2006年08月05日

“プラーヴィ”が消える

日本と同様にドイツW杯で惨敗を喫した国の中の1つ、セルビア代表が新しい代表メンバーを発表しました。

いや、正確に言えば、ドイツで惨敗したのは「セルビア・モンテネグロ」代表でした。

そうです。モンテネグロ共和国は住民投票の結果、人口60万人程度の小国ながら独立を宣言し、セルビアもそれを承認したため、旧ユーゴスラビア連邦の6つの共和国はそれぞれが完全に独立国家となりました。
そして、サッカー協会もそれに伴って2つに分かれ、それぞれの協会が独自の代表チームを持つことになったのです。

しかし、何よりも驚いたのは、セルビアのユニフォームカラーを聞いた時でした。

何と伝統の“プラーヴィ”(セルビア語で「青」の意味)が消えるというのです。
セルビアのサッカー協会はセルビアのユニフォームが、国旗の赤・青・白の三色の意匠が取り込まれたデザインに変わることを発表しました。

“プラーヴィ”は、旧ユーゴスラビアの栄光の象徴でした。
ユーゴスラビアは第1回のW杯から参加し、W杯ベスト4が2回、ベスト8が5回を数える、サッカーの伝統国の1つでした。
日本代表の監督にオシムが就任したことで、彼が率いた90年W杯のユーゴスラビア代表にもスポットライトが当たっていますが、この時のチームはストイコビッチ、ボバン、シュケル、ボクシッチ、プロシネツキ……いちいち数えたらきりが無いほどの、しかも若いタレントを揃えた好チームとして知られています。
歴史に“if”は禁物ですが、もし、内戦が起きず、また、ユーゴスラビア連邦が分裂することなくこのチームが94年のアメリカW杯に出ていたら……何と言っても90年の時点ではまだ20代前半の選手ばかりだったのですから……歴史の可能性の豊かなことを、改めて思い知らされるばかりです。
「幻の優勝候補」。そう呼ばれることも少なくありません。

そんな“プラーヴィ”でしたが、クロアチアやスロベニアなどが独立し、残ったセルビアとモンテネグロで構成された「新ユーゴスラビア連邦」でも、国名を変更した「セルビア・モンテネグロ」でも、ユニフォームの伝統は守られてきました。
ロシア共和国が旧ソビエト連邦の後継国家となったように、セルビア・モンテネグロもまた旧ユーゴスラビア連邦の後継国家たらんとしたのかもしれません。

しかし、新しく生まれた「セルビア」は、ついにそれを放棄しました。

理由は……これはあくまで推測ですが、伝統であり、誇りであるはずの“プラーヴィ”が、過去の……内戦によって荒廃し、疲弊した国民や国土の……記憶を呼び覚ますのかもしれません。
セルビア・モンテネグロの国歌も、旧ユーゴスラビア時代と同じなのだそうですが、この歌はあまり評判がよくなく、代表の試合でも選手はほとんど歌わないと聞きました。新しい国歌が作られるのかどうかはわかりませんが、国民が歌いたくない国歌を持つということの不幸を、「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」や「ラ・マルセイエーズ」などの大合唱を聞くたびに、彼らは痛いほど思い知らされるはずです。

セルビアの人々の苦しみを、何となく今回のユニフォーム変更に垣間見たような気がします。
そして、日本代表の「青」が、いつまでも平和の象徴であり続けることを切望してやみません。

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posted by bunchousann |23:09 | サッカー | コメント(3) | トラックバック(2)
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