2008年10月26日
栗城事務局です。
マナスル遠征中は、皆様から多大なるご声援をいただく反面、大変なご心配もおかけしていた栗城ですが、本日26日、無事に帰国、また北海道に戻ってくることができました。
本当にいろいろとありがとうございました。
また明日からは、次なる目標、エベレスト遠征に向け、早々に始動いたします。
今後とも引き続きご声援、ご指導を賜れますようどうぞよろしくお願いいたします。
大勢の方々に出迎えていただき、
本人もようやくチャレンジを成し遂げたこと、実感できたとのことです
※27日、HBC夕方ニュースにて帰国時の模様が放送されるほか、STVどさんこワイドにて生出演の機会も頂戴しました。
posted by bt_nobukazu |21:44 |
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2008年10月25日
ナマステ!
連日にわたって登頂記念パーティーを行っています。お世話になったシェルパや仲間を皆引連れて、夜のカトマンズを堪能していますが、カトマンズにはススキノのようなお店はありません。しかも、お祝いなのに全て僕のおごりになっています。お土産を買うお金がなくなっちゃいます・・・
今日は、観光省で登頂の申請を行ってきました。1時間以上も個室で待たされ、きっと適当なところだろうなと思っていたのですが、これがきちんとしていて、「山頂から何が見えた?」「チベットは見えたか?」「尾根にこれがあったか?」といった登頂を証明するための質問がきちんとあるのです。
それを全て答えて、登頂証明の写真を提出し、また別の個室に連れて行かれ、1時間経つと今度は偉い人が出てきて「おめでとう!すばらしい!」と言ってもらえて、晴れて登頂が正式に認められたのです。明日には登頂証明書ももらえるようです。
今年のマナスルは雪が多く、気温も低いため大勢の人が凍傷にあったそうです。僕の登頂した後にすれ違いで登っていた韓国隊もひどい凍傷にあい、鼻が大変なことになっているそうです。
「君は運がある。怪我ひとつないからラッキーだよ。エベレストも単独で登れるかもしないね」と言ってくれました。
エージェントのティカさんも、夜の会で「運」について語っていた。
「ヒマラヤの8000mは体力や技術では登れません。運がないとダメなのです。運がない人は登っていなくても死ぬし、運のある人は登っても死なない。栗城さんは運がある。栗城さんの祈り、みんなの祈りが通じているからです」
ヒマラヤの登山は、天秤にかけられているような気がする。普段の行いとか、感謝の気持ちとか全てが山の神様の判断にゆだねられ、生かすかどうするかを考えていると思う。
今回、マナスルは僕を五体満足で生かせてくれました。それはきっと僕に「何かの使命」があるからだと思う。その使命が何なのか。自分の中でもう答えは出ている。日々の全てに感謝しながら、使命を果たし、頂いた命をお古のジーンズにように使いこみたい。
ところで!いきなりですが、帰国することになりました。26日(日)に成田着→千歳着です。うへへ、お寿司にうなぎに・・家に帰るまでが登山です。最後まで集中します。
ナマステ
登頂記念パレードです。沿道には身内の仲間しかいません。しかもここは動物園です
登山家が集まるお店で登頂記念色紙を書きました。ここには沢山の登山家の色紙があります。ちなみに、エベレスト登頂者はIDカードが作られ、飲み食い全てタダなのです
うへへ このお店にきたら探してみてください。バーカウンターの前にあります。このお店の名前は・・・忘れちゃった
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posted by bt_nobukazu |13:42 |
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2008年10月25日
栗城事務局です。
いつも多大なる応援をいただき、
深く感謝しております。ありがとうございます。
さていよいよ、26日に栗城が帰国いたします。
成田には午前6時20分着。
その後、ANA便にて新千歳には午後1時10分に到着します。
到着ゲートでは恒例の出迎えも予定しおります。
皆さんのご参加も大歓迎ですので
ご一緒いただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。
posted by bt_nobukazu |00:12 |
マナスル遠征 |
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2008年10月22日
パンツが香ばしくなっています。熟した葉っぱが乾燥し、お湯にいれるとおいしい紅茶が出てくる、そんな感じになっています。
今、僕は「ホテル」という新しい惑星にいます。ここには、ベッドいう縦2m、横1.6mの柔らかい物に寝るところがあり、お湯も蛇をひねると出てきます。これまでの村ではずっとロウソクやわずかな電気のみだったので、ホテルの中が宇宙船のように眩しく、黄色が金色に見えてきます。
鏡の前に立つ自分。髭は生え、鼻が黒くなり、顔全体が焦げ茶色になっている。横腹にあった贅沢肉はなくなり、引き締まっているように見えるが、腕やお腹の筋肉もなくなっている。指先はまだ痺れていて、完全に治るにはまだ数日かかるだろう。
自分の体を見渡すと、こんなに小さな体で何キロもの荷物を担ぎ、少ない食糧と少ない酸素であれだけ動いていたのかと我ながら改めて感心させられる。自分の体にありがとうを言いたい。
憧れのカトマンズ。6時間以上もかけていざ目的のホテルに着くと、そこでは感動というより、寂しさのようなものが出てきた。
ホテルの前では、エージェントの代表ティカさんが家族総出で迎えにきてくれた。ティカさんは昨年のチョ・オユーでサーダーを務め、怪しい日本語を話すが仕事はバッチリこなす頼もしい存在だ。ティカさんから話を聞くと、日本から沢山のメッセージやニュース情報がきているようだ。
僕のこの登山が、さまざまな形で報じられているらしい。現地では情報は送っても受け取ることができないので、どのようになっているのかわからなかった。日本に何かニュースないの?と聞いても「山野井さんがクマに襲われた」くらいしか言わない。
ティカさんの話では、どうやら僕のマナスル単独無酸素登頂が日本人で初めてらしい。山頂からのスキー滑降はだれもやったことないだろうなと思っていたけど、マスコミやヒマラヤ協会の調べによると、単独無酸素登頂をした日本人は今までいなかったというのだ。勉強不足の僕は何も知らなかったけど「初」という言葉はちょとうれしいかもしれない。
なぜ、注目されているかというと、このマナスルが別名「ジャパニーズマウンテン」と呼ばれているからだ。
戦後の復興間もない1956年に、世界で残された最後の8000m峰マナスルを日本山岳会が初めて登ったのだ。その当時としてはヒマラヤの未踏の8000m峰を登るということは宇宙に行くようなもので、何回も偵察隊を派遣し、あの谷の惑星でルートを開拓し、そして山に登るという大変な苦労があった。登頂後、戦後の日本に沢山の希望や勇気を与え、記念切手も販売されるほどだった。
また、この山ではたくさんの日本人が眠っている。有名な小西政継さんや僕も見たあのジャパニーズガール・・・。
単独とかスキーとか僕の登山はかっこよく見えるが、僕はパイオニア達には勝つことはできない。その方々のおかげで登ることができた。ヒマラヤ登山は、見えない積りに積もった歴史の上で成り立っている。ありがとう。
今回の登山を振り返ると、本当に「運」が良かったのだと思った。実は今回のマナスルで単独無酸素登頂を目指していた登山家は何人かいて、その中でも成功できたのはぼくだけのようだ。そのうちわかっているのが、ペルー人登山家と日本のベテラン登山家だった。
初めは、すでに高所順応をすませた日本人登山家が登るのかなと思っていたが、僕が高所順応でキャンプ3に向かう時にすれ違い、「雪が深くて、ルートもできていない。登らない方がいいよ」と言って下山していった。その後も雪は深く、ジェットストリームも来たが、アタックの日は晴れて、僕は登ることができた。一瞬の差ですべて決まる。ヒマラヤはそんなところだ。
マナスルの神様とマナスルで大変な苦労をして登ったパイオニア達に感謝を捧げたい。
ありがとう!!!!
今はもう朝です。この宇宙船の中で興奮しているのか、テレビをつけっぱなしで寝ることができません。今晩は登頂記念パーティーが行われます。久しぶりにクリキキング参上です。
ナマステ♪
最後の村の朝です。 鶏の声で起き、マキで炊かれたご飯を食べる。お米の一粒一粒が本当においしかった
これはどんなプレイでしょうか。子供は観念したのか、全く動きません
「すいません。カトマンズはどっちの方向でしょうか?」
現代文明の象徴。車です!バスです!これに乗ってカトマンズに向かうが、道中パンクや道が崩れたり、ラフティングのように揺れに揺れ、吐きそうになる
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posted by bt_nobukazu |15:42 |
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2008年10月19日
今日も小鹿は歩いて行く。
筋肉がだいぶ慣れてきたのか、親鹿がいなくても十分歩いていける。前は四本足で目の前の急斜面をひーひー言いながら登り降りしていたが、今ではたまに二本脚でも歩けるぐらいだ。
今日も25キロ歩くのだが、いつもより緊張感があった。壊れかけた橋を渡っても、鼻クソまみれの子供達に囲まれても、一歩一歩が足早に前に向かって行っていた。そう伝説のタトパニの湯に向かって。
数日前、マナスル下山後のベースキャンプでスパイ活動をしていたサーダー(シェルパのリーダー)のチェトさんがこの辺に温泉があると言っていた。
このヒマラヤで、しかも谷の中に温泉があるなんて思えない。地球の歩き方にも載っていないし・・
でも、温泉と聞くだけで明日が明るくなってくる。それだけを期待して、この3日間、足が棒になりながらも休まず歩いてきた。
歩き始めて、6時間、家数軒の細い路地裏に石積でできた水路に水がジョジョボと出ていた。チェトさんがこれがタトパニの湯ですと自信満々に言うが湯けむりが沸いている気配がない。
焦りながらも水に触れてみると確かに少し暖かい、でもこれじゃぬるま湯だ。水がなにかのミスで温かくなっている。ただそれだけのような気がしていた。
タトパニはただの伝説かと思い、奥の方の水に指を刺してみたら、これが温かい!40度以上はある。
僕は、興奮し、すぐに水着に着替えた。といっても水着がないのであのパン ティーをはいてみた。日本だとただの変態だが、ここではよくわからないだろう。
女性物の下着をはいて、お湯に背中を向けた。気持い!!最高だ!食べ物の有難さもわかるが、お湯の有難さが身にしみる。
興奮しながら、お湯を浴びていると周りにギャラリーが増えてきた。そのうち欧米人まで僕を見るようになってきた。
どうやら僕が女性物の下着をはいて水を浴びながらハイになっているので、ゲイが何かショーを始めるのかと思っているのかもしれない。欧米人が真ん中の冷たい水を浴びようとするので、「こっちの方が温かいよ」と笑顔で伝えても無視される。
完全に変態だと思われていた。シェルパが「アイツはマナスルをソロで登ったすごいやつだ」と説明しても、僕の姿を見て、失笑するだけだ。ともあれ、2週間分のアカは取れ、身も心もきれいさっぱりになりました。
パン ティーもそろそろ乾いたと思います。明日はチョティコーラという村に向かいます。
ナマステ
いってきます
おちゃーーー!おちゃちゃちゃ!
ごちそうさまでした
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posted by bt_nobukazu |23:17 |
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2008年10月18日
ナマステ!
今日も朝から25キロ歩く。筋肉痛だ。今日は休むなんていうわけにはいかない。1トン近くの荷物を、村人が村から村へ人海戦術で送る。だからその荷物の前に村に着かなければいけないのだ。
小鹿は今日も歩いて行く。谷の間を歩いていくのだが、谷の下は100mの断崖絶壁。マナスル氷河の激流が流れている。途中で立ちションをしていると、荷揚げ用のロバが上がって来て、押されそうになる。この細い絶壁街道は、一瞬の隙が命取りになる。
壊れかけた橋をいくつも渡り、壊れ崩れた橋も渡っていく。もしここを小学生の遠足のコースにしたら、きっと命を大切にしようとする子供が増えるだろう。
そんな絶壁街道を進んでいても、自然とマナスル登山のことを振り返ってしまう。どうしてもっと体が動かなかったのだろう。もっと写真も撮れたはずなのに。スキーはあのルートでいいのだろうか。いろんな事を考えてしまうが、考えても無駄だ。なぜなら考えて登れるようなところではない。もっと深い、深層心理というか「無」の状態からくる善なる判断が必要だからだ。
ただ一つ自信を持てたのは、頂上からのスキーだ。8000mは本来滑るところではない。でもそこを気絶寸前でも滑り、徐々に慣れて行き、ヒマラヤの風になれたのが大きな自信につながった。
「8000mでもうまく滑れる」という可能性が見えたし、次の方向性も見えた。
次の目標、それは「エベレスト単独無酸素登頂」だ。昔からの夢、そして僕の全てだ。
そのエベレストの山頂からスキーで滑ったら・・・とても危険だ!!冒険家特有の空想成功体験が出てきた。これは挑戦する前にもう頭の中で「成功」しているのである。あとはそこに行動がついてくるだけ、という素晴らしいシステムが冒険家にはついている。それが勝手に作動して、もう登った感覚になっているである。あっこれは僕だけかもしれない。
てなことで、まだ興奮状態にいるので日本に帰ってプリンでも食べながら頭を冷やします。
明日も25キロ歩きます。そして、幻の温泉「タトパニの湯」を見つけ、風呂入ります。13日間風呂に入ってないので・・・
ここで訂正です。16日の下山の時に撮った写真が掲載されていませんでした。マナスル氷河をスキーで滑るという力作なのですが、こちらのミスで出ていませんでした。
ここでも写真は載せますが、できれば16日のブログももう一度見てもらえると幸いです。
ナマステ!
職業・橋治し。この橋は治しようがないと思います。人が落ちる前に無くしましょう
猿だ!しかもでかい! これを見ていると本当にイエティ(雪男)がいるかもしれないと思ってしまう
今日の目的地のフィリムという村です。 お疲れ様でした
【16日掲載分 力作写真です】
ベースキャンプ周辺で滑りました。雪が硬い
マナスルバックにジャンプ!
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posted by bt_nobukazu |23:41 |
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2008年10月17日
ナマステ!
って元気に言いたいけど、まだ今は足に激筋肉痛が走り、再びおじいちゃんに戻ってしまいました。マナスルで開けてはいけない玉手箱を開けてしまったのかもしれません。
「無事下山!」と思っていたら、標高3500mのサマガウン村から歩いて5日間かけて首都カトマンズに向かわなければいけません。しかも、山あり谷ありでございます。今日は朝の7時から25キロの山道を8時間歩きました。
草木が生い茂り、小川で女の子が米を磨いでいる。子供達は朝から時間に追われることなく、草をかじりながら遊んでいる。
ナマステ!って声をかけると照れくさそうに「ナマステ」って返ってくる。もう「こんにちは」は忘れてしまいそうだ。
谷を降りていくと、空気の濃さと共に沢山の生命に出会う。それに比例して、足がぎこちなく、思うように動かなくなってきた。
チームの山岳カメラマンのシェルパの2人からストックを奪い、小鹿のように4本脚でゆっくり谷を登ったり降りたりしていく。
足が痛い。空気が濃くなると今までの乳酸が一気に出るのだろうか。マナスルの高所では筋肉痛などなかった。きっと細胞の一つ一つが、「今は乳酸どころではない!みんな頑張ろう!」と言っているのだろうか。
省略しますが、今ガップ村のベンチにいます。日が沈み、寒くなったのでここで勘弁してください。
何食べているのか。おらにもくれ!
離れても離れてもマナスルは大きいです。マナスル東壁
えへへ 日本の皆さんこんにちは!
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posted by bt_nobukazu |21:28 |
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2008年10月16日
ナマステ!
だいぶ復活してきました。足も手も動きます!本当にありがとう!
今日から地上に降り立ちます。このベースキャンプでは草も木もなく、氷河と岩だけの世界でしたが、今から標高3500mのサマガウン村に向けて下山します。
最高です。空気が濃い!空汁100%です。
マナスルの神様に感謝の気持ちと別れを告げて、スキーでモレーン(氷河の移動の跡)の最後まで滑りました。
ところが、突然崖が現れ、5mほど落下しました。岩に太ももを強打。あまりの痛さにしばらく呼吸ができませんでした。
その後、スキーを脱いで歩いて下りたのですが、徐々に感じる生命の息吹きにまた感動していました。
地上は最高です。草木があり、空気があり、子牛がいて、その子牛が母牛の乳を飲んでいる姿を見て、僕も早く家に帰りたいなと思いました。
といいますか、喉が渇きました。僕も乳飲みてぇ!!
明日は、ナムルンに向かいます。今回はただの下山ではありません。大きな目的があります。それは明日のお楽しみです。
とりあえず。体が元に戻った!
ありがとう ナマステ
このあやしいメンバーでこの冒険をおとどけしていました。明日メンバー紹介を行います
ベースキャンプ周辺で滑りました。雪が硬い
マナスルバックにジャンプ!
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posted by bt_nobukazu |20:54 |
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2008年10月16日
ナマステ
いよいよベースキャンプを撤収し、サマガウンまで下山することにしました。
これから出発です。
栗城隊のみんなでバンザーイ!
posted by bt_nobukazu |13:26 |
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