2007年04月28日
今年のオーストラリア・オープン。
世界ナンバーワン、ロジャー・フェデラーとヒューイットの優勝争いはあるのか? と、ヒューイットへの期待は高まったが、とても勝負にならないとの前評判通り、彼はフェデラーとの対戦までに力尽きて姿を消した。メルボルン・パークで、ヒューイットの奇跡を祈るファンは多かったが、やはり奇跡は起きなかった。メジャーの大会ともなると、ウィンブルドンのような戦績も残したが、やはり、ヒューイットは敗残者になるのだ。フェデラーはチリのゴンザレスをストレートで下して優勝し、ヒューイットは、世界88位のカナダのダンチェヴィックにセット1-3で敗れた。
最近の彼には精彩を感じない。技術的な問題? それもあるかもしれない。だが、より精神的な、心の問題が存在するような感じがする。間違いなくオーストラリアが誇るテニス選手の一人だ。どこに問題が潜んでいるのか、素人なりに考えてみた。
少し、ヒューイットの概要をつかんでおこう。
レイトン・グリン・ヒューイット。1981年2月24日生まれ。アデレードの出身である。1998年にプロに転向。2006年度最終ランキングは20位。右利き。身長は180センチ。体重68キロ。使用ラケット:ヨネックスRDX500.使用シューズ:ナイキZoom Vapor Speed。
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レイトンヒューイットはスポーツ一家に生まれた。母親のチェリリン・ランボールはネットボールのチャンピオン。父親のグリン ヒューイットはフットボール リーグの元選手。姉ジャスリンは、テニスで彼女の年齢の部のオーストラリアNo.1で、レイトンよりは実力があったと言われる。
ウエストレイクスのヒューイット家には芝コートがあり、レイトン・ヒューイットが初めてテニスをしたのもこのコートだった。
と、こういう立派な環境で育ったことがわかる。
事実1:「今年のヒューイットは、かなり苦労するよ」と相当控えめに語ったのは、パット・キャッシュ。言わずと知れた、ウィンブルドン男子シングルスの元チャンピオン。オーストラリアの男子テニス選手として1971年のジョン・ニューカム以来16年ぶりのウィンブルドン優勝を果たした選手だ。
「ヒューイットの価値をさげることはしたくない。しかし、誰も、彼に大きな期待はできない。6ヶ月みっちりやってきて体力を蓄えていれば、まだ十分危険な存在としてプレーが出来るが、それに値するものはない。彼は、5ヶ月で3試合しかやっていない。彼は怪我をした。試合で鍛えることが相当重要な意味を持つ。彼が存分に力を発揮できるところをみたいものだが、実際すごいことが起きるとは思えないのだ。事実、彼が4回戦に進出すれば御の字だろう」と、その彼がばっさり言う。
事実2:彼は十分なプレーをしていない。昨年9月から3回しか試合に出場していない。そのうち2つ負けを喫している。デビス・カップで、アルゼンチンのホセ・アカスソに、2007年1月、地元アデレードでロシアの世界94位のイゴール・クニツィンに負北。世界ランク19位のヒューイットだが、出場試合が圧倒的に少ないので、プレッシャーがかかった時に反射的にボールを追えないという大きな負の要因を作ってしまっている。足がついていかないのだ。1年の大半をツアーで磨いてこそ、大きな発見をし、勝利につなげていくことができる。大選手は実戦で磨かれていくのだ。
事実3:今の国際大会は、彼の能力を超えて動いている。彼のサーブは、十分な威力に欠ける。グランドストロークに相手を倒すほどの強さがあれば問題はない。しかし、彼のグランドストロークは、相手に致命傷を与えない。そして、追い込まれると、彼はあまりに守りの姿勢になっている。
「試合練習は、もっともっとしたかった。練習コートの上で、必要な時間をとって、練習しなければならなかった」と、アデレード国際の後反省の弁を語ったが、彼の技術は錆び付いているのだ。
事実4:彼の自信にも問題がある。キャッシュは言う。「たくさんの試合やトーナメントに出ていれば、プレッシャーにも慣れてくる。それに勝つ本能が自ずと働いてくる。それが第2の天性になる。本能的に、正しい時に正しいショットを打てるようになるのだ」と力説する。
「ヒューイットのようにある種カムバックした選手は、同点で決着をつけなくてはならない時、ブレーク・ポイントの時、あるいはストレスが溜まっている時にはやはり厳しいものがある。ぐっと踏ん張らねばならないし、いろいろな考えが頭をよぎる。常に自信をなくさないということは、難しいものだ」と言う。
事実5:体力が長続きしない。スラムは、肉体的な戦いであることを知ってほしい。いや、本当は知っているのだ。
ヒューイットは、ふくらはぎの負傷の回復の状態を100%ではなく、90%という数字で表したが、全豪オープンを前に、試合への体力づくりを数字で表すことは出来ないと述べた。「(勝ち上がれば)11試合連続のプレーが出来なくなるのではないかという精神的影響の方が大きかった。怪我で、全豪オープンに出場できるのかという精神的なショックが走った。最初の数日、涙が出て、どうしたらいいかと精神的に沈んだ。」と、ヒューイットは話した。
事実6:彼は、彼を助けようとしている人々から遠ざかっていく。それは、チーム・ヒューイットの面々があまりに過酷だったからか?ヒューイットを二つのメジャーの勝利に導いたダレン・ケイヒルやジェイソン・ストルテンバーグは切られ、ロジャー・ラシード・コーチとも後味の悪さを残して決裂した。
前コーチのラシードは、1月のアデレード国際でヒューイットが世界94位のイゴール・クニツィン(ロシア)に敗れた際に口論し、もうコーチを続けられないと判断し、ヒューイットとの離別を決意したようだ。ヒューイットのコーチを3年半務めたロジャー・ラシードが先週金曜日に突然解任された後、ドレイパーがコーチとサポート役を任された。
レイトン・ヒューイットは、記者会見で、3年半コーチを務めたロジャー・ラシードの解雇よりも、アデレード国際でふくらはぎの筋肉(1.5センチの筋肉裂傷)の負傷の方が、影響が大きいと語った。これは、ヒューイットの強がりだ。コーチの離脱で傷の痛みを乗り越えられなかったとみるべきではないのか。ヒューイットは、ラシード元コーチとは、いずれ修復できるだろうと語ったことが、それを裏付けている。
ヒューイットは、常にコーチとのつき合いが下手だ。例えば最近こういう例がある。ヒューイットが空港で自分の荷物を指さして、車まで運ぶようにコーチに命じた。コーチが首を振って使い走りじゃないと拒否したが、荷物を運ぶと、彼は溜飲を下げた。どう考えても傲慢なのだ。
事実7:もう一つの例だ。人生観というか、世界観というか、彼の心の問題だ。日本のジュニアの選手などが大事なポイントを決めた時に叫ぶ「COME ON!」は、ヒューイットの影響だと言われている。彼は以前から、コートマナーの悪さでテニス関係者から非難されることが多かった。前述の言葉を相手のミスショットにも使ったり、最たる例は優勝した2001年全米オープンの2回戦で、黒人選手ジェームズ・ブレーク(アメリカ)に対する問題発言などのトラブルを起こしたこともある。
この時は、ジェームズ・ブレークがコート上で真っ青になり、嘔吐した。すると、ヒューイットは「はらわたまで吐き出せ、この黒犬め(throw up your guts, your black dog)」(訳:北村が勝手につけた)とやってしまった。これも傲慢な例である。
ジェームズ・ライリー・ブレークは、アメリカ・ニューヨーク州出身の男子プロテニス選手。1999年から黒人のプロテニス選手として活動している。2006年11月20日付で、世界ランキングを自己最高の4位に上げた。
ブレークの名前が注目されたのは、2001年全米オープン2回戦での出来事だった。この時、対戦相手のレイトン・ヒューイットが試合中にサービスの「フット・フォールト」を黒人の線審に指摘されたことから、ブレークとその線審を交互に指差して、主審に暴言を吐いた。この発言をテレビカメラのマイクが拾ったことから、会場は騒然となった。ブレークが 4-6, 6-3, 6-2, 3-6, 0-6 のフルセットで敗れた試合の後、ヒューイットのマナーの悪さが物議を醸した。翌2002年の全米オープン3回戦でもブレークとヒューイットの顔合わせになり、ブレークは再び 7-6, 3-6, 4-6, 6-3, 3-6 のフル セットでヒューイットに敗れた。
事実8:ヒューイットだけがいつも悪いわけではない。彼のコーチは大変だ。彼の両親ともつきあわなくてはならない。ヒューイットは、今や夫で父親だが、両親は常に現場に来る。この家族は、コーチをコーチするのが好きらしい。
コートからコーチを揶揄するというヒューイット家の性癖がある。それが、ラシード・コーチの決別にもつながっていると言える。
事実9:さらに、成人になったヒューイットと父親のグリンの間の複雑な親子関係がある。
かつて、ウィンブルドンの試合の時に、ロンドンのアパートの自室にヒューイットはいた。そこに父親が入ってきて注意した。「気を付けろ、コーヒーテーブルの上に足をのせるな」・・・・ヒューイットは、親父に「邪魔するな」と言った。成長過程にある間は父親に干渉されているという認識がある。しかし、ヒューイットは、自立出来るほど成長したと思っている。そして、コーチはその狭間に入ってしまっている。
事実10:ラシード・コーチが、昨年のアデレード国際で、全国紙のインタビューを受けている時だった。ヒューイットは、ラシード・コーチに向かって、「ロジャー、行くぞ、今だぁ、インタビューをやめろ・・・・」
ヒューイットは、独占欲の強い男の上に、特に、活字メディアに敵意を持っているようだ。「ここ数年、自分には悪いことしか書かないから」と、彼は言うが、逆に、褒め言葉を集めた新聞記事は目にはいらないのかもしれない。
それはお粗末な言い訳にすぎない。マスコミが全部正しいとは限らないが、気に入らない記事を排斥するには勝つことだ。1998年、ヒューイットが16歳で全豪オープンにデビューした時、すでに彼はマスコミと口をきくことを拒んでいた。メディは敵であるという種(たね)は、この時には心の中に植えられていたことを証明する。
数年前のウィンブルドン大会で、一人のジャーナリストがヒューイットと一緒に連絡用バスに乗り合わせた。ジャーナリストが天気の話をした時に、彼の答えは、ただ一言「申し訳ない、ノーコメントだ」だったそうだ。
何か、こんなところに、勝利の道を閉ざしている大きな原因がありはしまいかと、私は考えるのだ。ヒューイットは、全豪オープンでの勝利に向けて、こんごとも自分で出来るあらゆることをするだろう。
しかし、それで彼が成功すると思う人がいたなら、それは再考した方がいい。彼に全豪オープンのタイトルを取らせたいと願う一人としては、このくらい言わせてもらいたいのだ。
posted by buruta |18:07 |
gensan |
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2007年04月20日
先日、BLUETAG(ブルータグ)のメンバーから教えてもらったスポーツカフェ6に、昨晩軽く飲みに行きました!
この場所は、今一緒にBLUETAGをやっているパートナーと初めて打ち合わせをしたころに入ったカフェ。 色々と縁があるなぁと思い出し中へ。
↓
↓
↓
と、誘導しときながら 店内の写真ないやんけ!
(何で撮ってへんねん)
代わりにこのカフェのサイトを紹介
http://www.sportscafe6.com/pc/index.html
スポーツ6紙共同開催の
期間限定(6/22まで)のカフェやそうです。
店員さんもみんなええ感じの人。
中は、テレビ画面がたくさんあり、この日は野球の全試合中継が複数画面で同時に見れる。天井付近には、カフェ店内をぐるりと電光掲示板テロップでスポーツニュースが。
で、注文したビールが出てくるのはちょっと遅い。(わざとか・・・)
一緒に行ったブルータグ新入社員は、つい数ヶ月前までバリバリの野球選手。
友達が複数の試合に出場していることもあり、俺の話は聞かずに大興奮。
南青山のカフェやのに、大声で「すんません!」 と店員さんを呼ぶ。
(大阪の居酒屋とちゃうんやから・・・)
ちょうど自分たちのテーブル右上が、阪神VS中日戦。
阪神は、大量リードも最後は逆転負け。
トイレに行って見たメッセージ。「スポーツの好きな国に生まれて良かった」
いやいや。まだまだやろ・・・
というのが正直な感想。
ただ、このような取り組みをされているスポーツ新聞6誌の皆様と協賛されているスポンサーの企業さん。
大変価値ある取り組みだと思いました。
期間中に何度かお邪魔したいと思います!
posted by buruta |08:48 |
buruta |
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2007年04月17日
スポーツ大国 オーストラリアの素顔 <上>より 続く
■サーフィング
名前がいい。レイン・ビーチリー選手。まさにビーチで活動するためにあるような名前。この分野でも、オーストラリアの活躍はめざましい。
2004年には、6年連続の勝利を収め、2005年も勝利して7つ目の栄冠。2006年は、ASP女子プロ・サーフィング世界選手権で予想外の記録で優勝。これは、サーフィン界の世界最高峰「ASPワールドチャンピオンシップスツアー」のこと。34歳の彼女。2007年は、また元に戻って、8回目のタイトルを狙う。
クーラム・ビーチのジョシュ・コンスタブルは、7月にコスタリカで開かれた「ASP男子ロングボード世界選手権」で優勝。キラ・スレウェリン選手は、10月にカリフォルニアのハンティングトン・ビーチでのISA世界サーフィング・ゲームで2年連続女子ボディ・ボード選手権で優勝。
2年毎に開かれる競技で、オーストラリアはタイトル防衛に成功したわけだが、彼女はその立て役者となった。
■ボート
8月にイングランドのイートンで開催された大会で、金メダル3つを獲得し、世界タイトルの記録に並んだ。
女子舵手無しフォーで、ロビン・セルビー=スミスさん、ジョー・ルッツ、アムバー・ブラッドリーさん、ケイト・ホーンジーさんの4人は、タイトルを死守した。セルビー=スミスさんとケイト・ホーンジーは、2005年からのコンビだ。
ダンカン・フリーさんとドゥルー・ジンさんの二人は、男子舵手無しペアで優勝、ブルック・パートリーさんとエリザベス・ケルさんの二人は、女子ダブル・スカルで優勝。オーストラリアに初めてこの競技で優勝をもたらした。
■スピードウェー
ジェイソン・クランプは、10レース中4レースに勝利。2ラウンドを残して、自己2回目の世界個人タイトルを獲得。初勝利は、2004年だった。
■スクォッシュ
デイビッド・パーマーは、昨年9月に行われたエジプトのカイロで行われた男子オープン・タイトルを獲得し(自己2度目)、ナンバー1の地位を不動のものにした。
このほか、昨年1月には、メルボルンのダブルス選手権で、3種目のうち2種目を制覇。アンソニー・リケットとスチュワート・ボズウェル組(男子)と、レイチェル・グリナムとジョー・ネイップ組(混合)が勝った。
■水泳
今回のメルボルンの世界選手権の結果はまとめていないので、昨年4月の上海での、第8回世界ショートコース水泳選手権の記録を基にするが、4月3日のシドニーでのプール・ミーティングで、オーストラリアの誇るリビー・レントンが、女性で史上初の100メートル自由形で53秒を切った。3月下旬のメルボルンの世界水泳選手権で出した自己最高、自己の世界記録を0.41秒早めて52秒99だった。層の厚さと選手の力量を感じる競技だった。
ところで、上海での世界水泳選手権では、オーストラリアは、12の金メダルを含めて、25個のメダルを獲り、メダル数でトップになった。
50メートル自由形、100メートル自由形、50メートルバタフライのリビー・レントン。50メートル背泳ぎ、100メートル背泳ぎ、50メートルバタフライのマット・ウェルシュ。この二人が、各種目で金メダル。それに50メートル平泳ぎでジェード・エドミストーン。100メートル個人メドレーでブルック・ハンソン。200メートルバタフライでジェシカ・シッパーが、金メダル。更にリレー競技で男子100メートルメドレーで男子4人。女子100メートル・メドレーで4人。女子200メートル自由形リレーで4人が、金。
レントンは、FINAから最優秀水泳選手としてFINAトロフィーを獲得した。
9月にイタリア・ナポリで行われたオープン・ウォーター(遠泳)世界選手権では、ジョシュ・サンタカテリーナが男子25キロ競技で優勝した。
■トライアスロン
昨年9月、ハワイのアイアンウーマン選手権で優勝したミシェル・ジョーンズさんは、1994年の男子の部でグレッグ・ウェルチが優勝して以来、オーストラリア人としては二人目の優勝者となった。37歳。
スポーツ以外で興味のあることは?と質問されたジョーンズさんは、「料理、芝刈り、乗馬」と答えた。彼女にとってスポーツ以外のトライアスロンなのか?
2006年には、他に3人が、トライアスロンの世界タイトルを取った。エンマ・スノウシルさんは、8月にスイスのローザンヌで優勝した後、3つのオリンピック級の距離の競技に、女性として初めて勝った。クレイグ・アレキサンダーさんは、フロリダの第1回ハーフ・アイロンマン選手権で優勝。ビクトリア州のレオン・グリフィンさんは、7月のカナダのコーナー・ブルックで行われたデュアスロン男子の部で優勝。
【説明】デュアスロンとは、複合競技の一種で、第一ラン(ランニング)、バイク(自転車ロードレース)、第二ラン(ランニング)を順に行い、所要時間、順位を競うスポーツ。
■水中競技
オーストラリアは、昨年8月、イングランドのシェフィールドで開かれた水中ホッケー選手権で、8回目の女子タイトルを取った。
でも、こんな事故もある。
2004年の3月だったかな。オーストラリアのパースで、水中ホッケー(オクトプッシュと通常呼ばる)の選手が水中でどれだけ長く息を止められるかに挑戦、そのまま死亡したとのこと。事件当時、死亡したショーン・ジョーンズ君(18)はその日に予定されていた水中ホッケーの試合がキャンセルされた為に友人と練習をかねて、プールの浅瀬で水中での息止めに挑戦。警察の調べでは、ジョーンズ君が水中にもぐってから4分が経過するもまだ顔を上げないため、友人が潜って調べたところ、ジョーンズ君は水中でそのまま意識を失っていたという。その後ジョーンズ君はすぐに引き上げられてヘリで病院に搬送されたが、そのまま死亡したとのこと。
■ウォーター・スキー
ネリッサ・ライトさん(女子オープンスラローム)とジョディ・シャーウッドさん(女子オープン・トリック競技)は、昨年9月のワシントン州シルベラド湖での恒例の素足世界選手権(スキー板なしの裸足でする)で、金メダル獲得。
■サーフ・ライフセービング
ライフセービングはイギリスで発祥し、長い海岸線を持つ植民地オーストラリアで独自の発展を遂げ、それが各国に導入され、現在にいたる。1894年 - 英国植民地オーストラリアに「ライフセービング協会」の支部がニューサウスウェールズ州に置かれた歴史がある。
2006年の2月、世界サーフ・ライフセービング選手権レスキュー2006(2年毎の開催で、再びゴールドに輝いた。今回は、自国での開催。ビクトリア州のジーロングとグレート・オーシャンロードのローン。海岸での競技で13個の金メダルを含めて、ナショナル・チームの競技で14個の金を獲得するというゴールド・ラッシュ。
ネイサン・スミス(男子サーフ・レース、サーフ・スキー・レース、アイアンマン)。クリスティ・マンロー(アイアンウーマン、女子ボードレース)。クリスタイル・スミス(女子サーフ・レース)。アビ・ルータス(ビーチ・フラッグ)。ゼイン・ホームズ(男子ボードレース)。ホームズとスミス(男子ボード・レスキュー)。マンローとクリスタイル・スミス(女子ボード・レスキュー)。クリスタイル・スミスとウィンザー(女子ビーチ・リレー)。このほか、女子エスキュー・チューブ、女子太プリン・リレーで、金メダルを獲得した。
この競技で、プールでのオーストラリア唯一の金メダルは、緊急対応チームに。
そして、オーストラリアは、国別総合成績でアラン・ウェルプトン杯を引き続き受賞。
ライフセーバー 心得9箇条というのが、日本のBACK WASHサーフライフセービング・クラブのサイトを見ていたら出てきた。
ライフセーバーは空気のような存在であるべき。
ライフセーバーは謙虚な気持ちを持つべき。
ライフセーバーはどんな時でも冷静に対応するべき。
ライフセーバーは強い責任感を持つべき。
ライフセーバーはトレーニングを怠らないべき。
ライフセーバーは法律を重んじるべき。
ライフセーバーは人に見られていることを自覚するべき。
ライフセーバーは命をもっとも大切にするべき。
ライフセーバーは仲間を大切にするべき。
まさに、東洋的と言うべき。文字に表すか、心の中で感じているかは、東洋と西洋の違いなのか。こういうモットーは、まず西洋ではみられない。
【説明】アイアンマン・レース: サーフスキー、パドルボード、スイムでそれぞれ沖合い、200m、160m、120mのブイをまわって速さを競いあう。トランジットはすべてラン。競技前にくじ3種目の順番を決めるのが特徴。
ビーチ・フラッグズ:海岸で後ろ向きにうつ伏せになり、20メートル離れた地点に競技者より少なく置かれたホースチューブを取り合う。
posted by gensan |14:36 |
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2007年04月13日
オーストラリアはスポーツ大国ですね とよく言われる。
言われた時に「そうなんですよ」とは答えるものの、では、どこがスポーツ大国なの?・と聞かれると、そこで会話が途切れる人が多い。
この私のコラム自体が、スポーツ大国オーストラリアを書いているつもりだが、では、スポーツ大国と言われる一端を書いてみよう。
オーストラリア人は、パンチを加え、ペダルを漕ぎ、歩き、ドリブルし、泳ぎ、波の上で苦闘して、栄光につなげていっている。
■バスケットボール
ロシアのバスケットボールの選手が準決勝でアメリカを下して、優勝への最大のハードルを越えたと、その瞬間、誰もが思った。昨年のブラジル・サンパウロでの世界選手権。
だが、彼女らの前に立ちはだかったのは、オーストラリア・オパールチームだった。オパールズは、接戦の末に、ロシアを91-74で破って、初めて世界選手権のタイトルを勝ち取った。
1996年以来、オリンピックでも、世界選手権でも、ちょっとしたメダルにすらありつけなかった彼女ら。オパールズは、この勝利で、自国のバスケット競技歴に大きな風穴をあけたのだった。
■ボクシング
アメリカ生まれのオージーのボクシング選手、ヴィック・ダルチニャン選手は、IBF(国際ボクシング連盟)とIBO(国際ボクシング機構)のフライ級世界選手権で、2006年に3度も防衛に成功した。彼は、オーストラリアでは、リングの王様と呼ばれている。
2006年の3度目の防衛戦となった、10月のラスベガスでの一戦は、グレン・ドネアとの戦いだった。
ガリー・セントクレアは、昨年の7月南アフリカのカシウス・バロイから、IBFのライト・フェザー級のタイトルを奪った。しかし、11月に行われた最初の防衛戦ではマルコム・クラッセンにタイトルを奪われた。
タイトルの寿命は98日間で尽きたが、オーストラリアのボクシング世界タイトル保持の最短期間のロビー・ピーデンの記録を更新してしまった。
“荒くれ者“シャロン・アニオスは、WBCの女子フェザー級世界タイトルの防衛に2回成功した。相手は、コンスアイ・デスコタイ選手だった。
■クリケット
オーストラリア男性チームは、ICCテストとワンデー世界選手権のタイトルを保持している。これは年間を通じての結果で評価される。
■サイクリング
昨年の4月、フランス・ボルドーの世界選手権・決勝で、わずか0.0036秒差で、イギリスを破り世界の王者に返り咲いた。活躍したのは、ピーター・ドーソン、マシュー・ゴス、マーク・ジャミーソン、スティーブン・ウールドリッジの4選手である。
オーストラリアは、団体戦で、過去5つの世界タイトルのうち4つに勝っている。
昨年8月、ニュージーランドのロトルアで行われた世界マウンテンバイク世界選手権でも、オーストラリアは男子ダウンヒル・ワールド・チャンピオンに輝いた。
■体操
郵便局のパートの配達係、フィリップ・リッツォさんは、昨年の10月、デンマークのオーフスでの選手権で、鉄棒で、オーストラリアに初めて金メダルをもたらした。2001年では、リッツォ選手は銀メダルだった。
■モーターサイクル
MotoGPで、不毛の3年を味わったトロイ・ベイリス選手は、スーパーバイクで復帰し、昨年10月イタリアのイモラで開かれた世界選手権で、自身2度目の世界一の座を獲得した。ベイリスは、すぐニュー・サウス・ウェールズ州タリーの母親に電話した。「お母さん、やったよ。」
2001年には、初めての世界選手権を獲得している。
■オリエンテーリング
20歳のタスマニアの医学生ハニー・オールストンさんは、昨年8月のデンマークでの世界オリエンテーリング選手権の女子3000メートル競走で、スイスの好敵手シモーネ・ニッグリ=ルーダー選手を破り優勝した。シモーネ・ニッグリ=ルーダー選手は、10回の世界選手権に輝いた人だった。
オリエンテーリングの世界選手権の3000メートル競走で、ヨーロッパ以外の選手が優勝したのは、彼女が初めてであり、同じ年に、ジュニアとシニアのタイトルを取ったのも初めてだった。
■コート・テニス
ロブ・フェイヒー選手は、昨年4月イングランドのオックスフォードシャーで行われたリアル・テニスの世界選手権男子シングルスで8回連続の優勝を飾り、エッチェバスターのもっていた長期個人記録を破った。
フェイヒー選手の記録は1994年から始まった。翌年も優勝。世界選手権は、1996年から偶数年に行われてきた。
■ロゲイニング
注目のニュー・アウトドア・スポーツ“ロゲイニング“は、1976年に、オーストラリアで始められた。 これは、24時間型の長距離クロス・カントリーの競技だ。
2006年10月にシドニー北西のクーナバラブラン近くのワールムバングル国立公園で行われた第7回世界選手権で、ヒーサー・ロギー選手とジュリー・クイン選手が世界選手権の女子タイトルを取った。
■ヨット
オーストラリアは、ヨットの世界選手権の11種目で上げ潮に乗っている。オーストラリアは、4年毎に開かれるISAF(国際セーリング連盟)の世界ヨット・ゲームでは、3つの金メダルを含めて好成績を残した。その3つの金メダルとは、ネイサン・ウィルモットとマルコム・ページ(470級)、ダレン・バンドックとグレン・アシュビー(ホビー・タイガー)、トム・スリングスビー(レーザー級)だ。
他の世界選手権での勝者は、11メートル級でスティーブ・マッコナギー、マイケル・スパイズ、ドウグ・マクゲイン、ニック・ジョンストン。女子規定のウィンドサーフィンでアリソン・シュリーブ。男子規定ウィンドサーフィンで、スティーブ・アレン。ホビー・ドラグーンでジェイソン・ウォーターハウスとチェイス・ルーラティ。A級カタマランでグレン・アシュビー。レーザー級でマイケル・ブラックバーン。レーザー・マスター級で、ブレット・ベイヤー。バンドックとアシュビーは、トルネイドー・カタマランのタイトルを取った。これは、バンドックにとって、過去9年間で5つ目のタイトル。
2007年 オーストラリア セーリング・チーム
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