2010年01月30日
全豪オープンは29日、12日目に入り、男子シングルス準決勝が行われた。ロジャー・フェデラー(28歳、スイス、第1シード)が、ジョーウィルフリード・ツォンガ(24歳、フランス、第10シード)を、6-2、6-3、6-2のストレートで下し、グランドスラム8大会連続の決勝進出を果たした。
フェデラーは各セット、2~3ゲーム取られているが、ツォンガには付け入る隙も与えず、87分で大圧勝した。
決勝戦は、最終日の31日に行われ、第5シードのアンディ・マレー(22歳、英国)が、初優勝なるかが、注目するところ。このところの対戦では、フェデラーが2連勝。31日には、フェデラー自身が持つグランドスラム最多優勝15回の記録更新もかかっている。
ところで、全豪オープン・テニス2010で、1月26日、男子シングルスの準々決勝で、連覇を目指していた第2シードのラファエル・ナダル(スペイン)が途中棄権してしまった。
ナダルの相手は第5シードのアンディ・マレー(イギリス)だった。3―6、6―7、0―3となった第3セットの途中で、右ひざの故障で棄権し、大会連覇は出来なかった。マレーが初の準決勝進出を果たした。
アンディ・マレイ戦の準々決勝の途中でリタイアすることになったラファエル・ナダルの右ひざ腱炎だが、少なくとも全仏オープンの出場は厳しいとみたほうが妥当のようだ。
メルボルンの某医師は、慢性腱炎はスポーツの怪我の中で最も治療が難しいもの1つと言う。彼の見方は、4回の全仏オープンを制覇している彼は、最高6ヵ月間試合にでることはむずかしいのでは・・という。そうなれば、5月24日に始まるローランド・ガロス(全仏オープンの競技場)にも到底無理だ。
今年第2シードの全豪オープン覇者は、マレイとの第3セットの第3ゲームを終えた。そして、彼の動きは、第2セットの後半でドロップショットを拾おうとダッシュした後、おかしくなった。ナダルには長いひざの問題の歴史がある。昨年も2ヶ月以上試合への参加を見合わせている。ひざの故障は、昨年の全仏オープンで、4回戦で破れ、5連覇の夢を引き裂いた。そして、昨年、当時の世界ランクNo.1の彼はウィンブルドンでも冴えなかった。
「腱炎(けんえん)は、確かに、選手生活を脅かしかねない。大したことのない再発かもしれない。早く落ち着くかもしれない。しかし、過去の9週間の休養が本当に十分に目的を達するようでなかったとすれば、心配は、彼がさらに長期間ゲームから遠ざかる必要があるかもしれないということだ。そうだとすると、3~6ヵ月必要とするかもしれない」と、某医師は推測する。
「腱炎の治療には、長い時間がかかる。それは明らかに、若い人たちが持ちたくない時間だ。試合からの欠場でも効果がなかったいう事実は、心配だ。骨折の方が、ある意味で楽だ。腱は退行性だ。再び治療プロセスを始めなければならない。それは、自然治癒はないからだ。ファンは彼らがこの世界でナダルが途方もない仕事量をこなしていけると期待しているかもしれないが、腱というのは、途方も無い負荷をこなせるようには設計されていないのだ」
ナダルのスポークスマン、ベニト・ペレス・バルバディロは、ナダルはひざの痛みが継続しており、スペインへの帰国に関して診断を受けると言った。その後、当然診断は受けていると思うが。
ナダルは、試合後に、「ネットに向かって全力疾走した後に、昨年と同じものを感じた」と言った。
それでも、ナダルは、ひざ問題には楽観的だと言った。「私は、たくさんプレーをした。この6ヵ月間特に問題はなかった。そして、今日が初めてだ。違いますか?私が考えるに、何か悪い動きをしたんだと思う。ひざが疲れているか、悪い動きをしたか変な体の姿勢をとったのではないか。自分では大丈夫と思う」と、彼が言った。
彼が1年前に全豪オープンを制覇して以来、ナダルが故障なしでグランドスラムを闘ってきたことはなかった。しかし、彼のプレースタイルを変える必要があるのではないかという提案には、彼は不快感を示す。
「この質問はしないでほしい。良いタイミングではないと思う。私は、プレーするためにスタイルを変えたのだ。あなたが私の2005年、2004年、2006年の試合をみれば、今と比べられるだろう。違いますか?」 (終わり)
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2010年01月28日
メッセージを発信
このコラムでも2回ほど書いたが、世界最年少による世界1周無寄港の記録を目指しているオーストラリアの10代のヨットウーマン、ジェシカ・ワトソンさんが、建国記念日に当たるオーストラリアデーに国民へのメッセージを送った。内容は、「自分の夢を実現しよう」であると、ラッド首相が明らかにした。
しかし、ラッド首相は、同年齢の将来の若き探検家に、同じような世界一周の冒険に乗り出す前に、まずは学校を終えるよう訴えた。
ラッド首相は、キャンベラで、26日の建国記念日に、市民権授与式で講演をしたが、そこで、16歳のジェシカ・ワトソンさんのメッセージを披露した。
ラッド首相は、彼女が南大西洋のサウスジョージア島沖を航行中に、ワトソンさんと通話した。
彼女は今、南米のホーン岬を回った。そして、首相と通話する前日、彼女のヨットのメインマストが4回も海水に浸かったという。
彼女の両親は、娘が安否を気遣い、彼女の船の非常無線が発信されたので、捜索救出隊からの無線を受けているかどうかわからなくて、不安に耐えていた。
交信中に、首相は、オーストラリア国民に伝えるメッセージがあるかどうか、若きジェスに聞いた。
「彼女のメッセージは簡単だった。彼女のメッセージは、自分の夢を実現せよ。あなたの夢を現実に、だった」と、ラッド首相は講演で話した。
「しかし、16才の若き人々が世界に向けて船出する前に、彼女が重要だと言ったことを付け加えさせてもらいたい。学校の卒業、自動車の運転免許証の取得を含めて、他の実際的な目的を果たすこと。そして、最後まで聞いてほしい。あなた方が南の大西洋に行く前に、船長の資格証明も必要だったのだ。しかし、これは若きジェスのためにいっているのではない。彼女は、普通の若いオーストラリア人ではない。彼女は、驚異的にすごい若いオーストラリア人だ」
大嵐はどんなものだったか?
さて、ラッド首相と交信をする前日までのジェシカ・ワトソンは、何回も自分の船のマストを海に浸け、船に被害がでるほどの暴風に遭遇し、世界1周の記録挑戦に疑問が出てきたと話した。
ブログの中で、彼女は、1月22日夜に、12時間に及ぶ暴風をいかにして乗り切ったかを説明をしている。それはハリケーン級の勢力を持ったもので、瞬間風速は最高70ノット、7~10メートルのうねりを伴ったものだった。
最大の試練に襲われている間、ジェシカは初めて横転を経験した。マストが水平線より下にいき、海に突っ込んだ。
ブログ上では、4回のうちの2回目の横転時を、マストが180度横になり、海の中に押し込まれたと解説している。
「実際、うまく表現できない。イーラのピンク・レイディ(彼女の乗っているヨットの名前)は摘み上げられて、波の中に放り投げられ、山のような水の下をもぐらされ、激しくひっくり返ったと言った方が正確だ」と、彼女は書いている。
ジェシカは嵐の中で、大西洋の中央で11,000海里のポイントを通過したが、大嵐の間中濡れた座席のベルトをしっかりと締めて座っていた。
「自分の前向きで合理的な考え方を通すのは何回も難儀であったが、全体としては、自分は船長として、ピンク・レイディ(船の名前)よく操船してきたと言えると思う。このような極限に立たされると人間は「何のためにこの目標を達成しようとしているのか、を自問する。しかし、航海のいかなる時点においても、そのような自問の連続に対し、この冒険に挑むだけの価値がないという理由をそう多くはみつけることは出来なかった」と、彼女は言った。
嵐との格闘の間、船に装着してある非常通報装置の一つが作動してしまった。そして、彼女が数分後当局に通報する前には、彼女の家族に一抹の不安を与えてしまった。
ボートの損害は、太陽電池板のステンレスのフレームが曲がったこと、主帆に裂け目が出来たこと、トイレが壊れたことに及ぶ。「だが、航海を中止するほどのことではない」と、彼女は書く。
ジェシカによると、風は衰え、イルカが戻ってきた、という。
彼女は現在より良い感じの状況で10ノットの良い風と3メートルのうねりの中を、より快適に航海している。そして、船上の混乱を片付ければ、いくらかの睡眠の不足を取り戻せるという。
クイーンズランド州出身の彼女は、世界最年少で、世界1周23,000海里、無寄港、無支援への記録に挑んでいる。
新記録は樹立できるのか? しかし、生命優先である。(おわり)
過去のコラム1
過去のコラム2
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2010年01月21日
真夏の全豪オープンテニス2010が18日から始まった。
今年は、開幕直前に、ハイチで地震が発生(昨日も最大級の余震があったが)し、未曾有の被害を受けているハイチの人たちを支援するために、トップクラスの選手が、開幕前日の17日に、チャリティーの試合を行った。
参加したのは、世界ランク1位のロジャー・フェデラー(スイス)、レイトン・ヒューイット(オーストラリア)、ラファエル・ナダル(スペイン)、キム・クライシュテルス(ベルギー)、アンディ・ロディック(米国)、、セリーナ・
ウィリアムズ(米国)ら、世界トップクラスの9選手が、開催地のメルボルン・パークで、ダブルスのエキシビション試合を戦った。
フェデラーのチャリティ活動はつとに有名だ。2003年、彼はロジャー・フェデラー基金を設立し、以来母親の母国である南アフリカを中心に、困難な状況にいる子どもたちを救うプロジェクトに資金援助を行っている。また、2006年には、国連児童基金(ユニセフ)の親善大使にも任命された。
「私はコートの上ではたくさんのことを成し遂げてきたかもしれません。ですが、コートの外でもより多くのことを実現していきたいと思います。それは、私の将来にわたる大きな目標の一つです。ユニセフが築き上げてきた偉大な伝統を担うひとりになれたことを大変光栄に思います」
これが、就任時のフェデラーの挨拶だ。
さて、全豪オープンだが、女子シングルス1回戦では、のマリア・シャラポワ(第14シード)がロシアのマリア・キリレンコ(ノーシード)に、6─7、6─3、4─6で敗れる大番狂わせがあった。
シャラポワ(ロシア)は、いわずと知れた2008年の優勝者。元世界ランキング1位のシャラポワが、姿を消したのはさびしい。
4大大会で4回戦以上進んでいないキリレンコが、今回、どこまで上を目指せるか。
男子シングルス1回戦では、ディナラ・サフィナ(ロシア=第2シード)、ラファエル・ナダル(スペイン=第2シード)、スベトラーナ・クズネツォワ(ロシア=第3シード)、アンディ・マレー(イギリス=第5シード)、アンディ・ロディック(アメリカ=第7シード)昨年現役復帰して全米オープンで優勝した第15シードのキム・クライシュテルス(ベルギー)らは順当に2回戦に進んだ。
19日、4大大会通算16度目の優勝を目指すロジャー・フェデラー(スイス=大会第1シード)はイゴール・アンドレエフ(ロシア)と対戦。フェデラーは第1セットを4-6で落としたが、第2セット以降の3セットを確実に6-2、7-6、6-0と取って、2回戦に進出した。試合時間は、2時間45分に及んだ。
また、19日、オーストラリア期待のレイトン・ヒューイット(オーストラリア=第22シード)は、予選を勝ち上がってきたのリカルド・オセバーに6-1,6-2, 6-3と、6ゲームを落としたのみで、試合時間1時間40分の快適・安定勝利を収め、地元ファンに魅せた。元世界ランク1位のヒューイットは、2005年には決勝進出を果たすも、M・サフィン(ロシア)に敗れ悔しい準優勝を味わっており、グランドスラムの全豪オープンを制覇していない。
さて、昨日20日の女子シングルス1回戦では、日本のクルム伊達公子が登場した。相手は、パワフルなヤロスラーヴァ・シュウェドワ(カザフスタン)。伊達は4-6、2-6と、ミスが多く、2009年9月に韓国オープンで高齢優勝した時のように、伊達本来の持ち味を出すところなく、ストレートで初戦敗退した。(おわり)
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2010年01月08日
アジアカップ最終予選B組のオーストリア対クウェートの一戦は、6日、アルクウェート・スポーツクラブ・スタジアムで行われ、2-0とリードしたオーストラリアは、クウェートに追いつかれ、2-2のまま引き分けで終わった。
開始5分後にオーストラリアは、ルーク・ウィルクシャーとディーン・ヘファーナンの矢継ぎ早のゴールで、クウェートチームを唖然とさせた。予想を超えた完全なスタートだった。
前半、風もサッカールーズに順風で、MFのルーク・ウィルクシャーが中心的になって牽引した。相手がいないかのように、サッカールーズはクウェートを振り切って得点をあげた。もちろん、サッカールーズも何回かボールを取られはしたが、サッカールーズは、前半最初の30分はみごとにコントロールしていた。
ハーフタイムまでおよそ10分のところから、サッカールーズのMFが突然狂い始めた。開始5分で、ルーク・ウィルクシャーとディーン・ヘファーナンの連続2-ゴールという衝撃的なリードも泡と消えた。敵は3点のチャンスがあったが、クウェートは2点は物にした。
サブスティチュート(交代)のハーメド・アル・エネジは、40分、オーストラリアDFのサイモン・コロシモのエラーをついてオーストラリアを急襲して1点。
続いて、クウェートのストライカー、バデル・アル・ムトワが完全なスルーパスでオーストラリアのディフェンスを突破し、ストライカー、ユセフ・ナセルが前半終了1分前にゴールに見事に決めて、前半終了間際の5分で、クウェートは2ゴールのお返しをした。へたをすれば、もう1点取られていてもおかしくない場面があった。
クウェートには後半も押し気味で、後半が始まってすぐ2回チャンスがあったが、ものにはできなかった。
引き分けは負けではないが、とにかく、オーストラリアは生き残った。希望はつないだという点では、ファンは安堵したかもしれない。
1年前にキャンベラでクウェートと対決した時は、1-0でオーストラリアが負けた。今回は、敵地でリードしながら、同点引き分けである。進歩はした。そのときは、完全に国内の選手だけで固めた。しかし、今回は、それとは、大いに異なった。
オーストラリアが2006年にアジアサッカー連盟に加盟して以来初めて、Aリーグの選手は、質の高いアジアのチームに耐えたことは認める。そして、オーストラリアはより良いチームにはなった。皮肉にも、組み合わせ抽選が公明正大な結果であったと言われなければならないが。
サッカールーズのフェルベーク監督は、試合結果とAリーグとヨーロッパ・ベースの選手との混合チームのプレーには満足だと言った。
「最初の35分は非常によかったと思う。前半の最後の10分は、2ゴールも与えてしまった。
前半の最後の数分は、我々のMFがコントロールを失った。しかし、後半はうまくまとまっていた。一対一の状況にもう少しの鋭さがあれば、我々は勝ったんだが」
しかし、監督には自分が選手を選んだ責任があるので、どこまでが本音かわからない。
対クウェート戦(アウェー)の2-2の引き分け。日本の3-0に比べると、あまりにも情けないドローだった。これは、1ポイントを勝ち取ったのか?それとも、2ポイントを失ったのか?
誰か答えてほしい。
この日、2011年アジアカップ決勝進出なるかと思いきや・・・前回に、侮れないと書いたとおり、サッカールーズは大きな足踏みをした。やはり、2ポイント失ったと言うべきか。
フェルベーク監督にとって、条件は悪かった。ヨーロッパにいる選手の参加が、所属チームのスケジュールで不可能になり、チームの主体はAリーグ選手になった。ピッチの状態も思わしくなく、騒々しい観衆の前でのプレートを強いられた。でも、こんなことは、しょっちゅうあることだ。
オーストラリアは、依然として、来年カタールで行われるアジア・カップの決勝戦出場の有力な候補ではあるが、3月3日にブリズベーンで行われる対インドネシア戦には条件がついた。引き分けで、なんとか決勝進出である。サッカールズの敗北は許されないということだ。must winだ。
オーストラリアは、この試合で、オーストラリアの選手のめくらましのためにレーザー光線を使用したとして、クウェート側ファンを非難した。こういう闇の兵器が使用され始めたことで、後味の悪さも残った。対策は必要だろう。
結果は、クウェートとオーストラリアはポイント8で同じだが、得失点差で、オーストラリアは2位となっている。
B組順位を掲載しておこう。
クウェート 2勝 2分 1敗 ポイント8
豪州 2勝 2分 1敗 ポイント8
オマーン 2勝 1分 2敗 ポイント7
インドネシア 0勝 3分 2敗 ポイント3
中国、イラン、日本、バーレーンとアラブ首長国連邦のアジアカップ出場がきまった。
(この項終わり)
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2010年01月04日
新年あけまして、おめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
サッカールーズにとって、2011年アジアカップ出場をかけた対クウェート戦が目の前だ。1月6日に、クウェート市で行われる。オーストラリアでは7日の早朝だ。今日は、それについての話だ。両チームとも、Bグループのトップ。アジアカップ出場権がかかった、最後から2番目の試合である。
サッカールーズの23人のスコード
アレックス・ブロスク(シドニー)、ジェイコブ・バーンズ(パース)、ニック・カール(クリスタル・パレス=イングランド)、サイモン・コロシモ(シドー)、ジェイソン・カリーナ(ゴールドコースト)、ブルース・ジテ(ゲンチレルビルリ=トルコ)、ユージン・ガレコヴィッチ(アデレード)、スコット・ジェーミソン(アデレード)、マイク・ジェディナック(アンタルヤスポル=トルコ)、マシュー・ケンプ(メルボルン)、シェーン・ロウリー(アストン・ヴィラ=イングランド)、マシュー・マッケイ(ブリズベーン)、クレイグ・ムーア(ブリズベーン)、*トミー・オール(ブリズベーン)、ニキータ・ルカヴィツヤ(トゥヴェンテ=オランダ)、マシュー・スピラノヴィッチ(FCニュルンベルク=ドイツ)、マイル・ステリョフスキ(パース)、アーチー・トンプソン(メルボルン)、マシュー・トンプソン(ニューカースル)、タンド・ヴェラフィ(パース)、ダリオ・ヴィドシッチ(FCニュルンベルク=ドイツ)、ダニー・ヴコヴィチ(セントラル・コースト)、ルーク・ウィルクシャー(ダイナモ・モスコウ=ロシア)。
以上23名だ。
この発表の後、残念ながら、ジェイソン・カリーナは、12月26日にゴールドコースト・ユナイテッド戦でひざを損傷したために、フェルベーク監督は、セントラルコースト・マリナーズのMF、ディーン・へファーナンを急遽指名した。
ヘファーナンは、昨年3月のキャンベラでのクウェート戦に参加したが、出場のチャンスはなかった。
オーストラリアのキャプテン、ルーカス・ニールや、ティム・ケイヒル、マーク・シュウォルツァーのイギリス・プレミアリーグの選手、トルコのガラタサライのハリー・キューウェルらは、所属チームのスケジュールで、この試合に不参加となり、カリーナの欠場とともに、一層他選手への負担はかかろう。
青色で示したように、23名中、Aリーグの選手は15名。半分以上を、Aリーグの選手で埋めるのは、初めてだ。今まで試したことのない布陣である。この中に、初の国際デビューを果たした選手が3人いる。アジアカップ予選の試合日がすべてFIFAデートになっているわけではないので、ヨーロッパでプレーするスター級の選手が馳せ参じることができないことが、背景にある。言ってみれば、オーストラリアはクウェートとB組トップにありながら、背水の陣ということだ。
「できるだけ速く出場権を得たいというのが我々の意向だ。しかし、今回は、経験豊富な若手が入ったいい混成チームだと思う。クウェートには去年1-0で、キャンベラで負けているので、クウェートを破るためのベストのチームでありたい。我々が必要なのは、残り2試合で1勝すればいい。だから、クウェートで、そこから抜け出たい」と、サッカールーズのフェルベーク監督は言った。
クウェート戦に勝利すれば、アジアカップ出場は決定である。
オーストラリアの最終戦は、3月3日にブリズベーンでインドネシアとの対戦となる。
国際デビューの選手
初の国際デビューを果たして、グリーン&ゴールドのユニフォームを着るのは、メルボルン・ヴィクトリーのDFマシュー・ケンプ、ブリズベーン・ロアーのウイング、トミ・オアー、そして、パース・グローリーのGK、タンドウ・ヴェラフィの3人だ。
セントラル・コーストのGK、ダニー・ヴコヴィッチは、以前にも選ばれているが、ピッチにでれば、シニア・デビューと言うことになる。
そういう状況を踏まえて、年末のAリーグの試合が終わった後、Aリーグの選手はドバイに直行して、そこで数日トレーニングを行った。ドバイでのトレーニングは12月27日から始まった。国際デビューを果たした3選手がサッカールーズに溶け込む必要があるからだ。
シドニーFCのDF、サイモン・コロシモは、2007年3月に広州で行われた対中国親善試合に出場して以来3年ぶりの復帰だ。
12月22日に、23人のサッカー豪代表チームが発表された時のサプライズは、18才のオアーの選抜だった。
フェルベーク監督は、「ブリズベーンの18才のウイング、オアー選手の猛烈な勢いに目を引かれた語った。彼がAリーグで非常によくやっていると思う。若いしね、才能がある。だから、われわれは、彼がどうやってプレッシャーに耐えられるか見てみたい。彼のプレーは、間違いなく通用する。なぜなら、十分にうまければ、十分に年季がいっているということだ。しかし、彼のポジションには、2人いる。彼に回ってくるチャンスは50-50だな」と。
ブリスベン・ロアをトップグループに押し上げたAリーグでの大活躍が、彼のサッカールズ入りの大きな要因だろう。彼は、ロケットといわれる。彼の身上であるスピードがロアに点火したのだ。
もし、彼が1月6日にクウェート戦に出場するなら、1996年にキューウェルが登場して以来最年少の国際試合デビューとなる。ティーンエイジャー、トミー・オアーの笑顔は、幼い頃のハリーを髣髴とさせるという。若い彼は、フェルベーク監督と口を利いたこともない。その彼の夢は、叶った。
そして、ロアーの上昇の因を作りながら活躍するオアー選手は、サッカールーズの左利きのMFとしてのキューウェルのプレーとも符号する。
「私が小さかった頃、ハリーはリーズでプレーし、リバプールでのプレーを始めた頃である。おそらくハリーがオーストラリア人であったので、私の大好きなプレーヤーでした。そして、DFをしながら、ゴールを狙うあのプレーに、自分のプレーを重ねようとした」と、オアーが言った。
「まだ、胸がどきどきしている。かなり興奮している。正直なところ、自分が選ばれるなんて思ってもいなかった。新聞は私がそうなると書いていた。でも、選ぶの監督だから、新聞を無視していた。私は、全く有頂天だ」と、彼が言いました。
ロアーのアンジェ・ポステコグロウ監督は、オアーに余計なプレッシャーを与えないように気遣いながら、こう言った。
「クウェート戦で主ターと出来れば、いいチャンスだ。通常、18才だと心配するだろうが、彼は自分のペースですべてをこなすと思う。何かあるとすれば、彼はもう一段上のレベルを必要とするだろう。経験すれば、より良いプレーヤーに成長すると思う。サッカー豪代表としてプレーすれば、彼は間違いなく威圧されないようになる。オーストラリアのフットボールでは、左利きがそんなにいるわけではない。彼のスキルのレベルでプレーしている選手は、そんなにいいないよ。
フェルベーク監督とはなしたが、彼は年齢のことなんか心配していなかった。だから、監督は彼を選んだんだ。オアーは、自分に投げられるボールをすべてをこなして、毎回立派にやってのけた。私は彼が若干の時間を与えられれば、誰とでも同じくらい十分な可能性を発揮できると思う。私が心配することなどない」
ブリズベーン・ロアーのチームメイト、マシュー・マッケイは、こう話す。
「オアーが召集されたことは、国際経歴のまさに大きなスタートだと思う。彼は数合わせで召集された選手ではない。彼はとても良い才能を持っている。将来サッカー豪代表に何回も選ばれるだろうが、その最初のものだ」
得意の4-2-3-1はどうなる?
フェルベーク監督は、得意の4-2-3-1のフォーメーションに手をつけるか、である。それは、まだ定かではない。シドニーFCのストライカー、アレックス・ブロスクと、メルボルン・ヴィクトリーのアーチー・トンプソンと2正面作戦を取りたいという気持ちもフェルベーク監督にはあるだろう。トレーニングの成果をみてからになろうが、そういう布陣になる可能性はあるとみていいのではないか。
ブロスクの話だ。
「オマーンで初出場できたことはよかった。しかし、今回Aリーグの混成チームにはいれたことは、もっと気分がよかった。自分のベスト・ポジションは最前線のフォワードだ。自分はストライカーとして活躍できれば最も快適だ。この理由のために、私はアーチーさんとプレーしたい。彼は元気に動く。とても予測できない。自分としては、監督が一人のストライカーで行くときめても、必勝の試合に対して、攻撃型のフォーメーションを組むことは間違いないと思う。ストライカーの後の3人がいずれにしろフォワードを支える。そして、自分は何回もその役割でプレーしてきた。そのチャンスを得られるなら、自分はその位置でもうまくやれると思う」
昨年11月の豪州対オマーン戦は、前半の20分以降、試合終了まで、10人で戦った試合だった。ライス・ウィリアムスが退場し、2つ、3つのポジションを守り抜いたのが、多才なウィルクシャーだった。
ウィルクシャーは、あの時の戦いの精神レベルが、サッカールーズの特徴であると思っている。それは、アジアカップ予選でだけでなく、6月の南アフリカでのワールドカップでも示されるという。
「私は、それが我々の心の中にあるオーストラリア人像だと言う。 我々はすべて勝者、すべて闘士でなくてはならない。我が国の代表選手として闘うということは、落ちこぼれる、諦める、ものごとを簡単にすませる・・ということではない。それは、ちょうど我々の心の中の問題だ。多くの男性が、何を目指してプレーしているか、自分自身で切り開いていく経歴、それらの多くは精神的な強靭さと粘り強さと関係がある。このチームには、精神的な強靭さがいっぱいある」と。
ウィルクシャーは、2009年のシーズンは終わった。ウィルクシャーは、フースヒディンク元監督によって2006年のワールドカップ出場で11人の枠の中に入り、フェルベーク監督の下でさらに開花したと言える。
彼は28歳。守備範囲は広い。ライトバック、右のMF、中央のMF、待機の状態もOKだ。この融通性はすごい。国際デビュー以来の初ゴールを、11月の対オマーン戦であげた。
彼は、ダイナモ・モスコーのシーズンが終わったので、海外組みとして、手を上げた。
「自分のシーズンが終ったので、休暇期間中だが、自分の国のためにどんなチャンスも生かしたかった」と、小柄の張り切り屋ウィルクシャーは、こう言った。
Aリーグの選手と海外組みとのブレンドがうまく利いて、クウェートに勝利できれば最高なのだが、強い相手ではないが、苦戦はまぬかれないだろう。
過去の対戦成績、9戦して、3勝1分5敗が、それを物語る。侮れない。(おわり)
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