2009年04月30日

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

 前回、アンチトルシエ派の言い分は、すべて「業績は残したけど人間性が悪い」という一点に行き着き、そして「悪い人間性」が批判される割にはそれを具体的に指摘した資料が少ないと述べましたが、出版物には今でもハッキリとその証拠が残っています。
 トルシエの汚名を返上するために、そこから検証してみましょう。

 ライターとして活躍している平野史は、その著書「サッカー監督はつらいよ」(駒草出版)で、次のように書き残しています。
 「ただ、それにしてもトルシエ監督に対するそれ(私注=トルシエの人間性が悪いと言う話)は異様に多く、常軌を逸していた。中にはスキャンダルとしか言いようのない話もあった。ライター仲間たちと雑談をしていたら、彼らも同じような話を別の選手や関係者から聞いていたから、たぶん本当の話だったのだろう。結局、その話はある一般週刊誌が記事にしたが、もともとスキャンダル記事が多い雑誌だったから信用されなかったようで、噂は立ち消えになった」。

 このような文章が2ページにわたって続くのに、「それ」と書いているものが何か、具体的な内容には全く触れていません。ただこの前の節で、トルシエが受けたくないインタビューに対して、謝礼金を要求した話が出てくる。しかしその節の結びで「プロであるのだから金銭が絡むのは仕方がない面もある。また謝礼金を支払うのはメディア側の問題である」と書かれているので、これが彼の指摘する悪い人間性ではないのでしょう。
 「それ」と言うのは本には書けないような話なのでしょうか。「たぶん本当の話だったのだろう」だけで、内容を明かさずに人間性を批判するのはちょっと人間性が悪い、ルール違反のように思いますが…

 次に、いつもは客観的な文章を書く後藤健生も、「日本サッカー史 日本代表の90年」(双葉社)で、ジーコ就任当時の状況を次のように書いています。
 「フィリップ・トゥルシエ(原文ママ)という、コーチとしての能力は高いが、人間的に問題を抱える監督に対する反発、あるいは2002年ワールドカップでの不完全燃焼のせいか、ジーコの就任は歓迎された」と書いています。ここでも「人間的に問題を抱える監督」と言われるようになった経緯は一切書かれていません。それは暗黙の了解で済まされています。

 同じく後藤健生は「欧州サッカーを極める」(青春出版社)でも、「トルシエ監督は口から出任せのようなことを言うことも多いから、彼の言うことをいちいち真に受けてもいられないが、たしかにヨーロッパ人の目から見たら『日本にサッカー文化がない』と見えるかもしれない」と前後の脈絡と何の関係もなく突然トルシエが登場して、とんでもない人間のように形容されています。

 日本のサッカー界は小さな村のようです。その村で当然のように誰かが語ると、何の検証も無く事実となり、書物においても具体例を提示しなくても許されています。
 アンチトルシエの頂点に立っていた川淵三郎なら、その立場上もっと詳しい説明をしているに違いない。その回想録「虹を掴む」(講談社)で、トルシエとの契約が二年で切れるくだりを次のように書いています。
 「トルシエの続投は全く考えなかった。彼の在任期間中、何人もの技術委員会のメンバーが何度、私のところへ来て、苦情を申し立てたかわからない。トルシエの練習、人間性、振る舞いをレポートにして私のところに持参し『こんなひどい監督だから、チェアマンの力で何とか辞めさせてくれ』と言うのである」
 このあと「もし、私が技術委員長だったら、トルシエが選手に手を上げた時点でクビにしていただろう」、「それに対戦チームの選手の身体やユニフォームを引っ張ってファウルで相手を止めることを平気で指導することが我慢ならなかった」とある。

 何人もが、何度もひどい監督だと直訴した内容はこの二点なのでしょうか。見えないところで行われる体罰ほど陰湿なものはありません。わざわざメディアが見ているところで選手に手をあげたトルシエの意図を考えてみてください。「もっと闘志を前面に出せ」、「世界はそんな甘いものではない」と大人しい選手を叱咤したに違いない。
 もしもファウルに対してそれほど潔癖なら、自らが「選手時代にファウルを一度も犯したことがない」と宣言し、会長に就任後は自らの権限でファウルが多い選手を代表に呼ばなければいい。

 トルシエを悪者に仕立て上げようとする意図さえ感じます。何故このような事態になったのでしょうか。考えられるのは、トルシエの協会に対する直接的な物言い、そのうえ協会に対して要求が多かったこと、そしてメディアにも挑発的に語ったことなどが考えられます。
 しかし何よりも、日本のサッカーに関わってきた人たちが持っていたアマチュアリズムの残像、即ちフェアプレーへのこだわりや、ギャラを要求する後ろめたさなどをことごとく打ち壊したからではないでしょうか。 プロ化されてもなお引きずっていた協会のアマチュアリズムの体質とトルシエは対立して、改革を迫ることになった。それが協会に属する人たちの不愉快の原因に思えます。

 トルシエジャパンでコーチを務めていた山本昌邦なら、トルシエの人間性を客観的に語っているかも知れない。次回は「山本昌邦備忘録」(講談社)を取り上げてみます。

(後藤健生の「日本サッカー史 日本代表の90年」は、日本のサッカーの歴史を知るための秀逸な資料であることを補足しておきます)

posted by 直木 善久 |06:23 | トルシエ再考 | コメント(37) | トラックバック(0)
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トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

人の悪口はいいたくない
トルシエ氏についても、そうですが、テレビで見たことを書いておきます。
トルシエ氏は、南アフリカとナイジェリアでしたか、代表監督をして、いずれの国でも反対派と支持派ができたということでした。そして、支持派は結果を残したじゃないか、という。反対派は、選手の人格を否定するという。実際、あるアフリカ人選手が、選手を人間として認めていない、と語っていました。もちろん、この選手は反対派だったのでしょう。
また、映像で、中村俊輔選手を突き飛ばす映像がありました。
監督として厳しい人はいるでしょうが、手を出す人は聞いたことがありません。日本の部活にはあるかも知れませんが。
やはり、この人は人格的に問題があるのかと思いました。
しかし、最近、沖縄のクラブのために尽力しており、そのために、笑っていいとも にでているのを見ると、ちょっと印象が変わりました。
いわゆる丸くなったのかも知れません。

posted by ひとの悪口は | 2009-04-30 06:52

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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トルシエの人間性が悪い論についてですが

個人的な印象でそれを具体的にいうと、トルシエが嫌われたのって、日本人を子供扱いしたところじゃないですか。

もっと抽象的にいうと「外人」として守るべき(だと彼らが思っている)一線を超えたというか。

オシムと比べてみると、オシムはあくまで「外人」という線は守り、日本社会の外から日本社会を観察しアドバイスする、変わるか変わらないかは「日本人」次第みたいなスタンスだったと思いますが、トルシエは「外人」にもかかわらず、直接色々変えようとしましたよね。また彼の行動の前提には自分はサッカー先進国から来たサッカーにおける先進的な文化人であり、その文化を伝えなければという伝導意識、それに伴う一種の優越意識みたいなものがあったように感じました。実際、多かれ少なかれそれはオシムにもあったと思いますが、オシムがエレガントに意味不明とも思える言葉にくるんでそれを表現したのに比べ、トルシエはそれを露骨に出して、子供の「日本人」はこういう大人にならなきゃいかん、とやったので反発を買ったんじゃないかと。

人間性が悪いというより、「外人」として守るべき暗黙のルールを意図してか意図せざるかは分かりませんが破ってしまったのが嫌われた原因じゃないでしょうか。もしトルシエが日本人だったなら選手を突き飛ばしてもそう問題になったでしょうか。

トルシエさんはそういう点であんまり賢くない人だとは思いますが、それで功績を評価しないのだとしたらそれは日本サッカーにとって不幸なことだとは思います。

posted by 次の論考期待してます。 | 2009-04-30 08:16

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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トルシエの「情熱」は読みましたか?
日本人や日本人に合った戦術や
当時の選手への気持ち等も書かれた良い本ですよ。
よく日本はホームだからW杯予選突破出来たと言う人が居ますが、当時の雰囲気はそんなモノじゃなかったです。
予選突破が至上命令、予選落ちは絶対に許されない状態でした。
ホームが有利ならすぐにジーコに交代出来た筈です。(当時から待望論はあった)

それにトルシエは正式な監督ではなくベンゲルの代わりであって
ベンゲルが来る迄の繋ぎ的存在だったと思います。
実際就任中に釜本さんはベンゲルに会いに行ってる。

そう言う状態で成績を残さないとクビ
って言うのがいつもチラついてる状態。
トルシエも必死だったんじゃないかと思います。

当時の雑誌は代表が勝っても「選手に勝たしてもらってる」って良く書かれてました。
マスコミもちょっとどうかしてたと思います。


posted by ken | 2009-04-30 08:36

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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率直なところ、

客観的に捉えて述べているように見えて、ただの揚げ足取りのようにも見える。
論理的に見えて、ただの批判にも感じる。

と、失礼ながら文章を読んだ第一印象はそう感じたものだが、それはすぐにある結論に導かれて、そんな印象も消え失せてしまった。

次は「備忘録」を取り上げての検証、ですかね。
どのように検証するのか、何をどのように取り上げるのか、それが楽しみ。

悪い意味ではないので誤解なさらぬように。

posted by 怒流私柄 | 2009-04-30 08:45

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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元会長殿が毛嫌いする最大の理由は、話題性より、彼自身の強化プランに従った相手を欲しった結果、代表の強化試合にマッチメークに口を出し、さらには勝手に相手と話をまとめてきたりして、スポンサーや広告代理店ともめた、というところにあるんじゃないか、と。
私はずーーとそう邪推しております。

posted by OMA同盟参上 | 2009-04-30 09:33

コメント有難うございます

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ひとの悪口は 様

私もスポーツの指導で、暴力を使うことは認めません。
ただ戦うことを教え、それが激しいスポーツなら、はっきり線引き出来ない領域はあると考えます。

そんな場合は…
密室で行われていないか(陰湿であり、エスカレートする)
常習性があるか。
受けるダメージの程度。
を見て、指導する側の意図や理由、そして責任の認識の度合いを加味して考えるようにしています。

トルシエも褒められることではないでしょうが、
いつもカメラの前でエキサイトしていたようですし、
試合で相手とぶつかり合う程度のダメージではないかと考えます。

>代表監督をして、いずれの国でも反対派と支持派ができたということでした。
そのテレビは見てなかったのですが、トルシエの手法は内在する対立を「見える化」します。
具体例は書けないので想像になりますが、それまであった部族間の対立や利害の対立が表面化したのかも知れません。
もちろんトルシエが引き金を引いたのは間違いありません。
日本でも協会があまり見せたくはなかったこと(たとえばマッチメイクの裏側とか)を表面化させるので、ファンとしては勉強になる監督だと思います。
そこを協会は嫌った。

posted by 直木善久 | 2009-04-30 13:18

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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お疲れ様です。以前にも書かせていただきましたが、管理人さんの文章は、反例が少ない、あるいは反例を考えた跡が見られない
という部分があると思います。今回はアンチテーゼといった意味で列挙しました。個人的には、こんな問題にはあまり興味がなかった
もので、楽しく拝見しています。偉そうになり申し訳ありませんが、続編楽しみにしております。

>「それ」と言うのは本には書けないような・・・人間性が悪い、ルール違反のように思いますが…
→「それ」と言うのは本には書けない、公にはできない、あるいは、書きたくない、公にしたくないことだったら
という前提にたった展開はなりたたないでしょうか。「その話はある一般週刊誌が記事にした」と本文中にもありますから、
内容がまったくわからないわけではないですよね。また、「内容を明かさずに」が一連の文章のキーワードになっているようです。
しかし、これは日本に限らずの話ですが、論拠や証拠を全て明らかにしてくれることは、大人の社会ではありえません。
一つの検証として、「内容を明かさずに」を使用しないで成立する文章はかけませんか。

>わざわざメディアが見ているところで選手に手をあげたトルシエの意図を考えてみてください。
→意図があったという根拠はありますか。また、少なくともその根拠が希薄だと考える人間は、おかしな人間なのでしょうか。
また、意図があったとしても、到底受け入れられないものだ、そんなことする人間はおかしい、という考えはおかしいですか。

>もしもファウルに対してそれほど潔癖なら、・・・ファウルが多い選手を代表に呼ばなければいい。
→許されるものとそうでないものがあるということではないですか。これは国によっても大きくかわるものですよね。
例えば、イングランドのファウルとスペインのそれの違い等。良い、悪いではなく好みの問題ですから、より深刻
なのかもしれませんね。加えて、イニシアチブをにぎる集団の過半数の好みが正しいと考えるのが民主主義の原則ですから。

>日本のサッカー界は小さな村のようです。・・・具体例を提示しなくても許されています。
→「日本のサッカー界は小さな村のようです。その村で当然のように誰かが語ると、多かれ少なかれ村人は同じような思いや経験をもっているので、
書物においても具体例等提示する必要はありません。」は成り立ちませんか(好みの問題ではなく)。

posted by jyourenn | 2009-04-30 13:26

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

お邪魔します。

こういう考え方も、あるのではないでしょうか。

トルシエだけが、よそ行きの顔をしないで、日本で思ったままの事を言動や態度に出した、と。ジーコもオシムも、マスコミの前では言いたい事を言っているようで、実は、雇われている日本に対して細かく気をつかっていたと思います。それが我々日本人にとっては心地よいところもあったと思います。でも、蔭では、彼らだって日本のサッカーを見下していたでしょうね。例えばそれぞれの国に里帰りした時に、家族や友人に「ところで、日本のサッカーって、どうよ?」なんて聞かれた時は、何とコメントしていた事やら。トルシエほど、世界における日本のサッカーの現実を直視していた外国人指揮官はいなかったのでは?協会も、代表も、ファンも、トルシエにおこちゃま扱いされて頭に来るのは理解できますが…冷静に考えると、世界の中の日本のサッカーは、おこちゃまだから、仕方がないのでは。トルシエは、おこちゃまをおこちゃま扱いしたに過ぎないと私は思います。

posted by yo-chan | 2009-04-30 14:12

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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トルシェさんは、問題が多かった記憶がありました。
いつも協会ともめている印象。

しかし、ワールドカップが終わり
六月の勝利の歌を忘れないというDVDを見て
「そうではなかった」と確信を持って言えます。

トルシェの事をどうだとか、語る人は
まず上記のDVDを見る事をお勧めします。

DVDですから、ドキュメントであり、編集もあると
思いますが、そこから本当のトルシェを見る事が
できると信じます。

プロとして、結果を出したのは間違いなく
今でも、時折、必要論が出るくらいですから
いい印象がある人が多くいるという事実が
あるとも思います。

posted by ニワ | 2009-04-30 15:41

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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日本のサッカーが成長してゆくこと、つまり世界と対等かそれ以上に戦えるようになってゆくこととは、日本人の美徳と欧州のプロフェッショナリズムのぶつかりあいの上にしか結像をみないということが正しいとしてかんがえれば、トルシエのとった方法(行動・言動)は日本人にとっては直接的過ぎたというのが否定派の意見でしょう。それに対してサッカー(勝負)をより現実的に捉えている人たちもいて、その人たちはぶつかり合うことこそ最重要だと考えていたというわけです。
よく、ジーコとトルシエの比較が話題になりましたが、個人的にはジーコの方が実はより辛辣な方法をとったと思っています。なぜならトルコ戦に負けた後、メディアはこぞって敗因を監督であったトルシエに求めました。試合で負けたのは選手であるのにもかかわらずです。それに対してドイツでの敗戦の後のジーコのコメントは「選手のクオリティが到達しなかった」と言った主旨のものでした。つまり、真のプロというのは誰も守ってはくれないし、それをやるのは自分自身しかないということを言っているわけです。どっちがきついかと言えばこれはジーコの方がきついとしか言いようが無い。言い方をかえれば、トルシエは練習の中で、ジーコは真剣勝負の中で、「世界と戦うこと」を教えたのではないでしょうか。
我々が目標とする「日本式」は、どうせ一朝一夕には手に入りません。なぜならそれは文化的差異をどう乗り越えるのかという課題に等しいと思われるからです。もし仮にサッカーがこれに成功すれば、それは間違いなくこれからの日本人の指標となるでしょう。
最後脱線しましたが、以上感想です。

posted by gamitti | 2009-04-30 15:54

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

トルシエは、変わり者で、ヨーロッパでは.相手に去れません、フランスでもなかなか相手に去れません、ベンゲルも、日本代表の監督になってくれとウザイので、毒薬のようなトルシエを推薦したのではと、よく昔話していました.トルシエの一番の功績は、u20の準優勝だと思います.コパアメリカで、ぼこられたのが懐かしいです。

posted by h | 2009-04-30 17:03

ご返事遅くなりました

コメント投稿者ID :

次の論考期待してます。様

ご愛読有難うございます。
どんどん書き進めていきますので、
見守ってやって下さい。
次の論考期待してください。

posted by 直木善久 | 2009-04-30 18:05

ken様 ご返事遅くなりました

コメント投稿者ID :

ken様

コメント有難うございます。

>トルシエの「情熱」は読みましたか?
トルシエが監督の頃に読みましたが、
もう一度読み直してみます。

>そう言う状態で成績を残さないとクビって言うのがいつもチラついてる状態。
>トルシエも必死だったんじゃないかと思います。

確かに、そうですね。
トルシエと比べるとジーコは保護されていたように見えます。
でも、トルシエはそうやって自身を追い込んでいった確信犯かもしれません。

posted by 直木善久 | 2009-04-30 18:11

怒流私柄様 ご返事遅くなりました

コメント投稿者ID :

怒流私柄 様

コメント有難うございます。

>客観的に捉えて述べているように見えて、ただの揚げ足取りのようにも見える。
>論理的に見えて、ただの批判にも感じる。
はい、それはいつも自問自答しています。

>そんな印象も消え失せてしまった。
はい、よかった。有難うございます。
次回もお付き合いください。

posted by 直木善久 | 2009-04-30 18:13

ご返事遅くなりました

コメント投稿者ID :

OMA同盟参上 様

コメント有難うございます。
なるほど。
その強引さが良かったのか、悪かったのか。
次回はその辺りに触れます。
ご期待下さい。

posted by 直木善久 | 2009-04-30 18:15

Jyourennさん 有難うございます

コメント投稿者ID :

Jyourenn様

>管理人さんの文章は、反例が少ない、あるいは反例を考えた跡が見られない

今回の論点は「トルシエの人間性は、そんなに悪くないのではないか」です。

そこでまず「トルシエの人間性は悪い」と言っている人たちの記録を探した。
(つまり反例を探しています)

ところがその記録は「トルシエの人間性が悪い」という前提で書かれており、実証するものではなかった。

そこで「具体例を書かなければいけない」と指摘し、「それならあまり悪くないのでは…」と憶測している。
出だしはこんな流れになっていると思います。

>内容がまったくわからないわけではないですよね。また、「内容を明かさずに」が一連の文章のキーワードになっているようです。
>「多かれ少なかれ村人は同じような思いや経験をもっているので、書物においても具体例等提示する必要はありません。」は成り立ちませんか。

単に文法の問題として、
「私はそれが好きです」と書けば、読者は何が好きなのか分かりません。
それが「女性」か、「酒」か、「サッカー」か、を書かなければ、
想像力を刺激することはあっても、意味の無い文章です。
たとえば「週刊誌にも書きましたが、私はそれが好きです」となっても同じです。
(週刊誌を読んだ人だけ分かる)
「みんな分かっているよね、私はそれが好きです」でも状況は変わりません。
(みんなと呼ばれている人だけ分かる)
よって、平野史さんと後藤健生さんの文章は、私にとって意味がありません。

>意図があったという根拠はありますか。

意図を感じたのは、メディアの前で手を上げたからからです。その映像を見た視聴者がどう感じるかは、トルシエも分かっていたと思います。

>意図があったとしても、到底受け入れられないものだ、そんなことする人間はおかしい、という考えはおかしいですか。

おかしくはありません。個人の感情や考え方の違いです。それは私への反論として私は受け入れます。

>過半数の好みが正しいと考えるのが民主主義の原則ですから。

少数意見でも発言出来るのが民主主義です。
それに最初はみんな少数意見から始まります。

改名して頂いたんですね。これからも「常連」でお願いします。

posted by 直木善久 | 2009-04-30 18:27

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

追記します。アンチテーゼなので少しきつい言い回しになっていますが、ご容赦下さい。
個人的には「トルシエ、少し可哀相だな」という気がしだしています。
トルシエ復権のため、奮闘期待しています。

>管理人さんの文章は、反例が少ない、あるいは反例を考えた跡が見られない
今回の論点は・・・出だしはこんな流れになっていると思います。
>内容がまったくわからないわけではないですよね。・・・キーワードになっているようです。
>「多かれ少なかれ村人は同じような・・・は成り立ちませんか。
>内容がまったくわからないわけではないですよね。・・・キーワードになっているようです。
>「多かれ少なかれ村人は同じような思いや経験をもっているので、・・・ありません。」は成り立ちませんか。
→話の進め方の大部分は、「具体例を書かなければいけない」と指摘し、「書けないならあまり悪くないのでは…」と憶測するという形式ですね。そこで、反例的な類推として、同じ材料で、「書けないぐらい悪いのでは・・・」あるいは「書けないけれど悪いのでは・・・」という憶測も成り立つはずです。
管理人さんが、後者でなく、前者の考えを何故とれたのか。後者を何故否定できるのか。それを指摘したつもりだったのですが・・・。
ちなみに、後者を是とする考え方をするときに、彼が日本以外の国でも、結果的に同じような扱いをうけているという点が落とし所の一つになりそうですし、もっと偏見に満ちてみれば、彼の日ごろの態度の端々をあげつらって、「彼が典型的なフランス人(文化的にフランスこそ、絶対一番という考えをもつ)だから」という結論もありえます。
続編楽しみにしています。

>意図があったとしても・・・という考えはおかしいですか。
おかしくはありません。個人の感情や考え方の違いです。・・・私は受け入れます。
→それでは、この一点をもって、トルシエの人間性は悪いという考え方も成り立つことになりますね。
正当な評価とういのは、いったい何なんでしょうか。

>過半数の好みが正しいと考えるのが民主主義の原則ですから。
少数意見でも発言出来るのが民主主義です。それに最初はみんな少数意見から始まります。
→そのとおりです。だからこそ、少数意見は、好みの問題ではなく(好みなら数の論理が優先されなくてはなりません)、正論でなくてはならないでしょう。失礼ですが、好み、推測、憶測に走っていませんか。

posted by Jyourenn | 2009-04-30 20:24

皆様有難うございます

コメント投稿者ID :

yo-chanさん
gamittiさん
ニワさん
hさん
Jyourennさん

みなさんコメント有難うございます。
まとめてご返事することをお許しください。

今回も多くのコメントをいただきましたが、
どれも非常に参考になります。
いつも単眼的にならないように気を付けていますが、
やはり限界があります。
コメントを頂くと複眼を得たような気持になって、
もう一度考え直すことができます。
感謝いたします。

ニワさん、「六月の勝利の歌を忘れない」は必ず見ます。

Jyourennさん、ここではすべてにお答えできませんが、一つだけ…
>この一点をもって、トルシエの人間性は悪いという考え方も成り立つことになりますね。
>正当な評価とういのは、いったい何なんでしょうか。
>失礼ですが、好み、推測、憶測に走っていませんか。

テーマは「好み」で選んでいます。
推測や憶測で終わらせないためには、「一点」だけではなく、
いろんな事例を積み重ねていってこそ、
間違っていないのではないかと、見えてくると思います。
正当な評価というのは、
○○に関して、○○という立場に立てば正当かと問うものであり、
絶対的な正義を求めているわけではありません。
ここでは「トルシエの人間性はそんなに悪くはないのではないか」がテーマです。
私の意見が正当か、正当でないか、
間違っているか、間違っていないかは、
次回以降も読んでご判断ください。

posted by 直木善久 | 2009-04-30 21:39

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

単なる憶測ですが、トルシエの人間性に
何らかの問題があった可能性は高いと思います。

しかし、プロのコーチの人間性が悪いことの
一体何が問題なのでしょう?
そんなことは「どうでもよいこと」ではないですか。

個人的な話で恐縮ですが、
今思い出しても苦しくなるほどイヤな上司の元で仕事をしたことがあります。
「人間性」の面では彼は最低でしたし、それに反対する者もいませんでした。
批判者の多い彼でしたが、仕事の実績面では誰もケチをつけられないほど
ズバ抜けて素晴らしいものでした。
私は今でも彼が大嫌いですし顔も見たくありませんが、
(幸い彼はキャリアアップで転職して遠い場所にいます)
見習う部分は多々あったと考えています。


何が言いたいかと言うと、
「あまり人間性の良し悪しの検証には深入りしないでほしい」
と言うことです。勝手な注文ごめんなさい。

今後も期待しています。

posted by コージ | 2009-05-01 00:42

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

>>代表監督をして、いずれの国でも反対派と支持派がで> きたということでした。
> そのテレビは見てなかったのですが、トルシエの手法は
> 内在する対立を「見える化」します。
> 具体例は書けないので想像になりますが、それまであ
> った部族間の対立や利害の対立が表面化したのかも
> 知れません。

あなたのおっしゃってることは、まったくの憶測です。わたしはそんなことはないと思いますが。
しかし、もし、あなたのおっしゃることが真実だとすると、代表チームを率いて、部族対立まで顕在化させるようでは、監督としてというより、人間として失格ですよ。
もし、アメリカのある地域に住んで、そこの白人と黒人の対立を激化させるようなことをしたら、その人間はなんですか。悪人そのものですよ。
オシム監督は、ユーゴの代表時代、内戦状態で、民族間の対立が激しかった。にもかかわらず、チーム内のクロアチア人も、セルビア人もまとめ上げたことは立派なことです。オシム信者じゃありませんがね。

トルシエ氏は、アフリカで代表をW杯に導くような仕事をしながら、必ず、そのチームの選手の一部に、「我々を人間扱いしない」と怒りを買っているのです。
彼がフランス代表監督になったとして、同じような扱いをフランス人に対してできたでしょうか。もしかして人種偏見を持っているのではないかと疑ってしまいます。もちろん、これは、推測です。

川口能活が、週刊誌に書いていましたが、「おまえは猿か」といわれたそうです。彼の腰を落とすスタイルが猿みたいだ、ということらしいです。川口は、これに対し、これはオレのスタイルなんだ、やり方なんだと、不満そうに書いてます。
トルシエを好きになった選手がいるんですかね?
それでも、実績を上げたからいいじゃないか、というかも知れません。
しかし、今の世の中、人格否定は許されません。やな性格だけど、仕事はできる、程度なら、いいだろうが、ハラスメントの域にまで達したら、やっぱり駄目なんですよ。

ご存知でしょうが、ヨーロッパのサッカー場では、モンキーチャントというのが、行われる。白人たちが、アフリカ人選手に対して、猿、猿、といってバカにするものです。
「おまえは猿か」などと、アジア人をバカにしてるんじゃないかと疑われます。

posted by 人の悪口は | 2009-05-01 05:51

コージさん 有難うございます

コメント投稿者ID :

コージ様

>「あまり人間性の良し悪しの検証には深入りしないでほしい」

人間性が悪いと誰かを批判するのではなく、
既に「人間性が悪い」と烙印を押されたひとの
汚名を返上しようとする試みです。

「奇人変人」といわれるのと、
または「直情的な人間」だと言われるのと、
「人間性が悪い」ではかなり印象も内容も違います。
その辺りを書いてみます。

posted by 直木善久 | 2009-05-01 06:45

ご返事遅くなりました

コメント投稿者ID :

人の悪口は 様

コメント有難うございます。
たくさん課題を頂きました。

>オシム監督は、ユーゴの代表時代、内戦状態で、民族間の対立が激しかった。にもかかわらず、チーム内のクロアチア人も、セルビア人もまとめ上げたことは立派なことです。

私もそう思います。
しかし手法は違ってもチームをまとめて成績を残したのは、オシムもトルシエも同じです。
オシムも最後は民族の対立でユーゴ代表を率いることが出来なくなりました。
外部の対立で監督を辞すことになったのも、オシムもトルシエも同じです。
オシムはユーゴの監督を辞して、しばらく口を閉ざします。
それが戦争に影響を与えるからです。
トルシエは逆に対立を騒ぎ立てた。
しかし騒ぎ立てることによって、アフリカのサッカーチームの話がヨーロッパに伝わり、
そして世界中に知れ渡ります。
全く方向は逆ですが、どちらもメディアを熟知した行動といえます。

>アメリカのある地域に住んで、そこの白人と黒人の対立を激化させるようなことをしたら、その人間はなんですか。悪人そのものですよ。

実際にトルシエが南アフリカの代表を率いた時に、
アパルトヘイトの反動で「何故黒人のチームの監督が白人なんだ」
「黒人監督の職を奪った」と非難されますが、
「黒人も白人も関係ない」と発言しているのはトルシエです。

>川口能活が、週刊誌に書いていましたが、「おまえは猿か」といわれたそうです。
>ご存知でしょうが、ヨーロッパのサッカー場では、モンキーチャントというのが、行われる。白人たちが、アフリカ人選手に対して、猿、猿、といってバカにするものです。
「おまえは猿か」などと、アジア人をバカにしてるんじゃないかと疑われます。

トルシエと川口の個人的な会話と、
スタジアムで特定の選手を指して猿というのは話の次元が違います。
私も友人間では辛辣な言葉を応酬しますが、
(「バカじゃないか」程度ですが…)
それを取り上げて人を侮蔑している、差別主義者だと非難されるのはおかど違いでしょう。

アフリカ時代にトルシエは、お粥を食べていた選手に
「お前は野蛮人か」と言って、そのお粥を選手の顔に塗りたくっています。
このような人を弁護するのですから、先行き不安ですね。
どうなることやら、楽しみにお待ちください。

posted by 直木善久 | 2009-05-01 12:51

はじめまして

コメント投稿者ID :

楽しく読ませてもらいました。
トルシエを再考するのは、面白い試みですね。

人間性だけでなく、是非、戦術的なところまで踏み込んでいってもらいたいと思います。

個人的には以下の点が興味があります。
1、フラット3の時代的妥当性
「4‐2‐3‐1―サッカーを戦術から理解する」の杉山 茂樹氏は、すでに時代遅れの戦術であったことを指摘しています。
それでもそれを使う意義はどこにあったのか?
2、トルコ戦での不可解な自爆的采配
なぜ、うまくいっていた布陣をかえてしまったのか?
Winning team never change.を貫かなかったのか?
逆に、ジーコはこれを貫き、選手の過度の疲労を招くわけですが。

最後に、トルシエが悪役になることで選手がまとまったことは、否めないだろうと思います。
逆に、ジーコは自分自身は悪役にならず、選手の中に悪役を作り出した。
その結果、完全に分裂しました。
きれい事ではなく、結果を求めることが好きな人はトルシエの功績を認めるでしょうし、君主に聖人たることを求める人は、ジーコを好むのではないでしょうか?
国民性の問題に関わってくるんですかね?

posted by 熊猫 | 2009-05-01 13:34

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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私は、トルシエ監督は歴代の日本代表監督の中では間違いなくトップだと思っています。

しかし、実績や戦術云々ならまだしも、人間性を含んだ評価をする場合は、やはり交流が無い人間をどうこう言うのには限界があるのではないでしょうか。
このエントリーで名前の挙がっているライターさんたちは、最低でも取材で本人を目の当たりにしているでしょう。
そして、何の根拠も無く「人間性に問題がある」と書いているとは思えません。
管理者様が「根拠が無いものには意味がない」と考えておられるのと同様、「こんなに言われているのだから、何かあるんじゃないか」という視点で調べていくことも可能だと思います。
「トルシエの再評価」というテーマが念頭にあるために、少々客観性を欠いておられるのではないかと危惧します。

それよりもそもそも、やはりスポーツの監督は、選手同様に実績面について語られるべきであり、人間性というのはオマケに過ぎないのではないでしょうか。
調べられた末に、トルシエの人間性が良かった、という結果になったからといって、大勢に影響があるとは思えません。
彼の代表監督としての実績を羅列するだけで、評価はほぼ終っているように思います。

そういえばたしか村上龍が、「トルシエがメディアで叩かれる原因は、トルシエ側の通訳が正確でないからじゃないか」みたいなことを書いていたと記憶しています。
それこそがマスコミとの齟齬の原因かもしれませんね。

posted by PHANTOM | 2009-05-01 15:16

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

物凄い反響ですね。

トルシエはあの当時のわが日本代表において、間違いなく仕事をした人間だと思いますね。

しかしながら、「功罪」の「功」をきちんと評価した人間を私はあまり知らない。極めて少なかったといえるでしょう。あの頃、協会関係者に話を聞いても、まず多くの「罪」が先にありて、わずかな「功」がおまけのようについていた…そんな感じでした。

協会がトルシエをあまり評価しなかった最大の理由は、彼のチーム作りの方針、スタイルにあったようです。いわば、選手はあくまで「駒」、もしくは「歯車」にしかすぎない、というスタンスですね。

それにトルシエの人間性については、捏造とは言わないまでも、ささいな出来事(外国ではごくあたりまえの言動)を大げさにとらえて、背ビレ尾ヒレがついた状態でメディアに流れていったと指摘する方もいます。

そもそも就任後、そう時間がたっていない時期に、トルシエに大きな不信感を抱かせたのは協会の方であり、それを取り上げたメディアでもあったわけなのですが…

また、とりとめのない文章になってしまいましたが、次回を楽しみにしています。

posted by ending | 2009-05-01 17:39

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

管理人さんをサポートしますよ~。

http://www.fujix.co.jp/varietyfootball/archive/system352_2.html

是非、↑を読んで頂きたいと思います。過去の監督の中でどれほど優れていたのかが分かると思います。

個人的には「日本人気質に対して」トルシエの人間性に問題があったのだろうと感じています。

まずトルシエに会うまでの多くの日本サッカー関係者が知っているサッカーは「ブラジル」か「ドイツ」であるということを知る必要があります。そこにプライドを持って地位を築いてきた記者陣と、枠外の異分子であるトルシエの間にはどうしても譲れない差があったんだと思います。

例えばトルシエはフラット3を持ってきましたが、当時のJで指揮を取っていた日本のトップ陣でもフラット3と3バックの違いが分かっていた人は如何ほどでしょう。皆、フラット3を観て「4バックからドイツ型の3バックに変えて」Jを戦ってましたよね。ジャーナリストクラスなら尚更大きな差があったんではないかと推測します。

自身達の築いてきたプライドがトルシエの「教えてやる」を真摯に受け止められず、異分子として釘を打ちたい。だからこそ「10年経った今も彼らはトルシエの悪面を引き合いに出すことが止められない」わけです。

99WY~02W杯の選手達は(特に99WY組はブルキナファソを経験してトルシエを信頼したのか)上手い付き合い方でしっかりとレベルアップに励んでましたけどね^^;トルシエの話を出されると(俊輔以外^^;俊輔も独自の解釈で自身の進化の為に必要なことだったと語ってますが)殆どみんなが笑顔で茶化すところが真実だと思いますね。

ところでトルシエと離れるんですが気になることが2つ。

1つはオシムの事。トルシエと同じような「異分子に釘を打つ」がオシムに対しても見受けられる気がします。勿体無いですね。

2つ目はジーコの事。個人的にですが、日本人記者はアンチトルシエを語ることが多い。が、ジーコに対して語ることが少ない。そう感じます。ジーコの人徳と言うことも出来ますが、個人的にはそれは酷いことで、トルシエのことより「ジーコに対する扱い」の方が酷い、そう感じます。持ち上げるだけ持ち上げて結果を見て知らぬ存ぜぬで臭いものでもあったかのように蓋をして口を塞いでいます。彼のしたサッカーをしっかりと語ることもまた彼を尊重する上で大事なことだと思いますね。

posted by 蹴導 | 2009-05-01 18:07

熊猫さんコメント有難うございます

コメント投稿者ID :

熊猫様

ご愛読有難うございます。

>人間性だけでなく、是非、戦術的なところまで踏み込んでいってもらいたいと思います。

今の私の実力では戦術論は無理です。
この路線でご勘弁を…

>トルコ戦での不可解な自爆的采配

そうですね、ノックダウン方式なので、
ヒディングにように目先の一戦に全力を注ぐのが普通です。
しかしトルシエはその次が確約されているかのように選手を休ませてしまった。
当時はそんなふうに見えました。

>君主に聖人たることを求める人は、ジーコを好むのではないでしょうか?

うーん、トルシエの次はジーコについて書いてみようか…

posted by 直木善久 | 2009-05-01 22:31

PHANTOMさん コメント有難うございます

コメント投稿者ID :

PHANTOM様

ご愛読有難うございます。

>何の根拠も無く「人間性に問題がある」と書いているとは思えません。

確かに当時はトルシエの記事が新聞を賑わせていましたから、
読んだ人も「あのことか」と分かったはずです。
しかしどんどん時は流れていきます。
後藤健生さんの資料として貴重な書籍のなかで、
何の根拠も示さずトルシエは人間的に問題があったと書き残されているのは、
トルシエファンとしてもどかしい。
当時を知らない新たなサッカーファンも読みます。
ライターに悪意があった、ということではなく、結果的にまずいのではと…
今からトルシエの人間的な問題を書き足すなり、
注釈を付けて重版されてもいいのです。

>「トルシエの再評価」というテーマが念頭にあるために、少々客観性を欠いておられるのではないかと危惧します。

繰り返しますが、アンチトルシエ派の言い分はすべて「業績は残したけど人間性が悪い」という一点に行き着いています。
そしてその悪い人間性とは何かを探し始めたばかりです。
ここではまだ「トルシエの人間性が良い」とは発言していません。
この先も分かりませんが…
今は「人間性が悪い」って書いている人に、「あなたもちょっと悪いんじゃないの」と、
ジャブを打った状態です。

>調べられた末に、トルシエの人間性が良かった、という結果になったからといって、大勢に影響があるとは思えません。

それを言われると身も蓋もありませんが、
ここからパンチを繰り出せるのか、それともノックアウトをくらうのか、
リング際で観戦していてください。

posted by 直木善久 | 2009-05-01 22:36

endingさん有難うございます

コメント投稿者ID :

ending様

引き続きご愛読有難うございます。

>まず多くの「罪」が先にありて、わずかな「功」がおまけのようについていた…そんな感じでした。

同感です。

>そもそも就任後、そう時間がたっていない時期に、トルシエに大きな不信感を抱かせたのは協会の方であり、それを取り上げたメディアでもあったわけなのですが…

同感です。

私がこの「トルシエ再考」をどうしても書いておきたいと考えた動機を、ご理解いただいているように思えます。
心強いです。
着地までお付き合いください。


posted by 直木善久 | 2009-05-01 22:47

サポート有難うございます

コメント投稿者ID :

蹴導様

長文感謝します。

>トルシエのことより「ジーコに対する扱い」の方が酷い、そう感じます。
>ジーコのしたサッカーをしっかりと語ることもまた彼を尊重する上で大事なことだと思いますね。

トルシエの後はジーコについて書いてみようか。
そんな風に思い始めました。
でもそれを書くと蹴導さんと袂を別つような…
まぁ、それは先の話として
とりあえず「トルシエ再考」を書き上げます。
よろしくお願いします。


posted by 直木善久 | 2009-05-01 23:03

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

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トルシエ好きの私にとっては大変楽しみな論考です。楽しみにしています。
この記事が某所で紹介されるまでこちらのブログは知りませんでしたが、これからは他の記事も見てみたいと思います。

書かれている途中であれこれ言ってもしようがないとは思いますが。
”当時の評価”として、トルシエは日本代表を自らの野心に利用している、法外な報酬を要求する金に汚い監督、といったものがあったと記憶しています。
真正面から野心をぶつけてくるってことはそれだけ本気ということですし、私には好きな要素の一つでしかありませんでした。
こちら側はこちら側で日本を上位に進出させたいという野心があるわけですから、その野心をお互いに利用しあうことを、健全な関係として捉えられないということ自体が、日本が文化的に成熟していない(もしくは単に欧米化していない)ということだったかと思ってます。

posted by kkk | 2009-05-02 11:19

kkkさん 有難うございます

コメント投稿者ID :

kkk様

ご愛読有難うございます。

>この記事が某所で紹介されるまで…

えっ、どこで紹介されたのでしょう?

>健全な関係として捉えられないということ自体が、日本が文化的に成熟していない…

はい、悪い評価とは裏腹にトルシエによって健全になり、成熟した部分があると思います。
にもかかわらず、悪いイメージがズルズル今でも残っている。それを一掃したいと書き始めました。
次回もよろしくお願いします。

posted by 直木善久 | 2009-05-02 11:52

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

単純に
善悪と好き嫌いが混乱しているだけではないか?
トルシエをネガティブに評価する人の多くは、良いとか悪いとか以前に、たぶん嫌いなんですよ。トルシエ(みたいなタイプの人)が。

トルシエの、ああゆうやり方、なんというか「奥ゆかしさ」のないやり方、それが日本人の価値観にそぐわない、ただそれだけのことではないか。「いき」じゃないんですよ。

もし、日本生まれの日本育ちでトルシエみたいな人がいたとしたら、「変わった人」扱いを受けるでしょうね。フランス人がトルシエを人間としてどう評価しているか、ここが重要だと思います。

トルシエは日本人にとって扱いづらい人だったんだと思います。

posted by けだし | 2009-05-02 17:57

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

フランス人がトルシエを人間としてどう評価しているか、ここが重要だと思います。日本人フランス人関係なくトルシエは、変わった人だよ、そんなのわからないのか、

posted by しだけ | 2009-05-02 18:43

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

> しだけ さん

ご教示恐れ入ります。

posted by けだし | 2009-05-03 00:58

けだしさん コメント有難うございます

コメント投稿者ID :

けだし様

>善悪と好き嫌いが混乱しているだけではないか?

私もそう思います。
「トルシエが嫌いだ」なら問題ありません。
それを「トルシエの人間性が悪い」というなら、
「本当に悪いのか」と、
悪いと言う人たちの人間性を問うてみる。
というのが今回の試みです。

そのあたりを書き進めますので
もう少しお付き合いください。

posted by 直木善久 | 2009-05-03 06:35

トルシエ監督に対するそれ(「トルシエ再考」その二)

コメント投稿者ID :

> しだけ さん

フランスで生活したことある?フランスでは、ああいう人は変人のうちには入らないよ~。知ったかぶらないように。

posted by ちがうよ。 | 2009-05-04 00:22

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