2007年12月18日
風と共に車でブーンと走り、8時間ほどかかってパイネ国立公園のロッジにつきました。
南極に向けて飛ぶ飛行機が、19日まで飛ばないことになったので、南極に向かう他国の隊員達と一緒にパイネのトレッキングに行くことにしたのですが、なんだか南極への気持が途切れそうで怖いです。
それでも車で国立公園に近づくと、世界最大の鳥コンドルやラクダ科のグアナコ、他にもたくさんの動物を見ることができました。
コンドルはとても大きく、まるで飛行機のようです。ちなみにコンドルは大きいもので体長5mもあるとのことです。
パイネ国立公園は南米で最も有名な国立公園で、豊かな自然や野生動物に恵まれているだけでなく、標高差900mの鋭い岩峰や急峻な稜線を持った山もあり、登山家にとって憧れの地でもあります。
ちなみに僕は、まだ憧れてはおりません・・
実は、北海道を発つ時から南極に向かうという緊張感がありましたが、春の北海道を思わせるこの公園に来ると、これから厳しい冒険をするということが信じられないくらいです。気持が萎えてしまいそうでとても危険です。
7大陸の山を登ろうとすると、世界中の自然や動物に出会いますが、ここパイネの自然はどこなく、北海道の自然に似ている気がします。地球の裏側に同じ故郷があるようで、変な懐かしさを感じます。
ただ違うのは、人を寄せ付けまいとする空を切り裂くように伸びている岩峰です。
明日、その標高差900mの岩峰にトッレキングに向かいます。決して自分の足で頂上まで登ることはないでしょうが、目では登ってみたいと思います。
(12月16日 記)
posted by bt_nobukazu |23:46 |
南極大陸最高峰チャレンジ |
コメント(9) |
トラックバック(0)
2007年12月18日
日頃、悪い行いでもしたというのでしょうか。
予定なら明日飛ぶはずの飛行機が4日間は飛ばないというニュースが入ってきました。南極の玄関にあたるパトリオットヒルズ基地の滑走路に雪が積もっており、除雪に数日間かかるようです。南極の滑走路は氷床を利用しているので、このままの状態だと着陸するのが難しいとのことです。
午前、南極に飛行機を飛ばしているANI(アドベンチャー・ネットワーク・インターナショナル)との全体会議が行われました。ビンソンマシフに向かう隊や南極点に向かう隊など世界各国の登山家や冒険家が集まっていて、さながら冒険家のワールドカップ状態になっていました。
南極に入るための注意事項など、様々な説明が2時間ほど行われ、凍傷にかかった手の写真やクレバスという氷河の裂け目の写真などを見せられたのですが、2時間のも説明を受けて英語のできない僕が理解できたことは、「とにかく寒いので暖かくしておきましょう」ということだけでした。
南極最高峰のビンソンマシフは、標高5,000mにも満たず、7大陸最高峰の中で一番標高は低いのですが、気温がマイナス40度の極寒でブリザードなどの悪天候により、身動きできない状態が続くこともあります。超寒い・・・
そんなところで少しでも気を緩めると、簡単に凍傷になってしまいます。また、凍傷のやっかいなのは指の感覚がなくなるので、気が付くと手遅れになっているというケースが多く、言葉は分からなくても何が危険なのかはすぐに理解できました。
ホテルに戻ると、栗城隊のトッドが3日間も飛行機が飛ばないのでパイネ国立公園に行こうと誘ってきました。思いがけない誘いに、飛行機が飛ばなくて落ち込んでいる僕の顔も、思わずニヤニヤしてしまいます。
パイネ国立公園は南米でも有名な国立公園で、険しい山々に氷河湖、そして豊富な自然がある場所で、登山家の憧れの地でもあります。
飛行機が飛ばなくて良かった~(?)
明日、早朝から僕らはパイネに向かいます。しばし南極の山は忘れてきます。
(12月15日 記)
posted by bt_nobukazu |23:41 |
南極大陸最高峰チャレンジ |
コメント(1) |
トラックバック(0)
2007年12月18日
プンタ・アレナスについて3日目。飛行機で南極に飛ぶのは16日なので、準備の終了した僕はただ毎日食べて寝ているだけである。でも極寒の南極では寒さ対策として、少し脂肪を付けた方がいいのかもしれない。
今日は盗まれたカメラのレンズを買いに、町の郊外にある免税デパートに向かった。プンタ・アレナスは何もない街だと思っていたが、郊外には日本のジャスコのような大型ショップがいくつもあった。テレビやパソコンなどもあり、もちろんカメラのレンズもあった。
値段は日本とほぼ変わらず、少し値切ることができるみたいなので店のお姉ちゃんに値切り交渉してみるが、この店のお姉ちゃんが可愛く、「少しだけよ」と言われて、すぐに「いいですよ」と答えてしまって大胆な値切り交渉はできなかった。
この3日間、毎日同じようなものばかり食べているような気がしてきたので、今日のお昼は少し高級なレストランでカニを食べることにした。南米にも日本と同じようにカニがあり、茹でたカニのむき身にレモンを搾って食べる。味は日本と同じで、喉から手が出るほど醤油が欲しくなる。
食べているのはアスパラガスのスープ。(美味しかったですよ!)
夕方になると、今回の単独登山のサポートをしてくれるアメリカ人ガイドのトッドさんが、僕らを食事に誘ってくれた。
南極のビンソンマシフは、単独での入山が認められていないため、今回日本人サポーターを含めた4人で栗城隊を結成して南極に入り、登山のスタート地点となるベースキャンプから一人で登る予定だ。
日本トップレベルの実力を誇る山岳ガイドの倉岡さん、山の先輩で春の8,000m峰チョ・オユーでも大変お世話になった通信担当の三木さん、たぶんこれから喧嘩することになるであろうアメリカ人ガイドのトッドさん、そして僕の4人で極寒の南極に入ることになる。
皆さんは僕より経験豊富で、とくに山の先輩の三木さんはネパールの遠征から帰国直後後、すぐに今回の遠征に参加してもらった。本当に感謝である。
ラテン風のレストランには、南極の山に向かう他国の隊員達も来ており、話が盛り上がる。しかし、南極の厳しさについての話も沢山聞いた。特にサイモンというアメリカ人は、今回が2回目のチャレンジなのだが、昨年は彼の乗る予定だった南極行きの飛行機が悪天候のために2週間も飛べず、彼はそのまま帰国することになったという。アーメン。
南極の山は登る前の障害が多く、その意味でも難しい山である。もしかすると日頃の行いが悪ければ、南極に行くことすらできないのかもしれない。
明後日、僕は南極に飛ぶ事になっている。僕の日頃の行いがいいか悪いかが証明されることになるだろう。
(12月14日 記)
posted by bt_nobukazu |23:38 |
南極大陸最高峰チャレンジ |
コメント(1) |
トラックバック(0)
2007年12月18日
嵐が過ぎ去り、ようやく夏のプンタ・アレナスの顔を見せ始めました。海も空も青々として心地よい風が吹いています。
装備や食糧の買い出しも終わり、準備以外の時間は全てが観光です!
ここプンタ・アレナスは港街。魚介類が豊富で、コングリオというアナゴの一種は、ホッケのようでとても美味しいです。また、お昼には魚介のスープを食べました。味は美味しいのですが、見た目は貝のごった煮という感じで何となく怪しい・・・
夕方、太陽は沈む気配がなく、昼間が永遠と続いているように思える中、僕らはパタゴニア南部にあるオトウェイ湾を訪れました。
目的は、南極名物のぺンギン見学。僕が行く南極の山には生物が全く住んでおらず、ペンギンは南極の海側やこのパタゴニア南部にしか生息していません。早速、ペンギン探しに出かけました。
車で1時間ほどマゼラン海峡沿いの広大な大地を走り、太平洋が見え始めると、ようやくペンギンの営巣地に到着です。海沿いは海藻の匂いがして、どことなく日本海を思わせる雰囲気。BGMには演歌が似合いそうです。
そこから小さな遊歩道を歩いていると、人が歩けないほど狭い道がいくつも現れたではないか!!
草の陰で3人ぐらいの子供が歩いていると思っていたら、なんとお目当てのペンギンが!その小さな道を左右に体を振りながら、よちよちと歩いてこちらに向かって来ました。
彼らは僕を警戒して、歩みを止めましたが、僕が離れると彼らは足早に歩き始め、巣のある方に向かって行きました。
仲間に会釈しながら道を行きかう姿は、まるで人間のようで愛くるしく、ペンギンにも人間と変わらない社会があるような気がしました。
ここのペンギンはマゼランペンギンという種類で、体長は70cmくらい。この営巣地には数百匹もいるようです。
また、ここにはニャンドゥーというダチョウの仲間もいました。ニャンドゥーは大変貴重な動物らしく、絶滅が危ぶまれています。他にもここパタゴニア地方の貴重な動物を沢山見ることができ、まるで南米のサファリパークのようでした。
しばらく見物していると、お腹が急激に痛くなりはじめました。さっきまであんなに楽しかったのに・・・。あまりの痛さに車に乗り、ホテルに帰りました。同行していた山の先輩には、「食中毒のようだね」と言われました。もしかすると、お昼に食べた怪しいスープのせいかもしれません。
南極に入る前に食中毒でダウンとなったら大変です。でも負けず嫌いな僕は、明日またあのスープを食べて見事克服してやろうと思います。
posted by bt_nobukazu |01:09 |
南極大陸最高峰チャレンジ |
コメント(8) |
トラックバック(0)