2009年12月29日
「もうだいぶ回復していますね」
「これも先生のおかげです」
「もう悪夢はご覧にならないでしょ」
「はい」
「では始めましょう。昨夜の夢を話してください」
「はい、少し前までは負ける夢にうなされていたんですが、最近は勝つ夢を見るようになりました」
「良い傾向です」
「日本がカメルーンに2-0で勝ったんですよ」
「ほーっ、幸先がいい」
「次は1-0でオランダに勝ちました」
「いいですね」
「そしてデンマークにも4-0で勝った」
「ハハハ」
「決勝トーナメントではイタリアを破ってベスト8」
「ハハハ、それは無理でしょう」
「先生!」
「なんでしょう?」
「これは夢です!」
「はいはい、そうでした」
「イタリアの次はブラジルに勝ってベスト4」
「でも、ちょっと誇大妄想気味の夢ですね」
「夢だからいいじゃないですか」
「しかし…ベスト4に進むとは考えられん」
「そう思えばそこで終わる」
「決勝トーナメントさえ怪しい」
「先生!」
「はい」
「私は先生とサッカー談議をしに来たんじゃありません。きちっと分析してください」
「まぁ、初戦のカメルーン戦がすべてだと思いますよ」
「誰が試合の分析を頼んでいるんですか。夢の分析です」
「はいはい、そうでした。体力も精神力も戻りつつあります。完治も間近いですよ」
「有難うございます」
「まだ無理をしないように」
「気分もずっと良くなりました。なにか昨夜の夢が正夢になるような気もします」
「ところで、その夢の続きはどうなりました?」
「はい。フランスを破って決勝に進出です」
「んっ」
「いっそ目標を優勝に変えようか」
「駄目です。駄目ですよ、そんなこと」
「どうして?」
「あなたは夢の中でも夢を見ていますね」
「はい」
「夢の中の夢、それなら夢のまた夢じゃないですか、これは。
――皆様も良い初夢をご覧ください。
posted by 直木 善久 |07:13 |
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2009年12月01日
慌ただしく人の行きかう雑踏から右に折れてしばらく進むと、道路に沿って向こうのビルまで公園が広がっている。どこにでもあるような公園なので、どこか見覚えのある風景のようにも感じる。昼間は木陰になるのだろう。木々の間の街灯に照らされて、ひときわ明るいベンチにひとりの男が座っていた。誰に話しかけているのか、道を急ぐ私にまでその声が聞こえてくる。何を話しているのか、私はふと足を止めた。
あのマラドーナがアルゼンチンの監督を務めるとは予想外だったよ。メキシコを思い出すなぁ。わしも永く神をやってきたが、あんな強烈な印象が残った大会はない。まぁ、あの一件以来「神の手」だの「神の子」だの、わしの名を気軽に語る輩が多くなって迷惑した。うんざりだよ。わしの名を口にすることすら恐れられていた時代が懐かしいわ。そうそう、そういえば「サッカーの神様」というのもいたなぁ。でも自ら名乗りよったのはマラドーナだけだ。あやつは実にふてぶてしい。反則を犯したうえに自分の手を「神の手」などと言いふらしよって、恐れ多いにも程がある。みんな彼の人生がその後どうなったか知っとるだろ?あれはすべてわしが差配したものじゃ。まぁ、ちょっとは改心したのかと見守っていたが、なんだ?またあの発言。あやつなら自分の口を「神の口」だと言い出しかねん。ヒヤヒヤしておった。誓ってもいいが、わしはあんなお下劣なことは言わんからな。仮にもわしは神じゃ、いや仮じゃなくて本物の神じゃ。不埒なディエゴにまたちょっと罰を加えねばならない。差配、差配、「アルゼンチンは予選敗退」っと、これでよし。そうそう、あのアンリの未来も差配しなければいけない。うーん、でもそれは止めておこう。わざわざわしが手を下すこともあるまい。放っておいてもフランスも予選敗退に決まっとる。なぜかって?フランスが勝てばあのゴールが蒸し返される。勝てば勝つほど蒸し返されて、選手たちはうんざりだろう。そういう時には負けてスッキリしたいという気持ちが、知らぬ間に心の隅に芽生えるものじゃ。永く神をやっていると、そのくらいは分かる。ドメネクは儲けたと思っているかも知れんが、実際は貧乏くじを引いている。アンリもフランスが勝つたびに批判的に語られる。そうやってメディアが騒ぐ。絶えず後ろめたさに悩まされることになる。ドメネクもメディアから選手たちを完全に保護することはできまい。アンリは「引退も考えた」と言っとるが、実際に彼の引退時期は早まるだろう。悲しみを味わうのはアイルランド国民だけではない。あのプレーが自分にとっても悲しいプレーだったと、アンリ自身が気付くときがくる。そのとき彼は一層深い奈落の悲しみを味わうのだ。可哀そうに。まぁ、人生とはそういうものだ。アンリはマラドーナと違って優しい男だ。救いの手を差し伸べてやらぬこともないが…みなも人前で不正を働くと碌なことはないぞ。いや、誰も見ていなくても不正は働いてはいかん。えっ、なに?「フランスが予選敗退なら、日本をフランスの組に入れてくれ」って?ばっ、ばかもん!わしが不正を働いてどうする!「神の手」を汚すわけにはいかん。「それならどこが優勝するか教えてくれ」って?たっ、たわけが。優勝を差配するのは女神の仕事じゃ。だからわしもたっぷりワールドカップを楽しめる。「日本がベスト4になれるかだけでも教えてくれ」って?おいおい、いい加減にしろ。わしは予想屋じゃない。馬鹿も休み休み言え!わしに出来ることは試練を与えることだけ。岡田監督にも、アンリにも、マラドーナにも。でもフランスを侮ってはいかん。実をいうと汚名返上はワールドカップの重要なファクターだよ。前回は国内が八百長疑惑で揺れていたイタリアが優勝した。ハンドで出場を決めたという汚名、これを挽回するには優勝するしかない。あの「神の手」、いやマラドーナの手でゴールを決めたアルゼンチンも、そのメキシコ大会で優勝しておる。わしは15倍のフランスに賭けるよ。あっ、しまった。口が滑った。わしの奥の手をばらしてしまった。
posted by 直木 善久 |22:30 |
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2009年11月23日
「もしもし」
「あっ、オレオレ」
「オレって?」
「オレだよ、オレ」
「…」
「元気にしてる?」
「ああ」
「ちょっと頼みがあるんだけど」
「なに?」
「来年、南アフリカでワールドカップがあるんだよ」
「ふーん」
「どうしても行きたいから、ちょっとお金貸してくれない?」
「振り込むのかい」
「そう」
「あんた!」
「はい」
「これ詐欺だろ」
「ちがう、ちがう、オレだよ」
「ふーん、でも行きたかったら自分で稼いでから行けばいい」
「借りるだけだよ。振り込んでくれよ」
「やっぱりこれは詐欺だな」
「ちがう、オレだってば」
「カネカネって、だいたい身の丈に合った生活をしなければいけないよ」
「ああ」
「そのためには身の丈に合った目標を立てること」
「はい」
「ベスト4を目指すから応援してくれ?身の程知らずもはなはだしい。お前は騙されているよ」
「えっ!」
「そんな甘い言葉に誘われて、南アフリカまで行くなんて詐欺に引っかかったようなものじゃないか」
「ちょっとちょっと」
「お前は昔から夢のような話に騙されやすいんだよ」
「サッカーに興味あるの?」
「こんなことシロウトでもムリだと分かるわよ」
「でも日本の試合だけを観に行くんじゃないよ。それに今回はチケットが手に入りやすそうなんだ」
「ふーん」
「お願い」
「…」
「お願いします。ボーナスで返すから」
「まぁ、お前がそこまで言うのなら…」
ワールドカップが近づいてまいります。
南アフリカ行きの資金をねだる新手の詐欺にご注意ください。
オーレオーレ詐欺に。
posted by 直木 善久 |06:54 |
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2009年09月13日
「監督!監督じゃないですか」
「はっ、はい」
「お疲れさまでした」
「いえいえ」
「今日はお一人で釣りですか」
「はい、久しぶりの休日なんで、まぁ、釣れるもヨシ、釣れなくてもヨシという心境で…」
「監督はその言葉がお好きなんですね。この前の会見でも仰っていた」
「無心の境地ですよ」
「でもやっぱり釣れた方が楽しいですよ」
「ところで、この辺りでは何が釣れるの?」
「そうですね、今ならタラかなぁ」
「タラ?タラは冬の魚でしょ?」
「いやぁ、この時期でも釣れますよ。監督!ほら、引いていますよ」
「おっ、幸先いいね」
「巻いて、巻いて、やっぱりタラですよ、タラ」
「んー、こんなタラは見たことがない。なんて言うタラですか?」
「これはね、本田を先発で使ってタラ、っていうタラです」
「ほーっ」
「ほら、また引いてますよ」
「今度も珍しいタラだ。これは何ていうタラですか?」
「これはね、森本が合流してタラ、っていうタラです」
「ふーん」
「監督、タラは魚へんに雪って書くでしょ」
「そうだね」
「でも、『大口魚』って当て字で書くこともあります」
「へぇー、知らなかった。確かに口が大きくて獰猛な顔つきだね」
「監督は大口が嫌いですか」
「大口?ハハハ、そうかもしれない」
「大人しくて、真面目で、コツコツ努力するタイプがお好きですよね」
「大口を叩く選手はチームの和を乱すでしょ。不協和音になります」
「なるほど」
「ふてぶてしいし、反抗的だし、メディアに対してフォローする手間も増える」
「でも窮地に追い込まれた局面を打破できるのは、そういうふてぶてしい選手じゃないですか?」
「確かに個人が打開しなければいけない局面はある。しかし基本はチームワーク。サッカーは11人で戦うスポーツですよ。『俺が』、『俺が』だけでは勝てません」
「ビッグマウスはダメですか?」
「他の選手も嫌うし、それに第一にメディアが嫌います」
「でもね、監督」
「なに?」
「ワールドカップで『ベスト4』なんて、かなりのビッグマウスですよ」
「んっ?…」
「大口ですよ」
「んっ、釣られてしまった」
「釣るもヨシ、釣られるもヨシ、春うらら」
posted by 直木善久 |17:57 |
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