったのか,それなりに納得できる理屈だったのか),一応私としては後者,つまり,契約金の高騰化というのはドラフト制度を正当化できる理由としては不十分なものである,と考えています。普通の企業で考えてみますと,「ある案件に投資できる額がいくらまでなのか,経営者はそれを判断することができないので規制が必要」というのは馬鹿げた理屈だと思いますので。

1,2の理由とも根底には「共存共栄」という理念,あるいは,必要性があるということですが,私は,1の理由でしかドラフト制度は肯定することはできないのではないか,というのが結論です。

ところで,重要なのは,つまり達成すべき政策目標は,「共存共栄」ということであって,ドラフト制度はそのための「手段」にすぎません。プロ野球に関与するアクターというのは,主として,球団,選手,そしてファンという三者だと思いますが,「共存共栄」という政策目標を達成する「手段」は,三者間の利害調整をしたものである必要があると思います。余りプロ野球に興味がない,私のようなある種の「部外者」からしますと,球界は余りに球団の理屈が先行しすぎており,例の球団数減少問題以降,ファンの意見がそれなりに考慮されるようになったものの,選手の意見を考慮するのは未だ不十分ではないか,と思っています。

私が「選手の権利/意見を」というのには,私なりの経験がありまして(私はプロスポーツ選手ではなく,平々凡々の一般人ですが),本筋からは外れますが,それを述べたいと思います。

私は,前回「正直プロ野球はよくわからない,というかあんま興味が無い」と書きましたが,かといって,プロ野球を全く知らないか,というとそういうわけではありません。なぜなら,私の家族全員(私以外は)阪神ファンだからです。そうすると,必然的に居間のテレビは野球中継がついてることが多くなるし,家族の会話も阪神/プロ野球関係が結構あることになりますから,少なくとも阪神なりプロ野球なりの話題はそれなりに,表面的には私の頭に入るようになるわけです。私が選手の権利を考えるようになったのは以下のエピソードによります。

居間のテレビに野球関係の番組が映っていれば,自然,巨人関係の番組というものが含まれることになりますし,そうするとあの「江川卓」さんが解説者だかキャスターだかでテレビに映ることにもなります。そして,江川さんが映るとうちの父が決まってこのような趣旨のことをいうわけです。「あいつは汚いペテン師野郎だ。本当は阪神に来るはずだったのにルールを破って巨人に行きやがった」と(うちの父は,私なんかより遥かに上品な人間なので,実際はもっと丁寧な言い回しでいうわけですが)。いわゆる「江川空白の1日事件」を指して江川さんを非難するわけです。同じようなことを聞かされ続けたので,私は今でも江川さんをみると,ある種の(根拠の無い)不快感を覚えてしまうのですが,その後,たまたま事件のことを調べたりするうちに,「江川卓=悪」というのは余りに一方的な見方なんじゃないか,と少なくとも理屈では思うようになりました。確かに,野球協約の「脱法」的行為が行われたわけですし,巨人の姿勢を弁護しようとは全く思いませんが,うちの父が信奉する阪神自体が,巨人の行為に結果的には加担していますし,何より「江川選手が行きたい球団にいくのがなぜそんなに問題なのか」が理解できなかったわけです。江川選手の行為よりも,「選手の選択を全く認めない」ドラフト制度の理不尽さを問題とすべきではないのか。このような素朴な想い/経験が私の意見の根底にあります。

ところで,今まではドラフト制度を主としてとりあげてきたのですが,選手の権利制限という観点からみて,仮に「ドラフト制度だけ」存在するのであれば,実は大したことはありません。なぜなら,ドラフト制度により選手が希望の球団に入団できなくても,その球団と1年契約を結び,契約期間を全うした後に,自己の希望の球団と新たに契約を結び直せば良いからです。では,なぜそうならないのか?それは「保留制度」というものがあるからです。選手の権利制限の本丸といってもよいもので,ドラフト制度にしろ,FA制度にしろ,選手の権利に関わる制度を論じる際にはこの保留制度についての議論を避けるべきではありません。私の認識がずれているのかもしれませんが,ドラフト制度やFA制度が議論されることはあっても,保留制度について議論されることは余り無かったと思います。FA制度は,保留制度からの離脱という側面がありますから,その限りでは議論されていたともいえますが,正面からこの制度の是非を問うという意味でプロ野球ファン,あるいは,社会一般において議論されたことは無かったのではないか,ということです。

保留制度とは,選手の意思にかかわらず,球団が一方的な意思に基づいて選手を保有することが許される制度のことをいいます(野球協約66条以下参照)(ところで,日本野球機構が,野球協約を外部には公開していないことをプロ野球ファンのみなさんはどう思われているのでしょう?)。どういうことかといえば,契約終了後,選手が契約更新を拒否した場合,契約関係は終了しますが,そうだとしても,球団は保留権を有することにより当該選手の保有を主張でき,その結果,その選手は他の球団と契約を結びプレーすることができなくなるわけです。プロ野球における保留権は,デタラメといっていいほど強力で,例えば,引退した選手が,もう一度プロ野球に復帰しようとした場合,原則として当該引退球団にしか復帰できない(野球協約78条)など,選手に対する保留権は,「事実上生涯に渡って及ぶ」ことになります。

このような保留制度,言い換えれば,選手の移籍自由を制限する制度は,日本のプロ野球固有のものではなく,アメリカの4大プロスポーツや,イングランドのプロフットボールリーグなどにもみられる(た)ものでした。しかし,1960~1970年代にかけて,アメリカの場合は,MLBを除き(なぜ野球だけ除かれるのか,については合理的な理由がないとされ,後に議会制定法により野球にも及ぶことになりました)プロスポーツ選手の移籍自由を制限する制度にも反トラスト法(日本でいう独占禁止法)の適用があるという司法判断があり,反トラスト法に反しない形での選手の移籍自由を制限する制度設計が迫られ,FA制度などが整備されていくことになります。イングランドの場合は,コモンロー上の「取引制限の法理」で保留制度は直接無効とする司法判断があり,あらかじめ定められた契約期間についてのみ選手を保留することが認められることになりました(これにより複数年契約により選手を拘束する手法がとられていくことになります。また,後のいわゆるボスマン判決によりいわゆる移籍金制度にもメスが入れられることになります)。

保留制度の趣旨は,先に述べた「戦力均衡→ファンにアピールする予測のつかないゲーム→観客増→安定経営」というサイクルの「戦力均衡を維持する」というところにあります。ドラフト制度と同じというわけですが,前回のレスをくださった方の表現を借りれば「ドラフト制度は,保留制度への入り口であり,戦力均衡制度の核心は保留制度にある」といえるでしょう。このようにドラフト制度や保留制度には「共存共栄」という政策目標を達成する手段としての一定の合理性が認められることは認めなければならないでしょう。

しかしながら,「共存共栄」という政策目標を達成するための手段として「妥当」なのか,言い換えれば,そのような政策目標を達成する手段として他のものは考えられないのか,より選手への権利制限なり,影響なりが少ない手法をとることはできないのか,ということを考えてみる必要があるのではないのかと思います。

私が保留制度に賛成できない理由は,以下の点にあります。

まず,第1に素朴な感想として「契約が切れても相手を拘束することができるというのは,ある種の"奴隷制"なり"身分制”のようで,我々の社会の普通のルールから(著しく)逸脱している」ということ。

これをムズカシイ言葉でいえば,「選手契約に含まれる保留制度受け入れ条項は,競業避止特約を締結させるものとして憲法で保証された職業選択の自由の趣旨に反し,公序良俗に反するものとして無効だ」とかいうことになるのでしょう。ようするに,間接的に憲法に反するということですね。

第2に,上記の点とも関連しますが,少なくとも現状の野球協約に定められている保留制度は,我々の社会の普通のルールであるところの独占禁止法に反する疑いがあること。

アメリカやヨーロッパでは,選手達が司法の場で経営者側と戦い,権利を勝ち取っていったのですが,日本では訴訟になったことはまだ一度も無く,下級審判例の一つさえありませんのでそれが確かだ,とはいいにくいですが。詳細は長くなってしまうので避けますが,「不公正な取引方法の禁止」(独禁法19条)(優越的地位の濫用,一般指定14項)(排他条件付取引,一般指定11項)(拘束条件付取引,一般指定13項)とか,「不当な取引制限の禁止」(独禁法3条後段),「事業者団体による競争制限行為の禁止」(独禁法8条1項1号)などにあたるのではないかと思われます。なお,公取が,プロ野球選手は労働者であるがゆえに独禁法の適用がない,という見解を70年代に示したことがあるらしいです。

第3に,保留制度と同じ効果は,複数年契約を結ぶことにより(全面的にではないにしろ)達成できること。

これはフットボールでとられるシステムであり,そのメリットは,選手の選択/意思が尊重される点にあります。江川さんのようにどうしても巨人に移籍したい,という人には効果がありませんが,そのような選手まで縛り付けておかなければ,と考えるのだとしたら,そのような姿勢は「あたかも奴隷制を肯定するが如き」で問題があるというべきでしょう。選手は,球団と長期契約を結ぶことにより安定した選手生活を得るか,短期契約を結んで(選手生活の安定性を捨てるというリスクのある選択をして)他の球団に移るチャンスを得るか,という選択ができることになります。プロ入りたての選手というのは,自分のプロ選手としての将来についての見通しなど立たないのが通常だと思いますから,複数年契約,つまり,選手生活の安定性の確保を希望する例がほとんどになると予想します。力のある若手は,短期契約を結んで,好きな球団に移ってしまうではないか,その結果,戦力均衡がはかられなくなるのでは,という反論も予想されますが,それはそれで私はやむをえないのではないか,と思います。そのようにならないよう,球団が幼少期より育てて球団自体に愛着を覚えて貰うか,早いうちから長期契約を結ぶなどして青田買いを進めるか,というように対応することになるでしょう。

第4に,戦力均衡というのは,保留制度以外のものでは達成できないものなのか,疑問であること。

皆様から頂いたレスなども考慮して,戦力均衡とは,要するに,「資金均衡」であるとするなら,フットボール世界の知恵として移籍金制度(ボスマン判決以後は複数年契約→契約満了前の移籍による違約金制度),サラリーキャップ制度,ラクジュアリー・タックス制度,リーグによるテレビ放映権の管理と分配制度,など私がざっと思いつくだけでもこれだけの資金均衡策があります。このうち一体いくつが実行されているでしょう?おそらくは,FAの補償金制度を移籍金制度とみるなら,1つということになるでしょう。サラリーキャップは選手の側に不利益を強いるものですが,それ以外は球団側が主として利害関係を有するものであるように思います。前にも書きましたが,現状,戦力均衡策をドラフト制度と保留制度を中心とするというのは,「選手にのみ共存共栄という目標への犠牲を強いている」という点でアンフェアであると思います。「共存共栄」という目標のためには,その他の主要アクターである,球団やファンも痛みを分つべきでしょう。

私は,ドラフト制度を採用するなら,保留制度はやめて,複数年契約を中心としたシステムにするのが,選手の権利の観点を考えるとバランスがとれているのではないか,と思います。実質的には,現状のFA資格獲得要件であるところの稼働期間の短縮に等しいですが,契約消滅後も選手を拘束できるという保留制度の存在自体,社会の普通のルールを逸脱するもので私は望ましいものとは考えませんし,選手の選択を尊重するという点から,FA制度の改善より望ましいと考えます。

最後に,私の「選手に権利を」という姿勢がある種の誤解を招くかもしれませんので書いておきますが,私は,プロ野球選手が優れた人間なので,一般人に認められない特権を認めるべきだ,と主張するものではありません。今まで見てきたように,プロ野球選手というのは,確かに多額の報酬は得ているものの,選手としての稼働期間は短いですし,その法的地位は不安定/曖昧で,私たち一般人に認められているような権利/地位すら認められていない人たちだといえます。

「野球界のルールを実社会に当てはめてみると次のようになります。
『 あなたが今勤めている会社から転職が認められるためには、 1. 最低9年は今勤めている会社の主力部署でほぼ休みなく働かなくてはならない 2. 転職する際には、転職先の会社が今いる会社に今の年俸の1.5倍を払わなくてはいけない 』こうしたルールが、憲法で保障される職業選択の自由を出来る限り尊重したものであると言えるでしょうか?」

これは選手会のHPからの引用ですが,現状の野球界のルールは普通の社会のルールとの乖離が激しいように思います。「原則と例外」という思考方法を使うなら,我が国の社会は「競争」「自由」が原則であり,「共存共栄」をも旨とする球界はその例外的存在です。例外とはいえ,同じ社会における存在である以上,原則から全く離れるのは適当ではない。私の意見は,より原則に近づける形で両者のバランスをとってはどうか,と主張するものです。

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posted by coladevaca |23:00 | スポーツビジネス | コメント(15) | トラックバック(2)
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2007年03月14日

プロ野球の裏金問題について・・・ドラフト改革の方向性を考える。

バルサ中心のこのブログからすると全くイレギュラーなのですが,この問題について思うところを語ろうかと思います。正直プロ野球はよくわからない,というかあんま興味が無いんですが,スポーツビジネス自体には興味があり,そのような人間からみるとよく理解できないことがプロ野球界には,ドラフト制度にはあり,今回の裏金問題を機にそのことを書いてみるのも一興かな,と思ったからです。基本的には,フットボールの人間が,野球を叩くということで読んでる方の中には不快に思う方が出てくるかもしれませんが,ご容赦の程を。

疑問その1・・・ドラフト制度自体の「合理性」への疑問。

ドラフト制度というのは恐らくは独特なもの(made in USA)で,少なくともフットボールの世界にはありません。この制度の目的/趣旨は,wikipediaによれば(ドラフト会議)


「各チームが選手と自由に契約できる制度では、金銭的に余裕のあるチームばかりが有力な選手を獲得してしまい、戦力が偏り、その結果ワンサイドなゲームが増えそのスポーツの人気が低迷するいう考え。また、有望な選手との契約を目指すチーム同士が競い合い、契約金が非常に高額になるという考え。このような考えの元リーグ内の全チームの経営に関わる問題を防ぐための制度がドラフトである。」

としています。スポーツビジネスには2面性があるといわれます。すなわち,スポーツ面においてはゲームによって競争するも,ビジネス面においては共存共栄しなければならない(相手がいなければゲームは成り立たない)ということです。このようなことからすると,ドラフト制度は合理的なものであるとも思えます。しかし,この制度趣旨は本当に合理的なのでしょうか?

「各チームが選手と自由に契約できる制度では、金銭的に余裕のあるチームばかりが有力な選手を獲得してしまい、戦力が偏り、その結果ワンサイドなゲームが増えそのスポーツの人気が低迷する」

本当に?フットボールでいえば,ギャラクティコといわれて高額選手を買い漁ったマドリーが低迷しているのはなぜでしょう?野球の世界においてマドリー的存在である巨人が金にものをいわせてFA選手をかき集めても勝てないのはなぜでしょう?ニューヨークヤンキースもここのところワールドシリーズにまでたどりついてさえいませんよね,確か。まず,この議論は,直感的に,経験的に疑問符がつけることができるように思います。つまり,この議論は何より「勝利は金で買える」ことを前提にしていますが,しかし,スポーツにおける勝ち負けはそこまで単純ではないはずです。能力の高い選手が揃っていることは,勝利のためのファンダメンタルな条件ですが,それだけで勝利が約束されるわけではない,この程度にしかいえないように思われます。

もっとも「金をかける量にチームの勝利が完全に正比例するのであり,巨人が勝てないのは制度上今以上金を使えないようにしているからだ」という反論も成り立つかもしれません。しかしこの議論は,「金があるチームが1チームしか存在せず,しかもその資金力には際限が無く,その他のチームはみんな金が無い」という前提があるように思われます。しかし,これは非現実的な前提です。プロ野球界への参入を開けたものにすれば,球団間に格差ができるにせよ(つまりは,金持ち球団がいくつかできることはあるにせよ),ある球団だけがぶっちぎりで資金力がある,なんて状態はそうそう起こることではないはずです。金持ち球団がいくつか存在すること,これが予想される状態であり,その金持ち球団間でタイトル争いがされることになるでしょう。フットボールの例をみても,長期的にみて球界の構造が固定化されることはありうることだと思いますが,ワンサイドゲームが増えるかは疑問です。また,金持ち球団間のタイトル争いでリーグが盛り上がらないかどうか疑問ですし,少なくともそれが証明されているとは思いません。

「有望な選手との契約を目指すチーム同士が競い合い、契約金が非常に高額になる」

なるほど,そうかもしれません。しかし,よくよく考えてみましょう。球団というのは「どこかのお子様」なのでしょうか?欲しいものがあるから,自分の身の丈も考えずに金を出しまくる,結果,借金を重ねて経営が苦しくなる。これじゃ自己破産する人と一緒です。球団の経営者というのは「基本的に,理性的・合理的判断ができない人間である」という前提でもあるのでしょうか?球団というのは株式会社のはずです。株式会社というのは営利団体であって,営利事業を行い,それによって得た利益を構成員に分配するのが目的です。経営者は,当然のことながら利益を生むように経営しなければならない。プロ野球のスポーツ的/文化的意義を考えれば,球団経営の目的が金儲けonlyでは無いのは当然ですが,金儲けが1つの目的であることも疑いのないところであり,それを否定するのは馬鹿げたことです。金を儲けなければ,株式会社である球団は消滅しなければならないわけですから。

本来,球団の経営者は,高額の契約金をかけてでもその選手を獲得すべきなのか,つまり,「その投資に見合う利益をその選手は生むのか」,経営判断をしなければいけない。もちろん人間ですから,失敗することもあるでしょう。その失敗が非合理的な判断によるものだったら責任を追求されることになる。これはどの会社の経営者にもあてはまる当たり前のことです。ところが,今の球界は違うわけです。球団の経営者は,経営判断自体を「共存共栄」の名の元に,ドラフト制度によって免除されている。彼らは,厳密/厳格/合理的な経営判断を免除されているわけですから,球団経営が基本的に放漫経営/赤字経営になるのも理解できるところです。契約金の高額化が問題視されるのは,このようなおバカ経営者の存在を前提にするからに他ならず,そうであるならば,必要とされているのは,このようなおバカ経営者を排除する仕組みであるというべきでしょう。正確には,そのようなおバカ経営者を排除する仕組みはあるのに,株主(=オーナー)がバカだったために排除してこなかったわけなんですが,そのような株主の怠慢により,株主が被害を受けるわけですから,契約金が高額化しても何ら問題がないともいいうるかもしれません。

もっとも,問題は,おバカな経営により球団が消滅することになったら,株主ではなく,いわゆるファンが困ることになる(ファンが極めて重要なステークホルダー)ことであることにあるといえます。そうであるならば「ファンが株主となって,球団経営を監視/監督していくべきだ」というのが自然な結論のように思います。それを「おバカ経営者の存在はしょうがないからドラフト制度だ」というのは論理の飛躍があるというか,経営者・株主の怠慢の責任を選手に押しつているようでいただけません。

結論として,契約金の高額化は,ドラフト制度を維持すべき理由として根拠が薄いと思います。適当に金をつぎ込むおバカ経営者が,利益を度外視して球団経営をしてもかまわない,という社会主義的/国営企業的発想を是認しない限りは。

また,こういう点も指摘しておきたいと思います。

「球団は,人が創った選手を買うだけで,人が欲しがる選手を創ったことがない」

と。プロ野球の世界には,フットボールの世界にあるような幼少期からの育成システムは存在しません。学校でおこなわれる「部活動」に基本的には選手の育成は任せっきりで,「その果実を金で買い取る」ということしかしません。自分たちで金をかけて1から選手を育ててきたことはありません。FA制度における補償金を要求する趣旨として「契約金や選手育成等にかかった費用などへの投資を回収する」ということを球団は主張しますが,"選手育成"という言葉に失笑してしまったのは私だけでしょうか?無論,全ての球団が選手を1から育てるということをする必要は無いかもしれません(お金がある球団は,選手を買ってくればよいわけですから)が,「売れるものが無いのに,買ってばかりいたら,元々金を持っている球団以外は貧乏になるだけである」というのはごくごく当たり前のことだと思います。「売れるものを創ろうともしない者を,ドラフト制度によって助ける必要がどこにあるのか?」,私には理解しかねます。

「競争」だけでなく「共存共栄」という2面性がスポーツビジネスにはある。これだけなら私も賛同します。しかしながら,「だから,ドラフト制度だ」というのには賛同しかねます。最大の理由は,この制度は,「選手という個人にのみ共存共栄という目的への犠牲を強いている」からです(したがって,ドラフト制度をとるなら,FA制度は必要不可欠の制度だ,というべきです)。ドラフト制度の議論をみてていつも思うのですが,選手の目線から語る議論が少なすぎるように思います。次回はこの点から述べたいと思います。

なお,川淵キャプテンがいうところの「支度金制度=最高500万円」

川淵Cが明言!Jで裏金発生したら即降格

も疑問が多いものだと思っています。

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posted by coladevaca |19:40 | スポーツビジネス | コメント(30) | トラックバック(4)
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