2008年09月15日

史上最年少優勝、そして右京さんも感動~F1イタリアGP

F1の記事は久しぶりです。観戦はずっとしていたのですが……
もう欧州ラウンド最後のモンツァになってしまいましたorz

そう、モンツァはカレンダー上、毎年欧州ラウンド最後のGPになることが多いということもあり、ここではF1の政治的な話や来年のシートに関する発表が色々出てくることが多いことでも知られております。が、今年はライコネンが契約延長したというニュースくらいで、ちょっと寂しいものがありました。
そして雨のモンツァは大変珍しいということですが、管理人の記憶にも勿論ありませんでした。何でもフジテレビが中継し始めてから初めてとか。
もともとここは現在のカレンダーでは最高速のサーキットなので、その魅力が雨で損なわれるのはちょっと残念でした。

ですが、今のF1では雨でも降らないと何かが起こらないのも事実ですし、そういった期待は自ずと沸いてくるものです。
で、先週末はその期待に違わぬ結果となりました。

予選は雨に救われた観もありましたが、決勝に関してはレース展開やラップタイムなどを観る限り、偶然の要素は少なかったと思います。
与えられた状況で、最大の成果を挙げたわけですから、やはりお見事だと思います。それにしても優勝までは想像できませんでしたが。

とにかく、ここのところフェラーリかマクラーレンでしか優勝できないF1の世界にあって、今年、BMWザウバーのクビサと今回のベッテルが新たにウィナーとして名を連ねたことは新鮮な感じがいたします。共に若いドライバーであることも、今後に期待を抱かせます。

さて、そのベッテルが現在在籍しているトロ・ロッソですが、このチームは2005年まではミナルディというチーム名で参戦しておりました。

私がF1をマジメに観始めたのは10年ちょっと前でしたが、その頃既に最弱チームであり、その後もチーム売却に至るまでその座を譲ることはありませんでした。
詳しい戦績はウィキのリンクにありますが、340戦も参戦しているのにポールポジションやポディウムとは無縁の歴史を刻み続けました。

とにかくお金がなく、マシンの開発もろくにできず、かなり「年代物の」エンジンを積んで走ったことさえありました。
近年はエンジン開発禁止などの影響もあり、マシンの信頼性はずっと上がっておりますが、その頃はそんな規定もありませんでしたから、完走すれば恩の字で、しょっちゅうリタイヤを繰り返しておりました。

そんな弱小チームから、フィジケラ、トゥルーリ、アロンソ、ウェーバーなど、現在一線で活躍するドライバーがデビューを果たしました。
ミナルディは彼らにF1の世界を体験させるきっかけをつくったのです。

日本人にも縁があり、かつては片山右京さんや中野信治さんがこのチームで走りました。
今週、佐藤琢磨がこのミナルディのDNAを引き継ぐトロ・ロッソでテストをすることになりましたが、これも何かのご縁なのかもしれません。
色々口さがないことも言われておりますが、ここでキャリアが途絶えるのはもったいないものです。とにかく頑張って欲しい!

今回の地上波中継では、そのミナルディでF1でのキャリアを終えた右京さんが解説をされておりました。右京さんは当時の僚友トゥルーリへの叱咤激励でおなじみなのですが、やはりこの弱小チームに何がしか思い入れがあるのでしょう。ベッテルのチェッカー後の、感極まった様子が音声を通して伝わってきました。
↑しっかしウィキってどうしてこんなに更新が早いんでしょう(笑)。

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posted by bunchousann |21:00 | F1 | コメント(8) | トラックバック(0)
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2008年09月05日

想定の範囲内ではないのですか?~有望新人の「流出」

現在、社会人野球の一大イベントである都市対抗野球が開催されています。
当然のことながら、プロの2軍をも凌ぐハイレベルな戦いが繰り広げられているわけで、この秋のドラフトにかかるような有望選手も多数出場しています。

そんな社会人野球の名門・新日本石油ENEOSの田沢投手が、日本のプロ球団ではなく、MLB球団への入団を志向しているとの報道が流れています。

「進出」ではなく、「流出」となっているところに、記事を書いた記者の、あるいは日本球界の複雑な心情が凝縮されているのでしょう。

これまでも、日本のアマチュア野球選手が直接アメリカ球界へ入団したケースはあったのですが、それは日本球界では知名度が低く、日本のドラフトにかかるかかからないかといったレベルの選手が、野球をあきらめきれずにアメリカへ行くというパターンが多かったように思います。
しかし、田沢投手の場合、昨年の時点でドラフト候補に挙げられ(昨年は社会人残留を自ら宣言)、今年も各球団が一巡目でしか指名できないような、いわゆる「アマチュアのスター」選手。
これまでのケースとは異なるがゆえに、球界関係者からのリアクションも素早いもので、読売の滝鼻オーナーがこれに噛み付きました。

滝鼻オーナーはともかく、同じ読売のその前のオーナーで、現在は球団会長なる職に就いておられる方が、FA制度導入の際に「自由競争だ」と声を荒げておられたことを我々はよく覚えているのですが、こういった事態をまるで予測できなかったかのようなヒステリックな反応に関してはまさに噴飯ものです。

昨年の実行委員会で、こういった事態が想定されることを、既に話し合っておられるではありませんか。管理人もそのことを2度にわたって過去ログに書いております。

過去ログ1   過去ログ2

このときの実行委員会では、新人選手への契約金の上限を条件付で撤廃することが話し合われたようですが、その後キチンとルール化されたとかの話は寡聞にして聞いたことがありません。
今回の田沢投手の例(まだ入団すると本人が言明したわけではありませんが)がほぼ初めてということもあって、このような、アマチュア有望選手がMLB球団に直接入団するという漠然とした懸念があっても、過去の実例がないために、実際には起こりっこないだろうと高をくくっていたのかもしれませんが、いずれにせよ、金銭の上積みが一定の抑止力になるという認識はどの球団にもあるのでしょう。

であるならば、その「金銭の上積み」をどうやってするのか。
記事を見る限り、滝鼻オーナーは「日本球界」の問題と捉えておられるようですが、どうもその「金銭の上積み」を日本球界が一丸となって行っている印象はありません。

また、滝鼻オーナーは加藤コミッショナーを巻き込もうとしておられますが、これはそもそも日本のアマチュア球界とMLBとの間の問題です。
こちらのブログでも言及されていますが、曖昧な紳士協定が存在するだけですし、明文化されたルールと言えるものでもありません。
そもそもこういった事態の到来を懸念するのであれば、アマチュア球界と緊密に連絡をとり、その到来が不可避となったときに備え、はっきりとしたルールを、日本のアマ・プロ双方の球界の総意としてMLB側に打ち出しておくべきだったと思うのですが、そういったこともなされていないようです。

きちんと明文化されたルールがない以上、アマチュア選手が日本のプロを経ずにアメリカ球界へ直接飛び込むか否かは、アマチュア選手の自由意志にゆだねられます。

過去ログにも書いたのですが、新人選手にせよ、FA選手にせよ(これらを同一視するのも違和感がありますが)、いざ「流出」という事態になった時には、それを食い止める「制度」の問題にすり替えている印象をいつも感じます。
そうではなく、先程も言及した通り、「人材流出」について、「金銭の上積み」に一定の抑止力があるというのなら、その抑止力を高めることをもっと議論してもいいような気がいたします。

最後に申し上げますが、これまでとはケースの異なる「流出」――すなわち、日本のアマチュアのトップが、アメリカでどれだけやれるのか、ということに、個人的には興味を持っております。

posted by bunchousann |15:15 | 野球 | コメント(20) | トラックバック(1)
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2008年08月24日

“最後の五輪野球”への雑感~「日本野球」は最強なのか

最初に申し上げますが、大変長い記事になりそうです。

このスポナビ+の膨大なエントリーを色々と拝見させていただいておりますが、どうも星野監督率いる野球の五輪代表への批判は、衰える気配を見せません。

「失望というのは、より多くのものを望み過ぎたからするものだ」という言葉を思い出します。
もちろん、オールプロで臨んだわけですから、結果に対する批判は避けることができないと思います。

そして、結果が出た直後はやはり冷静になれないもので、管理人も皆様と同じような思いを抱いておりました。
敗北を見届けたテレビの前では、皆さんが指摘していらっしゃるようなことと大体同じようなことを管理人もブツブツ言っていたものです。だってウチのオカンですら「何であそこで岩瀬やねん……」と言ってましたから。

ただ、他球団のファンにはおそらく理解してもらえないでしょうが、岩瀬や川上のチーム合流後を心配するドラゴンズファンもいます。同じように、G.G佐藤の心配をしている西武のファンもいらっしゃるでしょう。

ちなみに、管理人はもう1年半も前にこんなエントリーを挙げておりました。一部とはいえ、当たって欲しくなかったのですが……

サッカーの男子五輪代表の時のように、批判ではなく、中傷めいたものも多いのが重ね重ね残念ですが、サッカーはたとえ最悪の結果であったとしても、次の五輪という機会があるので、建設的な批判がなされることの意義というものを感じている方々も多いのでしょう。

ところが野球に関しては、表題にもあるように五輪競技としては今回が最後である可能性が高く、この経験を次につなげる機会が永久に失われたこともあって、建設的な批判をする意義を感じられず、単純な失望や怒りのエネルギーが乱れあって合体し、ネット上で暴風と化している印象があります。
もちろん、もう1つの野球の国際大会にWBCというものがありますが、多くの人が五輪とは別物と考えている通り、私もそう思います。

さて、皆さんの数多い批判(感想?)の中には、単純に「日本が弱い」という意見もあるようです。
「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」という言葉の存在を考えれば、仰るようなことはごもっともだとも思います。

ただし、多くのエントリーを見て思ったことは、ほとんどの記事が、自分たちの代表チームの不出来について書いているだけのように感じたのです。これは「日本が弱い」と思っている方々ですら、そういう人が多いような印象があります。
こうしたエントリーには「ここがこうであったら、やはり日本は最強なのだ」ということを言外に感じてしまいます。

星野監督の韓国戦後の皮肉交じりのコメントや、あるいは日本と、メダル獲得国(特に韓国、キューバ)の間における現場のスタッフ・選手たちに対するサポート体制の違いを論じて、日本球界に驕りがあったとの意見も散見されましたが、おそらく私も含めて、ファンの皆さんの中にも驕りがあったのではないでしょうか。

何分語彙が乏しく、上手く言えないのですが、勝負というものは、相手との相対的な関係で決まるものですから、もう少し相手のことにも言及すべきはないか、と思ったのです。
何せ、勝負ってものは相手あってのものですから。

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posted by bunchousann |03:05 | 野球 | コメント(33) | トラックバック(4)
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2008年08月19日

誕生日と引退と~手短に

全く個人的なことで恐縮ですが、8月18日は私の誕生日であります。
プロフや過去の記事にもある通り、今年で33となりました。

緩慢に流れていた時の流れも、いよいよ激流の如く感じられます……

「借金の期日だって延期できるのに、どうして誕生日は延期できないんだ」

ということではありませんが、ここ2年書いてきた誕生日ネタが今年は思い浮かばなかったので、誕生日そのものを延期したわけではありませんが、こうして1日遅れの更新とあいなりました。
お祝いしてくださる方は、是非、こちらの曲でお祝いして下さい→(♪)

一昨年の誕生日ネタ  昨年の誕生日ネタ

その一昨年の誕生日ネタにも登場した選手が、やはり引退をすることになったようです。

8月18日は彼の誕生日。古巣・西武ドームに彼が在りし日の映像が流され、相手球団からも祝福されたそうで、このことに対するコメントの中で、今季限りでの引退を示唆しました。
西武ファンの中には複雑な感情を持つ人たちもいるのでしょうが、偉大な実績を持つ選手はやはり球界の共有財産として尊重されるべきでしょう。

ちょうど2年前に書いた記事の末尾に「『存在感』が消えないことを願う」と書いたのですが、残念ながらその存在感は、その記事作成後に大きな怪我を負ってほとんど試合に出場していなかったこともあって、個人的にはあまり感じられないままにユニフォームを脱ぐことになりました。

今年の春にはPL時代のチームメイトである桑田投手が引退し、つい先日にはパリーグでよきライバルであった野茂投手も引退を表明しました。そういったことが彼の決断にも大きく影響しているでしょう。

近年は「まだやめないのか」「給料ドロボー」などの手厳しい批判もたくさんありました。プロスポーツの世界ですから、結果を残せない以上、そのような批判にさらされるのは致し方ない側面もあるでしょう。
彼の若い頃から知っている管理人としては、少々歯痒いとも思いましたが、わずか15歳、高校1年からスーパースターであり続けた心身はおそらく他人の想像以上に疲弊しているのだと思います。そろそろ潮時なのでしょう。

今季の「引退前感謝興行」も含め、晩年の過ごし方には賛否両論あると思いますが、だからといって残してきた足跡が変わるわけではありません。そのことには批判している人も素直に敬意を表してもらいたいと思います。

そして清原選手、月並みですがあと少し頑張って下さい。

posted by bunchousann |03:05 | 野球 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年08月14日

若き「ウッチー」たちの今後に期待

お盆に入りました。私の住む名古屋もそうですが、全国的にうだるような暑さが続いております。しかも石油高騰でガソリンをはじめとして諸々の物価も上がっており、外出もままならないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そんなお盆に合わせるように、五輪という巨大なスポーツコンテンツがテレビを占領していることもあり、管理人もありがたいことに無聊に苦しむことなく過ごしております。

前置きはこの辺にしておいて、こちらのブログさんにもコメントさせて戴いたのですが、最近管理人が気にしているのは、スポーツ界の若き「ウッチー」たち。

ああ、この方ではなくて……ええ、でも女子アナの進出を否定しない俗物でもありますが(笑)

では、その元女子アナと同じ苗字ということで、まずこの「ウッチー」を取り上げてみたいと思います。彼は五輪前から注目されていました。

今回の五輪代表では2戦目で怪我をしてしまったこともあって、完全燃焼とはいかなかったと思いますが、その怪我ゆえに今後のW杯最終予選や所属する鹿島での活動への懸念が巻き起こるほどの選手とも言えるわけでして、今後の日本代表にとって文字通りその“一翼”を担う存在なのだと言えるでしょう。

「ミッチーがベタぼれする」(笑)ほどのイケメンということもあって、人気の方もうなぎのぼりでして、数多の女性誌で特集が組まれるほど。サッカーだけでなく、色々な面で注目を集めております。
まあ彼については鹿島のサポの方の方が詳しいでしょうし、人気スポーツということもあって今後も多くの方が目にする機会があると思いますので、次の選手にいってみましょう……

こちらの「ウッチー」は五輪真っ只中の今、最も旬な「ウッチー」だと思います。
ちなみに小・中学校では「テルヨシ」と呼ばれていたそうですが、YAHOO!の応援コメントには「うっちー」という呼び名もあったのでヨシとして頂きたいところです(笑)。

体操選手ということで、身長が160センチと全然大柄ではないのですが、シロウト目に見ても、非常に迫力を感じる演技をしていたと思います。初めての五輪でプレッシャーに押し潰されそうになってもおかしくないのですが、そんな様子を微塵も感じさせそうにない堂々たる表情も、今後の飛躍に期待が持たれます。

彼もまた、あどけない感じの顔がお姉さまたちの母性に火を点けたようでして、今後女性人気が高まっていきそうな感じがいたします。
個人総合ではあん馬で大きな失敗をしてしまいましたが、その後の立ち直りは見事! 素晴らしい銀メダルです! 貴重な「昭和64年生まれ」。そのレア度が運をも持ちあわせているのかもしれません。

そして最後の「ウッチー」。おそらく知名度は最も低いと思われますが……管理人はひっそりと期待しておりました。

先の体操選手同様、小さな体で果たしてNPBの猛者たちの中でどれだけ頑張っていけるのかと思いましたが、育成選手として入団しながら2軍で結果を残し、何と一年目に早々と支配下登録を勝ち取りました。

楽天の低迷という要因もありますが、早速8月3日に一軍に昇格すると、ここまで(8月13日現在)5試合に出場し、早くもプロ入り初のヒットを放つなど、少ないながらも結果を残しております。

BCリーグ出身者から初のNPB選手として、大きな期待をされていたわけですし、プレッシャーもあったと思うのですが、頑張っているようですね。後に続く選手たちにも大きな励みになったのではないでしょうか。
昨年BCリーグの優勝決定戦でも大活躍しましたが、案外大舞台に強いのかもしれません。

彼の場合、上記2人の「ウッチー」とはまだまだ活躍の度合いが違うわけですし、同列に扱うことに違和感を覚える方もいらっしゃると思いますが、彼も含めてここに挙げた選手たちは、皆、若い選手たちばかりです。

キャリアとしてはまだまだこれから。今後の活躍に期待したいものですね。

posted by bunchousann |15:00 | その他 | コメント(2) | トラックバック(1)
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2008年08月11日

「谷間」や「谷底」であらんことを~U-23代表敗退に寄せて

アメリカ戦に続いて、ナイジェリアにも敗れ、五輪サッカー男子代表は早々と敗退が決まってしまいました。

結果を残せなかったということで、反町監督に対するものを中心に、非常に厳しい批判が巻き起こっておりますが、前回の記事にも書いた通り、批判ではなく、非難ですらなく、単なる中傷のようなコメントも多いのがやはり残念です。

システムに最適なメンバー選考、A代表との兼ね合いを考えた強化のアプローチ、これらをバックアップする協会のスタンスといった戦略的な要因。
選手個人個人の局面における状況判断、守備面での約束事、1つ1つのプレーにおける基本技術といった戦術的な要因。

批判の具体例は他の方がたくさん挙げておられますが、管理人もいくつか「あれ?」と思ったことがあります。

では、それらを解決するには?

お金のかかること、お金のかからないこと。
時間のかかること、時間のかからないこと。
たくさんありますね。

厳密に言えば、五輪サッカー=日本サッカーとは必ずしも言い切れないのかもしれませんが、ここでは大まかにイコールということで話を進めます。

日本のサッカーが強くなるために取り組むべき課題はたくさんあると思いますが、枝葉末葉について議論するのだけでなく、日本サッカー界がこの先、五輪代表というものをどう位置づけるのかを考えるいい機会になったのかもしれません。
(あら、じゃあ「五輪サッカー≠日本サッカー」ってことになりますが、それでは話が進みませんので……)

負けたからどうこうと言ってしまえばそれこそ「後付け」ではありますが、たとえそうであってもこのように冷静に振り返るのが大事なのだと思います。

最も、実際に戦った選手たちは、帰国してすぐにJリーグでの戦いに身を置く選手が大半なので、ゆっくり振り返る暇もないのでしょうけど……

さて、言っている当人がどれだけ意識しているのかわかりませんが、ありがたいことに日本サッカーが「谷間」だとか「谷底」だとか言う人たちがいます。
つまりこれは、「今が最悪」であることを示しています。
意地悪な言い方をすれば、日本サッカーは谷底に落ちたのではなく、実はまだ崖を下に向かって転がっている途中なのかもしれないわけです。
あるいは、目の前に這い上がる崖などなく、単に崖下にやってきて、目の前には茫漠たる草原が広がっているだけかもしれません。
だが、どうやらそうではないらしい。

願わくは、日本サッカー界が「谷間」や「谷底」であらんことを。
目の前に、上るべき崖があらんことを。

オランダ戦が、そんな希望が抱ける試合であらんことを。

posted by bunchousann |23:35 | サッカー | コメント(7) | トラックバック(1)
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2008年08月08日

松山の話

え~と、五輪男子サッカーに関してはこのスポナビ+の膨大なエントリーをざっと拝見させていただきましたが……まあ皆様のお怒りはごもっともだと思います。いかにも(日本)サッカー的な展開で負けてしまうというのは悔しさも倍増というモノです。
こういう結果になって予想はできたのですが、やはり人格を否定するような酷い批判(というより中傷)があるのがいつも残念に思います。
ですが、失望したのは事実です。今のところ絶望したわけではありませんが……。

サッカー終了後は暗い話題から目を背ける日本人の悪い癖を全開で発揮して、その後は野球観戦をしておったわけですが、ドラゴンズは松山に遠征。
こちらもモヤモヤした展開でしたが、投手陣の踏ん張りで2連戦を1勝1分で乗り切りました。

で、ようやくタイトルにもある松山の話。

過去ログにちらっと書いた通り(っていうか母校の名前を堂々と書きましたが)、管理人は中2の2学期から高校を卒業するまでをここ松山で過ごしました。

私が住んでいた頃はまだ坊っちゃんスタジアムなるものはなく、松山城のほとりにボロい球場があるだけでした。高校野球での愛媛県代表の実績をもって「野球の街」を標榜していたわりには随分みすぼらしい球場だなあと子供ながらに思ったものです。かつて中日時代の星野監督がオープン戦の際に、その施設の酷さに激怒したそうですが、ウィキの写真などを見ていただければ皆様にもおわかりだと思います。
昨年は長野オリンピックスタジアムにも行きましたが、近年は立派な地方球場があちこちにできていますね。各自治体の方々にはこれらと同じくらいの情熱をサッカー(専用スタジアム)にも向けて欲しいものです。

ブツブツ言いながらもそのボロい球場には結局母校の野球部を応援しに行っただけなのでそんな大した思い出はないのですが(ぶっちゃけスタンドでは「たいぎいのう」なんて思ってました)、坊っちゃんスタジアムにはいつか行く機会がやってくるのでしょうか。もう10年以上松山には足を踏み入れておりませんが、個人的には四国・九州ILの試合を観に行きたいですね。

ちなみに今年の夏の高校野球、愛媛からはこちらの高校が出ておりましたが、私のような浦島化した元・愛媛県民にはイマイチぴんときません。というのも、私が高校時代にはここはモロに女子高だったからでして、未だに違和感がありまくりです。

坊っちゃんスタジアムといえば、ここにオールスターを誘致した市長さんのことをチラッと思い出します。私はこの市長さんの実家(今も住んでいらっしゃるのでしょうか)の前をてくてくと歩いて中学校に通っていたわけでして(ということで、松山の方には中学校までバレますがな)、ああ、あの息子さんもとうとう市長になったのかあ、とまるで長老のような感慨を持っておりました。ええ、現市長さんの親父さんも市長だったんです。
まあまあ、世襲だなどと言わずに……
まあ、このスポナビ+のブログを読むような方であれば、スポーツに理解がないよりは理解ある市長さんの方が何かと好感は持てそうなもの。
市長さん個人のHPにも色々スポーツ関連のリンクが貼られています。今回、坊っちゃんスタジアムにマスコットが遊びに来ていた愛媛FCとか、松山の社会人野球チームとか……あれ、四国・九州ILのHPはあるのにマンダリンパイレーツのHPへのリンクがないのは何故……?

こうしてぐだぐだと書いてまいりましたが、まあまあ、温泉もありますし、市街地は非常に狭く、歩いてでも回れますし、格安の路面電車もありますので、2泊3日くらいの旅行なら割とお勧めです。いえ、観光協会の回し者ではありませんが……

随分昔話をしてしまいましたが……

「……これ以上過去ばかりをごらんになって、未来に立ち向かおうとなさらないなら、あなたもそれまでのかただ……」

なんて冷徹な声が聞こえてきました……五輪代表の惨敗とともに、サッカー界の未来も考えないといけないかもしれませんね。

posted by bunchousann |03:25 | 野球 | コメント(6) | トラックバック(0)
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2008年08月06日

真夏の啓蒙活動~極東にて奮闘中

あれだけ盛り上がったEUROですが、今は昔、はるか遠くになりにけり、ということで、欧州では既に新しいシーズンの戦いに興味がシフトしているように思われます。

そのEUROで、大躍進といってもいい結果を残したロシア。
名将ヒディンクはまたしても予想を上回る結果を残したといってもいいでしょう。

その原因としては、名将を擁していたこと以外にも、オイルマネーの流入によるロシア・プレミアリーグの近年の隆盛や、代表の選手たちのほとんどがそのロシア・プレミアリーグの選手たちで構成されており、コンディション調整がしやすかったことなど、様々な要因が挙げられると思います。
07-08シーズンのUEFAカップを昨季ロシア王者のゼニトが制し、そのリーグのレベルの高さもうかがい知れようというものですが、そんなロシアにて奮闘するあるクラブを、拙ブログでは昨年末より勝手にフィーチャーしております。

過去ログその1 過去ログその2 過去ログその3 過去ログその4

長い前置きのドサクサにまぎれて、まあ色々紹介させていただいたのですが、何よりもこのクラブの特殊性を物語るに雄弁なのはこの地図↓を見ていただくことだと思います(お手数ですがコピペして下さい)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Russian_Premier_League_2008_map.png

夏の暑い盛り、Jのクラブもアウェーへの遠征は大変だと思いますが、果たしてこのクラブときたら……

ありがたいことで、こうした草の根的(?)な啓蒙活動の成果は意外に身近なところにも現れまして、ガンバ大阪とその他いくつかのJクラブしか知らないであろうウチのおかん(注:吹田市民です)にさえその存在が知れ渡ることになったわけですが、この度、何とウィキの日本語版にもこのクラブの記事ができていたことを発見しました(春まではなかったのです)。

ってなわけで、こちらがウィキの記事です。

いったいどなたが書いて下さったのかわかりませんが、なかなか面白いエピソードも載っているではありませんか。
CSKAモスクワのキーパーの気持ちがよくわかります(笑)。Jのクラブとも過去に交流があったようなので(過去ログその2参照)、今後も続けていただきたいものです。

さて、そんな極東で奮闘する彼らですが、今季も厳しい戦いを強いられているようです。
ここまで16節を終えて、勝ち点13、暫定14位。ロシア・プレミアリーグは16チーム中2チームが降格するので、かなり厳しい状況です。
しかも、現在勝ち点2差の最下位のシンニクは消化試合が1試合少ないので、実質的には降格圏内にどっぷり浸かっていると言えるでしょう。

過去ログその1のコメント欄にもあるように、昨季は「武士の情け」というか、このクラブの特殊性を考慮したホーム、アウェーでの連戦がいくつかあったのですが、今季はEUROのためにおよそ1ヵ月リーグ戦が中断されたことで日程がタイトであるばかりか、ここまで連戦が1度しかなく、他のクラブ同様にホーム戦とアウェー戦が交互にやってくるという厳しいカレンダーになっています。
おそらく毎週毎週時差ボケに悩まされる選手もいるのでしょうが、一体どんな気分なのか、管理人には想像もできません。

そんなわけで、もともとアウェーではからきし弱い分、ホームでめっぽう強い彼らが、今季はどうも遠征疲れを引きずってホームで戦わなければならないためか、ホームでも2勝4分け2敗と、どうも勝ちきれないようです。
ちなみにアウェーでの弱さは今季も折り紙つきで、何と2分け5敗(笑)。

降格の危機に立たされる彼らですが、次節では最下位シンニクを直接叩くチャンス。しかし苦手のアウェーということで、あまり期待できないかもしれません。
プレミアリーグから脱落してしまうと、表立って情報も流れてこないものですから、何とか残留してもらいたいものです。
ちなみに今日8月6日はウチのおかんの誕生日です。おめでとう。

posted by bunchousann |00:00 | サッカー | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年08月04日

Jリーグの「世界標準化」はどこまで進むのか

JFAの会長が犬飼さんになったことが関係しているせいか、ここのところJリーグの様々な改革案に関する報道が多いように思います。

ちょっと前にJリーグがシーズン開催期間を欧州各国の大部分が採用している秋~春制にすることを検討していることが報道され、このスポナビ+の各ブログでも様々な意見が交換されていたように思います。

拙ブログでも随分前ではありますがこれに関する記事を書き、色々意見を戴きましたので、ここでは詳しく書きませんが、冬の寒さもさることながら、降雪に対する根本的な解決策がない限り、個人的には実現は難しいように感じています。

どうしても無理やり実現にこぎつけるのならば、シーズンオフ期間よりも、ウィンターブレイクを長くするくらいの覚悟がいるでしょう。

そんなシーズン開催時期をめぐる論争が一段落したところ、今日はこのような報道がありました。

Jリーグの移籍制度に関する疑問は常々持っていて、管理人も過去に移籍係数の話や、今回問題となっている通称「30ヶ月制度」について書いたことがあります。

その記事を読み返してみたのですが、これはあくまで一個人(某有名選手)の移籍に関する記事として書いたために、どうしても移籍制度の改変に関する自らの主張が偏りすぎた感じがします。
各クラブのサポの皆様も気になる今回の話、改めてメリット、デメリットをいくつか挙げてみたいと思います。

まず、メリットとして考えられるのは次の点です。

●契約期間の切れた大物選手の移籍金がかからず、移籍が活発化すると思われる
●上に関係することだが、移籍金がかからないために、財政力の低いクラブでも、ボスマンプレーヤーであるならば大物選手が獲れる可能性が増すと思われる
●情報開示が進み、選手の契約期間等がよりクリアになり、クラブ経営の透明性が増すと考えられる
●契約期間がはっきりしているために、ボスマンプレーヤーになって離脱することを防ぐ契約延長交渉の能力や、移籍金の獲得を目指す効果的なタイミングでのリリース等がフロントに求められるので、長期的にはフロント能力の向上を促すと考えられる

この程度しか列挙できませんでしたが……他にあれば教えて下さい。

一方のデメリットはどうでしょう。

●長期にわたって選手を契約しなければならず、一部の有力選手の年俸高騰を招き、チーム運営が困難になると考えられる
●仮にこれまでのように「契約期間内の移籍金=契約クラブが任意で定められる」とした場合は、移籍金も高騰すると思われる
●上記2つによって、欧州のように一部の富裕なクラブとその他のクラブによる二極化が進むと思われる
●長期契約・高額年俸によって移籍金が高額に設定されてしまった有力選手が監督交代等でチームの構想外になったとき、かつてのサビオラのように飼い殺しになる可能性があり、このようなケースでは選手・クラブ双方にとってダメージとなりうる

この他にもまだまだあるのでしょうが、Jリーグがここのところ矢継ぎ早に改革案をリークしているのは、ひとえにJリーグを「世界標準」に近づけることを念頭においているからでしょう。
実際に多くの海外移籍の際に、Jのクラブはボスマンプレーヤーとなって去り行く選手たちを食い止められなかったのであり、それは国内・海外の移籍制度にダブルスタンダードが存在していることと決して無関係ではないように思います。そしてアジア枠導入が検討されていることや、ACLの大規模化による国際試合の増加などによって急速に世界に開かれつつあるJリーグの周辺環境もあって、リーグそのものの世界標準化の流れというものは、究極のところ、長期的に見れば変えることはできないのかもしれません。

ただし、今までこうした「30ヶ月制度」のような制度がなぜ設定されてきたか、ということにも考えをめぐらせるべきであって、その上で議論を深めるべきでしょう。
何事もバランスが大事だと思います。J2やさらにその下のディビジョンからJ1の有力クラブが選手を獲得するケースなどにおいても、果たして同様でいいのか、と感じることもあります。

現在プレシーズンの欧州では、おのおののクラブのファンがメルカートについて熱く語っていますが、移籍制度の改変がもし行われれば、Jリーグでもより多くの議論が行われることになるでしょう。
しかし、気楽に酒の肴にするサポたちと違って、フロント側に求められる能力は今よりずっと高くなりそうです。JリーグはGMの育成に力を入れていますが、果たしてどれだけ有能なGMが生まれるのかにも注目ですね。

posted by bunchousann |16:10 | サッカー | コメント(4) | トラックバック(2)
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2008年07月29日

貴重な瞬間を見逃すな~200勝とそれにまつわるエトセトラ

はあ……ため息しか出てきませんねぇ。

管理人の昨今の私生活も相当なもんですが、ドラゴンズの昨今の調子もまた相当なもんです。

そんな「ネガティブなムードを払拭」すべく(これを世間では「現実逃避」と言うようですが)、半ばヤケクソ気味に久しぶりのマトモな更新をすることにします。スポナビ+さんもリニューアルしたことですし(お疲れ様です)。

ドラゴンズファンにとってほとんど唯一の明るい話題、言うまでもないことですが、あの昌さんが200勝に王手をかけ、いよいよ今季中の達成が現実味を帯びてきました。

昨季の開幕時点で残り9勝。その前のシーズンで二桁勝利を挙げていたことを考えると達成は充分可能かと思われましたが、その昨季はまさかの2勝止まり。しかも敗戦も10を数え、決してチャンスがなかったわけではないのですから、さすがの昌さんも全く言い訳ができないシーズンででした。
さらにチームはリーグ2位ながらもCSと日本シリーズを勝ち抜いて日本一。そのチーム状況の中で、ポストシーズンでの登板機会が一切なかったことは、24年目のベテランにとって屈辱以外の何者でもなかったことと思います。

成績が出ないベテラン選手は、どうしても「衰えた」の一言で語られてしまいます。ということで、必然的に25年目の昌さんは「背水の陣」に追い込まれてしまいました。
管理人も今年の開幕当初「200勝、今年やらなくていつやるのだ」的なことを生意気にも書かせてもらったのですが、長年のファンの皆さんであってもそういう認識を持っていた方が多いのではないでしょうか。

そんな紆余曲折があっての25年目、いよいよあと1つというところまで迫ってきたわけです。

さて、200勝投手といえばこれまで23人(日米合算の野茂投手を含めれば24人)おり、昌さんが達成すれば24人目(同25人目)の快挙となるわけですが、管理人の記憶にある「200勝達成!」の瞬間となると、実に少ないのですね。

最初に記憶しているところでは「マサカリ投法」「サンデー兆治」でおなじみ、現在でもマスターズリーグで140キロを投げる村田兆治さんですが、管理人が印象に残っているところでは、広島のエースとして多彩な変化球を駆使した(晩年のイメージかもしれませんが)北別府学さんの印象が強いですね。

北別府さんが200勝を達成したのは1992年7月16日なのですが、この時の報道では「最後の200勝投手」なる言い方がよくなされたことをおぼろげながら記憶しております。
当時、既に投手の分業化が進み、加えて先発投手はローテーションを5~6人でまわすことが徐々に行われつつありました。このような傾向から、200勝投手は今後もう出ないのではないかとまで言われたものです。
結果としてこの「最後の200勝投手」は北別府さんではなかったわけで、ご存知現在も横浜で現役生活27年目のシーズンを送る工藤公康投手が200勝を達成するのですが、北別府さんの達成からは実に12年の歳月が流れていました。

しかも、この工藤投手も、そして昌さんも、共に40歳を大きく越えての達成です。
北別府さんが「最後の200勝投手」と呼ばれたのは、まさか40代になってこれほど活躍する投手が出てくるとはなかなか想像できなかったからかもしれません。

200勝というのは、いわゆる「名球会」入りの1つの条件になるわけですが、現代野球において、このような先発投手出身の名球会入りの条件達成者が出ることが非常に困難となったこともあって、その後250セーブでの入会が認められたり、またMLBへの移籍が相次いだことから日米球界での記録を合算することで名球会入りを認める規定などもできました。

ところがこれほど困難な投手の200勝にも関わらず、野手の方では同じく名球会入りの条件となる2000本安打を打つ選手がコンスタントに出ています。
北別府さんが200勝を達成した日から工藤投手が200勝を達成した日までに2000本安打を達成した選手は5人、そして日米通算での2000本安打を達成したイチロー選手を含めると6人もいます。
さらに工藤投手の200勝達成日から今日(7月29日現在)まで、すなわちここ4年間の2000本安打達成者はさらに多く、いささかバブル気味で、今年達成した金本選手まで合わせて6人、日米通算枠の松井秀喜選手も入れると7人にもなります。
トレーニングやコンディショニング方法の進歩によって、打者の方は今後も元気な2000本安打選手が続々出てきそうな感じがします。

とまあ、200勝というのはなかなか大変で、かつ貴重な記録だということが改めてわかりました。

ところで、今後、200勝が期待される選手を何人か挙げますと、

西口文也(西武、36歳:14年目)    155勝
石井一久(西武、35歳:17年目)    144勝(日本:105勝、MLB:39勝)
松坂大輔(Rソックス、28歳:10年目) 134勝(日本:108勝、MLB:26勝)
(*年齢はいずれも今年末での満年齢)

今季の勝ち星は西口投手が4勝、石井投手が7勝、松坂投手が11勝(いずれも記事投稿時での成績)です。西武の両ベテラン勢はこのペースではなかなか厳しそうです。ここは工藤投手や昌さんのように40代になっても奮闘することが条件となりそうですが、西口投手はともかく、石井投手のコメントを聞く限りは、残念ながらそこまでの覇気をちょっと感じられません。
松坂投手はさすが「怪物」の異名をとるだけあって、ここまでは現代野球ではかなりのハイペースであり、達成は十分可能であるように思われます。ただ、若い時にムチャな球数を投げていますから、ベテランになってから故障しなければいいのですが……。

もちろん、選手は記録のためにやっているわけではありませんが、やはりファンとしてはこのような偉大なマイルストーンに立ち会えることに少なからぬ喜びを覚えるものです。

今年に賭ける意気込みとして、大好きなお酒の量を減らした昌さん。
野球に集中するべく、プロ級の腕前との呼び声高いラジコンや、クワガタの飼育を封印した昌さん。
今から10数年前、管理人が学生時代に当時バイトしていた某有名牛丼チェーン店にお子様連れでやってきて、「並弁当3つ」をテイクアウトした、案外庶民派の昌さん。

来週、ナゴヤドームでの達成を楽しみに待ちましょう。

posted by bunchousann |02:20 | 野球 | コメント(8) | トラックバック(0)
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