2009年05月03日
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
トルシエ再評価の試み、その三回目です。 前回は、日本代表監督時代のトルシエを記述した三冊の本を読んで、トルシエの人間性を検証しましたが、この程度で人間性が悪いと言われても「ハイそうですか」とは納得できません。 トルシエジャパンでコーチを務めた山本昌邦の著書を読めば、実物大のトルシエを知ることが出来るかも知れない、そのように考えて「山本昌邦備忘録」(講談社)を読み始めましたが、何だかちょっと様子がおかしい。 合宿では食事中の新聞が厳禁、自室以外の携帯電話の使用も禁止、トルシエの規律は厳しいと批判しています。これが厳しいのかと訝しながら読み進むと、次は掌を返すように規律をチームに持ち込むことは悪いことではないと語り始めます。 その後も「批判はするけど悪くはない」という調子で、何事も断定せず、曖昧で、どっち付かずで、山本自身の考え方が見えてきません。たとえば… トルシエが練習でミーティングの内容と違う行動をとったり、知らされていない選手を先発メンバーに入れるなど、いつも前言を翻すと批判しながら、それでコーチや選手は「察する」ということを覚えたと書いています。 ワールドユースのブルキナファソ合宿で、食事をめぐってドクターとトルシエが対立した場面で、選手の健康管理をトルシエが考えていないと批判していますが、ナイジェリアの本大会で、ブルキナファソの悪い環境を経験したことが生かされたと書いています。本心はどちらにあるのでしょう。 「トルシエでは駄目だ。俺が監督ならもっと良いチームをつくってやる」という意気込みがあれば、もう少しは説得力がある文章になったのかも知れませんが、最後まで優柔不断な文章で埋められています。 厳しい規律や、必要に応じて前言を翻すことや、はっきり意見することが批判されるなら、スポーツだけではなく、会社組織などでリーダーシップをとる人たちも批判されなければいけなりません。 逆に言うと、山本昌邦の考え方や意見はリーダーシップをとる人のものではありません。生徒が教師の悪口を言うのに近い。もう少し書き出してみましょう。 「『協会が山本を入れたがっているのは知っているし、それが監督就任の条件に入っているのも分かっているけど、最終的にコーチ・ヤマモトを決めたのはオレ(私注=トルシエ)なんだ。つまりお前のボスはオレなんだ』と繰り返していた。『オレがお前を雇っているんだ』と言わんばかりに」 「(私注=ワールドユースで)得失差で日本の1位通過が決まった。その途端である。急にトルシエの目つきが変わった。『ヤマモト、今日から会見には私が出る』その豹変振りに、ベンチからずり落ちそうになったけれども、そのほうがいいと思った」 「(私注=日韓大会トルコ戦敗退のあとに)私の脳裏に一瞬、後悔の念がよぎった。『どこから、チームが狂いだしたのか』『もし、あの時、自分からトルシエにしっかり意見が言えていたら…』」 序章からあとがきに至るまでこんな調子です。トルシエを「大きな赤ん坊」だと言いながら、赤ん坊に助言もできないコーチって何だ?この本には日本人指導者に欠けている強引さや、読みの深さに対するジェラシーが詰まっています。 トルシエの強引さを否定的に捉えているから、自身は曖昧で優柔不断な文章しか書けないのです。トルシエのそばに4年間もいた山本昌邦が、単に当時のうらみつらみを書き出して公表するようなレベルの指導者だったことが残念です。 これを読めば彼が率いたアテネオリンピック代表の成績も、アテネ後に監督に就任したジュビロの低迷も、私にとっては当然のことと納得できます。 トルシエを知ろうと読み始めたのですが、少し横道に逸れてしまいました。残念ながら今回もトルシエの「悪い人間性」には出会えません。当時は新聞を賑わせていて、誰もが当然と受け入れていたトルシエの人間性は、一過性のゴシップ程度のものだったのでしょうか。それなら次回は、当時の新聞を賑わせていたトルシエの記事を取り上げて考えてみたいと思います。
posted by 直木 善久 |06:44 |
トルシエ再考 |
コメント(34) |
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それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
コメント投稿者ID :
そういや、トルシエの率いたU23もグループリーグは突破してるんだよね。相手に恵まれた感はありますが。とはいえ勝ち点をとるべきチームからしっかり勝ち点をとった。
なんだかんだいってここ10年の監督中では最も結果をだしてる。
posted by そういえば | 2009-05-03 07:44
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
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大変、面白く拝見させていただきました。
私も、トルシエはもっと評価されてもよいと思います。
ただ、「山本昌邦備忘録」は当時の世論を考えると
しょうがないかなと思ったりします。
つまり、山本氏自身はトルシエを認めつつも
当時のトルシエ批判の渦巻く中、ああいう形でしか
書けなかったのかと…。
posted by 通りすがりの者 | 2009-05-03 07:48
そういえばさん 有難うございます
コメント投稿者ID :
そういえば様
コメント有難うございます。
今回はちょっと遠回りしてしまった感じです。
続編もご注目ください。
posted by 直木善久 | 2009-05-03 11:39
コメント有難うございます
コメント投稿者ID :
通りすがりの者 様
ご愛読有難うございます。
>つまり、山本氏自身はトルシエを認めつつも
>当時のトルシエ批判の渦巻く中、ああいう形でしか
>書けなかったのかと…。
はい、でも監督として学んで
その後に生かして欲しかったですね。
posted by 直木善久 | 2009-05-03 11:44
サポティスタ様 有難うございます
コメント投稿者ID :
サポティスタで取り上げて頂きました。
http://supportista.jp/2009/04/news30194501.html
この場を借りて御礼申し上げます。
有難うございました。
posted by 直木善久 | 2009-05-03 11:51
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
コメント投稿者ID :
お疲れ様です。以下所感を長文で失礼します。
全体として、本当に横道にそれたという感じでしたね。「「山本昌邦備忘録」(講談社)でもなかった」だけでもよかったのではないかと、個人的には感じました。
続編楽しみにしています。
>合宿では食事中の新聞が厳禁・・・悪いことではないと語り始めます。
→批判しているのは「規律が厳しい」こと(当時の関係者が考えていたレベルでの話)。しかし、本質的に、「規律をチームに持ち込む」ことは悪いことではないというだけのことでしょう。
程度を問題にしているだけの話ではないですか。
>トルシエが練習で・・・コーチや選手は「察する」ということを覚えたと書いています。
→批判しているのは「いつも前言を翻す」こと。管理人さんが本稿で問題提起しているように、根拠や必要性を説明することなしに、「いつも前言を翻す」ので、関係者は当初納得できずに、戸惑ったということでしょう。
不平ばかりを言うわけにもいかないので、皆がトルシエの考えそうな根拠や必要性を「察する」ことになっただけでしょう。
さらに、後段で、管理人さんは、自身の判断で、「必要に応じて前言を翻すこと」と読み替えていますが、「いつも前言を翻す」こととは大きな隔たりがあるように思われますが、何か意図があってのことですか。
>ワールドユースのブルキナファソ合宿で・・・本心はどちらにあるのでしょう。
→批判しているのは「選手の健康管理をトルシエが考えていない」こと。ただ、日本代表として「悪い環境を経験したことが生かされた」というだけでしょう。
上にあげた3点に共通しますが、批判していることに関しては、山本昌邦は、マイナス感情をもっているでしょう。
しかし、そのリアクションとして、結果的に、日本代表にプラスな面もあったといっているだけではありませんか。
トルシエに対して、肯定的な立場をとる管理人さんは、それこそが「トルシエの意図」であり、「トルシエの読みの深さ」としたい部分なのでしょう。しかし、4年間もごく近くで彼を見ていた山本昌邦にそんな風には見えなかった。
本稿を読む限りは、「批判はするけど悪くはない」ではなく、「トルシエの悪いと思われる点は批判する、しかし、実際は、トルシエの悪い点も、周りの皆のリアクションでいい方向にもっていった」ということではないですか。
>「『協会・・・雇っているんだ』と言わんばかりに」
→後段で「トルシエを「大きな赤ん坊」だと言いながら、赤ん坊に助言もできないコーチって何だ?」という部分がありますが、こんなことを言う人間は助言を聞くでしょうか。また、助言する気になるでしょうか。
>「(私注=ワールドユースで)得失差で・・・そのほうがいいと思った」
→会見は本来監督が行うものです。だから「そのほうがいいと思った」のでしょう。「日本の1位通過が決まる」まで、行わなかったトルシエの意図は、肯定的な管理人さんにはどんなことが考えられますか。私にはあまり肯定的なことを考えにくいのですが・・・。
>トルシエの強引さを否定的に捉えているから
→肯定的に捉えなければならない必要性はどこかにありますか。
例えば、外国人監督は、普通トルシエ並みに強引だ、等。山本昌邦を否定的に捉えているから、本稿になっているだけではないですか。一度、肯定的に考えて見てください(文章にする必要はありません)。それは、本稿にとってマイナスなことではないと思いますよ。
>それなら次回は、当時の新聞を賑わせていたトルシエの記事を取り上げて考えてみたいと思います。
→トルシエの「悪い人間性」の記事ばかりではなく、「良い人間性」あるいは「そう悪くない人間性」の記事も取り上げていただければ幸いです。
posted by Jyourenn | 2009-05-04 00:34
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
コメント投稿者ID :
「備忘録」なんだから、事実を書きとめるだけでいいじゃん。それだけで、アテネで結果出せなかった、とか言われる筋合いはないと思いますよ。ま、結果を出せない理由はきっと何かあるんでしょうけれども・・。
posted by 山元雅国 | 2009-05-04 06:20
Jyourennさん 有難うございます
コメント投稿者ID :
いつも有難うございます。
>「山本昌邦備忘録」(講談社)でもなかった」だけでもよかったのではないか
トルシエジャパンのコーチになった当時、
将来は代表監督の可能性もあったのではないでしょうか。
それとも単に協会との連絡役だったのでしょうか。
トルシエのここが悪い→このようにすればよい。
トルシエのここが良い→それでこの結果が生まれた。
指導者ならこのような文章になると思います。
トルシエジャパンの一角を担い、
当然責任もトルシエと共有しているのに、
傍にいた人の感想文になっています。
>自身の判断で、「必要に応じて前言を翻すこと」と読み替えていますが、「いつも前言を翻す」こととは大きな隔たりがあるように思われますが、何か意図があってのことですか。
山本昌邦がトルシエを評して「いつも前言を翻す」と語っている。
私自身は会社組織でリーダーシップをとる人も「必要に応じて前言を翻している」でしょうと考えている。
>こんなことを言う人間は助言を聞くでしょうか。
責任を共有しているという意識があれば、
そして相手が間違っていると思うなら、
喧嘩になっても主張すべきです。
トルシエは「協会によって選ばれたけど、俺の仲間だよ」と言っています。
しかし山本は観察者の立場を守っていいます。
たとえば自分の部下に、社長直属の社員が配置されて、
観察者の立場を崩さないようなものでしょう。
>山本昌邦を否定的に捉えているから、本稿になっているだけではないですか。
はい、否定的に捉えています。
自分で「ちょっと横道にそれた」といってますが、
大きくは逸れていません。
トルシエと山本を対比させれば、
それぞれの良さとまずさが浮き彫りになるのではないかと考えました。
繰り返しますが、
私の意図は「トルシエの人間性は良い」と結論づけることではありません。
「やっぱり人間性は悪かった」と言うことでもありません。
まず「人間性が悪い」と言われた事実があって、
それは本当なのかと「人間性が悪い」と書き残している人たちの本を探しています。
「人間性が悪い」という批判がゴシップなら、
ファンの好き嫌いとは関係なく、オフィシャルな場で再評価されてもいいのではないかと考えています。
山本はトルシエの人間性が悪いようだ、というスタンスですが(成績も残しているので?)ハッキリ指摘せずに、どっちつかずの表現になっています。
「批判はするけど悪くない」
「それは良いのか悪いのか」
その優柔不断な態度が人の上に立つ人のものではない。と指摘しました。
トルシエの強引さと比較すれば分かりやすいかと…
posted by 直木善久 | 2009-05-04 08:39
山元雅国さん 有難うございます
コメント投稿者ID :
山元雅国様
コメント有難うございます。
>「備忘録」なんだから、事実を書きとめるだけでいいじゃん。
事実だけでなく、感想も価値観も書かれています。
posted by 直木善久 | 2009-05-04 08:46
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
コメント投稿者ID :
お疲れ様です。追記を長文で失礼します。
>自身の判断で、「必要に応じて前言を翻すこと」と・・・何か意図があってのことですか。
山本昌邦がトルシエを評して・・・でしょうと考えている。
→文章の流れからして、「トルシエが行っていたこと(厳しい規律を持ち込んだこと、いつも前言を翻したこと、はっきり意見したこと)は、会社組織でリーダーシップをとる人は誰でも行っていること(厳しい規律を持ち込むこと、いつも前言を翻すこと、はっきり意見すること)なのだから、批判されるのはおかしい」とならなければ、この文章の意味が無いはずです。
つまり、「トルシエが行っていたこと」=「会社組織でリーダーシップをとる人は誰でも行っていること」でなければならないでしょう。「トルシエはAだと批判されている。しかし、Bが批判されるなら、スポーツだけではなく、会社組織などでリーダーシップをとる人たちも批判されなければいけなりません」というのは、どう考えてもおかしいですよね。
そこで読者が考えるのは、以下の①②になると思います。
①「直近にいた山本昌邦が「いつも前言を翻す」と書いているが、それは間違いで、実は、「必要に応じて前言を翻していた」だけだ」という根拠があるのだろう。しかし、その根拠が示されていないのは何故なのか。充分な根拠がないからなのではないか。
②トルシエを肯定的に見たいという願望が、「いつも前言を翻す」では弁護できないため、無理やり「必要に応じて前言を翻していた」と文言を変えさせたのではないか。
①②のいずれも、管理人さんが、「トルシエ再考の中で批判しているアンフェアを、実は、管理人さん自身も行っているのでは?」という疑念を読者にもたらすもので、「トルシエ再考」にとってマイナスになるものです。だから意図をお聞きしたかったのです。
>こんなことを言う人間は助言を聞くでしょうか。
責任を共有しているという意識があれば・・・観察者の立場を崩さないようなものでしょう。
→管理人さんは、失礼ながら、目上の人間に外国人をもった経験があるでしょうか。特に白人を。
彼が山本昌邦に頻繁にこう言っていたとすれば、それは彼らの慣用句みたいなもので、意味を普通に捉えれば、「協会によって選ばれたけど、俺の仲間だよ」ではなく、「協会によって選ばれたけど、お前は俺の部下だよ。反対や批判はするな。俺の言うことを聞いていればいいんだよ」になります。だから、何も言えないし、だんだん言う気も失せてくる。日本人だからではなく、部下が外国人なら、この言葉を言われれば、「そうです。私はあなたの部下でした。わかりました」で議論はこれで終了です(後は、意見に従うか、職を辞するかしかない)。
「トルシエを「大きな赤ん坊」だと言いながら、赤ん坊に助言もできないコーチって何だ?」という部分がありますが、「大きな赤ん坊」には、普通の人間は、あやすだけで、助言しないでしょう。そうさせた原因は、コーチの能力ではなく、監督の問題ではないですか。助言もできないコーチではなく、助言もさせない監督ではないかという印象をうけますが・・・。
>山本昌邦を否定的に捉えているから、本稿になっているだけではないですか。
はい、否定的に捉えています。自分で・・・比較すれば分かりやすいかと…
→「人間性が悪い」という批判がゴシップなら、オフィシャルな場で再評価されてもいいのではないかというのが、管理人さんの意図ですよね。
それならば、ゴシップである根拠について、徹底的に否定的な立場で解釈を繰り返す行為は正しいことでしょうか。
「人間性が悪い」と言われた事実があって、否定的に扱われている現状と「そんなに悪くないのでは」という思い込み(今までの文章の中では、解釈の問題で良くも悪くもなる根拠しか示されていないので、敢えて、失礼な表現をします)があって、肯定的に扱おうとする態度は、本質的に同じではないかと考えてしまうわけです。
それならば、本来、オフィシャルな場で評価するべき人たちが、大多数の意見で下された過去の評価を覆し、再評価されてもいい根拠になりえないのではないか。言葉を悪くすれば、トルシエ・ファンの「贔屓の引き倒し」にすぎないのではないかと考えてしまうのです。
それならば、一層のこと、「人間性なんて関係ない、実績のみで評価するべき」ということのほうが、再評価する根拠になるのではないでしょうか。
posted by Jyourenn | 2009-05-04 15:32
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
コメント投稿者ID :
「備忘録」の内容を元に、彼の批判をするのは、「備忘録だからいいじゃん」ってなるので、説得力に欠ける、って私は思うんですよ。彼の意見やら書かれているかも知れませんが、だから、「どっちつかずの表現」でも批判される筋合いはない、って反論されるんですよ。山本批判したいなら、「備忘録」ではなく、別の著書や、彼のテレビのコメントなどからするべきだと言っているんですよ。
posted by 山元雅国 | 2009-05-04 17:23
期待
コメント投稿者ID :
面白いブログだなあと思っていますが、今回はやや期待
ハズレか。
非常におおざっぱに言うと
「僕の好きなトルシエについて悪い感じのことを言ってる
山本は無能だ。だから山本の悪口を言おう。」
という感じを全体的に受けてしまい、あまりトルシエの再評価につながらない。
Jyourennさんがおっしゃる、
>>「トルシエ再考の中で批判しているアンフェアを、実は、管理人さん自身も行っているのでは?」という疑念
これを私も感じてしまい、かえって逆効果だったかな、と。
トルシエが史上最高クラスの監督だったことに疑いの余地はないです。トルシエの再評価という試み自体は非常に面白い意義のあることだと思いますよ。次も期待しています。
posted by ジョジョ | 2009-05-04 19:30
Jyourennさん 長文感謝します
コメント投稿者ID :
>お疲れ様です。追記を長文で失礼します。
労をねぎらっていただき有難うございます。
えっ、そこでまた長文?
冗談です。長文感謝していますよ。
。
Jyourennさんのエネルギーに圧倒されそうですが、
負けずに…。
「前言を翻す」のはトルシエが翻しても、会社組織でリーダーシップをとる人が翻しても、私でも、山本昌邦でも同じ行為です。
私はトルシエも、会社組織でリーダーシップをとる人も、必要に応じて前言を翻していると考えますが、山本は批判すべき行為だといっています。その後に良い面もあると発言しますが、それは前言を翻しているのではありません。
「今日はAで行きます」を「AではなくBで行きます」と言い換える。これが前言を翻すことです。
山本は「Aは良くないが良い面も持ってる」と言っています。どちらが評価されても「私は間違ったことをいってないでしょ」といえる優柔不断な立場に立っています。
翻しても、翻さなくても、決断には上に立つものの責任が生じますが、山本はその立場を忘れ、責任を回避している。そこに対して私は山本に私は否定的です。
>実は、「必要に応じて前言を翻していた」だけだという根拠があるのだろう。しかし、その根拠が示されていないのは何故なのか。
無闇に、何の根拠も無く前言を翻す人が組織の上に立てば、すぐにその組織は立ち行かなくなります。破綻します。それも目立たない企業ではなく、多くの人の目にさらされた代表という組織ならなお更です。
>トルシエを肯定的に見たいという願望が、「いつも前言を翻す」では弁護できないため、無理やり「必要に応じて前言を翻していた」と文言を変えさせたのではないか。
私はトルシエを肯定的に捉えるという方向性に基づいて、この文章を書いています。「いつも」というのは時間の経過と回数を意識した表現であり、「必要に応じて」というのは本人の意志と正確性を察した言葉です。「いつも」を「ときどき」と言い換えたなら、無理やりと言えますが、ここでは私の主張に無理やり合わせた改変ではないと思いますが…
>日本人だからではなく、部下が外国人なら、この言葉を言われれば、「そうです。私はあなたの部下でした。わかりました」で議論はこれで終了です(後は、意見に従うか、職を辞するかしかない)。
このあたりはちょっと飛躍しすぎではないでしょうか。トルシエの日本監督時代のアシスタントコーチのサミアとは、モロッコのCAラバトの監督時代に出会っています。サミアはモロッコ人ですから、トルシエからすれば外国人です。
>それならば、ゴシップである根拠について、徹底的に否定的な立場で解釈を繰り返す行為は正しいことでしょうか。
否定的なスタンスで語るか、肯定的なスタンスで語るかはアプリオリに決まっているわけではありません。いろんな発言を検討し、書籍を読み、山本ならテレビの解説を聞いた結果で判断しています。
それが思い込みのように見えているようですね。
私の試みが失敗すれば「贔屓の引き倒し」、もしも成功すれば再評価への動きが始まるでしょう。あっ、ちょっと大きく出すぎたかな?
>「人間性なんて関係ない、実績のみで評価するべき」ということのほうが、再評価する根拠になるのではないでしょうか。
もちろん勝負ですから結果は重要な判断材料です。しかし私は結果だかを追いかける立場には立っていません。
posted by 直木善久 | 2009-05-04 22:31
山元雅国さん 再び有難うございます
コメント投稿者ID :
山元雅国様
お返事有難うございます。
>山本批判したいなら、「備忘録」ではなく、別の著書や、彼のテレビのコメントなどからするべきだと言っているんですよ。
了解です。
他の書籍に関しては別の機会に取り上げます。
posted by 直木善久 | 2009-05-04 22:35
ジョジョさん 有難うございます
コメント投稿者ID :
ジョジョ様
ご感想有難うございます。
>「僕の好きなトルシエについて悪い感じのことを言ってる山本は無能だ。だから山本の悪口を言おう。」
私にとっては「僕の好きなトルシエについて悪い感じのことを言っている山本は優柔不断だ。だから山本を批判しよう」なんですが…
>「トルシエ再考の中で批判しているアンフェアを、実は、管理人さん自身も行っているのでは?」
これはJyourennさんの発言ですが、ルール違反を批判している人が、ルール違反している、ということでは無いですよね。
私がアンフェアだと言っているのは「トルシエの人間性が悪い」と書き残している人が、その証拠を書き残していないことです。私は山本昌邦を批判していますが、具体的に示していると思います。
引き続きご愛読いただければ嬉しいです。
posted by 直木善久 | 2009-05-04 23:10
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
コメント投稿者ID :
まず大前提として、本の場合、少なからず編集サイドの意向が反映されていることを忘れてはいけません。山本さんは、本当はビシッと書いていたのに、編集側が「もう少しソフトにお願いします」といって修正を要請したかもしれない。仕事としてやっている以上、山本さんに限らず、物書きとしての実績が相応にないと、著作者は、それを無碍には扱えないという場合もある。これは事情を知らない第三者には簡単に判断できないことだと考えます。だから、実は著作物から書き手の人間性を判断するのは、少し危険なことかもしれません。
で、山本さんの評価ですが、
たとえば考えをすぐには変えない人に対し、
「頑固」とマイナス評価もできれば
「意志が固い」というプラス評価もできます。
山本さんの、そういう一見矛盾した物言いも、
それを人によってはそれを、「柔軟さ」と評価するかもしれない。その「優柔不断」さが、プラスに働く場面だってきっとあるんだと思います。
「安易に断定的な口調を選ばない」ことと「他人を傷つけない」ことは表裏の関係だと思いますから、「優柔不断」さが、一方では「気遣いの人」と評価される所以でもあるんだと思います。
そもそも、山本さんが監督として失敗したのは、本当に「優柔不断」という人間性が原因なのか。もっと他に問題はなかったのか。慎重に評価すべきでしょう。
というか、オリンピックでのグループリーグ敗退や、ジュビロの5~6位という数字が、客観的に失敗といえるものなのかという疑問もあります。むろん成功ではないですが。日本サッカーに思い入れのない人から見れば、「こんなもん」といったところだったかもしれない。個人的にはガッカリしましたけど。
今回のエントリは失礼ながら、ミイラ取りがミイラになっている。アンチトルシエがトルシエに浴びせる心無い罵声と、管理人さんの山本さんへの評価は、本人の主観的には否定されるかもしれませんが、私の目には同質のものとして映りました。
posted by けだし | 2009-05-04 23:34
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
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はじめまして。楽しく読ませていただいています。
ところで直木さんは、トルシエが自由が丘カップという小学生チームのイベントに、2年続けて顔を出した話はご存知ですか? イベントと言っても地元の4チーム程度が集まって行う、公式戦でもなんでもないカップ戦です。今は見られませんが、当事者の方がネットに書いていた記事を読んで、ずいぶん感動しました。心温まる、良い話ですよ。
それから「前言を翻す」ってやつですが、これは普通にサッカーのトレーニングですよね。オシムの練習方法、日程の組み方にも同じ意図が感じられるものが多々ありました。「ゲームは予定通りに進行するものじゃない。刻々と変わる状況を、選手自身が判断してプレーしなくてはならない」と。
で、選手やコーチが「察する」ことを覚えたなら、トルシエのトレーニングは功を奏したんでしょう。優秀なコーチである証左です。
posted by kettsu | 2009-05-05 00:14
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
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あまり長文すぎて、嫌われるのも本意ではないため、敢えて今回は一つに。
偉そうに書いていますが、続編楽しみにしています。
①「いつも前言を翻す」:
朝令暮改で、リーダーとして最もやってはいけないことの一つ。批判されて当然のこと
②「必要に応じて前言を翻す」:
当たり前の行為。批判の余地はない。
印象も意味もまったく変わってしまいますよね。私が問題にしているのは、この部分を根拠を明示することなく変えているということです。
「人間性が悪い」と書き残している人たちの本を探し、記述をもとに話を進めている管理人さんが、記述内容を「察して」、勝手に変えることは、意識する、しないは別として、文章を引用するものとしての「重大なルール違反」を起こしているのです。
書き手なら誰もが意識するであろうルールを、あまりにもさらっと破っているため、「そこに意図があるのでは」と勘ぐってしまったのです。
今回、根拠はよくわかりました。例えば、本文中に以下のような文章が必要ですよと言いたいのです。
例)山本昌邦はトルシエを「いつも前言を翻す」と批判しますが、無闇に、何の根拠も無く・・・代表という組織ならなお更です。
ですから、「いつも前言を翻す」ではなく、「必要に応じて前言を翻していた」と捉える方が自然でしょう。
posted by Jyourenn | 2009-05-05 00:29
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
コメント投稿者ID :
山本さんの「備忘録」については、(確かロシア戦の)ハーフタイムの描写に(あれ?)と思ったのを覚えています。DVD「六月の勝利〜」の映像と明らかに違う。本に書かれているような「トルシエ激怒」は映像では見受けられない。
本の細かいニュアンスは今手元にないので控えますが、これ以来ぼく個人は山本さんの言うことにバイアスがかかるようになりました。
管理人さんはもっと突っ込んでますね。
トルシエの検証から山本さんへ考察が移っても別に構わないと思います。
「人間的に●、人間的に×」とトルシエを批判しながら、実はその周辺でさまよってる日本人スタッフ・評論家自身がそこに映しこまれている。
それを取り出すのがこのテーマの主旨なんでしょう?(笑)
posted by 酒式 | 2009-05-05 00:37
けだしさん 有難うございます
コメント投稿者ID :
非常に参考になりました。有難うございます。
>まず大前提として、本の場合、少なからず編集サイドの意向が反映されていることを忘れてはいけません。
その通りだと思います。
>山本さんは、本当はビシッと書いていたのに、編集側が「もう少しソフトにお願いします」といって修正を要請したかもしれない。
それも考えられます。
>仕事としてやっている以上、山本さんに限らず、物書きとしての実績が相応にないと、著作者は、それを無碍には扱えないという場合もある。
物書きとしての実績――たぶん山本の書籍としてはこれが一冊目だったと思います。
しかしコーチや監督としての実績は十分あったと思います。
指導者の言葉、思想や哲学が、編集者の意向によって表現がソフトになるのは構いませんが、どっち付かずになるのは指導者の書としては良くないと思います。
>これは事情を知らない第三者には簡単に判断できないことだと考えます。だから、実は著作物から書き手の人間性を判断するのは、少し危険なことかもしれません。
本を出版するということは、言っておきたい意見があり、知らしめたい主張があり、紹介したい事件があるはずです。そして発せられた言葉には責任が伴います。
読者が著者の意見や主張を判断して、コミュニケーションの材料に使用してこそ意味があると思います。
私は山本の「人間性」は批判していません。優柔不断な「態度」を批判し、指導者としてのレベルを問うています。
>それを人によってはそれを、「柔軟さ」と評価するかもしれない。その「優柔不断」さが、プラスに働く場面だってきっとあるんだと思います。
その通りだと思います。
>「安易に断定的な口調を選ばない」ことと「他人を傷つけない」ことは表裏の関係だと思いますから、「優柔不断」さが、一方では「気遣いの人」と評価される所以でもあるんだと思います。
はい、理解できます。
>今回のエントリは失礼ながら、ミイラ取りがミイラになっている。アンチトルシエがトルシエに浴びせる心無い罵声と、管理人さんの山本さんへの評価は、本人の主観的には否定されるかもしれませんが、私の目には同質のものとして映りました。
自分自身の仕事の進め方を考えても、いつも「優柔不断」が悪い結果に結びつくわけではないと実感できます。
しかし、私はよい指導者とよくない指導者を見極めたい。それも代表なら4年後に結果を出し、Jリーグでは2、3年後に優勝争いが出来るチームにするとか…
求めるのは、分かりやすく説明してくれる監督、瞬時に的確な判断が出来る監督、熟考を繰り返した言葉を発する監督であり、そこに優柔不断な監督は入らないということです。
アンチトルシエの「人間性が悪い」という罵声と、私が山本を批判する「優柔不断な態度」という罵声は同質ではありません。「悪い人間性」とは人格のすべてを否定する言葉です。
私の主張が「ミイラ取りがミイラ」になっているなら、私への批判的なコメントもまた、ミイラになってしまう。そんなことはあり得ません。
ミイラになって欲しいのはアンチトルシエ派です(これは冗談)
posted by 直木善久 | 2009-05-05 08:53
kettsuさん 有難うございます
コメント投稿者ID :
kettsu様
ご愛読有難うございます。
自由が丘カップのことは知らなかったです。
情報有難うございます。
このシリーズはもう少し続きますので、
最後までお付き合いください。
posted by 直木善久 | 2009-05-05 09:20
Jyourennさん 有難う
コメント投稿者ID :
Jyourenn様
嫌ってませんよ。
今回は私の文章力、表現力のいたらなさと理解しました。
意味を変えずに書き直してみると…
トルシエの(必要に応じて)前言を翻す態度を、山本は「いつも前言を翻す」と批判的に捉えていましたが、それによって「察する」ことを覚えて前言を翻すのも悪いことではないと気がついています。
前言を翻すこと自体が悪いなら、会社組織でリーダーシップをとる人も批判することになってしまう。そのことにもっと早く気付いておいて欲しかった。
次回もよろしくお願いします。
posted by 直木善久 | 2009-05-05 09:24
酒式さん 有難うございます
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酒式様
コメント有難うございます。
>「人間的に●、人間的に×」とトルシエを批判しながら、実はその周辺でさまよってる日本人スタッフ・評論家自身がそこに映しこまれている。
それを取り出すのがこのテーマの主旨なんでしょう?
その通りです。
もちろん好き嫌いは、好き嫌いとしてあっていいのですが、
ファンが良い指導者、良くない指導者を厳しく判断していくことが、
もっと多くの有能な指導者の出現に結びつく、
そんなことも考えています。
posted by 直木善久 | 2009-05-05 09:35
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
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私見ですが、管理人さんが批判している「優柔不断」というのは、あくまで人間性の問題なんだと考えます。
もちろん、「優柔不断」な人が一人の例外もなく監督として失敗すると、客観的に論証できるならば、話は別ですが、そういう「フォローできる性格」ゆえに、成功した監督もいたかもしれない。ならば「優柔不断」と「指導者としての資質」は直結しないことになる。
ごく単純化していうと「山本さんが優柔不断でさえなければグループリーグを突破できたと断言できるのか」「毅然とした態度の監督だったら、それはそれでもっとややこしい別の問題が発生していた可能性はないのか」ということです。
私が読む限り、このエントリには、「私は断固とした態度の監督が好きだ。山本さんは、その理想像から外れる。だから山本さんが指導者として嫌いだ。」という内容が書かれています。管理人さんの言う「根拠」は、「私が山本さんを嫌いな根拠」でしかない。
それは管理人さんの好き嫌いの問題です。
しかしその一方で「~のようなレベルの指導者」とか、どなたかのコメントへのご返信のなかで、「監督として学んで、その後に生かして…」と述べられている。揚げ足とりで、申し訳ないのですが、これらは「良い指導者ではない」という善悪判断をしているわけで、前エントリーの拙コメントにご返信いただいた「トルシエを嫌いという分には構わない」というご発言と矛盾するのではないか。
好き嫌いで善悪を判断してはならない、というのも管理人さんのご主張の一部だと判断しておりましたので(「お前が誘導尋問したからだろ!」と言われればその通りかもしれませんが)、そういう意味で「ミイラ取りが云々」と書かせていただきました。
なお、私は山本さんを「決して成功していないが、失敗というには酷」な実績を残した監督と評価しているので、アテネ直後に世を覆った、彼に「ダメ監督」の烙印を押して、溜飲をさげる(責任を彼一人に押し付けて、「失敗には無数の要因が複雑に錯綜しているもので、それを丁寧に解きほぐして、1つ1つを地道に解決していくしかない」という問題の本質から目をそらす)風潮に批判的というのが、背景にあって、必要以上に管理人さんに難癖をつけてしまっています。ご容赦ください。
posted by けだし | 2009-05-05 14:20
けだしさん 有難うございます
コメント投稿者ID :
けだし様
コメント有難うございます。
>私見ですが、管理人さんが批判している「優柔不断」というのは、あくまで人間性の問題なんだと考えます。
「優柔不断」は性格と考えたほうがいいと思います。
【人間性】人間を人間たらしめる本性。人間らしさ。(エキサイト辞書より)
>もちろん、「優柔不断」な人が一人の例外もなく監督として失敗すると、客観的に論証できるならば、話は別ですが、そういう「フォローできる性格」ゆえに、成功した監督もいたかもしれない。
理解できますが、有効な反論は「優柔不断」で成功した監督や指導者の例を上げることだと思います。
>私が読む限り、このエントリには、「私は断固とした態度の監督が好きだ。山本さんは、その理想像から外れる。だから山本さんが指導者として嫌いだ。」という内容が書かれています。管理人さんの言う「根拠」は、「私が山本さんを嫌いな根拠」でしかない。
山本昌邦個人を通して、またはトルシエと比較して、よい監督像について書いているとご理解ください。
好きなもの→良いもの→許せる・認める
嫌いなもの→悪いもの→許せない・認めない
これが普通の感情の流れでしょうが、評論とは良いも悪いも鍋に入れてかき回し、
新たな方向性を導き出して「良いものを好きになったほうがいいのでは」と提示する作業だと考えます。
>好き嫌いで善悪を判断してはならない、というのも管理人さんのご主張の一部だと判断しておりましたので(「お前が誘導尋問したからだろ!」と言われればその通りかもしれませんが)、そういう意味で「ミイラ取りが云々」と書かせていただきました。
評論はいつも「ミイラ取りがミイラになる」可能性があります。気をつけます。
>なお、私は山本さんを「決して成功していないが、失敗というには酷」な実績を残した監督と評価しているので、アテネ直後に世を覆った、彼に「ダメ監督」の烙印を押して、溜飲をさげる(責任を彼一人に押し付けて、「失敗には無数の要因が複雑に錯綜しているもので、それを丁寧に解きほぐして、1つ1つを地道に解決していくしかない」という問題の本質から目をそらす)風潮に批判的というのが、背景にあって、必要以上に管理人さんに難癖をつけてしまっています。ご容赦ください。
確かに、あのくだりは流れに乗って一気に突っ走った感じもしますね。
次回は再びトルシエの話に戻ります。
これからもお付き合いください。
posted by 直木善久 | 2009-05-06 06:04
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
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山本昌邦氏は微妙ですよね。2006年W杯での試合で解説者として見た時は、「あれ?ジュビロの練習はいいの?」と思った。次の日に友達から「監督は辞任したぞ」と聞いた時は、計画的ですかと思った。そんな方なんで優柔不断なんでしょ。
トルシエ氏の2002年日本代表のフラット3を今のルールのサッカーで行ったら、DFは大変でしょう。オフサイドポジションにいた選手がボールを追うのを止めたらオフサイドでないからね。あの当時・あのルールでの日本のサッカーとしては有効的だったのでは。あのルール上でのサッカーでは高い評価をして良いのでは。現行ルールで監督を行ってないので総合的には評価出来ないでしょう。今の琉球FCがトルシエサッカーなのか?だとすれば評価は低くなるのでは。
posted by えん | 2009-05-07 16:57
えんさん 有難うございます。
コメント投稿者ID :
えん様
ご愛読有難うございます。
このシリーズはもう少し続きますので、
引き続きよろしくお願いします。
posted by 直木善久 | 2009-05-07 18:25
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
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いろいろあり、今ようやく拝読できましたが、時すでに遅しでした。。。
多くの方との議論によって、もう語り尽くされた感があるので、個人的に山本さんの「備忘録」を読んだとき、「あれれれれ???」な印象を受けた人間のひとりです、との感想だけ残しておきます。
もう手元にはこの本、ないのですがね(苦笑)
次回を楽しみにしております。
このシリーズは最後まで見届けます。
posted by ending | 2009-05-08 20:31
endingさん有難うございます
コメント投稿者ID :
ending様
コメント有難うございます。
いつどこで出会ったのか思い出せないのですが、
「山本昌邦はサッカーエリートだ」という感じで、褒めている文章を読んだことがあります。
エリートでこれ?
ハッキリ一度は書いておきたかった。
引き続きよろしくお願いします。
posted by 直木善久 | 2009-05-09 07:27
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
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初めまして。
管理人さんが『山本昌邦備忘録』を読んで感じたという優柔不断さですが、それに関して私は違う感想があります。
確かにこの本の中では、一つの事柄に対してAB両論併記が多いですが、それは多くの場合「効果はあった、しかしトルシエのやり方によって感情的反発が起こり、それは私も理解できる」というものです。
トルシエの指導者としての才能に敬服しつつ、彼の性格的な弱点から周囲に不満が残る。という一連の流れがよくわかります。
山本昌邦はコーチでありながら観察者に過ぎる、という感想は私も持ちました。
愚痴っぽい本でもあります。
が、トルシエの強さ・弱さを知る上でこの本は役に立つのではないでしょうか。
posted by だん | 2009-05-10 10:55
だんさん 有難うございます
コメント投稿者ID :
だん様
ご愛読有難うございます。
今、山本昌邦の「道標」を読んでいますが、
また、感想を書いてみます。
お楽しみに…
posted by 直木善久 | 2009-05-10 20:30
それは良いのか悪いのか(「トルシエ再考」その三)
コメント投稿者ID :
おおっと、スポナビを報知していた間に、いつの間にか5まで進んでますね。
まだ4,5を読んでませんが楽しみにしてます。
山本さんのコトですが、自分も私念に近いと見てますね。
>「『協会が山本を入れたがっているのは知っているし、それが監督就任の条件に入っているのも分かっているけど、最終的にコーチ・ヤマモトを決めたのはオレ(私注=トルシエ)なんだ。つまりお前のボスはオレなんだ』と繰り返していた。『オレがお前を雇っているんだ』と言わんばかりに」
協会のパイプ役として選ばれた山本コーチと、
トルシエのコーチとしての山本コーチ。
この2本で見るとトルシエ発言の推測が出てきますよね。
お前はどちらなんだ?と。山本コーチに聞いているだけでしょう。
協会の意向とはようするに横槍です。「スター選手を使いたい」とかそういうことでしょう。それをトルシエに語る山本コーチに対し、お前は日本というチームを勝たそうとしている俺の味方か?敵か?君を最終的に選んだボスは俺であって、協会ではないんだよ。と言ってるんじゃないでしょうかね。
そういう真意を最後まで汲み取れず、備忘録を書いてしまってるのが山本さんなんだと思います。
トルシエはエキセントリックで分かりづらいといったことが言われたりもしますが、とても単純明快です。
「チームが勝つための最善を尽くす。協会(外野)の言い分なんぞしったこっちゃない。そして可能な限り自分の価値も高める。」それだけではないでしょうか。
現に彼に対して最初から「トルシエが嫌いだ」と言い放った戸田を問題なく最後まで信頼して使い続けています。
そしてそれは山本コーチに対してもです。
自分で選んで信頼して最後まで山本コーチを使い続けたトルシエ。それを山本さんは理解するべきではなかったのかなと思いますね。
トルシエのプロフェッショナルとしての人間性の良さを感じさせられますが、管理人さんの仰るとおり、山本さんの備忘録には山本さんの性格の問題点(優柔不断さとか、汲み取る力量の足りなさ)だけが映っているように感じますね。
posted by 蹴導 | 2009-05-18 12:26
蹴導さん 有難うございます
コメント投稿者ID :
蹴導様
コメント有難うございます。
>そういう真意を最後まで汲み取れず、備忘録を書いてしまってるのが山本さんなんだと思います。
>自分で選んで信頼して最後まで山本コーチを使い続けたトルシエ。それを山本さんは理解するべきではなかったのかなと思いますね。
はい、その通りだと思います。
そこに私の山本昌邦に対する不信感の源があり、
今回は「山本はヨシ」としている人たちに、
問題提起が出来たと思います。
続編もよろしくお願いします。
posted by 直木善久 | 2009-05-18 18:32
「山本昌邦備忘録」について
コメント投稿者ID : OOH00014206
※過激な表現でトルシエへのバッシング本とも言えた『山本昌邦備忘録』については、「内容は私のインタビューテープを元に文章(原稿)を書いたライターの勝手な意訳で、私の本意ではなかった」と、後にメディアを通じて涙ながらに謝罪している(その後発売された文庫版には、トルシエの指導法を肯定する文面が巻末2ページに渡って追加された)。
posted by オジジアン | 2010-08-03 20:12
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