2006年07月31日
シドニー西部にダリッジ・ヒル(Dulwich Hill)というところがある。
ついでに言っておきたいが、ダリッジ・ヒルと書くと、必ずダリッチ・ヒルではないか?
と余計なことを言う人がいる。これは断じてダリッジ・ヒルなのである。
私が、イギリスのBBC(英国放送協会)に勤務している時に、発音・読み方をしこたま教え込まれた。ところが、迷惑なことに、結構学問を修めた人でもこういう指摘をしてくる。
何年か前に、ご当地シドニーで有名な通訳と話をしている時も、訂正がきた。
標準時間の基点となるロンドンのグリニッジ (Greenwich)は、
誰が何と言っても絶対にグリニッチではないのだ。
青梅が「おうめ」であり、石和が「いさわ」と呼ぶのと同じなのだ。
で、まあ、それはともかくも、このダリッジ・ヒルにアングリカン教会がある。
その由緒ある教会在住のデイビッド・スミス氏とその妻アンジェラさんが
彼らが感謝していることの一つ・・それは、教会には、彼らがわずかに
“人に身を隠す”ことの出来る秘密の屋根裏部屋があることだ。
「教会に住むことは、シドニーの中央駅に住むのと同じ事だ」と、スミス神父は言う。
「つまり、ある人は道路からふらっと入ってきて、居間に立ちつくす。この家から何かを失敬していく人。
話をしたがる人。待合室と思いこんでしまう人。そう病院の待合室のように、ね。
ここが、人の家だということに、人はなかなか気づかないんです」とにかく、
神父が教会の私邸部分の屋根裏部屋に逃げ込む理由は、こういう諸々のことがあるからだ。
デイブ神父は、1990年12月にこの教区を受け継いだ。
それ以来、妻と3人の子どもとともに、この教区牧師の家に住んでいる。
家は、1890年代に水夫のために建てられた建物で、20世紀の初めに、英国国教会が買い取った。
特徴の一つは、屋根の上に、ウィンドーズ・ウォークといって、水夫の妻が、
岬から入ってくる船を眺めた場所がある。ここからは、サマー・ヒル越しにイタリア人の
町ライカート、アンザック・ブリッジ、ハーバー・ブリッジが望め、有名な大晦日恒例の花火も一望のもとだ。
しかし、このところ、デイブ神父は、大晦日はボクシング・リングの中で迎える。
1990年代半ば、神父はもうちょっとでニュー・サウス・ウェールズ州の
ライト・ミドル級のタイトルを失うところだった。
1996年に、神父はプロに転向。プロになって最初の勝負は、引き分けだったという。
それにしても、プロに “ドロー”はありなのか?
「私は、ユースセンターの運営資金獲得のために、戦わなくてはならないのです。
これまでボクシングで5万豪ドル(約430万円)を獲得しましたよ」と神父は言う。
今でも、時々リングに上がっては、ユーセンターの運営資金をひねり出す。
いや、ひねり出すというよりは、殴り出す・・という表現がぴったりか。
中年に近いせいか、引き締まった体とは言いにくく、少し腹が出ている。
ある時に、元オーストラリアのラグビーリーグの選手でボクサーに転向した
アンソニー・マンダインを、ぼこぼこにやっつけた。
ユースセンターは、教会の向かい側にあって、教会のものだ。
このユースセンターで、神父とスタッフは、地元の10代の若者に“護身術”を教える。
「私は、資金難のこのセンターが閉鎖されないように、戦っています。
だから、ファイトマニーを稼ぐために、今“仕事”を探しているんです」と。
何事もそうだが、相手がいないと試合にならない。つらいところだ。
この神父・・聖書のどの部分をよりどころに、ボクシングをしているのだろうか。
グラブで相手選手を殴るのも、ユースセンター保存のため、ひいては人のため・・・。
ごめんなさいと心に言いつつ殴るのか・・それでは勝てない・・・。
デイブ神父は、アメリカのアニメ番組、「ザ・シンプソンズ」が大好きだ。
シンプだからか?
しゃれてる場合じゃない。1987年にアメリカTV界に登場した例の長寿番組だ。
教会に私邸部分の壁には、『シンプソンズ』の登場人物であるホーマー・シンプソンが、
へまをしたことに気付いた時に使う「ドー」という言葉も壁に貼ってある。
2001年6月に出されたオックスフォード英語大辞書のオンライン改訂版に、
「ザ・シンプソンズ」でホーマーが頻繁に使う「ドー」(原音はd'oh!)が掲載された。
同改訂版によれば、「ドーとは、いらだちを示す表現。物事が悪い結果になったり、
予想を裏切られたり、自分が馬鹿げた言動をしたと気づいたときに使う」などとある。
一見普通の家族なのだが、実はとてつもない個性派揃い。
スプリングフィールドの町でひとつ事件が起きるとそれをシンプソン一家が大騒動へとパワーアップ。
そんな一家を、自分の人生に重ねているのだろうか。
それともやはり、そこここで語られる家族愛に魅力を感じているのだろうか。
はっきりしていることは、ホーマー・シンプソンは、ボクシングをしない。
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2006年07月14日
ドロシー・ドゥ・ローさん。シドニー空港に近いハーストビルに住むご婦人。
今年95歳。ドイツに行って来た。
孫もいて、れっきとしたおばあちゃんである。
この年齢で、この時期にドイツに行ったというと、やはりサッカー・ワールドカップの応援ですか?
と質問したくなるところだが、おっとどっこい。話は聞いてみるまでわからないもの。
卓球の国際試合の選手権に、観客としてではなく……、選手として出場したのだというから驚く。
ドイツ北部ブレーメンで開催された世界ベテラン卓球選手権出場選手中、最高齢者だったのだ。
オーストラリアから参加した80人の選手にまじって堂々の出場だ。
シドニーにいる息子のピーターが驚いた。ヨーロッパ、インド、アメリカのテレビ、
ラジオ、新聞が、ドロシーおばあちゃんを追いかけてインタビューしたからだ。
息子ピーターによれば、ドロシーおばあちゃんの元気の源はこの卓球だという。
息子の嫁さんがスイス大会の時に、試合を観に行って、そのエネルギーに驚いたという。
週に3回、オリンピック施設のあるホームブッシュ・ベイで試合に出場するほどの卓球好き。
20年間も息子を相手に腕を磨き上げてきた。他の事には目もくれずに、卓球一筋だ。
ご主人は21年前に亡くなった。結婚生活52年の時だった。
まだご主人が生きている時、庭に照明設備を作って、近所の人とも卓球に興じたという。
“卓球界”に入ったのも若くしてからではなかった。50代で好きになった彼女。
でも卓球歴はもう40年を誇る。その競技歴は華々しい。
1992年のダブリン大会で、80歳以上の世界選手権で見事優勝。
1989年のニュージーランド大会では、60歳以上の女子ダブルスで優勝。
1990年のボルチモア大会では、女子ダブルスで優勝。
これまで9つの国際試合を制して、金メダル13,銀メダル18,銅メダル17が燦然と輝く。
そして、何にもまして最も輝いているのは、彼女の目である。
ドロシーおばあちゃんは、卓球界に入るまでは、海外旅行などしたこともなかった。
ただ、普通の綿工場で働く普通の女性だった。ニュー・サウス・ウェールズ州卓球協会会長の
テッド・デイビス氏は、「大変なユーモアの持ち主です。何か言葉をかけると、見事に打ち返してきますよ」
同協会に加盟している400人の選手の中で、一番強力なのが70代以上の選手だというから頼もしい。
「彼らは負けるのが嫌いなんですね」と、会長。
そうだ、負け人生はいけない。協会の事務局長キャロル・カウリーさんは、
「ドロシーの強さの秘訣は、何事にも積極的なこと、人がするものが好きになれること。
彼女をみてごらんなさい……95歳にみえますか?」という。
そして、シドニー・オリンピックが開催された2000年。5万人弱のボランティアが
オリンピックのために陰に陽に活躍したのだが、彼女は最高齢のボランティアだったからうれしい。
人が力を貸してくれる年齢に、「人のために動く・・・」この一念が、彼女をますます輝かせる。
ある卓球の国内大会での休憩時間に、
競技主催者がドロシーおばあちゃんをコートに連れ出して一戦を交えた。
会場のお客さんは、オージー、オージー、オージーと言う代わりに、「ドティー! ドティー! ドティー」
と声を出して応援した有名な話が残っている。
オーストラリアも若い国と思っていたが、平均寿命は80・39歳と、急速に長寿国の仲間入りだ。
そういう状況の中で、尊敬すべきことは、彼女がこの年で未だ地域社会で奉仕活動をしていることである。
卓球を通じて、ガン研究のための募金を集める。
2週に1回は、病院に入院している“ご老人たち”を見舞うのである。
見舞われる多くの“お年寄り”が、彼女よりも若いのである。
彼女に言わせると、「70代はまだ子ども」だそうである。年齢を超越する心の若さ。
卓球が病魔を寄せ付けない。しっかり握ったラケットが、ピンポイントで病魔を跳ね返す。打ち返す。
だが、彼女の人生は、決して順風満帆ではなかった。1983年に、最愛の娘を乳ガンなくした。
彼女がガン研究の基金に協力するのは、ガン撲滅を実現したいという強い気持ちの表れなのである。
オーバーな表現かもしれないが、やはり人生は戦いだ。戦い続ける中に、自身の向上がある。
幸福の軌道があるように思えてならない。
前に進もうという意欲+人のために働こうという善の気持ち=勝利の人生をもたらす。
ピン球の、続けるラリーに、託す夢……もしかすると、
100歳で優勝も決して夢ではない……と、私は確信し始めた。(了)
posted by gensan |03:21 |
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2006年07月12日
それでは、早速紹介します。
名前: 北村 元(きたむら はじめ)
生年月日: 1941年9月10日
出身地: 大阪市
性別: 昔は男 今は老人
ブログ: Weekly Go 豪
使命 :
世界の弱者のために動く。ベトナムの枯れ葉剤被害者の支援に動いて17年。バンコク支局長時代は、
タイ国王の王母殿下のお力で、義足財団を作りました。
もっと若い時は、テレビ朝日のアナウンサーとして、女子プロ・ボーリングの誕生から黄金期を中継。
腕前? インストラクターの試験にパスしました。
後はゴルフを中途退学して、毎日5キロのウォーキング。後はスポーツは見るものと割り切ってます。
特徴: とにかく行動。行動しない人は好きでないです。
性格:
弱いものひいき。若い時に韓国語を勉強したように、マイナーびいき。
今またベトナム。
そして、カンボジア。ネパール。
好きな食べ物: タイそば。タイスキ。
尊敬する人: 汗を流す人。誠意のある人。マイナーを押し上げようとする人。
普段は?: ジャーナリストですから、考え、そしてものを書く。
得意技: 韓国の歌。ハングンノレ。
座右の銘: 一人が風を起こせば嵐になる。
早速、ブル太の仲間として、オーストラリアより、
「おばちゃん、ここまでやるかぁ」 というエネルギー溢れるブログを投稿いただきました。
posted by keni |22:47 |
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2006年07月11日
「おい。ブル太! お前また地球とか重たい話ちゃうやろな?」
「ちゃうちゃう。 地球は英語で EARTH カタカナで書くとかなり発音変わるけど、一応 アース」
「で・・・?」
「日テレでサッカーアースって番組やってるやろ。あの司会者してはるGAKU-MCってブル太友達やねん」
GAKU-MCは、番組でもBLUETAGリングをつけてくれている。
そして、番組のイメージソングは、サッカーつながりだったミスチルの桜井さんとコラボで作ったらしい。
タイトルは、 「手を出すな!」
と言われても出したくなるようなセクシーなジャケット。。。
そんなGAKU-MCとの初対面は、フットサル。
そして、その後、飯に行くことに。
食堂風のお店に入って、各自注文。 焼き魚系の定食を頼む・・・・
と、そこに突然 GAKU-MCのラップ調の 通りのええ声で、
「追加で、ナットゥー!」
(・・・ おい、 ナットゥーって・・・ 俺まず食われへんし、
お店のおばちゃん素で 「あ、納豆ね」 ってリターン軽すぎるし・・・
とは言っても初対面の大物を前に 「GAKUさん、ナットゥーはアカンやろ?」
と突っ込むわけにもいかんし・・・・)
と「沈黙」 という選択肢をとったことが強く記憶に残っている。
GAKU-MC
黒がお似合いでフットサルも黒で揃えて、ワンポイントは、白のハイソックス。
5メートルほど離れていると、ちょっと高校生みたいに見えるぐらい、動きも格好も若々しい。
こんなGAKU-MCは、一世風靡をした有名人にも関わらず、
謙虚で誰ともフラットに話をしてくれるめっちゃええ奴。
GAKU-MCを紹介してくれた、しんちゃんも これまたええ奴。
ビジネス界で活躍するしんちゃんの緻密な計算なのかと思わせるほどの、
オチのある珍プレーにはいつも相手も爆笑。
しんちゃんの同僚で、もともときっかけをつくってくれた しまださん もめちゃめちゃええ奴。
ブル太とブルータグはホンマにええ奴に守られてる。
そんなブル太の仲間たちをこれから少しずつ紹介していきたい。
そして、仲間にもこのブル太のブログに参加してもらいますんで、皆さんよろしく。
ブル太@HOME
posted by buruta |15:40 |
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2006年07月05日
今朝4時起床。
昨晩は、会食でお酒も飲み帰宅も遅く2時間半ほどしか寝ていないので眠い。
開催国ドイツ VS イタリア キックオフ。
というか厳密に言うと目覚ましコールに俊敏に対応できず、10分ほどベッドで 弱い自分に負けた為、
最初の5分を見過ごしてもた… (アカン、アカン) 。
試合が始まったしばらくするとテレビ画面に速報が…。
「北朝鮮 ミサイル発射!」 ……はぁ?
「な、何してんねん。あほちゃうか!?」
その後も、発射したため、俺の50インチのサッカー観戦テレビが速報ニュースのために、
上と左のスペースがニュース用にハイジャックされ、40インチに縮小。
「おいおい… やめてやー」
ハーフタイムのニュースとかを見る限り、北朝鮮は日米と交渉の場につきたいらしいが、
その手法の古さと愚かさ… イタリアの選手が得意とする豪快なダイブや
ファウルをもらう演出と重なったのは俺だけか…
今の時代、そんな古臭い演出をしても今回のW杯の審判はレベルが高く、
一切無視。 場合によっては逆にシミュレーションでファウルを取られる。
と考えると、今回も北朝鮮は、無視されるか逆にさらにキツイ経済制裁を執行されるかのいずれか…
今回、イタリアのテレビ局の密告でドイツのフリンクスが出場停止になった記事を読み、
サッカーは、ある意味代理戦争のような印象を持ってるなぁと感じた。
サッカーのみならず、スポーツが、世の中で最も激しい戦いであり争いであるとええなぁと思わへん?
ミサイル1個つくる予算で、どれだけのサッカーボールができるやろか?
そのサッカーボールがもっと多くの子供たちに届けば、
次の時代のペレやマラドーナはもっと出てくるんとちゃうやろか?
地球というボールは、宇宙空間からすれば、サッカーボールどころか、
塵にもならないほど小さな存在。
昔ある本で、仮に地球が鉛筆で点を書いた大きさとして例えると…
「一番近い星、月はどこでしょう?」
⇒ その点から1.5cmほどのところ、
「ほな、太陽は?」
⇒ 約6mほどのところ、
そして、(確か金星)が、まぁまぁ遠いところで・・・(すごいアバウト!)
「天の川はどれぐらいや?」
⇒ な、何と1,500kmも離れたところにあるらしい。
もう一度言うけど、地球がわずか直径0.5mmほどの 「・」 やとして・・・・
で、まだ宇宙は我々人間には把握しきれていない未知な世界なわけで、
今こうやって我々が息を吸ってそこそこ適切な気温や自然環境の距離を
太陽などそのの星と保てているポジショニングは、まさに絶妙。
イタリアの1点目の 「ここしかないやろ!」 という感じ。
(個人的に点を決めたグロッソは嫌いや!
アイツ、俺の愛するオーストラリア戦 で、最後にセコイPK取りやがった)
で、そんな小さい星やのに、愚かな男たちは、それを何回も破壊できるだけの無意味な爆弾をつくり、
その星に住む仲間であるべき人間同士を殺し合い、環境を破壊している。
あほとしか言いようがない。
そんな小さい星やのに、国境があり、極端なまでの貧富の差があり、パスポートがないと隣の国に入れない……
あほらし。
こんな、あほらしぃ星にも、「スポーツ」という素晴らしい文化がある。
世界共通で感動でき、共有でき、環境を大切にしようと取り組める文化。
空気がきれいじゃないと、ピッチがないと、水を大切に…… などなど
「当たり前やろ」ということに真剣に取り組まなければいけないほど、この星を、我々の弱い心が壊してきた。
BLUETAGプロジェクトが、世界共通の素晴らしいスポーツ文化を浸透させる一助になれれば。
地球のBLUE、この星どこにいても見れるBLUE SKY。価値あるものを表す印(タグ)みんなと「タッグ」を組んで。
そんな経緯でBLUETAGプロジェクトは生まれました。
そして、紹介遅れましたが、私 ブル太 もこのプロジェクトの商標登録と同じ日に誕生して、いよいよBLUETAGサイトデビューです。
「おい!ブル太! オモタイわ いきなり」
「え? オモロイ?」
「いや。 重たい・・・話が・・・」
「堪忍。堪忍。 ミサイルじゃなくて良く弾むサッカーボールのように。
これからはもっと軽めにいきますんで、皆さんよろしく」
ブル太@青山一丁目
Posted: keni : 2006年07月05日
posted by keni |20:15 |
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2006年07月01日
名前:ブル太
生年月日:2006年1月13日生まれ
出身地:南半球
性別:男らしい?
使命 :日本のスポーツ文化の発展。とりわけ、あんまり注目されていないスポーツの
「本当の面白さ」をみんなに伝えること!
特徴:興奮するほど関西弁、いつも薄着、スポーツ万能、態度がでかい、
スポーツに関する知識豊富……ゆえに聞けば必ず答えてくれる
性格:熱血タイプ、おせっかい、マイナー好き、涙もろい、真っ直ぐ、負けず嫌い、
人とコミュニケーションをとるのが大好き
好きな食べ物:たこ焼き
尊敬する人:マイナー領域な人ほど尊敬、がんばっているアスリート
普段は?:スポーツ観戦、もちろん自分でも。
得意技:リフティング、大阪弁なまりのオーストラリア英語
座右の銘:意志あるところに道はある
posted by keni |10:18 |
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