2006年11月15日

期待に応えた1年、そして次は信頼に応える1年へ

中日が日本ハム・小笠原選手のFAでの獲得を見送ることを表明しました。

ってことで、もうこの話題は読売と日本ハムの間での話。
ここからは、過去記事で強調してきた、中日で今年三塁のレギュラーを獲ったあの選手の話をさせて下さい。

落合監督は、FAでの大物選手でなく、堂々と君の名前を出して、中日のサードベースマンを任せる旨のコメントを出していました。

どうでしょう。正直なところ、この数週間は不安で仕方なかったのではないでしょうか?
せっかく死守した三塁のレギュラーを、あっさりと明け渡すかもしれないという不安が、全くなかったとは言い切れないのではないでしょうか。

何より必死な姿を垣間見たのは、日本シリーズの直後。
敗戦の後、数日のオフがあったにも関わらず、君がナゴヤ球場でトレーニングをしているとの報道を見つけ、ああ、危機感を募らせているのかな、と老婆心ながら思ってしまいました。

君の価値を私が認めているのは、何と言ってもチームの象徴、それこそ昨今では「ミスタードラゴンズ」といってもふさわしい存在になりつつある立浪からレギュラーを奪ったことなんです。
歴代9位の2414本のヒットを重ねた(そしてこれからも重ねていく)大打者ですよ。
中日球団はおろか、プロ野球の歴史に残るような選手からポジションを奪う、そしてそれを護るというのはどんな気分なのか、私には想像もできません。
ただ、過大なプレッシャーがあったことは間違いないと思います。
成功も、失敗も、比較されるのが、あの立浪和義なのですから。

また、今年から背番号トラベラーの君が31番を背負うことになりました。
左打者、三塁手、背番号31……そう、あの選手。
比較するとタイガースのファンには失礼かもしれませんが、要するにこれって「お前は三塁で勝負しろ」という球団(もしくは監督?)の期待の表れですよね。
例えば有望な捕手に背番号27や22を与えるチームがあります。
有望な左投手に背番号34や47を与えるチームがあります。
過去の偉大な選手たちによって、日本では背番号とそれに伴うイメージがある程度形作られていますよね。
君も、その系譜に乗っかったわけです。

そして、君はその期待に応えました。
「ある程度」なのか、あるいは「充分」なのかはおのおのの評価が分かれるところだと思います。
でも、少なくとも「三塁が立浪だったらなあ」と言う声は私の周りからは一切聞こえませんでした。

小笠原選手がFA宣言すると、マスコミは挙って中日が獲得に動くのではないか、と書きたてました。
そうすれば、いくら立浪からレギュラーを奪った君でも、首位打者を2回獲り、今年はパリーグの二冠王になった小笠原選手には太刀打ちできません。
守備力のプライオリティを含めても、小笠原選手にはそれを補って余りあるパワフルな打撃力があります。
もし、中日が小笠原選手の獲得に動き、そして成功していたなら、君は他のポジションで勝負しなければなりませんでした。

しかし、球団はそもそも獲得に動くことさえありませんでした。
そして、中日の三塁手は君だ、と高らかに宣言したわけです。
期待が、信頼に変わったのだと思います。

ここ数年の中日は、若い野手をたくさん獲得する一方で、その若い野手を大量に放出してきました。
しかし、本来野手、特に高卒選手の育成には時間がかかるものです。

その点で、中日というチームは意外に我慢した例も少なくはありません。
1996年、捕手から転向した山崎武司が本塁打王になったのが高卒10年目。
1999年、投手から転向した井上一樹がライトのレギュラーを獲得してリーグ優勝に貢献したのが高卒10年目。
そして2006年、背番号に翻弄され続けた君がレギュラーを獲得し、リーグ優勝に貢献したのも、高卒10年目。
ドラフト上位の選手は、結構我慢しているのがわかりますよね。

今年は君の実績を考えれば、期待に応えた1年だったと言えます。
さあ、来年は信頼に応える1年です。

開幕のスタメンボードの「サード・森野将彦」の名前。
今年はオープン戦の骨折で出遅れた分、ファンは何よりそれを待っているはずです。

posted by bunchousann |05:00 | 野球 | コメント(7) | トラックバック(0)
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