2009年08月26日

サッカー日本代表の不思議(運動量)

岡田監督は1試合の走る距離を10%向上することを掲げているらしい。つまり、世界の平均が10キロなので、1人が11キロ走れば、結果的に人数が1人増えたことに等しいという理論らしい。前回、日本人にはアジリティが足りないと指摘したが、岡田監督もそれを認識して日本人が得意とする持久力、つまり運動量のサッカーを目指そうとしているようだ。オシム氏も「考えながら走るサッカー」を選手に提示した。本来なら、運動量で相手より優ることは非常にいいことだが、日本のサッカーでそれを指示すると、どうしてか弊害のほうが多くなってしまう。

運動量のサッカーは昔の高校生がやっていたことで、勝利に対する早道として重要視したために、サッカーにおける大事なことが置き去りにされてしまった。

普通なら、攻撃と守備の両方で運動量が10%向上するはずが、日本代表チームの今までの試合を観る限り、そうはならない。結局、増えた運動量すべてが守備だけに使われることになってしまうだろう。

また、たとえ攻撃の運動量が増えたとしても、得点につながるだろうか。走るのは当然だが、得点に必要なのは量ではなく質だ。ずっと走ってばかりいると、いざというときにスピード感のあるプレーができなくなる。このことは、マラドーナの弟がコンサドーレ時代に指摘していた。

岡田監督はフォワードにも守備を要求しているらしい。これも運動量のサッカーの一環なのだろう。しかし、マンチェスターのルーニーのように、守備に貢献する時間が長いと、得点力が低下してしまう。ルーニーほどの高い能力がある選手でも、それは絶対に避けられない。

セルティック時代の中村俊輔はチャンピオンズリーグのオールボー戦で12.7キロ走った。同僚のブラウンもマンチェスター戦で12.4キロ走った。この距離はすごいが、セルティックはグループリーグで敗退してしまった。同じように運動量が増えても、守備と攻撃が連動する場合と、相手によって走らされているだけの場合とがあるが、セルティックはどちらかというと後者だった。

岡田監督も言っていたと思うが、日本代表サッカーの問題点は、守備で遅れて失点してしまい、流れから得点が取れないことだ。その原因は、運動量が足りないのではなく、サッカーに必要な察知力が研ぎ澄まされていないからだ。危険だと思ったら何が何でも相手を止めるプレーをし、チャンスだと感じたら、多くの選手が一斉にゴールに向かって駆け上がるプレーが絶対的に足りない。

この記事は1ヶ月以上前にほぼ仕上がったいた。その後、あるテレビ局でやっていた岡田監督特集をたまたま見た。そこでは「質の高い運動量」という言葉が使われていた。量に質を形容するのはちょっと変な表現だが、運動の量と質を両立させたいのだろう。しかし、両方ともが中途半端になって「二兎追うものは一兎も得ず」になる可能性のほうが大きい。日本の課題は「運動量」ではなく「攻撃時の運動の質と勇気」だ。代表監督が、今更「運動量のサッカー」を目指すなんて、時代遅れもはなはだしい。

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posted by ボウヤ |03:34 | サッカーの基本 | コメント(7) | トラックバック(0)
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2009年08月09日

韓国の壁

JOMOカップは生で観られなかったので、あとでビデオを観た。J選抜がK選抜に4対1で勝ったことを知っていたので、J選抜がある程度いいサッカーをしたのだと期待したが、内容がまったくない試合だった。J選抜は、ブラジルのツートップに得点を任せて、残りの選手はだらだらとボールを回すプレーで時間を使っていた。1対1で仕掛けることもほとんどなかった。一方、K選抜は、一人一人がチャレンジしたが、うまく機能しなかった。特に、守備面ではプレスが弱く、ただボールを見ているだけだったので、守備から攻撃という部分でJ選抜を崩すことができなかった。韓国がこれほど緩い試合をするのは珍しい。

去年の11月に行われたAFCのU-19選手権の準々決勝で日本と韓国が戦ったが、この試合を観て愕然としてしまった。この年代ならある程度いい試合ができると思っていたが、まったくいいところがなく0対3で負けた。この点差よりも、日本のサッカーの内容が悪かった。日本はJリーガーが主体なのに、ボールを取ってから攻撃の形が作れなかった。一方、韓国は大学生が多く混じっていたにもかかわらず、きちんと攻撃を組み立てていた。その差は信じられないくらい大きかった。

韓国と日本のサッカーの違いは、サッカーができるかできないかである。つまり、ボールを持ったら何をすべきか、ボールを取られたら何をすべきかを世界基準に従ってやれるかやれないかだ。韓国のサッカーは世界基準でやろうと努力している姿が感じられるが、日本のサッカーは日本基準でしかやらない。韓国のこの努力のご褒美が日韓WCの4位だった。しかし、日本基準でしかやらない日本のサッカーは、永久にご褒美をもらえないだろう。日本は、韓国の壁を打ち破らなければならないのに、JOMOカップを観てもその意識がほとんど感じられなかった。

JOMOカップではびっくりしたことがあった。試合中にコマーシャルを入れたことと、大久保が選ばれていたことだ。選考基準は「リーグ戦等における活躍」なのに。日本のサッカー文化はどこに行こうとしているのだろう。

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2009年08月06日

日本サッカーの課題(アジリティ)

「日本はアジリティとチームワークで世界と戦うことができる」と考えている人が、どのくらいいるのだろう。私も「牛若丸サッカー」という言葉を使って、アジリティのあるサッカーを日本は目指すべきだと、別のブログに書いたことがある。チームワークは以前(2008年8月3日と6日)述べたので、今回は「アジリティ」について考えてみよう。

日本代表やJの試合でアジリティのあるサッカーを観たことがあるだろうか。アジリティとは「敏捷性」という意味だ。もう少し詳しく説明すると「速くかつ正確に動くこと(能力)」である。つまり、アジリティはスピードと同義語だが、「日本人はアジリティがある」という表現はもっともらしく聞こえるが、「日本人はスピードがある」という表現になると疑問を感じる人が多くなるだろう。ここに大きな錯覚があるようだ。

アジリティをサッカーに置き換えると、「出足の速さ」「走る速さ」「体を回転する速さ」「ドリブルの速さ」「ステップの速さ」「またぎの速さ」「フェイントの速さ」「パスの速さ」「足を振り出す速さ」「判断の速さ」などになるが、日本人が特に優れているものがあるだろうか。これは、陸上競技を考えれば簡単に答えがでる。日本人が得意なのは、短距離ではなく長距離のマラソンだけである。つまり、日本人はスピードではなく持久力で力を発揮する民族なのだ。

具体的な例を上げると、エトーやロナウド(ブラジル)は上述した能力をすべて備えているので、一瞬のスピードで相手ディフェンダーを置き去りにしてしまうプレーができる。しかし、日本には彼らのようなプレーヤーはいない。つまり、アジリティには身体能力も必要になる。

では、どうしてスピードがないのにアジリティがあると錯覚してしまうのだろう。おそらく、アジリティという言葉が、日本人に絶対的に足りないフィジカルの強さを補うものとして定着してしまったからだろう。つまり、「走り回る=アジリティ」や「小回りが利く=アジリティ」と思っているからだろう。しかし、走り回ることはアジリティではなく、むしろ運動量と解釈すべきだ。「小回りが利く」というのは「狭いスペースで自由に動ける」という意味だが、サッカーに置き換えると「狭いスペースでボールを自由に扱える」ということになる。動くだけなら体の小さな日本人は小回りが利くが、サッカーで考えると日本人が優れているとはいえなくなってしまう。なぜなら、アジリティにはボールを扱うテクニックも必要になるからだ。

「狭いスペースでボールを自由に扱える」という言葉から思い浮かぶプレーヤーはマラドーナだが、最近のプレーヤーではスペインのダビド・シルバやイニエスタなどが挙げられる。狭いスペースをスルスルとドリブルで上がり、絶妙なタイミングでパスを出すことができる。日本代表の中盤でいえば、松井がこの二人に近いプレーをする。

最近活躍しているフォワードの岡崎は、一瞬の速さで相手の裏に飛び出してボールに合わるプレーが得意だ。しかし、世界と戦うためにはこれだけで満足してはいけない。なぜなら、このプレーはボールを自分の足で扱っていないからだ。大事なのは、ボールを扱いながらアジリティーのあるプレーを見せつけることだ。もう一人のフォワードの田中はドリブルが得意だが、ペナルティエリア外から相手ディフェンダーを抜いて得点を入れるシーンは少ない。このようなプレーができるのが、アルゼンチンのサビオラだ。日本人と同じように小柄なサビオラは、ロナウドのような瞬発力もないし、メッシのようなドリブルのテクニックもないが、ボールと一緒に大型ディフェンダーの間を抜けるうまい。これは動きの質が高いからである。言い換えると、相手との駆け引きがうまいのだ。サッカーは相手がいるので、アジリティだけでなく相手との駆け引きが非常に重要になる。たとえば、体の小さなフォワードが大柄のディフェンダーに勝つためには、ディフェンダーの腰の辺りに素早く体を寄せて動きを制限するようなプレーやタイミングを外すようなプレーが必要になる。しかし、このようなプレーができる日本人フォワードは残念ながらいない。

では、日本人はどんなサッカーをやればいいのだろう。それは、上述したサビオラが示している。つまり、サッカーの基本であるボール扱いと相手との駆け引きを、一人一人が自分の感覚で磨くという当たり前のことをやればいいだけだ。もちろん、アジリティを目指すことも大切だ。ダビド・シルバやエトーのレベルに達するのは難しいが、近くまでは行くことができるはずだ。日本人の特徴を生かした日本的なサッカーという方向には、最初から解がないことに早く気付かなければならない。上述したように、アジリティは日本人の武器ではなく課題なのだ。

岡田監督はメンバーをほぼ決めたようなので、日本代表にアジリティを期待することはできない。最近、FC東京の石川直宏がゴールを量産しているが、石川は若い頃からアジリティのある選手だ。このような選手がJで活躍するのはとても嬉しい。しかし、岡田監督はあるインタビューで「今選んでいるメンバー以外で、どうしてもWCに出たいという強いメンタリティを持った選手はいない」という意味のことを言っていた。岡田監督の真意を聞いてみたい。

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posted by ボウヤ |02:43 | サッカーの基本 | コメント(3) | トラックバック(0)
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