2006年10月27日
日本ハム優勝!
ゆうしょぉ!!ユーショー!!!
やりやがったな。本当におめでとうだぜ!前の優勝から長かったな。長年、ファイターズを応援してきた人間にとっては、フランチャイズの移転もあったりで本当に感慨深いでしょう。しかし、今日はそういう意味で報道の仕方にクレームを。新庄とりあげるのはわかるけどさ~日本ハム一筋で長年屋台骨をになってきた田中幸雄のことも言ってやれよ~ミスターファイターズといえば田中だろ~
阪神が優勝した1985年、日本ハムの4番は古屋でした。その当時は4番サードっていう選手が多くて、阪神・掛布、巨人・原、横浜・レオン、中日・モッカとセ・リーグには4人もおりました。で、日本ハムは古屋がそうでした。若干、長打力にかけるところはありましたが、翌年以降も日本ハム・クリーンアップの一角を担う選手でした。その古屋といれかわるように主軸に入ってきたのが大島!そして片岡がはいってきたり、ウィンタースがいたりと、こう思い出すと懐かしいですなぁ、ウンウン。それでですね~、その当時のキャッチャーが田村(現スコアラー)なわけですよ。1981年の優勝時の正捕手・大宮からスタメンを奪った男であり、オールスターの常連でした。不動のトップバッターは島田誠でありました。福本豊と同世代でなければもっと評価されてよかった選手の筆頭であり、通算では352盗塁もしていながら一度も盗塁王に輝いてないというのはかんがえてみれば凄い記録です。(他に300盗塁していながらタイトルとれなかった選手っているのかなぁ。)んで、そういう時代に清原と同い年の田中幸雄が入団したわけなんですよ。すなわち1982~2005までの低迷期の真っ只中にキャリアを築いてきたのが田中幸雄なわけなのです。(1985年入団)もっとテレビ局もその辺つっこめよな~
1998年は首位を独走していながら、まさかの失速。この辺は1992年に、優勝をのがした我が阪神タイガースと重なるところがあります。その時の日本ハムのスタメンには金子と田中が含まれてますが、小笠原は控え(?)だったような。まさに今回の優勝は田中にとって捲土重来というにふさわしいものでした。
あとですね、例えば今日の解説とかに、ここまであげたような日本ハムの思い出の選手とかがでてくれば最高なんだよね。思えば近鉄がロッテと引き分けて優勝をのがした時、鈴木啓二が解説をしつつ、最後優勝するのぞみがないのに守備につく近鉄ナインをみて放送席で号泣したということもありました。泣くのがみたいわけでないけど、チームに対する愛情とか、OBの心理というのも野球ファンとしては、知りたい部分だと思うのです。ちなみに今日は嫁にテレビの解説のことで愚痴をいってたら、鈴木啓二さんのことを思い出して泣けてきましたよ。やっぱり俺って年だな・・・・OTZ
しかし、そんなことがあっても、ファイターズの優勝はなんら意味が薄れるわけではありません。1992年、阪神が優勝しそこなったとき、スタメンをとった新庄も今年でサヨナラ、日本シリーズで「明日も勝つ!」とか又、言うなよ、と思って虎吉はヒヤヒヤしたよ。(阪神時代、ヒーローインタビューで新庄がそういうと阪神は必ず負けたのだ・・笑)そんな新庄君には、最後に阪神時代の応援歌をプレゼントしよう。外野からの地をはうようなバックホームは本当に凄かった!!
それ~ゆけ~GO!! 新庄~ 燃え~る男
それ~ゆけ~GO!! 新庄~ 根性見せろ~
posted by bubusprts |00:31 |
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2006年10月24日
秋といえば・・・・食欲の秋。読書の秋。そしてスポーツの秋。
そんな言葉を裏付けるかのように、ラグビーTOPリーグにJBL、Jリーグとスポーツ真っ盛りである。そして、プロ野球は中日と日本ハムの日本シリーズというペナントレース前は予想だにできなかったカードで大団円を迎えようとしている。甲子園の優勝旗が初めて津軽海峡を渡ったのが2年前だが、今度は北の大地に日本一のプロ野球チームが誕生するのであろうか。その一方で、現在のプロ野球でもっとも人材が集中しているといって過言ではない世代の主役、松坂が太平洋を渡ろうとしている。
プロ野球のあり方は一刻も早く抜本的に見直されるべきだ。選手が最高峰のリーグで自分が修練をつんできたものを極めようという考えはプロである以上、当然のものだ。その一方で、現在進行形で進み続けるプロ野球界の空洞化には気をもまないわけにはいかない。野茂が先駆けとなってから多くのTOPレベルの選手が海を渡った。松井(秀)・松井(稼)・イチロー....今、プロ野球を夢見る青少年にとって日本のプロ野球はどのように写っているのであろうか。
今回の松坂の挑戦は、そういった意味で、嵐の前触れのように感じてならない。なぜなら、今回のポスティングシステムによる移籍容認は2年後FAで移籍されると球団は無償で松坂を大リーグに送り出さねばならないということに発する利益考量によって導かれた結論である可能性が高いからだ。いわゆる入札制度であるポスティングシステムは金銭的なリスクが高く、これまで大リーグ球団から日本人選手を遠ざけることに一役買っていた。すなわち入札に勝ち残れる資金力を持つチームでなければ獲得は難しいし、さらに、それだけの価値のある選手でなければ入札制度を利用できないためだ。しかし、そのようなそろばん勘定にあう選手は一握りでしかなく、現在、レンジャースで活躍する大塚選手も最初に大リーグ挑戦を表明した際は、獲得に名乗りを上げる球団がおらず、中日でもう一年、留年してから海を渡っている。選手獲得に莫大な金額を要するこの制度は、大リーグ球団にとってもリスクが高く、松坂クラスならいざしらず、そうでもなければ、安く手に入るのを待ってからで十分という皮算用となるのが殆どなのだ。
しかし、松坂世代の選手達はFAとなったときに日本にいることをのぞむだろうか。松坂世代の代表格のように言われるホークスの三本柱、新垣・和田・杉内だってFAの権利を取得したら松坂につづいて大リーグにいくのもありなのだ。それは、FAとなった広島の黒田が大リーグにいかない保障はないのと同様だ。野手に関しても、タイトルホルダーではなかった井口・城島が成功したことでより日本人のニーズが高まるのは確実である。横浜の村田、日本ハムの森本といった日本を代表する野手には10年後、どのような形容詞がついているのか。松坂を頂点とする世代の選手達は今回の移籍劇をどうとらえるだろうか。
私は日本のプロ野球は世界に誇るべき文化だと思っている。大リーグの方がレベル自体は高いのだろうが、日本にきた大リーガーが必ず活躍できるといえるほど甘い世界ではない。勝手に世界の野球界で2大リーグといえば大リーグと日本のプロ野球だと思っている。もちろん細かく言えば並べたてるには差がありすぎる部分もあるにはあるのだが、レベルで言えば間違いなくそうだと思う。似たところで言えば、NBAと欧州のバスケ界を比べれば、レベル的にも商業的にもそれは本家アメリカの方が上だが、世界選手権でも五輪でも、ここのところアメリカは決勝にさえ進めてないし、今回、埼玉でアメリカを破ったギリシャには、そもそもNBA選手がいない。そういう意味で100%アメリカ イズ ナンバー1ではないのが現状なのだ。田臥にかくれて目立たないがヨーロッパでプロの世界に挑戦したバスケット選手も存在する。トヨタ自動車の斉藤豊選手はその一人だ。バスケットの道を志す人間にとって頂点はNBAであるのはもちろんだが、同じくプロを志す上で欧州でプレイすることは充分選択肢にはいってくるだけの価値を有している。
私が心から願うこと、それは日本のプロ野球がこれからも、大リーグに比肩する組織として認知され続けていくことだ。そのためには、現在の閉鎖的なあり方は見直して、もっとワールドワイドな組織として発展していくべきなのである。そもそも外国人枠というのがわからない。日本のプロ野球より若干、水準としてはおとる韓国のリーグで活躍する選手も、こんな制度がなければ、大リーグは無理でも日本で夢を実現させようという若者がもっとでてくるだろうにと心底思う。そして、そういう活動なしに、例えばアジアで今以上に野球が発展することはないのでないか。世界に冠たる日本プロ野球はそういう意味でもっと気概を持ってほしい。それとは別に何故、大リーグに挑戦する選手が出続けるのかという問題について。会社ありきで理由の一つとして、まずは会社ありきで、プロ野球といえど、たかがスポーツという見方で球団経営をする人間がいることにファンは最早、嫌悪感さえ感じているのでないか。ファンがそういう心理に陥っていることが、選手の大リーグ進出を後押しする一因となっているのは否めないだろう。
私が定年過ぎてからも、甲子園球場のライトスタンドには、満員の観衆が歌う六甲颪が響いているのだろうか。今日はそんなことを考えていたら思わず、こんなことを考えていました。
posted by 虎吉 |00:47 |
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2006年10月12日
今日はダルビッシュ凄かったなぁ。日本ハム幸先よく一勝ですね。これまでパ・リーグのプレーオフは2年連続してペナントレースでトップのチームが勝ち抜けないでいたんですが、今年は、どうかな?そして、セ・リーグは中日が優勝、つまり我が阪神タイガースは今年は残念ながら2位という結果となりました・・・・中日強かったね。直接対決では肝心なときに守備を含めた総合力の差でいつも煮え湯を飲んでいた気がします。残念ながら、今年は中日のほうが強かった、素直に負けを認めます。
中日ファンおめでとう!!
虎吉は関東在住ですが、昔は関西で仕事をしていたころもあって、当時は年間何十試合と試合観戦しておりました。今も勝利のあと、丁度岡田監督の勝利監督インタビューが行われているときくらいに六甲颪が流れてきます。そのときは、もう、至福ですね。多分、どこのファンも一緒でないでしょうか?勝利の凱歌の瞬間は、本当に最高ですね。
でも、ファンでいると、残念なことも色々あって、自分としては、著作権問題やら何やらで、選手の応援歌が大部分変わってしまったのは何とも残念!もっとも今の応援歌がダメということでは全くなくて、応援歌一つにも歴史とか思い入れがあったりするからなんです。
例えば藤本の応援歌。前の応援歌は、あの亀山使用を引き継いだものでした。92年、優勝争いをしたとき、最高の輝きを見せた亀山選手。その応援歌を引き継いだ藤本選手には、それだけすごい期待がかかってるんだろうと勝手に考えて、それこそ必死に声をはりあげたものです。ハートキーが在籍したころ、これは多分、同じ白人選手だからと思うが、やはり92年の4番であったオマリーの応援歌を代用していました。オリジナルの応援歌を持つのもいいですが、一つ一つの歌に歴史があるのも、大変、趣があったように思います。
オマリーは最高の外人選手だったですヨ、自分にとっては。アメリカに帰ってから後、マイナーリーグで監督をしていた際、某雑誌のインタビューで「ヤクルトには申し訳ないが、今も自分にとってのマイチームは阪神」といってくれたオマリー。(ヤクルトファンの皆様、こんなこと書いてすいません!!)社交辞令もあったかもしれないけれど、確かにあなたは92年シーズンオフには、大リーグにいく話もあったのに阪神に残ってくれた。色々あってトレードされちゃったけど、虎吉は一生、忘れないよ!!
日本ハムにも、新庄・坪井といった元阪神の選手がいたりして、やはり打席にたつと思わず、応援歌を思い出しますから。でも、これから出てくる選手に、あの応援歌が使われることはもうないんでしょうか。ちなみに檜山なんかは、昔から同じ応援歌で聞くとほっとします(笑)。
というわけで今日はプレイオフを見ても懐古趣味に余念がありませんでした。坪井・田中で1・2番だったこともあったかな、とか思い出したりして。というわけで、阪神ファンとしての虎吉は今年はもう黄昏ですが、野球はまだまだ続きます。ここからは一つ、一野球ファンとして気持ちを新たに、たま~に趣味にひたりつつ、プレイオフ・日本シリーズを楽しみたいと思う今日この頃である。
posted by 虎吉 |01:44 |
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2006年09月30日
今日は、当初は越谷でバスケットの女子日本リーグの試合を見に行く予定でした。しか~し、なんと我が阪神タイガーズが9連勝で中日と2ゲーム差まで迫ってきたではないですか!!ということで、試合観戦の予定を取りやめ、昨日に引きつづきテレビの前で応援に励んでおりました。試合は、初回、追い込まれながらも金本が山本昌のスライダーが若干、甘く入ってきたのを見逃さず、ライト前にタイムリー!!という最高の形で猛虎先制!!そこから中盤までは、見事な投手戦が続いた。
えてして、このような試合はミスから決着がつくものだが、この試合も、5回先頭・井上の打球センター前に抜けようかというところを藤本がキャッチ!振り向きざま送球しようとして、ボールを握りそこね、塁に出してしまう。次打者、谷繁は三振に打ち取るが、山本昌に犠打を決められ2死ながら2塁にランナーを許し、先頭打者・荒木との勝負になった。ここで、どんづまりの当りがファースト・シーツのミットを弾くラッキーな二塁打となり、中日が同点となる。阪神はこれまで、投手力を中心とした守りの野球で勝ってきた。藤本もシーツも厳しい打球だが、あそこはどちらかをアウトにしていくのが阪神の野球だと思う。その意味で試合の流れが中日にいくかな、と思ってしまうケースであった。そして、2番井端には最も許してはいけない四球、そして、福留を迎える。
相手投手の出来を考えるともう1点もやれないケースで中日にとっては最もたよりになる3番福留、そして、次打者は4番ながら昨日からヒットがなく、ここまで阪神バッテリーにかもにされているウッズ。ここは、打者・福留に対しては万が一にも打たれる球は駄目で、ボール球で攻めて四球になれば開き直ってウッズで勝負といくべきでなかったか。
福留は前の打席で3球続いたスローカーブにタイミングが合わず、最後は外角のボール球の直球で三振。あきらかに直球待ちの打席であった。福留クラスの打者なら、福原の一番の武器である直球をまつのは当然のはず。そして、前の打席、その直球で打ち取られながら、この打席でも、やはり福留は直球を待っていた。初球・外よりの直球を逆転タイムリー。福原が初球から自分の最も武器にしている球で勝負にいったところを打ち返すあたりは、なぜ、福留が首位打者にいるのかということを感じさせる1打席であった。しかし、ウッズ勝負で良かったと思ったが。少なくとも、あの場面、初球の入り方はもっと慎重であるべきでないか?
7回表には四球・エラー・エラーでノーヒットながら無死満塁となり、ここで井端にタイムリーを浴びて試合はほぼ決まった。やはり、ミスがあっては試合に勝てない。初回に幸先よく先制して、逆にリードを守ろうとして萎縮したか。言い出せば、きりがないほど中盤以降にはミスが続出し、勝手に阪神が転んだような試合であった。明日は今年最後の首位攻防戦にふさわしい試合になりますように。だって私は明日も、バスケの試合観戦を蹴って応援するんですから・・・・(T_T)
posted by 虎吉 |18:24 |
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2006年09月26日
日本ハムの金村投手が「外国人監督は個人成績の重要性をわかっていない。絶対、許さない。」という旨の発言をしたことが波紋をよんでいる。特に、今シーズン、久方振りの優勝争いに絡んでいる日本ハム首脳陣にとっては、痛いところだろう。今日、発表された処分は200万円の罰金とプレーオフまでの出場停止というものであった。私は、今回の金村投手の問題発言をきいて、蘇った記憶がある。当時、西武に所属していた工藤公康投手の件だ。
工藤投手も同じく、優勝争いのさなかでの事件であった。当時、西武はローテーションの一角を担うべき郭投手が肘の持病のため、十分な登板間隔が必要であったこともあり、投手陣は大変苦しいやりくりを強いられていた。そんな状況下、中4日で登板した工藤が「中4日では、いい投球などできっこない。これで怪我して引退しても誰も面倒見てくれない」という内容の発言をしたと報道されたのだ。当時の森監督は即座に工藤と面談し、真意を誤って報道された、この時期に申し訳ない、という謝罪を受ける。
昔から、この種の問題発言は野手より投手に多い傾向がある。なにしろ、「先発投手は一人に打たれれば戦犯で、打者は一度打つだけでヒーローになる」という例えがあるとおり、ほかの野手より一人、小高い丘にたってプレーし、より責任を強く求められる役割だから、そのストレスたるや、大変なものと想像する。野球は、投手が投げないと始まらない。そして、打者が投手のボールを打ち返さねば試合には勝てない。野手は(投手も含めて)9人が順番にうつが、投手は打者ごとに順番でと言うわけにはいかないのだ。そして、低迷期から日本ハムの屋台骨を支えてきた金村投手にとって、その小高い丘に立ち続けたプライドも又、それなりのものがあってしかるべきだ。
西武の森監督は、面談の後、急遽行ったミーティングで「報道にも若干の脚色があるだろう。工藤が悪かったのは確かだが、工藤だって一人の人間だ。ここは、みんなで工藤を救ってやってくれないか?」と全選手に訴えている。この事態に工藤が震え立った。次の登板から2連続完投勝ち、気迫が違ったのである。とくに中3日で登板した際の試合前のエピソードがふるっている。
試合前、先発を決めかねていた森監督のもとに工藤・郭が次々と現れる。工藤「今日投げたら調子がよかったんで行けます。」郭「肘は大丈夫です。中3日でも4日でもいけます。」森監督は逡巡するが、この時、工藤が郭に「無理するなよ。今日は俺が行く。」と言うのをみて先発を工藤に決めたと自伝の中で振り返っている。この時、工藤も苦しかったのだ。自分が優勝争いをするチームに迷惑をかけた責任を感じて、なんとか汚名を返上せねばならないと、燃えていたのだ。西武は1986年からの9年間で8回のリーグ優勝を飾るがその中には常に工藤の姿があった。また、移籍先のダイエー・巨人でも主力として活躍し、200勝投手になった。問題を乗り越えて成長したのである。
私は何も、日本ハムの判断が悪いと言いたいのではない。対応するにも様々な状況を鑑みてする必要があり、金村投手は下された処分を受け入れていくしかない。しかし、選手生活はこれからも続くし、これで、金村選手の全てが終わったわけではない。問題はこれからどうするかだ。日本ハムを支えてきた投手なだけに必ずや、この状況を乗り越えると期待したい。そして、来たる日本シリーズで、我が阪神タイガースにどんなピッチングをするか見届けたいものである。
posted by 虎吉 |00:22 |
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2006年09月17日
昨日の中日・山本のノーヒットノーランは阪神の息の根を止めたかに思えたが、今日はまだ、セ・リーグの灯は消さんぞ!という阪神の意地を感じる試合となった。それでも、現実的には可能性はかなり薄い状況なのだが、岡田監督の采配で今日は、疑問を持った部分がある。藤川の使い方についてだ。
今シーズンは久保田の怪我もあり、藤川にかかる負担が一段とましたシーズンであった。夏場苦戦していた時期は2回、3回と連投する姿をみて不安を覚えたファンも多いだろう。さらにいうと、打席にはいるケースもとても多い。それは、檜山・町田・スペンサーといった豊富な代打を使う機会を減らすことを意味する。それは、ちょっと問題だと思うのだ。
7月28日、ヤクルト戦では1対1の同点9回から登板、その裏は8番藤本からの打順だったが、そのまま9番に入り打席に立っている。この試合は延長10回サヨナラ勝ちしたが、阪神の攻撃陣には9・10回で5アウト分のチャンスしかなかったわけだ。今回のトピックの趣旨とは異なるが、藤川は翌々日、10回から登板、11回裏には2死3塁というサヨナラのチャンスでそのまま打席に入り3イニング目に突入する。11回は矢野ヒットで次打者鳥谷がバント、1死2塁で藤本・藤川と打席に入っているが、もし、藤川続投ならば鳥谷強行がセオリーでないだろうか。
ちなみに、今日は、8回2死から登板したが、打順は9番にそのまま入った。9回、無死満塁のチャンスで矢野が凡退すると、藤本に変えて代打・檜山、落合監督はここで投手・岩瀬として阪神も代打の代打に今岡をだした。この試合でもっともわいた場面だったが、落合監督としては、9番藤川に代打がでないことを考えての作戦だったに違いない。岡田監督は8回にウィリアムスを降板させた時点で藤川で最後までいくのは明らかである。打順は4番から9回の攻撃がはじまる事を考慮すれば、2番関本もしくは3番シーツのところに藤川をいれておくのがセオリーだと思う。ちなみに、セ・リーグの抑え投手で最も、打席に立っているのは巨人の高橋(尚)で5打席だが、藤川も5打席。高橋は4回先発があることを考えれば藤川が最多といって良いだろう。他では、広島・永川が2打席立っているが後は、クルーンも岩瀬も木田も豊田も1か0。岡田監督は藤川の打順をもっと考慮すべきだ。イニングをまたぐなら尚更である。
さて、そんな藤川の打席数は岡田采配の混迷ぶりを象徴するように思うのだが、どうだろうか。
posted by 虎吉 |18:50 |
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2006年09月14日
名前の通り、生まれた時から阪神ファンです。夏の終わり頃、あまりの中日戦での不甲斐なさに応援するテンションが下がりかけてきたこともありましたが、我がタイガースも藤川・涙インタビューあたりから妙に粘り強くなった気がしてきて、中日3連戦を前に、今日も応援に力が入りました。そういう意味では、勝ったにしても今日の試合は、文句をつけたくなるところも多々あるのだが、一番言いたいのは、井川選手のことです。
阪神が、まだまだ弱小だったころ、井川選手は水戸商からドラフト2位で入ってきた。少なくとも、昔の阪神は軟投型の投手が多かったような記憶があるが、それ以上に、他球団にくらべエースと呼べる投手がいないことが、戦力を乏しく見せていた。
具体的には何だったか覚えてないが、実は、ドラフトされてくる過程に、妙に気になる部分があって、入団当初から井川選手には大変、期待をしていた。徐々にそういった期待からくる将来像は確信に変わっていったが、自分には特に印象に残っている試合がある。それは、井川選手が巨人戦初完封を成し遂げた試合だ。
とにかく、1球に対する気迫がテレビからも伝わってくるような試合だった。今ほどは球速もなかったし、荒削りなところも多かったが、何より「打てるもんなら打て見ろ!」「お前らには絶対負けん!」という気迫で巨人打線を圧倒していた。終盤だったと思うが、ピンチで松井を打席に向かえ、三振に切って取ったアウトローは、球速も146kmでその日の最速だったが、鳥肌がたつような凄い球だった。多分、この瞬間を表現するにはどんな言葉も無理であろう。そういう得体のしれないパワーを井川選手は放っていた。井川選手が阪神のエースになると前々から思っていたが、この試合でその思いも確信に変わった。
それから長い時間がたったが、私は実は井川選手の本領はまだまだ発揮されていないように感じる。あの時、井川選手に感じたポテンシャルには実は、まだ、達していない。必ずしも的を得た言い方ではないが、有事に最高の力を発揮した井川選手に、戦うメンタルティを感じたことが、ポテンシャルを大きく見せている部分はあると思う。また、戦えるメンタリティこそ勝者たりえる最大の要素とも思う。これこそ、井川選手がもって生まれた最大の素質ともいえるはず。なぜなら、そのようなメンタル的な要素こそ最も矯正したり向上の難しい資質だからだ。今年は若干薄れたが、この3年ほどは迷いのような何か不安を感じることがあるのは気のせいか。
頼む、もう一度、夢を見せてくれ!!!
ファンは期待している。
posted by 虎吉 |00:12 |
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