2012年01月23日
僕が、ドイツにいた時の話です。
2007年10月7日のドイツでの試合中に、僕は相手選手との接触から左ひざを脱臼してしまいました。痛みよりも、「ああぁ。ハンドボールできなくなるな。引退かぁ。このチームから切られる(契約を)なぁ。これからどうやって生きていこうかな。」と現実的な事が真っ先に頭に浮かびました。
試合中でしたが、そのまま救急車で病院に直行。しかし、病院ではまた後日精密検査をするからという事で、その日は自宅に帰らされました。怪我をした直後は興奮していることもあって、痛みよりも、これから先への不安の方が大きかった事を覚えています。
しかし、自宅に戻されて、時間が経つにつれて、どんどん腫れてくる左ひざ。夜中にトイレに行きたくなっても、痛みで寝返りすら打てずベッドから起き上がるのに1時間近くかかりました・・・
「オレ、これからどうなるんやろうか・・・」
異国の地で、一人で、怪我して、将来への不安と、痛みで、心身ともにどん底やったわけですね。
30歳のおっさんが、夜中にションベンちびりそうになって、這いつくばってトイレいって・・・。「オレ、こんな所でなにしてんねん・・・。」って涙でてきた。
明け方になって、ようやく少し眠れて・・・。翌朝、チームメイトのチェコ人のダービッドが、電話くれサンドイッチを作って持ってきてくれました。そして、インターネットを寝たままでも使えるようにPCの置き場所を変えてくれたり(海外に1人でいると、スカイプやメールやインターネットは必須なので)、本当に良くしてくれました。
このチェコ人と日本人は互いに片言のドイツ語での会話です。完璧に互いの事を理解できていたわけではないし、普段はお互いに自分の生活を掛けて激しい自己主張もしてるし、当然ですが腹を立てる事もあれば、理解不能だなって思う事も多々ありました。
それでも、本当に困っている僕の所へ試合の翌日の朝一から、こうして駆けつけてくれるわけです。少し落ち着いてから、箸を使ってラーメンを食べさせてやったら喜んでくれました。このダービッドは子供が産まれたと言って、この前かわいい赤ちゃんの写真を送ってくれました。
また、当時住んでいたアパートメントのご近所さんも、「クシ、今からスーパーに買物しに行くけど、何か買ってこようか???なんかいる???」って気にかけてくれたり、「これ作ったから食べなよ。」って鍋ごと持ってきてくれたり。
僕が松葉つえを突きながら、スーパーで買物をしていると、ワゴンカートを押すのを手伝ってくれたり、「これから、買物に行くときは連絡しろよ。タイミングが合えば、車で迎えにいってやるし、俺らが手伝ってやるから」と言った具合に、同じ町の人たち、チームのファンの人たちが、松葉つえを突いてよたよたと歩いている日本人に温かい声を掛けてきてくれました。
異国の地の、名前も知らない人たちが、こうして僕の事を助けてくれました。
太っちょのいかにも気の良さそうな、おじさん。昔から左腕坊主を読んでくれている方にはおなじみの???懐かしの、あのおっちゃん。カールハインツやね。
このおっちゃんには本当にお世話になりました。昨年3月11日の大地震の時も、直ぐに電話をくれました。
男の手料理を振舞ってくれたり。入院中時期がクリスマスと重なっていたんやけど、サンタクロースの衣装を着こんでお見舞いにしてくれたりね。
このカールハインツ。写真でもありますけど、右手の人差し指が少しありませんよね。
カールハインツ曰く
「昔、怪我をして千切れたよ。けど、料理もできるし、字も書けるし、ほらっこうすると、1.5、1.5ってできるんだぜっ。」
こんな風に怪我した自分のことを言えるって・・・、当時まだ自分の怪我を受け止める事ができなかった僕には、何とも心に残るワンシーンです。
「俺のことドイツの父親だと思っていいからな。困ったらお互い様。日本人もドイツ人もチェコ人もないよ。何でも言ってこいよ。」
カールハインツは温かく、いつも気にかけてくれました。カールハインツ元気にしてるかな??? またカールハインツの美味い、カロリー高いに違いない料理食べたいわ。
posted by 94 |12:58 |
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2011年12月12日
これ、僕がドイツにいた時に、
「ああこういうのいいよなぁ。」
って感じた事の一つなんですけど、
例えば、子供(お兄ちゃん)が学校から帰ってきて、
その時に、家にはお母さんと、弟がいたとしますわな。
で、お兄ちゃんが帰ってきて、食卓でコーヒーなり、クッキーなり、
まあちょっと、学校終わって、一休みを自宅の食卓でとっているとします。
この時、お母さんは、洗濯物を畳んでいて、
弟はテレビゲームをしていたとします。
でも、お兄ちゃんが、コーヒー飲んで、クッキー食べている間は、
お母さんは洗濯物の手を休めて、
弟はテレビゲームを中断して、
同じ食卓に集まってくるんです。
そして、学校であった事なんかを話したり、
これからどこどこに行くんだなんてことを話したり。
そして、このカフェタイムを終えて、
お兄ちゃんと弟は一緒にマリオカートなんかをやったりして、
お母さんは洗濯物を畳むのを終えて、ちょっと読書を楽しんだり、
そうこうしていると、仕事を終えたお父さんが、
自宅に帰ってきます。
そうすると、今度はまた、
お兄ちゃんも、弟もマリオカートを中断、
お母さんも読書を中断、
仕事から帰ってきたお父さんのコーヒータイムを
家族みんなで囲みます。
これ、コーヒータイムに限らず、
家族の誰かが帰ってきて、
他の皆と少しずれた時間に食事をするときでも
同じような光景になります。
時間にすれば、10分とか20分なんですけど、
僕の知る、ドイツ人家族は、こうして意識的になのか、
これが彼らにとって当たり前なのかは、分かりませんが、
家族の時間を、すごくマメに共有していました。
この時期、仕事や日本リーグでめまぐるしく一日が終わるし、
ちょっと昔を懐かしんでみました。
posted by 94 |18:27 |
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2011年03月01日
2年前の2009年、僕が日本リーグでの復帰を目指す際に、チーム探し、左膝の回復レベルと共に、所属先、仕事を見つける事が一つの大きな課題でした。
ハンドボールへの思いを持ちながら、世間一般で言うところの転職活動を、履歴書や職務経歴書を作って、各企業を回りました。
当時の様子はこんな感じでした。
そして、この前も話した通り今はトライマックスでライフコンサルタント、加えてハンドボール保険の事務局をさせて貰っています。
当時、転職活動する際に、お世話になったのが、JACリクルートメントの森中和也さんでした。
大学4年生の時も、就職活動はしていましたが、一度その道の達人にアドバイスをしてもらおうと、意を決して森中さんを訪ねました。
森中さん自身、現在も愛知県内の社会人チームでサッカーを続けるなど、スポーツにも理解があり、仕事とスポーツとの両立を視野にいれて、僕の面倒も見てくれました。
結果的に、JACでのルートとは別の所で仕事が決まりましたが、森中さんがいなければ僕の転職活動はうまく進まなかったと思います。
今でも、僕のハンドボールや仕事を気にかけて貰って、マメに連絡をくださります。
お世話になった森中さんに一度お礼を言いたくて、先日時間を見つけて森中さんに挨拶してきました。
そんな森中さんから、ふと昨今の就職活動の現場の生の声を聴かせて貰うことができました。
ハンドボールスクールに行った先でも、就職活動をしている学生が数多くいます。少しでも参考なればと思い、森中さんからOKを貰って以下に載せます。
現在中途採用市場においては、即戦力の採用がメインとなっております。
理由は社内研修や人材に投資するという考えが薄れている為、入社直後にご活躍いただける方を求めている傾向に有ります。
例えば、「車を売ったことのある人材を求めている会社には、車を売ったことのある人でないと受け入れない」などのように、櫛田さんの就職活動時も似たような傾向にありましたが、当時と比較にならないくらい、汎用性の効かない市場となっております。
では新卒者に求められること・・・
につながるのですが、新卒者においても企業としては手のかからない人材つまり「既に自律している」人材を求められる傾向にあります。
スキル等々の問題ではなくて、社会に出て直ぐ適応するかどうかです。
話はそれますが、大手人材派遣会社の某社では、国から新卒者を育てるための支援金を受け、社内にて教育を施し、一旦派遣にて働かせ社会に出している等々・・・
つまり企業は「育てる、研修する」ということを後回しにしている傾向があります。※費用カット。
ですから、面接時や、ご自身の人物形成の際には「研修をしてもらいたい!会社に育てられたい!会社に依存する!」というのは、なかなか通用しないともしれません。
「自らの手で何かを成し遂げたい!」
などのように今の状況だからこそ強くならなければならない事を踏まえ自己形成頂く必要がございます。
志望動機等においても、「研修制度が整っている、会社が安定してそう」等のご理由ではなかなか難しいかと存じます。
企業の立場から考えてみると、上記ご志向の方を採用するには非常に勇気が必要となります。
また今は大変厳しい厳しいといわれてはおりますが、売り手市場だったときこそほど、逆に少々狂っていたとも言われています。
厳しい状況の中で「考え考え考え考え」抜いた新卒者が今後の世の中を強く作っていく本当に良いチャンスです。
posted by 94 |10:45 |
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2010年06月29日
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本日、33歳になりました。
32歳の夜23時過ぎまで、大西道場で汗を流し、晩飯を食って、風呂上がって、気がつけば33歳になっていました。
廣瀬が、すべり倒した一発芸で33歳を祝ってくれました。
その横で、大西さんが失笑していました。
ホンマにいつもと変わらない、福井での日常を過ごしながら33歳を迎えたわけですが、最近つくづく感じる事。
ドイツで怪我して、ドイツ日本を行き来して、怪我も思うように回復せずに、所属チームも決まらずに、世界中の何処にも自分の居場所はないんじゃないか???って思った2年間。
毎日、引退という言葉が頭よぎった2年間。
ペットボトルの水を買う事さえも躊躇った2年間。
この当たり前の日常を取り戻すまでの2年間。
この2年間、ほんまにどん底で一番しんどかった時に支えてくれた皆への感謝の気持ちを絶対に僕は忘れへん。
このブログを読んでくれている皆からのメッセージがどれだけ僕を支えてくれたか分かりません。
去年の今頃は、まだチームも決まっていなくて、実業団選手権はスタンドから試合をボンヤリと他人事のように観戦していました。
今こうして、福井で、北電でハンドボールがもう一度できる事を本当に幸せに思います。
北電ハンド部の仲間だけではなく、少しずつ福井でもハンド以外の人との付き合いも増えてきました。
ホンダ熊本やピルナの時と同じように。
それでも、まだ福井へ来て一年経ってないだなって、不思議な感じです。
今思うと、去年、北電はよくもあんな状態で拾ってくれたなって思う。
そして、福井で仕事をする事を許してくださっている泉さん。
泉さんが居なかったら、僕は福井でハンドボールを続ける事はできていない。
今も、ずっと気に掛けて下さっている。
福井にきて、大西さん(太一)に毎日夜遅くまで、別メニューに付き合って貰って、肉離れしたり、何だしながらも、今でもコンディションは少しずつ上がってきている。
怪我してから、間違いなく今が一番コンディションがいい。
それでも今もまだ、6割くらいの回復具合だし、完治する事は一生ない。
そして、コンディションが上がってくると怪我の再発の危険度は増す。
こないだも、大西道場中に、大西さん(太一)から大西さん(貴幸)に電話してもらって、僕の状態を共有してもらった。
『良くなってきたとは言え、一度三次元的な支持を失った膝です。あまりとばし過ぎないように』
こうしてブレーキを時々掛けてもらっている。
ほんまに、僕の左膝のために数え切れないくらいの人達が支えてくれている。
そんな皆に僕ができる事はやっぱりハンドボールを頑張ることだと思う。
去年は復帰戦で、引き分けて以来、チームは負け続けて、一勝もできなかった。
僕は何の役にも立てなかった。
それでも、北電は社外選手としてもう一度、僕にチャンスをくれた。(4月付けで、確認書を交わしました。)
僕は、一人で10点、20点と取れる選手じゃないけど(もちろんそんな選手にはなりたいが)、チームメイトと協力しながらこれまで何とか生き残ってきた。
とにかくこのチームのプラスになりたい。この事ばかり頭にある。
その答えは分からないし、日々試行錯誤や。
けど、そんな試行錯誤の日々って、ハンドボールできているからこそ。
一日一日を全力で。
33歳どんな一年になるやろうか。
そして、日本は今日パラグアイに勝つやろうか。
櫛田亮介の軌跡
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2010年04月11日
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ちょっと遅くなったけど、4月1日で『左腕坊主』を書き始めてから、4年目になりました。
最初は、こっそり、ひっそり書いてたのに、今では試合会場や、ハンドボールスクールなんかに行くと、ブログ読んでますなんて声を掛けてくれる人もたまーにいます。
嬉しい限りです。
ホンダ熊本の存続どどーとか?から始まって、エストニア、スウェーデン、ドイツを周って、紆余曲折を経て、ピルナに決まって、優勝できて、左膝やってもーて、リハビリの日々が続いて、ドイツと日本を行ったり来たりして、北電に拾ってもらって、2年ぶりにハンドボールができるようになって。
なるべく、自分が感じたこと、考えていること、起きた事をここに書き残すようにしてきました。
直ぐに書ける事もあれば、気持ちの整理をつけてから書いた事、書けなかった事もあります。
たまに自分でも、読み返したりもします。
ああ、あの時オレはこんな風に考えていたんだなっと。
毎日更新するって訳でもないですし、書きたい時に、書きたい事を書き残していく今のペースと内容で、これからも続けていこうと思います。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/bt_kushida/article/422
ここで、これまでの3年間がバクッと整理してみました。
これからもどうぞ宜しくお願いします。
posted by 94 |12:22 |
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