2009年02月28日

Go Fareの精神はどこからくるのか?(下)

2月17日、豪州で超有名な10人の元オリンピック選手が、一番被害を出したキングレーク地域にやってきた。山火事で全てを失った地域の人々の精神を高めるために。


元選手は、キャシー・フリーマン(陸上、シドニー5輪400米で金メダル)、エマ・スノーシル(トライ・アスロン世界選手権で3回金メダル)、ジャレード・タレント(陸上、北京五輪で銀メダル)、ナタリー・クック(ビーチ・バレー:シドニー五輪で金メダル)、ケン・ウォレース(北京五輪のシングル・カヤックで金メダル)、ジャーン・ルーニー(水泳。アテネ五輪で金メダル)、ドゥルー・ジン(ボート。北京五輪で金メダル)、クレア・ミッチェル=タバーナー(フィールド・ホッケー、アトランタ五輪とシドニー五輪で金メダル)、ニッキー・ハドソン(フィールド・ホッケー、北京五輪で金メダル)、アンドリュー・ゲイズ(バスケットボール、アトランタ五輪とシドニー五輪で金メダル)で、ボクシングをするカンガルーのオモチャ、オリンピック・チームのユニフォーム、水の入ったボトル、サインなどを持ってやってきた。


居合わせた100人以上の住民がオリンピック選手を取り囲んだ。特に子ども達は、サインを貰ったり、写真をもらって興奮気味だった。うちひしがれた人々には笑顔がうかんだ。


「キングレークに来たのは、笑顔と安心を運んでくるため」と、ナタリー・クックは言った。



北京五輪で2個のメダルに輝いたケン・ウォレース選手(カヤック)は、少しでも役に立つことが出来て嬉しかったといった。


「今日自分たちがここで過ごした時間なんて、多くの人々がこの社会のためにに費やしてきた時間と比べればなんぼのものではない。しかし、今日は、いつもと違うんだということを作り出せただけでも嬉しい」


引退した元水泳選手のルーニーさん。「こういう訪問が適切なのかどうか、自信がなかった。ここにいる人は、全てを無くした。私は、まだ全てを持っている。彼らが物を必要としている中で、どうしたら共感しあえるのか?」と言っていた彼女が現場に着くと、「自分の決心は間違っていなかったと分かった。この1週間、唇をかんで悲しみの中で踏ん張っていた被災者の顔が、突然世界制覇をしたような笑顔になったわ」と、話す。



バスケットボールのゲイズは、子どもの中のガキ大将のようだった。

「話しかけると、誰もが必ず何かを失っていた。家族であれ、隣人であれ、家屋であれ。私の心を打ったのは、それでも多くの人が前向きであったということだ。みな、乗り越えていきたいと思っていたことだ。少しでも被災者が気を紛らせてくれえばいいと願ってやってきた。全てのオーストラリア人が被災者の味方だと思ってもらえるようになれば・・」と話した。



こどもたちは、はしゃいだ。「キャシー(フリーマンのこと)に会えた」と大声を上げる子。6歳のケイトだった。母親は、姓を名乗らず、ただ名前をリーンと言った。「こどもにとっては最高でしょ。ほんとうに嬉しかったと思う。あの笑顔は幸せな表情だ。平等感を味わったのでは・・」という彼女は、4人の子どもを抱えながら、シェルターの中で助かった。


オリンピック選手たちは、被災者の手当てに当たる軍病院、救助に当たっている緊急救助隊のオフィス、そして、火事の最前線から戻ってきたばかりの消防士の地方消防局のオフィスも訪問した。


この日の訪問は、オーストラリア・オリンピック委員会とヴィクトリア・オリンピック評議会が組織したもので、これに先だって行われた10万ドルの寄付につぐ、精神的な激励だった。

 

今回の山火事は、スポーツ選手も身近で火の粉をかぶっている。クリケットのキャメロン・ホワイト選手。ピーター・サドル選手。二人とも、家族の友人を失った。それだけに余計山火事の怖さを人ごとと思っていない。

 

AFL(オーストラリアン・フットボール・リーグ)のカレブ・ティラー選手は、アデレードの試合で、家には戻れなかった。家は全焼した。両親は知人の誕生日で家を留守にしていたおかげで、命は助かった。だが、隣人二人は焼死したという。



メルボルン・ストームのホフマン選手は、火事に行く手を阻まれ、他の30人とともに、パブの床でごろ寝をした。命に別状はなかったが、怖い思いをした。



「われわれは、ついている方だ。われわれには、帰れる家がある。多くの人は家がなくなり、行くところがない。われわれは、今日クラブで、このことで話し合った。お金でも、衣類でも、ベッド、毛布、われわれが出来る何か他の方法でも、助けることができるだろうか・・と」



衣類などの慰問品が山ほどとどく。置き場所がない。MCGの4倍もある面積の倉庫を寄付する行為もあった。勿論これはスポーツ選手の寄付行為ではない。でも、何がどうなれば、こうやって皆が動けるのか?と。こういう国民一体の迅速な行為に、私の思考はいつも停止した。

 

では、こういうスポーツ選手の必死の応援態勢は、どこからくるのだろうか。

 

40歳代のブリスベン出身のフォトグラファー、プライクさんは、こういう。



'"It's part of the Australian character to help people who need help and it's part of the main idea of 'mateship"'助けを求めている人々を支援するのは、オーストラリア人の国民性の一環なのだ。それこそが、“メイトシップ”の核となる考えだ」


そしてさらに、こう説明してくれる。

 

“Sporting athletes are heroic characters in Australian culture; they know they receive so much support from the public so when the public need help, they help them"

「スポーツ選手は、オーストラリア文化の中の英雄的存在だ。彼らは、一般大衆からどれほどたくさん支援されているかを知っている。だから、国民が必要としている時に、彼らは、国民を助けるのだ」

 

あの人は、自分をわかってくれている―――この強き信頼があればこそ、被災者の身体の中に何倍もの力が湧いてくる。東洋の箴言に「道の遠さに、志があらわれるものだ」とある。わざわざ時間をかけて、やってきて、全身で激励すること自体に、とてつもなく大きな使命が含まれている。



ノーベル文学賞受賞者のナイジェリアのウォネ・ショインカ氏は「ほかの人の身になって想像力を働かせること」が「正義の基本」と言った。火災を体験していない人が体験者の話に自分の身を当てはめる。そして、悲惨さを追体験した時、その体験は受け継がれていく。それを、自ら買って出るところに、この国のスポーツ選手達のすばらしさがある、と私は思う。



アフリカに有名な諺がある。

「船長だからといって、船員であることを忘れるな」

 

重みのある言葉だ。

 

「スポーツ選手だからといって、オーストラリア国民であることを忘れるな」ということになるのか?

 

プライクさんが使った『メイトシップ』という言葉を置き換えるならば、つまりこういうことではなかったのか、と、私は乏しい豪州経験の中で反芻してみるのだ。

 

メイトシップ健在なり・・を知って、この国も、なかなかの物だと思った。灰の中から何とか立ち上がってほしい。大惨事ではあったが、私も、スポーツ選手から学ぶところは実に多かった。(了)


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2009年02月27日

Go Fareの精神はどこからくるのか?(上)

今日は、本ブログ2月18日付けで報じた、エヴァートンのケイヒルの記事に関連しているが、ティム・ケイヒルの発言が2月21日づけの豪州の新聞シドニー・モーニング・ヘラルド紙に報じられていた。


ヴィクトリア州の山火事の犠牲者に哀悼の意を表し、黒のアームバンドを着用した。エヴァートン3点目のゴールをした時、ケイヒルは観衆に向けて黒のアームバンドを指さした。

「この1点を、オーストラリアの山火事で命を落とした人たちに捧げる。山火事は、オーストラリア・チーム全員の心を痛め、暗く閉ざされた」と、語っているのだ。


さらにロンドンからは、こう報じられている。


「このような状況(山火事)が起こっていても、FOOTBALLは何もできない。黒の喪章を腕につけたって、火事で誰かを失った家族を助けることも出来ないが、でも、自分はお悔やみの気持ちで喪に服しているのだということをオーストラリアの人々に伝えたかった。この惨事で、オーストラリア・チームの全プレーヤーが深く悲しんでいるのを見て、私も胸を痛めた。
しかし、私たちは遠く離れていても、すべてどこかでつながっている。

私は毎日ニュースを見ている。しかし、多くの人々のために沈んではいられない何かを持っている。
私たちはできることをしよう。被災家族の家の再建に協力しよう。子どもたちが、自分の家の庭で遊べるようにしてあげよう。そのためのオカネを少しでも集めよう。私にも子供がいる。山火事は、頭の痛い問題だ。私は山火事被害者の気持ちがよく分かる。
私たちは、オーストラリア代表チームとすでに話し合って約束した。ワールドカップアジア予選で、4月に集合した時に、一緒に力を出し合って手助けするための何かをしようと既に動いている。
山火事は、日本にいる時に、一番胸を痛めた問題だった」


ケイヒルは、故国の大惨事をみて、オカネを集めることを約束した。

ケイヒルと豪州代表のチームメートは、4月1日に行われるW杯アジア予選の対ウズベキスタン戦で10日間集まるのを機会に、チャリティ・ディナーを計画しているのだ。


では、どのスポーツ団体が、どういう風に動いたかを、簡単にまとめてみたい。

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2009年2月21日付けのシドニーモーニングヘラルド紙6面の広告



クリケット
★クリケット・オーストラリアが10万ドルを寄付。

★南オーストラリアクリケット協会が2万5000ドルの提供を約束。

★アデレードで行われるオーストラリア対ニュージーランドのワンデー・マッチの入場料売上金を寄付。

★オーストラリア選手が試合料を寄付。★

★コモンウェルス銀行が、100万ドルの寄付した他、ヒット6本毎に1000ドルの寄付と得点になるラン毎に100ドルの寄付を約束。


AFL(オーストラリアン・フットボール・リーグ)
★ウェスタン・ブルドッグ対エッセンドンは、会場をダーウィンからメルボルンに移した。選手の旅費25万ドルをそのまま寄付した。

★リッチモンド・チームは、チームと写真に写ることで500ドルをファンから徴収し、5万ドルを寄付した。コリングウッドも同じ企画をした。

★スワンズも、募金の計画を素早く立案。


フットボール
★オーストラリア・フットボール協会は、10万ドルを寄付。

★週末のAリーグの準決勝(メルボルンとブリスベン)を、被災家族、消防士、緊急援助関係者を無料招待。試合開始前の1分間の黙祷。

★FAAから、被災地の学校とジュニア・クラブに代替のサッカー用具提供。

★2月11日の横浜での日豪戦で、サッカールーズ選手は、全員黒の喪章着用


ラグビーリーグ
★ARLは、募金活動計画を作成

★NRLは、メルボルン・ストームと共同で、種々の企画を立案。


競  馬
★ヴィクトリア州競馬界は、20万ドルの寄付を約束し、競馬開催日での募金活動計画を作成。


ラグビー
★スーパー14フランチャイズでの最初のホームゲームで募金活動をすることを表明。



火事が発生したのが2月7日。

2月9日には、以上の行動計画が作成され、一部には既に寄付済の行為も含まれているので、この電光石火の迅速性に大きな驚きを感じるのである。




明日は、もう少し、スポーツ選手の動きをご紹介してみよう。


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2009年02月20日

サッカールーズ A組トップは安泰なのか?

2月11日、W杯サッカーアジア最終予選で、日本と0-0の引き分け、勝ち点10でA組トップを走る豪州サッカールーズ。それを追って勝ち点8の日本が続く。


確かに、あのドローの勝ち点1はサッカールーズにとっては、日本よりも価値のある勝ち点だった。だから、2010年のサッカーW杯の出場権獲得に一歩近づいたのであるが、それとて、現状をみると、サッカールーズがそれほど安全圏にいるわけではない。

 

最新の世界ランキングをみれば、豪州27位、日本37位と、ランク通りの成績であるが、気になる故障がサッカールーズを襲っている。前々回重機関車エマートンの負傷について触れたが、エマートンの長期欠場がはっきりしてみると、4月1日の対ウズベキスタン戦は大丈夫か、いや、出場権獲得そのものは大丈夫だろうなと・・心配は広がる。

 

エマートン・ショック

フェルベーク監督の一言が全てを物語る。


「先ず、彼(エマートン)にとって災難だ。そして、彼のクラブ(ブラックバーン)にとっても災難であり、さらにどう考えても、我々にとっても災難だ。彼の欠場は痛い。彼は先発メンバーだ。その質の高いプレーは余人を持って代え難い。他のテクニックを持った選手の組み合わせで埋めていくしかない」

 

出場権獲得をいち早く決めたい豪州に、そうでなくとも、不安要因が続出している。マーク・ヴィドゥカの故障克服が出来ていないこと。手術を受けたハリー・キューウェルも回復後が未知数だ。スコット・チッパーフィールドの回復は十分か。ドイツカップで負傷したFWのジョシュ・ケネディ(26)、FAカップで負傷したブラックバーンのMFヴィンス・グレッラ・・いずれも大事の怪我ではないが、4月1日の対ウズベキスタン戦では、誰が負傷していないか・・のパズルができるほどの故障者続出である。

ブレット・エマートンの故障は1月末日だったか。ミドゥルスブラ戦で膝の十字靱帯を切ってしまった。全治6ヶ月とあれば、今シーズンのイングリッシュ・プレミア・リーグの出場はおろか、来シーズンにも影響し、少なくともW杯アジア最終予選への出場も不可能になった。


負傷後、エマートンは直ぐ手術を受けるために本国へ。今週手術を受けた。今のところ全治6ヶ月との診断のようだ。


「最大の試練」と、エマートンは言う。これまで、大きな怪我が一つもなかったことと、29歳という年齢を考えて、そういう発言になったのではないか。


エマートンは、2003年にブラックバーンに入って以来、190試合に出場。一方、オーストラリア代表としては、1998年以降、69試合に出場。防御や得点源の大きな一角を為してきたのだ。ひたすら走って、ゴールチャンスを創る。ひたすら走って、得点をあげる。ひたすら走って防御する。W杯予選では、チームで最高の4得点をあげていた。そのスタミナとセンスに、私は熱いものを感じていた。そうそういる選手ではない。その地味さが、大好きだった。


「その質の高いプレーは余人を持って代え難い」というフェルベーク監督の気持ちは十分わかろうというものだ。


「ゲームの翌日、レントゲンをみせてもらった。十字靱帯をやられたという医者の話を信じられなかった。これで、6ヶ月の出場はだめになった。

こんな長い故障は初めてだ。その点では、ずっとツイテいたということだ。

6ヶ月の欠場は未経験の新しいこと。新たな挑戦だ。その重みがわかった。

W杯最終予選の残りの試合に出られないのは、がっくりだ。

頭の中を落ち着かせるのに数日かかった。でも、今は非常に前向き。もし、この故障が来年起きていたとしたら、間違いなくW杯出場は不可能だった。そうなったら、私の故障は2倍の災難だ。そう積極的に考えるようにしている。

サッカールーズがW杯の出場権を得て、ブラックバーンの選手と一緒にプレーでき、プレミア・リーグでできれば・・・いいなあと考えている」


そうだ、楽観的に考える方が、傷の治りは速い。




では、エマートンの大きな穴を埋めるのは誰か



正直言って、これは容易ではない。


候補の一人は、オランダ、AZアルクマール所属でMFのブレット・ホルマンである。2月11日の対日本戦では、後半19分か20分目でリチャード・ガルシアと交替した。今年3月で25歳を迎える。


W杯予選を通じて、対カタール戦、対ウズベキスタン戦を除けば、ホルマンはずっと、サブとしてベンチにいた。万能型のウィルクシャーとのコンビが生かせるかどうかにかかっていると思うが、どうだろうか。

posted by buruta |22:59 | gensan | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年02月18日

ケイヒル 貴重な追加点

山火事犠牲者に弔意のゴール


サッカルーズのケイヒルが、FAカップ対アストン・ヴィラ戦(日曜日15日)で、ヴィクトリア州山火事の犠牲者に弔いの念願のゴールを入れた。


11日の横浜日産スタジアムでのW杯アジア予選の日豪戦では、ブルー・サムライに徹底的にマークされ、日の目を見なかったケイヒル。イギリスに戻ってからも、会場のゴーディソン・パークでの対アストン・ヴィラ戦で黒のアームバンドをして、ヴィクトリアの山火事犠牲者に弔意を表し続けた。


そして、ついに、ケイヒルは後半エヴァートン3個目のゴールで、ダメを押した。エヴァートンは3-1でアストン・ヴィラを下した。


彼は土壇場の残り14分のところでゴールに蹴りこんだ。ゴール後、ケイヒル(29歳)は感極まって、両手で顔を覆った。


ケイヒルは、W杯アジア予選のため、日本を往復したが、過密スケジュールで体調は十分ではなかったようだ。


「'つらかった。こういう結果は、すべてよしということだ。

「亡くなられた方々に何か少しのことでも出来る立場にいる。本国を離れているときに、山火事のニュースを知った。われわれサッカールーズが如何に心を痛めているか、示したかった。

これで、本国の山火事で亡くなった方々に、なんとか弔意を表すことが出来た'」

と、ケイヒルは地元テレビに語った。


前半、マイケル・アルテタのコーナーからのボールをケイヒルがヘディングしたが、ペトロフにクリアされた。しかしそのボールをすぐジャック・ロドウェル(17歳)が蹴りこんでゴール。


アストン・ヴィラのミルナーが同点打を決めた後、24分にアルテタが見事なスポット・キックで再びリード。


後半76分には、アニチェベのクロスを、ケイヒルがうまく左からゴールへ。念願の弔意の1ゴールだった。


エヴァートンはもうちょっとチャンスが創れるとよかったが、まあそれでも久々意気のあがったエヴァートンだった。こんなことを書くと、エヴァートン・ファンには叱られるか?


この試合開始早々、ケイヒルは反則でシーズン5枚目のイエロー・カードをもらい、ニューカースルでのプレミアリーグの次の一試合出場不可になったが、FA杯5回戦の時のように、とにかく頑張ってくれや、ケイヒル! 豪州期待の星だもん。

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2009年02月14日

日本と0-0の引き分けも 豪州は快適

最終予選はいよいよ後半戦に!


2月11日の横浜日産スタジアムでのワールドカップアジア最終予選の日本(世界ランキング37位)対豪州(世界ランキング27位)戦は、0-0の引き分けに終わった。


ヴィクトリアの山火事犠牲者に対して、1分間の黙祷をささげ、選手も黒のアームバンドをつけてくれた。
キャプテンのニールは、「日本の協会もファンも、山火事犠牲者への支援を支持してくれた」と、感謝した。



終始押し気味に進めた日本だったが、決定打無く、ゴールに結びつく見所は最後まで作れなかった。
豪州サッカールーズも、集合から試合までの時間は少なく、未調整のまま試合へ。重戦車エマートンも負傷で欠き、ストライカー、ケイヒルの見せ場もなく、全員が粛々と仕事をした。4-3-3のフォーメーションも火を噴くことはなかったが、完璧な防御でニル・ニル(0-0)に持ち込んだ。


結果は、ホームで勝利をとれなかった日本にプレッシャーがかかり、アウェーで引き分けたサッカールーズが、出場権獲得に一歩近づいた。ブルー・サムライは日本刀で斬りつけてきたが、斬られなかった・・。


フェルベーク監督の口をついて出たのは、「基本的に何の準備も出来なかったが、十分な防御が出来たことに満足している。ボールがとれなかった。特に最後の20分は、簡単にボールをとられた。それが、われわれへのプレッシャーに繋がった。でもアウェーで0-0は、満足すべき結果だ」


フェルベーク監督は、日本を苦しめた影の役者として、チッパーフィールド、ニール、ムーア、グレラをあげた。


何回か日本の攻撃からサッカールーズを窮地から救ったGKのシュワルツァーは、「よく守ったよ。われわれは固い守りだった。日本をほんの数少ないチャンスにとどめたから。我々には2日しか準備期間しかなった。日本は5日もあった。それを考えれば、良い結果だよ。すべてが、われわれに順風だった。監督はよい仕事をした。われわれはそれに応えた」と言った。


彼は、「勝ち点3を狙ってグループ・トップに立とうと攻勢をかけてきたが、フェルベーク監督のチームが崩れることは無いと確信していた。思ったほどいそがしくなかったよ。いくつかセーブしたが、もっとしなくちゃならないと思っていた。ボール・ポゼッション(日本56% サッカールーズ(44%)も多く、しこたまプレッシャーをかけてきたが、クリア・カットのチャンスは作れなかった」と、語った。


ショット       日本 7   4 豪州
コーナーキック  日本 2   2 豪州
オフサイド     日本 1   0 豪州
ファウル      日本 5   12 豪州
イエローカード  日本 0    2 豪州


「われわれは、ゲーム後、何が必要か、方程式を話し合った。まだしなくてはならないことがあるということで、皆の意見は同じだった。一つだけ確実に言えることは、自己満足が蔓延しないようにすることだ。我々の中に傲慢さを許してはならない。それは失敗への落とし穴になるから」


南アフリカ行きの飛行機のタラップに一歩足をかけたのではないか?と言う質問に、フェルベーク監督も、「それは違う。まだ、だ。4月1日のシドニーでのウズベキスタン戦が大きな山になる」と、引き締めた。


しかし、二位との差が2ポイント、3位との差が6ポイントの緩衝ゾーンは、居心地悪くない。


監督、選手の心境からは、一日も早く決めたいのが心情だ。2005年に大陸間プレー・オフのウルグアイ戦で、アロイシが勝ちを制して32年振りにワールド・カップ出場を決めた、あのハラハラ・ドキドキを二度と経験したくないから。


そういう意味でも、4月1日のウズベキスタン戦で、サッカールーズとしては是が非でも出場権を不動のものにして、2005年11月16日のホームブッシュでのあの感動を、ファンとともに分かち合いたいところだ。


「オーストラリア人の気持ちは、気楽に戦うやり方をしてきた。そして、やがては厳しい一戦を迎えることになり、果ては生きるか死ぬかの決戦にもちこまれる。それは、避けたい。ペナルティー・シュート・アウトはもうこりごりだ」と言うニールの言い分は、どの選手の心の中に、協会役員の中にある。


前回、サッカールーズとしては、ワールド・カップ出場を最後の土壇場で決めた。今回は、もしかしたら、一番早く出場決定国になる可能性も出てきた。

さて、アジア地区予選は終盤にはいる。
サッカールーズに残された4試合のうち、3試合がホームである。


4月1日 対ウズベキスタン戦(シドニー)
6月6日 対カタール戦(ドーハ)
6月10日 対バーレーン戦(シドニー)
6月17日 対日本戦(メルボルン)


4月1日にサッカールーズが勝利すると、出場を不動のものにする。その場合、3位と8ポイントの差になる。ホームでの2試合が残ることになる。

もし、サッカールーズが引き分けた場合。3月28日に日本がホームでバーレーンに勝ったとして、勝ち点11で、日本とならぶ。

サッカールーズが負けた場合。当然のことながら、最終3試合に運命が委ねられる。


あまり早く決められると、ホームでの入場数が減ると豪州フットボール協会は心配するが、監督、選手は、かまっちゃいられない。1日でも早く、南アに近づきたいのだ。

posted by buruta |09:50 | gensan | コメント(0) | トラックバック(0)
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