2007年09月06日
今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
今さら感が漂うところですが,我那覇選手に対する静脈内注射を発端とする問題について考えてみたいと思います。この問題の今までの経緯については,我那覇ドーピング:チームドクターとJリーグ側の溝深まるなどを参照にすると良いと思います。 何で今ごろとりあげるのかといえば,今日の新聞に当事者であるところの青木治人さん(日本サッカー協会スポーツ医学委員会長,Jリーグドーピングコントロール委員会長,聖マリアンナ医科大学長)が記事を投稿していたからです。その主張をまとめると, 1.「正当な医療行為であるか否かはそれを行う医師の判断に委ねられ,しかもそれには誰も口を挟めない」というのはおかしい。 2.一般の医療行為の場合,医療行為の正当性の判断について, a.倫理的であること b.医療行為が患者の病態,病状に対して必要かつ有効で適正なものであることが医療行為時において標準的な医学的知見から合理的に説明できること c.インフォームドコンセントが確保されていること(患者の自己の治療に対する自己決定権が尊重されていること) 以上の要件を充たすような医療行為が正当であるとされる。医師に医療行為の正当性の判断についての裁量があるとしても,上記の要件を充たすことは必要であり,その裁量の範囲は限定されている。 3.アンチドーピングという,より厳しい規制が課せられる状況での医療行為の場合は,一般の医療行為の場合に比べて,医師の裁量の幅はより制限が加えられるべきである。 4.静脈内注射は,禁止物質を用いたドーピング行為を隠す手段にもなるため正当な医療行為以外は禁止されているのであるが,その前提となる「正当な医療行為か否か」という判断を医師に全面的に委ね,その医師が正当と判断すれば誰にも通知しなくてよく,その判断の妥当性も検証されないとすれば,ドーピング行為を特定することは困難になる。ドーピング行為を意図する医師はやり放題になるのではないか。 5.仮に医師の裁量を最大限認めたとしても,その判断,治療行為が妥当なものであったか否かの判断は他者によってなされるべき場合もある。医師は「自ら医療行為の正当性を判断できる権利を有している」のではなく,「常に正当な医療を行うことが求められ,しかも何かことあればその正当性を説明,立証する義務を負っている」と考えるべきである。 という感じです。 問題となっているのは,Jリーグのドーピング禁止規程において, /*第2条〔ドーピングの定義〕 1. 本規程においてドーピングとは,世界アンチ・ドーピング機構(以下「WADA」という)および国際サッカー連盟(以下「FIFA」という)に規定されている内容と同一の定義とする. 2. WADAおよびFIFAが,世界アンチ・ドーピング規程を変更した場合は,自動的に変更されるものとする.*/ とされているにもかかわらず,川崎フロンターレおよび我那覇和樹選手に対する制裁の件で示されているドーピングの定義がWADAやFIFAと異なっており,WADAやFIFAの定義によれば我那覇選手のケースはドーピングとはいえないのではないか,ということです。 世界アンチ・ドーピング規程においては,「ドーピングとは、本規程の第2.1 項から第2.8 項に定められた一つあるいは複数のアンチ・ドーピング規則違反が発生することをいう」とされ, /*2.2 禁止物質・禁止方法を使用すること、又は使用を企てること 2.2.1 禁止物質又は禁止方法の使用の成否は、重要ではない。アンチ・ドーピング規則違反は、禁止物質又は禁止方法を使用したこと、又は使用の企てたことにより成立する。*/ 2007年禁止リスト国際基準において, /*禁止方法 M2. 科学的・物理的操作 2. 正当な医療行為を除き、静脈内注射は禁止される。*/ とされているため,正当な医療行為とはいえない静脈内注射もドーピングとなるわけです。 そこで,我那覇選手が受けた注射が正当な医療行為といえるかどうか,が問題となるわけですが,少なくとも処分時においてJリーグは,静脈内注射が正当な医療行為といえるためには,静脈内注射が緊急に必要であり(緊急性),また他の治療方法が無く治療に不可欠であること(不可欠性)を要求していたように思います。川崎フロンターレおよび我那覇和樹選手に対する制裁の件では /*我那覇選手の健康状態に対して当該静脈注射が緊急かつ合理的な医療行為とは認められないものであり、ドーピング禁止規程に抵触する*/ としており,また,我那覇ドーピング:チームドクターとJリーグ側の溝深まるでは /*同委員会の青木治人委員長は「医師が正当と言えば、何をやってもいいとはならない。今回も経口で内服薬や水分を補給できたし、正当な医療行為ではなかった」と話している*/ としているからです。 我那覇問題、WADA常任理事が条件付き「違反ではない」などをみる限り,WADAやFIFAは異なる見解をとっているようであり /*<1>正当な医療行為としての静脈内注入(点滴)には申告は不要<2>「正当な医療行為」かどうかの判断は現場の医師にゆだねられる――とし、我那覇の事例を<1>と<2>の部分に相当する規則の誤った解釈を根拠に判断していたのであれば、違反とは見なされない*/ 我那覇ドーピング:チームドクターとJリーグ側の溝深まるをみるかぎり,Jリーグもその見解に従うことになるようです。 /*今月7日、Jリーグは連絡協議会の主張を一部受け入れる形で、「正当な医療行為かどうかの判断は現場に一任し、申請は不要」と各クラブに通達した*/ 私見では,Jリーグ・青木さんの解釈には無理があったと思います。なぜなら,Jリーグ・青木さんの解釈は,結局のところ,静脈内注射をするかどうかの医師の判断の自由(つまり裁量)は認めておらず(不可欠性を考慮するということは,静脈内注射が他の治療方法に比べて効率的であった場合であっても,他の治療方法が存在する限り静脈内注射を禁止するということだから),この規定からそこまで強い静脈内注射禁止論を読み込めるか,といえば疑問だからです。つまり,Jリーグ・青木さんの解釈は「緊急に必要であり,かつ,他の治療方法が無い場合を除き,静脈内注射は禁止される」というように実質規定を変更してしまうものだといえ,規定の文理から離れており適当でないといえるでしょう。 また,青木さんの論旨にはおかしいのではないかと思うところもあります。 3.について,そもそも医療というの第一に医師と患者の関係で決められるべきものだとすれば,アンチドーピングというものがスポーツ,あるいは,それを超えて社会において重要なものだとしても,スポーツ選手に対する治療は,一般人と比べて制限されるべきだ,といえるのでしょうか?青木さんは,経口で内服薬や水分を補給できたから静脈内注射は駄目だといっているようですが,静脈内注射が患者にとってより良い治療法である場合に(私は,医学の知識が無いのでそうだと断定できるわけではないですが,仮にそうだとしたら)それを制限すべきだ,ということまでアンチドーピングという社会的利益は主張できるものなのでしょうか?この場合,単に医師の治療に関する裁量の幅を制限するだけではなく,スポーツ選手という患者のより良い治療を受ける利益までをも制限することになるといえるわけですが,果たしてそこを考慮しているのかどうかよくわかりません。 4.5.について,「正当な医療行為」かどうかの判断は現場の医師にゆだねられるというWADAの解釈は,現場の医師の判断を無条件に受け入れるというものではなく,単に医師には患者の同意の元どのような治療方法をとるかの裁量(自由)があり,それを尊重するという程度の意味だと思います。ある行為を医師が正当な医療行為だとしても,それが治療のためではなくドーピングのための行為だと判断できる場合には「正当な医療行為か否か」を争う道は当然あるはずです。また,ドーピング検査を行い違反事例に処分を出すのは,医師の判断の妥当性を検証するためでもあるでしょうから医師の判断の妥当性が検証されないとはいえません。さらに,医師は「何かことあればその正当性を説明,立証する義務を負っている」としていますが,世界アンチ・ドーピング規程によれば, /*3.1 挙証責任及び証拠基準 アンチ・ドーピング規則違反を立証する責任は、アンチ・ドーピング機関が負 うものとする。*/ ということで,青木さんのいってる立場と異なります。確かに,世間的には疑いをかけられた方が自ら疑いを晴らすよう求められるということがしばしば起こりますが,Jリーグドーピングコントロール委員会委員長という地位にある方がこういうことをおっしゃるのはいかがなものかと思います。 青木さんの見解には一理ある部分もあるとは思いますが,その見解を実現するには様々なルールや制度を変更する必要があり,それをしないまま自己の見解通りに運用したからこのような問題が生じたように思います。
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posted by coladevaca |01:00 |
スポーツ文化 |
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Re:今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
申し訳ありませんが、どの新聞に載っていたのですか?教えてください。
posted by 教えて | 2007-09-07 09:13
Re:今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
医師は「何かことあればその正当性を説明,立証する義務を負っている」
↑ここは一般的な医師の道義的な責任を語っているのであり、これをアンチドーピングコードに結びつけるのはちょっと筋違いだと私は思います。
つまり、昨今の医療過誤の問題などから一般的にも医師は自分がどういう処方をしたのか説明出来ないといけませんよというレベルのことでしょう。
記者の編集が拙いのか?青木さんの説明が悪いのか?分かりませんが、一般的な医師の理念とアンチドーピングコードの話がごっちゃになってるな~と感じました。
今回の問題は、全ての結果が出るまで静観でもいいかもしれませんね。
なお、最後に本稿は非常にレベルが高い記事に仕上がっていると思います。
これからも頑張ってくださいね
posted by カエサル | 2007-09-07 10:59
Re:今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
>教えてさん
9月5日の朝日新聞の朝刊で「私の視点」という記事です。
>カエサルさん
>ここは一般的な医師の道義的な責任を語っているのであり、これをアンチドーピングコードに結びつけるのはちょっと筋違いだと私は思います。
そのような解釈の方が自然かもしれませんね。
ただ,私が何でそんなことを書いたかというと,青木さんが静脈内注射をする際に許可申請(おそらく新聞の言葉とは異なり事後報告だと思いますけど)を求めているということからすると,単なる道義的な説明責任を超えて,静脈内注射の正当性についての立証責任を医師に課すべきだと考えてるような気がしたので。
「許可」というのは,法的な概念としては,ある活動を一般的に禁止したうえで,申請があった場合に審査を行い一定の要件に合致したときにその禁止が解除されてその活動が許容されるという仕組みをいいますが,「静脈内注射は原則禁止であり,その禁止を破ろうとするならその理由を医師が説明せよ」っていう発想は,青木さんが静脈内注射について厳格な姿勢に立っているのと整合的だと思いました。
posted by coladevaca | 2007-09-07 20:44
Re:今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
やり放題なのはこの人のほうでしょう。
Jリーグでは禁止薬物の入った育毛剤「フィナステリド」を承認してるそうなのでね。
筋肉増強剤の隠蔽薬だから 承認された選手は使い放題になるわけだ。
こんな人に「ドーピングは厳格だ」などと語る資格はない。
posted by MASA | 2007-09-29 10:12
Re:今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
Jリーグも優勝や昇格、降格を争ってる中でそんな汚いことがされているのか?
posted by SYOU | 2007-09-29 10:37
今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
Jリーグは自分たちがうっかり間違えていたことは許されるというスタンスなのですね。
ドーピングの常套句「うっかりや知らなかった、は許されない」という世界ではあまりにもお粗末ですね。
処分を変えないにしても自分たちも処分を受けるべきですね。
それにしてもフィナステリドを認めているとは
Jリーグの基準はどうなってるのでしょう?
posted by けん | 2007-10-26 11:39
今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
Jリーグドーピングコントロール委員会
青木 治人委員長
河野 照茂
植木 真琴
森川 嗣夫
西尾 眞友
川尻 博男
佐々木 一樹
もしフィナステリドを本当に承認しているなら
この人たちのドーピングに対する認識はどうなってるの? きちんと説明してほしいね。
posted by なんくるないさー | 2007-10-26 15:57
今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
Jリーグのドーピングコントロール委員会とその上訴機関であるアンチドーピング委員会のメンバーはほとんど同じらしい。
こんなメンバー構成で公平性など保障されるわけがない。
posted by ちばりよ | 2007-10-27 14:28
今さらながら我那覇ドーピング問題を考える。
コメント投稿者ID :
川崎フロンターレ・ドーピング事件を検証して日本に正しいアンチ・ドーピングが実現することを願うHPが立ち上がっています。
http://sportsassist.main.jp/antidope/top/
posted by 願う会 | 2007-12-31 18:20
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