2006年10月29日
日本シリーズも終わり、この後アジアシリーズや日米野球などを残すとはいえ、日本の野球シーズンはとりあえず終了したと言えます。
日本で言うところの、いわゆる「ストーブリーグ」が本格的に“開幕”したことになります。
そう、ファンの皆さん、監督の采配や選手交代、起用にぶつぶつ言う季節は終わったのです。
どの本で読んだか忘れたのですが、日本では、試合ごとの采配や作戦面での議論、すなわち“監督的”な視点による野球談議が多いそうですが、トレードやFA移籍が活発なアメリカでは、どのポジションに誰を補強し、誰と誰をトレードすべきかといった、編成、すなわち“GM的”な視点による野球談議が盛んだと聞きました。
昨年のオフ、あるメディアがヤンキースのファンに「オフの優先事項として何をすべきか」という調査をしたところ、「松井秀喜との契約を延長すべし」というのが1位になったそうですが、メディアの側からもこういった話題が出ることによってファンの“GM的”な思考能力は高められていると思います。
翻って日本の場合、メディアが取り上げるのは個々の選手の動向くらいのもので、例えば誰と誰をトレードすればいいか、あるいはこのチームの弱点はここだから、こういった選手を獲るべし、といったことを取り上げるようなことはあまりありません。
まあアメリカにくらべてトレードやFAを含めた移籍がうんと少ない(それと球団数がそもそも少ない)ことも影響しているのかもしれません。
このような“GM的”な視点による論議、実は欧州のサッカーシーンでも盛んなのですが、やはりJリーグではとんと聞いたことがありません
実は私、こういった話題は大好きです。何より「パワプロ」は全くしないくせに「やきゅつく」ときたら何十シーズン(もちろんゲーム中の話です)でもプレーしてしまうのですから。
前回の野球記事で、たくさんのレスを戴きました。今回もそれに乗っかってみようかなと思います。
12球団、それぞれのチームのファンの皆様、「我がチームはここがおかしい」とか「私はこういった補強を望む」などのコメントを是非お寄せ下さい。
本当は自分で分析をしようと思ったのですけれど……時間がなくてやめました。他球団の情報に疎いというせいもありますが……皆さんのお力をお借りしたいと思います。
posted by bunchousann |21:19 |
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2006年10月26日
はあ……終わってしまいましたね、日本シリーズ。
SHINJO、新庄、しんじょう、シンジョウ……。
ファイターズやそのファンだけでなく、彼に引退の花道を飾らせようとする(だったら川相はどうなるんだ!?)世論や阪神ファン(新庄ファン!?)までも敵にまわして敗れていった中日が、何だか哀れに感じてしまいました。
さて、前にも書きましたが、私は仕事の都合上、4戦と5戦しか観戦出来ませんでした。
にもかかわらず、タイトル通りの企画、ちょっとドラゴンズのことを話そうかと思います。
このシリーズのポイントに挙げられるのはやはり(私の観ていない)2戦目なのでしょうか。
金子との勝負、送りバントの失敗……あたりは一応情報として入手できました(ネットやGet Sportsとかで)。
ただ、先程後輩からメールをもらって考えてみた結果、やはり自分の気になるポイントは、試合中の采配やプレーのことではありませんでした。
1つだけですが言わせて下さい。
第2戦、山本昌の先発。大方の予想通りの順番でした。しかし私はシリーズが始まる前から予想されていたこの順番がちょっと気になっていたのです(だったらその時にここに書けよ、って言わないで下さい。タイトル通りの企画ですから)。
スコアラーは日本ハムの試合もさることながら、シーズン終盤やプレーオフでの札幌ドームの雰囲気も観ていたはずです。
私もプレーオフをテレビで観ましたが、お世辞でも何でもなくあの雰囲気は凄いですね。
セリーグを観ている人なら、あの雰囲気が甲子園の雰囲気とオーバーラップする人も多いはずです。
そこで、第3戦に山本昌を持ってきていたら、とふと思ってしまったのです。
結果的にシーズン中の並びの通り、第3戦は朝倉、第4戦は中田でした。
しかし、あの雰囲気の中、経験の浅い若者2人に投げさせるのは酷だったのではないでしょうか。
なぜこんなことを言うのかというと、私には9月末の阪神との甲子園での最終決戦のことが頭をよぎったからです。
あの3連戦、中日は第1戦を川上で落とし、ゲーム差を2に縮められて阪神に大きなプレッシャーをかけられました。
しかも、舞台は甲子園。
阪神ファンの巨大な声援の後押しもあり、阪神が普段以上の力を発揮する球場です。
3連勝すればあわよくば……なんて阪神の選手もファンも考えていたかもしれません。
その勢いを止めたのが、山本昌でした。
第2戦、彼は先制を許すも、粘り強いピッチングで味方の反撃を呼び込み、8回1失点で勝利。その気になった虎の息の根を止めました。
山本昌の甲子園での相性は、はっきり言ってあまり良くないのですが、私にはこの時のピッチングが印象的で、さすがはベテラン、敵地の巨大な声援の中でもプレッシャーに負けないでいいピッチングができるのだな、と感じたものです。
この事実を踏まえて、山本昌を3戦目に持ってくるという考えが落合監督にはなかったのかな、と思ったわけです。
仮に2戦目を朝倉で落としても、まだ山本昌がいる、という安心感がベンチにもナインにもあったのではないか、と思ったわけです。
確かに7戦トータルで考えれば、3戦目に山本昌が投げれば、7戦目に先発するのは少々困難になるでしょう。
しかし、7戦目はいわゆる“総力戦”になるため、イニング数を限定して(例えば3~4イニング)なら充分可能だったと思いますし、中田をロングリリーフに使ってもいいでしょう。
ともかく、あの札幌ドームの尋常ならざる雰囲気の中で、ベテランの胆力というものを観たかったというのが今の正直な感想です。
……最初にも言いましたが、もうシリーズは終わってしまいました。
敗れたドラゴンズのファンは言いたいことがたくさんあると思います。
もし「ここが勝敗の分水嶺だ」なんて意見がおありでしたら、何卒コメントにてご教示下さい。
そして最後になりましたが、ファイターズの選手、スタッフ、ファンの皆様、おめでとうございます。
アジアシリーズも、“楽しい”野球で頑張って下さい。
posted by bunchousann |23:04 |
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2006年10月23日
「何でもオシム、オシムというのはどうかと思う。代表にいくために今日の試合をやっているわけではない」(横浜F・マリノス、山瀬功治)
その通り。山瀬功治はこの日、横浜F・マリノスの一員としてチームの勝利に貢献したのであって、代表に選ばれるためにプレーしていたわけではありません。
また、F・マリノスの水沼監督も山瀬が代表へのアピールをするためにスタメンに抜擢しているわけではなく、あくまでF・マリノスの勝利に必要な戦力としてスタメンに抜擢しているのです。
そして横浜F・マリノスのサポーターも、山瀬が代表に選ばれるためにアピールしているところを見に来ているわけではなく、彼がF・マリノスの勝利のためにいかに効果的なプレーをするかを見に来ているわけです。
しかしながら、一部マスコミの皆さんだけは、彼が何のためにプレーしていたのか、残念ながら理解していなかったようです。
記者席という恵まれた環境で、しかも職務を遂行していたはずのマスコミは、試合の何を観ていたのでしょうか?
試合内容に関して、山瀬自身のプレー内容に関して、もっと他に質問はなかったのでしょうか?
優勝戦線から脱落したF・マリノスにあって、モチベージョンの保ちにくい中での好プレーに対して、もっと他に質問はなかったのでしょうか?
この質問に対する山瀬の態度は、報知では「語気を強め」、サンスポでは「淡々と」、スポニチでは「苦笑」とありましたが、本当のところは半ば呆れていたのだと思います。
そもそもこうした記事を臆面もなく載せてしまうところにも問題があるような気がします。選手の側からかなり明快な形でマスコミへの批判、不快感を表明しているにも関わらず、その事実を記事にして恬然としているというのはいかがなものでしょう。
このような質問は、おそらく他の選手に向けても、それこそしつこいくらいに繰り返されているのでしょう。
至近にW杯でも迫っているならばともかく、少なくとも代表の日程で今年残されているのはアジアカップの予選、しかも消化試合だけです。
オシム監督は、おそらくこの試合をほとんど親善試合のように試行錯誤の場にするのでしょうから、ここで代表に選ばれることがそれほど大きな意味を持っているとは思えません。
以前、スポナビ+の他の方のブログ(こちらとこちら。両方とも同じ方のブログです)を読ませてもらった際に、ふむふむと思ったものですが、これではまるで「代表にあらずんばサッカー選手にあらず」というような風潮が一部のマスコミにあるとしか思えません。
W杯の後には「Jリーグの活性化が必要」なんて口を酸っぱくして言っていたはずですが、気がつけばそれに対する大した具体案も示さず、今回のようにそのJリーグでプレーすることの重みをないがしろにするような記事を平気で書いてしまうのでは、「Jリーグの活性化」なんてできはしないでしょう。
選手、監督、協会に対する批判もさることながら、あなたがたマスコミに対する批判も、むしろ前の三者より時として大きいということを、もっと自覚してもらいたいものです。
posted by bunchousann |11:40 |
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2006年10月21日
今日から日本シリーズだというのに、何でこんな話題なのかという方もいらっしゃるとは思いますが……。
実はプレヴューめいたものを書こうと思ったのですが、私、第3戦目まで仕事の都合上観戦が不可能となっております。
そんな事情もあってか、何となく中日のリーグ優勝後からテンションが下がりつつあります。
願わくは、もつれて第4戦目以降にいい試合を(ドラの3連敗→4連勝なんて最高ですな)を展開してもらいたいものです。
で、タイトルにもあった日米野球の話に入りましょう。
これまでのところ、ファン投票で選ばれた選手のうち、松坂大輔、藤川球児、松中信彦、SHINJO(新庄剛志)、岩村明憲の5選手(10月25日追記:24日に福留孝介が出場辞退を発表)が故障などの理由で出場を辞退しています。
これに対して、日本チームの監督を務める楽天の野村監督が苦言を呈したとのニュースが流れました。
確かに監督の立場では「最強」のチームを組みたいでしょう。理由はもちろん勝利のためです。
しかしながら、選ばれた選手の立場で考えると、1年間、シーズンで酷使した体のオーバーホールに少しでも時間を費やしたいと思う心情も理解できなくはありません。
故障ということで言えば、多かれ少なかれ誰もが持っているものだと思いますが、感じ方は人それぞれであり、プロである以上、結局体調管理の最終責任は自分にあるのですから、無理強いをさせることはできないでしょう。
でも、すべてが「故障」(新庄以外は)のせいだとは、おそらく誰も思っていないはずです。
まず最初に、WBCの開催でメジャーリーグ勢との真剣勝負の場が確保されたことが理由として考えられます。
今年のいつだったか、選手会が「もう日米野球はやめよう」という意見を出したことがありましたが、その理由としても挙げられていました。
現行の日米野球は、11月のオフシーズンにやる親善試合ということもあり、相手側の真剣味という点では、WBCとは比べ物にならないほど低いでしょう。
また、日本人のメジャーリーグ進出がより盛んになりつつあることも辞退者が出ることと関係があるような気がします。
特に今年は「辞退者」の中の松坂、岩村のポスティングシステムによるメジャーリーグ移籍が確実で、メンバー以外に阪神の井川慶にもその話があります。
今年ほどポスティング移籍が頻繁に、そしてポジティブに報じられている年は過去になかったような気がしますが、要するに、球団が利益を上げるためのビジネス上の手段としてこのシステムを見直した結果なのかもしれません。
いずれにせよメジャー移籍の機会が増えるのであれば、シーズンオフに日米野球に無理に出場しなくてもいいと考える選手も出てくるでしょう。
と、ここまでは全て選手の立場で話を進めてきました。
でもファンとしては、メジャーリーグの選手が間近に見られるいい機会であり、そのメジャー選手相手に、日本の一流選手たちがどう戦うのかを見てみたいような気がします。
そう考えると、今後も日米野球は続けた方がいいのかもしれません。
ただし、やり方はいくらでもあります。
例えば、現在のような「興行」形式をやめてみるのはどうでしょう?
日米のスター(とは言い切れないかもしれないが)が集まるいい機会です。こういう試合はチャリティーマッチにすればいいのです。
試合の経費やメジャーリーグ選手・関係者の旅費を除いた全ての収入を寄付するのです。
こうした試合を毎年やる、その代わり、試合数は現行の5試合(読売との親善試合を含めれば6試合)より減らしてもいいと思います。
こうすれば、出場する選手には大きな名誉が与えられます。
またチャリティーであるがゆえに、辞退する選手も減るでしょう。試合数を少なくすることで、少々の故障を抱えた選手でも出場がしやすくなりますし、試合そのもののプレミア感も付くはずです。
MLB側もこうした改革なら賛成してくれるはずです。
そもそも社会奉仕に関してはむこうの方が盛んなはずです。
従来のように日本のファンはメジャーリーグの選手を間近に見ることができますし、おそらく試合の真剣味も増すでしょう。
サッカーの世界では、毎年のように世界中のスーパースターが集まってこうしたチャリティーマッチが行われています。
野球の世界でも、先進地域(と敢えて言わせてもらいました)である日米がイニシアティブをとって、こうした試みを始めて欲しいものです。
posted by bunchousann |03:27 |
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2006年10月19日
私の生活圏からは程遠い大分県での話です。
何でも、別府市が現在建設している市民球場の名称に、この地の出身である元西鉄の大投手、稲尾和久さんの名前をつけるという計画があるそうです。
詳細はこちらをご覧下さい。
稲尾さんの西鉄時代の同僚で、流線型打線の中核を担った豊田泰光さんが、とにかく日本のプロ野球界は先輩に対する敬意に欠けているという話を盛んにされていたことを思い出します。
敬意に欠けるというその一例が、そのような先人たちの業績を現役の選手が知らずにいるという事実に象徴されていると思います。
今年、読売ジャイアンツの勝ち頭となった内海哲也が、キャンプに激励にやってきた400勝投手の名前を間違えたという話を覚えている方もいらっしゃるでしょう。
いくら若手といっても、現役選手でさえこうなのですから、まして一般のファンともなると言わずもがなの現状が想起できます。
そのような意味でも、若い、未来のファンにプロ野球の歴史を直々に伝えることのできるこうした試みは、是非、積極的にやってもらいたいものです。
話は少々飛躍しますが、日本にはスポーツの文化がないとよく言われますよね。
その象徴が上記の「歴史、伝統に対する頓着のなさ」と言えるのではないでしょうか。
文化というものを語るのであれば、まず歴史や伝統を尊重するところから始めるべきでしょう。
例えば、欧州のサッカースタジアムには、個人名がついたものがたくさんあります。
イタリアなどは、そのほとんどが公営のスタジアムであるにもかかわらず、スタジアムの正式名称は個人名になっているところがほとんどです。
それらはジュゼッペ・メアッツァ(ミラノ)のように元選手であったり、あるいはエンニオ・タルディーニ(パルマ)のようにクラブの創設者であったり様々ですが、何らかの形で歴史や伝統をリスペクトしようとしています。
スペインでも、レアル・マドリーは、クラブを発展させた名物会長サンチャゴ・ベルナベウの名がホームスタジアムにつけられていますし、同じ街のライバル、アトレティコ・デ・マドリーもやはりスタジアム建設に尽力した会長の名前がつけられています。
変わったところでは、過去記事でも紹介したマンチェスター・ユナイテッドの例でしょうか。スタジアムの名前ではありませんが、その所在地の住所に、「ミュンヘンの悲劇」を免れたサー・マット・バスビーの名前がつけられています。
MLBのスタジアムの場合は、欧州のサッカースタジアムよりはネーミングライツが進んでいるので、個人名がスタジアムの名前になるということはほとんどないのですが、各チームとも日本と比べて背番号の永久欠番が大変多く(しかも生え抜きばかりとは限らない)、その事実だけで過去の偉大な選手たちをファンは間近に感じることができるでしょう。
ヤンキースなんて、一桁の背番号がデレク・ジーターの(これも将来は永久欠番になるであろう)「2」とジョー・トーリ監督の「6」しかないのは有名ですよね。
さて、話を日本の、それもスタジアムに戻すと、個人名のついたスタジアムって幾つあるのでしょう?
ベースボール・マガジン社の「球場物語」で調べてみると、地方球場を含めてたったの3ヵ所しかありませんでした(見落としがあったらごめんなさい)。
1.旭川スタルヒン球場(北海道旭川市)……言わずとしれた300勝投手、スタルヒンの名前を冠したスタジアム。亡命ロシア人の彼が旭川で育ったことに由来しているのでしょう。プロ野球の公式戦も行われますよね。
2.川上哲治記念球場(熊本県人吉市)……川上さんって熊工ですよね。人吉のご出身なのでしょうか? 同氏から寄贈された記念品が展示されているそうですが、「神様」の名前を冠しているわりに照明すらないというのはちょっと……。
3.カーター記念球場(広島県三次市)……元アメリカ大統領のジミー・カーター氏が2度(!?)も訪れたとかでこの名前になったのだそうです。
まあ、日本の野球文化、まだまだこれからのようです。
各地方には選手の名前を冠した少年野球大会などもあるようですし、これはこれでいいことだと思います。
ちなみに、私が中2~高校卒業までを過ごした愛媛県松山市には「坊っちゃんスタジアム」(野球ファンの方には有名ですよね)なるスタジアムが近年できました。
3万人収容、地方球場にしておくのがもったいないくらいの立派なスタジアムです(時の市長が大の野球好きだったそうです)。
主に高校野球での実績をもって“野球処”を自認している以上、私が住んでいた頃に松山城のそばにあったボロボロの市営球場では示しがつかなかったのでしょうが、ただ1つ残念だったのが、現在「坊っちゃんスタジアム」なる呼称のスタジアムに、松山出身のある名選手の名前がつけられる話がありながら、それが立ち消えになったことです。
「坊っちゃん」、わかります。松山の人の誇りですから。しかも一般公募で決まったそうですし。
しかし、野球の歴史に対する貢献度という点では、件の名選手の方がはるかに重要だと思います。
特にこの選手はプロ野球の揺籃期を支えた選手。もはや21世紀の人間にとっては伝説上の存在と言ってもいいかもしれませんが、彼のライバルがその名を深く歴史に残していることを考えると、何だかちょっと不公平な感じさえします。
冒頭に紹介した別府市の野球場、くれぐれも方向を間違わないことを祈ります。
「湯の町スタジアム」なんてつけられた日には……はぁ。
ところで、「坊っちゃんスタジアム」の幻の呼称となったある名選手とは、一体誰でしょう?
コメントにて答えをお待ちしております(と言っても当たったからといって何かあるわけでもありませんが)。
posted by bunchousann |03:10 |
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2006年10月14日
オシムが日本代表の監督に就任してから早くも6試合が経過しました。
日本ではJリーグが佳境を迎えつつあり、欧州では各国リーグ戦やCLも始まった今、人々の目は、現在または未来に向けられており、世界のサッカー界において今年という年がどういう年であったかということは、既に忘却の地平線に沈んでしまった感さえあります。
そうです、今年はW杯があったんです。
日本が惨敗を喫したドイツでの大会です。もう随分昔のことのように思えますが、皆さん、覚えていますよね?
大会後、まるで日本から逃げるようにイスタンブールへと去った前監督のことも、一部の海外クラブ所属選手を除いて、その監督に寵愛を受けた“ファミリー”のことも、今ではすっかり話題に上らなくなりました。
そんな中でのこの記事、何かこっそりと出てきたな、という感じです。
現段階では、協会の機関紙に一部抜粋、という形なので、非常に抽象的なことしかわからないのが残念です。
まあ、レポート本体は何でも11月10日に一般発売(しかもDVDまで付いているそうです)されるそうですから、興味のある方は買ってみるのも一興かと思います。ただ、先程JFAのHPを見た限りでは、このレポート本体発売に関する記事は見つからなかったので、発行元の出版社や値段はわかりませんでした。
それにしても情けないのは、これだけ時間をかけておきながら、分析された「敗因」とやらを見ると、まるで中学生の試合のレポートのようなことばかりです。
また、日本に求められるのは、次の2点だそうです。
「守備の意識を変える(ボールを奪いに行く)」
「質・量とも技術認識を変える」
……2002年の時は、一体どんな分析がなされたのか、むしろそっちの方が知りたくなってきました。
何故なら、それを踏まえての2006年だったわけでしょう?
4年間、しかもメンバーを比較的固定した上でやってきてこういう結論を出さなければならないのだとすれば、一体何のための4年間だったのでしょうか。
そもそもこういった基本的なことは、果たして代表で取り組まなければならない問題なのか、という大前提もありますが……。
また「監督や選手の個人攻撃はしない」という注釈があるようですが、これもシビアに分析をするならば、結局踏み込まなければならない問題であり、結果として名前が出ないだけで個人攻撃になってしまうような気がします。
「失点を防ぐためには高い位置からの守備が必要」だと言うならば、そういう守備をするために最も適した選手を選ぶべきですが、果たしてそれがちゃんとできていたかどうかがまず問題なのであり、高い位置からの守備に不安がある選手を選択した上で「失点を防ぐために……」と言うのならば、その選手を選んだ側の責任というものはやはり問われなければならないと思います。
いずれにせよ、あれだけの批判を受けて一般にも公開すると言う形をとったことだけは評価できるのかもしれません。
ただし、それだけ多くの人々が目にする機会が増えるわけですから、その「敗因」を改善するための「具体策」というものにも(当然触れられているはずですよね)、多くの人々が注目することになります。
今まで以上に代表を見る目が厳しくなるということを、選手や監督だけでなく、JFAの面々(特にお喋りなキャプテン殿)もよくよく肝に銘じてもらいたいものです。
posted by bunchousann |01:35 |
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2006年10月12日
ヤンキースのコリー・ライドル投手が飛行機事故で亡くなったそうです。
まだ34歳。ご冥福をお祈りします。
私はメジャーリーグに精通しているわけではないので、彼のことはよく知らなかったのですが、今回の事故の話を聞いて真っ先に思い浮かべたのが、あのロベルト・クレメンテのことでした。
メジャー通の方には説明不要ですが、彼がプエルトリコ出身ながらカリブ海諸国全体に大きな影響を与えているということは、ドミニカ出身のサミー・ソーサが彼の背番号21を背負っていたことからもうかがえることです。
そしてクレメンテのその崇高な精神は、現在MVPと同等の価値があるとされている「ロベルト・クレメンテ賞」の制定につながりました。
この記事は野球カテゴリーで書いていますが、実は、サッカーの世界でも同様の悲劇がありました。
1.1949年「スペルガの悲劇」
今季から日本人の大黒将志が所属するイタリア・セリエAのFCトリノの話です。
今ではセリエAとB(2部)を行ったり来たりするエレベーターチームになっていますが、第二次大戦を挟んだ1940年代は、リーグ(セリエA)で5連覇を達成した強豪チームであり、リスペクトを込めて「グランデ(偉大な)・トリノ」と呼ばれていました。
そんな強豪チームの面々を乗せた飛行機が1949年5月4日、トリノ郊外のスペルガの丘に墜落しました。この事故で、トリノは主力選手の大半を失うことになりました。
かくして「グランデ・トリノ」は失われ、その後は強豪としての地位からも次第に遠ざかり、同じ街のライバルクラブであるユベントスに成績では大きく水をあけられることになりました(ただし、今シーズンに限っては“八百長スキャンダル”の影響でトリノがセリエA,ペナルティを受けて降格の憂き目にあったユベントスがセリエBと逆転現象が起きていますが)。
悲劇の起きた5月4日はトリノの人々にとって今でも特別な日であり、スペルガの丘には献花が絶えないそうです。
ちなみに5月4日は大黒の誕生日。この日にゴールを決めることができれば、そのゴールは特別なものになるかもしれません。
2.1958年「ミュンヘンの悲劇」
かつてデビッド・ベッカムが所属し、今でもイングランド有数の強豪の地位を有しているマンチェスター・ユナイテッド(以下マンU)の話です。「事故後のエピソード」も含めて、こちらの方が有名かもしれません。
56-57シーズンを制したマンUは翌57-58シーズンの欧州チャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグの前身)に出場しました。その試合でベオグラードに遠征した帰りに立ち寄ったミュンヘンで、1958年2月6日、彼らを乗せた飛行機が離陸に失敗し、8名の選手が犠牲となりました。
しかし、監督のマット・バスビー、およびボビー・チャールトンを初めとする何人かの選手は奇跡的に生き残りました。
その後、主力を失ったマンUは低迷が続きましたが、64-65シーズンにリーグ優勝。その後66-67シーズンにも優勝を果たし、67-68シーズンのチャンピオンズカップでついにイングランドのクラブとして初の欧州王者に輝きました。
あの事故から10年、生き残った監督のマット・バスビー、そして彼に育てられたボビー・チャールトンら「バスビー・ベイブス」と呼ばれた選手たちの活躍で手にしたビッグタイトルでした。
“シアター・オブ・ドリーム”(これもバスビーが名づけたそうです)と呼ばれるマンUのホームスタジアム、オールド・トラフォードには、この事故を悼んで記念碑と「MUNICH(英語でミュンヘンの意味)」と刻まれた時計が備え付けられています。また、バスビーの銅像もあるそうです。
この他の競技でも、もしかしたら、同様の悲劇があるかもしれません。
いずれにせよ、事故にしろ事件にせよ、アスリートの選手生命が突然絶たれてしまうという悲劇はなるべくなら見たくはないものです。
日本では幸いにして飛行機事故でプロのアスリートが失われるという話は聞いたことがありませんが、1985年の日航機事故では歌手の坂本九さんが亡くなるなど、著名人が巻き込まれることも少なくはありません。
そう言えばかつて「広島の選手が乗った飛行機が落ちるかもしれない」と言って顰蹙を買ったアナウンサー(現在はフリーですね)がいましたが、今度の事故をどのように思っているのでしょうね。是非聞いてみたいものです。
posted by bunchousann |15:19 |
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2006年10月11日
中日ドラゴンズ、2年ぶり7度目のセリーグ制覇。まずはおめでとうございます。
パリーグのプレーオフの合間に、狙い済ましたような優勝。お互いに話題の独占ができるということで、いい日に胴上げができたのではないかと思います。
昨日(と言うより日付が変わっているから一昨日)の記事で書いたように、この大事な試合を私は観ることができませんでした。
そこで仕事が終わって携帯サイトを立ち上げると「中日9-3巨人」が目に飛び込んできたので、「何だ楽勝じゃないか」と思ったのですが、家に帰って各局の優勝記念特番を観ると、とんでもない試合だったことがわかりました。
まあこういう試合のレヴューを書いても仕方ないのですが、ウッズの2本目のグランドスラムの後、まだ試合中なのにも関わらず、あの落合監督の目が心なしか潤んでいたような気がしたのは私だけでしょうか。
試合後のインタビューで、阪神の驚異的な追い上げによって巨大なプレッシャーを感じていたことを吐露していましたが、この経験が今後の日本シリーズにプラスに作用してくれることを願うばかりです。
今年、中日は球団創設70周年の節目の年。7度目のリーグ優勝ですからほぼ10年に1度のペースで優勝しているわけです。
これを評して「中日は謙虚な球団」なんてどなたかが言ってたのを覚えているのですが、前回のリーグ優勝は一昨年であって、落合政権3年目で2度目の優勝です。
常勝と呼ぶには早いような気がしますが、ファンの目も次第に厳しさを増しているような気がします。
地方球団はどうしても地元でちやほやされることが多く、なかなか長期にわたる強豪としての地位を築きにくい土壌がありますが(その点、ここ7~8年のホークスは立派の一言です)、来年からは一応プレーオフもあるので(今でもすっきりしませんが)、これからも他球団から一目も二目も置かれるようなチームを作って欲しいものです。
ところで、前回記事でも書きましたが、この試合の地上波中継がなかったことは本当に残念です。
コメントを戴いて知ったのですが、試合当日に急遽NHK-BSでの中継(これはこれで試合終了まで確実にやるのでいいのだが)が決まりました。しかし、私のテレビにはBSのチューナーがついていないので、仮に仕事がなくて時間があったとしても観ることができませんし、そういう環境の人も少なからず存在するはずです。
この試合が東京ドームでの読売戦ということもあってか、案の定、日テレ系列の中京テレビには問い合わせ(というよりも半分以上は抗議だろう)が1000件以上あったそうですが、一地方局には結局なすすべがありませんでした。
今回の「胴上げ中継阻止」は、読売グループ(名古屋ではさっぱり部数の伸びない”世界一”の発行部数を誇る新聞社が中心)の、中日グループ(地元では全国紙を寄せ付けぬ圧倒的なシェアを誇り、その発行部数は全国紙の産経さえ凌ぐという日本一の地方新聞社が中心)に対するささやかな嫌がらせなのではないだろうか、というのは私のうがった見方でしょうか?
……ということを書こう書こうとして帰りの車中で記事の文案を練っていた時に「よくよく考えてみればセリーグは贅沢をしてきたのだなぁ」とふと別の思いが頭をよぎりました。
考えてみれば、パリーグのチームの(特にオールド)ファンは今回の中日と同じ状況で、優勝決定の瞬間を何度観ることができたのでしょうか?
少なくとも私が子供の頃、常勝の名を欲しいままにしていた西武ライオンズの優勝シーンや、イチローがいた頃のオリックスの優勝シーンなどをまともにライブで見た記憶がありません。
今でこそテレビも多チャンネル化してパリーグの試合もたくさんライブで観られるようになりましたが(少し画像が悪いですが、ネット中継が充実してますね)、地上波しかなかった時代には幾多の名勝負に光が全く当たらなかったのです。
プロ野球のファンも地方分権化が進み、地上波による全国中継によって特定の球団の試合ばかりが放送される意味も意義もなくなりつつある昨今ですが、来年からはプレーオフも始まります。
重要な試合だけでも、せめて地上波の全国中継で流して欲しいものです。
posted by bunchousann |02:18 |
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2006年10月09日
無駄に韻を踏んでみました……。
もう結果が出ているので改めて言う必要もないのですが、中日は神宮でのヤクルト戦に快勝。いよいよマジックを1としました。
今日の試合はヤクルトの先発が石川雅規ということで、この人に中日は結構やられてる印象があるので厳しい試合になるのかな、と思いました。ところが先程彼のデータを調べてみると、ナゴヤドームでは確かにいいピッチングをしているのですが、何と彼、二桁勝っているのにもかかわらず、本拠地・神宮のマウンドを苦手にしていたんですね。そのデータ通りの結果となって、まずは満足ということになりました。
ところが不満だったのは、この試合、東海地区での地上波の放送がなかったことです。
東京キー局しかご覧になったことのない方はご存知ないでしょうが、プロ野球球団を本拠地にもつ地方都市では、その都市の地方局が地方球団の試合をカバーしていることがしばしばあります。
有名なのは関西地区でのサンテレビでしょう。この小さなUHF局は阪神のホームゲームを悉くカバーしています。私も小さい頃は大阪に住んでいたので、観たことがあります。
名古屋でもメインとなる中日のホームゲームは東海テレビ(フジ系)、CBCテレビ(TBS系)、ビジターの試合も含めるとテレビ愛知(テレ東系)やUHF局の三重テレビでも中継があります。
ホームゲームの場合、以前は全国放送の読売戦に合わせた時間帯でやることが多かったのですが、読売戦の視聴率低下に伴いキー局が読売戦の中継をやめることが多くなったので、今年はそうした事情に関係なく中継が行われていました。
まあ中日の好・不調にもよりますが、東海地区限定の露出ですから、少なくとも読売戦の全国中継のような視聴率にはなりませんし、おいしいコンテンツなのでしょう。
ただ、これはホームゲームの話です。きょうは神宮。ビジターなので、テレビ愛知か、三重テレビに期待していたのですが、残念ながら両方ともありませんでした。
確かに今日、優勝が決まるというわけではないので、やってもしょうがないじゃないかと言われればぐうの音も出ませんが、昨日の「マジック2減らし」でぐんとムードが高まったのも事実です。連休の最終日、夜は家でのんびりという人も多いでしょうし、何とかできんかったもんですかねぇ。
明日は東京ドームでの読売戦。この試合に勝てば中日のセリーグ優勝です。
この試合は桑田真澄の退団試合になるかもしれないという噂が流れましたが、彼は投げないことを速やかに表明しました。さすがは173勝投手。礼儀をわきまえ、自尊心を忘れないその姿勢は立派です。昭和49年、読売のV10を阻んだ中日の優勝と同じ日に、長嶋茂雄引退発表をぶつけてきた読売のかつての姑息なやり方は、彼自身も嫌だったのでしょう。
さて、東京ドームの読売戦ですから、当然全国放送があるのだろう、と思いながら毎日更新されるパソコンの番組表(うちのパソコンはテレビも兼ねております)を何度見ても……ない……ないではありませんか!
さんま御殿? 何故!? 何でなんだっ!?
確かに読売ファンにとってはどうでもいい試合かもしれませんが、中日ファンにとっては大切な試合なのです。全国放送とは言わなくても、せめて関東と東海エリアだけでも流すことはできないものでしょうか?
ジータスだけなんてあまりにも寂しすぎます(追記:その後10日当日にNHK-BSでの放送決定とのコメントいただきました)。
まあ、私は仕事で観られないわけで、こんなに強調しなくてもいいんですけども……。
ところで、最近の中日のローテーションはまるでスクランブル体制ですよね。
川上(中5日)、山本昌(中5日)はまだわかりますが、朝倉(中4日)、今日の中田(中4日)と若者の登板間隔はさらに縮まっています。
若者ではありませんが、まさか中4日で憲伸が行くのでしょうか?
だって優勝が決まるかもしれない大事な試合ですし……それとも……?
日本シリーズを睨んで登板間隔を意図的に縮めているだの、純粋なコマ不足だの、いろいろな噂が流れておりますが、何せ真意を韜晦なさるオレ流監督さんの考えること、凡人には量り難いものがあります。
先程も言いましたが、私は明日、野球中継が仮にあったとしても観る事ができません(12日の阪神戦ならバッチリ観られるのだが)。
ということで、仕事が終わって帰宅後にテレビでビールかけの映像が流れていることを切望しております。
日本シリーズには、私も借りがありますから。
posted by bunchousann |22:01 |
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2006年10月08日
せっかくの生中継だというのに、職業柄、日・祝日に仕事を休むことはほぼ不可能なので、結局録画にて観戦ということになりました。
本日のF1日本GP。
今年は1987年に鈴鹿サーキットでF1が開催されるようになってちょうど20周年だそうですが、私が鈴鹿サーキットを最初で最後に訪れたのが恥ずかしながらなんとこの年だということを今思い出しました。
それも小学校の修学旅行という偶然。いやあ、歳をとったものです。
当時はもちろんF1などというものには全く興味がなく、普通の小学6年生にとってサーキットのメインはあくまで遊園地の方でした。
それでも修学旅行なので、何がしかのパンフレットを戴いたのを覚えているのですが、そこに印刷されていたウィリアムズ・ホンダのマシンとロータス・ホンダのマシンの写真は何となく子供心に刻みこまれました。
あの独特のコースデザインも、子供の頃はあんなもんかと思っていたのですが、大人になりF1を観始めると、8字レイアウトのコースなんて他では観たこともない個性的なデザインだということもわかりました(私が知らないだけかもしれませんが)。
そんな20周年の記念すべき年で、鈴鹿での日本GP開催はいったん終了し、来年からは5年間、富士スピードウェイでの開催となりました。
この富士での開催、どうも長年のF1ファンからは好感されていないようです。こんなアンケート結果も出ています。
アンケートのコメントにも鈴鹿での開催を惜しむ声が圧倒的に多いのですが、来年からの開催が決まったからには富士なりの魅力(例えば長~いストレートがありますよね)を見つけていこうと思います。
鈴鹿だって今年で最後というわけでもないでしょう。ゆくゆくはドイツがホッケンハイムとニュルブルクリンクでの隔年開催を決めたような落とし処を見つけて欲しいものです。
「最後の鈴鹿」ではなく、「しばしの別れ」ということにしておきましょう。
で、肝心のレースの方ですが、まさかのアクシデントが37周目に起きました。
何しろ録画を見ていたものですから、CM明けすぐのそのシーンを危うく早送りでスキップしてしまうところでした。
2レース1エンジン制が敷かれて既に2年目、しかもマシンも熟成を重ねたシーズン終盤のこの時期ですから、いくら2レース目のエンジンといってもこういうシーンにはあまりお目にかからないのですが、それがまさかフェラーリに起こるとは思いませんでした。
ミハエル・シューマッハ、無念のエンジンブローでリタイヤ。
1つ目のデグナーで白煙を上げ、2つ目のデグナーを過ぎて力尽きました。
その横を駆け抜けたフェルナンド・アロンソが悠々と勝利。
上海で同ポイントで並んで鈴鹿を迎えた2人のポイント差は、大きく開いて10ポイント差になってしまいました。
今シーズンで引退を表明したこともあって、また序盤にルノーが強すぎたこともあってか、大逆転でのシューマッハのドライバーズタイトル獲得を願う報道が大きかったのですが、どうやら逆転は奇跡に近いものになってしまったようです。
シューマッハのタイトル獲得の条件は、最終戦ブラジルGPで自らが優勝し、かつアロンソが0ポイント(9位以下)に終わることという非常に厳しいものになりました。
アロンソは今年、2回リタイヤしていますが(第13戦のハンガリーGPと第15戦イタリアGP)、完走を果たして9位以下だったことはただの1度もありません。アロンソの完走して9位以下というリザルトは昨年の第13戦ハンガリーGPまでさかのぼらなければなりません。それに昨年もこの1回だけです。
つまり、シューマッハにしてみればアロンソのリタイヤを期待しなければいけない状況となったわけですから、「正直言って、王者になるチャンスはないと思う」という弱気なコメントを発してしまったのも仕方がないでしょう。
鈴鹿のデグナーで、2人の運命が大きく動きました。
新しいF1の皇帝がスペインから登極することになった時、このサーキット、このコーナーの名もまた、後世に語り継がれるかもしれません。
posted by bunchousann |21:57 |
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