2006年08月30日
昨日の千葉ロッテマリーンズは、対ソフトバンク戦で、3安打で0-12。
まるで、『倍返し』 のように、大敗を喫してしまいました。
マリーンズのエース、清水直行投手が、ご自身のブログで、
『1位通過を目指しているチームと3位以内を目指しているチームの「差」』と、
仰有っていましたが、本当に、このような大事な試合で出てしまった事は、非常に残念です。
(清水投手の公式ウェブサイト) http://ballplayers.jp/shimizu/
対するソフトバンクは、王監督が、入院中の病院から、宿舎を訪ねられてのゲキだったとか・・。
選手たちの『たが』を締め、気持ちを新たにするのに、十分でした。
今日の第二戦目は、ソフトバンクは、好調の和田投手。
7月の対戦では、マリーンズ相手に、完投勝利を挙げられています。
それに対し、マリーンズは、
ルーキーで、今季初先発、初登板の古谷拓哉投手、25歳。
即戦力ピッチャーとしての実力はあるはずなので、
この大事な試合で、ルーキーならではの、『怖いもの知らず』で、快投して頂きたいものです。
昨日の、阪神は、井川投手と打線が集中打で、苦手の中田投手を相手に快勝しました。
楽天は、七連勝中の日本ハムを相手に、逆転で勝利しました。
オリックスは、延長の末、記録ずくめで、西武から、サヨナラ勝ちをもぎ取っています。
まさに『背水の陣』。
マリーンズも、本当に踏みとどまれるのか、大事な場面です。
ルーキーの初登板・・。
昨年の日本一、アジア王者の『意地』を見せて欲しいです・・。
プロ野球ファンとして、今一度、マリーンズナインの『奮起』を、期待しています。
posted by bpjclub |16:22 |
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2006年08月29日
もうあと、20分もすれば、甲子園のグラウンドに、『プレーボール!』の、コールが
宣言されるでしょう。
今日から、甲子園で、中日 対 阪神の3連戦です。
ゲーム差、残り試合数から言っても、阪神は、これをなんとしても、3連勝して、
望みを繋げたいでしょう。
対する中日は、阪神に引導を渡してしまう、絶好の機会です。
次の直接対決は、9月の半ばのナゴヤドームで、なので、
阪神としては、本当に大事なホームでの開催ゲームです。
先日、スポーツニュースに、阪神の藤川球児投手が、
『選手も悔しい。一生懸命やっている事を分かって下さい』と、
涙で声を詰まらせながら、インタビューに答えていらっしゃいました。
藤川投手は、あのオールスターでの、バッターに『握り』を見せての投球。
そして、本当に全球ストレート勝負で、
そしてバッターも、フルスィングで挑んでおられました。
私は、こういう勝負は良いと思っているので、とても感動しました。
この藤川投手の涙・・。悔しい思い・・。
是非、今日からの試合に反映して、双方、全力で雌雄を決して頂きたいと思います。
セ・リーグの、『頂上対決』です。
『プロ野球の真髄』が見られるような、熱戦を期待しています。
posted by bpjclub |17:36 |
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2006年08月29日
ひとの『意志』のチカラは、集まれば、予想外に強くて大きなものとなります。
誰かの為に何かを成したいと思うとき、それは思わぬチカラとなって、現れます。
ソフトバンクの王監督さんが、悪性腫瘍の疑いがあって、検査入院されると、
深夜に会見を開かれた日、ソフトバンクは、どうしても試合で勝利を収められませんでした。
試合後、ベンチで、溢れる涙をぬぐっている選手たちの姿が、見受けられました。
選手たちは、聞かされていたのでしょうね・・。
その悔し涙が原動力となり、試合で勝つ事が、何よりも、王監督さんへの『良薬』なのだと、
その後、王監督さんの代わりに指揮を執られた森脇監督代行さんのもと、
毎日のように、驚異的な粘りを見せ、ソフトバンクは、もの凄い勝率で勝ち進まれます。
誰かの為に、何が何でも、なんとかしたいんだ・・という、必死なほどの
『意志』のチカラと言うのは、これほどまでに強いのかと、思わざるを得ませんでした。
王監督さんが退院されて、会見を開かれ、お姿を拝見して、予想以上にお元気で、
手術も成功して、良かった良かったと、国民も含めてみんなが少し安堵したら、
その時だけ、3連敗されたように思います。
やはり、誰かの為にと思う気持ちは、本当に予想以上に強い力を発揮するのかもしれません。
日本ハムは、今、怒濤の七連勝中です。
本当に、もの凄い『勢い』を感じます。
新庄選手が、今季限りで引退する!と宣言していらっしゃるので、
『今年は是非とも、一緒に優勝するぞ!』という気概が、強いのでしょうか?。
それとも、昨年のプレーオフに進めなかった事が、リベンジする原動力なのでしょうか?。
西武も、なかなか粘っていて、首位争いをされています・・。
これも、昨年のプレーオフの時のリベンジなのでしょうか?。
なかなか、原動力が強く、崩れないですね。
ディフェンディングチャンピオンである、千葉ロッテ・・・。
個々の選手たちは、本当に頑張っていらっしゃるし、「26番目の選手」たるファンも、
ついているので、状況は厳しいのですが、どうかまだまだ諦めないで下さい。
パ・リーグは、今日からいよいよ佳境です。
『王監督さんの為に』、そして『3度目の正直の1位通過』を目指している
ソフトバンクと、『初代アジア王者の意地とプライドにかけて』、もう負けられない千葉ロッテ・・。
両者が、ぶつかります。
それぞれのチームが、『勝利を届けたいものの為に』、精一杯、良い試合を見せて下さい。
posted by bpjclub |00:51 |
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2006年08月28日
高校野球を見ていると、一瞬一瞬が「珠玉」のひとときで、
掛け値が無く、純粋だから、何事にも一生懸命で、ピンチでさえも信じ合って、
泥んこになって支え合って、道具ひとつも大事にして、感謝の気持ちを忘れません。
自分が・・、自分は・・、ではなくて、
みんなが・・、仲間が・・・が、いつも心にあって、
そういう気持ちが、前面に見えています。
書店に行ったら、『高校野球』の特集号が、何冊も出ていました。
色々迷いましたが、その「特集号」、購入して来ました。
ミーハー的な意味が主ではなくて、この夏の『高校野球』に、ラジオを聞き、テレビを見ながら、
彼らの激闘に、色々考えさせられた自分が居ます。
そんな自分を、何かあった時には思い出したい。
そんな自分を、忘れずに居ようと思いました。
何かあった時には、ギリギリのところで踏ん張っていた彼らを見習いたい。
悲観的なスコアにされても、まだまだ諦めない。
9回になっても、2アウトになっても、まだまだ諦めない。
そんな現実が、紛れもなく、ここの中にはあるから・・・。
だから、忘れないでいようと思います。
この夏、頑張った選手たちと、それを見て、
いろんな事を感じ、いろんな事を考えた自分の『心』の内を・・・。
posted by bpjclub |00:14 |
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2006年08月27日
土曜日の夜、『地球街道』という番組で、衣笠祥雄さんが、アメリカのマイナーリーグの球場を
廻られていました。
番組の副題は、「素晴らしきベースボール(前編)~マイナーリーグ夢紀行~ 」
シカゴ郊外のマイナーリーグの球団「クーガーズ」の球場などが、紹介されていました。
球場の周りに、芝生の公園が広がっていて、一旦入ったら、長時間、遊んでいられます。
遊技場があったり、約2万円で「貸し切り」出来るジャグジーも、ありました。
ホームランが飛んできたら、お湯の中に隠れるのだとか・・。(笑)
試合後には、グラウンドに降りて、老若男女問わず、グラウンドを一周、
走っていらっしゃいました。
微笑ましくなるような、すごくちっちゃな幼児までが・・・。
衣笠さんも、『ただただ、驚いています』と、仰有っていました。
やはり、こうやって、小さな頃から、身近に「ベースボール」を感じて大きくなって行くのですね。
ある球場では、試合後に、選手たちとボランティアさんたちが、ご一緒にバーベキューパーティーで、
懇親を深めていらっしゃいました。
また、その街の球団を、街の30人くらいのボランティアのかた達が、球場のあちこちで
お手伝いをされていたり、ホームステイなどで選手たちをサポートしていらっしゃいました。
自分たちが、自分たちの球団を助けないと、自分たちは、『ベースボール』を、
見られなくなってしまう・・。
だから、ボランティアにも進んで参加して、チームを支えて行く・・。
そういうお考えなんですね・・。
『自分たちの街の、自分たちの球団』
マイナーリーグは、とても地域に密着していて、
アメリカの、『ベースボール』への愛情、歴史、背景を、とても良く感じました。
そして、未だに『夢』を捨てずに、メジャーリーグに上がる日を夢見て、挑戦し続ける、
お二人の日本人選手を、追っていらっしゃいました。
次週の後編は、『フィールド・オブ・ドリームス』の、舞台となった場所を、訪れられるのだそうです。
本来ならば、誰もが、いつでもどこでも自由に、『ベースボール』が、楽しめるはずです・・。
バットは、ボールに、まるで『夢』を乗せるように、振り切られます。
その『夢』を乗せて、遠くへ、遠くへ・・飛んで行くように・・!。
posted by bpjclub |23:05 |
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2006年08月26日
今日の釧路市民球場での、東京ヤクルトと広島カープの試合で、
3塁手の岩村明憲選手は、左肩に喪章を付けて、臨まれていました。
ちょうど一年前の26日の未明、岩村選手は、お母さまを肺ガンで、亡くされました。享年58歳。
その前の年に、末期ガンであることが判明したそうなので、
そういう事もあってか、『メジャー行き』に、あんなにこだわられたのかもしれません。
お母様が亡くなられた日、当時の若松監督さんに、帰郷を強く勧められても、
「プロとして目の前の試合を放棄するわけにはいかないし、うちの母親はそんなことは
望んでいない」と仰有って、左袖に喪章を付けて、試合に臨まれます。
3回ライト線に同点3塁打、5回には22号2ラン、7回には2打席連続、23号ソロホーマーを
叩き込まれ、4打数3安打4打点。チームもサヨナラ勝ちをしました。
試合後に、「母親が打たせてくれた。」と、仰有っていて、思わずこちらも、もらい泣きをしてしまいました。
先日、宇和島に帰郷され、お母様の墓前に「WBCでの世界一」を報告された岩村選手は、
「世界を舞台に、戦ったところを、ほんとに見してやりたかった」と、仰有っていたそうです。
もう、数年も前になりますが、
千葉ロッテマリーンズの福浦選手のお母様も、46歳という若さで夭折されました。
しかし福浦選手は、悲しみをこらえて試合に出場され、4打数4安打4打点と打たれていて、
これにも、大変感動しました。
岩村選手は、月間16本塁打のプロ野球記録に挑んでいらっしゃいます。
今は12本で、あと4本と迫っていらっしゃいますね。
左袖に喪章を付けられた今日は、4打数2安打のご活躍でした。
あいにくチームは、負けてしまい、『母に勝利を報告したかった』、『明日勝って、報告します』と、
仰有っていたそうです。
先日は、1000本安打も達成されましたし、座右の銘でもある、「何苦楚魂」で、
これからも、頑張って頂きたいと思います。
もっと早い時期に、肉親を亡くされて、若い頃から苦労された選手も、きっといらっしゃるのでしょう・・。
知れば知るほど、たくさん、応援したい選手が、増えて行くようです・・。
野球は、人間が思い悩み、考え鍛え、織りなしていくスポーツです。
その選手たちの背景、歴史、そういうものも含めて、「野球」を応援していきたいと思っています。
posted by bpjclub |23:56 |
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2006年08月25日
先日、雨でプロ野球が一試合も、行われない日がありました。
唯一の試合が放映予定だった、阪神タイガースがメインのチャンネルでは、替わりに、
各選手の特集やインタビューなどを流していました。
何気なく見ていると、その中に、安藤優也投手の特集がありました。
安藤投手について、私は、野球以外の詳しいことは何も知りませんでした。
以下は、その特集で、私が新たに知った事です。
安藤投手が、大学時代に有名になられたのは、ご本人が活躍されたのでは無くて、
『大記録を作られた時の相手ピッチャーとして』、だそうです。
高橋由伸選手(現巨人)に、東京六大学リーグの、本塁打記録を更新される
23本目のホームランを打たれた相手として、でした。
高橋選手が、大学時代に、数十年ぶりに、本塁打記録を更新したのは知っていましたが、
その時の相手が、安藤投手であったとは、知りませんでした。
下記は、安藤投手の『ウィキペディア』です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E8%97%A4%E5%84%AA%E4%B9%9F
この中に、“人となり”が分かるような処があります。
その部分を抜粋させて頂くと、
安藤投手は、大学卒業後、故障の為、一時は地元の銀行に、就職内定まで決まっていた
そうですが、奥さまからの薦めもあって、
「23号を打たれたピッチャーと言われ続けるのはカッコ悪い」と、社会人野球の道を選択し、
やがて社会人No.1ピッチャーと、呼ばれるまでになるのだそうです。
尚、内定を断ってしまった地元の銀行に対しては、契約金を預金する事で報いた、との事です。
ちゃんと預金をして返されるなんて、義理と人情に、厚いかたなのですね。
何か、良いですね・・。
こういう、反骨心から奮起したひとって、何やら応援したくなります。
人間、やはり「やられっ放し」では、悔しいです。
このあと、安藤投手は、アテネオリンピックの日本代表にも選ばれるのですから、凄いものです。
プロ入りして、巨人の主軸打者となった高橋由伸選手と、再び、対戦された時には、
どのようなお気持ちだったのでしょう。
そして、大学時代の「リベンジ」は、出来たのでしょうか?。
現在の対戦成績は、およそどんな感じなのでしょうか?。
そういうことが、何かしら気になります。
特集の中では、奥さまとの事にも触れていました。
2005年、奥さまが体調不良になられた時には、
高校時代から、何かと支えて来てくれた奥さまに、看病でついていてあげる為に、
登録を抹消されたのだそうです。
前述にもありますが、奥さまの進言が無かったら、もしかしたら今はバリバリの「銀行マン」で、
「阪神タイガースの安藤投手」は居なかったのかもしれないので、本当に、大事な事だったのでしょう。
幸い、奥さまも回復され、心中を察して『もう、現場に戻って欲しい』と、望まれるようになって、
現場に復帰されたのだそうです。
なかなか、これも良いお話ですね・・。
先発を充分こなす事が出来て、中継ぎが不在な時には、中継ぎにも転向し、
中継ぎが足りるようになれば、また先発に戻る事が出来る。
安藤投手というかたは、とても優しい心の持ち主で、反骨心があって、
それでいて、とても器用なかたのようです。
選手が100人居れば、100通りの人生の背景があります。
野球は、やはり、熱い血の通った、『人間』がするものだと思います。
技量の優劣もありますが、ひととして『魂』が籠もれば、そう簡単に打たれるものでは無いような気もします。
以来、安藤投手に対する印象は、かなり変わって来たように思います。
阪神ファンのかたは、「周知のこと」なのかもしれませんね。
何も知らない私には、とても新鮮なことでした。
こういう『心』のある投手には、
マウンドで投げておられるところを、出来るだけ長い間、見せて頂きたいものです。
公式ページのブログ記事も、時折、拝見させて頂こうと思っています。
http://ballplayers.jp/ando/
posted by bpjclub |16:33 |
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2006年08月24日
『伝説の快速球右腕』
ドラゴンズの中里投手の、2001年の快速球は、「伝説」にまでなっていたようです。
今年の2月に、東京ヤクルトスワローズの坂本弥太郎投手と、
中日ドラゴンズの中里篤史投手が、BPJの「改革」に登場されていました。
今では、そのメッセージを視聴することは出来ないけれど、お二人は同級生で、
仲良しだけれどライバルで、でもお互いに刺激し合っていること、
いつかは同じグラウンドに立ちたいということなどを、話していらっしゃいました。
http://ballplayers.jp/revolution/
中里投手については、実は、私はあまり良く知らなかったのです。
http://baseball.yahoo.co.jp/npb/player?t=dp&id=12071
怪我をして、一軍での経験は少ない、と仰有っていました。しかし坂元投手が、
『持っているものが全然違う。投げている球が、まるで糸を引くようだった。到底かなわない。』
と、力説していらして、いつかは、実際に投げているところを、是非見てみたい・・と思いました。
以下は、中里投手の概略です。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
*2000年の埼玉県決勝大会で、中里投手と坂元投手が対戦。
延長戦で中里投手はサヨナラ負けを喫し、甲子園には出場機会は無し。
坂元投手は、甲子園で、1試合19奪三振という54年ぶりのタイ記録を樹立。
*2001年、坂元投手は、スワローズにドラフト4位、
中里投手は、、ドラゴンズに、天性の肘・肩の柔軟性を買われて、ドラフト1位で入団。
*2001年の9月16日、一軍での巨人戦に先発。
最速151kmをマークして、「しなる右腕」と快速球が伝説となります。
*2002年の春季キャンプで、階段で転倒、右肩関節を亜脱臼。
*2003年11月、リハビりの水泳中に、再び脱臼してしまいます。
*2004年1月、手術に踏み切られます。
*2005年8月21日、ウェスタンリーグで先発。約4年、1469日ぶりの一軍登板でした。
1イニング20球3安打1失点、最速は148km。
*2005年10月1日、初勝利。1イニング17球、最速は148km。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
*初勝利した時、ヒーローインタビューで、こう答えられていたそうです。
「本当に、いろいろありましたけど、今日で全部吹っ飛びました」
「4年間リハビリ頑張ってきて、今日こうやって皆さんに見せられて本当に嬉しいです。
4年間、待ってくれてありがとうございます。」
こういう場面を見ていたら、私はきっと、号泣していたに違いないです。
戻って来るのに、4年間・・。
あまりに、長すぎますが、やはり、これも
『これでは終われない』、『もう一度、一軍で投げたい』、そういう思いがあったのでしょう。
今年は、先日の8月3日にようやく、一軍登録をされました。
そして昨日、9回から登板された中里投手の投球を、拝見する事が出来ました。
「改革」のビデオでは、積極的に話されるほうでは無くて、
おとなしめな感じだったのに、マウンドの上では、
ゆっくりと振りかぶる動作までも、威風堂々としていて、風格がありました。
最速は147km。
素人目にも、手元で伸びるというか、「ホップして来る」と言われた所以がよく分かります。
球速以上の速さがあるように思いますし、決め球はストレートで、三振が取れています。
いわゆる『本格派』です。
ズバッと決まるストレートが、とてもきれいな球道を描きます。
ピッチングが、とても小気味良いです。
投球にもリズムがあり、守備もしやすいような気がします。
三振を取れると、流れも変わるような気がします。
見ていて、愉しくなって来る感じです。
分かっていても、打てないタイプ、なのではないでしょうか。
昨日は、1回を3者凡退、2奪三振で無失点、
今日は、1回を2与四球、2奪三振で無失点。
球場全体が、好投に、どよめいていらっしゃいましたし、
何も知らなければ、楽しみな若手が出てきたな・・という感じでした。
ドラゴンズファンにとって、中里投手の復活は『チームの夢』なのだそうです。
ようやく、中里投手が一軍で、その「幻」と言われた快速球を、披露されるようになりました。
坂元投手は、今はファームにいらっしゃいます。
なかなか、同じグラウンドで投げ合えないお二人ですが、すぐに坂元投手も、
上がって来られるでしょう。
中里投手も、一軍に定着して、安定して投げられるようになれば、
先発に転向されるかもしれません。
中里投手には、今まで『悲運』を味わわれた分、これからは「花」開いて頂きたいと思います。
あのような球を投げられる投手は、そうそう居らっしゃらないのですから・・。
いつか、良い友達であり、良きライバルでもあるお二人が、
同じグラウンドに立てて、良い試合をされる日を、私も、心から楽しみにしたいと思います。
posted by bpjclub |23:50 |
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2006年08月23日
『弱気は最大の敵』
言わずと知れた、故・津田恒美投手の「座右の銘」であった言葉です。
津田投手は南陽工の出身で、甲子園に出場して一躍有名になりました。
津田投手は、大事な試合で、自慢のストレートが走らず、つい変化球を投げて、
痛打され、敗れてしまいます。
それからは、ボールに『弱気は最大の敵』と書き、いつも食い入るように見つめます。
『弱気』を、『よわき』と読ませずに、『じゃっき』とも読ませるとも聞きます。
何度も病魔と戦い、怪我とも戦い、不死鳥のごとく蘇って来た人でした。
南陽工には、津田投手の記念碑があり、その信念は浸透しているようです。
夏の甲子園を制した早実の和泉監督さんは、
以前、この南陽工の監督さんを9年間、務められたことがあるそうです。
猛練習を課しても、結局、甲子園に出場される事は無かったそうですが、
それから、教わる事も大きかったそうです。
その南陽工は、奇しくも初戦で、駒大苫小牧と対戦し、3-5で敗退しました。
田中投手が、本来の調子では無かったにしても、強豪校に臆することなく、
よく健闘したと思います。
また、駒大苫小牧の監督さんが、田中投手に教えられたのは、
『どんな状況でも、下を向くな。弱気になったら負けだ。』という言葉だったそうです。
津田投手の精神は、時を越え、形を変えても、ちゃんと伝わっているような気がしました。
今年の夏、誰もが、「くじけそうな心」と、闘いました。
地方大会から、一度も負けるこことが許されない中で、勝ち抜いて来ました。
そして、誰も、自分の中の『弱気』に、負けたりはしませんでした。
だからこそこんなに、人々に「感動」を与えられたのかもしれません。
posted by bpjclub |00:40 |
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2006年08月23日
『高校野球』を見ていると、その純粋さ、ひたむきさ、周りへの感謝、
礼儀正しさ、仲間たちとの絆、そういうものが感じられて、ただただ感動します。
それに対し、『プロ野球』が誇るのは、その個々のプレーのレベルの高さと比類無きスピード、
そして意識の高さ、でしょう。
それにしても、今回の決勝戦を象徴した二人の投手。
斉藤投手と田中投手は、技術と意識の高さ、精神力の強さ、冷静さ、
「勝ちたい」ということへの執念、すべてにおいて、今すぐにでも、プロで通用するのでは
ないかと、思ってしまうほど、レベルが高いと感じました。
また、斉藤投手の、『ハンカチ』で汗をぬぐう仕草が、好感を呼びましたが、
「野球」という猛者のイメージの世界に、今まで疎遠と思われていた『品の良さ』、『奥ゆかしさ』
が、そこにはありました。
両校の特集が多くて、よもやま話に詳しくなってしまったのですが、
駒大苫小牧の監督さんは、大会中も大変な体調不良だったらしいです。
戻られたら、検査をされるそうですね。大事に至らなければ良いのですが・・。
ソフトバンクの王監督さんといい、期待されるチームを任されるという事は、
とても大変な「プレッシャー」なのですね。
早実の船橋選手は、お父様が出張先のタイのバンコクで倒れられ、未だに病床に
伏しておられますが、決勝戦で、先制タイムリーを放たれたのは、お見事でした。
お父様も、ラジオで早実の優勝を聞いていらして、泣いておられたそうです。
これが特効薬となって、めざましい回復ぶりを遂げられると良いですね。
斉藤投手は、マリーンズの黒木投手の、『気合』あふれる姿が憧れだったそうです。
打ち取れる確率もでしょうが、元々、『気合で真っ向勝負』が信条なのかもしれません。
一番最後に投じた球も、小細工無しの144キロのストレートでした。
今年の夏の最後のバッターは、駒大苫小牧の田中投手でした。
田中投手 対 斉藤投手、今年の夏の投打に渡る『好敵手』が、対峙する形となりました。
最後の最後まで、『野球の神様』は、魅せて下さいました。
しかし、好敵手が居るというのも、ある意味、幸せな事だと思います。
地元に帰って来た田中投手は、本当にすっきりした笑顔で、とても好感が持てました。
甲子園の特集号を組んだ雑誌が出たら、今年は、きっと買ってしまいます。
posted by bpjclub |00:30 |
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2006年08月22日
東京ヤクルトスワローズの宮本慎也選手が、
ご自身のブログで、高校野球への感想を述べられていました。
http://ballplayers.jp/miyamoto/2006/08/post_28.html
主な処だけ、引用させて頂きます。
>俺らプロ野球もこういう試合をせなあかん!と感じました。
>俺も君らに負けないよう必死でやります!
>プロ野球も負けないよう必死でやります!
>日本の人気スポーツは何年、何十年、何百年先も野球だ!
>と言われるよう日本の野球人!頑張ろう!
こういうナマの感想を聞けるなんて、嬉しいです。ブログならでは・・でしょうか。
宮本選手は、プロ野球の選手会の会長さんでもあり、『主将』には一番適任なかたなので、
これからのプロ野球を、導いてくださると信じています。
今年は、3月にWBCで、日本の野球の強さが証明されました。
甲子園では、全国的にレベルがとても上がっていること、
懸命で諦めない姿に、誰もが感動することを、改めて痛感させられました。
今年の秋は、その日本のプロ野球の最高峰である、日本シリーズが待っています。
まだまだ、数十試合が残っています。
最後まで諦めないで、是非、ファンに「良い試合」を見せて下さい。
懸命なプレーを、最後まで見せて欲しいと、心から願っています。
posted by bpjclub |16:52 |
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2006年08月21日
あぁ 栄冠は 君に輝く!
これは、春と夏の甲子園の度に、耳にしている歌の語句だけれど、
今回の優勝校、早稲田実業の選手の皆さんに、ふさわしいと思った言葉です。
延長戦の末の今日、すぐに試合をしなくても・・と、いう意見もありました。
けれど、やはり両校は、今日試合を挙行して、雌雄を決するべきだったのでしょう。
それでも両校とも、今日の試合も、お互いに集中力は切れていませんでした。
疲労とか、そういう次元は、もはやとうに越えたレベルでの戦いだったのだと思います。
仕切り直しの、今日の試合は約2時間、4対1、早実が3点リードで出迎えた九回に、
駒大苫小牧が、2ランホームランで、1点差まで追い上げます。
最後は、早実の4連投の斉藤投手が、三振に打ち取って、初優勝を飾ります。
「優勝監督さんのインタビュー」も、心に響きました。
対戦相手への感想を聞かれて、即座にこう答えられていました。
『強い!。強いです!。』
短い言葉だから、余計に、こちらの心に響きました。
お互いに、力を交えていく中で、こちらも、強くして頂いたのだと言う、
そんなお気持ちが溢れていました。
秋の大会で負けてしまった駒大苫小牧に、勝ちたいと練習して来たこと。
相手は、敬服するほどのチームで、自分では作り上げられない程だと思う、ということ。
自分たちも、何年も勝てるようなチームを作って行きたいということ。
自分が思っている以上に、子供達が強くなってくれていたこと。
そういうことを、ありのままに語って下さいました。
対する、駒大苫小牧の監督さんのお話も、やはり、あのようなチームを育て上げられた
だけあって、本当にご立派でした。
監督と選手たちというと、どうしても、上下関係だけのように思ってしまいますが、
早実と駒大苫小牧の監督さんを拝見していると、
監督さんが選手を育て、その選手たちがまた監督さんを、一回りも二回りも、
育てて行っているような気がしました。
そこには、『人としての敬意』を感じました。
試合が終わって、本当に緊張の糸から、解き放たれたのでしょう。
早実の斉藤投手は、18歳の高校生にようやく戻ったのか、クールで端正な顔を、
涙で濡らしていました。
対する、駒大苫小牧の田中投手に、悔いるような涙はありませんでした。
きっと彼は、もう次を見据えていて、この次は負けない・・という、決意をしたのだと思います。
今朝、色々な番組で、斉藤投手のことを取り上げていました。
寮か自宅からの通学と思ったのに、大学生のお兄さんとの二人暮らしで、
2年間、彼の為に、お兄さんがバランスの良い食事を作って、フォローしてくれていた
のだそうです。驚きました。
これで、斉藤投手は、お兄さんにも、何よりも良い「恩返し」が出来ましたね。
今年の、4112校の球児の夏は終わりました。そしてまた、新しい夏が始まります。
この夏の熱闘の感動を、忘れないために。次へ繋いで行く為に・・。
早稲田実業の、100年を越える歴史の中で、
偉大なる王貞治さんも、荒木大輔さんも、なし得なかった悲願の初優勝を、
成し遂げた早稲田実業の、監督さん、選手達と、陰で支えてこられた皆さん、
本当におめでとうございます。
最後に駒大苫小牧の皆さん、全国の殆どの皆さんは、君たちは敗れたと思っていません。
白黒はつきましたが、単なる『勝ち負け』という域は、越えていました。
本当に、素晴らしい粘り、最後まで諦めない姿勢。
健闘を称えて、あまりある、数多くの熱戦を、本当にありがとう!!。
posted by bpjclub |16:24 |
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2006年08月20日
両校、勝たせてやりたい・・。
見ている人たちが、そんな気持ちにとらわれるような、今年の夏の甲子園、
四千百十二校の高校球児たちの、頂上に立つ為の、決勝戦でした。
今までの大会経過を見れば、乱打戦が多かったのですが、
今日は、投手も野手も、打者も走者も、知力と気力を振りしぼって、
非常に緊迫した延長十五回を、戦い切りました。
駒大苫小牧の田中投手は、165球で被10安打。
早実の斉藤投手は、178球で被7安打。
共に、エ―スで6番打者。
二人とも、チャンスでも、ピンチでも落ち着いていて、感服しました。
ストレートも、スライダーも、素晴らしかったです。
決勝戦での引き分け再試合は、37年振りだそうですね。
両校、本当は勝たせてやりたい。
でも、それは『甘い』のでしょうね。
早実は、神宮大会で、駒大苫小牧に敗れているのだそうです。
『駒大苫小牧は、強い。だがおまえ達も強いんだ』
そう言って、早実の監督さんは、指導して来られたそうです。
そして、今日のインタビューで仰有っていましたね。
『やはり駒大苫小牧は強いです。でも、ウチも強い事が、これで分かりました。』
駒大苫小牧の監督さんも、仰有っていましたね。
『もう一回、試合が出来る喜びを、噛みしめよう。相手も、最高のものを見せて下さるでしょう。
だから、こちらも、最高のものを出して、臨みたいです。』
さすが・・・という、心意気ですね。
また、明日も良い試合になるでしょう。
早実は、神宮大会での借りを返すためにも、
悲願の初優勝を、なし得る為にも、頑張るでしょう。
私の周りでは、ソフトバンクの王監督さんに、何よりの良薬かもしれない・・とも、言います。
駒大苫小牧は、春の甲子園を辞退して、出られなかった分、
北の道産子の意地を見せる為にも、
73年ぶりの、夏の3連覇がかかっている分、頑張るでしょう。
本当は、両方、勝たせてやりたい・・。
けれど、何より雌雄を決したいのは、当の球児たちでしょう・・。
そうそう、こういう良い試合は見られますまい。
今日の試合も、本当に『名勝負』でした。
明日の試合にも、両校に声援を送りたいと思います。
選手諸君、泣いても笑っても、あと一試合です。
ベストを尽くして、『青春の賛歌』を綴って下さい。
posted by bpjclub |18:35 |
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2006年08月19日
『っしゃー!!』
遅ればせながら、スポーツニュースで、夏の甲子園で快進撃を続けている鹿児島工に、
気合で吠える選手が居て、人気者になっていると知りました。
ニュースの画像では、咆哮している今吉晃一選手の姿を捉えていました。
最近では、プロ野球選手も、品行方正な選手が多くて、
もちろん、それはそれで良いことなのですけど、何か残念なような気もします。
型にはまらなくて、迷惑にならない程度に破天荒で、何か憎めない、そんな選手が出現して、
プロ野球界が盛り上がれば良いのに・・と、望んでいる気持ちがあるのも事実です。
「セレクトブログ」で、いつも素晴らしい記事を書かれている、今関勝さんの現役時代を、
皆さんは、ご存じでしょうか・・。
当時はかなり、「吠える選手」という事で、有名でした。
もの凄い気合が、周りに溢れていらっしゃいました。
今は、それを超えた「笑顔」に、溢れていらっしゃいますね。
さて、今日の準決勝の「第二試合」、
大会屈指の好投手、早実の斉藤投手 対 鹿児島工の打線で、一番盛り上がったのは、
6回の表2アウト、「代打の切り札」である今吉晃一選手が、登場してからでしょう。
今吉晃一選手は、斉藤投手に向けて、一球ごとに思いっきり、「気合」の咆哮です。
吠えるのは、「弱気な自分を奮い立たせるため」なのだそうです。
誰も、プレッシャーに負けまいと、必死なのですね。
斉藤投手も、目に見えて、「力み」が見える投球となっていました。
2アウト、ランナー2塁で、カウントは2-3。
斉藤投手がラストに投じた高めのストレートに、今吉晃一選手が、必死について行く為に、
短く持ったバットは、虚空を切ります。
対照的な両者と、両チーム・・。
両者の一投一打に球場全体が沸き、まさに全ての知力をかけた『真っ向勝負』でした。
その後5-0で、鹿児島工は敗れてしまいますが、
今吉晃一選手の表情には、悔いのない、晴れ晴れとした表情が浮かんでいました。
試合終了と同時に、今吉晃一選手は早実の斉藤投手に駆け寄ります。
「決勝も頑張れよ」とばかりに、肩を叩いて、エールを送るためでした。
それを受けて、何とも嬉しそうな表情を斉藤投手が浮かべていて、
その様子がまた、爽やかな風を吹かせてくれました。
挨拶の為に帽子を取って礼をする今吉晃一選手に、一塁側も三塁側も、惜しみない拍手を送りました。
「ムードメーカー」だけあって、球場のムードまでも、素晴らしい雰囲気に変えてくれたように思います。
こういう良い光景こそ、胸に残ります。
久々に、「吠える」という事で、沸かせた選手は、こうして準決勝で姿を消しましたが、
いつまででも記憶に残るような、爽やかな若者たちでした。
両校の選手さんたち、熱戦を、良い勝負を、本当にありがとう!!。
posted by bpjclub |18:14 |
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2006年08月18日
8月で無ければ、書き綴れない。
8月で無ければ、あまり意味が無い。
・・そういう類の記事も、私はあると思います・・。
先日、8月6日の広島の原爆の日を過ぎ、8月15日の、終戦記念日も過ぎて行きました。
大戦中は、東京では2時間で10万人が焼け死んだ話などを伺って、ふと静かに佇む、
広島の原爆ドームに、想いがよぎりました。
私は、広島市民球場に、一番よく野球観戦に通います。
観戦で球場に行った時、最寄りの市電の停留所の名が、『原爆ドーム前』であり、
通りを隔てて、隣り合わせである事に、まず驚きました。
かたや、61年前に、戦争が残した悲しい「蔭」の象徴。
かたや、野球の応援と歓声が響く、資本主義の楽しみを謳歌する場所。
原爆ドームは、黙して、樹々のなかに見え隠れします。
野球で知り合ったA氏は、転勤で広島に来られていた方でした。
元安川の「とうろう流し」をご覧になって、今までにない鎮魂の思いが、身を包んだそうです。
『これを見られただけでも、広島に来て、良かったと思います。』
そういう風に、感想を述べられていました。
もう9年位前になりますが、星野仙一さんの最愛の奥様が亡くなられて、多くのかたの涙を誘いました。
A氏によると、星野さんの奥様は広島生まれで、『原爆』の影響で、白血病に冒されてしまわれたようです。
これもまた、戦争が無ければ・・と、思わずにはいられません。
伝説の名投手で、『沢村栄治投手』も、3度の召集を受け、27歳の若さで東シナ海に散ってしまわれました。
戦争の犠牲とならなければ、もっとたくさんの記録と、日本の野球の繁栄を、導き出して下さった事でしょう。
今の世は、平和です。
こういう話題は、触れにくく、取り上げるには、快いお話ではありません。
けれど、二度と苦い轍は繰り返さない為にも、8月の今の時期はせめて、平和のありがたさと、
戦前からの野球の歴史を、顧みたいものです。
もしも、広島に観戦に来られる事があったら、
すぐ目の前なので、『原爆ドーム』も、是非、見て行って頂きたいと思います。
平和な中に、『野球が出来る幸せ』、『野球を観戦出来る幸せ』。
これらを大事にして、いつまでも次の世に継承して行きたいものです。

posted by bpjclub |15:58 |
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