2009年05月30日
45.○4―0 チリ キリンカップ(長居) 2009/5/27
ワールドカップ予選を前にして、急遽代表監督を引き受けることになれば緊張するに違いない。岡田監督も強度の緊張を強いられたでしょう。就任当初はメディアにも多くを語らず、きっと高い煙突の上に立たされたような精神状態だったに違いない。
しかし、あと一勝で出場が決まる地点に辿りつけば、手ごたえを感じて逆にプレッシャーは弱まる。高い煙突から、飛び降りても着地できそうなところまで降りて来たことになる。「そんな時にこそ事故や怪我が多い」解体屋の友人から教えられたと、岡田監督はメンバー発表の記者会見で語りました。
「気を抜くな。まだ決まったわけではない」
「出場だけで喜ぶな。目標はベスト4だ」
煙突の比喩は選手のことではなく、自身の心境を語ったように聞こえました。代表を語るなら、頑強な礎の上に「世界の壁」より高い塔を築き上げるという建設的なたとえ話になるはずです。建設的なビジョンを示す場で、解体屋の話はちょっと違和感がありましたが、監督の正直な心情は伝わってきた。
気が緩みがちのレギュラーに対して、山口智、槙野智章、山田直輝の選出も斬新で納得できます。最終予選前のキリンカップでは初召集の選手を思い切って試して欲しい。ベンチで終われば意味がない。
そのチリ戦は4対0で快勝した。ワンタッチ、ツータッチでつなぐスピードに乗った攻撃。それも無駄のない動き、視野の広いパス回し、素晴らしい試合をした。選手の意志が躍動するプレーを生み、ボールがピッチを縦横に駆け巡る。
前半20分、キーパーがはじいた本田圭祐のミドルシュートを岡崎慎司が蹴り込んで1点目。
前半24分、ボールを奪ってからの速い攻撃、右サイドを駆け上がった中澤佑二がつま先でボールをコントロールして岡崎へ絶妙なパス。それを岡崎が決めて2点目。
前半39分、右足を痛めた玉田圭司に代えて18歳の山田が投入される。岡田監督の表情から厳しさが一瞬消えて、息子を送り出す親父の顔になっていた。私もついつい山田の動きに目が行ってしまう。その山田はチームに溶け込んで軽快に動き回る。前半は2対0で終了。
後半7分、遠藤保仁の右CKをニアの阿部がヘッドで決める。反撃のノロシを上げたい相手を、後半の早い時間に突き放した。
本来は長友佑都が務める左SBに入った今野泰幸、本来は内田篤人が務める右SBに入った駒野友一、闘莉王の代役阿部勇樹が積極的に動き回る。中村憲剛のミスが目立ったが、それはそれだけ多くの仕事をこなした結果に過ぎない。
後半33分に山口が投入された。槙野もベンチで闘志を燃やしているに違いない。
そして後半の47分、山田のパスを本田が豪快に決めて4点目。初召集、初出場、初アシスト。本田が決めたのに、若き山田が祝福されているように見えた。この新しいスターを代表のアイドルとして、若い力のシンボルとして育てて欲しい。
さて、南米の勇者に勝利して、日本はワンステップ高い位置に立ったと言えるのでしょうか。残念ながら素直に喜べない大きな問題がある。
その問題とは、ウズベキスタン戦の先発メンバー。中村俊輔、松井大輔、大久保嘉人、彼らを戻せば、素晴らしいコンビネーションで戦ったチームをいつも海外組で解体していたジーコの失敗を繰り返すことになる。
そのうえ彼らを戻せば、あれほど対戦を熱望したチリが二軍だったと証明することにもなる。この試合を「財産」と称えた監督。ウズベキスタン戦で中村、松井、大久保をベンチスタートさせるだけの評価を、このチリ戦に与えてこそ「財産」になったといえる。
この試合が財産になるのか、ならないのか。この財産を材として高い塔を築くのか、建設途中の塔を解体してしまうのか。「一回だけの成功じゃ決められない」と言うのなら、キリンカップ二戦目のベルギー戦を、チリ戦の後半開始時のメンバーで始めてみてはどうでしょう。
posted by 直木善久 |10:19 |
岡田監督と日本代表 |
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2009年05月24日
トルシエ再評価の試み、その最終回です。
前回に続き、もう少しジャン・フィリップ・コアントの著書「異端児トルシエ」(角川書店)から引用してみましょう。2000年4月28日、朝日新聞は「トルシエ解任」をスクープします。
「3週間、家から一歩も出なかった。毎日、窓の下には大勢のテレビ・カメラマンがいた。明け方の3時にトイレに行く時にテレビを観ると、生放送で画面に明かりがついている僕のマンションが映っていた。僕がどんな思いでいたか分かりますか。あの時はポケットに、フランスに帰るチケットを入れていました」
6月で2年の契約が切れるトルシエの続投は無いという協会の動きに対して、キリンカップのスタジアムにトルシエ支持の横断幕が掲げられ、サポーターのトルシエコールが鳴り響きます。スロバキアと引分け、ボリビアに勝利してキリンカップは優勝、そしてトルシエ支持の大きな声に動かされて協会は続投へと方向転換します。
「あの日サポーターが用意した横断幕は、毎日届く激励の手紙や花束をもらった時のように嬉しかった」
私はサポーターやファンが協会の決定を覆す、無血革命の瞬間を目にして感動しました。サッカーには直接民主主義が生きています。指導者を支持することも、引き摺り下ろすこともサポーターには出来るのです。
協会とメディアが結託したトルシエ包囲網の中においてさえも、サポーターやファンは冷静に状況を判断しました。このような状況を生み出したことだけを考えても、トルシエは評価されるべきでしょう。私自身がトルシエと、サッカーと、そのファンに一目をおき、もう一歩サッカーにのめり込んだ瞬間でした。
トルシエはまず協会に勝利して、ここからワールドカップへの道を一気に進んでいくことになります。レバノンで開催されたアジアカップで優勝、そしてコンフェデレーションズカップで準優勝してワールドカップへ弾みをつけます。
「日本に暮らしている以上、仕事のためには環境に適応せざるを得ないではないか。自らの努力なくして、2年間日本で過ごせるはずがない。(中略)こんどは日本人が僕を理解し、僕の中に培われている伝統や文化を理解しようとする番だ。(中略)僕は日本に、僕が持っている知識、経験を伝えに来たのであって、決してその逆ではないのだから」
果たして日本人はトルシエを理解したのでしょうか。それはトルシエ個人の意志や手法だけではなく、フランスが築き上げた選手の育成法であり、協会の姿勢や考え方であり、メディアやファンがもっとサッカーを理解することではなかったか。
さて、ご存じのように日韓大会でベスト16の成績を残して退任した後は、フランス代表監督の候補に名が上りますが落選、カタール代表、フランスのマルセイユ、モロッコ代表の監督を務めても、すべて解任されてしまいます。
どこへ行っても周囲に刺激を与えて活性化する手法、そしてフラット3という戦術を改めなかったのでしょう。ドイツ大会では日本戦の解説者として画面に登場し、現在はJFLのFC琉球の総監督を務めています。
オシム就任後に「オシムジャパンよ」(アスキー新書)を出版していますが、その中で「自分が残した遺産でジーコは戦った」とハッキリ書いてあります。こういう自画自賛するタイプは日本人に嫌われます。協会の皆さんも嫌いでしょう。これが再評価を遅らせる一因かも知れません。
「日本のサッカーは確かに、猛烈なスピードで進化している。だが、世界のトップ10に入るには、まだ後10年はかかるだろう。明日からはまた、現実に戻らなくてはならない。目標に達するまでの道程は、まだまだ遠い」コンフェデレーションズカップで準優勝してトルシエはこのように語っています。
そして、日韓大会から7年が過ぎました。まだまだトップ10に程遠いのは、日本がトルシエから学ばなかっただけでなく、いまだに十分な評価を与えていないことが原因ではないかと、疑ってみる必要がありそうです。
トルシエが好きな人がいても、嫌いな人がいても構いません。私は公式の場でトルシエの再評価が始まってもいいのではないかと考えます。そのために「トルシエの人間性は悪い」というのは、当時のメディアが醸し出したムードに過ぎず、今から振り返ればゴシップ記事の連続に過ぎなかったと示しました。
この状態が続けばトルシエは永遠にサッカー殿堂には入らないでしょう。権威を重んじているのではありませんが、協会は「自国開催で決勝トーナメントへ進出させた良い監督を選んだ」と内外に自慢もできず、「日本の協会は良い監督を見つける」と評価されても素直に喜べません。このように自身で自身を評価できない状態は不幸に違いありません。「日本サッカー界の悲劇」ご理解いただけたでしょうか。
ここまで「トルシエ再考」と銘打って書き進めてまいりましたが、私にとっては「トルシエ最高」だったということで、そろそろ幕を引きたいと思います。ご清聴有難うございました。(完)
posted by 直木善久 |04:56 |
トルシエ再考 |
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2009年05月17日
トルシエ再評価の試み、その五回目です。
「僕のことをみんなは性格異常というけれど、いつもだれかが僕に監督を頼みに来る。僕というプレゼントはきっと、下手にラッピングされているにちがいない」
ジャン・フィリップ・コアントの著書「異端児トルシエ」(角川書店)の中で、トルシエはこのように語っています。
コアントはアフリカ時代のトルシエを密着取材していた、フランスのスポーツ紙「レキップ」の記者ですが、この本では安易にトルシエを賛美せず、取材した多くの人たちの言葉をそのまま取り上げています。
取材された人たちの中には、トルシエを指して「問題児」、「性格異常」、「人種差別主義者」、「はったり屋」などと呼ぶ人もいます。
確かに、コートジボワールではお粥を食べていた選手に「お前は野蛮人か」と叫び、その粥を選手の顔に塗りたくっています。采配にブーイングする観衆や、不可解な判定をした審判にズボンを下げてお尻を出しています。ハーフタイムにロッカールームへ入ってきて、選手にアドバイスしようとした副会長を殴っています。ナイジェリアでは試合前に「お前たちは羊か」と捨て台詞を残して帰宅しています。職場放棄です。
でもそれは選手が平然と練習や空港の集合時間に遅れ、食事の管理も行われず、ユニフォームも揃わない状況なのに、協会は改善しようとはせず、そのうえ支払い時になると記憶消失症になり、たえず政治権力が戦術にまで口出しする環境と戦った結果です。
それは乱暴な行動ですが、破壊されてけが人が倒れている南アフリカの空港に降り立ち、特権階級の白人として脅迫を受けながら、ガードマンと装甲車に囲まれてスラム街にある競技場へ通う勇気、十分な報酬が得られなくてもブルキナファソのクラブの監督を引き受ける好奇心、財布の紐を握るスポーツ大臣に取り入ろうとしないプライドを、同時に持ち合わせていることを知っていて欲しい。
このようなアフリカ時代を経験した後、いよいよ日本に登場します。日本ではお尻も出さず、副会長を殴りもしない、しかし別の問題が出現します。コアントの「異端児トルシエ」から、トルシエが日本時代を語った言葉を引用してみましょう。
「選手たちは最初に、僕が彼らの習慣を一変させ、なにもかもそれまでとはちがう新しい方法で始めようとしたことに気がついた。協会上層部は僕が要求過多で、どんな些細なことも無視しないことを知った」
新しい方法で始めるために、協会へ改善を要求するのは当然です。彼が言うように習慣を一変させようとして、協会と最初の齟齬が生じたに違いありません。まして「どんな些細なことも無視しない」のがトルシエ流です。
「日本の代表チームのレベルアップを望むなら、チームはヨーロッパで少なくとも毎シーズン、5~6回は試合をする必要がある。(中略)僕の改革は選手たちに国際試合を定期的にさせるためのものだ。(中略)日程の問題をクリアにするだけでも、日本チームは20%はレベルアップできると思う」
協会が興行性を優先するなら、強化を優先したい監督とスケジュールを巡って対立が起こるのも当然です。
「(前略)ユース代表の選手がオリンピック選手になり、続いてA代表の選手になった時に、彼らは僕が本当は何を言いたかったかということを理解すると思う。こうすることが結果的には時間の節約になる。なぜなら、代表選手たちは忙しくて、あちらで3日、こちらで4日という具合にしか会えないのだから」
トルシエの発想は理にかなっている。
「僕からみたら、Jリーグ自体が息切れしていた。経済不況の影響で、投資家はクラブへの援助を減額した。Jリーグは大手企業の資力で賄われていた。それにここでは選手全員にとてもいい給料が支払われている。施設も素晴らしいし、スタッフも優秀だ。だが、お金がかかる。予算のほとんどを大手スポンサーに依存し、クラブはテレビ放映料も少ししかもらっていない」
観察や分析も間違っていない。
そしてブルキナファソの合宿に関して「彼らをあえて遠出させたのは、彼らの生活圏の枠を壊さなくてはいけないと考えたからだ。日本人は海外旅行をしているのではなく、どこへ行くにも日本を持ち歩いている。だから、いつも食べ慣れているもの以外を食べさせなくてはいけない。自分の部屋以外でも寝られることを、教えなくてはいけない。精神性と社会性をともなった男にならなくてはいけないからだ」
哲学も持っている。
「選手はどこまでもよく走る。だが、デタラメに走っていて、中には無意味に疲れ果てる選手もいる。これからしなくてはいけないことは、彼らのやる気をまとめることだ」
人間性が悪いと言われるのは、やはりラッピングが下手なだけなのでしょうか。監督としての資質を問えば、アーセン・ベンゲルのように「フィリップは頭がよく情熱的で、なによりも集中力があった。ゲームの進め方について、毎晩遅くまで討論し、時に彼の大胆な着想に僕は驚いたものだった」と評価することになり、利害が絡んで既得権を脅かされると「あいつは無礼者、反抗的な人種差別論者、混乱を引き起こすはったり屋、騙し屋だ」(元アフリカ・スポーツ会長の言葉)と評価されることになる。よく観察するとその立場によって意見が分かれているのが理解できるでしょう。
世界ユース選手権を迎えて「僕たちは今、決勝まで進んだけれども、皮肉にも僕でさえ正直なところ、これは思ってもいなかった。(中略)あまりの準備の不手際に、1か月前に辞職さえいとわない覚悟をした。今、僕たちは決勝に進んだ。僕たちの戦いはさあ、これからだ」
世界ユース選手権の決勝、スペイン戦を前に「戦いはこれからだ」と力強く語るトルシエは、この大会を準優勝で終え、シドニーオリンピックでベスト8の成績を残したにもかかわらず、そこから解任を決定した協会と戦うことになります。トルシエの「戦いはこれからだ」話は次回へ続きます。
posted by 直木善久 |06:40 |
トルシエ再考 |
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2009年05月12日
――あれ?今日もまた居酒屋へ、この二人、まぁ、よく話が尽きないものですね。
「先輩、いよいよキリンカップが2試合、ワールドカップ予選が3試合と続きますね」
「岡田監督は『この5試合はテストより強化』と、再びメンバー固定を口にした」
「先輩の話はミミダコで覚えてしまいました。『メンバーを固定すると敵は戦略が立てやすい』、『指定席を与えられた選手のモチベーションは下がる恐れがある』、『予選も終盤で厳しい試合が増えて、けが人も一人や二人で済まないケースも出てくる』、だからメンバーの固定は良くない」
「そうそう、で、万が一、この5試合で芳しい結果が得られなかったらどうする」
「えっ、ワールドカップに行けない?」
「もちろん試合はやってみないと分らないが、その可能性は低い」
「そうですよね」
「行くには行くけど、感心しない試合が続いたら…」
「岡田監督はワールドカップまで同じメンバーで行くと言ったわけじゃないから、少しはテコ入れするでしょう」
「なるほど、テコ入れする」
「はい」
「でも、そこでテコ入れすれば犯人探しになってしまう。力量は横並びなのに、メンバーから外された選手はどう思うだろう」
「うまく行かなかった原因は俺たちかと…」
「悪い結果でメンバーを入れ替えれば犯人探し、良ければ良いでメンバーは代えられない。どちらにしても行き詰まる」
「はぁ」
「メンバーを固定するなどと公言せず、絶えず風通しを良くしておく。外す選手には『Jで調子を上げて戻って来い』、新たに呼ぶ選手には『雰囲気に慣れておけ』、そうやって選手層が少しずつ厚くなっていく。ダメ出しされた選手も、メンバーが絶えず動いていれば目立たない。それは選手に対する配慮でしょ」
「うーん」
「だいたい代表メンバーの選考なんて非情な作業です。メンバーを固定すればその責任からはしばらく逃れられるが、道を閉ざされている選手に対する責任が消える分けじゃない」
「なるほど」
「まぁ、メンバー固定を公言しても得るものは何も無い。結果が良くても悪くても泥沼へ。これは岡田監督の戦術を云々する以前の問題です」
「先輩の言わんとすることは、なんとなく分かります」
「なんとなく?」
「いえいえ、そんなことはありません、よく分かります。はい」
「今年からアジア枠が増えて韓国人選手が活躍していることに対して『Jリーグが韓国代表の指導をしているみたいだね』と語ったらしい」
「はい、読みました」
「それは皮肉か、苦言か、世間話なのかよく分からないけど、今は『Jリーグが日本代表の指導をしているみたいだね』と言い返したい」
「ん」
「クラマーの時代から、選手は代表で学んだことを自分のチームに持って帰っていた。今は何か持って帰るものがあるか!」
「うっ」
「Jリーグのいいところをすくい取って、ハッパをかけているだけじゃないか」
「そこまで言いますか」
「持って帰るものが何も無いから、U-20の合宿では選手に『監督賞』ってお土産を渡した」
「そうだったの?あれは…」
「この前の磐田と大宮の試合のイ・グノの2点目を見た?」
「いいえ」
「まるでゴールライン上を走るようにゴールへ切り込み、ディフェンダーとキーパーをかわして決めた見事なゴール。ブラジル人選手だけでなく韓国人選手からも学べる」
「神戸と名古屋の試合で、バックパスのロングオウンゴールを放り込んだのも韓国人選手じゃなかったですか?」
(しばらく沈黙)
「ワールドカップ出場を決めれば、岡田は勇退するのがいい」
「えっ!先輩、何を…」
「先発オシム、中継ぎ岡田、それで抑えのエースが登場する」
「ほっ、本気ですか?」
「中継ぎなら岡田は評価できる。緊急時に監督を引き受けて、ワールドカップ出場までつないだ。ここで勇退すれば岡田は拍手で送られる。でもワールドカップまで行けばどうか。一か八かの賭けになる」
「で、で、抑えのエースは誰なんですか」
「…」
「どうしたんですか?」
「…」
「先輩、エースは?」
「物語としてはオシムがいい」
「やっぱり」
「志半ばにして倒れたオシム、その無念さを思えば復帰を叶えてあげたい。それにオシム復帰は世界中のオシムファンだけでなく、多くのサッカーファンから歓迎されて注目される」
「はぁ」
「注目されればモチベーションも上がって、オシム復帰以上に日本は大きな力を得ることになる」
「はい」
「戦争という理不尽な理由でユーゴ代表監督から退いたオシムが、20年ぶりにワールドカップのピッチに戻ってくる。それを思うだけで胸が締め付けられる」
「そうですね」
「岡田もここで勇退して『次の4年間は一からチームを作りたい』と立候補すれば協会も放っておけない。ころがりこんだ代役ではなく、自ら進んで立候補して代表監督を務めたいと意思表示すれば、評価も人気もアップする。誰にとっても悪い話ではない。話題が欲しいメディアにとっても…」
「うーん」
「でもね、これは夢物語。私の夢想にすぎない。オシムの体調も心配だし…」
「夢ですか、夢、そうですよね」
――おや?今日はオチがない。先輩は真剣に思い込んでいるようです。「夢があるから強くなる」がスローガンの協会、夢先生を派遣して子供たちの夢を叶えるなら、ファンの夢も叶えて欲しい。
posted by 直木 善久 |06:18 |
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2009年05月10日
トルシエ再評価の試み、その四回目です。
トルシエの人間性を記述した文章を求めて、書籍だけでなくブログも探してみました。しかし、トルシエの戦術を論じているブログは多いのですが、その人間性を言及したブログは少ないようです。
たまたま行き着いた「サッカー研究所」(最近は更新されていないようです)というブログの「トルシエ総括」では、ここまで取り上げてきた書籍と同じように「選手との個人的・感情的なすれ違いは、報道で知る通りであろう」と、十分報道されているとして具体例は省略されています。 それなら、当時の新聞はどのような記事を載せていたのでしょうか。
トルシエの一挙手一投足は、概ねその断定的な発言によって身構えて受け取られ、その挑発的な態度によってメディアは批判的な姿勢を固持しています。その積み重ねが「トルシエの人間性が悪い」というイメージに結びついて定着させたのでしょう。
具体的に記憶に残っているのは「選手が買ってきたコンビニ袋を検査した」、「名波浩への手厳しい批判」、「歌舞伎町の裏通りに現れた」こんなところでしょう。お金を巡る記事もあったように思いますが、それこそゴシップに過ぎません。
「選手が買ってきたコンビニ袋を検査した」――スポーツ選手が食事で十分な栄養を取らず、袋菓子やジャンクフードを食べるほうに問題があります。コンビニで買ってくるのはこんなものでしょう。学校の持ち物検査のごとく、こんなことを真剣に代表監督としての資質と天秤にかけて論ずること自体が私には理解できません。
「名波浩への手厳しい批判」――そもそも監督が選手を批判することが悪いことでしょうか。「一生かけてもリーダーにはなれない」その激しい口調が悪いのか、メディアの前で個人を名指しで批判したのが不愉快なのか、それとも批判した内容がそもそも間違っているのか、それを説明した文章には出会えません。
問題はその批判が理にかなっているか、否かです。もちろん単に感情を吐露しただけなら監督に非がある。問題はトルシエの名波に対する評価や態度が間違っていれば、失敗するのはトルシエ自身だということです(これで失敗する指導者は多い。オリックス時代のイチローを二軍に落とした監督を思い出してください)。
過去の実績で選手を選べば周囲は納得するのでしょうが、自分が目指すチームで機能する選手を見抜く才能が監督には必要です。実績を残している選手を切ったことによって、過去の実績でしか選手を判断できない人たちから批判を受けただけではないか。
トルシエは自ら池に石を投げ入れ、波紋が広がっていくのを眺めていたはずです。単に名波一人を批判するのが目的ではないでしょう。選手を刺激し、チームに緊張感が生じ、メディアが取り上げ、ファンが議論を始める。そのようにトルシエの考え方が広がっていった。
トルシエを読み解くキーワードの一つは「刺激」です。たえず周囲に刺激を与えて組織や状況を活性化しています。選手に対しても、協会に対しても、メディアに対しても絶えず刺激を与え続けるエネルギーに驚きます。もちろん直接刺激された人たちは辟易するでしょうが、強いチームをつくるために全身全霊をつぎ込む真摯な姿勢を私は評価します。
トルシエを人間性という言葉を盾に使って批判する人は、直接刺激されて辟易した人に違いない。
ちょっと毛色の変わった「歌舞伎町の裏通りに現れた」というのはホモセクシュアルを意味するのでしょうか。ホモセクシュアルであろうと、バイセクシュアルであろうと、Sでも、Mでも他人に迷惑をかけたわけではありません。これはプライバシーに属する話です。
知らぬ間にホモセクシュアルのデザイナーの服を着て、ホモセクシュアルのミュージシャンの音楽を聴いているご時勢です。その才能と性癖は関係ありません。迷惑を被ってこそ初めて問題にすべきことでしょう。
カトリーヌ・あやこが「カトカルチョ」(マガジンハウス)で「なんとなくトルシエ批判て『あんたのことが人として好かん』というのが多いような気が…」と書いていますが、私もそう思います。
トルシエは日本の協会やメディアと相性が悪かった。「彼は直情的な人間だ」「彼は強引に自分の考えを押し通す」それで済む話なのに「人間性が悪い」と人格を否定したところに、批判する側に人間性の悪さを感じます。
トルシエの強引さこそ、当時の日本代表に欠けていたものです。自信と責任に裏付けされた強引さがチームを変えました。本当に人間性に問題を抱える監督なら、まず選手が背を向け、サポーターが見放します。しかし協会とメディアは笛を吹くけどサポーターは踊らなかった。私が驚いたのは、ファンが冷静にトルシエを評価していたことです。その話は次回に…
posted by 直木 善久 |03:53 |
トルシエ再考 |
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2009年05月08日
――おなじみの居酒屋、今日も先輩と後輩が呑み交わしております。
「先輩、お久ぶりです」
「よっ!後輩。大将、ビールを。大将もお久しぶり、はい、はい、元気です。ええ、仕事がちょっと…。えっ、ブログを拝見させていただいていますって、有難う、えっ、面白いって、エヘヘ、大将!トロ刺し、えっ、アワビもいいのが入っている?アワビでも、カニでも、フグでも、今日は大将にお任せ。おい、何を笑ってるの」
「いーえ、別に…」
「まぁ、とりあえず乾杯!」
「先輩!先輩のブログねぇ、最近ちょっと岡田批判がきつ過ぎませんか」
「きつい?」
「揚げ足取るのを、手ぐすね引いて待っているみたいですよ」
「『みたい』じゃないよ、手ぐすね引いて待っている」
「でもねぇ、良いところも書かないと、ほら、よく言っていたじゃないですか。長友を抜擢したのは評価できるって、選手を見る目があるって…」
「あのね」
「はい」
「ジーコジャパンがね」
「えっ」
「ワールドカップの一次予選の最初の試合、オマーンに苦戦した」
「はぁ、あのロスタイムに久保竜彦が決めてやっと勝った試合ですね」
「そうそう、次のシンガポール戦でも途中出場の藤田俊哉のゴールでやっと勝った」
「そうでした。覚えています」
「するとジーコ批判が高まって、解任要求のデモまで行われた」
「あのころのサポーターは元気でした」
「ところが、その後にEURO2004の優勝候補といわれていたチェコに勝って、イングランドには1点ビハインドの後半に追いついて引き分けた」
「はいはい」
「続くワールドカップ予選の第3戦のインドには大勝、キリンカップでスロバキアとセルビア・モンテネグロを破って優勝…」
「良く覚えていますね」
「そしてアジアカップでも見事な優勝を飾った」
「中国の重慶はブーイングの嵐でしたね」
「これでデモも尻すぼみ、ジーコ批判派も、ジーコ懐疑派も口を閉ざしてしまう」
「当然でしょう、結果を残せば」
「それでもずっと批判を続けていたのは、私の記憶ではセルジオ越後だけだった」
「いまでも辛口ですが…」
「批判の基準を持っているから、目先の勝利に振り回されずに批判が出来る。あのとき批判を続けた者だけが、ワールドカップの結果を批判出来る、と俺は思う」
「勝てば官軍、負ければ賊軍ではよくないと…」
「その通り!継続した批判こそがチームの停滞を防ぐ」
「でもねぇ先輩、よく『褒めて育てろ』って言うじゃないですか。やっぱり良いところも書かないと」
「褒めれば伸びる、しかし批判されてこそ強くなる」
「そうですかね」
「俺は悪口を書いているんじゃない。どうも日本人は批判と悪口の区別がつかないらしい」
「批判と悪口?どう違うんですか」
「そこから論陣を張り合って、互いを高めるきっかけを提供するのが批判、反論に対して無視するか同じことを繰り返すのが悪口」
「うーん、よく解りません」
「指摘したことを相手が受け入れたら『あんたも良くなる、私も良くなる』これが批判、相手が受け入れたら『相手は貶められ、私だけ良くなる』これが悪口」
「うーん、ますます解らん。先輩もブログを褒められたらうれしいでしょ」
「ああ、励みになる」
「褒めて伸ばす方が、互いに気持ちがいいじゃないですか」
「でも批判されると、ムラムラと闘争心が湧いてきてまた書ける」
「先輩も頑固ですねぇ。ほら、トロ刺しが来ました。うわー、でっかいカニも来た。ほら、ほら、アワビも」
「おおっ」
「先輩!大将もきっちり褒めて、売上を伸ばしている」
――お後がよろしいようで…
posted by 直木 善久 |05:50 |
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2009年05月03日
トルシエ再評価の試み、その三回目です。
前回は、日本代表監督時代のトルシエを記述した三冊の本を読んで、トルシエの人間性を検証しましたが、この程度で人間性が悪いと言われても「ハイそうですか」とは納得できません。
トルシエジャパンでコーチを務めた山本昌邦の著書を読めば、実物大のトルシエを知ることが出来るかも知れない、そのように考えて「山本昌邦備忘録」(講談社)を読み始めましたが、何だかちょっと様子がおかしい。
合宿では食事中の新聞が厳禁、自室以外の携帯電話の使用も禁止、トルシエの規律は厳しいと批判しています。これが厳しいのかと訝しながら読み進むと、次は掌を返すように規律をチームに持ち込むことは悪いことではないと語り始めます。
その後も「批判はするけど悪くはない」という調子で、何事も断定せず、曖昧で、どっち付かずで、山本自身の考え方が見えてきません。たとえば…
トルシエが練習でミーティングの内容と違う行動をとったり、知らされていない選手を先発メンバーに入れるなど、いつも前言を翻すと批判しながら、それでコーチや選手は「察する」ということを覚えたと書いています。
ワールドユースのブルキナファソ合宿で、食事をめぐってドクターとトルシエが対立した場面で、選手の健康管理をトルシエが考えていないと批判していますが、ナイジェリアの本大会で、ブルキナファソの悪い環境を経験したことが生かされたと書いています。本心はどちらにあるのでしょう。
「トルシエでは駄目だ。俺が監督ならもっと良いチームをつくってやる」という意気込みがあれば、もう少しは説得力がある文章になったのかも知れませんが、最後まで優柔不断な文章で埋められています。
厳しい規律や、必要に応じて前言を翻すことや、はっきり意見することが批判されるなら、スポーツだけではなく、会社組織などでリーダーシップをとる人たちも批判されなければいけなりません。
逆に言うと、山本昌邦の考え方や意見はリーダーシップをとる人のものではありません。生徒が教師の悪口を言うのに近い。もう少し書き出してみましょう。
「『協会が山本を入れたがっているのは知っているし、それが監督就任の条件に入っているのも分かっているけど、最終的にコーチ・ヤマモトを決めたのはオレ(私注=トルシエ)なんだ。つまりお前のボスはオレなんだ』と繰り返していた。『オレがお前を雇っているんだ』と言わんばかりに」
「(私注=ワールドユースで)得失差で日本の1位通過が決まった。その途端である。急にトルシエの目つきが変わった。『ヤマモト、今日から会見には私が出る』その豹変振りに、ベンチからずり落ちそうになったけれども、そのほうがいいと思った」
「(私注=日韓大会トルコ戦敗退のあとに)私の脳裏に一瞬、後悔の念がよぎった。『どこから、チームが狂いだしたのか』『もし、あの時、自分からトルシエにしっかり意見が言えていたら…』」
序章からあとがきに至るまでこんな調子です。トルシエを「大きな赤ん坊」だと言いながら、赤ん坊に助言もできないコーチって何だ?この本には日本人指導者に欠けている強引さや、読みの深さに対するジェラシーが詰まっています。
トルシエの強引さを否定的に捉えているから、自身は曖昧で優柔不断な文章しか書けないのです。トルシエのそばに4年間もいた山本昌邦が、単に当時のうらみつらみを書き出して公表するようなレベルの指導者だったことが残念です。
これを読めば彼が率いたアテネオリンピック代表の成績も、アテネ後に監督に就任したジュビロの低迷も、私にとっては当然のことと納得できます。
トルシエを知ろうと読み始めたのですが、少し横道に逸れてしまいました。残念ながら今回もトルシエの「悪い人間性」には出会えません。当時は新聞を賑わせていて、誰もが当然と受け入れていたトルシエの人間性は、一過性のゴシップ程度のものだったのでしょうか。それなら次回は、当時の新聞を賑わせていたトルシエの記事を取り上げて考えてみたいと思います。
posted by 直木 善久 |06:44 |
トルシエ再考 |
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