2007年10月01日

やっとアンリが来た。/例の大相撲リンチ死亡事件について。

とりあえずCLも含めて4連勝。記事は「快勝」になってますが内容は今ひとつで,疲れてたのか,レバンテのグダグダ具合につきあってしまったのか,運動量が少なく,ホームなのに中盤がユルユルだった謎なレバンテに対して,効果的に崩すことができませんでした。しかし,チームが今イチでもアンリやレオの個人技で何とかなっちゃうのが今のバルサです。アンリは,先のサラゴサ戦もディフェンスをぶっちぎったりとアーセナルでの姿を彷彿とさせるプレーを披露していましたが,ゴールだけは決まらず,本人も心穏やかではなかったでしょうが,その不満を一掃するかのようにこの試合で爆発。今後,どこまで調子を上げていくのか楽しみですね。

それでもリーグ4位。首位のマドリーやヴィジャレアル,バレンシアも勝ってますので。マドリーが内容が今イチながら(試合は見てませんが,報道で伝えられるところによれば)も勝ちを拾ってるのが嫌な感じです。

気になるのは,チームの大黒柱(といってもいいと思う)ヤヤが1ヶ月怪我で消えること。バックアップであるエジミウソンも怪我してるし,次のCLシュツットガルト戦はどうするのか。マルケスでいくか,それともちびっ子三銃士でいくのか。とりあえず,1月の補強では,ヤヤのバックアップの獲得(フィジカルに優れた若い選手)を考えて欲しいところですね。怪我はやはり怖いですよね。レオが怪我したら,とか考えると怖すぎです。


話題は変わって,最近,世間を賑わせている例の大相撲リンチ死亡事件について。報道されていることが概ね事実とすると,大相撲の古色蒼然というか,古くさい体質にはびっくりしますね。「伝統」なるものを売りにしてるから古くさくてある意味当然なんですが,そうはいってもその古くささが,現代の社会秩序/法秩序などにそぐわないものであることは問題が多いといわざるをえません。

私見では,このような暴力行為を許容する「古くささ」は,大相撲に固有のものとは思いません。スポーツにおける体育会気質,教育における「体罰容認論」などと似ているような気がします。端的にいえば,どれも「愛のムチだったら暴力もOK」という表の理屈(もっとも,これが表といえるかは微妙ですが),暴力による秩序統制の必要性が裏の理屈,以上のようなものを背景にしている気がします。これらをまとめて「暴力肯定派」と呼ぶことにして以下議論をすすめます。

今回の事件は,その暴力の程度から客観的にみて「愛のムチとはいえない」し,秩序統制の観点からも不必要に過大なもので,「暴力肯定派」からしても肯定できない事例といえるでしょう。「暴力肯定派」が問題にする点は,暴力の行使における相当な程度を超えてしまったことであり,逆にいうと,暴力を行使すること自体は問題ではない,というわけです。

しかしながら,暴力を行使すること自体を問題視しないことには,以下の疑問があると思います。

まず,第一に,暴力の行使は,基本的に犯罪であること。暴力の行使は,暴行罪(刑法208条),怪我をさせれば傷害罪(刑法204条),今回の事件のように殺すつもりがなくても人を死亡させれば傷害致死罪(刑法205条)にそれぞれ基本的に該当します。「教育のため」とか「愛のムチ」なら暴力もOKという理屈は,法の世界には存在しません。教育的見地ないし後見的見地から暴力を肯定する人は,それを主張する己自身が犯罪行為を犯しているにもかかわらず,他人を説教するなり指導するなりする資格があるかどうか考えてみるべきでしょう。どうしてもやりたいのであれば,暴力をふるわれる人の同意をとってから暴力をふるうべきでしょう(あるいは,法を改正してからやるべきです)。教育的効果を望むのであれば,暴力をふるわれる人がその暴力の行使に対して納得していることの方が望ましいはずです。

第二に,暴力をふるうのは,ようするにコストの問題であり,その程度の意義しかないこと。上記で,暴力をふるう人間は,暴力をふるわれる人の同意と理解をとってから暴力をふるうべきだ,と述べましたが,現実にそのようなことをする人はいないでしょう。教育的効果がより期待できるにもかかわらず,そうしないのは,言葉で他人に説明し,理解を得るのは面倒だからだと思います。そこから,そのような面倒を省く=時間と労力を省く,つまりコストを削減して自分のメッセージを相手に伝えるために暴力をふるうと考えることができ,そうだとするならば,暴力はその程度の意義しかないことになるでしょう。ようするに,暴力の行使は,暴力をふるう側のもっぱらコスト削減のために行われるわけです。「愛のムチ」というのは,自分の負う負担をいかに少なくして他人に自己のメッセージを伝えられるか,という観点から出てくる自己中心的な(ある意味合理的な,だからそれを支持する声が根強いのでしょう)行為といえるでしょう。

第三に,暴力の行使が主張される場面においては,暴力をふるう側とふるわれる側には立場に差があること。今回の事件のような親方と弟子,あるいは体罰でいえば教師と生徒など,暴力をふるう側と暴力をふるわれる側には立場に差があるというか,上下関係にあることが多いといえます。つまり,暴力をふるう側と暴力にふるわれる側の線引きははっきりしており,その立場が入れ替わることは原則としてなく,したがって,暴力をふるう側は暴力をふるわれる側のことを想像することが難しくなるという構造的な問題があるといえます。そうすると,暴力をふるう側が,往々にして自制がきかなくなることもいわば予想できること(自分が絶対に殴られないのであれば,相手の反撃を予想して手加減することも難しくなるから)であり,暴力の行使自体を禁止しないと,悲劇的な事件はまた起こることが予想されます。

posted by coladevaca |19:45 | バルサ | コメント(5) | トラックバック(2)
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Re:やっとアンリが来た。/例の大相撲リンチ死亡事件について。

アーセナルの顔だったアンリとバルサの顔ロナウジーニョ.....
 顔は2つは要らないと言う処でしょうか?
 この2人が共存出来るかが鍵でしょう....
 ロニーには移籍の噂が絶えませんが!?
 

 角界(漢字合ってる?)は昔から封建的な世界ですから暴力?は体罰(教育としての!)は黙認されて来てました....今は分らんけど角界出身の力道山がそれを取り入れたプロレス界もそうだったそうです.....
 こう言うナラワシが良いかどうか別として郷に入れば郷に従えと言う言葉もありますが、死人まで出すと問題ですね!
 改善が必要ですね....

posted by う~ん.... | 2007-10-01 21:04

Re:やっとアンリが来た。/例の大相撲リンチ死亡事件について。

フィジカルな暴力の他に、言葉による暴力もありますよね。
それについては、どうお考えですか?

サッカーではゲーム中にエキサイトして
敵にも味方にも怒鳴り散らすやからが高頻度でいます。
ぼくは、そういうプレーヤーとやるのは
本当に苦手なんですが、
そういうのもサッカーの一部、
というように言う人もとても多いと思います。

posted by 非暴力非服従 | 2007-10-02 01:32

Re:やっとアンリが来た。/例の大相撲リンチ死亡事件について。

管理人さんはバルサの1クレとしてどう思います?ロナウジーニョの今後について。
ロナウジーニョのように1クラブで輝かしい栄光の1ページ築いた選手の処遇は難しいですね。
フットボール選手の現在の試合過多を考えると、皆が求めてる2年前のように神がかりプレーを毎試合続けられることは不可能でしょう。
若い時期からW杯などで第一線で活躍してたこともあり、大怪我はしていないですが、慢性的な肉体的問題を抱えていてドリブラー選手としてはピークを過ぎた可能性もあります。
一部マスコミ&ファンの今の叩き方は異常です。
こんな状態では、メッシも同じ運命を察知してバルサから出て行くのでは?
せっかく余るほどの選手がいるのですから、上手くローテしたらいいと思います。



posted by サントス | 2007-10-02 18:01

Re:やっとアンリが来た。/例の大相撲リンチ死亡事件について。

>う~ん....さん
>アーセナルの顔だったアンリとバルサの顔ロナウジーニョ.....顔は2つは要らないと言う処でしょうか?

必ずしもそうとはいえないでしょうが、今までとは違うチームでの役割分担が必要になると思います。

>非暴力非服従さん
>フィジカルな暴力の他に、言葉による暴力もありますよね。
それについては、どうお考えですか?

どこまでの話をしていいのかわかりませんが,一般論としていいますと,確かに言葉による暴力というのは存在するとは思いますし,それが存在することが道徳的に望ましいか望ましくないかといえば、望ましくないとは思います。が,じゃあそれを(法的に、か、何らかの)規制をすべきかどうか,というとなかなか慎重に扱うべき問題かな,と思います。

基本的には,フィジカルな暴力の方が深刻で,それを規制すべきというのはわかりやすいですが(なぜなら,被害が眼に見えるので)ですが,言葉の暴力というのは被害がわかりにくく,また私たちの社会の重要な原則である表現の自由との兼ね合いもあります。

今の社会は,

フィジカルな力の行使→原則禁止/例外許容(例えば,犯罪者を逮捕する時とか正当防衛などやむをえず必要な場合)
言葉の行使→原則自由(表現の自由)/例外禁止(例えば,名誉毀損的言論など被害が典型的に明らかだとされている場合)

という規律をとっていると思いますが,一時期話題になった人権擁護法案などで問題になった差別的表現は言葉の暴力と評価してもよいと思いますが,それを規制すべきでないという立場はかなり説得力があります。「言葉の暴力」ということで言論を過度に規制すると,本来規制すべきでない言論も規制してしまうのではないか,萎縮して言論が活発に交わされることが無くなってしまうのではないか,自由な社会に害を与えるのではないか,ということですね。

ピッチで怒鳴ることがサッカーの一部とは思いません(実態としてはそうでも,本来的には,という意味で)し,内容によっては,規制されるべきこともあるとは思いますが,とりあえずは選手個人のモラルに任せるのが適当かな,と思います。FIFAのアンチ・レイシズムじゃないですが,啓蒙を図るというか選手個人の人権意識を高めていくなどソフトな手法で対処すべきかと。

posted by coladevaca | 2007-10-02 20:07

Re:やっとアンリが来た。/例の大相撲リンチ死亡事件について。

>サントスさん
>管理人さんはバルサの1クレとしてどう思います?ロナウジーニョの今後について。
ロナウジーニョのように1クラブで輝かしい栄光の1ページ築いた選手の処遇は難しいですね。

おっしゃる通りで難しい問題ですね。ロニーがバルサに残るためには,クレもロニーも変わるべきでしょうね。

クレは,もはや「魔法」を見せてくれた「昔のロニー」を求めない。FKで点を決めてくれたり,スルーパスを出してくれるだけで満足する。

ロニーは,途中で引っ込められたり,ベンチスタートでも不満を見せない(ローテを受け入れる)。1vs1でチームに貢献できなくてもかまわない,ということと引き換えに,守備を免除されているという彼だけに認められた特権を捨てて,他の選手と同じようにキチンと守備もする。エトー並みにとはいいませんが,レオ並みにはやってくれ,と。

このように両者の関係を変化させることが必要だと思います。ロニーを特別扱いしているから,クレの要求も高くなるわけで,特別扱いをしなくなれば,いずれクレの要求も下がらざるをえなくなってくるでしょう。ライカーは,ロニーをベンチに下げ始めるなど特別扱いをやめることを周囲に示し始めたのでいい方向に走り始めていると思いますが,ロニーがそれに我慢できるかどうかですね。

とりあえず今夜のCLにロニーは出てくるでしょうが,スタメンかベンチかも含めて注目していきたいですね。ここで周囲を黙らせるようなプレーを見せてくれると一番いいのですが。

posted by coladevaca | 2007-10-02 20:10

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