2007年12月22日
「すいません。コンビニはどこですか?」と聞いても答える人はまずいない。ジュースに漫画、暖かい食べ物、雑誌にテレビ、インターネットカフェ、日本にいればすぐに手に入る物がここでは手に入らない。「今、一番何が欲しい?」と聞かれたら、電気が欲しいと答えるだろう。
ここでの電力は日本から持ってきたソーラーパネル2台のみに頼っており、カメラやパソコンの充電で精一杯だ。だから大好きな音楽が全く聞けない。音の無い南極。ここは文明から最も遠く離れた場所だ。何も無い事の厳しさがようやく身にしみてきた。
今日もビンソンマシフベースキャンプ(以下BC)までの飛行機は飛ばない。一体いつになったら飛ぶのだろうか。今では早く登りたいというより、早く帰りたいという気持ちが正直なところだ。
あまりにも暇なので、パトリオットヒルズ基地内を探索してみる。パトリオットヒルズは昭和基地よりも内陸にあり、南極点に西に1200km離れた所にぽつんと存在している。南極の基地の中で唯一民間の会社によって運営されており、ビンソンマシフや南極点への人員や物資の輸送を行っている。ちなみに、南極点へのツアーは600万円以上だそうだ。
ここから少し離れた所にチリ空軍の基地もあるが、今では使用されておらず、基地そのものが雪の中に埋まっている。
パトリオットヒルズ基地には食堂、気象観測施設、医療施設も整っており人が住むには問題ない。
南極条約によって基地のゴミはすべて持ち帰ることになっており、ここパトリオットヒルズのゴミやトイレの屎尿も、飛行機でチリのプンタアレナスまで運ばれている。環境にも配慮してか、発電にはなるべくソーラーパネルが使われており、みんな最低限のエネルギーだけで生活している。僕は日本でも最低限のエネルギーで生きているのだが・・・。
パトリオットヒルズの基地には、世界各国から個性的な人たちが集まっている。登山家、冒険家、科学者、マラソンランナー、旅行家、様々な夢を持った各国の人々が集まっており、ここは言葉を越えて平和で、足りないものがあれば皆で補いあったり、助けあう姿は、まるで世界が小さな村になったかのようだ。
南極はどの国にも所属していない。何も無い雪と氷だけの大地ではあるが、世界で最も平和な場所なのかもしれない。
だが、この小さな村には確実に足りないものがある。それは お風呂 だ!!
posted by bt_nobukazu |22:44 |
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2007年12月22日
いつもご支援ありがとうございます。
栗城事務局です。
さて、栗城の有力スポンサー、ポッカコーポレーションさんが、
栗城応援サイトを立ち上げてくださいました!
あのポッカレモンサイトのトップにデカデカとバナー表示されています。
http://www.pokka.co.jp/lemon/
栗城の単独インタビューや
チャレンジャーの体を作る健康の秘訣など
普段、あまり見せない真剣な表情の写真も多数掲載される予定です。
南極チャレンジの進行とともに
コンテンツも徐々に充実していく予定です。
また、特典情報も追加されていきますので
ご興味ある方はチェックよろしくお願いします。
posted by bt_nobukazu |01:00 |
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2007年12月21日
南極に着いて2日目。ここから西に200キロ離れたビンソンマシフに向かうのだが、悪天候のためセスナが飛ばない。
朝、いつもなら静かなパトリオットヒルズの基地に、いつからか歓声が聞こえはじめた。歓声のあるところに行くと、20人ほどの人達が完全装備で走り出している姿が見えた。
スタートの横断幕を見ると、「南極フルマラソン」と書いてあるではないか!
極寒の何もない雪原を、一生懸命走っている人達。まさにクレイジーであ る。しかも南極は値段も高く、足の力だけで来られるところではない。
雪原を走って雪煙の中に消えていく彼らの姿に、本当に感動してしまった。
「順位なんてどうでもいい。ただ、走ってみたから走っただけ」
そう語るのは日本から参加した大森敏生さん。しかも御歳67歳である。アベシ!!
チリの砂漠やエベレストのベースキャンプなど、世界各地の辺境や極地を走り回っておられるそうだ。
「なぜ、辺境を走るのですか?」と聞くと「道路は飽きた。走ってみたいから来ただけ」と一言だけだった。
走りたいから走る。山も登りたいから登る。シンプルで美しい。
しかも、「南極を走ってみていかがでしたか」と聞くと、「周りは真っ白でよく見えないよ」と満足そうに答えてくれた。
他にも100キロマラソンを560回走ったフランス人や唯一、車いすの参加だったシンガポール人など、とんでもない人達がたくさんいた。
でも僕は本当に胸が熱くなる思いをした。それは彼らが順位を競っているのではなく、本当に楽しそうに走り、南極という自然の中で自分との対話をしながら挑戦していることだった。
結果や競争ではなく、自分にチャレンジしている人たちは輝いていて、本当に楽しそうだった。
山登りも決して山に挑んでいるだけではない。山を通してどれだけ自分が純粋になれるのか。ただそれだけなのである。
僕もビンソンでどれだけ純粋になれるか、どれだけ成長できるのか楽しみだ。
posted by bt_nobukazu |15:55 |
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2007年12月20日
12月19日
ついにやってきました!!真っ白な大地に、鼻にツンとくる寒さ、夜だというのに昼間のように明るい。風も音もなく、心が自然と落ちつき、しーんとなる。間違いなく、ここは南極でございます。
思いは叶う。そう思い続けて、2年越しで南極にやってきました。応援してくれた皆さんに本当に感謝です。
10時30分。現地でのサポートをしてもらっているトッドが僕の部屋をノックしました。「来たか!!・・・。」と思ったのですが、ただ荷物をまとめておけというだけの指示でした。なんて間際らわしい事をするんだ!いつ飛ぶか分からないから、準備だけはしておけとのことでした。
南極行の飛行機は予定通り飛ぶことはありません。悪天候だと2週間も飛ばないことがあり、そのまま帰国してしまうケースもあるくらいなのです。
11時30分。またドアをノックする音がしました。ドアを開ける前にトッドが「レッツゴー!」とだけ言ってそのまま居なくなってしまいました。
あまりに早い展開です。まさに予想外。本来ならもっと遅れるはずなのですが、なんとパイネ国立公園の観光から帰ってきて翌日飛べるという、まさにグットタイミングです。
もしかしたら何かに導かれているのかもしれません。ありがとう!!
軍用の輸送機を無理やり民間機に変えた飛行機で、南極に向けて勢いよく飛んでいきました。荷物に囲まれた横一列の座席に座っていると、元軍人らしきロシア人のキャビンアテンダントが、サンドイッチやコーラを配ってくれます。
4時間半ほどの飛行でようやく氷の滑走路に着陸したのですが、とにかく飛行機が止まりませんでした。飛行機は、すごい音をたてながら氷の滑走路を走り続けました。
飛行機がようやく止まり、ドアが開くと眩しい光に思わず目を覆ってしまいました。
緊張してないといったらウソになります。降りた瞬間に何を言おうかと色々考えていたのですが、「お~」の一言しか出ませんでした。2年前と何も変わらない景色が広がっていました。懐かしいの一言では片付けられないものがあります。
気温-5度。例年よりもはるかに高く、異常気象だとのことです。
一人用のテントを立てて、寝袋に入りました。夜だというのに真昼のように明るい中で眠ろうとしています。
これから何が起きるのか予測はできませんが、思う存分楽しみたいと思います。
posted by bt_nobukazu |18:43 |
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2007年12月20日
いつもご支援ありがとうございます。
栗城事務局です。
日本時間の本日AM6:30、
無事に南極に到着したとの連絡がありました。
南極ではこれまでにないくらいの気温で
マイナス5~10度とのこと。
これでは札幌と変わりませんね。。。。
現地でも異常気象だとの声があがっているそうです。
天候もよく、このまま順調に行けば
あと2、3日でビンソンマシフのベースキャンプに行ける予定です。
いよいよこれからです。
元旦登頂も実現間近です。
今後ともご支援のほど、
よろしくお願い致します。
posted by bt_nobukazu |11:03 |
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2007年12月20日
栗城事務局です。
いつもご支援、ありがとうございます。
さて、
今、チリのプンタアレナスで待機中の本人より電話がありました。
今から南極に向け、いよいよプンタアレナスを出発するとのこと。
到着したら、また連絡が来ます。
これからいよいよ本格スタートです。
取り急ぎ、ご報告まで。
今後ともよろしくお願い致します。
posted by bt_nobukazu |01:45 |
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2007年12月18日
風と共に車でブーンと走り、8時間ほどかかってパイネ国立公園のロッジにつきました。
南極に向けて飛ぶ飛行機が、19日まで飛ばないことになったので、南極に向かう他国の隊員達と一緒にパイネのトレッキングに行くことにしたのですが、なんだか南極への気持が途切れそうで怖いです。
それでも車で国立公園に近づくと、世界最大の鳥コンドルやラクダ科のグアナコ、他にもたくさんの動物を見ることができました。
コンドルはとても大きく、まるで飛行機のようです。ちなみにコンドルは大きいもので体長5mもあるとのことです。
パイネ国立公園は南米で最も有名な国立公園で、豊かな自然や野生動物に恵まれているだけでなく、標高差900mの鋭い岩峰や急峻な稜線を持った山もあり、登山家にとって憧れの地でもあります。
ちなみに僕は、まだ憧れてはおりません・・
実は、北海道を発つ時から南極に向かうという緊張感がありましたが、春の北海道を思わせるこの公園に来ると、これから厳しい冒険をするということが信じられないくらいです。気持が萎えてしまいそうでとても危険です。
7大陸の山を登ろうとすると、世界中の自然や動物に出会いますが、ここパイネの自然はどこなく、北海道の自然に似ている気がします。地球の裏側に同じ故郷があるようで、変な懐かしさを感じます。
ただ違うのは、人を寄せ付けまいとする空を切り裂くように伸びている岩峰です。
明日、その標高差900mの岩峰にトッレキングに向かいます。決して自分の足で頂上まで登ることはないでしょうが、目では登ってみたいと思います。
(12月16日 記)
posted by bt_nobukazu |23:46 |
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2007年12月18日
日頃、悪い行いでもしたというのでしょうか。
予定なら明日飛ぶはずの飛行機が4日間は飛ばないというニュースが入ってきました。南極の玄関にあたるパトリオットヒルズ基地の滑走路に雪が積もっており、除雪に数日間かかるようです。南極の滑走路は氷床を利用しているので、このままの状態だと着陸するのが難しいとのことです。
午前、南極に飛行機を飛ばしているANI(アドベンチャー・ネットワーク・インターナショナル)との全体会議が行われました。ビンソンマシフに向かう隊や南極点に向かう隊など世界各国の登山家や冒険家が集まっていて、さながら冒険家のワールドカップ状態になっていました。
南極に入るための注意事項など、様々な説明が2時間ほど行われ、凍傷にかかった手の写真やクレバスという氷河の裂け目の写真などを見せられたのですが、2時間のも説明を受けて英語のできない僕が理解できたことは、「とにかく寒いので暖かくしておきましょう」ということだけでした。
南極最高峰のビンソンマシフは、標高5,000mにも満たず、7大陸最高峰の中で一番標高は低いのですが、気温がマイナス40度の極寒でブリザードなどの悪天候により、身動きできない状態が続くこともあります。超寒い・・・
そんなところで少しでも気を緩めると、簡単に凍傷になってしまいます。また、凍傷のやっかいなのは指の感覚がなくなるので、気が付くと手遅れになっているというケースが多く、言葉は分からなくても何が危険なのかはすぐに理解できました。
ホテルに戻ると、栗城隊のトッドが3日間も飛行機が飛ばないのでパイネ国立公園に行こうと誘ってきました。思いがけない誘いに、飛行機が飛ばなくて落ち込んでいる僕の顔も、思わずニヤニヤしてしまいます。
パイネ国立公園は南米でも有名な国立公園で、険しい山々に氷河湖、そして豊富な自然がある場所で、登山家の憧れの地でもあります。
飛行機が飛ばなくて良かった~(?)
明日、早朝から僕らはパイネに向かいます。しばし南極の山は忘れてきます。
(12月15日 記)
posted by bt_nobukazu |23:41 |
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2007年12月18日
プンタ・アレナスについて3日目。飛行機で南極に飛ぶのは16日なので、準備の終了した僕はただ毎日食べて寝ているだけである。でも極寒の南極では寒さ対策として、少し脂肪を付けた方がいいのかもしれない。
今日は盗まれたカメラのレンズを買いに、町の郊外にある免税デパートに向かった。プンタ・アレナスは何もない街だと思っていたが、郊外には日本のジャスコのような大型ショップがいくつもあった。テレビやパソコンなどもあり、もちろんカメラのレンズもあった。
値段は日本とほぼ変わらず、少し値切ることができるみたいなので店のお姉ちゃんに値切り交渉してみるが、この店のお姉ちゃんが可愛く、「少しだけよ」と言われて、すぐに「いいですよ」と答えてしまって大胆な値切り交渉はできなかった。
この3日間、毎日同じようなものばかり食べているような気がしてきたので、今日のお昼は少し高級なレストランでカニを食べることにした。南米にも日本と同じようにカニがあり、茹でたカニのむき身にレモンを搾って食べる。味は日本と同じで、喉から手が出るほど醤油が欲しくなる。
食べているのはアスパラガスのスープ。(美味しかったですよ!)
夕方になると、今回の単独登山のサポートをしてくれるアメリカ人ガイドのトッドさんが、僕らを食事に誘ってくれた。
南極のビンソンマシフは、単独での入山が認められていないため、今回日本人サポーターを含めた4人で栗城隊を結成して南極に入り、登山のスタート地点となるベースキャンプから一人で登る予定だ。
日本トップレベルの実力を誇る山岳ガイドの倉岡さん、山の先輩で春の8,000m峰チョ・オユーでも大変お世話になった通信担当の三木さん、たぶんこれから喧嘩することになるであろうアメリカ人ガイドのトッドさん、そして僕の4人で極寒の南極に入ることになる。
皆さんは僕より経験豊富で、とくに山の先輩の三木さんはネパールの遠征から帰国直後後、すぐに今回の遠征に参加してもらった。本当に感謝である。
ラテン風のレストランには、南極の山に向かう他国の隊員達も来ており、話が盛り上がる。しかし、南極の厳しさについての話も沢山聞いた。特にサイモンというアメリカ人は、今回が2回目のチャレンジなのだが、昨年は彼の乗る予定だった南極行きの飛行機が悪天候のために2週間も飛べず、彼はそのまま帰国することになったという。アーメン。
南極の山は登る前の障害が多く、その意味でも難しい山である。もしかすると日頃の行いが悪ければ、南極に行くことすらできないのかもしれない。
明後日、僕は南極に飛ぶ事になっている。僕の日頃の行いがいいか悪いかが証明されることになるだろう。
(12月14日 記)
posted by bt_nobukazu |23:38 |
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