2009年03月31日
前回のコラム「ウズベキスタン 最強チームを派遣」の続きだ。
ウズベキスタンは、何と何と、4-0で、カタールを破ってしまったのだ。サッカーの面白さだ。それも、ハット・トリックが飛び出したのだ。若きストライカー、ファフード・タジエフが、その選手だ。前半34分にゴールすると、後半8分過ぎまでの20分間にあれよ、あれよ、あれよの3連打。ハットトリックの即効薬は見事効いて、Aグループ最下位だったウズベキスタンは、ホームで勝ち点3をあげ、カタールを最下位に譲っただけでなく、3位に急浮上。そして、プレー・オフが指呼の間になってきた。
息を吹き返したウズベキスタンは、29日夜に豪州に到着。あすの対豪州戦に備えているが、疲労が完全にぬけてないらしい。
彼らにしてみれば、これまでの長距離移動は、せいぜい、中国とか韓国止まり。今回は、南半球のシドニーまで。長距離飛行に時差。「全てが初めてだ」と、ニキムバエフ広報は言う。
そして、カタールとバーレーンは、ドローでポイントを分け合った。
さあ、先が少し読めなくなってきたが、はっきり言えることは、暫定1位の日本と2位豪州以下のポイントが大差になり、成績表の上では、2強3弱体制になったことだ。
前回も書いたが、4-0で大勝したところをみれば、順位表などどうも当てにならない。得失点差で一気に3位争いのトップに浮上だ。フェルベーク監督もいっていたように、やはり「手強い相手」なのだ。
A組 試合 勝点 得失点差
日本 5 11 +5
豪州 4 10 +6
ウズベキスタン 5 4 -1
バーレーン 5 4 -2
カタール 5 4 -8
ウズベキスタンの4ゴールの大勝と日本がバーレーンを1-0で破ったことも考えると、サッカールーズにとって、4月1日は負けられない運命の日と言えそうだ。
サッカールーズとしては、安閑としてはいられない。決まっている物など何もないのだ。一層、気を引き締めて、全力で勝ちを取りに行くしかないのだ。
ウズベキスタンは、アジア地区だが、プレーは東欧に近い。いい方を変えれば、フィジカルに強いチームには、それなりのテクニックを持っているということだ。
対カタール戦の作戦は、ボールを広く受けて、クロスでタジエフとシャツキクの二人のフォワードに送るという物だったが、効果はあった。だが、これと同じ作戦をウズベキスタンはとれない。チームの牽引力の約を果たしてきたシャツキクは出場しないからだ。5日間で2試合は、彼にはきつい。
フルバックのイスロム・イノモフとMFのイルダー・マジーフも来ない。
キシモフ監督も、作戦の立て直しをせざるを得ない。
シャツキクが出場しなくても、タジエフは要注意選手であり、なおかつ、シャツキクの代りに入るソリエフも十分要注意人物だ。サスペンションが解けたアンズール・イスマイロフが復帰する。
フェルベーク監督は、センター・ディフェンスに、ルーカス・ニールと誰を敗するかに腐心するだろう。
そして、このゲームの勝敗は、両翼にかかっていると見る人が多い。サッカールーズ、ライトバックのルーク・ウィルクシャーと、ウズベキスタンのウィング、ジャスール・ハサノフのせめぎ合いも見所になろう。
ハサノフは、去年のアジア・チャンピオン・リーグ準々決勝で、アデレード・ユナイテッドを苦しめた張本人である。アジア最優秀選手に輝いたジェパロフ、MFのオーディール・アーメノフ、ハットトリック達成のタジエフらが、どういうプレーをみせるか?
今回は、チッパーフィールドとハリー・キュウェルを擁しているので、ウズベキスタンにとっては、そんな簡単に与しやすいということにはならないのではないかとは思うが、何といっても、ウズベキスタンの4-0の大勝から来る自信の回復は大きい。
サッカールーズには、彼らを上回るプレーを見せる以外に、南アフリカでのワールドカップ出場権を獲得する方法はないのだ。
「ホームで2敗を喫している。どうしてもホームで勝ちたかった。カタール戦には勝つ必要があった。そして、3位を確保したい」というニキムバエフ広報の話を、サッカールーズはどう聞くか?
勝敗は、2-0で、豪州か。
最速で、出場を不動の物に出来るか。
キックオフは、こちら時間の午後8時。日本時間の午後6時だ。
夕食が終わる頃には、結果判明だ。
明日、もう一度直前情報を書ければ、もう一度載せたい。
なお、暫定トップの日本の岡田武史監督(52)が、4月1日のW杯アジア最終予選オーストラリア-ウズベキスタン戦を視察することになったらしい。6月の対オーストラリア戦もあるし、驚異の4-0で勝ったウズベキスタンも侮れなくなってきたのだろう。
posted by buruta |08:20 |
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2009年03月28日
今日、日本はどうした?バーレーンを破った、と。
1-0で勝った。よかった、よかった。中村俊輔のフリーキックが光る。
日本は、ホームで初の勝利ではなかったかな。過去5試合、すべて1点差の試合だ。
岡田監督も、ほっとしたろう。これで、日本が暫定トップだ。
他国のことを言ってる場合じゃない。豪州のことを書かなくては。
とにかく、ウズベキスタンとしては“死力を尽くして闘う”と意思表示した。そうりゃそうでなきゃ、スポーツマンではない。相手に失礼だ。
以前にも書いたように、駒落としを送るとか若手育成とかという話が伝わってきたが、それは別の機会にやればいいことで、W杯など世界ランキングを実際にかけた総力戦では、やってはいけない。
ニキムバエフ広報係は、駒落としの報道を一笑に付し、「カシモフ監督は、ワールドカップの夢が残っている間は、そういう駒落としのようなことでこそこそすることはない」と語った。至極当然のことではないか。
B組最下位ともなれば、監督、チームに色々悩みやフラストレーションも溜まることは想像に難くない。だが、いつでもどこでも全力で闘うことが“柱”でなくてはならない。WBCのサムライ・ジャパンの優勝を例にとっても、ああいう短期決戦は、いかに総力戦かということだ。
だが、最下位ウズベキスタンがノーチャンスかというと、そうではない。3位になれば、プレー・オフのチャンスがめぐってくる。
ウズベキスタンが、シドニーにやってくる前に、彼らは、ホームで、土曜の夜にカタールを迎え討つ。
そして、カタール戦が終わって4時間後に、彼らはシドニーまでチャーターフライトを飛ばすのだそうだ。この厳しいスケジュールは、ウズベキスタンには堪(こた)えるだろう。
日曜日の夕方以降に到着して、まるまる24時間とれるのは月曜日と火曜日だけ。
いずれにしても、ウズベキスタンの運命は、この対カタール戦と対サッカールーズ戦で決まることは間違いない。
ウズベキスタンは、1分 3敗、ポイント1は苦しいところだ。
「グループ最下位にいるので、自信を持てと言っても難しいが、われわれには、ツキが無かったとも言える。そろそろツキが回ってくる頃ではないか。」と、目の前の試合に希望を託すニキムバエフ広報係だ。
そして・・・・。
「われわれはカタールに負けるほど弱くはなかったし、ホームでのオーストラリア戦でも、負けるなんて思わなかった。一番最近のバーレーン戦も、3回も4回も得点のチャンスがあった。あのゲームは、間違いなく勝てた試合だった。」
ツキが落ちてる、と強調する広報担当。
「最強メンバーをオーストラリアに派遣しないと言うのは、真実ではない。死闘を尽くすことは間違いない。われわれは、残りの全試合に全力でぶつかる。とにかく3位に食い込むことはできるからだ。選手に自信を持たせるように努力する。出場資格を取れるのだと信じさせたい」
最強メンバーといっても、ウズベキスタンで一番有名な選手で、キャプテンのマクシム・シャツキク選手がシドニーまでくるかどうかは、未定らしい。
所属のダイナモ・キエフの試合があって、カタール戦には出場しないとか。故障で試合から遠ざかっているので、シャツキク選手の調子は不透明だ。
「うちにも、イングリッシュ・プレミアリーグ所属の選手が数人いれば、ひと味違う試合ができるんだが・・・。恐らく、オーストラリアはホームでの試合だから、結構仕掛けてくるだろう。われわれにだっていくらかのチャンスはあると思う。間違いなく、われわれには、失う物は何もないよ」と、広報は言う。
さて、戦力だが、27名という大選手団を発表した。それは、訳ありなのだ。ウズベキスタンが激しく突っ込んでこられない理由がある。
既に8選手にイエロー・カードが発行されているのだ。反則切符の選手が多すぎる。
名前は、GKのネステロフ、DFのスユノフ、MFのヘイダロフとカパッツェらだ。8人のイエロー・カードでは、作戦に響く。従って、カタール戦では、これ以上の戦力喪失を避ける必要がある。免停寸前の選手が、こう多くては縦横無尽に突っ込んで行くわけにもいくまい。自ずとブレーキがかかるというものだ。
今晩のカタール戦では、レギュラー選手のイスマイロフとイノモフが出場できない。この二人は、サッカールーズ戦では、サスペンションは解ける。
これだけ土俵の残りが少ないシングル・カードの選手を抱えると、監督しては薄氷を踏む思いで指揮をとらねばならない。それとも、自滅覚悟で闘うか?
オーストラリア発で、勝手に言わせて頂くなら、オーストラリアが2位になろうが、W杯出場実現する環境としては・・・・
1. 日本がバーレーンを破ること(下位を突きはなすために) → これは、本日実現。
2. ウズベキスタンがカタールを破る(今晩の試合。これも3位を突き落とすために)後ちょっとで、判明するが、待っていられない。
3. バーレーンとカタールが引き分けること(獲得ポイントを抑える)
4. そして、何としても、サッカールーズがウズベキスタンを破ることだ。
ウズベキスタンとカタール戦の結果はまっていられない。これで、就寝ということにしたい。
posted by buruta |21:51 |
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2009年03月28日
サッカールーズDF、スコット・チッパーフィールドは、4月1日のW杯アジア最終予選の対ウズベキスタン戦を前に、「身体はほぼ元通りになった」と、サッカールーズファンには心強い復活宣言をした。
今年33歳。とにかく元気だ。
「対日本戦(2月)に先立つ8週間は、とにかく何も出来なかった。ここのところ6ゲームに出た。全部がフル出場ではなく、最後のゲームだけはフル出場した。日本戦以来の初めての90分だった。かなり良い感じだった。ゲームを重ねれば、もっと上に行けそうだ。常時90分出場することが必要だ。今は、80点の回復と言える。
怪我で長い間試合から遠ざかっていた。いままた、フットボールが楽しめる。スイスではレフトウィングで、今まで以上に攻撃態勢で臨んでいる。だから、ボックスの中でゴールするチャンスは増えてきた。ボックスの然るべきところにいると、ボールの方が自分を見つけてくれるんだ」
先週末、FCバーゼルは5-0でFC Vaduzを下したが、チッパーフィールドは、ハットトリックを達成。復調が本物であることを伺わせた。そうそう誰もがハットトリックなどできるものではない。
彼が必殺の強力武器として戻ってきたので、フェルベーク監督にとって、また1枚カードが増えた。
チッパーフィールドは、サッカールーズの中でより、FCバーセルの方が攻撃的使命を果たしている。
W杯出場となった場合、その後はどうするのか?
「恐らく、もう1シーズン、バーゼルにいると思う。かなり熱心な目でみてくれている。この2~3週間良い仕事をしたからね。
ワールドカップには、絶対参加したい。これは明白だ。ワールドカップが今年なら、Aリーグに戻ることは悪くないが、ワールドカップ終了まで、多分もう1年はヨーロッパにいると思う」
ニューカッスル、セントラル・コースト、ノース・クインズランドから、お呼びがかかった。
しかし・・・・・。
バーゼルとの契約延長には、今シーズンの後半戦に、10試合出場することという項目がある。
チッパーフィールドは、現在まで5ゲーム。しかし、直近の大活躍で、もうこれで十分となったらしい。
「近々、クラブは契約を延長してくれそうだ。だから、もう1年、ヨーロッパにいることになる」
現在は、W杯出場を賭けて、総当たり戦だ。4試合負け無しでトップのサッカールーズと最下位でポイント1のウズベキスタンとの対戦が控えている。
どんなことでも可能だと言うことを示すためにも、来週水曜日は2位の日本を突きはなす絶好のチャンスだ。
「勝てば、行ける。残りゲームに賭けようなどと言う気持ちはない。そうなれば、又プレッシャーにさらされるから。早くまとめてしまう方が、ベターに決まっているよ」
昨年9月、タシケントでの対ウズベキスタン戦で、豪州はインジャリー・タイムの土壇場で、1-0で勝った。その1点は、このチッパーフィールドのヘディングで押し込んで勝ち取ったものだった。
「タシケント(ウズベキスタン)では、前に出てゴールをとった。だから、来週も出来ればゴールを狙いたい。今なら、ゴール前でのプレーに自信がある。私にチャンスが来れば、ウズベキスタンを突きはなしてやる」 ハットトリックから来る自信か、言葉は明快だ。
チッパーフィールドにとって、その因縁の一戦がまもなくやってくる。
posted by buruta |00:55 |
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2009年03月23日
オーストラリア、パースの元ボクサーで、かつてはゴールデン・グローブ・チャンピオンに輝いたライ・ファツィオは、昔ハリウッドのアクションスター、ハーヴェイ・カイテルに出会ったことがきっかけとなって映画界入りした。
ここで、ハーヴェイ・カイテルについて、ちょっと書いておこう。
東ヨーロッパ移民のユダヤ人の両親の間に生まれる。16歳の時にアメリカ海兵隊へ参加しレバノンに出兵。20歳で除隊した後は靴のセールスマンを経てマンハッタンで法廷速記官を務め生計を立てた。友人の誘いで演劇を始めステラ・アドラーとリー・ストラスバーグに師事。
オフ・ブロードウェイでの経験を積む一方で、ニューヨーク大学の学生であったマーティン・スコセッシと知り合いスコセッシの長編映画デビュー作品『ドアをノックするのは誰?』で映画デビュー。
1967年にはエリザベス・テイラー主演の映画『禁じられた情事の森』に出演している。1973年の『ミーン・ストリート』でも再びスコセッシとコンビを組んだが主演のカイテルは注目されず助演のロバート・デ・ニーロが注目されるという不運に見舞われた。その後も俳優養成学校であるアクターズ・スタジオの入学試験で10年連続の不合格となるなど苦労が絶えなかった。
さて、話をファツィオに戻そう。
10年以上も前、ファツィオはボクジングジムを訊ねてニューヨークを訪れた際、カフェでハーヴェイ・カイテルに出会い、その1年後シドニーで再会した。
「映画製作の話になり、『その気があるなら作品を書いてみるといい』とカイテルは言ってくれた」
パースに戻ったファツィオは3ヶ月間部屋に籠もり、半自伝的作品「Two Fists(両拳)」のシナリオを書き上げた。8割を占める実話には4歳からボクシングに明け暮れた自分の生き様と、トレーナーとしての父親ジョーとの緊迫した関係も描かれている。
いまは、40歳になった作家兼俳優の元ボクサーは、わずか4歳の時にボクシングを始めたという。
「朝5時になると、我が家はボクシングジムに早変わりだ。我が家の裏庭には大きなリングがあって、近所の子どもがみな集まってくるんだ」と、ファツィオ。
カイテルとあった後に俳優学校に通ったファツィオは、この映画でライバルのボクサー役を演じた。若き日のファツィオをモデルとしたアンソニー・アーゴ役には新人俳優ダニエル・アマームが起用された。
彼は、自分の夢を実現するために映画を製作したが、同時に、自分の父親への何かを伝えたかったのだ。父親は現在68歳。いまだパースで子ども達にボクシングを教えている。
タイトルとなった「Two Fists」は、父親ジョーの口癖である「相手を恐れるな、敵だって君たちと同じ二つの拳(こぶし)と一つの心臓を持っているだけなんだから」という子ども達への叱咤激励から取った。
ついに映画は完成し、パースで3月19日に封切られた。パースで公開された映画の初日に両親はともに映画館に行った。そこで、初めて全容を知ったジョーは、妻に言った。「あいつは、本物の私より、好男子に描いたな。本物の自分は、あんなに見栄えのする人間じゃないよ」
ファツィオは「作品を書く前は、原稿を一度も読んだことがなかった。だから、それほど悲観的ではなかった。でも、どんなに大変だったか。ボクサーとして育った自分には、映画という“リング”は非常に厳しい戦いだった」とコメントした。
映画は、今シドニー他で上映中だ。

posted by buruta |07:48 |
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2009年03月21日
W杯アジア最終予選は後半戦に入ったが、豪州サッカールーズは、ポイント10で、2位日本に2ポイントの差を付けて首位に立っている。
現状は、サッカールーズが4月1日にウズベキスタンを破れば、マナマで同じ日に行われるバーレーン対カタール戦次第で2010年W杯出場権が獲得できる。時差があるので、豪州が勝っても、すぐ胴上げ気分にはなれないが。
でも、オーストラリア人は、今を楽しむ国民だから、意外とスタンドではW杯出場祝いをやっちゃうかもしれないんだな。しかも6万の入りが見込まれている。時々、恥ずかしい時がある。おいおい、もうちょっと先を考えろよ! 「Think ahead」は、君たちのためにあることばなんだよ・・と。
ウズベキスタンは、現在ポイント1で、Bグループ5チームの最下位である。
まず、今日は、ウズベキスタンのアブラモフ部長の話からだ。
「われわれの唯一のチャンスは、3位チームのプレーオフしかない。われわれは、若手にチャンスを与えるために、シドニーでの試合に若手を登用したい。われわれは3次予選までは、比較的順調にやってきた。が、最終予選では問題続出だ。ドーハでの最初の試合は、3-0で破れたが、これが大きなつまづきのもとだった。そして数日後、ホームでオーストラリアに1-0で負けた」
ラウフ・イリニエフ監督解任は、この直後にやってきた。
そして、ウズベキスタン代表監督にミルジャロル・カシモフ氏が監督に選任された。が、チームは浮上しない。埼玉での対日本戦を1-1で引き分けて、これで少しは闇が払われるかと望みをかけたが、次のタシケントでの一戦は、バーレーンに1-0で敗北を喫した。
「現在チームの志気は低い。そこで、われわれとしては、若手を起用しようということにした。チャンスメーカーのセルベル・ジェパロフを中心に若手で組んでみるかも知れない。だから、シドニー行きのチームは、新旧入り交じった形なる。そして、われわれは2011年のアジアカップも念頭に置かなくてはならない。われわれは、プレーオフに持ち込んで出場することを望んでいるが・・・。それには3月28日のカタール戦をかたなくてはならないし、そのあと4月1日の対豪州戦でいい結果が残せれば・・と考えている。
ストライカーのマクシム・シャツキクがシドニーに行けるかどうかは、疑問符だ。所属するウクライナのダイナモ・キーフでもゲームに余り出場していないので、身体が出来ていない。出場するかどうかは、監督に聞いて欲しい。
ウズベキスタンは、シドニーで厳しい試合を覚悟している。豪州は非常に強いチームだし、敵の大観衆とも遭遇しなくてはならない。ウズベキスタンがタシケントとシドニーの短期間で大きな展開を見せるとは思っていない。それに長距離の旅だし・・」と、アブラモフ部長の発言にもぼやきが入り、やはり士気は低そうだ。
ウズベキスタンが、4月1日のW杯アジア予選の対豪州戦に、次世代育成を兼ねて駒落ちのチームを送って来るかも知れないと言う噂が、今当地で飛び交っているが、どうもこういう話しに尾ひれがついたのではないかと想像する。
4月1日の嘘の日の話として一笑に付せれば別だが、ウズベキスタンは、自力でW杯出場資格を獲得するという希望は、捨てたというのだ。
話の出所は不明だが、これまで書いてきたアブラモフ部長の話が、回り回って、駒落としのチームが来るという話になったのではないか、と推測せざるを得ない。ウズベキスタンのサッカールーズ懐柔発言か、などと勘ぐる向きもあって結構楽しめる。
フェルベーク監督の発言だ。
「ウズベキスタンが若手を中心に組むなんてことは、全く思っていない。成績表を見るに、3月28日に彼らがカタールを破って、ここでわれわれに勝てば、一気に出場資格の線上に躍り込んでくる。カタールに負ければ、選手の交代はあるかも知れない。成績表の最下位だが、彼らはそんな力だと思ったら危ないよ。全力で当たって来るはずだ。DVDで全試合をみてみたが、最下位という実力じゃない。特に最後のゲームは、1-0でバーレーンに負けたが、チャンスがいっぱいありながら、インジャリー・タイム(ロスタイム)で負けるというツキがなかったと言える。ツキがあってうまくいっていたら、ウズベキスタンは弱いチームじゃないと言える」
そんな話しに乗る方が馬鹿だと言わんばかりだ。指揮官としては当然の話だ。
昨年9月の対ウズベキスタン戦では、前半スコット・チッパーフィールドが、見事なヘッディングでゴールを決めて、それが決勝点になった。
ウズベキスタンの対カタール戦と対豪州戦の選手名は、3月22日発表の予定だ。
まずは、以上の話がやや本当かどうかは、22日まで待つことにしようではないか。
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2009年03月19日
4月1日のワールド・カップ アジア最終予選 豪州―ウズベキスタン戦が迫ってきた。
早く出場権獲得を手中にしたいと願う豪州サッカールーズは、この1戦に並々ならぬ闘志を燃やすが、そのプレッシャーに闘志が空回りせぬかとう心配もあり、そういう意味でも注目の1戦だ。
昨日、22人のメンバーが発表されたので、書いておこう。
GK:マーク・シュワルツァー、アダム・フェデリッチ、マイケル・フェトコヴィッチ
DF:マイケル・ビーチャンプ、クリス・コイン、スコット・チッパーフィールド、デイヴィッド・カーニー、ルーク・ウィルクシャー、ルーカス・ニール、ジェード・ノース、
MF:マーク・ブレシアーノ、リチャード・ガルシア、ティム・ケイヒル、ジェーソン・カリーナ、ブレット・ホルマン、マイル・ジェディナク、カール・ヴァレリ、マイル・ステリョフスキ、ジェイコブ・バーンズ、
ストライカー:ハリ・キューウェル、スコット・マクドナルド、ジョシュ・ケネディ
アジア・カップのキャプテンを務めたクレイグ・ムーアと、ヴィンス・グレラは故障者リストに。マイケル・ビーチャンプが復帰し、クリス・コインとジェード・ノースも戻った。それに、ジェイコブ・バーンズをいれて、MFの幅が出来たことは確かだ。
キューウェルの復帰は、チームにとっても、フェルベーク監督にとっても朗報であり、攻撃力の強化になる。
豪州サッカールーズは、先月の横浜での豪日戦では、0-0のドロー。そして、選手は違うが、アジア・カップでは、1-0で敗退と、このところ無得点が続く。
得点が取れないゲームが続いているが、一矢を報いると言うことは、とりもなおさず、得点することしかない。ゼロでは、どうやっても勝てないのだ。
出場権獲得を急ぐ余り、敗北をすることを心配しないかという質問に、フェルベーク監督は、「選手が出来るだけ早く出場をきめたいというのも、別に驚きに値しない。それで、恐れているわけではない。彼らは十分にプロの精神を発揮してくれると思う。技術的にも、チームとしてまとまっていける。ゴールをとるために、突っ込みすぎたりすることもないだろう。こういう一戦は、ハートじゃなくて、頭で勝負することが大事だ」と、語った。
対日本戦は、慎重な試合運びに終始し、ストライカーはケイヒルだけで、しかも完全に日本側にマークされた。今度のウズベキスタン戦は、シドニーの気候の良さも手伝って、思い切った攻撃的な試合運びを見せるだろう。
日本の横浜日産スタジアムでの選手のパーフォマンスは、練習不足に旅の日程と、止む得ない事情もあったが、恐ろしくお粗末だった。そのプレーは、あちこちでかなり批判の対象になった。
今回は、6日間の全体練習が取れる。色々の練習の組み合わせが出来るはずだ。
ウズベキスタンについて、フェルベーク監督は、成績表にあるより、良いチームとみている。「ゲームは簡単ではない。言ってみれば、危険な試合相手だ」と語った。
「日本戦は0-0で、あれはあれで納得している。しかし、ウズベキスタン戦は0-0で良いというわけでは絶対無い」と、監督は気持ちを引き締める。
最新のFIFAの順位表では、前回から5位、順位を落として32位になった。これは、アジア杯での無様な試合が、そのまま反映したと言える。対インドネシア0-0。ホームでクウェートと0-1の敗北。それでも、日本より3位上でアジア地域では最高である。
上位5位は不動だ。スペイン1位、ドイツ2位、オランダ3位。イタリアは、先月フレンドリーで、5位のブラジルに2-0で敗北を喫したが、4位を守り、元サッカールーズ監督のヒディンク監督率いるロシアが1位上がって8位に。イングランドと入れ替わった。
アメリカが4ヶ月連続で上がってきて、17位へ。
何はともあれ、4月1日の試合で、サッカールーズがトップで出場権を不動の物に出来るかどうか。シドニーでの試合は、観衆6万と予想されている。
posted by buruta |12:44 |
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2009年03月18日
2018年と2022年の、サッカー・ワールドカップの誘致合戦が本格的に始まった。
いよいよ今日から、正式登録の受付を始める。
誘致争いをするのは、当地オーストラリア、イングランド、インドネシア、日本、メキシコ、カタール、ロシア、アメリカ、韓国、共同主催国希望のベルギー・オランダ、スペイン・ポルトガルの合計13カ国、11団体になる。
決定は、2010年12月。FIFAの24人で構成される委員会が決める。
争いは熾烈を極めそうなのだが・・・。
サッカー・ワールドカップは、この地球上で最もテレビ視聴者の多いスポーツであるだけに、この大会のトーナメントは、テレビ、観光などの市場を通じて、何十億というカネが主催国などに落とされる。
もちろん、と同時に、主催国自体も、相当の出費を覚悟せねばならないことは明白だ。
オーストラリアの例をとってみると、政府の支援が4580万ドル(日本円換算:29億円)となるらしい。
「われわれには、大きなスポーツ・イヴェントの開催の明白な実績をもっている。当国でのワールド・カップ開催は、危険がない。そして、人々が訪問してみたいという国を持っている」と、オーストラリア・フットボール協会の女性広報係、ボニタ・マーシエイズさんは、力説する。
誘致希望国の地域別は、アジアが4カ国、アメリカ地域が2カ国、ヨーロッパが5カ国となっている。
2010年は南アフリカが主催国になるので、2022年は、アフリカ諸国は名乗り出る資格があるが、立候補はなかった。
南米諸国は2014年の主催国がブラジルなので、立候補の資格はない。
しかし、オーストラリアがこの両方の主催国になる可能性は低そうだ。
2018年は、人気はもっぱらヨーロッパの国といわれ、ヨーロッパに落とされそうだ。
FIFAにとって、ヨーロッパのテレビ市場はドル箱である。2018年の開催権がアジアとかオーストラリアに行けば、ヨーロッパの放送局の関心は薄れる。それは、試合時間が、プライム・タイムではなくなるからだ。
FIFAの収入の90%は、ワールドカップに依存している。
因みに、2010年の南アフリカ大会では、テレビ収入と他の市場からの収入を合わせると、49億ドルがFIFAに転がり込むと言われている。
こう考えてくると、収入の多いところの意向を汲んだ開催地選びへの綱引きが進行するはずである。
今のご時世、どんな団体もカネには弱いのである。
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2009年03月16日
ひとたび車を手にすると、自動車をいう移動手段に夢中になった。オーストラリア大陸といえど、彼には小さな陸地だった。それを使いこなすまでの間に、1912年に、彼は技術者のシド・ファーガソン、レックスと言う名の犬を乗せて、初の大陸横断の車の旅に出たのだった。それもまた、フリーマントルからシドニーまでだった。
道路もまともに無い中、1シリンダーのアメリカ製ブラッシュ車は、砂地、背丈のある草、泥地、湿地帯、丘、川には唯一信頼性のある車だった。その車は、常に数百リットルの燃料で満タンにしても、常に燃料切れになるか、極めて冒険的な車だった。しかし、とにかく28日で、シドニーに着いた。
ペドゥロ・ダイヴィスは、1987年に出版した『オーストラリア横断の車』という本の中で、こう書いている。
「フランシス・バートルズは、オーストラリア史の中で賛美されていない偉大なヒーローの一人だ」。
彼は88回もオーストラリア周回の旅を成し遂げた。陸地の旅は、推定80万キロに及ぶ。 彼は、多くの時間を路上(とオフロード)に費やしたので、編集者と友人は、「西オーストラリアに向かう途中にブリスベンに立ち寄っている」というような奇抜な電報に驚かなくなっていた。
1921年、バートルズと一人の仲間が、首相府の仕事を引き受けて、アリス・スプリングスを入れた南北縦断鉄道ルートの偵察作業を行っていた。彼らは、360リットルのガソリンを運んでいた。それが発火したのだった。二人とも、ああ史から上に火傷を負い、槍状の葉のある植物の中を這うようにして8キロ先のアボリジニーのキャンプにたどり着いた。夜を徹して、一人の男が25キロ離れた牛の農場まで助けを求めて走った。そして全員が牛を呼び集めるために出計らっていると告げられると、また彼は元の道を戻ったのだった。そして手当は遅れた。
バートルズには、二つのモットーがある。「行動だ、言葉ではない」そして、「運を天に任せるのだ」 1927年に、彼の行動は極端を追求した。4シリンダーカーのビーン車に乗って、単独でロンドンを出てメルボルンを目指した。
欧州横断は、簡単だった。その後、彼は冬に突入した。イランのテヘラン近くで、オープンカーの中で7人が凍死した車に出会った。彼らを風よけにつかって、そばでキャンプを張り、野宿した。
カルカッタでは、若いカナダ人を仲間としてピックアップし、ナガ・ヒルズ越えのルートを作った。ナガ・ヒルズは、ビルマへ通じるルートだが、衝立の用に立ちはだかっている。掘ったりしながら、58キロを越えるのに36日かかった。あきれかえる地元の人々は傍観しながらも、子犬のローストと米焼酎を差し入れするのだった。
予定を大幅に遅れたために、彼らはモンスーンの時期の前に通過出来なかった。
止むを得ず、ビルマ南部で車をボートに乗せ、480キロ先のペナン島に運んだ。そこからシンガポールに抜け、石油タンカーでダーウィンにたどり着いた。
一番の歓迎は税関で、車を差し押さえられ、輸入税を要求された。ブルース首相が介入してくれ、バートルズはメルボルンまで運転を続けた。タウン・ホールの外に止めるために、駐車券を購入した。
バートルズは、歴史的な1925年型ビーン・カー“サンダウナー”を政府に贈呈した。 その後数十年庇の下でそのままにされたが、数年前にきちんと復元された。そして、キャンベラの国立博物館に展示されやっと名誉の回復を得た。
1935年にバートルズは結婚し、クロイドンに家を買って落ち着いた。虚血性心疾患で1941年に60歳でこの世を去った。ウェイヴァリー墓地に埋葬された。
バートルズの映像記録はない。しかし、結末はお伽の妖精の物語のようだった。1920年代に、オーストラリア北部のアーネムランドで、金鉱脈の形跡を発見した。1933年にはほとんど見捨てられていたが、彼は会社を興し、金の場所を移動させようと、探検隊を引っ張っていった。
しかし、彼とその一行は金を掘り出す前に、森林を歩き回る生活に入った。(*オーストラリア原住民が仕事を離れて、時折行う短期間の森林の中を歩く生活)
彼は、鬱病や、脚気を患ったアボリジニーたちと一緒に暮らした。
丁度その時に、飛行機が一機飛来し、メッセージを投下していった。
「その金鉱山はかつて繁栄していた。あなたは人生の残りを安楽に過ごすことができる。そして、ついに、安楽こそ、あなたが探し求めているものであるようにみえる」 (了)
posted by buruta |12:39 |
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