2006年09月30日
くそう、憲伸で落とすとは……。
仕事でテレビさえ観られないのが何とも歯痒い限りです。まあ今日の「ノーヒッター」山本昌に期待しましょう。
パリーグは全ての順位が確定し、消化試合を1試合残してプレーオフを迎えるのみ。一方のセリーグは冒頭に書きました竜虎決戦の天王山。
まさにプロ野球はクライマックスを迎えています。
この時期、優勝争いをするチームの中でプレーできる選手というのは、本当にプロ野球選手冥利に尽きるのではないでしょうか。
チームに対するマスメディアの扱いも大きくなり、ファンの声援も一段とボルテージが上がります。
そして注目が高まれば選手のプレーも高まるものです。スポーツニュースでしか観ていませんが、昨日は阪神の下柳、金本両ベテランの気魄あふれるファインプレーがありました。ベテランにああいうプレーが出るとチーム全体が盛り上がりますよね。中日で言えば先日の山本昌がまさにそうでした。
さて、この天王山の記事はたくさんの方が書いていらっしゃるので、本稿ではその裏側でひっそりと伝えられた小さな、しかし毎年行われるもう1つのプロ野球選手の現実をお伝えしようと思います。
26日に発表された楽天に続き、昨日29日には横浜と日本ハムで、それぞれ戦力外通告になった選手の発表がありました。
日本ハムなどはほんの数日前にシーズン1位を決め、北海道は歓喜に包まれていたはずなのですが、今回発表された選手たちは一体どんな心境なのか、想像もできません。
しかも、ベテランが中心だった楽天とは異なり、今回横浜、日本ハム両球団から発表された9選手たちの平均年齢(9/29現在の満年齢)は、27.3歳。31歳の私よりも年上の選手は日本ハムの岩下修壱(33歳)たった1人だけでした。
また、この9選手のうち、逆指名での入団が1人、ドラフト1位の選手が3人、ドラフト2位の選手が1人含まれています。
さらにプロ在籍年数の平均を採ると、7.1年。最短は2003年のドラフトで逆指名入団の横浜・森大輔で、在籍年数わずか3年。1982年生まれの24歳というのも今回の9人の中では最年少でした。
先日の高校生ドラフト会議、悲喜こもごもと言った感じでしたが、新しく選手が入団するということは、誰かが出て行くというわけで、その結果の一部が彼ら9人というわけです。
日本ハムの横山道哉は「北の大魔神」と異名をとった2004年のパリーグ最優秀救援投手であり、横浜からトレードでやってきて見事に花開かせたと思ったのですが、たった2年後にまさかこうなるとは北海道のファンも思わなかったでしょう。
横浜の田中一徳はあの横浜とPL学園が死闘を演じた98年の夏の甲子園の準々決勝で、2年生ながら大活躍をした選手として高校野球ファンの間では記憶に残ってるでしょう。ドラフト1位で入団ということは期待も大きかったはずですが、いかんせん狭い横浜スタジアムでは俊足巧打の選手よりも強打の外野手が求められるのでしょうか。彼もまだ野球選手としては若いのですが、さらに若い吉村祐基の台頭もあってこのような結果になってしまいました。公称165センチの小さな体が躍動するのはもう見られないのでしょうか。
2年前のタイトルホルダーであろうと、甲子園を沸かせたドラフト1位の選手であろうと、チーム事情によって居場所がなければ追われていく。
こういうニュースを毎年耳にするたびに、改めてプロの厳しさを思い知らされます。
1つ救いがあるとするならば、この戦力外通告通知が9月という早い時期に行われたということでしょう。
今回の9人はほとんどの選手が20代。中には現役続行を望む選手もいるはずです。
来るべき合同トライアウトまで、また各球団の入団テストまで、調整の時間はまだまだ残されています。
仮に現役続行を望まないにしても、早いうちに戦力外通告が行われれば、その後の進路に向けて考える時間もたくさんできます。
時折、各球団の編成が固まりつつある時期にアンフェアな戦力外通告が行われることもあるということを考えれば、せめてもの慰めと言えるかもしれません。
もちろんテスト入団を目指すにしても厳しい道が待っています。
入団を果たせるのは12球団合わせてもほんの数人程度であり、入団を果たしたからと言って、活躍できる保証は無論ありません。
そんな中、今年はまずまずの成功例が現れました。
ソフトバンクの田上秀則。昨シーズンまで中日の選手でしたが、わずか4年目のオフ、25歳で戦力外通告を受けました。
その彼がテスト入団の末、ソフトバンク入団を果たすのですが、過去3シーズンで1軍の試合出場がわずか10試合、12打席でヒット1本(しかも2003年)、昨シーズンに至っては1軍出場が0の選手が、今年は主にDHとしてこのような成績を残しました。
終盤にはおそらく他球団の彼に対する研究も進んだのか、一頃の数字よりは率を落とす結果にはなりましたが、彼の実績を考えるとこの成績は立派の一言です。
中日には居場所がなくても、ソフトバンクには居場所があったということです。
もしかすると、今回の9人も他の球団では働き場所があるかもしれません(特に日本ハムの選手は尚更でしょう)。
もしも彼ら9人がわずかな可能性に賭けるのであれば、他の戦力外通告選手ともども、その勇気ある挑戦を素直に応援したいものです。
posted by bunchousann |02:53 |
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2006年09月29日
スイマセン。ネタに困って更新をサボっておりました。
だからと言って無理矢理更新する必要もないかと思ったのですが、何せ私は多くのスポーツ選手とは異なり、「努力」「継続」「こつこつと」といった言葉に縁がなく、このままでは永久に更新せぬまま放ったらかしになりそうな気がしたので、何とか管理画面を開いた次第であります。
で、何を書こうかと思ったのですが、ようやく秋らしい日々が続くようになってきたので、スポーツの秋ならぬ読書の秋、ってことで、好き嫌い(食わず嫌い)の多い私が選びに選んで読んできた数少ないスポーツ本の中から、さらに数少ないスポーツ本を紹介させてもらうという全く個人的な記事を書くことにしました。
ではまず、こちらから。
1.後藤健生「サッカーの世紀」(文春文庫、2000)
ハードカバーで出たのが1995年なのでかなり古い本ですが、私のサッカーの観方を変えてくれた本として様々な方に推奨させて戴いております。
地理、歴史、文化、習俗、様々な側面から見るサッカー。もうサッカーに詳しい人には少々もの足りないかもしれませんが、サッカー好きなら後藤さんの本を1冊は読んでおくべきだと思います。
2.林信吾、葛岡智恭「野球型vsサッカー型 豊かさへの球技文化論」(平凡社新書、2004)
野球は詳しいけど、サッカーは……、あるいはその逆の人におすすめの初心者向けの本です。広く浅く日本の2つのメジャースポーツのビジネスモデルやそれらを取り巻く環境について述べられています。
なお、サッカー初心者の人には、同じコンビで書かれたこちらの本の方がいいかもしれません。
3.宇佐美陽「大リーグと都市の物語」(平凡社新書、2001)
これも平凡社新書です。実は他の野球本を読んでいて、やたらと参考文献に名前が挙がるので、気になって買った本です。
チーム名の由来、移転の多い大リーグ球団の都市との関わり方、スタジアムの変遷、日本から見れば理想のように見える大リーグの問題点などが主な内容です。
4.玉木正之「スポーツとは何か」(講談社現代新書、1999)
まず最初に、講談社現代新書は現在、装丁が変わっていますので書店等でお探しの際にはご注意を。
玉木さんはアンチ読売として有名なスポーツライターですが、この本はプロ野球にとどまらず、日本のスポーツ全般の問題点を指摘した本です。
私が過去記事で指摘した高校野球の問題点も、この人の影響が大きいことは否定しません。
そういった個々の問題点から、スポーツの起源といったスポーツの本質に迫る問題も取り上げたなかなかスケールの大きい本です。もしかしたら、少々退屈な人もいるかもしれません。
5.金子達仁「彼らの神」(文春文庫、2004)
一部のサッカーファンからは嫌われ者の金子さんですが、この本はサッカー本ではなく、日本のスポーツを経済の面から切り取った本です。
もともと書かれたのがアテネ五輪の前だったので、シドニー五輪の日本の成績をベースにしている以上、非常に辛口な内容になっていますが、この本を読めば、アテネでの日本選手団の活躍が、むしろ「このくらいはやって当然だろう」という考え方に変わるかもしれません。
6.「Number plus 20世紀スポーツ最強伝説3 プロ野球 大いなる白球の軌跡」(文藝春秋、1999)
1999年から2000年にまたいで刊行されたナンバーの20世紀総集編の1つです。あの「江夏の21球」もこれに再録されています。
個人的に最も思い入れのあるのは「幻の300勝投手」池永正明さんの話です(もちろん復権前の話です)。スポーツノンフィクションを読んで目頭を熱くしたのは、後にも先にもこの話だけです。
7.ミゲルアンヘル・サントス 松岡義行訳「ヨハン・クライフ スペクタクルがフットボールを変える」(中公文庫、2002)
監督の管理術、選手の(暴露本的なものも含めた)自伝など、個人を取り上げた本はあまり好きではない私ですが、多かれ少なかれ現在のバルサやアヤックスにも影響をあたえているこの人の哲学とは何ぞや?と思い、それを知ってみたいと思って読んでみた本です。
……リンクを貼るのが面倒臭くなってきましたので、このへんで終わろうかと思います。
「もう読んだことあるよ!」って方もいらっしゃるでしょうが、まあ私の個人的な企画なので、厳しいツッコミはご勘弁下さい。
ちなみに文庫、新書の類が多いのは、要するに安かったからということに他なりません。
これらは私がフリーターをやっていた貧乏な時代に古本屋の100円コーナーで買ったものがほとんどです。時間は比較的ありましたが何しろ金がなかったので、趣味としては安上がりな古本屋通いをやっていたわけです。
私は短いながらも書店勤務の経験があるので、スポーツの本で売れるものと言えば、前述した、ビジネスマン(課長、部長などの中間管理職)向けの監督経験者の人材操縦法の類やその人個人のファン向けの選手の自伝といった、厳密に言えば“スポーツ”の本とは呼べないものばかりだということは承知しているつもりです。ここに私が列挙したものは、純粋な“スポーツ”の本(だと思っています)ではありますが、お世辞にもあまり売れなかったであろう本ばかりです(それでも文庫化されているのだからまだマシな部類なのだろうが)。
日本にはスポーツの文化がない、といろんな識者が盛んに言っておりますが、こういった本がもう少し人々の目に触れるようになれば、その「スポーツ文化」とやらもちょっとは定着するのではないかと思う今日この頃です。
ちなみにここまで読んで下さった方には私の好みのスポーツ書籍がよくお分かりになられたと思います。
もし、何かおすすめの本がございましたら、コメントの方で何卒ご紹介下さい。お待ち申し上げております。
posted by bunchousann |01:28 |
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2006年09月24日
今回のタイトルは、私の好きな小説の一節をもじらせてもらいました。
まずはこちらのブログと、そこに寄せられたコメントをご覧下さい。
私のコメントも何処かで見つかるはずです。
ブログ1:isさんのブログ
ブログ2:ちゃめさんのブログ
いずれも中村俊輔とセルティック、スコットランド・プレミアリーグ(以下略:SPL)のポジションについて、多数のコメントが寄せられています。
その中で「SPLは世界のトップリーグであると地上波の放送で言っていた」というコメントが、1つではなく、複数寄せられていることに驚きました(同じ人が違うハンドルネームで書いているのかもしれませんが)。それ以外にも「セルティックはレアル(・マドリー)やバルセロナと同等のビッグクラブである」などというコメントもあり、それに反論するものもあるものの、SPLやセルティック(そして中村)を賛美するコメントが実に多いことがうかがえます。
かく言う私もコメントさせてもらっているのですが、どうにも解せないのが「SPL=世界最高峰のリーグ説(仮題)」を地上波の何処かの局が堂々と喧伝していることです。
この局は、本当に確かな知識と情報に基づいてそのようなことを言っているのでしょうか。
私が双方のコメントに挙げている「UEFAリーグランキング」なるものを、果たしてこの「SPL=世界最高峰のリーグ説(仮題)」を喧伝しようとした人(放送局)はご存知なのでしょうか。
このランキングは過去5年間のUEFAチャンピオンズリーグ(以下略:CL)とUEFAカップという欧州の大会において、その国のクラブがどれだけ活躍したか(つまり何チームがどの大会でどこまで勝ち進んだか)を数値化したもので、過去5年間の数値の合計で決定されます。
字が小さくて恐縮ですが(ズームアップしてください)、こちらはUEFAのHPにあるCL開催要項で、その38ページにUEFAリーグランキングが掲載されています。
これを見たとき、実は私の記憶も結構いい加減だったと反省させられたものですが、2006-07シーズンのスコットランドは10位だということがお解りいただけると思います(私は11位だと思ってましたが、これは前シーズンの数値だったようです)。
これはUEFAのHPにあるCLの大会要項から引っ張ってきたものなので、信憑性は充分にあると思うのですが、これを見てなお、その地上波局は「SPL=世界最高峰のリーグ説(仮題)」を主張できるのでしょうか。
SPLは、昨シーズン平山相太がプレーしていたオランダのエールディビジよりも下にランクされています。
中村が活躍するのは、すごいことではなく、むしろ当たり前のことだと思いませんか?
そもそも、リーグ全体のレベルということであれば、優勝を狙えるようなクラブのみならず、やっとこさ残留をするであろうクラブのサッカーも含めた、全体を考慮する必要があるでしょう。
例えばスペイン、リーガ・エスパニョーラ。
レアル・マドリー、バルセロナ、バレンシアといった強豪クラブばかり目に入りますが、昨シーズンまで大久保嘉人が在籍していたマジョルカのような残留のみを目標とするクラブまであります。
要するに、リーグの平均を採ると、それはレアル・マドリーやバルセロナのレベルではない、ということです。
そして同じことがSPLにも言えるということです。
こんなコラムもあるので(こちら)、よろしければお読み下さい。
また、セルティックは国内のタイトルを何度も獲得し、かつては欧州王者の経験さえある名門には違いありませんが、クラブの格式、ステータスと、そのチームの実力やリーグのレベルというのは、必ずしも同列に扱うべきものではないと思います。
セルティックがレアル・マドリーやバルセロナと同格と報道されているのは、そのクラブが周辺に与える影響力など、いわゆる「ステータス」のことを指しているのでしょう(このことについてはもし機会があればもう少し詳しく書いてみたいと思います)。
私は昨年の末まで、同じ会社が経営する書店の方に勤めていました。
おかげで、ほぼ2年間、毎月2回発行(もしくは月刊)の海外サッカー専門誌をそれこそ白黒ページのコラムにいたるまで、細大漏らさずに読んでいましたが、少なくともSPLが現在、世界の最高峰であるという記述には巡り合ったことがありません。
もしもサッカーの専門誌にそのような記述があったのなら、その専門誌を是非、私に紹介して下さい。
地上波というメディアは、CSやCATVの有料放送と異なり、それほどサッカーに詳しくない人たちも目にするメディアです。
そのような人たちがここで得るサッカーに関する知識とは、能動的なものではなく、あくまで受動的なものに過ぎません。
であればこそ、正しい知識と正しい情報を持って視聴者を誘導しなければなりません。
本当に無知であるならば深刻な事態ですが、仮に意図的に情報操作をしていたならば、事態はさらに深刻です。
W杯のメディア批判の多くは、現実を直視せず、根拠のない楽観論ばかりを垂れ流し、国民を欺いた、というものが多かったような気がします。
これらの批判にどれだけ耳を傾けるのかと思っていたのですが、どうやら全く耳を傾けていないようです。
今回の報道も、まさしく「根拠のない楽観論」と同じ類の報道だからです。
それから中村俊輔のファンの皆さんへ。
彼の目標はスペイン(しかも残留を争うような弱小クラブではないクラブ)で活躍することです。
であるならば、さっきも言いましたが、現在の活躍は「すごい」のではなく、むしろ「当然」なのではないでしょうか。
ほんの数年前まで、セルティックで中村の何倍も愛され、「レジェンド」にまでなった選手がいます。
彼の名はヘンリク・ラーション。昨シーズンまでセルティックに在籍していたジョン・ハートソンよりもはるかに多くのゴールをSPLで、そしてセルティックで記録してきました。
その彼が、移籍したバルセロナではスーパーサブの地位を受け入れました。
本当にセルティックとバルセロナが同列に扱われるならば、セルティックで「レジェンド」とまで呼ばれた選手が、どうしてバルセロナでは特別扱いされず、レギュラーにさえなれなかったのでしょう。
実力・格式双方のビッグクラブと格式のみにおいてのビッグクラブの差をあらわす端的なエピソードだと思います。
posted by bunchousann |02:01 |
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2006年09月21日
久しぶりの野球ネタです。
いよいよ高校生ドラフトが週明けの25日に迫ってまいりました。
今年の目玉は、なんと言っても投手では田中将大君(駒大苫小牧)、野手では堂上直倫君(愛工大名電)でしょう。スポナビのコラムでも取り上げられている2人ですし、堂上君については、2ヶ月ほど前に拙稿でもその華やかな伝説について書かせてもらいました。
この2人、現在のところ複数球団からの1巡目指名がほぼ確実な情勢で、そうなると、どうも抽選になるのは避けられない模様です。
この「抽選」ですが、もしかしたら今年で最後になる可能性もあります。
現行の“かなりややこしい”ドラフト制度は今年で2年目になりますが、制度自体を取り決める際に「2年間の暫定的措置」として取り決められた経緯があったはずです。
この言葉をそのまま解釈すれば、来年のドラフトからは何らかの改革が行われることになりそうで、実際に選手会側からは完全ウェーバー制を求める声も上がっているようなのです。
大学生・社会人とは分離して行われることによって、また、今年の高校野球の盛り上がりもあって一際注目されている感がある高校生ドラフトですが、もしかしたら来年はまた分離されていたドラフトが一本化されるかもしれません。
ところで、1位指名が競合し、抽選が行われるということは、当然抽選に外れる球団があるわけです。
こうして抽選に外れた球団から指名された1位指名の選手を、通常「外れ1位」と呼びます。
外れ……というと何だかネガティブなイメージを与えかねない感じですが、ふたを開けてみると、そうでもないことが分かります。
手前味噌で恐縮ですが、中日の例を2つほど挙げてみましょう。
まずは井端弘和とともにセリーグで最高の二遊間を形成する荒木雅博。
彼は95年、外れ1位の選手として指名を受けました。
いや、より正確を期して言うならば「外れの外れの」1位指名です。
この時の中日の1位指名は現在チームメイトの福留孝介でした。当時PL学園の中軸打者であり、大型内野手として期待されていた福留はこの年、野茂秀雄、小池秀郎の8球団に次ぐ7球団からの1位指名を受けましたが、抽選の結果近鉄(当時)が交渉権を引き当てると、入団を拒否し、社会人の日本生命を経て98年のドラフトで逆指名制度を利用して中日に入団しました。
福留を外した中日が次に指名したのは、東海大相模高校の原俊介。当時の正捕手中村武志の後継の期待を込めた、捕手の1位指名という思い切った作戦でした。
しかし、ここでも福留を外した読売との抽選になり、結局読売が交渉権を引き当てることになりました。
3度目の指名で、ようやく本来の目的である高校生内野手の指名という原点に立ち返り、熊本工の荒木の指名となったわけです。
その後の活躍は野球ファンならご存知。現在は中日の主力としてラインナップに欠かせない存在になっています。
一方、読売に入団した原俊介ですが、現在のところ、1軍と2軍を往復する生活であり、1軍昇格時の役割も主に右の代打が中心です(10月4日追記:原選手は10月2日、読売ジャイアンツから戦力外通告を受けました)。
もう1つの例が、今年2度目の2ケタ勝利を挙げた朝倉健太。
入団7年目、今年で25歳。これからの活躍が期待される1人です。
彼がドラフト会議で指名を受けたのは99年。この年、中日は国学院久我山高校の左腕、河内貴哉を1位で指名しました。
ところが、広島、近鉄との競合となり、抽選の結果、河内の交渉権は広島が引き当てました。
その外れ1位が朝倉というわけです。
ちなみにこの年中日は、2位指名でも競合し(現在の制度ではあり得ない)、今季日本ハムの躍進を2番打者として支える当時東福岡高校の内野手だった田中賢介を抽選で失うという散々なドラフトになりました。
それでも、背番号をころころ変えながら(41→18→14)今年で2度目の2ケタ勝利を挙げた朝倉は、ここまでまずまずの成長を見せていると思います。
一方の河内、入団時に「大野(豊)のようなスケールの大きい投手になって欲しい」との願いを込めてつけられた背番号24は今でも変わっていませんが、ここまではその背番号が何となくプレッシャーになっているのか、ブレイクしかけた04年(8勝)の成績を、未だに超えることができていません。
このように中日の最近のケースでも外れ1位の活躍ぶりを紹介できました。他の球団のケースでもあると思いますので、ご存知の方はコメント等で教えていただけると有難いです。
最後に、この話題はどうしても残酷な比較・結果論になってしまいますが、要するにアマチュアでの評価、実績とプロに入ってからの成績とは別だということが言いたかったわけです。
今年は先述した田中君、堂上君以外にも、埼玉・鷲宮高校の増渕君やPL学園の前田君ら、指名が競合しそうな選手がたくさんいます。
それはつまり、外れ1位選手がたくさん産まれることを意味しています。
1位指名で抽選に外れた球団のファンの皆さんも、外れ1位選手に注目してみてはいかがですか?
何年後かには「あの時抽選で外れてよかった」と思えるような選手になるかもしれませんよ。
posted by bunchousann |23:11 |
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2006年09月21日
小さな記事でしたが、こんなものを見つけました。
14歳以下のリーグが10月から2月、15歳以下のリーグが5月から8月とありますが、要するに3年生が受験勉強のために夏で部活動を引退するのですから、2年生中心による新チームの立ち上げから彼らが引退する翌年夏までのほとんどの期間にわたって行われる長期のリーグ戦ということになります。
このリーグ戦は3部構成で前期、後期に分かれており、それぞれの成績でリーグの合間に行われるカップ戦の出場枠が決まったり、リーグ昇格、降格が決まるというかなり本格的なものです。
詳しいことは香川県サッカー協会のHPをご覧下さい。
既にこうした試みは高校生年代ではどこの地域でも盛んになっているようですが、中学生年代にも広がりを見せ始めたという点で画期的なことだと思います。
これはサッカーに限ったことではありませんが、日本の学校スポーツの大会は、そのほとんどがトーナメント方式で行われます。
トーナメント方式では、1度負けたらそこで終わり。捲土重来の機会はもうやってきません。
考えてもみてください。参加チームの半数が公式戦という晴れの舞台をたった1試合しか経験できないわけです。
つまり、その半数のチームに属する最上級生は、たった1度の敗戦を喫しただけで、それを糧にしてさらに成長する機会が与えられないというわけです。
確かに「負けたら終わり」のトーナメントを勝ち上がることによって精神的にも肉体的にも成長を遂げる選手はいるでしょう。それは競技こそ違えど今年の夏の高校野球を見ればわかると思います。
しかし、そのような成長を遂げられる“特権”にあずかれるのは、トーナメント制ではほんの一握りに過ぎません。
また、アマチュアであり、学生の部活動ですから、チームの中に飛びぬけた素質をもった選手がいても、結局チーム全体のレベルの低さに埋没してしまい、真剣勝負の舞台を早々に降りざるを得ないケースというのが往々にしてあると思います。
それに対してリーグ戦であれば、1度の敗戦で成長が妨げられることもなく、敗因を分析し、それを改善するための対策を練り、次の戦いに活かすことでさらなる成長が見込めます。
タイトルのかかった真剣勝負の場において、このような機会がどのチームにも最低数回はあるわけです。
チームではともかく、個人レベルで優れた選手のスキルアップにも大きく貢献するシステムだと思います。
サッカーに限らず、まだ様々な経験に乏しく、これから数多くの失敗をするであろう若い世代にこそ、ミス(敗戦)からの挽回の機会を作ってやるべきだと思うのですが、残念ながら日本の学校スポーツにはそのようなシステムがほとんどないのが現状です。
ところで香川協会のHPを見ると、このプロジェクトには実に気宇壮大なコピーがついています。
「香川県から日本代表を!」
陸続きである隣の徳島県からも愛媛県からも代表選手が出てますから(誰でしょう?)、是非香川県からもという気持ちが伝わってきます。
また、徳島県にも愛媛県にもJのクラブが存在します。
徳島県には、徳島ヴォルティス。
愛媛県には、今年J2に加盟した愛媛FC。
それに対して、香川県のカマタマーレ讃岐は、Jリーグを目指すべく現在四国リーグ(JFLのもう1つ下のカテゴリー)で奮闘中です。
先日の天皇杯の一回戦では残念ながら同じJを目指す(こちらはJまであと一歩ですね)ロッソ熊本に0-5の大敗を喫してしまいました。
現在では隣県に大きく水をあけられた感のある香川県の大きな挑戦。
欲を言えば、中学生は成長の最も大きな時期なので、学年ごとに体力差が大きいことを考慮すると1年生専用のリーグ戦も作って欲しかったところですが、いい選手を育てたい、たくさんの実戦機会を設けることで楽しみながら成長して欲しい、HPからはそんな関係者の思いが伝わってきます。
いくら日本の都道府県の中で面積が最小とは言え、全県単位での運営ともなると、かなりの困難が予想されます。
そんな困難を承知した上で下した今回の英断に、素直に拍手を贈りたいと思います。
posted by bunchousann |03:32 |
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2006年09月19日
もう何日か経ってしまいましたが、U-16日本代表が見事にやってくれました。
試合のレポートなどは他の方も書いているようなので、拙稿ではその周辺を取り上げたいと思います。
この年代が結果を残すのは本当に難しいようです。前回(2004年)のAFCU-17選手権は日本で行われるというホームアドバンテージがあったにも関わらず、何とグループリーグ敗退の憂き目に遭いました。
この大会のU-16代表を指揮していたのは、高校選手権の名門、市立船橋高校を長く率いた布啓一郎監督。
注目度も高かっただけに、様々な要因があったとは言え、その敗退には多くの人ががっかりしたことだと思います。
2年に1度行われるU-17W杯の都合上、この大会を目指すチームが結成されるのは15歳の時になります。
この年齢は、日本では早生まれの子を除いて中学3年生に相当します。
つまり、高校受験を控える年代に相当するのです。そのため、一時的にサッカーから引退をしなければならず、一貫した強化がしにくい世代なのです。
……というようなことを彼らがアジアを制してからよく耳にしますが、果たしてそれだけが原因なのでしょうか?
よく考えてみて下さい。
W杯ではやっとこさホームでベスト16の日本が、過去ワールドユース(現U-20W杯)では準優勝を含むベスト8進出が3度あります。
つまり、強豪国との実力差が若い世代ではまだそれほどついていないということになります。
残念ながら、A代表でくっきり差がついてしまうのは、強豪国に属する彼らがその後、ハイレベルな国内リーグや欧州、南米のクラブ戦でめきめきと力をつけてしまうからだと思います。
これと同じことが日本と他のアジア諸国の関係にも言えるのではないでしょうか。
一応Jリーグはアジアでもそれなりの敬意を持たれているようで、充実したプロリーグがあるかないかの違いはやはり大きいと思います(その割にはACLでは勝てないんですよね)。
それにしても、グループステージで同居した韓国、準々決勝でイランといったアジアの列強を苦しみながらも撃破したのはお見事としか言いようがありません。
ちなみに、今回のメンバーは、招集選手のほとんどがJリーグのユースチームからの選出でした。
高校生は鹿児島中央高校の八反田君ただ1人。
高校生年代における近年のクラブユース優位の現状がこんなところにもうかがえました。
とは言え、高校サッカーにはこの後全国選手権という最も華やかな舞台が用意されています。
4つという限られたチームではありますが、数万もの大観衆の中、国立競技場で戦うチャンスがあるわけです。これはクラブユースの選手ではなかなか味わえない経験になると思います。
さて、今回の快挙を成し遂げた選手たちは現在15~16歳です。
このまま順調に行けば、彼らは2012年のロンドン五輪の代表で中核を担うことになるでしょう。
でも、よく考えてみてください(2度目です)。
2010年には、彼らは19~20歳。
つまり、今後の成長如何で南アW杯代表(予選を通ればの話ですが)に間に合う最後の世代とも言えるでしょう。
今年のW杯日本代表は、メンバー中最年少というだけで、今年で25歳の茂庭や駒野が「若手」などと呼ばれていたのを聞いて大いに違和感を感じたものでしたが、“真の若手”と言ってもいい19歳や20歳でW杯の代表に選ばれた選手もたくさんいます。
有名どころを挙げると、例えばスペインからは
セルヒオ・ラモス(1986年3月30日生まれ、レアル・マドリー)
セスク・ファブレガス(1987年5月14日生まれ、アーセナル)、
そして、お馴染みアルゼンチンからは
リオネル・メッシ(1987年6月24日生まれ、バルセロナ)
といった選手たちがW杯代表としてプレーしています。
彼らはいずれもビッグクラブでレギュラー、もしくはそれに準ずる選手たちです。
日本でも、98年のフランスW杯の代表に18歳(その年で19歳)の小野伸二が選ばれ、17歳(その年で18歳)の市川大祐は代表まであと一歩のところまでいきました。
もちろんその時と現在ではJリーグを取り巻く環境も変わってきています。具体的に言えば、リーグのレベルが上がって、若手選手が以前より活躍しにくくなっているのは否めません。
それでも、プロ(を目指す選手)である以上、実力の世界、チャンスがないわけではありません。
セレッソの柿谷君のように、すでにトップチームとの契約を済ませた選手もいます。
U-17W杯は世界中の有望選手の見本市です。
この大会にはおそらく世界中からスカウトたちが集まるでしょう。
対戦国の選手が有名クラブに引き抜かれ、次いでA代表に選ばれ……そのうちに彼らもいい意味で高い意識を持つようになるでしょう。
現在のA代表、U-21やU-19の代表に彼らが加わって、オシム監督の懊悩がますます深まることを期待したいと思います。
posted by bunchousann |03:12 |
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2006年09月16日
昨日のニュースで、日本サッカー協会のS級ライセンスの交付者が発表され、その中に、車椅子の羽中田昌さんの名前があったことが大きく取り上げられていました。
羽中田さんは韮崎高校で中田英寿の先輩に当たります。
その高校時代に全国選手権で活躍し、将来を嘱望されていたそうですが、19歳の若さで交通事故に遭って下半身不随となり、選手生活を断念せざるを得なくなりました。
私は残念ながら羽中田さんが活躍したという高校時代のプレーぶりはわかりませんが、もしも選手を続けていたならば、現在のお歳から言ってJリーグの黎明期を支える選手になっていたかもしれません。
それにしても本当に意思の強い人だと思います。
ありきたりの言葉では語り尽くせぬ体験の後、公務員という安定した職業に就いたにも関わらず、サッカーの指導者を目指し、95年よりバルセロナへ5年間ものコーチ留学へと旅立ちました。
コーチ留学の後は、スカパーの解説や各種活字媒体などで活躍、私が羽中田さんの名前を知ったのは恥ずかしながらこの頃からです。
現在は高校生のコーチもされているそうで、既に指導者としても活動しています。
これは、サッカーに限らず、同じプロスポーツである野球や、その他のトップカテゴリーの競技に共通して言えることですが、日本のスポーツ指導者というのはその多くが元一流選手であったり、元有名・人気選手であることが多いような気がします。
「名選手、名監督ならず」という言葉が示すように、選手(競技者)としての資質と指導者としての資質は全く別物です。
それなのに結果的に両者が混同されてしまっている印象がどうもぬぐいきれないのです。
こうした日本のスポーツ指導者(監督)のあり方に大きな影響を与えているのは間違いなくプロ野球だと思います。
多くを語る必要もないでしょうが、現在のプロ野球12球団の監督を見て下さい。外国人監督が何人かいますが、日本人監督のほとんどが、現役時代にまず一流と呼ばれた選手だったはずです。
最も、監督に客寄せパンダの役割を担わせるプロ野球に比べるとサッカーはまだマシ(幸せ)な方かも知れません。
それでも、ここ数年は羽中田さんと同世代、すなわちJリーグの黎明期を支えた元代表レベルの名選手たちが次々とライセンスを取得し、その内の何人かは早くも実際に現場に出てシーズンを戦っています。
サッカーの場合はライセンス制なので、プロのクラブを率いるのに必ずしもプロ経験が必要というわけではないのですが、指導者としての経験もそこそこにJのクラブを率いていたり、代表のスタッフになっていたりするかつての名選手の姿をそこかしこに見つけることができます。
そういう中でプロ経験もなく、また車椅子というハンデ(実技指導が困難)を持つ羽中田さんのS級ライセンス取得は大きな意味を持ちます。
指導者を選ぶ側から見ると、多様な選択肢が与えられるのは歓迎すべきことのはずです。
その多様性というメリットを、選ぶ側ももっとよく考えなければなりません。安易に名選手に頼らないように……。
羽中田さん以外にも、プロ経験がないのにS級ライセンスを持っている人はたくさんいます。
中には、高校サッカーでお馴染みの名将の名前もあったりします。
それにサッカー関係者なら、まさかアリゴ・サッキやジョゼ・モウリーニョの名前を知らないということはないでしょう。
彼らも、プロ経験がありません。そして、モウリーニョは現在、プロサッカークラブの監督としては世界で最高の報酬を得ている人物です。
最後に羽中田さんの話題に戻ります。
きっとあなたのもとでプレーする選手たちは、選手としてのキャリアを断念せざるを得なかった監督の分までサッカーができる喜びを感じながらプレーするでしょう。
そしてもしもJのクラブからいいオファーがあれば、バルセロナで学んだ華麗なフットボルを展開してくれることを期待しています。
posted by bunchousann |02:34 |
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2006年09月13日
(2006.9.28 カテゴリーを「その他」に変更しました)
タイトルにもあるように、totoの当選金が最高で(キャリーオーバー発生時)6億円にもなるという新商品が登場しました。
これはロト6の最高当選金(キャリーオーバー発生時)4億円を大きく上回り、日本の宝くじ史上最高の高額当選金となりました。
ではなぜこんなインパクトのあるものが登場したかと言いますと、ひとえにtotoの売り上げが年々落ちているからです。
1億円をキャリーオーバーで2億円にし、さらに予想を簡単に(!?)するべく派生商品も続々登場しましたが、結局あまり成果が上がっていないのが現状です。
それもそのはず、totoの運営をしている日本スポーツ振興センターとは、何と文部科学省の独立行政法人というではありませんか。
早い話が、文科省の官僚の皆様の天下り先ということです。そして、この国で官僚の始めた商売というものには成功例がありません。
日本の役所というのはそれはそれは古来より前例、慣例主義を忠実に遵守してきたのですが、前述の「官僚の商売は失敗する」という悪しき前例までも律儀に遵守しているようです。
話が逸れました(笑)。再びtotoの話題に戻します。
かく言う私も、ほぼtotoが始まって以来、少額ながら購入を続けている1人です。
理由はいくつかありますが、1つ目は当然、サッカーが好きなこと。
2つ目は、俗物としての金銭欲(未だ1万1千円以上の当選金にめぐりあってはいませんが)。
そして3つ目は、totoの売り上げがスポーツ振興に使われること。
以上の3点でした。
特に、3つ目の理由は画期的と言ってもいいくらいでした。
実際に、初年度は約58億円が各競技の統括団体や地方自治体の競技団体に助成され、一定の成果を挙げました。
ところが、年々右肩下がりの売り上げによって、当然スポーツ振興への助成金も激減を余儀なくされました。
昨年度の売り上げに対する今年度のその額、何と1億2000万円だとか……。
いったいどういう計算式を駆使すればこうなってしまうのでしょうか?
初年度の売り上げは約640億円、それに対して昨年度の売り上げはその20%強の約150億円。
何かもう少し助成金があってもいいような気がしますが、まあ運営費などもあるようですから、仕方ないのかもしれません。
こういった経緯もあり、その、日本スポーツ振興センターとやらはtotoの売り上げを伸ばし、もっと多くの金額をスポーツ振興に使いたいということなのでしょう。
でもよく考えてみると、何かすっきりしないのです。
そもそも、スポーツ振興における経済的支出は、totoの売り上げから出さねばならないものなのでしょうか?
このように書くと、法律で定められているとか、そういう原則論で反論される方がいるかもしれませんが、私が言いたいのはそういうことではありません。
いちいち調べはしませんが、もちろんスポーツ関連の予算が皆無なのだとは言いません。
ですが、例えばtoto実施初年度の助成金約58億円と同額程度の予算を、国家予算からは出せないものなのでしょうか?
もちろん、我々から見れば巨額ではありますが、国家規模にすれば、とるに足らない金額のはずです。
近年では税金の使い道に何かと国民の目も厳しくなってはいますが、少なくとも、無駄な公共事業をやるよりは余程マシな使い道だと思います。
また、よく引き合いに出されるのが、軍事費(まあ、一応防衛費と言っておきましょう)との比較ですが、例えば、お馴染みのF-15を一機導入するために必要な予算は150億円とも200億円とも言われますよね。
その一機分、いやせめて“半機分”の予算を、日本のスポーツのために回すことはできないものなのでしょうか。
オリンピックがあれば、W杯があれば、首相も文科相もニコニコ顔で選手の前でこう言うのです。
「メダル、期待してますよ」
「決勝トーナメントには進めるでしょうね」
素晴らしい発言ではありますが、発言には責任が伴うものです。
そういうご発言は、きちんとしたバックアップをしたという自覚の上で仰っているのでしょうね?
人口は減りながらも1億2000万人を超え、GDP世界第2位の経済大国でありながら、この国のスポーツはかくも貧しいのです。
スポーツ振興のささやかな予算ですら、サッカーくじに依存しなければならないのですから。
posted by bunchousann |21:04 |
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2006年09月11日
10日に行われたイタリアGPで今季6勝目を飾ったフェラーリのミハエル・シューマッハが引退を表明しました。
F1ファンなら説明不要ですが、昨日のイタリアGPまでに彼が積み重ねた勝利は90勝。これは2位のアラン・プロストの51勝、3位のアイルトン・セナの41勝を大きく上回る圧倒的な記録です。
もちろん、この勝利数には彼の実力もさることながら、良きチームメイトに恵まれたという事情もあります。
エディ・アーバイン、ルーベンス・バリチェロ、そして今年からのフェリペ・マッサ……。
彼らも同じサーキットで戦うドライバーには違いありません。勝ちたいに決まっています。しかし、フェラーリのステアリングを握っている間は、まさに日本人の好みそうな“滅私奉公”の精神を発揮し、ミハエルの勝利をサポートする「2ndドライバー」としての地位に甘んじたわけです。
そんな己の立場を知ってのことでしょうか、私がミハエルに抱くイメージで最も強いものは“気配りの人”というイメージでした。
私がまともにF1を見始めたのは比較的最近のことで、丁度ミカ・ハッキネンがマクラーレン・メルセデスで全盛期の頃でした。
あの頃のフェラーリはマシンの戦闘力がマクラーレンに比べて弱く、特にエンジンパワーではメルセデスエンジンに比べて絶望的な差がありました。
そこをミハエルのドライビング・テクニックで何とか勝負に持ち込んでいたというのが私の印象です。
そんな明らかに戦闘力の劣るマシンでも、彼は不平不満を表に出すことなく、1戦1戦を必死に戦っていました。
そんなフェラーリが、世紀をまたぐととたんにマシンの戦闘力を増加させ、前人未到の5連覇へとつながっていくわけです。
それゆえ、当然、ミハエルは何度も表彰台の中央に立つことになったわけですが、いつも不思議に思っていたのが、あの豪快なガッツポーズでした。
もちろん優勝したのだから嬉しいに決まってます。
しかし、彼の喜びようといったら、いつもまるでルーキーが初めて優勝したときのような派手なものでした。
何度も何度も勝っていながら、どうしてあれほどまでに喜ぶことができたのか、不思議でなりませんでした。
私が記憶する限り、彼が優勝の後に喜びの表情を見せなかったのは彼の母親が亡くなった03年のサンマリノGPと、昨年、ミシュラン勢が全てレースをボイコットしたアメリカGPくらいです。
表彰台でのあのガッツポーズは、単に次なる勝利への渇望というのが大方の意見のようです。
しかし、私はそれ以外にも別のものを感じ取っていました。
それがタイトルにもつけた“気配り”ではないかと思うのです。
そういうと彼がわざと喜んでいるのかと思う人もいるかもしれません。しかし、あのガッツポーズはチームのためにもやはり「必要」なものだと思います。
F1に限らず、モータースポーツは他のスポーツに比べて不確定要素が非常に大きいスポーツだと言えます。
表面上、戦うのはドライバーですが、彼らは生身で戦うわけではありません。
当然、マシンの性能や信頼性によって大きく結果が左右されるわけです。
これまで積み重ねてきた結果に対して巨額の報酬を得ているミハエルのマシンを支えるのは、大勢のメカニック、エンジニア、その他のスタッフたちです。
彼らは、ミハエルを勝たせるために、ミハエルの何十分の1、何百分の1かの報酬で全力でサポートしているわけです。
レースの前にはマシンに対する要求では人後におちることのない彼の要求を聞き、レース中は細心の注意を払いつつ最速のピット作業でミスなくコースへ送り出す……全てはミハエルを勝たせるため。
もしもミハエルが表彰台で、あたかも野球のホームランバッターがホームランを打った後のように淡々とした表情をしていたら、スタッフたちはどう思うでしょうか?
こんなに一生懸命やったのに、ミハエルは全然喜んでくれないではないか。何のために俺たちはいつも頑張っているのだろうか……。
もちろん、スタッフたちもプロですから、そんなことはおくびにも出さないでしょうが、同時に彼らは人間でもあります。スタッフのモチベーションを上げるためにも、ミハエルは感謝の意味を込めてあの派手なガッツポーズをするのだと思います。
学校の教室の壁によく貼ってましたよね。
「1人はみんなのために。みんなは1人のために」と。
これって、F1の世界を表現するのにぴったりな言葉だと思います。
そんな“気配りの人”、これまでの実績にリスペクトを込めて「皇帝」と呼ばれた彼も、今年で37歳。
今季も昨年のチャンピオン、フェルナンド・アロンソと激しいチャンピオン争いをしていることから、技術的に衰えたということではないのでしょう。
今はまだ引退の真相はわかりませんが、鈴鹿を含めた残り3戦、彼のガッツポーズ、すなわち“気配り”が何回見られるのか、注目したいと思います。
posted by bunchousann |00:57 |
F1 |
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2006年09月10日
平山相太選手、まずはFC東京への入団おめでとうございます。
日本に帰国したときのあなたの発言を聞いて、私は正直に言って腹が立ちました。
「ヘラクレスを戦力外になった悔しさよりも、日本に戻ってきた喜びの方が大きい」なんて、絶対そんなことは言って欲しくなかったからです。
契約解除の要因の1つと報道されている体重オーバーを彷彿とさせるやや丸い顔で、しかもにっこりと話す姿が余計に私を苛立たせました。
過去記事でエールディビジの可能性について書かせてもらった身としては、何ともやるせないものがあります。去年は悪いところもありましたが、いいところもたくさんあって、今年の飛躍が期待されていたこともあります。
監督が変わって、戦術的・人格的に合わないとか、そういうことなら解ります。そういうことで戦力と見做されないのは選手のレベルの問題ではありませんから(あのサヴィオラだってそうでしょう?)。
でも、報道をあえて鵜呑みにさせてもらえば、あなたがヘラクレスを戦力外になった理由は、シーズンオフの体調管理が不十分だったということと、オランダ語の勉強をオフの間に全くやっていなかったこと、でしょう?
技術や体力以前に、プロとして最低限やっておくべきことができてなかったわけでしょう?
これって、相当屈辱的な解雇理由ですよ。
実際にお喋りなことで知られる某国のサッカー協会会長は、プロ意識に欠けるという理由で戦力外になる羽目になったあなたをJリーグが受け入れることに対して、事実関係を明らかにしなければJリーグの沽券にかかわる、といった類のことを言っておられます。
確かに「ホームシックで、オランダの、海外の生活になじめなかった」という同情的な意見もありますが、よく考えてみればオフの間の自己管理が問題だったのですから、ホームシックを免罪符にするのはちょっと難しいのではないでしょうか。
どうでしょう、FC東京のサポーターの方々の中には、もしかしたらこういう理由で入団することになったあなたに対して、諸手を挙げて歓迎、という雰囲気に違和感を感じる人はいないのでしょうか。
学業との両立、教員免許を取るためなんて聞くと、何か逃げ道をつくっているような気がしませんか。教員免許なんてその気になれば現役を引退してからでも取れますよ。
私が先に述べた類の批判は、既にネット上でもあふれていると思いますし、ある掲示板では「これまで海外で奮闘してきた日本人選手の功績を台無しにした日本の恥だ」という酷いものもありました。
確かに、世界の大方の人々が日本人に抱く「勤勉・努力家・規律遵守」といったイメージを、あなたは壊してしまったのですから。
でも、批判は期待の裏返しでもあるのです。
巨漢ぞろいのオランダでも通用した高さ、フィジカル……日本に不足する「真の大型FW」ということで、あなたに対する期待は本当に大きいのです。
Jリーグを甘く見てはいないでしょうが、接触プレーによる不要なファウルの多いJリーグの特徴をつかみ、胸でトラップするときの腕の位置の修正さえできれば、私は充分FC東京の戦力としてやっていけるのではないかと思っています。
国際経験が不足した五輪代表や現在のA代表にとっても、あなたがオランダで習得した経験値は必ずや活かされるはずです。
冒頭に述べた通り、帰国したときのあなたのコメントと表情に腹が立ったのは事実です。
ですが、今は少し冷静になっています。
報道に対して、またこうした批判に対して言いたいこともあるでしょう。
移籍マーケットが閉まる直前に戦力外を通告してきたヘラクレスの不誠実な対応にも言いたいことはあるでしょう。
海外の選手であれば、そういうことに対して真っ向から反論する選手もいますが、あなたは敢えて黙して語らぬ「日本人的な」対応を見せました。
あなたが大きな屈辱を味わいながら、最低限のプライドを守り通したと考えるのは私だけではないはずです。
それにラッキーなことに、あなたは日本人でした。
この国の人々ほど、忘れっぽい国民はそうはいません。
あなたがゴールという結果を残し続ければ、こんなブログに連ねられたささやかな批判など、誰も思い出さなくなりますから。
そして、なるべく早くこうした「批判」が“裏返って”、「期待」に変わることを願います。
posted by bunchousann |21:22 |
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