2006年10月27日
日本ハム優勝!
ゆうしょぉ!!ユーショー!!!
やりやがったな。本当におめでとうだぜ!前の優勝から長かったな。長年、ファイターズを応援してきた人間にとっては、フランチャイズの移転もあったりで本当に感慨深いでしょう。しかし、今日はそういう意味で報道の仕方にクレームを。新庄とりあげるのはわかるけどさ~日本ハム一筋で長年屋台骨をになってきた田中幸雄のことも言ってやれよ~ミスターファイターズといえば田中だろ~
阪神が優勝した1985年、日本ハムの4番は古屋でした。その当時は4番サードっていう選手が多くて、阪神・掛布、巨人・原、横浜・レオン、中日・モッカとセ・リーグには4人もおりました。で、日本ハムは古屋がそうでした。若干、長打力にかけるところはありましたが、翌年以降も日本ハム・クリーンアップの一角を担う選手でした。その古屋といれかわるように主軸に入ってきたのが大島!そして片岡がはいってきたり、ウィンタースがいたりと、こう思い出すと懐かしいですなぁ、ウンウン。それでですね~、その当時のキャッチャーが田村(現スコアラー)なわけですよ。1981年の優勝時の正捕手・大宮からスタメンを奪った男であり、オールスターの常連でした。不動のトップバッターは島田誠でありました。福本豊と同世代でなければもっと評価されてよかった選手の筆頭であり、通算では352盗塁もしていながら一度も盗塁王に輝いてないというのはかんがえてみれば凄い記録です。(他に300盗塁していながらタイトルとれなかった選手っているのかなぁ。)んで、そういう時代に清原と同い年の田中幸雄が入団したわけなんですよ。すなわち1982~2005までの低迷期の真っ只中にキャリアを築いてきたのが田中幸雄なわけなのです。(1985年入団)もっとテレビ局もその辺つっこめよな~
1998年は首位を独走していながら、まさかの失速。この辺は1992年に、優勝をのがした我が阪神タイガースと重なるところがあります。その時の日本ハムのスタメンには金子と田中が含まれてますが、小笠原は控え(?)だったような。まさに今回の優勝は田中にとって捲土重来というにふさわしいものでした。
あとですね、例えば今日の解説とかに、ここまであげたような日本ハムの思い出の選手とかがでてくれば最高なんだよね。思えば近鉄がロッテと引き分けて優勝をのがした時、鈴木啓二が解説をしつつ、最後優勝するのぞみがないのに守備につく近鉄ナインをみて放送席で号泣したということもありました。泣くのがみたいわけでないけど、チームに対する愛情とか、OBの心理というのも野球ファンとしては、知りたい部分だと思うのです。ちなみに今日は嫁にテレビの解説のことで愚痴をいってたら、鈴木啓二さんのことを思い出して泣けてきましたよ。やっぱり俺って年だな・・・・OTZ
しかし、そんなことがあっても、ファイターズの優勝はなんら意味が薄れるわけではありません。1992年、阪神が優勝しそこなったとき、スタメンをとった新庄も今年でサヨナラ、日本シリーズで「明日も勝つ!」とか又、言うなよ、と思って虎吉はヒヤヒヤしたよ。(阪神時代、ヒーローインタビューで新庄がそういうと阪神は必ず負けたのだ・・笑)そんな新庄君には、最後に阪神時代の応援歌をプレゼントしよう。外野からの地をはうようなバックホームは本当に凄かった!!
それ~ゆけ~GO!! 新庄~ 燃え~る男
それ~ゆけ~GO!! 新庄~ 根性見せろ~
posted by bubusprts |00:31 |
野球 |
コメント(7) |
トラックバック(1)
2006年10月24日
秋といえば・・・・食欲の秋。読書の秋。そしてスポーツの秋。
そんな言葉を裏付けるかのように、ラグビーTOPリーグにJBL、Jリーグとスポーツ真っ盛りである。そして、プロ野球は中日と日本ハムの日本シリーズというペナントレース前は予想だにできなかったカードで大団円を迎えようとしている。甲子園の優勝旗が初めて津軽海峡を渡ったのが2年前だが、今度は北の大地に日本一のプロ野球チームが誕生するのであろうか。その一方で、現在のプロ野球でもっとも人材が集中しているといって過言ではない世代の主役、松坂が太平洋を渡ろうとしている。
プロ野球のあり方は一刻も早く抜本的に見直されるべきだ。選手が最高峰のリーグで自分が修練をつんできたものを極めようという考えはプロである以上、当然のものだ。その一方で、現在進行形で進み続けるプロ野球界の空洞化には気をもまないわけにはいかない。野茂が先駆けとなってから多くのTOPレベルの選手が海を渡った。松井(秀)・松井(稼)・イチロー....今、プロ野球を夢見る青少年にとって日本のプロ野球はどのように写っているのであろうか。
今回の松坂の挑戦は、そういった意味で、嵐の前触れのように感じてならない。なぜなら、今回のポスティングシステムによる移籍容認は2年後FAで移籍されると球団は無償で松坂を大リーグに送り出さねばならないということに発する利益考量によって導かれた結論である可能性が高いからだ。いわゆる入札制度であるポスティングシステムは金銭的なリスクが高く、これまで大リーグ球団から日本人選手を遠ざけることに一役買っていた。すなわち入札に勝ち残れる資金力を持つチームでなければ獲得は難しいし、さらに、それだけの価値のある選手でなければ入札制度を利用できないためだ。しかし、そのようなそろばん勘定にあう選手は一握りでしかなく、現在、レンジャースで活躍する大塚選手も最初に大リーグ挑戦を表明した際は、獲得に名乗りを上げる球団がおらず、中日でもう一年、留年してから海を渡っている。選手獲得に莫大な金額を要するこの制度は、大リーグ球団にとってもリスクが高く、松坂クラスならいざしらず、そうでもなければ、安く手に入るのを待ってからで十分という皮算用となるのが殆どなのだ。
しかし、松坂世代の選手達はFAとなったときに日本にいることをのぞむだろうか。松坂世代の代表格のように言われるホークスの三本柱、新垣・和田・杉内だってFAの権利を取得したら松坂につづいて大リーグにいくのもありなのだ。それは、FAとなった広島の黒田が大リーグにいかない保障はないのと同様だ。野手に関しても、タイトルホルダーではなかった井口・城島が成功したことでより日本人のニーズが高まるのは確実である。横浜の村田、日本ハムの森本といった日本を代表する野手には10年後、どのような形容詞がついているのか。松坂を頂点とする世代の選手達は今回の移籍劇をどうとらえるだろうか。
私は日本のプロ野球は世界に誇るべき文化だと思っている。大リーグの方がレベル自体は高いのだろうが、日本にきた大リーガーが必ず活躍できるといえるほど甘い世界ではない。勝手に世界の野球界で2大リーグといえば大リーグと日本のプロ野球だと思っている。もちろん細かく言えば並べたてるには差がありすぎる部分もあるにはあるのだが、レベルで言えば間違いなくそうだと思う。似たところで言えば、NBAと欧州のバスケ界を比べれば、レベル的にも商業的にもそれは本家アメリカの方が上だが、世界選手権でも五輪でも、ここのところアメリカは決勝にさえ進めてないし、今回、埼玉でアメリカを破ったギリシャには、そもそもNBA選手がいない。そういう意味で100%アメリカ イズ ナンバー1ではないのが現状なのだ。田臥にかくれて目立たないがヨーロッパでプロの世界に挑戦したバスケット選手も存在する。トヨタ自動車の斉藤豊選手はその一人だ。バスケットの道を志す人間にとって頂点はNBAであるのはもちろんだが、同じくプロを志す上で欧州でプレイすることは充分選択肢にはいってくるだけの価値を有している。
私が心から願うこと、それは日本のプロ野球がこれからも、大リーグに比肩する組織として認知され続けていくことだ。そのためには、現在の閉鎖的なあり方は見直して、もっとワールドワイドな組織として発展していくべきなのである。そもそも外国人枠というのがわからない。日本のプロ野球より若干、水準としてはおとる韓国のリーグで活躍する選手も、こんな制度がなければ、大リーグは無理でも日本で夢を実現させようという若者がもっとでてくるだろうにと心底思う。そして、そういう活動なしに、例えばアジアで今以上に野球が発展することはないのでないか。世界に冠たる日本プロ野球はそういう意味でもっと気概を持ってほしい。それとは別に何故、大リーグに挑戦する選手が出続けるのかという問題について。会社ありきで理由の一つとして、まずは会社ありきで、プロ野球といえど、たかがスポーツという見方で球団経営をする人間がいることにファンは最早、嫌悪感さえ感じているのでないか。ファンがそういう心理に陥っていることが、選手の大リーグ進出を後押しする一因となっているのは否めないだろう。
私が定年過ぎてからも、甲子園球場のライトスタンドには、満員の観衆が歌う六甲颪が響いているのだろうか。今日はそんなことを考えていたら思わず、こんなことを考えていました。
posted by 虎吉 |00:47 |
野球 |
コメント(4) |
トラックバック(0)
2006年10月15日
今日は家の近くの体育館で関東大学バスケットの試合があったので、観戦してきた。今年、日本で開催された世界選手権の日本代表に選出された竹内兄弟も、世界選手権での初々しい姿とは逆に、もう4年生ということもあり、すっかり試合ではベテランの装いだ。彼らが京都・洛南高校にいたころ、私は冬の選抜大会の観戦にでかける機会があった。嫁さん(その当時は、まだ結婚してなかったが)は、いつも自分に付き合わされて、やたらいろんなスポーツの観戦に行ってるけれど、本当に大変だと思う。が、スポーツ狂の私と結婚したんだから、多少は無理を承知でいてもらっているが、今日も昼12時から6時間以上もバスケットばかりみるのは、かなり大変だったはず。最後まで見たかったが、仕方がないので最終試合の途中で切り上げておきました。最も、嫁さんの買い物に付き合うときは、私も命がけなので、きついのはお互い様である。早く、趣味を共有できるようになりたいものだ。(笑)
話がそれたが、そんな嫁さんと選抜バスケットを観戦したことがあって、その時の試合が能代工業VS洛南であった。洛南は竹内兄弟を擁し、高さを売り物にして、国体に続く2冠を狙っていた。対する能代工業は、その年まだ無冠。わざわざ無冠と書いたが、インターハイ・国体・選抜という3冠のいずれもとれず能代工業が終わったことは、これまでの歴史の中で半分くらいしかない。大会の準決勝に相応しいカードであった。
ゴール下にポジションを取るセンターは、それこそ身長がものをいうポジションである。バスケットボールのゴールの3m5cmという高さが身長が高い人間がゴールの近くにいたほうが、都合がよいようにゲームを構成しているのだ。能代工業のセンター・高久選手は身長193cm、竹内兄弟は205cmである。試合はゴール下に陣取る竹内兄弟に高久選手がどう挑むかというところも、見所であった。
全国で随一の名門校・能代工業のスタメンであるというプライドだろうか、高久選手は、竹内兄弟に対しても、果敢に1対1を挑む。しかし、その度に高さに跳ね返される展開がつづいた。それでも、彼は挑み続け、後半にはいると、洛南の選手を抜いて中にカットインした能代工業の選手にディフェンスにいく、竹内選手の動きを利用して外からフリーでシュートを決めることで、自分の存在価値を主張し続けていた。現在、明治大学に所属する北向選手のスリーポイントで残り30秒を切って1点差まで詰め寄るも、フリースローを決められ2点差、最後はエース北向のシュートが外れて洛南が決勝戦へコマを進めた。
翻って、今日の試合である。東海大学と法政大学の試合では、高久選手と竹内選手のマッチアップを見ることができた。現実的には竹内兄弟のうち、弟の方はセンターというよりフォワードといった方が正しく、東海大学に所属するのは、その弟の方である。(兄は慶応大学に所属している)なので、4年前に見た選抜で実際にマッチアップしていたことはなかったかもしれない。でも、自分にとっては、その当時を思い起こすには十分なシチュエーションであった。高久選手のオフェンスでは、東海大学は竹内選手でなく別の選手がマークにくることが多かったが、ディフェンスでは、竹内選手に積極的にマークにつき、やはり、果敢に勝負を仕掛けていた。オフェンスでも、チームが厳しい戦況であったりしたとき程、積極的に個人技から得点を重ね、入学時には大学リーグ一部のセンターでは小さすぎるといわれた身長でゴール下の役目を果たしていた。プレーから、高久選手のファイターぶりが健在であることが伝わってきて、高校選抜で見た試合が蘇ってくるようであった。チーム内でも唯一フル出場を果たしまた、21得点は最多とまさに大車輪の活躍であった。試合は結局、東海大学が勝ったが、他に、能代工業から鳴り物入りで入学した法政大学のルーキー、信平選手の身体能力をいかした活躍ぶりなどもみることができ、大変面白い試合であった。
私はNBAを見るにしても、やはりNCAA時代、つまり大学時代から知っている選手が活躍してくれるとやはり嬉しい。自分が見込んだ選手ならなおさらである。そういう意味で、高久選手の活躍はとても嬉しかった。関東大学リーグも1部は残すところ後わずかとなっているが、1敗で首位の東海大学を2敗で昨年の優勝チーム・青山学院大学が追う展開となっている。(注・・・ブログ書き込み後、確認したところによるとこの日の最終戦で青学が敗れ3敗となり、慶応が単独2位に浮上している)最終節となる10月21・22日はお互いのホームコートで試合を行い、最終的な順位を決することになる。大会の行く末に注目である。
posted by 虎吉 |02:00 |
バスケット |
コメント(6) |
トラックバック(0)
2006年10月12日
今日はダルビッシュ凄かったなぁ。日本ハム幸先よく一勝ですね。これまでパ・リーグのプレーオフは2年連続してペナントレースでトップのチームが勝ち抜けないでいたんですが、今年は、どうかな?そして、セ・リーグは中日が優勝、つまり我が阪神タイガースは今年は残念ながら2位という結果となりました・・・・中日強かったね。直接対決では肝心なときに守備を含めた総合力の差でいつも煮え湯を飲んでいた気がします。残念ながら、今年は中日のほうが強かった、素直に負けを認めます。
中日ファンおめでとう!!
虎吉は関東在住ですが、昔は関西で仕事をしていたころもあって、当時は年間何十試合と試合観戦しておりました。今も勝利のあと、丁度岡田監督の勝利監督インタビューが行われているときくらいに六甲颪が流れてきます。そのときは、もう、至福ですね。多分、どこのファンも一緒でないでしょうか?勝利の凱歌の瞬間は、本当に最高ですね。
でも、ファンでいると、残念なことも色々あって、自分としては、著作権問題やら何やらで、選手の応援歌が大部分変わってしまったのは何とも残念!もっとも今の応援歌がダメということでは全くなくて、応援歌一つにも歴史とか思い入れがあったりするからなんです。
例えば藤本の応援歌。前の応援歌は、あの亀山使用を引き継いだものでした。92年、優勝争いをしたとき、最高の輝きを見せた亀山選手。その応援歌を引き継いだ藤本選手には、それだけすごい期待がかかってるんだろうと勝手に考えて、それこそ必死に声をはりあげたものです。ハートキーが在籍したころ、これは多分、同じ白人選手だからと思うが、やはり92年の4番であったオマリーの応援歌を代用していました。オリジナルの応援歌を持つのもいいですが、一つ一つの歌に歴史があるのも、大変、趣があったように思います。
オマリーは最高の外人選手だったですヨ、自分にとっては。アメリカに帰ってから後、マイナーリーグで監督をしていた際、某雑誌のインタビューで「ヤクルトには申し訳ないが、今も自分にとってのマイチームは阪神」といってくれたオマリー。(ヤクルトファンの皆様、こんなこと書いてすいません!!)社交辞令もあったかもしれないけれど、確かにあなたは92年シーズンオフには、大リーグにいく話もあったのに阪神に残ってくれた。色々あってトレードされちゃったけど、虎吉は一生、忘れないよ!!
日本ハムにも、新庄・坪井といった元阪神の選手がいたりして、やはり打席にたつと思わず、応援歌を思い出しますから。でも、これから出てくる選手に、あの応援歌が使われることはもうないんでしょうか。ちなみに檜山なんかは、昔から同じ応援歌で聞くとほっとします(笑)。
というわけで今日はプレイオフを見ても懐古趣味に余念がありませんでした。坪井・田中で1・2番だったこともあったかな、とか思い出したりして。というわけで、阪神ファンとしての虎吉は今年はもう黄昏ですが、野球はまだまだ続きます。ここからは一つ、一野球ファンとして気持ちを新たに、たま~に趣味にひたりつつ、プレイオフ・日本シリーズを楽しみたいと思う今日この頃である。
posted by 虎吉 |01:44 |
野球 |
コメント(0) |
トラックバック(3)
2006年10月10日
日本は球技が弱い。このブログを最初に書いたときに、スポーツの強さとは、その国の人口比率に結びつくものであるというような話題をあげてみた。コメントで参考文献などを頂いたこともあり、その件は又、じっくり書いてみようと思うが、日本は結論からいうと大変スポーツに関しては結果が出ていない国といわざるを得ない。そんな中でも団体競技における球技の弱さは際立っており、実は五輪で金メダルを獲得したことがあるのはバレーボールしかないのである。(公開競技であった野球が金メダルに輝いたことがあるが、ここでは正式種目に限定する)1億3千万の人口を持ち、世界でも1・2を争う経済大国としては、これは、寂しい数字というほかない。特に最近では団体球技において五輪で入賞することもままならなくなってきたが、数少ない世界との距離を実感できる競技の一つとしてアトランタ五輪で7位入賞を果たした女子バスケットボールがあげられる。
アトランタ当時の日本代表は当時国内のタイトルを独占していたJOMO・シャンソンという2強から構成されており、特に五輪後WNBAでも活躍した萩原・イタリアへわたった加藤それから村上・一乗というあたりが主力であった。その後、黄金時代を支えた選手たちがコートをさっていくにつれ国内でも段々と2強の地盤沈下が進むようになり、独占してきたタイトルをついに明け渡したのは2005年のオールジャパンのこと。優勝の栄冠を勝ち得たのはJALラビッツであった。
2強が優秀な高校生をリクルートすることで地盤を固めているのに対し、JALは基本的に大卒の選手が中心である。日本の女子バスケットではオリンピックを狙うような優秀な人材は2強のいずれかに高校卒業とともにすすむのが通例で大卒中心で一時期は関東実業団リーグまでおちていたJALが2強時代を打ち破ったことは大変興味深く思っていた。特に、1998年に現監督である林永甫氏がきてからの戦績が著しく、一度は試合を見に行きたいとかねてから念願していたところであった。そんなJALもオールジャパン優勝の際の主力であった堀部・薮内がチームをさり、世代交代の時期にさしかかっている。今年は流石に成績が落ち込むのではないかと想像していたが、なんと今日の試合を終えて首位にたつこととなった。
WJBLのサイトをのぞくと細かいチームごとのスタッツなどが掲載されており、それをみると今年のチームカラーが如実に表されているように思う。今年のJALはとにかくリバウンドが強い。チームの平均得点・平均失点などほとんどの部分で1位を他チームに譲っている一方で、リバウンドは全体で1位、スティールは最下位。これは何を意味しているのか。スティールは例外はあるもののどちらかというと背の低いガードの選手が中心となる分野であり、又、スティールが行われるのは通常ゴール下とは別のスペースであることが多い。一方、リバウンドはゴール下以外ありえない。シュートが外れなくてはリバウンドに飛ぶ場面は登場しない。つまり、ガード陣の厳しいプレッシャーによるスティールの獲得という手段以上に今年はリバウンドに特化してチーム戦略を立てているのでないかという構図があるようにも見える。しかし、一方でリバウンドがシュートが外れることによって必要性が出てくる分野であることからもわかるとおり、リバウンドというのは通常ディフェンス主体のチームが用いる戦略ともいえる。しかしながら、リーグ戦におけるJALの平均失点は3位であり、対戦相手のシュート成功率は4位と格段に戦略上でもディフェンスに特化したものでないようにうつる。前述のとおりスティールの数字も奮っていない。
そこで自分なりにデータを拾ってみたが、JALはとにかく主力選手の出場時間が偏っているのが特徴だ。シャンソン・JOMOと比べてみると10試合消化した時点で出場時間が300分を超えた選手が岩村・柳本・矢代と3人おり、3チームの中でも1~3位を占めている。ちなみにこの条件を満たすのはシャンソンは0人、JOMOは2人(大神・立川選手)。中でも矢代選手は370分と最長の出場時間を得ており、このことからも世代交代の狭間で苦闘するチーム事情が見え隠れする。岩村・柳本・矢代は得点でもリーグ上位10傑に名を連ね、リバウンドは矢代がダントツの首位。さらに、出場時間と年齢の関係を洗い出してみると、24歳以下で200分以上出場している選手がJALは山田1名のみに対し、JOMOは4名、シャンソンは1名。300分以上出場した選手が一人もいないシャンソンは各年代にわたり幅広く選手起用することで世代交代を図っているのに対し、ここでもベテランに頼らざるを得ないJALの現状が浮き彫りになってくる。つまり、リバウンドが全チームで首位でありかつ、スティール部門は最下位というデータは堀部・薮内がチームを去って行く一方で世代交代が思うように進まず、ゴール下・得点ともに矢代・岩村・柳本という3人しわ寄せがきているチームの内情を指し示すものといえるのだ。そんな中、若手でそれなりに出場時間を得ているガードの山田選手も三菱電機からの移籍選手であり、他のチームに比べ若手の成長が何より望まれるのがJALなのである。
はたして、今年JALは念願のWリーグ優勝を果たせるだろうか。もし果たせるとしたら、それはベテランの力によるものだろうか、それとも新戦力の台頭はあるのか。今年中には何が何でもライブでJALの試合は観戦にいく心積もりだが、その際は若手がどんなプレイを見せるかに是非、注目してみようと思っている。日本がアテネ五輪出場の際にJALからは薮内・矢代が選出されたが、それもチームとしての実績があってのもの。これからの日本の女子バスケットの浮沈を見る上でも2強時代を切り崩したJALがどう活路を見出すのか注目である。
posted by 虎吉 |02:56 |
バスケット |
コメント(4) |
トラックバック(0)
2006年10月09日
札幌ドームでの日本ハムの紅白戦に3万人が訪れたという。
無料観戦であったための数字であることは間違いないが、こんな市民の後押しが選手には何よりの後押しだ。札幌という町の体力、チームを地域に根付かせようというフロントの努力、全ての結晶であろう。
一方、一昨日の更新でもかいたジェフ千葉。オシム監督がきてから毎年優勝争いをするようになったのに、観客動員はいつまでたっても下位から抜け出せず。この間、千葉へのホームスタジアム移転問題などあったが、チームの観客動員とは無関係ではなく、サポーターの「市原にスタヂアムがあっても満員にならない」等の意見が現フクダ電子アリーナ使用の後押しになったと言われる。
「地域密着」これは、Jリーグが日本にもたらした概念と言ってよいが、この言葉が賞賛された理由に、国民の企業に対する不信感があったことは否めない。日本ハムが東京では動員数でずっと苦戦を強いられてきたことも、無関係ではないはず。しかし、いまや北海道に日本ハムありくらいのイメージだ。札幌という町の力がこれまでの日本ハムのイメージを上回ったのだ。東京時代も優勝争いはあったが、このような事態はなかった。
一方、ジェフはJリーグ発足前の日本リーグで丸の内御三家と言われた古河電工が主体となって作られたチームであり、その辺が集客がうまくいかない原因では、などと勘ぐってしまう。現実的には、動員数首位の浦和も御三家だった三菱重工が母体となってできたチームなのだが。
相次ぐ廃部騒動、不祥事、そして税金の値上がり・・・親方日の丸や、大企業にたいする不信感は強まる一方である。あきらかに企業型スポーツは過渡期をむかえている。むはやスポーツは学校や会社の保護のもとで行われるものではなくなった。もし、そうであり続けるなら、日本にプロスポーツが存在し続けることはできないだろう。
さて、北海道日本ハムが熱烈なファンの後押しを得てどんな戦いをみせることやら。新庄の憂愁の美となるか、金村投手の日本シリーズでの登板なるか。はたまた、西武やソフトバンクの逆襲はあるのか。まだまだ野球の楽しみは尽きないのである。
posted by 虎吉 |01:21 |
総合 |
コメント(0) |
トラックバック(1)
2006年10月07日
今日は久々のブログ更新。今週は結構、疲れました…OTZ
ということで、週末はやはりスポーツ!!今日はJリーグ、浦和VS千葉の試合を見に行ってきました。
今の日本代表の主力が名を連ねる両チームですが、さいたまスタヂアムは、見渡すところ赤、赤、赤!!!しかし、けなげにその一角で黄色いジェフのサポーターも応援しております。実はJリーグは2回目(?)くらい。なので、いつもは気合を入れてスポーツは見てしまうんですが、今回は強いて「気楽に」観戦すると決めてました。しかし、残念なことに自分の性格がそうはさせず、どう見れば効果的に展開を分析できるか試行錯誤しながら試合観戦に没頭してしまい、結局いつもと同じで終了後はぐったりでした。でも、スポーツ観戦は、選手と一体化したような、観戦後の、この倦怠感がたまらないのです。
試合の詳しい分析は、サッカーの知識は生半可なので多くは言えませんが、あえていえば、順当な勝利というところでしょうか。素人目にも浦和の方が、個々の選手の比較では上回る場合が多いように見えました。一生懸命、千葉は現日本代表監督オシムに鍛えられた走るサッカーで活路を見出そうとしますが、浦和は、それを簡単には許さず、中々千葉は良い形でマイボールをシュートまでつなげられません。浦和は前線の選手が強力で、さほど人数をかけなくても攻撃を組み立てていくことができます。そのため、浦和は守備陣が手薄になるシーンも少なく、特に速攻の基点には常に厳しく守備を仕掛けていく選手がいたことが勝因の一つと思いました。また、それが前線の選手が思い切って個人技を生かす下地になっているようです。逆に、スペシャルな選手がいない千葉は、全選手が常に仕掛ける意識を持ち、さまざまなオプションで攻撃、特に速攻を仕掛けていきます。オシムサッカー=走るサッカーと言われますが、今回は走りをうまくいかした攻撃オプションを組み立てきれてない印象でした。しかし、戦力的に上の相手に対し、いろんな選手が好機と見るや攻撃参加していく千葉の姿勢には好感が持てました。格上相手にAWAYでも守備を固めず攻撃的に行く姿勢はオシムイズムの賜物でしょう。
肝心の試合は、開始早々、浦和のワシントンをペナルティエリアでたおした千葉・DF結城が退場となり、浦和はPKを確実に決め1点を先制、後半にも効果的な闘莉王の攻め上がりを生かして、ゴールにつなげ浦和が順当に勝利。この試合、千葉・FW巻が闘莉王が攻撃参加した際はディフェンスしていたようですが、この時は戻ってませんでした。これは、ん~巻のミスか、連携ミスかはわかりませんが、とにかく千葉にとって痛恨のミスであることは間違いないところ。
そして、かえすがえすも千葉は結城の退場が痛かった。あれでキャプテン・阿部が攻撃参加する場面は激減してしまったと思います。個人的には真っ赤にそまった、さいたまスタで千葉と互角の試合を演じるジェフという構図を希望していましたが、浦和は流石ですね。
しかし、サッカー面白かったな。テレビには写らないところでも、色んな動きがあるのを見れて、又、それを感じれて満足。私は甲子園の雰囲気が最高だという持論は譲りませんが、Jの試合も中々でした。又、見に行こうと思います。
posted by 虎吉 |22:48 |
サッカー |
コメント(0) |
トラックバック(1)