2007年02月26日

諸々の問題は、そもそも批判を許容できぬ狭量にあるのではないか

震災復興の象徴となった神戸を捨てることから始まって、中村紀洋の契約交渉、新社長の問題発言、球団愛称の変更(これはまだ未定ですが)など、このオフはオリックスの話題には事欠かず、かく言う私も今年になってから2回ほどネタにさせて戴きました。

●過去ログ1:現場に奮起を促すのは結構、でも本当に現場だけの問題か?(2007.1.6)
●過去ログ2:どうせ変えるなら、意義あるものに~愛称変更への雑感(2007.2.21)

この2つの記事で、それぞれたくさんのコメントを戴いたのですが、オリックスのファンの方々(じゃないのかもしれませんが)、ならびに近鉄や阪急といった前身球団のファンの方々、その悉くがオリックスフロントに対して批判的なコメントを残しています。

その他のブログを見ても、やはり同様の声が多いということを元に考えると、オリックスのフロント陣のとってきた行為というのはやはり多くの野球ファンの共感を得ていないのだと考えられるのではないでしょうか(もちろん、「一部の」共感しない人が集中的に批判コメントをネット上に流している、と考えることも理論上は可能ですが……)。

さて、各種掲示板やブログなど、個人メディアによって巻き起こるこれらの批判ですが、どういうわけかマスメディアにはほとんど流れてこないのが現状です。

新聞やテレビ(あるいはスポーツ雑誌)のこうした現状を評した言葉として「自民党の批判はするが、巨人の批判はしない」というものがあることをご存知の方もいらっしゃるでしょう。

いや、一部誤りがありました。「しない」のではなく「できない」と言うべきでした。

批判的なことを言えば、取材拒否という対抗措置をとる。
それがどんなに的を得た、建設的なものであっても。

したがって、大手スポーツ紙は基本的に提灯記事しか書かず、テレビは当たり障りのないコメントに終始し、議論というものに発展させず、曖昧なままに諸々の問題は忘れ去られていくのです。

そういった、批判精神を発揮できないマスコミに大きな問題があるのは事実ですが、それよりも、大手のマスコミからだけでなく、その他も含めて一切の批判を受け付けない側……すなわち球団の方により大きな問題があるような気がしてなりません。
だいたい、世の中の一般企業で、批判を受け付けない企業っていうのは存在するものなのでしょうか?

考えても見て下さい。
知名度の大きい企業であれば、普段から世間の厳しい目にさらされているわけです。
ネットなどの発達もあって、何か不祥事があれば、鬼の首を取ったかのように騒ぐ昨今ですが、そうでなくても、彼らは普段の企業活動の中で充分なプレッシャーを受けており、マスコミに叩かれることも日常茶飯事です。
その上、公共性の強い企業ともなれば尚更だと思います。

プロ野球の球団は、きわめて公共性が強いと思います。
にも関わらず、こうした批判に真摯に耳を傾けない姿勢というのはちょっと理解できかねるところがあります。
それはメディアからの批判だけではなく、直接ファンから向けられた批判的なメッセージに対しても同様です。

オリックスの例ではありませんが、例えば数年前、読売がビジターのユニフォームから「TOKYO」の文字を外し「YOMIURI」のロゴを入れた時、そのお披露目となった神宮球場の試合で、レフトスタンドのファンが批判的な横断幕を掲げたことがありました。

それを評して当時のオーナー氏は「あれはウチのファンではない。何処かの右翼がやったことだ」と全く受け止めようとはしませんでした。

あの横断幕はテレビにもわずかに映りましたが(わずかしか映せなかったのでしょう)、決して不真面目な内容ではなく、建設的な内容だったと記憶しています。

マスコミを介したものではない、ファンの生の声さえも簡単に無視をする、それゆえにやり場をなくしたファン、そしてマスコミは批判の矛先を結局全て現場へと向けてしまっているように見えます。

現場の選手はプレー上の判断をスポーツ紙上で糾弾され、監督やコーチは交代などの采配をテレビ中継の解説者に批判され、フロントもそれらを許容しているというのに、なぜフロントだけは「取材拒否」のカードをちらつかせ、一切の批判を受け入れ(あるいは聞く耳を持た)ないのでしょうか。

「隣の家の芝生は青く見える」とはよく言ったもので、他のプロスポーツではもう少し、健全な批判精神が生きていると見るべきエピソードがあります。

例えば、サッカーではどうでしょう。

Jクラブの多くは、フロントとサポーターとの交歓会のようなものをやっています。
例えば、どのポジションにどういう選手が足りないなどということは、試合を熱心に見ている人ならば気付くはずです。
そしてこのような場で、企業秘密の部分はあるとして、それが誰とは言えないまでも、せめて不足したポジションの選手を獲得する用意があるのかくらいは問い糺すことができるでしょう。
ですから、このようなサポーターの共通認識から逸脱したフロントの仕事ぶりがはっきりした場合は、昨季J1からJ2に降格したアビスパ福岡のように、サポーターから「経営陣・フロントはゼロ査定」なる横断幕が掲げられてしまうこともあるのです。

交歓会とて、もちろん上手くいくものばかりではありません。
出席するフロント陣の顔ぶれや話の内容に、不満が出ることもしばしばです。
それでも、ないよりはマシかな、とは多くの野球ファンの思うところでしょう。
何より、フロント批判ができる環境が整っていることだけでも、プロ野球よりは一歩も二歩も進んでいます。

アビスパの例は、ほんの一部の例に過ぎません。
そしてプロ野球の試合で、こうした横断幕は見たことがありません。
どうも、ゲーム主催者であるホーム球団がこのような行為を「ゲームの進行を妨げる行為」として許可しないことが多いようです。
ここにも、批判を受け止めようとしない日本のプロ球団の狭量さが見てとれます。

改めて言い直しましょう。
オリックスの一連のフロント批判を見るにつけ、一番感じたことは、各球団個別の問題というよりも、球界全体の認識として、経営陣やフロントには自らに向けられた批判を受容しようとする精神が欠けているということです。

プロ野球全体のシステムは、「自由の国」アメリカで作られたものでありながら、それは自由主義とは言い難く、むしろ社会主義的なシステムと言っていいものです。
それゆえなのか、その中での言論に対しても、自由で闊達な雰囲気を認めていないような感じがします。非常に体制的で、画一的な感じがします。

自分たちのやっていることに正当性を感じているのならば、せめて建設的な批判というものに対しては正当な反論をしてみてはいかがでしょう。
批判に対して反論することと、批判を受け付けないこととは全く違うはずです。

選手同様、フロントの皆さんもプロフェッショナルです。
「親会社からの出向だから」、「野球は素人だから」、「意に沿わぬ“部署”だから」、etc.……。
そういうことを言いたくもなるでしょう。わかってます。熱心なファンはそのくらいはわかってます。
ただし、それをあなた方のほうから言い訳にしてはいけないのです。
それは、企業人として充分なキャリアを積んできた人たちに改めて講釈をたれるような話ではないでしょう。
であればこそ、建設的な批判には、正面から応えてみようとは思いませんか?

posted by bunchousann |23:36 | 野球 | コメント(6) | トラックバック(0)
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この記事に対するコメント一覧
Re:諸々の問題は、そもそも批判を許容できぬ狭量にあるのではないか

 オーナー連中てのは、どこもそういうものですよ。外野席の観客が騒ごうとも、応援をボイコットしようとも、彼らはなんとも思っちゃいませんよ。シーズンシートが売れているんですから。それが買えない貧乏人は、ちゃちいグッズを買ってくれてたらいいんでしょ。ワンマン経営だから、自分の周りにはイエスマンしか置きたくないのですよ。
 つまるところ、オーナーなんてのは自分のチームをおもちゃにしているだけです。

posted by oak | 2007-02-27 11:14

Re:諸々の問題は、そもそも批判を許容できぬ狭量にあるのではないか

 日本の野球のオーナーはアメリカのそれとは違い会社の社長さんが兼任でオーナーをしている場合が多いので直接個人の懐が痛まないために好き勝手な事をしているような気がします。アメリカの場合は個人オーナーがほとんどですからもしファンにそっぽを向かれれば直接オーナー個人の資産に影響があります。そのため好き勝手にやっている様でもおのずと資本主義の原理が働いているようです。ただし、儲からないと感じたら簡単に手放しますが・・・。逆説的に日本の場合、まさに責任の所在がはっきりしないため毎年同じ過ちを繰り返しそしてファンそのものもないがしろにする・・・いわいる老人倶楽部のようなものですね。ファンが観戦ボイコットしたとしても日本のオーナーは痛くも痒くもないでしょうね。寂しいかぎりです。

posted by 花火 | 2007-02-27 12:34

管理人より

oakさんへ
売れているはずのシーズンシートが試合の日に全然埋まらくても、確かに利益は変わらないわけです。
見栄えの悪い店で、見栄えの悪い商品を売り出しても、店が潰れないのですから、これほどいい商売はないんでしょう。まさに子供の遊びと同レベルなのかもしれません。

花火さんへ
そう、責任の所在がよくわからないのが日本の球団です。
というよりこういったことは日本社会全体の問題かもしれません。

球団の話の戻すと、例えば「オーナー」と「会長」がいるチームがあります。「代表」と「社長」がいるチームはたくさんあります。
「こらぁ、責任者出てこ~い!」と言ったら一体誰が出てくるんでしょう。多分、譲り合いをして誰も出てこないような気がしますね。

posted by bunchousann | 2007-02-27 20:37

Re:諸々の問題は、そもそも批判を許容できぬ狭量にあるのではないか

 時代の流れを読めず、オーナーの連中は所詮プロ野球を広告宣伝して、税の優遇を勝ち取り、電波を通して長嶋さんを使い徹底して利用したわけです、さらに自社を儲けることだけしか頭にないわけで、そういう利権に手を出せないコミッショナーを招聘してますし、プロ野球は文化とか公共のものという意識はないでしょう。

ただ読売利権さらに読売利権と共に群がる会社が弱くなったわけで、
孫さんや三木谷さんのような新興企業が入る事で少しはマシになると期待したんですが、なかなか閉鎖的既得権益集団は利権を離そうとしませんね。

 

posted by ソクラテス | 2007-02-27 23:42

Re:諸々の問題は、そもそも批判を許容できぬ狭量にあるのではないか

 いい面は広域ホニャララ団が入ってきてないので八百長は厳しいですが、こういうところを一掃させるために地検を天下らせたのはいいにしても、そういういいところは残しつつ、ノリの問題もそうですが、もっとファンや選手に目を向けて世界と戦っていかねければならない時代になってきてますから、星野ジャパンだけでなく、世界と戦えるために市場を拡大していく戦略とかいろいろあるわけなのに、なかなか動こうとしないのはなんででしょうかね。

posted by ソクラテス | 2007-02-27 23:49

管理人より

ソクラテスさんへ
このような野球界の言論統制も、ある種の「閉鎖的既得権益」の1つなのでしょう。
これだけああだこうだ言われてもいっこうに痛痒に感じないのですから、「ファンのため」なんて美辞麗句も空しさを増すばかりです。

いっそ堂々と「私は全て宣伝のために球団を持っています」と言ってくれるオーナー氏でも現れませんかね。
それならそれで“二枚舌的な不快感”に関してはなくなると思いますが。

posted by bunchousann | 2007-02-28 00:10

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