2009年12月29日

夢の分析

「もうだいぶ回復していますね」
「これも先生のおかげです」
「もう悪夢はご覧にならないでしょ」
「はい」
「では始めましょう。昨夜の夢を話してください」
「はい、少し前までは負ける夢にうなされていたんですが、最近は勝つ夢を見るようになりました」
「良い傾向です」
「日本がカメルーンに2-0で勝ったんですよ」
「ほーっ、幸先がいい」
「次は1-0でオランダに勝ちました」
「いいですね」
「そしてデンマークにも4-0で勝った」
「ハハハ」
「決勝トーナメントではイタリアを破ってベスト8」
「ハハハ、それは無理でしょう」
「先生!」
「なんでしょう?」
「これは夢です!」
「はいはい、そうでした」
「イタリアの次はブラジルに勝ってベスト4」
「でも、ちょっと誇大妄想気味の夢ですね」
「夢だからいいじゃないですか」
「しかし…ベスト4に進むとは考えられん」
「そう思えばそこで終わる」
「決勝トーナメントさえ怪しい」
「先生!」
「はい」
「私は先生とサッカー談議をしに来たんじゃありません。きちっと分析してください」
「まぁ、初戦のカメルーン戦がすべてだと思いますよ」
「誰が試合の分析を頼んでいるんですか。夢の分析です」
「はいはい、そうでした。体力も精神力も戻りつつあります。完治も間近いですよ」
「有難うございます」
「まだ無理をしないように」
「気分もずっと良くなりました。なにか昨夜の夢が正夢になるような気もします」
「ところで、その夢の続きはどうなりました?」
「はい。フランスを破って決勝に進出です」
「んっ」
「いっそ目標を優勝に変えようか」
「駄目です。駄目ですよ、そんなこと」
「どうして?」
「あなたは夢の中でも夢を見ていますね」
「はい」
「夢の中の夢、それなら夢のまた夢じゃないですか、これは。

――皆様も良い初夢をご覧ください。

posted by 直木 善久 |07:13 | サッカー小話 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2009年12月28日

プアゾンの香りがする(「今さらジーコ」Vol.9)

46. ●0―1 ペルー         キリンカップ(新潟)    2005/5/22
47. ●0―1 アラブ首長国連邦  キリンカップ(国立)    2005/5/27

(この文章は05年当時に書かれたものです。ドイツ大会まであと1年という状況です。岡田ジャパンと同時期の文章をシンクロさせるという目論見は、私の怠慢で見事に崩れてしまいました。稚拙な文章を修正している間に、どんどん時間が過ぎてしまった。追い付けるようにピッチを上げます。あの頃を思い起こしながら読んで頂ければ幸いです)

 毎日JR京都線を利用して通勤している私としては、JR宝塚線の事故(05年4月25日)以来、心中穏やかではありません。事故当日の社員のボーリング大会や事故後のゴルフコンペを、JR西日本の体質とか風土といって批判していますが、あまり枝葉末節を批判しないほうがいいでしょう。
 あくまでもJR西日本の責任は、秒単位で運行している過密ダイヤ路線に、スピード超過に対応できない古いATSを残していたことです。ボーリング大会をしようが、ゴルフコンペをしようが、スピード超過に対応できるATSさえ設置していれば、今回の事故は起こらなかった。
 改札の自動化は不正乗車を無くすために必要でしょうが、自動改札が行き渡ればICOCAの導入ではなく、先にATSの設置でしょう。ICOCA導入の費用で、どれだけのATSが設置出来たか知りたいものです。安全対策より利益優先という姿勢こそ批判されるべきです。原因は元から絶つ。

 キリンカップはどちらも相手のカウンターからの失点で完敗。しかしスポーツ紙の論調は、
「負けたけど親善試合、アジア予選で勝てばいい」
「アジア予選のバーレーン戦には海外組と故障組が戻ってくるから大丈夫」
 と、のんびり構えた記事が目立つ。選手たちも同じ発言をしている。

三浦淳宏 「本番(W杯予選)でなくてよかった」
宮本恒靖 「それほど悲観もしていない」
川口能活 「チームに危機感が生まれればよいと思う」
小野伸二 「バーレーンに勝って皆を安心させたい」
三都主 「疲れも溜まっていたし、重かった。あまり相手に対するプレッシャーもかけられなかったし、正確なパス回しもできなかった」
疲れが溜まってピッチで動き回れない選手は、次回から自らベンチスタートを申し出て欲しい。

 そしてジーコは「選手たちはサッカーの怖さを知ったと思う」と語った。ちょっと待ってください。ジーコは小学生にサッカーを教えているのでしょうか。サッカーの怖さを知らないような選手を代表に選んでいるのでしょうか。事故が起こってから、「これで社員は事故の怖さを知ったと思う」などと発言すれば、経営者は責任を問われるだけでなくその人間性が疑われます。

 そして川淵三郎は「変に勝つより負けたほうが選手の目が覚める」と語っています。ピッチで眠っている選手にとってはペルー戦とUAE戦の黒星は覚醒剤、こちらはカリカリ眠れず睡眠薬が欲しい。
 「予選じゃないんだから、そんなに怒ると血圧が上がりますよ」と友人。
 睡眠薬の次は血圧を下げる薬、それにバーレーン戦にでも負ければ胃薬も必要だ。これだけ薬があるのなら、代表が強くなる特効薬はないものか。
 「はいはい、怒らない、怒らない。でも一度病院へ行った方がいいですよ。『倒れてから病気の怖さを知った』っていうのはダメなんでしょ」
うーん。その通り。選手も負けると『薬になった』とよく言うが、薬も処方を間違えれば毒にもなる。ジーコは次に向けてどんな処方を下すのか。

ジーコ 「今までやってきたことは正しいと確信している。強い気持ちを持ち続ければ、絶対に本大会に行ける」
川淵三郎 「とにかくチーム全体から気迫が感じられない。気持ちを立て直して、積極的にやってくれるように望む」

 負けるといつも「気持ち」や「気迫」が問われますが、いつ実力の差を認識するのでしょう。一番怖いのはアジアカップ優勝や一次予選通過で、今までの方法が間違っていないとジーコが信じることではないでしょうか。
 ジーコ監督と川淵キャプテンにとって、最終予選の結果が毒薬にならないように祈っています。

posted by 直木 善久 |06:46 | 今さらジーコ | コメント(1) | トラックバック(0)
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2009年12月27日

ヒューズが飛んだ

12月19日、マンチェスター・シティはマーク・ヒューズ監督の解任と、ロベルト・マンチーニ氏の招聘を発表した。ヒューズ監督下で最後のサンダーランド戦にも勝って、ここまでの成績は7勝2敗8分けで6位。リーグはまだ折り返し地点にも到達していない。

「リーグ最少のわずか2敗、さらにカーリングカップでは準決勝に進んでいる。結果を出しながらの解任は本当に残念なことだ」(プレミアリーグ監督協会の最高責任者リチャード・ベヴァン)

「解任をシティのファンは悲しんでいる。イングランドの住人なら、1シーズンでトロフィーを獲得することは不可能だと考える。もしも外国人オーナーが出来ると考えているなら、それはイングランドの感覚ではない」(同上)

「マークは失望しているだろう。しかし私にとって、彼の評判に傷はついていない」(同上)

「もちろん、それは悲しいよ。監督が去るのを見るのは簡単なことじゃない。しかし、クラブが最高の判断だと思えば、それを受け入れなければいけない」(マンチェスター・シティのFWロケ・サンタクルス)

そして24日、怒りが収まらないファーガソンが吠えた。今はダービー相手の監督でも、選手時代のヒューズはユナイテッドでファーガソン監督のもとでプレーしている。

「1つだけ議論の余地がないことがある。そういう行為は受け入れられない。20も負けていたのであれば構わないが、マーク・ヒューズの場合はたった2試合だ。人を扱うにはやり方というものがある」

同業者として、これではやってられないと抗議し、シティは酷いクラブだと喧伝する。

「彼は一筋縄ではいかないウェールズ代表で素晴らしい仕事をした。ブラックバーンでも結果を残し、マンチェスター・シティにふさわしい男だった」

シティのフロントに「ひょっとして判断を誤ったのではないか」と思わせたい。

「クリスマスの時期に最悪のことが起きた。何が起るのかを知りながらベンチに座るのは不快なものだ。皆ショックを受けたと思う」

シティのサポーターが賛否両論によって分断されれば、マンチーニは微妙で困難な立場に立たされる。

「マークに電話したが、彼は苦しんでいた。彼とはブルース(サンダーランドの監督)のことを話した。昔のチームメイトを擁護するブルースは素晴らしかった。ブルースを心から尊敬しているし、マークも彼の言葉に感謝したはずだ」

心情に訴えかけて世論を味方にしようとしている。

ファギーはしたたかだ。不条理な監督解任を怒るだけでなく、既にマンチーニを追い込んでいる。
監督協会のヘヴァンの言葉を繰り返して、シティのリーグでの地位を貶め、優勝戦線から完全に突き落とす策略を巡らせる。
その絶妙な発言のタイミング。戦う前に試合に意味を与え、有利に戦える状況をお膳立てし、結果が評価される雰囲気を演出する。これが出来てこそ名将、次のダービーも有利に戦えるだろう。
いくら怒ってもファギーのヒューズは飛ばない。

posted by 直木 善久 |07:42 | ちょっとだけプレミアリーグ | コメント(1) | トラックバック(0)
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2009年12月26日

岡田監督は進化しているか

12月11日に岡田監督は早稲田大学で講演をしています。ワールドカップを半年後に控えた代表監督の話は是非とも聞いてみたい。その内容を知りたい。インターネットで検索してみると、有りました。記録が残っています。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0912/14/news010.html
http://www.youtube.com/watch?v=4nO1je2x29A

この講演は大きく二つに分かれています。前半は前回の代表監督時代から始まって、札幌時代、そしてマリノス時代を振り返っています。後半は今の代表チームで語っているサッカー哲学を披露しています。

「脅迫状や脅迫電話が止まらなかった。家には変な人が来るしね。僕の家は24時間パトカーが守っていて、『子どもは危険なので、学校の送り迎えをしてください』という状況で戦っていました」

「テレビで僕のことがボロカスに言われているのを子どもが見て泣いたり、家族も本当に大変な経験をしました。自分自身もそんな強い人間ではないので、のたうちまわっていましたね。自分の部屋でものを投げたりすることもありました」

「怪しいこともいろいろやりました。空手や古武術、気功とか、占星術師のところまで行っても分からなかった。自分が指導者としての殻を破るための『秘密の鍵』があるはずだ。それが何なのか見つけたいと思って勉強したのですが」

「僕は選手と一緒に酒を飲みません。酒を飲んでわいわいやって、翌日『君はクビ』とは言えない。仲人は絶対しません。仲人をやって奥さんやご両親知っていて『はい、君アウト』とは言えない」

「スタジアムに試合を見に行ったら、じーっとにらんでいる女の人がいるんですね。『身に覚えがないなあ』と思って聞いてみたら、僕がメンバーから外した選手の奥さんだった。それが嫌だったら日本代表監督なんてできません」

「ずっとレギュラーのミスターマリノスと言われていた選手を、僕が監督になってから一度も使わなかった。そこでいろんなチームからオファーが来て、『チームとかけあって移籍金を下げてやる』と言ったら、『もう1回チャレンジさせてください』ときた。そいつはガラっとプレースタイルを変えて、そいつのおかげで2年目に優勝できたんですよね」

代表監督の苦労話、内輪話は聴衆を引きつけます。講演に慣れているのか、話も上手い。前半を題すれば「代表監督はつらいよ」という処でしょうか。しかし、私はもう少し世界から見た日本のサッカーとか、サッカーというスポーツの本質に迫るような監督目線の話を聞きたい。

そして後半から代表の選手たちに話している岡田哲学を語り始めます。その哲学として、「エンジョイ」、「我々のチーム」、「ベストを尽くせ」、「コンセントレーション」、「インプルーブ」、「コミュニケーション」という6つの言葉を掲げています。

「代表になるような選手は子どものころ、『俺にボールよこせ』、『俺にボールよこせ』というお山の大将です。プロだろうが代表だろうがW杯だろうが、そのサッカーを始めた時の喜びやボールを触る楽しみを絶対忘れてはいけない」

「『キャプテンが何とかしてくれる』、『監督が何とかしてくれる』ではなく、『お前が何とかするんだ、このチームを』ということです」

「予定が変わるとマネージャーは大変ですが、変更するのは当たり前。『お前の仕事がやりやすいためにチームはあるんじゃない。チームが勝つことにこだわれ』ということです」

「動物は今を精一杯生きている。でも人間は、済んだことを悔やんで今できない。先のことを心配して今できない。俺はそういうのは大嫌いだ。今できることをやってくれ」

「守ろうとせず、常にチャレンジしてもらいたい。本気なら必ず壁を乗り越えられる。本気じゃなかったらあっさり壁に阻まれる」、

「お互いを知るということ、自分を認めてもらう努力をすること。」

ところで、岡田監督は札幌時代にJ2で優勝した直後に、自身の哲学を次のように語っています。

「『エンジョイ』は、監督に言われたことだけをロボットのように淡々とこなすのではなく、自分が好きでサッカーをやっている歓びを忘れないでほしいということ。『シンキング・オブ・フットボール』は、チームを勝たせるために何ができるかをまず自分から考えてみる気持ち。『アグレッシブ・プレー』は、いったんピッチに入ったら、とにかく攻撃的にプレーするんだ、と。その3つを実行するためには前提となるコミュニケーションが必要です(後略)」(佐山一郎著「こんなサッカーのコラムばかり雑誌に書いていた」より)

私には今と同じように聞こえますが、これは一貫した岡田監督のポリシーなのでしょう。別に進化していないわけではない。そのように考えたい。

「本当にエンジョイするには『頭で考えながらプレーするな』と言っています」

「向こうでは大したことがないブラジル人がバンバン点を取る。あいつら何も考えていない。来たボールをボンと蹴るだけ」

「新皮質で考えながら練習しても自転車には乗れない」

「練習では考えてやらないといけない。でも試合では頭を使ってやるな」

新皮質で考えても自転車に乗れるようにならないから考えるなとは飛躍しすぎです。もちろん練習では考えろと言っていますが、オシムはいつも次のように語っていました。

「勝つことだけを意識していては勝てない。どうすれば勝てるかということをよく考えながらプレーすることだ」

「走るだけなら陸上選手に任せる。重要なのは考えることだ」

「考えなくてはいけないことは、相手に足りないところをプレーで見せること。走ること。考えること。かしこくプレーすること」

この辺りが岡田とオシムのサッカーの違いでしょうか?日本のサッカーに欠けているのは考えることではないか。岡田監督も日本人プレーヤーがなぜ本能でゴールを決められないのか、もう少し考えてみてはどうか。

「一番上の目標をポンと変えると、オセロのように全部が変わります。『お前、そのパスフィードでベスト4へ行けるの?』、『夜、酒かっくらって、お前ベスト4へ行けるの?』、『そんなことでベスト4行けるの?』もうこれだけでいいんです」

まぁ、一番上の監督をポンと変えても、オセロのように全部変わると思いますが。講演を取材された記者の方々は、いつもの定番な話しか聞けなかったようです。お疲れさまでした。

posted by 直木 善久 |08:34 | 岡田監督と日本代表 | コメント(18) | トラックバック(0)
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2009年12月22日

蘭学事始(オランダに勝つ方法)

 南アフリカ大会の日本の対戦相手はカメルーン、オランダ、デンマーク。二勝すれば決勝トーナメントへ進む確率はかなり高くなる。トルシエはシード国のオランダ戦を捨てて、他の二試合に全力を尽くせと説く。オシムはカメルーンとデンマークに勝つのは夢ではない、即ちオランダに勝つのは難しいと予想する。もちろん岡田監督はオランダからも勝ち点を奪うと明言している。

 そのオランダとは二戦目で顔を合わすが、日本とオランダそれぞれの初戦の結果によって、その試合の重さは大きく変わる。それによって戦略も変わるが、多くの人たちが口にするようにオランダに勝つことは本当に難しいのか?ちょっとオランダ人気質を解剖してみました。

 オランダ人はスペースの活用に貪欲である。オランダは面積がほぼ九州に等しい小国であり、その一割は海を埋め立てて造られた土地です。

 オランダ人は危機管理意識が強い。海抜0メートル地帯に住んでいれば、治水は最大の関心事に違いない。温暖化で海面が上昇すれば小さな島国のように被害を受ける。

 オランダ人は直線的に考える。国内最大の交通手段が自転車という起伏のない平らな大地に住んでいれば当然かもしれない。

 ところが障害のない直線的思考はどこまでもまっすぐ進んで、時として行き過ぎた極端な判断を生む。売春やマリファナを合法化し、世界に先駆けて安楽死を認めた。これでは先進を好むのではなく、極端を好んでいるに違いない。あのグリーンピースの本部も今はアムステルダムにある。そもそもトータルフットボールがオランダで生まれたのも納得できる。

 「オランダの極端追求は昨日今日にはじまったことではない(中略)17世紀の黄金時代には、オランダはイングランド、スコットランド、フランスを併せたよりも多くの船を所有していた」(「世界の作家32人によるワールドカップ教室」より)

 モンドリアンの絵を思い出して欲しい。風景や樹木を描いても水平と垂直方向のベクトルに分解されて、抽象の世界に入っていく。現在のオランダの成功は、直線的思考が垂直に働いた上昇志向の結果です。しかし、飛躍を目指す集団には必ず浮き上がった手に負えない存在が現れ、そのような組織では必ず内紛が起こります。

 「オランダ人はトラブルが好きなんだよ。代表チームの周辺で何も問題が起きないと、逆にどこか悪いんじゃないかと心配するんだ(中略)ワールドカップやヨーロッパ選手権が行われるたびに、必ずトラブルが発生する」(「オレンジの呪縛」より)

 オランダと戦う場合はイライラさせるプレーをしてピッチ上で内紛を誘発する。例えば4-4-1-1のフォーメーション、ダブル4バックで相手に有効なスペースを与えない。守って、守って守り抜く。こちらが極端な戦略を選べば、相手も極端な攻撃を仕掛けてくるに違いない。
 これを鎖国システムと名付けてみよう。鎖国状態でゴールを守り、交渉は1トップの出島で行う。17世紀のオランダは世界中を股に掛けた大国、それでも日本は鎖国政策によって対等に付き合っていた。
 そのオランダも17世紀の後半にはイギリスとの戦争で国力を使い果たし、多くの船と植民地を失ってしまいました。それも内紛が原因だったのかもしれません。内紛を抱えるチームにはつけ込む隙がある。オランダ人気質を逆手に取ればチャンスはある。オランダがなんだ。FIFAランクがなんだ。

 ところで、オランダについて学ぼうと「蘭学事始」と題しましたが、杉田玄白の元祖「蘭学事始」はこんな言葉で始まっています。
 「志を高く持つ人は篤く学び、無識なる者はみだりに誇張する」
 ちょっと極端を極端に誇張しすぎたか。オランダ流オランダに勝つ方法でした。

posted by 直木 善久 |23:07 | 岡田監督と日本代表 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2009年12月19日

プレッシャーについて考える

 オシムは次のように語っています。
「私にはプレッシャーが必要だ。でなければ私は働くことが出来ない」
 また、このようにも語っています。
「プレッシャーが掛った試合に勝たないと成長しない」
 しかし、日本の協会は格下とのマッチメイクを好み、メディアはそんな試合でも同じように選手を褒め称え、ファンもブーイングを発して協会にプレッシャーを掛けようとはしない。強くなるにはプレッシャーが必要だとオシムは言っているのに、日本人はプレッシャーを無視している。

 そもそも日本人はプレッシャーを勘違いしているのではないか。新入社員が感想を尋ねられて「プレッシャーを感じています」、これはない。「ちょっと心配です」、「ちょっと不安です」、これはプレッシャーではありません。脅威があってこそプレッシャーです。驚異を感じてこそプレッシャー、新入社員のプレッシャーは単に器が弱いだけ。

 「プレッシャー」は日本で矮小化された新たな意味を獲得してしまったのか。プレッシャーを訳すと「圧力」、その「圧力」という言葉も西洋から意訳された造語です。もともと日本に無い言葉なら、日本人はプレッシャーという感覚が希薄だったに違いない。
 その希薄の原因をたどれば、何といっても日本には外圧が無かったこと、外国からの脅威が無かったことへ行き着きます。長い歴史で侵略を受けたのは鎌倉時代の元寇だけ、江戸時代も鎖国政策によって外国の圧力を緩和していた。
 そのうえ安定した世襲制度が続けば、自身の立場を脅かされることはありません。年功序列の社会では、西洋のように実力主義で存在を脅かされる機会は今でも少ない。絶えず隣国の脅威にさらされてきた大陸と比べて、プレッシャーの必要性とその重要性の理解に大きな差が生じても仕方ない。

 平和でプレッシャーが希薄だった江戸時代は、黒船の出現で終わりを告げます。日本はその黒船の脅威に屈して開国したので、日本人はプレッシャーを屈辱的な力として捉える傾向もある。
 他者にプレッシャーを与えるのは失礼だ。それを気配りや礼儀と呼ぶのでしょう。日本ではプレッシャーを与えない人が良い人なのです。しかしスポーツの世界でプレッシャーを掛けずに、ひたすら賛辞を送って応援するだけなら、選手はアイドルと化してしまう可能性が高い。代表だって同じこと。
 日本でポーカーは流行りません。あれはプレッシャーの遊びです。圧力団体(プレッシャーグループ)は怪しい存在として、ロビー活動は根付きません。それに日本はアメリカから圧力が掛かれば、すぐにインド洋で給油活動を始めました。日本人はなるべくプレッシャーと係わらずに避けて通りたいらしい。
 これではプレッシャーとがっぷり四つに組み合って、力に変えようという発想は生まれません。プレッシャーは大きければ大きいほど役に立つのに。

 オシムが言うように強くなるには強いプレッシャーが必要です。それを察してか岡田監督は「ベスト4」という目標を掲げて、自らプレッシャーを作り出しました。でも「ベスト4でないと承知しねぇーぞ!」という人も現れず、NHKと民放が3位決定戦の放送権を獲得しなくても、「信じていないのか」と岡田監督が怒る様子もない。
 いくらプレッシャーを作り出しても「暗黙の了解」の日本では、認知されて了解されれば急速に力を失う。「夢があるからいいじゃないか」派も、「無理に決まっている」派も、それぞれがそれなりの納得をして、その目標は既に効力を失ったように思える。「ベスト4」を代表へのプレッシャーとして、とことん利用しようという発想がない。

 そんな暗黙の国では無言の圧力が見えにくいのかも知れません。面白くなければ黙ってスタジアムから去ってサッカーファンを返上する。こうやってプレッシャーを掛ける人たちもいる。それを関係者が脅威と捉えているのか、プレッシャーを感じているのか、その辺りが今後の問題です。

posted by 直木 善久 |09:32 | いつまでもオシム | コメント(13) | トラックバック(0)
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2009年12月13日

ラグビーボールの形

ラグビーボールはどうして楕円形なのでしょう?
もともと牛の膀胱を膨らませて作っていたから、
その製造過程で編み出された形かもしれない。
でもサッカーボールはその膀胱をまんまるい球の中に押し込んでいる。

どうして楕円形なのでしょう?
広いグランドでラインの外へ飛び出しても、
遠くまで転がっていかない実用的な役割があるのかもしれない。
確かに戻るように弾む時もある。
止まってしまう時もある。

私はちょっと違う見方をする。
右へ跳ねるか、左に跳ねるか、
ラグビーボールは偶然性を演出している。
拮抗したチーム同士が戦って1トライの差で勝負が決まっても、
それは偶然が差配したとも考えられる。

勝負に偶然性を秘めたボールを介在させることによって、
勝者と敗者の間に冷酷な線引きをしない。
勝っても負けても「そんなに差はないよ」って称え合える。
そんな牧歌的な大らかさを、イングランドの紳士は持っていたに違いない。
それは「ノーサイド」という言葉にも表れている。

細かなことに拘らない大らかさ、
勝利を絶対的なものと崇めない謙虚さ、
それがあのラグビーボールの形ではないか。
戦いをエスカレートさせない智慧の形かもしれない。

今では100mを走っても、
コンマ2桁まで計測して決着をつける。
サッカーではPK戦で決着をつける。
勝利者を特定しなければいけないのは、
勝利が莫大な利益と利権を生みだすからでしょう。
牧歌的な曖昧さや紳士のいさぎよさは
商業主義の下で不条理と姿を変える。
審判の判定に大らかな態度を示せば、逆に非難の集中砲火を受ける。

ラグビーでは引き分けるとジャンケンで勝者を決めていた。
それを大らかと捉えるか、不条理だと捉えるか。
これはスポーツの世界だけの話ではありません。
現代は不条理をどのように噛み砕いて納得するかによって、
世界が大きく違って見える。

完璧な正確さや平等を求めても、
どこまで行ってもグレーゾーンは残る。
実現不可能なものを追い求めること自体が不条理です。
正確さや平等を突き詰める人は、
実は利益や利権を追及しているのではないか。

世界とはラグビーボールのように、
どちらに転がるのか分からないのが本来の姿、
まっすぐ転がっていく先が明るい未来なんて嘘っぱちでしょう。
話がちょっと違う方向へ転がりそう。

他のスポーツは平等に転がる丸いボールを好むのに、
ラグビーは楕円形のボールを追いかける。
私はあの大らかに跳ねて転がる楕円形のボールが好きだ。

posted by 直木 善久 |08:56 | 茶の間のひとりごと | コメント(6) | トラックバック(0)
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2009年12月11日

茶の間のひとりごと

 王者の内藤大助が果敢に攻めて、挑戦者の亀田興毅がガードを固めてカウンターを狙う。スタミナで劣る内藤は早く勝負を決めたかったのでしょう。
「チャンピオンさんよぉ、ありふれたコメントしか言いませんな。ハキハキしゃべらんと、シャキッとせんと」
「久々に予告でもしよか? 3回で仕留めます」
 散々チャンピオンを挑発しておいて、守備を固めた亀田。その作戦はまんまと成功した。「頭を使わな」と、得意げな新チャンピオンの声が聞こえてきそうだ。そういえば実際にリングでも頭を使っていましたが…

 スペシャルドラマと銘打って盛んに番宣を仕掛けていたNHKの「坂の上の雲」と、そのタイトルマッチの放送時間が重なった。タイトルマッチは43.1%、「坂の上の雲」が17.7%、NHKは「リングの上の亀田」に負けてしまった。次回が低調なら坂の上から転がり落ちる。

 悪役を演じる亀田に対して、ゴルフ界の人気者は優等生だ。その石川遼が賞金王に輝いた。2007年に高校1年生で初優勝、2008年にプロ転向、そして今季は4勝で賞金王、あれよあれよという間にゴルフのファン層を広げ、視聴率をどんどん上げながら自身もアイドルからスターへ、そしてスターから真の王者へとこの三年間で大きな飛躍を成し遂げた。 

 この先どこまで伸びていくのやら。小学校の卒業文集に記した「20歳でのマスターズ優勝」も、手が届くほどの至近距離に見えてきた。末恐ろしい。盛り上がるゴルフ界、これで悪役が登場すればもっと盛り上がるのかもしれません。でも、
「チャンピオンさんよぉ、きちっとコメントしてますな。ハキハキしてるし、シャキッとしてる」
これじゃ悪役も立場がない。

 今年は17週連続でトーナメントに参戦、でもまだ高校生なんですよね。「いつ勉強しているの?」、こんな野暮なことを訊く人は誰もいない。先人達から学び、実力を身につけ、人気も得て、賞金も得る。独り占めの勝ち組なのに、それをやっかむ人もいない。石川遼は既に人徳も得ている。

 さて、Jリーグもシーズン終了。最終節で鹿島アントラーズが優勝を決めました。まずは優勝おめでとうございます。意地を見せた浦和との激戦の末に決めた優勝は、その感激も一入でしょう。選手たちは口々に「次はACLのタイトルが欲しい」と語っていました。

 結果的にたった一人で閉塞していた男子ゴルフ界の息吹を取り戻した石川遼、彼は3年有ればどれほど飛躍できるかを私たちに示してくれました。今年3連覇を果たした鹿島、来年は国内のタイトルに加えてACLのタイトルを獲得、そしてその次は…

(2回目の「坂の上の雲」は視聴率がちょっとUPしたようです)

posted by 直木 善久 |06:16 | 茶の間のひとりごと | コメント(2) | トラックバック(0)
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2009年12月08日

「ベスト4」発言の思わぬ弊害

 来日してからのオシムの発言を聞いていて「もうオシムは昔のオシムとは違うのかも知れない」と前回書いてしまいました。それは私の杞憂に過ぎないと思いつつも、スカパーで淡々と語るオシムの姿を見ても、記者会見の記事を読み返しても、その疑問は完全に消え去りません。引っ掛かって腑に落ちない気分はそのままだ。言葉に力を感じない。それは今までのように監督ではなくコメンテーターという立場だから、という問題だけなのでしょうか。

「相手をリスペクトしなければいけない」
「相手が日本をどのように考えているかを理解しなければいけない」

 確かにその通りです。それは何度も聞いてきました。オシムの言葉は閉塞した状況に陥っても、初めての局面を迎えても、いつも「考えろ」と警告を発しながらヒントや智慧を与えてきました。それはサッカーを目指す者、人生を真摯に生きようとする者に対して、世界中で通用する言葉に違いない。日本人だけに用意された言葉など、あまり聞きたくはない。

「(日本代表は)自分自身をだまして、勝つんだというムードを作らなければならない」

 ジーコジャパンは格下との親善試合を好み、強い日本を演出してドイツ大会に臨みました。そんな「だまし」も初戦の84分までしか持たなかった。また同じ失敗をしろというのか。

「選手たちは自分自身を信じることだ。自分自身を疑ったら何もできない」
「夢を見すぎることはよくない」

 選手たちは「ベスト4」を信じてもファンは夢を見るな、ということでしょうか。でも選手が信じるならファンも一緒に信じたい。逆に夢を追いかけてはいけないなら、選手もファンも同じでしょう。どうして選手とファンを切り離して考える必要があるのでしょう。

 オシムが日本代表監督を解任された身として、ヨーロッパの視点に戻して日本を評価すれば、決してこのような言葉は発しなかった。きっと彼は岡田監督に気を使っているのです。後任監督が掲げた目標を批判して、その面目を潰すわけにはいかない。岡田監督がぶち上げた「ベスト4」という目標が、結果的にオシムの言葉を濁らせているのではないか。だから「夢」や「信じる」や「自身をだます」ことを多く語る羽目になる。自由闊達に語る前に、そのために時間を割くことになる。

 今でも日本のサッカーに注目し、日本のために役立とうという姿勢には頭が下がります。サッカーファンなら誰でもオシムの存在は心強いでしょう。しかし日本を突き放して、辛辣で厳しい言葉をぶつけてくれた方が日本のためになるのではないか。私が腑に落ちなかったのはそこかもしれない。

「日本代表を強くするのはJリーグの存在だ。クラブやメディアはJリーグの試合がより激しく、より速くなるように手助けすべきだ」
「日本サッカーの中で欠けているもの、それは真実だ。特にサポーターは真実の情報が不足しているように思える。中村俊輔の報道ばかりしていてはダメだ」
「日本サッカーが進むべき道を示す大会になるかもしれない。それは代表だけでなく、クラブ、選手、監督、メディアの発展にもつながるだろう」

 確かに厳しい話もしている。しかし私にはまだオブラートに包まれた声のように聞こえます。私の中のオシムに語らせてみよう。

「みなさんは日本がグループEでどのくらい戦えるか知りたいのでしょう。確かに報酬を考えることは楽しい。しかし努力したからといって必ず報酬が得られるとは限りません。常日頃から努力を怠らない人が、より多くの報酬を得ると考えておいたほうがいいでしょう」
「みなさんは代表チームの成績にしか興味がないようですが、Jリーグの質を高めることなしに世界で戦える代表を作ることは出来ません。そのためにクラブやメディアはどのような努力をしていますか?メディアは今でも人気選手だけを取り上げ、活躍しても目立たない選手を取り上げません。俊輔以外はいくらピッチを走り回っても見えないらしい。日本のメディアはファンに真実を伝えようとしない。今回も対戦国の実力を正確に伝えるメディアが果たしてあるでしょうか」
「こんな状態が変わらない限り、いつまでたっても不本意な成績に終るのは目に見えています。夢を追いかけても、その先には無残な結果が待っている。上手くいかずに、今回の大会が考え直すきっかけ、改善する契機になったほうが日本にとっては有意義な大会になるといえるでしょう」

 どうでしょう?「賛辞ばかりではなく、しっかり批評することが日本サッカーの発展につながる」 と言いながら、オシム自身が思い切った批評をしていない気がする。「ベスト4」発言の思わぬ弊害かもしれない。

posted by 直木 善久 |22:33 | いつまでもオシム | コメント(12) | トラックバック(0)
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2009年12月06日

一喜一憂なら上出来だ(抽選会雑感)

 犬飼会長は南アフリカ大会の前に、2試合はシード国と強化試合を組むと発言している。もちろん大会前に多くの強豪国と相まみえ、選手やファンのモチベーションを高める筋書きは悪くない。でもどうしてシード国に拘るのか。
 前回の2006年、開催年に入ってから対戦したシード国はドイツだけ、2002年は一つもない。シード国でなくても出場国はほとんど日本よりも上位です。相手として不足は無いと思いますが…日頃から強豪国と戦っていれば、慌ててシード国とのマッチメイクに走り回ることもない。
 マッチメイクの情報が早めに流れてくるのは、協会に焦りがあるからでしょう。強豪国がいつも二軍や三軍と親善試合をしている国を、好んで強化試合の相手に選んでくれるとは考えにくい。「たとえ流れても努力はしました」、そんな言い訳が聞こえてきそうだ。

 日本の対戦相手について、抽選会前のメディアの論調は概ね次のようなものでした。
 ポット1は南アフリカがいい。何故なら、「先月の親善試合で引き分けており、アフリカ勢でも個の力はそれほど強くない」
 ポット3はウルグアイがいい。何故なら「南米予選を順調に勝ち抜いたチリやパラグアイよりも、プレーオフに回ったウルグアイがやや安定感に欠けている」
 ポット4は、スロバキアかスロベニアがいいらしい。「初出場のスロバキアと2度目の出場のスロベニアは国際的な実績と経験が少ない」
 強化試合は強豪と戦いたいが、大会ではなるべく弱いチームと戦いたいらしい。弱そうなチームを詮索しておいて、そのチームに負けるのが一番惨めだ。そして一番あり得る。シード国との強化試合が実現しない場合を考えて、私は本大会で強豪と戦える死の組を希望していたが、結果はオランダ、カメルーン、デンマーク。相手に申し分は無い。

 来日したオシムは「ベスト4を強く信じろ」という。そして就任当初にドイツ大会を振り返って放った「期待が大きすぎると失望が大きくなる」という言葉を繰り返えした。
 しかしこれは矛盾していないか。期待を膨らませるから信じることができる。強く信じるから期待が大きくなる。人間、寄る年波には勝てない。年寄りは一度大病を患うと弱気になる。下手すると呆けてくる。
 「私が抽選会でお手伝いできることは何もない。神様がどう考えるかによって決まる」
 無神論者のオシムが神を語っている。もうオシムは昔のオシムとは違うのかも知れない。
 「トランポリンで跳ねるように準備していないと大ジャンプはできない」
 昔ほどの皮肉もない。怒りもない。捻りもない。嘆きもない。切れ味もない。単に日本の活躍を期待する好々爺ではないか。語録とは程遠い。

 でもこれはきっと私の杞憂でしょう。オシムは最後まで任務を遂行できなかった前監督としての責任を背負っている。語りにくそうだ。まだ毒舌を奮えない自身の立場をわきまえている。この時期に来日すれば刺激を受ける人たちがいることも理解している。それに抽選会の解説だけで来日するような人ではない。彼はいくつかの目論見を携えているはずだ。

 オシム「抽選結果を見て勝ったも同然とか負けに等しいとか、一喜一憂しないこと」
 一喜一憂は本大会で。でも一喜一憂一分けの微妙な成績になりそうだが…

 岡田監督「われわれより上のチームばかりだが、何とか対処できるグループだ」
  「対処できる」、この発言を対戦国はどのように聞くだろう。「ベスト4」のための強化試合と共に、「ベスト4」のための情報戦にも注目したい。

posted by 直木 善久 |09:07 | 岡田監督と日本代表 | コメント(11) | トラックバック(0)
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