2007年11月30日
脳梗塞で現在入院中のオシム監督の後任に、どうやら98年W杯で日本代表を率いた岡田武史さんの就任が濃厚だという報道が流れています。
オシム監督の病状が病状だけに、監督が交代することは想定しておりました。また、これまでの協会の方針から後任人事を考えてみた時、たぶんこうなるだろうなという思いがあったので、驚きにには値しませんでした。
岡田さんの就任に関しては、他のブログでも賛否両論分かれているようです。
しかし以前の記事にも書いた通り、「監督依存」の激しいこの国の国民性を考えた時、前任者が残した影響はあまりにも大きく、その影を振り払うのはしばらく困難だと思います。そうした困難を承知して、かつ協会の少ない選択肢に入ってしまったばかりに就任することになったことを考えると、私は今の時点で「未来の代表とその代表監督」を批判することはできません。
それにしてもここ数年、代表監督の交代が何回かあったわけですが、その度に常々思わされることがあります。
それが先述し、かつタイトルにもある「協会が持っている代表監督の選択肢」です。
これが、実はとてつもなく少ないのではないかと感じています。
とりわけ疑問に思うのが、以前も少し書いたのですが、JFAが「日本サッカーに精通していること」「日本人のメンタリティを理解していること」など、日本に詳しい人物であることを代表監督の大きな条件に据えていることです。
この条件で、いったいどれだけの様々な国々の優れた指導者が選択肢から外れていくのしょうか。
確かにそういう指導者なら就任直後のアドバンテージはあるかもしれません。
また、今回のような緊急避難的な交代の場合のエクスキューズとしては、まだ許容できるような気がします。
それに日本に限らず、代表チームの活動日程というのは非常に少なく、チームをつくるための時間がクラブチームの監督に比べてはるかに少ないというのも事実であり、短時間にメンバーを掌握するためには件の条件があった方がいいのかもしれません。
イビチャ・オシム監督は、こういった点ではまさに最適の指導者であり、しかも幸運なことに、彼は前任者と異なり、日本以外の国々で、代表でも、クラブでも、監督として豊富なキャリアを持っていました。
しかし、正直に告白しますと、彼が日本代表の監督に就任すると聞いたときに私が抱いた最初の感想は「何でそんなに急ぐ?」(そしておまけとして「J軽視か」)というものでした。このことは掲示板に延々と書いた記憶があります。
あのような「惨敗」の後だっただけに、もっと慎重に、そして豊富な選択肢の中からじっくり選んで欲しいと思ったのです。
今の日本に何が足らないのかを分析して、それを的確に補ってくれる人はいないものか、と。
オシム監督のような人物が日本にいたことはまことに幸運だったと思うのですが、こうした幸運がそうそう続くわけもありません。
外国人の指揮官を雇っている代表チームも多いと思うのですが、その国のサッカーに精通している、という条件を重視した国々が必ずしも結果を残しているわけではないと思うのです。
逆に、その国のことを知らなくても結果を残した監督の名前だって、皆さんだって何人か思い浮かぶのではないでしょうか。
また、そういった「日本に詳しい」と思われた人物が、敗戦のエクスキューズに「身長が足りなかった」と言って、私たちを失望させたこともありました。
JFAの面々も、海外の協会との交流などがあるのでしょう。
そういった場で、海外の指導者とのふれあいの場もあったりするのでしょう。
実際に視察してみて、この人は日本のサッカーに合いそうだな、という指導者もどこの国にも1人2人くらいはいるでしょう。
そういった人物をピックアップし、いざ代表監督の選考、という際に、選択肢に加えるといったことも可能でしょう。
隣の国のように、とりあえず誰もが知るような大物監督を呼んで来いと言っているわけではありません。
ただ「選択肢が狭すぎやしないか?」と言いたいのです。
今回のことは、私も「仕方がない」で済ましましょう。
ただ、前述の選択肢をあらかじめ広げておけば、こういった事態にももう少し柔軟な対応ができたのではないか、と思うのです。
それに、色々な国の指導者とパイプを太くしておくことは、JFAにとっても決して損にはならないはずです。
そういった指導者に、日本の若い指導者がついて研修を受けたりすることで、指導者の育成にも一役買うことになるかもしれません。
今回のことを踏まえて、協会には代表監督の選考基準というものを、もう一度考え直してもらいたいものです。
岡田さんだって永遠に監督を続けるわけではないのです。
次の監督交代がいつになるのかはわかりませんが、その交代の際に、もう少し幅広い選択肢のもとで選考がなされることを強く願います。
posted by bunchousann |05:35 |
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2007年11月26日
先程、南アフリカのダーバンで行われた各大陸のW杯予選のドローで、日本のアジア3次予選の対戦相手国が決定しました。
バーレーン、オマーン、タイ……喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、日本はこの3カ国とはジーコの時代に対戦した経験があります。この3カ国とは全て2004年のアジアカップで対戦している上にオマーンとは前回のドイツW杯1次予選で、そしてバーレーンとはドイツW杯最終予選でも対戦しているわけでして、何となく当時のことをちょっとだけ思い出してしまいました。
バーレーンやオマーンにはずいぶん苦しめられましたが、比較的最近に対戦があるということで、アウェー戦に臨むにあたっては現地のデータなどもまだ使えるものが協会にも残っているでしょう(まあそれは相手も同じでしょうが)。一応以前は何とか勝利を収めたわけですし、ここはポジティブに考えたいところです。
そのアジア3次予選でおそらく最大の激戦区になりそうなのがもう皆さんの見解が一致する通り、グループ1だと思われます。
それにしてもオーストラリアにはツキが感じられませんね。オセアニア連盟からアジア連盟に転籍して早速行われた北京五輪のアジア2次予選でもイランやサウジアラビアと同居していましたが、ここでも強豪揃いのグループに入ってしまい、予選の序盤から消耗を強いられそうです。
アジアのドローに続いて、北中米・カリブ海の予選、さらに多くの人が関心を持つであろう欧州の予選の組み分けも行われ、こちらはユーロでの予選敗退が記憶に新しいイングランドが、因縁の相手クロアチアと今度はW杯予選の同じ組で相見えることになりました。
ユーロの予選、そしてW杯の予選での因縁といえば近年ではオランダ、チェコをどうしても思い出してしまいます。この2カ国は2004年のユーロ予選、ユーロ本大会、そして2006年のW杯予選とひたすら同じ組で戦い続け、仲良く勝ち抜けてきたわけですが、イングランドとクロアチアの因縁はどこまで続くのでしょうか。同じグループにはウクライナもおり、なかなかに厳しいグループに入ってしまったと言えそうですね。
厳しいグループと言えば、俗に「死のグループ」「死の組」なる言い方もされるわけで、前述のアジア3次予選・グループ1などもアジアからの視点ではそういう言い方もできるかもしれません。
ちなみに、近年の「死のグループ」をワールドカップで見てみると、
●2006年W杯
オランダ、アルゼンチン、コートジボアール、セルビア・モンテネグロ
●2002年W杯
スウェーデン、アルゼンチン、イングランド、ナイジェリア
あたりが記憶に新しいところと言えそうです。
ちなみにこれがユーロとなると、こうした「死のグループ」がわりと当たり前になっていて、前回もオランダ、チェコ、ドイツが同居したりしておりましたが、来月2日に行われるユーロ本大会のドローの結果次第では、
オランダ、イタリア、ドイツ、フランス
なんて可能性もあるとかで、今から話題になっていますね。
ちなみにドイツのところにはスペインやポルトガルもアリって……ポッドCどんだけ~
「死のグループ」の歴史数あれど、ユーロが現行のフォーマットになった96年以来、さすがにここまでキツイグループはないのではないかと個人的には思うのですが……でもこれはこれでちょっと観てみたい気もしますよね。それにしてもオランダは厳しいグループによく絡んできますね……。
厳しいグループによく絡むと言えば、先のW杯の「死のグループ」でもしっかり絡んでいたアルゼンチン。
近年ではビッグトーナメント開催国がファーストポッドに入ることで、厳しい対戦相手から逃れるという恩恵を受けることができるようになりました。2002年W杯の日本もそうですし、来年のユーロでもそうなのですが(そのために強豪が必然的にセカンドポッド、サードポッドに流れていったわけです)、以前はこのような恩恵にあずかれることはなかったようで、このアルゼンチンが開催国となった1978年のW杯で、アルゼンチンは1次リーグからイタリア、フランス、ハンガリーという厳しい組に入ってしまったことがありました。
当時のW杯は出場国がまだ16カ国の時代ですし、現在とは一概に比べられないわけですが、開催国ながら何とも不運な感じがします(結果はアルゼンチンが地元で優勝しましたが……)。
どうやらアルゼンチンの「死のグループ」伝説はこのあたりからできたのかな、とも思いますが、いかがでしょう。
posted by bunchousann |04:35 |
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2007年11月22日
反町監督の言う通り、厳しい予選だったと思います。
日本と同じ3勝2分1敗の勝ち点11を獲得しながら、この五輪アジア最終予選で敗退を余儀なくされた国もあるのです。
アウェーでカタールに敗れ、一度は自力での予選突破が消えたことで大騒ぎになったりもしました。
悲観的な論調ばかりが目立つ中、他力での突破だってあるわけですし、そんなに慌てることもないじゃないか、なんて天邪鬼な私は思っていたのですが、ユーロの予選を見ていると、あのイングランドさえも、サッカー後進国である我が日本と同様に、自力での予選突破がなくなった時点ではやはり悲観的な論調のオンパレードになっていたではありませんか。
ロシアがイスラエルに敗れ(この負け方もまた劇的でした)、イングランドはすっかり「母国」の威信を取り戻したかのように見えます。さて、クロアチア戦はどうなったのか……。
代表への愛というものは、サッカー的な思考の優劣をも超越して、単にそれ自体への愛を盲目的にさせるのかもしれません(?)。
いや、決して私に日本代表への愛情が不足しているわけではありませんよ。
変な前置きになりましたが、ユーロではなく、五輪への出場が決まった我がU-22日本代表。
まずはおめでとう、そしてホッとしました。
究極的に日本代表が強くなるために、代表チームがどうあるべきかという点に関して、サッカーファンの間では、年齢的に非常に中途半端だと言われる五輪代表というカテゴリーの存在意義を問う声も昨今では聞こえ始めています。
それはそれで外野の意見としては至極真っ当な問題提起だとは思うのです。
しかし、実際にそのカテゴリーに入ってプレーしている選手たちは、ただそのカテゴリーに対して全力を尽くすことしかできないわけです。
そういった、代表のカテゴリー論めいたことは今後の課題として重要ではありますが、今ある状況をいかに有効に活用すべきか、まずはそこが重要でしょう。
五輪開催は来年の8月ですが、今回の五輪代表は、単純な時間だけなら前回のアテネのチームよりも長い時間を与えられたことになります。
前回のアテネ五輪最終予選は、UAEラウンドと日本ラウンドに分かれて集中開催され、5日間で3試合をこなすというハードスケジュールで行われたのですが、この最終予選が行われたのは五輪開催年の3月のことであり、日本が今回と同じ国立競技場で五輪出場を決めたのは3月18日のことでした。
このスケジュールだと、五輪本番までおよそ4ヶ月半ほどしかありません。
それに対して、今回の五輪代表は五輪本番までにほぼ9ヶ月の時間が与えられました。
国際Aマッチデーを悉く使って行われた予選方式には、このカテゴリーでここまでやる必要があるのかという疑問もありましたが、予選が早く終わったということに関しては評価できるのかもしれません。
それこそ、JFAが国際Aマッチデーを五輪代表の強化の場として活用するのであれば、かなりの日数を確保できるのではないかと思います。
しかし、現在病気療養中のオシム監督は、来年2月にも始まるW杯予選で現在の五輪代表を初めとする若い選手を起用したい意向を持っていることから、同監督の意向を採り入れると、五輪代表の選手からもA代表への招集があるかもしれず、チームとしての強化が上手くいかなない可能性もあります。
さらに、過密化している日本サッカー界のカレンダーの問題もあります。
確実に言えることは、2004年に比べて、2008年はJリーグ(J1)の試合数が4試合増えており、カレンダーはより厳しくなっていると言えます。
それ以外にも、来年はACLに3チームが出場することになりますし、ナビスコを制したガンバは2月に新しい国際大会に参加する可能性もあります。
五輪代表レベルになると、各クラブで主力となっている選手も多く、夏場の五輪での疲労が大いに懸念されるところです。
こういったスケジュールの中で、どのように強化試合を組み、合宿をするのか、頭の痛いところです。
メンバーはある程度固まってきたので、もう絞り込みの段階だと思うのですが、五輪代表のベンチ入りメンバーの数はW杯のベンチ入りメンバーのそれよりも少ない18名しかおらず、しかもその中に仮にオーバーエイジを加えるならば、さらに人数を絞らなければいけませんから、反町監督も大変な選考作業をしなければなりません。
最初にも言いましたが、出場が決まったからには最善の準備をして、この五輪という一見中途半端なカテゴリーだと思われる大会であっても、それを最大限に利用して、将来、彼らが日本代表の主力として「戦える」ようになるための最善の成果を挙げてくれること、そして2010年、そしてその先の日本代表にとって意義あるものになることを願います。
posted by bunchousann |02:45 |
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2007年11月19日
今日11月19日は大学・社会人出身選手対象のドラフト会議が行われました。
関連のエントリーが多いので詳しい内容は省略しますが、今年は高校生だけでなく、大学生や社会人の方でも有力選手が少ないようで、案の上、噂通り一巡目の指名はどの球団も「ビッグ3」と呼ばれる大学生投手3人の指名となりました。
ドラゴンズは補強ポイントからも当然と言える左投手、地元・愛工大の長谷部康平投手を指名しましたが、5球団の競合の末に楽天に交渉権を奪われ、結局再選択でこれまた地元選手の名城大・山内壮馬投手を指名、そしてさらに三巡目に日立製作所の谷哲也選手を指名して選択終了となりました。
高校生と合わせてわずか4人の指名にとどまったわけで、少数精鋭であってくれることを願うばかりです。
そんな大学・社会人ドラフトに続き、育成選手のドラフト指名もあるのですが、今年は15名の選手が指名を受けました。
ちなみに既に多くの方がお忘れだとは思いますが、昨年はなぜか読売が7人もの育成選手を指名し、その際球団代表氏は「これからは育成の巨人と言われるようにしたい」と発言されましたが、FA市場解禁と同時に真っ先に福留獲得に名乗りを挙げたところを見ると、発言されたご本人もどうやらその言葉をお忘れになったのかもしれません。
で、今年はというと、相変わらず3人の育成選手を指名した読売と並んで、ロッテが大量5人もの育成選手の指名を行いました。
ロッテと言えば、四国ILへの育成選手派遣に関して独自の意見を持っていることで知られていますが、これもそのための布石なのでしょうか。現時点では実行委員会の承認が下りるのは難しい状況ですが、当面は「フューチャーズ」などでこれらの人員を活用していくのでしょう。
ちなみにその四国ILからは、ヤクルトに六巡目で香川・三輪正義選手が指名を受けたほか、先述のロッテが3人、ヤクルトが1人、オリックスが1人の育成選手を指名し、計6人がNPBの選手へとステップアップすることになりました。過去2年で合計5選手(ドラフト・育成合わせて)だったことを考えると、NPBへの選手供給を理念、目標に掲げるリーグとしては、今年は大きな飛躍を遂げたことになります。
そしてもう一方の独立リーグであるBCリーグの方ですが……
石川の内村賢介選手が楽天の育成選手として指名を受けました!
(ちなみに内村選手とはこんな選手です。今年のBCリーグの盗塁王!)
内村選手には申し訳ないのですが、もしBCリーグから指名があるとすれば、別の選手だと思っておりました。しかし、メディアによっては四国と比べてもレベル的にやや劣るBCリーグからは1人も指名がないのでは、という論調もあり、どうなるものかとちょっと心配もしておりました。
BCリーグは四国ILよりも、選手育成の場としてもさることながら、地方活性化の起爆剤的なモノとしての存在に軸足を置いているようですが、さすがに1人の指名もなければプレーする選手のモチベーションにも影響しますし、レベルがただ高ければ面白いというものではないとは言え、リーグとしてのイメージダウンにも繋がりかねません。
そういう点からも、たった1人の育成選手指名ですが、しかしBCリーグにとっては大きな一歩です。
四国ILとて初年度(2005年ドラフト)は育成選手を2名輩出(その後、支配下登録されました)したのみであり、その点ではそれほど変わらないとも言えます。
さて、内村選手、これからが大変です。
小さな体でどこまでNPBの猛者たちをかき回すことができるのか。さらに既に感じているとは思いますが、選手を初めとする全てのBCリーグの関係者たち、そして何よりファンの期待を一身に背負うというプレッシャーに打ち克つことができるのか。
ひっそりと期待したいと思います。
posted by bunchousann |22:10 |
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2007年11月17日
風邪の治りかけで、無理をしまいと更新をしばらく止めようと思っていましたが、はるかに苦しんでいる「恩人」がいながら、風邪ごときでやめるわけにはいかないと思い、こうしてキーを打つことにしました。
私事ですが、「○○ジャパン」という言い方がはっきり言って嫌いです。
それでも、この国では「日本代表」と名のつく全てのものに対して、それを率いる指揮官の名をジャパンの前に冠し「○○ジャパン」と呼ぶことが既に日常の光景になりました。
全てを監督に依存するような、非常に無責任な言い方のように思ってきました。
おそらくこの「○○ジャパン」の如き呼ばれ方を歓迎しないと思われるイビチャ・オシムという人。
既にジェフの監督時代からそうですが、記者とのやり取り、プレスリリースに現れる言葉の一つ一つに、こちら側が考えさせられることもしばしばです。
記者会見で、質問が適切でない場合では、逆に質問を返される記者もいました。
今までの監督たちではなかったことであり、マスコミもファンもしばしば戸惑うことになりました。
では、なぜ、こうしたことを彼は好むのでしょうか。
あくまで個人的な考えですが、考えざるを得ない場面をつくることによって、彼は、私たちに「責任」の一端を押し付けていたのかな、と思うことがあります。
こちらで「考えざるを得ず」出した結論から、現在のチームの状況を自ら分析させ、さらに問題点を指摘「させる」作業を仕掛けていたのかもしれません。
現状のマスコミを見るところ、これらの作業は上手くいっていないようですが、何となく意図は感じます。
誰かに依存し続けてきた結果、失敗を繰り返してきた歴史があるのに、なぜ日本人は、また同じ「他者依存」をしようとするのでしょうか。
そんな日本人に対して、監督に安易に依存するのではなく、自分たちに代表を強くするために何ができるのか、よく考えなさい、といったメッセージが、言葉の端々に含まれていたように思います。
そして、もし、そこまで日本人のことを洞察し、がっかり、うんざりさせられることがある程度わかった中で、なおこの無責任な国民にとっておそらくは最大の人気を誇るチームを率いるというプレッシャーを身を削る覚悟で受けてくれたというならば、私たちにとって、彼はやはり「恩人」と呼ぶべき存在なのだと思います。
実のところ、ドイツW杯の惨敗に非常に落胆していた私は、次の代表監督就任に際して、あまり明確な希望をもっていたわけではありません。
強いて言うなら、もう「勝てる」指揮官でいい。「日本人のメンタリティを理解していること」が前提だなんて、甘いのではないか。ヒディンクだってコリアンやオージーのことを完全に理解していたわけではないのだし……。
でも、一朝一夕に強くなることがないのも事実です。
そういう点で、イビチャ・オシムという人は、上記のような作業を続けることによって、私たちがよく知っているあることわざを示唆してくれたのかな、とも思います。
「急がば回れ」と。
感情の赴くまま、おそらくは的外れで意味不明であろうことをだらだら書いてきましたが、選手だけでなく、マスコミやサポーターをも含めた、全ての日本人のメンタリティにまで踏み込んでくれた外国人の指揮官は、これまでのところ私は思い当たりません。
そういった稀有の人、今は日本代表監督としてではなく、1人の人間としてのイビチャ・オシムさんの回復を、無責任な日本国民の1人としてただ願うばかりです。
ここの他のブログでも拝見しましたが、スタジアムで彼の名を叫ぼうということを提言されている方もいらっしゃるようです。
あるいは「シュワーボ、オスタニ!」もいいでしょう。
無責任な私は「仕事」という言い訳をここでもしてしまうのですが、皆さんの心からのムーブメントが、どうか彼に届きますよう、祈っております。
posted by bunchousann |00:10 |
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2007年11月01日
中日ドラゴンズ、53年ぶり日本一おめでとう!
53年ぶりですよ。
第3戦でそのときの大エース、杉下さんが始球式をされましたが、どんな気持ちでご覧になっていらっしゃたのでしょうか。
とにかく往年のファンの方には待ち焦がれた瞬間が、随分とドラスティックな展開の末に訪れました。
過去ログにも書いたのですが、ようやく日本シリーズをまともに観ることができるということで、この日を非常に楽しみにしておりました。
そして、まさにこの試合はいろいろな意味で歴史的な試合になりました。
もし、桑田真澄が常々口にする「野球の神様」というやつが本当に実在するならば、その神様というのは粋なことをする反面、実に意地悪なこともするものだという思いで観ておりました。
“わざわざこんな大事な試合”で8回までパーフェクトピッチングを「やってしまった」ばかりに、完全試合のチャンスを得られませんでした。神様も“もったいない”ことをなさるものです。
1-0じゃなかったら、シリーズの優勝が決まる試合じゃなかったら、と思う人も多いんじゃないでしょうか?
でも、これで「シリーズ男」の名を襲名できそうですね。相手の絶対的エースを向こうに回しての快投、見事としかいいようがありません。
スタンドからパーフェクトピッチングをしていた先発の続投を願う物凄いコールの中、9回を引き継ぐのは大変です。
神様は、これでヒットでも打たれようものならば、たとえ抑えても色々言われるかも知れないという凄まじいプレッシャーを彼に与えました。
監督の判断は正しいとは思いますし、胴上げ投手に最もふさわしい実績を何年も挙げ続けていることはファンであれば誰でも理解できるはず。
そしていつものように修羅場を乗り越えてくれました。
2回の犠牲フライのたった1点、されど大きな1点を君は挙げたのです。
だって第1戦でも相手エースからは犠牲フライでの1点しか取れなかったのですから。その1点を、神様は君に獲らせたわけです。
第3戦ではヒットも打ちましたが、10代で日本シリーズでヒットを打ったのは何でも88年の「ミスタードラゴンズ」以来だとか。いい意味での因縁を感じますね。
今年の1軍出場試合、その大半が一戦必勝の修羅場ばかりでした。まだまだ課題も多いのですが、この貴重な経験を、来年以降につなげて欲しいものです。
シリーズのMVP、入団した時は背番号205番の育成選手でした。神様は苦しんだ人に最高のご褒美を勝ち取らせました。
この選手が入団するかもしれないという話を聞いた時、正直に言ってドラゴンズには必要ないのではないかと思いました。
しかし、最終的に優勝に大きく貢献したのは間違いありません。
この場を借りてお詫び申し上げます。
そして、シリーズMVPのインタビューを聞いて、今年一年のあなたの苦しみもほんの少しだけ理解できました。
涙が出ました。あなたも、私も。
つらかったんですね。苦しかったんですね。
もう立派なドラゴンズの一員です。来年には彼のヒッティングマーチはできるのでしょうか。お願いします。
何か、色々言い足りないこともあるのですが、管理人も、「中日の4勝1敗」という予想において、某サイトで金額にして百数十円の現金を得ました。
これも野球の神様のご加護でしょうか(笑)。
何にしても、名古屋の夜、今宵は長そうです。
posted by bunchousann |21:50 |
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