2009年11月29日
J1は2試合を残して上位3チームが優勝を争っている。前節首位に返り咲いた鹿島、勝ち点差2で追う川崎、勝ち点差3で追うガンバ。この緊迫した状況で鹿島はホームにガンバを迎えた。川崎の結果次第で、勝てば優勝の可能性も、負ければ首位を明け渡す可能性もある。今シーズンの行方を左右する大一番になった。
開始早々から終了間際のような怒涛の攻撃を仕掛ける鹿島。小笠原がパスを出す。野沢が走る。マルキーニョスが仕掛ける。興梠が飛び出す。ガンバは防戦だけで精一杯だ。
しかし、20分過ぎから徐々に前線のペドロ・ジュニオールにボールが渡るようになる。やっとガンバが互角の戦いに持ち込んだ。遠藤、明神もゴールを狙う。互いに攻守を繰り返しながら終盤に勝負が動くか、それともこのまま引き分けるかもしれない。そんな予感を抱かせて両者無得点のまま前半が終了した。
後半の鹿島は打って変わって引いて試合を始める。私は首を傾げた。まだ疲れる時間帯ではない。終盤に体力を温存させる消極的な戦い方では、きっとガンバに攻め込まれるだろう。ところが予想に反して先取点を奪ったのは鹿島だった。
後半11分、小笠原のパスに抜け出した興梠がDFを巧みに切り返してゴールを奪う。なるほど。分かった。ハーフタイムのオリヴェイラの指示はこうだ。
「ラインを下げてガンバを前がかりさせろ。そうすると裏のスペースが広がる。そのスペースを利用すれば必ず得点できる」
ガンバは見事に術に嵌ってしまった。1点目から2分後には野沢が決める。死んだフリをして相手を誘い出した鹿島が、その隙を見逃さずに獲物の急所に鋭い牙を剥いた。
その2分後にガンバの二川が1点を奪い返して抵抗を試みるが、そのまた2分後に再び興梠が一撃を加えた。たった6分間で3対1と勝負を決めたことになる。草原を走るライオンたちの狩猟、狙った獲物を一瞬にして倒す赤いライオンたちの見事な狩猟を見せられた気分だ。野性味溢れるマルキーニョス、スピードに乗って駆け抜ける興梠。岩政の鋭い眼光、小笠原の冷静な判断。
後半の23分にルーカスが2枚目のイエローカードで退場すると、残った力を振り絞って必死に抵抗する獲物から容赦なく2点をむしり取った。見事な勝利、相手を前がかりにさせるというリスクを伴った作戦を選択したオリヴェイラの勇気を称えたい。
川崎も勝って優勝は次節に持ち越されたが、ガンバを確実に優勝戦線から突き落とした。開幕時の好調を取り戻した鹿島は褒めるしかないが、シーズン途中で死んだフリをするのだけは止めて欲しい。以前にも書いたが、独走を嫌うのは国内目線、飛び抜けてこそ世界が見えてくる。
(内田の調子が気になります。パスミスをリカバリーに行かない場面もありました。ライオンの群れには疲れたライオンもいるでしょうが、そこを付け込まれる恐れもある。最終戦も注目です)
posted by 直木 善久 |09:42 |
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2009年10月08日
雨で中止になった鹿島と川崎の再試合が行われました。
残り16分で中断、そして雷の心配がない状態での中止は、
その判断や再開方法を含めて、
たくさんの意見が交わされました。
そして中断時点からの再試合という、
両チームに不満を残さない形で解決されたことになります。
しかし、私には気になる点が一つあります。
中止決定後に鹿島側は再試合には出費が伴うとして、
「川崎の勝ちで良い」と発言していたらしい。
「鹿島の負けで良い」
これはちょっとまずいのではないでしょうか?
クラブは経済の上に成り立っています。
なにもお金の計算をするのが良くないと言っているのではありません。
たとえ川崎の勝利を画策したとしても、
「残り16分で逆転は出来た。残念だ」
というスタンスでファンや選手には臨むべきではないでしょうか。
日ごろ口にしている勝利への執念は何処に行ったのでしょう。
私には「試合を放棄してもいい」と聞こえましたが…
それで選手たちの闘志や、意欲や、モチベーションはどこへ行くのでしょう。
「もう戦わなくてもいい。相手の勝ちでいい」
これでは再試合をしても勝てる分けがない。
「そう言われましても、3000万の出費は我がクラブにとっては痛手でして…」
しかし、どのような状況に追い込まれても、
最後まで勝利を追いかけて掴みとった勝利こそが、
プロスポーツではお金を生むはずです。
今回の発言は最近の鹿島の不振とダブって見えてきます。
「シーズン半ばで勝点差を大きく広げてトップに立てば盛り上がりに欠ける。そしてメディアの扱いも小さくなる」
こんなことは誰も言わないでしょう。
しかしクラブの雰囲気はどうだったのでしょうか。
気の緩みがコンビネーションを崩し、
ACLは敗退し、
瞬く間に勝てないチームになってしまった。
全タイトル制覇という開幕時の目標はどこへ行ってしまったのか。
崩れるのは速い、しかし元に戻すには長い時間がかかります。
それが今の鹿島の状態ではないでしょうか。
「独走ならJリーグ人気に響く」
誰がこんなことを言っているのでしょう。
一強の独走でどこが悪い。
それでメディアが取り上げないなら、
そんなメディアを批判すべきです。
「でも朝青龍が独走していたころは、大相撲の視聴率も観客数も減りましたよ」
こんなことを言っていたら、
たった一人の若者が独走すればするほど視聴率を稼ぎ、
観客動員数を伸ばしているプロゴルフの後塵を拝むことになります。
盤石な強さを示してJで飛び抜けてこそ鹿島は世界から注目される。
独走を嫌うのは国内目線、飛び抜けてこそ世界が見えてくる。
3万6000分間の中断が、
鹿島再起のきっかけになることを祈っています。
posted by 直木善久 |13:06 |
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2009年10月04日
J1は28節。
優勝争いも降格圏脱出の争いもヒートアップして、
緊迫した試合が続いています。
10月3日夜のスポーツニュースでは、
逆転劇の口火を切った阿部勇樹の枠の外から巻いて入ったフリーキックや、
来週の代表戦に召集された、
前田遼一、岡崎慎司、佐藤寿人らのゴールが注目されています。
勝てば勝ち点50の鹿島を上回って暫定首位に立つ清水と、
4位で上位を追いかける広島の戦いは見応えがありました。
(結果は1対1のドロー)
そして千葉も浦和を相手に前半は善戦していました。
(結果は3対1で浦和)
でも私がため息をついた場面は、
柏と磐田の前半41分のフランサの得点シーンです。
柏のコーナーキックは二アを狙っている様子。
山本康裕がフォアにいるフランサをぴったりマークしている。
しかしボールが蹴られると山本はボール方向に走り出し、
自由をもらったフランサはゴール左のスペースへ走りこみます。
まるでそこにボールが転がってくることが分かっていたように…
ボールだけに集中していた山本と、
ボールとスペースを意識していたフランサの差が生んだゴールといえるでしょう。
磐田は一瞬の隙を突かれてしまった。
その後のフランサはマークを振り払うことが出来ず、
後半37分に成岡翔にゴールを決められ、
柏は突き放されてしまいまいました。
そのシーンは逆に、
柏ディフェンダーがボールに釣られて、
成岡にスペースを与えてしまった結果です。
フランサに自由を与えるのはご法度ですが、
スペースを制したものがゲームを征する。
一瞬の隙がゲームを決める。
そう再確認した試合でした。
隙という心のスペースも制しなければいけない。
posted by 直木 善久 |13:52 |
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2009年09月29日
イタリアサッカー連盟は、モウリーニョ監督の「今季のユヴェントスは審判のミスに助けられている」という発言に対して、インテルと監督に2万5千ユーロ(約325万円)の罰金を科した(2009年3月21日)
イングランドサッカー協会は、PKを巡って主審を厳しく非難していたリパブールのベニテス監督に、批判は不適切な行為だとして罰金を科すことを発表した(2009年9月2日)
見逃したボールを3球続けてストライクとコールされたイチローが、バットで線を引いて「ここを通った」とアピールし、これを主審が侮辱行為と判断して退場を宣告した。(2009年9月27日)
まぁ、審判への批判や抗議にまつわる話は尽きません。しかし処罰されるのはいつも監督や選手であり、八百長にでも絡まない限り審判の責任が問われることはありません。それはごく当然の話です。
何でもすぐに処罰などと言われると、消極的なジャッジしか出来ません。そして批判などの外圧から守られてこそ公正なジャッジが可能になります。厳しい対応で審判の権威も守らなければならない。
インターネットで検索すればよく分りますが、協会は審判に関する記事の隠蔽に尽力しています。確かに審判は攻撃から保護されなければいけませんが、過保護の傘に守られて、いつまでたっても技術が向上しないばかりか、まだ質の低下を招く可能性もあるはずです。Jリーグファンなら審判によってかき回され、ぶち壊された試合の一つや二つはすぐに思い浮かべることが出来るはずです。
監督が審判を批判すれば罰金、選手が審判に抗議すれば退場や出場停止、監督や選手はリスクを背負って抗議しているのに、メディアは知らんぷりで審判問題を取り上げようとしません。それなら誰が審判を批判するのでしょうか。誰が審判に「しっかりジャッジしてくれ」とプレッシャーを掛けるのでしょうか。私はファンしかいないと考えます。
質の低い審判と、内容を問わずに審判への批判を非紳士的な行為だと切り捨てるジャーナリズムが結び付けば、そのスポーツは確実に魅力を失います。またファンが協会と同じ立場に立って審判問題を考えても、メディアと同じように目をつむっても結果は同じです。
日本のファンは審判にプレッシャーを掛けたり、保護された権威を揶揄することに慣れていないのでしょうか。審判への抗議をスポーツマンとしてあるまじき行為などと指摘していると、いつまでたっても日本の審判は成熟しないでしょう。プロスポーツは高校野球や高校サッカーではないのですから…
「ピッチにもう一人敵がいるとは思わなかった」(山口智)
今シーズン第3節の京都戦後の発言。今頃分かったの?という気がしないでもないが…
「ルールは知っているが、フットボールを知らない。それがレフェリーの問題だ」(アンディ・グレイ=解説者)
サッカー先進国なら、この程度で審判を侮辱したなどと騒がないでしょう。
「いい判定も悪い判定もあるだろうが、全体をならしてみればちょうどいいんだ」(アーセン・ベンゲル)
私もそう思います。良いジャッジを褒め、悪いジャッジを批判する。それをならせばちょうど良くなる。
「レフェリーを『ジャッジ』しようと思わない。すでにイングランドでは、たくさんの人がそれをやっている。これ以上は必要ない」(アーセン・べンゲル)
さすがベンゲル。紳士的な発言だ。しかしそのベンゲルも昨シーズン途中で順位を6位に落とすと、
「主審はウチのファウルばかり厳しくとっていたし、挙句の果てはシルバの退場だ。理解に苦しむ」
浜の真砂は尽きるとも、世に審判問題の種は尽きまじ。
posted by 直木 善久 |23:34 |
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2009年09月28日
ご理解いただこうと説明を加えたら、
火に油を注ぐ結果になってしまった。
私が原因なので何とか落とし前をつけなければと思いつつ、
次は火だるまになってしまうかもしれませんね。
野球の出自は娯楽、
サッカーの出自は闘争。
これはそのスポーツの特質を端的に表現した言葉であり、
間違っていないと思います。
そこからスポーツの娯楽性や闘争性を論じるなら、
何を持って娯楽性が強い、
何を持って闘争性が強いと判断するのか、という議論になります。
ボディコンタクトをもって闘争性を考えることも出来ますが、
私は運動量を持って闘争性を捉えています。
私が野球の視点で論じれば、
野球は連戦が可能になるように工夫されたスポーツです。
だから年間200本安打などの素晴らしい記録が残せるのです。
悔しかったらサッカーも連戦して、
年間200アシストの記録でも作ってみればいいでしょう。
出来ますか?
こんな感じで書くでしょう。
野球ファンが野球の面白さを忘れているのではないかと不安になりました。
いただいた批判をまとめると、
「人を不愉快にさせる表現は止めなさい」
「審判を侮辱している」
「それほどあなたはスポーツやサッカーを知っているのか」
ということになります。
「人を不愉快にさせる表現は止めなさい」
私は不愉快なテレビ番組に出会うとチャンネルを変えます。
テレビ局に「不愉快だ」などと投書はしません。
なぜなら、それを観ても不愉快ではない人がいるからです。
私は他者が自分と同じでなければいけないとは考えません。
「審判を侮辱している」
会社で社長から、
「お前は仕事のことが全然分かっていない」と言われても、
「なるほど、その通りだ」と思うことも、
社員の前で侮辱されたと感じる場合もあるでしょう。
侮辱というのは相手を見下しているか否かが問題です。
私は大雨でも試合を続行するべきだという立場に立っています。
サッカーのことを誰よりも知っていなければいけない審判に対して、
「サッカーを知らない」と皮肉ることが侮辱でしょうか?
シロウトは審判に口出しするな、これは侮辱かも知れません。
「それほどあなたはスポーツやサッカーを知っているのか」
知っていないと発言できないなら、
ほとんどの分野に対して何も言えなくなります。
政治の世界には詳しくありませんが、
発言できない分けではありません。
経済も良くわからないが、
仕事の話はします。
「それほどあなたは自分のことを知っているのか」
そう問い詰められると、
それも良くわからないので最後は何も言えなくなってしまう。
初心者にも門戸を広げている。
多様な考え方を受け入れている。
そういう分野が発展すると考えます。
スポーツだって同じことですよ。
posted by 直木 善久 |04:11 |
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2009年09月27日
スポーツにおいて競技に優劣はありません。
どの競技でも体を動かす喜び、プレーする楽しみを味わえます。
しかしそれで、各競技間の差異を指摘してはいけないということにはなりません。
闘争性、娯楽性、教育性、精神性、興行性の配分と、
その意味付けによって多様なスポーツが存在します。
前回の「サッカーを知らない審判」で、
サッカーは雨ごときで中止してはいけないと強調するために野球を引用しましたが、
雨中で行うスポーツが、
雨で中止になるスポーツより優れているということではありません。
ただ、雨中でも戦うスポーツの方が闘争性は高いはずです。
サッカーの魅力が闘争性であり、
野球の魅力が娯楽性で何か問題があるのでしょうか?
「野球は娯楽だ」ではなく、「野球は娯楽性が高い」ということです。
私たちがプレーする野球やサッカーが娯楽です。
連戦できる運動量しか使わないスポーツの闘争性が高いとは言えません。
ボクシングよりもサッカーや野球の闘争性が低いから劣っているとは言えません。
私は野球も観ます。相撲も観ます。
スポーツすべてに関心があり、
スポーツの多様性を認めています。
そしてプロスポーツはいろんな視点から語られるべきであり、
批判されて強くなるべきです。
比較するのが良くないという指摘もありましたが、
私は比較を良くないと考える人の生活を想像することが出来ません。
A君はB君よりも仕事が出来る。
こういう判断も良くないのでしょうか。
AさんよりもBさんの方が可愛い。
A店よりもB店の方が美味い。
差異の認識によって人は動くものです。
自民党と民主党の差異を比較して選挙に行くのではないでしょうか。
責任とか決断と無縁な生活をしている人が気楽に批判する、
という指摘もありましたが、
責任と決断に無縁な人も想像できません。
批判するから間違わない決断が出来るのではないでしょうか。
「批判なくして進歩なし」
「批判と悪口は違う」
いつも言っているのでこれ以上繰り返しませんが…
上から目線という指摘もありました。
しかし、物事は上から見るからよく分かるのです。
野球だってサッカーだって上から観戦します。
下から覗くのはちょっと怪しい人。
「サッカーを知らない審判」では、
野球がサッカーより劣っているとは何処にも書いていません。
そして審判の責任を追及していません。
口を開いてみてはどうかと、ちょっと挑発していますが…
「サッカーを知らない審判」と書いたら、
「スポーツを知らない管理人」とのご批判が返ってきましたので、補足させて頂きました。
posted by 直木 善久 |16:26 |
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2009年09月26日
野球は雨が降れば中止になります。
グラウンドコンディションが悪いとボールが転がらない。
外野に飛んでくるボールは見にくい。
足が滑る。
手も滑る。
理由はたくさんありますが、
私は野球が雨中でプレーしないのは、
野球の出自が娯楽だからではないか、と考えています。
ベストコンディションで試合をすればいいじゃないか。
娯楽から嵩じたスポーツなら当然の発想でしょう。
しかしサッカーの出自は闘争です。
闘争なら雨が降っても、雷が鳴っても止められるものではありません。
自然とも闘う厳しさがサッカーの魅力でしょう。
野生的な激しい闘争性がサッカーの魅力でしょう。
雨ごときで中止にするのは、その魅力を否定したのも同然です。
自然との闘いを切り捨てたスポーツは、その魅力の一つを消したことになる。
野球人気の低下はドーム球場の増加と関係があるのかも知れません。
もちろんラインが識別できないほどピッチが水没すれば中止にすべきです。
また、落雷の危険性が生じた時点で止めるべきです。
しかし、9月12日の鹿島と川崎の試合での不可解な中止の判定は、
判断を誤ったというレベルではなく、
主審がサッカーを理解していないことが原因ではないでしょうか。
この試合の主審はサッカーの魅力を理解していなかった。
サッカーと野球の区別が出来ていない。
それもワールドカップで笛を吹いたことがあるベテランの審判だったから驚く。
ワールドカップで同じ状況に出会っても中止にするのでしょうか?
「死ぬ気で戦う」
そう選手が発言すれば、
「本気か?」
と、私は疑う。
かっこいい台詞を吐いただけではないかと…
もしも本気なら、たとえピッチで雷に打たれて死んでも本望だろう。
闘争とはそういうものだ。
選手も観客もサッカーを選択するには覚悟がいる。
娯楽は参加するだけでいいが、闘争には覚悟が伴う。
あの大雨のスタジアムの中で、審判だけがその覚悟が足らなかった。
海外のリーグで笛を吹いた経験もなく、
闘争としてのサッカーを肌で感じたことがないから、
雨ごときで中止することが出来る。
選手の安全性を軽視するつもりはないが、
通常のサッカーに比べて、特筆するほどの危険性に満ちていたようにも見えない。
それなのに、「戦える」、「戦いたい」という選手達から試合を取り上げてしまった。
10月7日の再試合は、後半29分から行われます。
その再開方法だけが注目されていましたが、
そもそも今回の出来事はサッカーを知らない審判が引き起こした茶番にすぎません。
もちろん主審だけの問題ではないでしょう。
マッチコミッショナーも、ホームの責任者も、他の審判たちも、
口を開く覚悟も無いのでしょうか。
posted by 直木 善久 |15:10 |
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2009年04月25日
一面は「メンチ、腎機能障害」、二面は「メンチもういらん」、三面は「新井またあかん」、四面に「巨人の坂本またV打」、五面「平成の稲尾マー君完封」、六面「MLB松井マルチ安打」、七面「朝青龍、抜き打ち尿検査」、八面、あっと見逃すとこだった、七面の隅に「大迫ACL三連発」そのまた下にU-20の合宿終了の記事。
で、こんな言葉で締めくくるのか。「代表入りの可能性はないわけじゃないが、W杯予選の勝負がかかるときに『A代表に入れてうれしい』じゃ戦えない」
これは「W杯予選では初召集がない」ということか。「A代表に選ばれても喜ぶだけの若手は必要ない」ということか。
「ゴールを決めたらもっと喜べ」と選手を叱っておきながら、代表に選ばれて喜ぶのは良くないらしい。岡田ジャパンなら喜ばない選手もいるのでは…現に今回は多くの辞退者が出ている。
「『A代表に入れてうれしい』じゃ戦えない」A代表に選ばれて喜んでいるだけの選手のように言われて、怒る選手はいませんか。17歳でマスターズへ出場した石川遼は、出場だけで喜んでいましたか。もっと若手を信頼して、飛躍を促す言葉が欲しい。「誰にでも可能性はある」と撒き餌をばらまいておいて、小魚一匹釣り上げられないのは釣り師の腕にも問題がある。
「俊輔は練習が終わってもボールを蹴っている」これは居残り練習の奨励ですか。不十分な練習メニューは自分で補えということか。「今回はコンセプト、哲学は教えない」という言葉で始まった合宿。その岡田哲学を知りたいのですが、どこを探せば見つかるのでしょうか。
自分のことを棚に上げて、原技術部長に「しゃべりすぎる」とかん口令を出したそうですが、「しゃべるな」ではなく「考えてしゃべってくれ」と言うべきでしょう。私も言いたい「考えてしゃべってくれ」
ここは若い選手を評価してレギュラークラスにプレッシャーをかけるところ。もっとU-20に注目が集まる発言をするサービス精神も必要。そのうえ「若手は呼ばない」と結論づけて終わるなら、A代表もU-20も閉じられた組織になってしまう。メンバーの固定を明言しても、敵が対策を立てやすいだけ。監督はワールドカップの決勝トーナメントを狙い、選手はA代表を狙う、そうやってみんな強くなる。「Jで活躍して代表に来い」と締めて欲しかった。
ボヤいても仕方ない。日本の未来を担っているU-20の選手をピックアップして、ここ3試合の成績を一覧表にまとめてしました。枠内の中段の数字は出場時間、◎印はゴール、◇はイエローカード、左の矢印は途中出場、右の矢印は途中交代、Bはベンチ。
このなかで今回の合宿に参加したのは、渡部大輔、大竹洋平、大津祐樹、原口元気の4名です。ここ3試合をフル出場している権田修三と山田直輝に注目、山田直輝の怪我が心配です。
ACLで今回の合宿に招集されなかった大迫勇也はメディアの取材で、チームの大黒柱のマルキーニョスについて問われて「ライバルです」と答えたらしい。いいぞ!大迫。ライバルはマルキーニョスだけではない。マケダもいるし、パトもいる。
門戸を開かない監督、それでもいい、自分の未来は自分で開く。
posted by chanomade_ole |07:29 |
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2009年02月25日
いよいよJリーグの開幕が近づいてきました。
その前に恒例のスーパーカップが行われます。
今年は鹿島とガンバが対戦しますが、昨年の試合を覚えていますか?
古くて申し訳ないけど、
昨年のスーパーカップについて書いた文章を紹介させてください。
Jリーグ開幕を一週間後に控えた3月1日。
スーパーゼロックスカップは昨年のJ1覇者の鹿島アントラーズと、J2落ちが決まりながら天皇杯で準優勝を果たしたサンフレッチェ広島の戦いになった。
この試合の見所は、駒野やウェズレイが抜けた広島が、開幕戦後のACLに向けて万全の調整をしてきた鹿島を相手にどこまで善戦するか。
もちろん戦ってみないと分からないが、鹿島が優位に試合を進めるのは間違いない。
しかし、開始からたった12分で、鹿島の岩政が2枚目のイエローカードで退場。
2枚目が出るほどのファウルには見えなかったが、この強者に対する厳しい判定で広島にも勝利の目が生まれて、断然試合が面白くなった。
しかし、38分には広島の李漢宰(リ・ハンジェ)にも2枚目のイエローカードが出されて退場。
広島は26分間の数的有利を生かせず、そのまま0対0で前半を終えた。
激しくもないプレーにカードを出して2人を退場させた主審の行動が、終盤の波乱の伏線だったとは。
人数が対等に戻った後半の鹿島は4分に本山が、7分には野沢がゴールを決めて実力の差をまざまざと見せつける。
このまま終われば予想通りの結末。
しかし残り10分、ここからゲームは摩訶不思議な展開を繰り広げていく。
久保がペナルティエリアで倒されて広島はPKを得るが、誰に倒されたのかも分からない謎のPK。
ゲームがにわかに揺らぎ始める。
久保がPKを決めて1点差、判定を訝しがる鹿島の選手のスキをついて、広島は残り5分に佐藤寿人がヘッドで決めて同点に追い付く。
そして決着はPK戦に持ち込まれた。
波乱は観ていて面白いが、鹿島ファンはたまったものではないでしょう。
そのPK戦でも、勝利を掴みかけた鹿島に審判が執拗に立ちはだかる。
ゴールを止めた曽ケ端に対して「蹴る前に動いた」と、広島に2度もやり直しを認めれば、もう鹿島に勝ち目はない。
これでもか、これでもか、これでもかといった感じ。
しかしこれでもまだ終わらない。
試合後に抗議した大岩にレッドカード、曽ケ端と中後にもイエローカードが出されて、鹿島のサポーターがピッチになだれ込んだ。
カードを多発して試合をコントロールする審判は二流と言われますが、カードを多発して試合を混乱させる審判は下手としか言いようがない。
鹿島はJリーグの開幕戦を岩政と大岩を欠いて戦うことになった。
「広島が主審を買収していた」という説明ならこの展開も理解出来ます。
それがあり得ないなら、このゲームに働いていた力はどのような力なのでしょうか。
主審がゲームを作ろうとしていたことは明白です。
しかし私は主審だけではなく、その背後に存在する大きな力を感じます。
順当に鹿島が勝てば話題性に欠ける。
主審を動かしていたのは、関係者の「もっと注目されたい」「もっと注目してほしい」という集団心理ではないでしょうか。
「フィナーレは実にドラマチックだった」
「終盤に落とし穴が待っていた」
「勝利の女神は広島に味方した」
「一発勝負のタイトルマッチでは何が起こるか分からない面白さ」
Jリーグのホームページでは、このような美辞麗句でこの試合が紹介されています。
観ていない人が読めば、波乱にとんだ素晴らしいゲーム展開だったと思うでしょう。
このようなドラマチックな試合にしたい、素晴らしい試合をして注目されたいという
主催者側の心理が、言葉を介せずに審判に伝わったのなら、これ以上語ることはできません。
この先は深層心理という実証不可能な世界です。
このような事態を防ぐためには、メディアがもっと審判に注目して優劣を評価すべきです。
ところが審判問題に関してメディアは笛を吹かず、いつも選手たちだけが審判の笛に踊らされている。
「まな板の上のオシム」より
http://manaitanouenoosim.web.fc2.com/index.html
posted by 直木 善久 |06:37 |
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