2009年05月24日
トルシエ再評価の試み、その最終回です。
前回に続き、もう少しジャン・フィリップ・コアントの著書「異端児トルシエ」(角川書店)から引用してみましょう。2000年4月28日、朝日新聞は「トルシエ解任」をスクープします。
「3週間、家から一歩も出なかった。毎日、窓の下には大勢のテレビ・カメラマンがいた。明け方の3時にトイレに行く時にテレビを観ると、生放送で画面に明かりがついている僕のマンションが映っていた。僕がどんな思いでいたか分かりますか。あの時はポケットに、フランスに帰るチケットを入れていました」
6月で2年の契約が切れるトルシエの続投は無いという協会の動きに対して、キリンカップのスタジアムにトルシエ支持の横断幕が掲げられ、サポーターのトルシエコールが鳴り響きます。スロバキアと引分け、ボリビアに勝利してキリンカップは優勝、そしてトルシエ支持の大きな声に動かされて協会は続投へと方向転換します。
「あの日サポーターが用意した横断幕は、毎日届く激励の手紙や花束をもらった時のように嬉しかった」
私はサポーターやファンが協会の決定を覆す、無血革命の瞬間を目にして感動しました。サッカーには直接民主主義が生きています。指導者を支持することも、引き摺り下ろすこともサポーターには出来るのです。
協会とメディアが結託したトルシエ包囲網の中においてさえも、サポーターやファンは冷静に状況を判断しました。このような状況を生み出したことだけを考えても、トルシエは評価されるべきでしょう。私自身がトルシエと、サッカーと、そのファンに一目をおき、もう一歩サッカーにのめり込んだ瞬間でした。
トルシエはまず協会に勝利して、ここからワールドカップへの道を一気に進んでいくことになります。レバノンで開催されたアジアカップで優勝、そしてコンフェデレーションズカップで準優勝してワールドカップへ弾みをつけます。
「日本に暮らしている以上、仕事のためには環境に適応せざるを得ないではないか。自らの努力なくして、2年間日本で過ごせるはずがない。(中略)こんどは日本人が僕を理解し、僕の中に培われている伝統や文化を理解しようとする番だ。(中略)僕は日本に、僕が持っている知識、経験を伝えに来たのであって、決してその逆ではないのだから」
果たして日本人はトルシエを理解したのでしょうか。それはトルシエ個人の意志や手法だけではなく、フランスが築き上げた選手の育成法であり、協会の姿勢や考え方であり、メディアやファンがもっとサッカーを理解することではなかったか。
さて、ご存じのように日韓大会でベスト16の成績を残して退任した後は、フランス代表監督の候補に名が上りますが落選、カタール代表、フランスのマルセイユ、モロッコ代表の監督を務めても、すべて解任されてしまいます。
どこへ行っても周囲に刺激を与えて活性化する手法、そしてフラット3という戦術を改めなかったのでしょう。ドイツ大会では日本戦の解説者として画面に登場し、現在はJFLのFC琉球の総監督を務めています。
オシム就任後に「オシムジャパンよ」(アスキー新書)を出版していますが、その中で「自分が残した遺産でジーコは戦った」とハッキリ書いてあります。こういう自画自賛するタイプは日本人に嫌われます。協会の皆さんも嫌いでしょう。これが再評価を遅らせる一因かも知れません。
「日本のサッカーは確かに、猛烈なスピードで進化している。だが、世界のトップ10に入るには、まだ後10年はかかるだろう。明日からはまた、現実に戻らなくてはならない。目標に達するまでの道程は、まだまだ遠い」コンフェデレーションズカップで準優勝してトルシエはこのように語っています。
そして、日韓大会から7年が過ぎました。まだまだトップ10に程遠いのは、日本がトルシエから学ばなかっただけでなく、いまだに十分な評価を与えていないことが原因ではないかと、疑ってみる必要がありそうです。
トルシエが好きな人がいても、嫌いな人がいても構いません。私は公式の場でトルシエの再評価が始まってもいいのではないかと考えます。そのために「トルシエの人間性は悪い」というのは、当時のメディアが醸し出したムードに過ぎず、今から振り返ればゴシップ記事の連続に過ぎなかったと示しました。
この状態が続けばトルシエは永遠にサッカー殿堂には入らないでしょう。権威を重んじているのではありませんが、協会は「自国開催で決勝トーナメントへ進出させた良い監督を選んだ」と内外に自慢もできず、「日本の協会は良い監督を見つける」と評価されても素直に喜べません。このように自身で自身を評価できない状態は不幸に違いありません。「日本サッカー界の悲劇」ご理解いただけたでしょうか。
ここまで「トルシエ再考」と銘打って書き進めてまいりましたが、私にとっては「トルシエ最高」だったということで、そろそろ幕を引きたいと思います。ご清聴有難うございました。(完)
posted by 直木善久 |04:56 |
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2009年05月17日
トルシエ再評価の試み、その五回目です。
「僕のことをみんなは性格異常というけれど、いつもだれかが僕に監督を頼みに来る。僕というプレゼントはきっと、下手にラッピングされているにちがいない」
ジャン・フィリップ・コアントの著書「異端児トルシエ」(角川書店)の中で、トルシエはこのように語っています。
コアントはアフリカ時代のトルシエを密着取材していた、フランスのスポーツ紙「レキップ」の記者ですが、この本では安易にトルシエを賛美せず、取材した多くの人たちの言葉をそのまま取り上げています。
取材された人たちの中には、トルシエを指して「問題児」、「性格異常」、「人種差別主義者」、「はったり屋」などと呼ぶ人もいます。
確かに、コートジボワールではお粥を食べていた選手に「お前は野蛮人か」と叫び、その粥を選手の顔に塗りたくっています。采配にブーイングする観衆や、不可解な判定をした審判にズボンを下げてお尻を出しています。ハーフタイムにロッカールームへ入ってきて、選手にアドバイスしようとした副会長を殴っています。ナイジェリアでは試合前に「お前たちは羊か」と捨て台詞を残して帰宅しています。職場放棄です。
でもそれは選手が平然と練習や空港の集合時間に遅れ、食事の管理も行われず、ユニフォームも揃わない状況なのに、協会は改善しようとはせず、そのうえ支払い時になると記憶消失症になり、たえず政治権力が戦術にまで口出しする環境と戦った結果です。
それは乱暴な行動ですが、破壊されてけが人が倒れている南アフリカの空港に降り立ち、特権階級の白人として脅迫を受けながら、ガードマンと装甲車に囲まれてスラム街にある競技場へ通う勇気、十分な報酬が得られなくてもブルキナファソのクラブの監督を引き受ける好奇心、財布の紐を握るスポーツ大臣に取り入ろうとしないプライドを、同時に持ち合わせていることを知っていて欲しい。
このようなアフリカ時代を経験した後、いよいよ日本に登場します。日本ではお尻も出さず、副会長を殴りもしない、しかし別の問題が出現します。コアントの「異端児トルシエ」から、トルシエが日本時代を語った言葉を引用してみましょう。
「選手たちは最初に、僕が彼らの習慣を一変させ、なにもかもそれまでとはちがう新しい方法で始めようとしたことに気がついた。協会上層部は僕が要求過多で、どんな些細なことも無視しないことを知った」
新しい方法で始めるために、協会へ改善を要求するのは当然です。彼が言うように習慣を一変させようとして、協会と最初の齟齬が生じたに違いありません。まして「どんな些細なことも無視しない」のがトルシエ流です。
「日本の代表チームのレベルアップを望むなら、チームはヨーロッパで少なくとも毎シーズン、5~6回は試合をする必要がある。(中略)僕の改革は選手たちに国際試合を定期的にさせるためのものだ。(中略)日程の問題をクリアにするだけでも、日本チームは20%はレベルアップできると思う」
協会が興行性を優先するなら、強化を優先したい監督とスケジュールを巡って対立が起こるのも当然です。
「(前略)ユース代表の選手がオリンピック選手になり、続いてA代表の選手になった時に、彼らは僕が本当は何を言いたかったかということを理解すると思う。こうすることが結果的には時間の節約になる。なぜなら、代表選手たちは忙しくて、あちらで3日、こちらで4日という具合にしか会えないのだから」
トルシエの発想は理にかなっている。
「僕からみたら、Jリーグ自体が息切れしていた。経済不況の影響で、投資家はクラブへの援助を減額した。Jリーグは大手企業の資力で賄われていた。それにここでは選手全員にとてもいい給料が支払われている。施設も素晴らしいし、スタッフも優秀だ。だが、お金がかかる。予算のほとんどを大手スポンサーに依存し、クラブはテレビ放映料も少ししかもらっていない」
観察や分析も間違っていない。
そしてブルキナファソの合宿に関して「彼らをあえて遠出させたのは、彼らの生活圏の枠を壊さなくてはいけないと考えたからだ。日本人は海外旅行をしているのではなく、どこへ行くにも日本を持ち歩いている。だから、いつも食べ慣れているもの以外を食べさせなくてはいけない。自分の部屋以外でも寝られることを、教えなくてはいけない。精神性と社会性をともなった男にならなくてはいけないからだ」
哲学も持っている。
「選手はどこまでもよく走る。だが、デタラメに走っていて、中には無意味に疲れ果てる選手もいる。これからしなくてはいけないことは、彼らのやる気をまとめることだ」
人間性が悪いと言われるのは、やはりラッピングが下手なだけなのでしょうか。監督としての資質を問えば、アーセン・ベンゲルのように「フィリップは頭がよく情熱的で、なによりも集中力があった。ゲームの進め方について、毎晩遅くまで討論し、時に彼の大胆な着想に僕は驚いたものだった」と評価することになり、利害が絡んで既得権を脅かされると「あいつは無礼者、反抗的な人種差別論者、混乱を引き起こすはったり屋、騙し屋だ」(元アフリカ・スポーツ会長の言葉)と評価されることになる。よく観察するとその立場によって意見が分かれているのが理解できるでしょう。
世界ユース選手権を迎えて「僕たちは今、決勝まで進んだけれども、皮肉にも僕でさえ正直なところ、これは思ってもいなかった。(中略)あまりの準備の不手際に、1か月前に辞職さえいとわない覚悟をした。今、僕たちは決勝に進んだ。僕たちの戦いはさあ、これからだ」
世界ユース選手権の決勝、スペイン戦を前に「戦いはこれからだ」と力強く語るトルシエは、この大会を準優勝で終え、シドニーオリンピックでベスト8の成績を残したにもかかわらず、そこから解任を決定した協会と戦うことになります。トルシエの「戦いはこれからだ」話は次回へ続きます。
posted by 直木善久 |06:40 |
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2009年05月10日
トルシエ再評価の試み、その四回目です。
トルシエの人間性を記述した文章を求めて、書籍だけでなくブログも探してみました。しかし、トルシエの戦術を論じているブログは多いのですが、その人間性を言及したブログは少ないようです。
たまたま行き着いた「サッカー研究所」(最近は更新されていないようです)というブログの「トルシエ総括」では、ここまで取り上げてきた書籍と同じように「選手との個人的・感情的なすれ違いは、報道で知る通りであろう」と、十分報道されているとして具体例は省略されています。 それなら、当時の新聞はどのような記事を載せていたのでしょうか。
トルシエの一挙手一投足は、概ねその断定的な発言によって身構えて受け取られ、その挑発的な態度によってメディアは批判的な姿勢を固持しています。その積み重ねが「トルシエの人間性が悪い」というイメージに結びついて定着させたのでしょう。
具体的に記憶に残っているのは「選手が買ってきたコンビニ袋を検査した」、「名波浩への手厳しい批判」、「歌舞伎町の裏通りに現れた」こんなところでしょう。お金を巡る記事もあったように思いますが、それこそゴシップに過ぎません。
「選手が買ってきたコンビニ袋を検査した」――スポーツ選手が食事で十分な栄養を取らず、袋菓子やジャンクフードを食べるほうに問題があります。コンビニで買ってくるのはこんなものでしょう。学校の持ち物検査のごとく、こんなことを真剣に代表監督としての資質と天秤にかけて論ずること自体が私には理解できません。
「名波浩への手厳しい批判」――そもそも監督が選手を批判することが悪いことでしょうか。「一生かけてもリーダーにはなれない」その激しい口調が悪いのか、メディアの前で個人を名指しで批判したのが不愉快なのか、それとも批判した内容がそもそも間違っているのか、それを説明した文章には出会えません。
問題はその批判が理にかなっているか、否かです。もちろん単に感情を吐露しただけなら監督に非がある。問題はトルシエの名波に対する評価や態度が間違っていれば、失敗するのはトルシエ自身だということです(これで失敗する指導者は多い。オリックス時代のイチローを二軍に落とした監督を思い出してください)。
過去の実績で選手を選べば周囲は納得するのでしょうが、自分が目指すチームで機能する選手を見抜く才能が監督には必要です。実績を残している選手を切ったことによって、過去の実績でしか選手を判断できない人たちから批判を受けただけではないか。
トルシエは自ら池に石を投げ入れ、波紋が広がっていくのを眺めていたはずです。単に名波一人を批判するのが目的ではないでしょう。選手を刺激し、チームに緊張感が生じ、メディアが取り上げ、ファンが議論を始める。そのようにトルシエの考え方が広がっていった。
トルシエを読み解くキーワードの一つは「刺激」です。たえず周囲に刺激を与えて組織や状況を活性化しています。選手に対しても、協会に対しても、メディアに対しても絶えず刺激を与え続けるエネルギーに驚きます。もちろん直接刺激された人たちは辟易するでしょうが、強いチームをつくるために全身全霊をつぎ込む真摯な姿勢を私は評価します。
トルシエを人間性という言葉を盾に使って批判する人は、直接刺激されて辟易した人に違いない。
ちょっと毛色の変わった「歌舞伎町の裏通りに現れた」というのはホモセクシュアルを意味するのでしょうか。ホモセクシュアルであろうと、バイセクシュアルであろうと、Sでも、Mでも他人に迷惑をかけたわけではありません。これはプライバシーに属する話です。
知らぬ間にホモセクシュアルのデザイナーの服を着て、ホモセクシュアルのミュージシャンの音楽を聴いているご時勢です。その才能と性癖は関係ありません。迷惑を被ってこそ初めて問題にすべきことでしょう。
カトリーヌ・あやこが「カトカルチョ」(マガジンハウス)で「なんとなくトルシエ批判て『あんたのことが人として好かん』というのが多いような気が…」と書いていますが、私もそう思います。
トルシエは日本の協会やメディアと相性が悪かった。「彼は直情的な人間だ」「彼は強引に自分の考えを押し通す」それで済む話なのに「人間性が悪い」と人格を否定したところに、批判する側に人間性の悪さを感じます。
トルシエの強引さこそ、当時の日本代表に欠けていたものです。自信と責任に裏付けされた強引さがチームを変えました。本当に人間性に問題を抱える監督なら、まず選手が背を向け、サポーターが見放します。しかし協会とメディアは笛を吹くけどサポーターは踊らなかった。私が驚いたのは、ファンが冷静にトルシエを評価していたことです。その話は次回に…
posted by 直木 善久 |03:53 |
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2009年05月03日
トルシエ再評価の試み、その三回目です。
前回は、日本代表監督時代のトルシエを記述した三冊の本を読んで、トルシエの人間性を検証しましたが、この程度で人間性が悪いと言われても「ハイそうですか」とは納得できません。
トルシエジャパンでコーチを務めた山本昌邦の著書を読めば、実物大のトルシエを知ることが出来るかも知れない、そのように考えて「山本昌邦備忘録」(講談社)を読み始めましたが、何だかちょっと様子がおかしい。
合宿では食事中の新聞が厳禁、自室以外の携帯電話の使用も禁止、トルシエの規律は厳しいと批判しています。これが厳しいのかと訝しながら読み進むと、次は掌を返すように規律をチームに持ち込むことは悪いことではないと語り始めます。
その後も「批判はするけど悪くはない」という調子で、何事も断定せず、曖昧で、どっち付かずで、山本自身の考え方が見えてきません。たとえば…
トルシエが練習でミーティングの内容と違う行動をとったり、知らされていない選手を先発メンバーに入れるなど、いつも前言を翻すと批判しながら、それでコーチや選手は「察する」ということを覚えたと書いています。
ワールドユースのブルキナファソ合宿で、食事をめぐってドクターとトルシエが対立した場面で、選手の健康管理をトルシエが考えていないと批判していますが、ナイジェリアの本大会で、ブルキナファソの悪い環境を経験したことが生かされたと書いています。本心はどちらにあるのでしょう。
「トルシエでは駄目だ。俺が監督ならもっと良いチームをつくってやる」という意気込みがあれば、もう少しは説得力がある文章になったのかも知れませんが、最後まで優柔不断な文章で埋められています。
厳しい規律や、必要に応じて前言を翻すことや、はっきり意見することが批判されるなら、スポーツだけではなく、会社組織などでリーダーシップをとる人たちも批判されなければいけなりません。
逆に言うと、山本昌邦の考え方や意見はリーダーシップをとる人のものではありません。生徒が教師の悪口を言うのに近い。もう少し書き出してみましょう。
「『協会が山本を入れたがっているのは知っているし、それが監督就任の条件に入っているのも分かっているけど、最終的にコーチ・ヤマモトを決めたのはオレ(私注=トルシエ)なんだ。つまりお前のボスはオレなんだ』と繰り返していた。『オレがお前を雇っているんだ』と言わんばかりに」
「(私注=ワールドユースで)得失差で日本の1位通過が決まった。その途端である。急にトルシエの目つきが変わった。『ヤマモト、今日から会見には私が出る』その豹変振りに、ベンチからずり落ちそうになったけれども、そのほうがいいと思った」
「(私注=日韓大会トルコ戦敗退のあとに)私の脳裏に一瞬、後悔の念がよぎった。『どこから、チームが狂いだしたのか』『もし、あの時、自分からトルシエにしっかり意見が言えていたら…』」
序章からあとがきに至るまでこんな調子です。トルシエを「大きな赤ん坊」だと言いながら、赤ん坊に助言もできないコーチって何だ?この本には日本人指導者に欠けている強引さや、読みの深さに対するジェラシーが詰まっています。
トルシエの強引さを否定的に捉えているから、自身は曖昧で優柔不断な文章しか書けないのです。トルシエのそばに4年間もいた山本昌邦が、単に当時のうらみつらみを書き出して公表するようなレベルの指導者だったことが残念です。
これを読めば彼が率いたアテネオリンピック代表の成績も、アテネ後に監督に就任したジュビロの低迷も、私にとっては当然のことと納得できます。
トルシエを知ろうと読み始めたのですが、少し横道に逸れてしまいました。残念ながら今回もトルシエの「悪い人間性」には出会えません。当時は新聞を賑わせていて、誰もが当然と受け入れていたトルシエの人間性は、一過性のゴシップ程度のものだったのでしょうか。それなら次回は、当時の新聞を賑わせていたトルシエの記事を取り上げて考えてみたいと思います。
posted by 直木 善久 |06:44 |
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2009年04月30日
前回、アンチトルシエ派の言い分は、すべて「業績は残したけど人間性が悪い」という一点に行き着き、そして「悪い人間性」が批判される割にはそれを具体的に指摘した資料が少ないと述べましたが、出版物には今でもハッキリとその証拠が残っています。
トルシエの汚名を返上するために、そこから検証してみましょう。
ライターとして活躍している平野史は、その著書「サッカー監督はつらいよ」(駒草出版)で、次のように書き残しています。
「ただ、それにしてもトルシエ監督に対するそれ(私注=トルシエの人間性が悪いと言う話)は異様に多く、常軌を逸していた。中にはスキャンダルとしか言いようのない話もあった。ライター仲間たちと雑談をしていたら、彼らも同じような話を別の選手や関係者から聞いていたから、たぶん本当の話だったのだろう。結局、その話はある一般週刊誌が記事にしたが、もともとスキャンダル記事が多い雑誌だったから信用されなかったようで、噂は立ち消えになった」。
このような文章が2ページにわたって続くのに、「それ」と書いているものが何か、具体的な内容には全く触れていません。ただこの前の節で、トルシエが受けたくないインタビューに対して、謝礼金を要求した話が出てくる。しかしその節の結びで「プロであるのだから金銭が絡むのは仕方がない面もある。また謝礼金を支払うのはメディア側の問題である」と書かれているので、これが彼の指摘する悪い人間性ではないのでしょう。
「それ」と言うのは本には書けないような話なのでしょうか。「たぶん本当の話だったのだろう」だけで、内容を明かさずに人間性を批判するのはちょっと人間性が悪い、ルール違反のように思いますが…
次に、いつもは客観的な文章を書く後藤健生も、「日本サッカー史 日本代表の90年」(双葉社)で、ジーコ就任当時の状況を次のように書いています。
「フィリップ・トゥルシエ(原文ママ)という、コーチとしての能力は高いが、人間的に問題を抱える監督に対する反発、あるいは2002年ワールドカップでの不完全燃焼のせいか、ジーコの就任は歓迎された」と書いています。ここでも「人間的に問題を抱える監督」と言われるようになった経緯は一切書かれていません。それは暗黙の了解で済まされています。
同じく後藤健生は「欧州サッカーを極める」(青春出版社)でも、「トルシエ監督は口から出任せのようなことを言うことも多いから、彼の言うことをいちいち真に受けてもいられないが、たしかにヨーロッパ人の目から見たら『日本にサッカー文化がない』と見えるかもしれない」と前後の脈絡と何の関係もなく突然トルシエが登場して、とんでもない人間のように形容されています。
日本のサッカー界は小さな村のようです。その村で当然のように誰かが語ると、何の検証も無く事実となり、書物においても具体例を提示しなくても許されています。
アンチトルシエの頂点に立っていた川淵三郎なら、その立場上もっと詳しい説明をしているに違いない。その回想録「虹を掴む」(講談社)で、トルシエとの契約が二年で切れるくだりを次のように書いています。
「トルシエの続投は全く考えなかった。彼の在任期間中、何人もの技術委員会のメンバーが何度、私のところへ来て、苦情を申し立てたかわからない。トルシエの練習、人間性、振る舞いをレポートにして私のところに持参し『こんなひどい監督だから、チェアマンの力で何とか辞めさせてくれ』と言うのである」
このあと「もし、私が技術委員長だったら、トルシエが選手に手を上げた時点でクビにしていただろう」、「それに対戦チームの選手の身体やユニフォームを引っ張ってファウルで相手を止めることを平気で指導することが我慢ならなかった」とある。
何人もが、何度もひどい監督だと直訴した内容はこの二点なのでしょうか。見えないところで行われる体罰ほど陰湿なものはありません。わざわざメディアが見ているところで選手に手をあげたトルシエの意図を考えてみてください。「もっと闘志を前面に出せ」、「世界はそんな甘いものではない」と大人しい選手を叱咤したに違いない。
もしもファウルに対してそれほど潔癖なら、自らが「選手時代にファウルを一度も犯したことがない」と宣言し、会長に就任後は自らの権限でファウルが多い選手を代表に呼ばなければいい。
トルシエを悪者に仕立て上げようとする意図さえ感じます。何故このような事態になったのでしょうか。考えられるのは、トルシエの協会に対する直接的な物言い、そのうえ協会に対して要求が多かったこと、そしてメディアにも挑発的に語ったことなどが考えられます。
しかし何よりも、日本のサッカーに関わってきた人たちが持っていたアマチュアリズムの残像、即ちフェアプレーへのこだわりや、ギャラを要求する後ろめたさなどをことごとく打ち壊したからではないでしょうか。 プロ化されてもなお引きずっていた協会のアマチュアリズムの体質とトルシエは対立して、改革を迫ることになった。それが協会に属する人たちの不愉快の原因に思えます。
トルシエジャパンでコーチを務めていた山本昌邦なら、トルシエの人間性を客観的に語っているかも知れない。次回は「山本昌邦備忘録」(講談社)を取り上げてみます。
(後藤健生の「日本サッカー史 日本代表の90年」は、日本のサッカーの歴史を知るための秀逸な資料であることを補足しておきます)
posted by 直木 善久 |06:23 |
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2009年04月27日
日本サッカー界の悲劇。いいえ、「ドーハの悲劇」ではありません。日本サッカー界の悲劇とは、日本のサッカーの歴史において最高の成績を残した代表監督が、いまだに協会から正当な評価を受けていないことです。
オーバーな表現でしょうか。協会と代表監督が一触即発の関係に陥ることはよくある話ですが、結果を残してワールドカップを終えれば、客観的な評価を与えて業績を称えるのが常道でしょう。いつまでも功績に見合った評価が与えられないのは、悲劇と言わずとも日本サッカー界の不幸に違いありません。
サッカー殿堂には日本サッカーの礎を築いた人たちが年功序列で選ばれています。しかし実力主義で選ぶなら、彼は4年の任期を終えた時点で選ばれてもおかしくはありません。もちろん、その人の名はフィリップ・トルシエです。
ユースワールドカップで準優勝、アジアカップで優勝、シドニーオリンピックでベスト8、コンフェデレーションカップで準優勝、日韓ワールドカップで決勝トーナメント進出。世界を見渡しても、4年間でこれほどの成果を残した監督がいるでしょうか。
日本の快挙と呼ばれる歴史的勝利は数えても片手で済みます。1936年のベルリンオリンピックでスウェーデンを破った。1964年の東京オリンピックでアルゼンチンに勝った。次のメキシコ大会で銅メダルを獲った。1996年のアトランタオリンピックでブラジルに勝った。しかし、プロが参加していない頃のオリンピックや、年齢が制限されたオリンピックでは、あくまでも快挙は快挙に過ぎず、それで日本が世界に認知されたとはいえません。相手は不運な交通事故に遭ったようなものです。
1998年に悲願のワールドカップ初出場を果たしますが、結果は三連敗で予選敗退。そんな日本のサッカーを広く世界に認知させたのは、フランス大会後に代表監督に就任したトルシエと、その年にペルージャへ移籍した中田英寿でしょう。
ところが、日本サッカーの新たな1ページを切り開いた2人は、世界と日本で全く違う評価を受けていました。日本で異端児と呼ばれた中田はイタリアでヒーローになり、アフリカで魔術師と賞賛されたトルシエは日本でその人間性が問われます。
代表監督の条件は、何よりも可能性を感じさせてくれること。意気消沈していたサッカーファンの前に登場したトルシエには、強い意志と自信が溢れていました。ユース代表やオリンピック代表の監督を兼任し、若いプレーヤーを世界から注目される選手に育て上げ、代表の世代交代を潤滑に行い、可能性を現実へと変えていきます。
自己のスタイルを押し通して、協会やメディアとの間に確執を生みますが、それが多くの話題を提供する結果になり、サッカーを社会現象に高める役割も果たします。低迷していたJリーグの人気を回復したのも、私はトルシエ効果ではないかと考えています。
しかし、協会やメディアの評価は結果を残しても低い、その功績を客観的に評価できる現在に至ってもまだ低い、そう考えるのは私だけでしょうか?いまだに何が問題なのか?いまだに何が不満なのか?
「日韓大会はホームで戦えた」、なるほど。
「予選が免除されていた」、なるほど。
これもトルシエ評価が低い一因でしょう。しかし、逆に予選無しでモチベーションを高めていくことは難しく、ホームの方がプレッシャーを強く感じるともいえるでしょう。
「韓国のようにワールドカップでもっと上に行けた」、なるほど。
もしもそう仰るのが協会関係者なら、その方に是非とも代表監督に就任していただきたい。
アンチトルシエ派の言い分は、すべてがすべて「業績は残したけど人間性が悪い」という一点に行き着いています。ところが「悪い人間性」と批判されていた割には、その「悪い人間性」を具体的に指摘した資料を見た記憶がありません。
汚名が返上されずにウヤムヤなまま、日韓大会から7年が経っています。今なら冷静に語れるでしょう。そこで、トルシエの人間性を再検証する作業を試みたいと思います。
最初にお断りしておきますが、トルシエを再評価して日本代表監督に再び、などと提案する魂胆は一切ありません。あくまでも日本のサッカーの歴史上で彼の復権を試みたいと思います。過去を正当に評価しないと、必ず未来を間違う。それでは始めてみましょう。
posted by 直木 善久 |05:46 |
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