2007年05月01日
拝啓、日本高等学校野球連盟様~奨学制度記事へのコメントから:前編
さて、明後日5月3日には高野連のHPにスポーツの成績による奨学制度を実施していた高校の名前が掲載されるようで、高野連はこの問題に一応の決着をつけようとしています。 犯罪者と同様に「自首」することによって「量刑の軽減」を推奨してきた高野連ですが、ここまで「出頭」してきた高校の名前を聞くと、高校野球ファンならば当然の如く知っているような高校の名前ばかりです。明日が「出頭期限」の最終日ですが、果たして人口に膾炙するような高校の名前がまたぞろ出てきそうな気がします。 この話題、当ブログではいささか食傷気味であったこともあって、もう触れないでおこうかと思ったのですが、未だにぽつぽつとコメントを頂くのを見ると、やはり大きな問題なのだと思います。 もともとは裏金問題に対する専大北上高校への高野連の処分が検討される中で、このスポーツ奨学制度の問題に飛び火したわけですが、私も最初はいつもの調子でひっそりと投稿したので、最初からそれほど大きなレスポンスがあったわけではありません。 しかし、あちこちにトラバを貼らせてもらったことや、スポナビ+のおすすめになったこと、そして極めつけはYahoo!のヘッドラインにリンクが貼られたこと(今はもうありませんが)によって予想もしなかった程アクセスが激増し、同時にたくさんのコメントを頂きました。 過去ログ1 日本学生野球憲章第13条はどう解釈すべきか~スポーツ奨学制度の是非を考える(2007.4.16) 過去ログ2 結論から言って、奨学制度も越境入学もなくならないだろう~日本学生野球憲章第13条はどう解釈すべきか2(2007.4.21) 5月1日16:00現在、1つ目の記事に69件、2つ目の記事に19件コメントを頂いております(管理人のレスを除く)。まずは改めてこの場で御礼申し上げます。 今回の記事は、そんな皆さんから頂戴したコメントから感じた私の雑感を高野連への疑問と言う形で書いてみることにしました。 1.あなた方の唱えるアマチュアリズムとは、現在にも通用する概念なのか スポーツ奨学制度によって授業料免除などの特典を受けることは、アマチュアリズムに反する行為なのだそうです。 このアマチュアリズムという概念がどういう経緯で生まれたものか、このスポナビ+を読むような人であれば説明しなくてもおわかりだと思いますし、もちろん高野連の皆さんもご存知でしょう。 アマチュアリズムとは、端的に言えば貴族の発想です。 時間にも、そして金銭的にも余裕のある彼らは、「娯楽」「息抜き」たるスポーツによって金銭を得る行為を軽蔑し続けました。 それゆえに、かのクーベルタン男爵の「オリンピックは、参加することに意義がある」という言葉が生まれるわけです(もちろん意味はご存知ですよね)。 もともとこの学生野球憲章が生まれた背景には、戦前の大学野球の過熱ぶりがあったようです。 当時の時代背景、経済事情を考えれば、大学で野球をやる(やれる)人間というのがどのような人種なのか、想像ができますよね。 貴族とは言いませんが、経済的に余裕のある家庭が多かったことは間違いないでしょう。 高野連のアマチュアリズムも、原則としてその時代の大学野球における概念を路襲しています。そのことは学生野球憲章19条を見れば明らかです。 そのような時代に生まれた学生野球におけるアマチュアリズムが、何十年も経った現在にも果たしてそのまま通用するのか、これは大いに疑問に思います。 まあアマチュアリズムをこれほどまでに強調されていらっしゃるのですから、高野連の幹部の皆さんももちろん、無給で仕事をおやりになっていると思います。まさか報酬を得て働いていらっしゃるわけではないですよね。 2.野球という競技の将来をどのように考えているのか 奨学制度を厳格に取り締まることによって、野球の能力に優れ、有力校でのプレーを望んでいたとしても、金銭的に私立校への進学が困難になる子が出てくることが予想されます。 こうした子は公立校で普通にプレーすることになります。 本人の努力で才能を開花させることもあるかもしれませんが、野球に限らず、純粋にスポーツ選手の能力向上という観点で見る限りは、やはり外部の環境という要素を無視することはできません。 また、高体連が他のスポーツで広く奨学制度を認めていることもあって、他のスポーツに運動能力の優れた人材が流れる可能性もあります。 これがアメリカのように、学生時代に複数のスポーツをすることが当たり前の環境ならば、すぐにでも影響が出るのでしょうが、スポーツに関して「一意専心」が伝統的に尊ばれてきた日本の場合は、すぐに影響が出るということは考えにくいのかもしれません。 高野連も、おそらくそのへんに安住しているのでしょうが、これからは様々なスポーツから選択をしていく時代が必ずやってくると思います。 その時に野球が選択されない可能性がない、と果たして言い切れるのでしょうか。 実際にアメリカでは、大学のスカラシップを得るために、アメフトやバスケの方が有利ということもあって、大学生の野球人口が減りつつあるという話を聞いたことがあります。 全てが奨学金の問題だけではありませんが、少なくとも競技人口減少の理由の一因にはなり得ると思います。 もはや高校野球だけの問題ではないと思うのですが、他の野球界はどのように考えているんでしょうか。 3.憲章を即改正しろとは言わないが、少なくとも見直す気はないのか 2つの記事で、学生野球憲章には解釈に関する曖昧な部分が存在することを述べましたが、事実、高校側から解釈に関する問い合わせが多数寄せられているそうです。 こうしたことから、2つ目の記事で、結局奨学制度も越境入学もなくならないのではないかと書きました。 いくつかの高校が「ウチにはスポーツ奨学制度に該当する制度はない」と主張しています。 奨学制度自体は存在するが、それはスポーツに限定しないもので、学業等含めて総合的に奨学金を支給するに値する、と高校側が判断し、それは学生野球憲章13条1項とそれに関するアマチュア問答集の問47、48の双方を満たすものであると解釈したからです。 このことが何を意味するかと言うと、「私たちは今後も奨学制度を使いますよ」ということの意思表示としか思えません。 しかも問答集の問49でスポーツ推薦を認めてしまっている以上、実質的にスポーツ奨学制度を継続する余地が残されていると言えます。 高野連にとっても、奨学制度の是非云々の前に、こうした憲章の不備は自分たちの理想を体現するのに甚だ都合が悪いと思うのですが、この問題が浮上してから憲章の見直しに言及した発言は聞かれません。 即変えろとまでは言いませんが、あなた方のためにも、見直しをされた方がいいのではないかと思います。 ……長くなりそうですね。 「後半へ続く」(by キートン○田) って、前もやった!
posted by bunchousann |23:50 |
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