2007年04月09日

日本人初のウェイトリフター「拳骨和尚」

日本初のウェイトリフターといわれる人物って誰だか知っていますか?
実は、私の故郷の尾道に、そうではないかといわれる人物がいたそうです。
筋力トレーニング研究者の窪田登(くぼた・みのる)先生の
ご講演で知り、調べてみたことがあります。

幕末の頃、尾道にある済法寺(さいほうじ)の住職を務めた、
武田物外がその人物(去年、寺にも行ってきました)。
物外和尚は類い希なる怪力の持ち主であり、「拳骨(げんこつ)和尚」と呼ばれていました。
これは和尚が硬い碁盤の横っ腹をげんこつで殴ったら、引っ込んで拳骨のあとが残ったから。
ほかにも、永平寺には和尚の指の跡がついた柱があるそうです。

ほかにも怪力にまつわる逸話が数多く残っています。
京都の新撰組の道場で、近藤勇が繰り出す鎗を鍋のふたで次々に押さえたとか、
寺の掃除に舟形の石の手水鉢を持ち上げて掃除をしたとか、
400kgもあろうかという釣り鐘を船に乗せるために数km先の吉和の海岸まで運んだとか、
750kgもある岩を背負って歩いたとかという話もあります。

寝技を主流とした不遷流柔術を始めた人物でもあり、多いときには3000人もの門下生がいました。
挑戦にきた西日本一帯の武芸者をバッタバッタと投げ倒して、その名をとどろかせたそうです。
柔道といえば今では講道館柔道が主流ですが、当時、新興勢力として台頭してきた
講道館の強豪相手も手玉にとったということです。

済法寺は今でも尾道にあり、拳骨のあとのついた碁盤も公開されています。
今年は11月11日(日)に公開されるそうです。
■げんこつ茶会・寺宝公開 11月11日(日)

拳骨和尚のことを教えてくださった窪田先生は、早稲田大学・吉備国際大学名誉教授であり、
筋力トレーニングの歴史に関しては生き字引のような存在。
今年77歳を迎える窪田先生ですが、先生から学ばなければならないことが、
まだまだ多数あります。



posted by コーチング・クリニック編集長 |08:11 | コメント(0) | トラックバック(0)
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